真理へと続く道を歩む


ヨーガでは、たった1つの真実というゴールを目指します。

真実は真理とも真我とも神とも言い表されます。それは私たちの中にすでにある、永遠に変わら

ない純粋な存在のことでもあります。

この数ヶ月、私はヨーガの道をどう歩んでいったらいいのか分からなくなっていました。

師であるヨギさんに出会い、教わったことを実践し、これまで背負っていた荷物を下ろして身軽になれました。今度はまだ荷物を降ろせていない誰かのために、他者のためだけに行為して行きたいと自然に思うようになりました。

最高のお手本であり理想であるヨギさん、そしてヨギさんに習い他者のために行為するグルバイのように早くなりたいと、日々努めていましたが、そう簡単には行かず。次こそはと取り組み続けましたが、何かしようとすればするほど何をしたら良いのか分からなくなってしまいました。他者のための行為とは真逆、自分のことばかり考えて行為している状態に気付いてもどうすることもできない。深い水の底で何も掴むものがなくて、浮上したくてもがいてもまた沈んでいくようでした。

「真理は捨てたくても捨てられない」

以前サット・サンガでヨギさんがきっぱりとおっしゃったこの言葉が、何も考えられなくなった頭の中に度々浮かんできました。とにかくこの言葉だけは信じたい、とすがりつくような思いでした。

 

そして先日、ようやく水の底から浮上しました。

久しぶりに登山に行った日のこと。

この状況を打破するきっかけになるかもしれないと、淡い期待を抱いて登り始めました。程なくして頭重感とともに呼吸が苦しくなりましたが、途中で諦めたくなくて、とにかく行けるところまで進んでみることにしました。ひたすら足元を見て確実に一歩一歩足を踏み出すことを繰り返していると、次第に呼吸が楽になり、頭重感もなくなっていきました。ふと顔をあげると、木々の隙間から朝日が差し込んでいる光景が目の前にありました。

 

ただただ美しくて見惚れていたその時、私の中のヨギさんの存在をありありと感じました。

この急峻な坂道の先に山頂があるように、私が今歩んでいるヨーガの道の先には間違いなくヨギさんがいらっしゃる。まるで実際に掴み取れる物体のように、確実な感覚でした。私はそれを掴んだことで浮上できたのだと思います。

 

ここしばらくの私は、山頂へと続く道の先ばかりを見て今踏み出そうとする足元をまったく見ていなかったため、道を踏み外しそうになったり闇雲に進んで足を取られたりするような状態でした。今私がやるべきことは、理想に向かって進もうとしている足元をしっかり見て、一歩一歩確実に足を運ぶこと。それは今この瞬間を生きるいうことでもあります。

真理は、神はすでに自分の中にあるから、私が意識しようがしまいがあるから、それは捨てたくても捨てられないものなのだから、けしてなくならない。私はヨギさんによって照らし出されたこの道を、確実に丁寧に進んで行くだけ。この道の先には、たった1つの真実というゴールがあり、道先案内人であるヨギさんの存在によって、必ず到達できる。

ゴールである真理に留まり、いついかなる時も私たちを導き続けてくださっている師、シュリー・マハーヨーギ・パラマハンサ。言葉に尽くせない感謝を込めて、すべてを捧げられますように。

 

ハルシャニー


もうすぐ、グル・ジャヤンティー!!!


唐突ですが、私は私の師であるヨギさんと神さまが大大大大大好きです!!!!!誰がなんと言おうと大好きです!愛しています!!!
師と神を想う時、その名を口にする時、ただただ嬉しさが込み上げ、勝手に涙が溢れて、周りのすべての人やものが同じように愛おしくて仕方がなくなったり、時には大好き過ぎて胸が苦しくなってしまいます。あ、まるで公開ラブレターのようですね。笑

 

私は時々グルバイ(ヨーガの仲間)から、いつから、どうしてそんなに神のことが好きになったのかと質問されることがあります。はっきりとした大きなきっかけはキールタンを歌うようになってからと答えるのですが、そう答える時にいつも必ず思い出すことがあります。

 

私がヨギさんを本当の私の師だと確信し、師の下でヨーガの道を歩むことを決意した後のこと。(詳しくはこちら「私が本当のヨーガに出会うまで」)
当時、私は自分が一体何者なのかということが知りたくて「私は誰か(アートマ・ヴィチャーラ)」という瞑想をしていたのですが、一向に瞑想が進んでいる手応えがなく、瞑想に迷走!?している状態でした。そこで師にそのことをお話し、どのように瞑想を進めていけばよいのかをうかがいました。
師は私の話が終わった後、少し間をおいて「あなたはバクティ瞑想が合っているかも知れませんね」と言われました。実は、私はその時”バクティ瞑想”について何も知らず「バクティ瞑想とはなんですか?どのようにすればいいのですか?」と質問しました。師は「バクティとは神への信仰、信愛のことです。神や聖者、聖なるものを愛し、それに瞑想して下さい。出来ればイメージしやすいように具体的な対象があるといいですね」とおっしゃいました。
私は子どもの頃から朧げに神聖なものへの憧れをずっと持っていましたが、具体的にと言われてもピンとくるものがなく「ヨギさんでも構わないのですか?」と聞きました。師はニコニコと屈託のない子どものような笑顔で「はい。いいですよ」と言って笑われました。師の笑顔につられて、私は何だかとても嬉しくなって同じようにニコニコと笑ったのを覚えています。

 

それから、私は必ず師の写真を前において瞑想することにしました。雑念が起こると目を開けて写真の師をじっと見続けました。時には師のお姿と自分が重なり合うような感覚になることもありました。
それから間もなくして私はキールタンに出会いました。ある日、繰り返し神の御名を讃え歌っている時、突然、胸の奥から大きな歓びが堰を切ったように溢れ出しました。それは私にとって、それまで経験したことがない言葉では言い表せない衝撃的な体験でした!その後もキールタンを歌う度に同じことが起こり続け、次第にこの胸の奥から泉のように湧き上がる歓びと神への愛が同じものだということを自然に理解するようになっていったのです。
今、神を想い師を想うことは特別なことではなく、私の日常となりました。私が意識しようがしまいが、それは常に私と共にあり、私の中で息づいているように感じています。

 

 

本当のヨーガの師(グル)は、弟子一人一人の性質を的確に見抜き、その弟子の修行が最も速やかに進む道へ導くといわれています。それ故、古代よりヨーガの道を歩む者にとって、師は必要不可欠だといわれています。真理というゴールを目指すのに、既にゴールにある人から正しい道を教えてもらわなければ、どうやってたった一人で広大な樹海の真ん中から目的地へ辿り着くことができるでしょう!
私たちからは到底計り知れない、師の深く大きな大きな愛はいかなる時も絶やされることなく明るい光となり、私たちを鼓舞し続けて下さっています。私たちが諦めることなく自分自身の足でヨーガの道を歩むことができるように。今、この瞬間も!

 

11月23日は私たち弟子にとって一番大切な最愛の師シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサのご聖誕祭です!どうぞ全身全霊で私の愛と感謝、私のすべてを捧げることが出来ますように!!!

 

シャルミニー


サリーで歌おう!秋のキールタン・ワークショップを終えて。


先日、キールタンのワークショップが開催されました。今回のワークショップは、いろんな方にキールタンを知ってもらいたいということと、サリーやパンジャビドレスを持っていてもなかなか着る機会がないので、みんなで一緒に着て歌ってみたいね、という発案がきっかけでした。

台風の影響もあったものの、初めての方も参加され、女性はみんなサリーとパンジャビドレス、男性はクルターというとても華やかな会になりました。

 

初参加のAさんは、「『Sri Krisna Govinda(シュリー クリシュナ ゴーヴィンダ)』 を歌ったとき、初めて歌ったのに胸がいっぱいになって、何かこみ上げてくるものがあり、涙が止まらなかった。嬉しいとか楽しいとか、喜怒哀楽ではない、表現しようのない気持ち」と話されていました。

また、合唱のようにみんなで声を揃えているわけではないのに自然と声が揃っていて、心地よく響いてきたそうです。

 

キールタンにも歌詞はありますが、その意味を理解できなくても、ひたすら神の御名を唱えるだけでそれぞれの人の中にある真実(神)が呼び覚まされるような体験をすることがあります。神への想いの自覚のある無しに関わらず、何か込み上げてきたり、胸に響くような感覚があったりするのは、私たちは自分たちの中にすでに純粋な存在=「神」があることを本当は知っているから。

 

 

歌うみなさんの表情を見ていて、このワークショップにおいても、それぞれが体験されたものがあったのではないかと思いました。

真実は1つ。ただ、ヨーガではそこに至る道はいくつかあるといわれています。これでなければいけない、といった決まりごとはありません。アーサナや瞑想を実践をしていくことも、バクティ・ヨーガでキールタンを歌い、日々の生活の中で神に親しみを感じることもそれぞれが道となり、私たちをゴールである真実に確実に導いてくれます。

 

ハルシャニー


『バクティ・サンガム』新シリーズ〜クリシュナの物語を歌う〜始まります!


この度の台風19号で亡くなられた方へ心よりお悔やみを申し上げるとともに、被害にあわれた方へ心よりお見舞い申し上げます。一日も早く、皆さまに穏やかな日常が戻ることをお祈り致します。

先月のバクティ・サンガムは「女神を讃える」シリーズ最終回でした。最終回にふさわしく、皆でたくさんのキールタンを歌い、大きな歓びとともに女神に捧げることができました!
今期はプージャー(礼拝の儀式)などで唱えられる少し長いマントラ『TANTROKTAṂ DEVISŪKTAM/タントローキタム デーヴィースークタム(女神への讃歌)』を暗唱できるようになろう!ということを目標に、毎回クラスの初めに唱え(もちろん、家でも!)、それぞれに取り組んできました。今回はその総仕上げということで、皆真剣に心を込めて女神のマントラを唱えることができたのではないかと思います!
ヨーガのアーサナ(ポーズ)もそうですが、「覚える=身に付く」ことでより一層集中して、本来の目的そのものに向かうことができるのだなぁと、改めて実感しました。

キールタンがシンプルな言葉で、神の御名を繰り返すように作られているのは、誰でもキールタンを歌うことですぐに神の御名に集中し、神そのものへ向かうことができるからなんですね!

 

キールタンワークショップより

キールタンワークショップより

 

今シリーズでは、さまざまな女神と聖者を取り上げ、女神の持つ多様な現れを楽しく学ぶ中で、毎回、一言では言い表せない女神の大いなる力をひしひしと感じました。
女神はタントラという思想において、不動であるシヴァ(男性原理、宇宙の絶対真理)に対し、シャクティ(女性原理、宇宙の根理)と呼ばれます。すべてを破壊し、そこからまた新しい命を生み出す力。そこでは人間をこの世界に縛り付ける執着を作り出す一方で、そこから目覚めさせ、救済する力もその働きの中にあるといわれます。シヴァとシャクティ、この二つの原理が縦糸と横糸となり織りなされることで、この宇宙全体が展開している…!!
女神のエネルギーそのものをとても身近に感じると同時に、気が遠くなるほどの壮大な宇宙観に圧倒されっぱなしの今期シリーズでした!講師のジャヤデーヴィーさん、どうもありがとうございました。

 

キールタン バクティ・サンガム開催!

 

そして、今月からまた新シリーズが始まります!
テーマは「クリシュナの物語を歌う」です。クリシュナ神はインドでシヴァ神と並ぶとても人気のある神様です。なぜ人気があるかと言うと…それは始まってからのお楽しみです〜!笑
英雄と称えられ、誰ものハートを惑わし魅了してしまうクリシュナの物語に親しみながら、クリシュナのキールタンをたくさん歌っていきたいと思います!
バクティ・サンガムはどなたでも参加できますので、ご興味のある方はどうぞお気軽にご参加くださいね!

次回の「バクティ・サンガム」は10月20日(日)13:00~、江戸川区葛西の江戸川印度文化センターにて開催します。お問合せ・お申込みは→こちら

 

シャルミニー 


吉祥寺クラスの会場変更のお知らせ


9月から、吉祥寺クラス(土曜日 13:45~15:15/90分)の会場が変わりました。
*時間も
13:45~15:15(開場13:30〜)に変更になりましたのでお間違えないように。

新しい会場は『吉祥寺 レンタルスタジオ ダンス ガレージ』最寄り駅はこれまでと同じ、JR線・京王井の頭線/吉祥寺駅から徒歩7分。井の頭公園方面の出口、南改札(公園口)を出て階段を降りて左へ。LABI吉祥寺(ヤマダ電機)横の「末広通り」をそのまままっすぐ歩くと右手にあります。

 

少しクッション性のあるフロアで、落ち着いたオシャレな空間になっています。いつも賑やかな吉祥寺にありながらとても静かで、集中してアーサナや瞑想を行うことができます。

 

 

皆さん、場所が変わってもいつもと同じように熱心にアーサナに取り組まれていますね!

 

現代社会、特に都会の生活は本当に慌ただしく、忙しさに流されているうちに、気がつけばあっという間に毎日が過ぎ去っていきます。誰も代わることができない、一人一人の人にとってかけがえのないこの人生。私たちはどうしてこの世に生を授かり生まれてきたのでしょう?

「この人生が一体何のためにあるのか」
「自分とって何が本当に大切なことなのか」
「私は何のために生きているのか」

ヨーガとは “真実=本当の自分を知る” こと。そしてそのための道であり、実践です。

継続は力なり!これまでよりさらに落ち着いた集中できる空間で、ヨーガを楽しく!一緒に実践していきましょうー!

 

 

マハーヨーギー・ミッション東京のヨーガ・瞑想クラスの詳細、お申込はこちら
※10/5(土) は都合のためクラスはお休みです。

 

シャルミニー


秋のキールタン・ワークショップのお知らせ


 

秋虫の鳴き声が聞こえるようになってきましたね。
インドで秋は、プージャー(神を祝うお祭り)シーズンです。そして、クリシュナが牧場の少女・ゴーピーたちに「やがて来たる秋の夜、僕はあなたたちとともに踊り、遊び戯れるでしょう」と約束をした「ラーサ・リーラー(ラーサの遊戯)」が繰り広げられたのも、秋のジャスミンの花開く、満月の日でした。

というわけで、10月の満月前日(10/14の朝6時が満月なので、ほぼ満月!)である10/13(日)、インド服(サリーやパンジャビ・ドレス)を着てみんなでキールタンを歌おう!というワークショップを開催することになりました。今回は、クリシュナ神とシヴァ神のキールタンをご紹介します。

サリーを持っているけれど着方が分からない、という方には着付けもお手伝いします。サリーやパンジャビ・ドレスの貸出もあります。もちろん、普通のお洋服でのご参加もOKです!

サリーを着てみたい方、キールタンを歌ってみたい方などなど、ぜひお気軽にお問い合わせください。

みんなでサリーやパンジャビ・ドレスを着て華やかに、クリシュナの登場を待ちわびながら、一緒にキールタンを歌いましょう!きっとクリシュナが私たちの一人一人のハートに来てくださるはず!!です。ご参加お待ちしています。

 

日 時: 10月13日(日) 15:00〜16:00  (入場14:45~)
会 場: 吉祥寺 アムリタ食堂 3 階 木の扉のお部屋 (東京都武蔵野市吉祥寺本町 2-17-12、3 階)
参加費: 2,000 円 (税込)
     インド服(サリーまたはパンジャビ) レンタル +300 円、サリー着付け +200 円
     ご自身でインド服着用/ご参加の方 100 円引き
    ※インド服のレンタル/着付け可能(要予約)、着付け後希望の方は14:30にお越しください。定 員: 15 名
内 容: キールタンについてお話した後、ハルモニウム(インド のオルガン)や太鼓や鈴などの楽器とともに、美しいメロディーに合わせて、シンプルな歌詞をリードと 参加者全員で繰り返し歌います。
お申し込みはバクティ・サンガムページより→こちら

 

 


瞑想に最適な季節


日本には中国から伝わった「気」という概念があり、「元気」「やる気」「気力」「気合い」など、「気」が使用されている言葉がいくつもあります。「気」によって人間や動物など命が維持され、建物や地面などの物質の形が保たれると考えられています。またこの「気」には「陰」と「陽」の2種類があり、夜は陰、昼は陽の気が支配するとされています。この2つの気のバランスが最も調っているのが、昼と夜の長さが同じになる、春分の日と秋分の日です。

 

インドではこの「気」のことを「プラーナ」といいます。「プラーナ」は「気」と同じく、目に見えるものも見えないものも、すべての存在の元であると考えられています。陰陽の区別はありませんが、グナといわれる3つの性質があります。

・サットヴァ・・・清浄な性質

・ラジャス・・・活動的な性質

・タマス・・・鈍重な性質

この3つのうち、「サットヴァ」が多ければ多いほど心身ともに軽やかで快活な状態であるということになります

1日のうち、この「サットヴァ」に支配されるのが、日の出・日の入りの時間帯とされており、瞑想するのにも適しています。

瞑想とは、対象に意識を途切れなく集中させ続けている状態をいいます。

ここでいう対象とは、永遠に変わらない存在のことで、ヨーガでは「真理」「真我(本当の自分)」「神」の3つをさします。

瞑想は、油を1つの器から別の器に注ぎ込む様に例えられます。心の思いという容器から、普遍的な対象という容器へと、集中力が途切れることなく、油のように注ぎ込まれる、ということ。

湖面が波立たず凪いでいる状態では、空に浮かぶ月がそのままの形で映し出されます。瞑想によって心が鎮まれば、対象そのものが心に反映されます。

秋分の日を迎えるこの時期の日の出・日の入りの時間帯は、1年のうちで最も瞑想に適しているといえます。

少し早起きするか夕方に時間をとって、普段以上に深く瞑想してみたいと思います。

 

現在神田にて瞑想会を開催しています。次回は9月30日。(スケジュールはこちら

都心にありながら、会場の神田さくら館の和室は静かな空間です。瞑想は1人でもできますが、同じ目的を持った人が集まって座ると、1人の時以上に集中できたりします。瞑想を始める前か後には、瞑想に関する話もしています。いきなり瞑想するのって難しそう、と思っている方も、ぜひ一度ご参加ください。

 

ハルシャニー


バクティ・サンガム〜至福に浸る聖母アーナンダマイー・マーのキールタン


8月のバクティ・サンガム「女神を讃える」シリーズの第5回目は、インドの聖女シュリー・アーナンダマイー・マーを取り上げました。今回も講師のジャヤデーヴィーさんがとても興味深いお話をして下さいましたので、少しご紹介したいと思います。

アーナンダマイー・マー(1896~1982)は、東ベンガルに生まれました。まるで少女のような本当に愛らしく美しいお姿が写真でいくつも残されています。パラマハンサ・ヨガナンダ著『あるヨギの自叙伝』の第四十五章「ベンガルの〝至福に浸る聖女〟」にはヨガナンダと出会った時の祝福に満ちた様子が書かれているので、ご興味のある方はぜひ読んでみて下さいね!!

 

アーナンダマイー・マーはバラモンの家に生まれましたが生活は決して裕福とは言い難く、七人の弟妹がいたため学校教育を受けられたのは約二年程だったそうです。
しかし、彼女は大覚者シュリー・ラーマクリシュナと同様、無学でありながら子どもの頃から驚くほど聡明でした。後にアーナンダマイー・マーの存在が世間に知れ渡り、たくさんの信奉者が常に彼女のもとへ訪れるようになりましたが、その中には実業家、芸術家、学者やジャーナリスト、政治指導者、王や王妃までもが含まれていたそうです。
インド哲学やヨーガの聖典などと聞くと、とてつもなく難解でとっつき難いものように感じてしまいがちですが、シュリー・ラーマクリシュナやアーナンダマイー・マーのように無学でありながら神の叡智を実際に体現された聖者のお話に触れるたびに、真理を悟ることと学識の有無は本当に関係がないのだなぁと、改めて教えられます。

 

ジャヤデーヴィーさんのお話の中で、今回一番印象深かったのは、アーナンダマイー・マーが詠唱されているキールタンを聴いた時、その声に釘付けになり、心の底から感動を覚えたと声を詰まらせて話されていたことです。(YouTubeで調べると聴くことができます)
そのキールタンは、ただ〝He Bhagavan(おお、主よ)〟と、バガヴァン(真実なる者、神)への呼びかけだけがずっと繰り返されるものなのですが、アーナンダマイー・マーが見ているもの、彼女の魂にある神が、御名を持ち、声となり、歌となって、響きわたっていく、そこにはただ〝神〟それだけしかない…。
お話を聞きながら、いつか私もそんな境地でキールタンを歌えるようになりたい!と心からそう思いました。

 

バクティ・ヨーガは、誰もの中にある愛の力を使って神なる者、純粋なる者、自分の本質と一つに結ばれていくヨーガの道です。そして、その方法の一つがキールタンです。バクティ・ヨーガ、そしてキールタンの醍醐味を一緒に味わいましょう!
次回のバクティ・サンガムは9/15(日)13:00〜、江戸川印度文化センターにて開催します。今期最終回となりますので、たくさんキールタンを歌いたいと思います!ぜひ、ご参加下さいね。

参加申込、お問い合わせはこちら

 

シャルミニー


継けることで必ず変容は起こる


治療院に来てくれている患者さん向けのクラスに、1年半ほど通ってくれているOさん。

数ヶ月前からシールシャ・アーサナの練習をするようになっていました。練習の度に私には無理と言っていましたが、練習は順調に進み、ここひと月ほどは足を伸ばす状態に挑戦していました。

クラスでお会いする印象では、Oさんは心身ともに良い状態に見えていたのですが、先日しばらくの間気持ちが塞ぎ込んでどうにもならない状態に陥ってしまったそうです。苦しくて何もする気になれず、家族にも当たってしまう。そんな自分に苛立ちさらに落ち込むという悪循環。それを断ち切りたくて、藁をもすがる思いでアーサナを始めたところ、シールシャ・アーサナで足が真っすぐに伸ばせて、しばらく保持できたとのこと。嬉しくてこの喜びを誰かに伝えたい、と真っ先にご主人に報告したら、良かったね、と一緒に喜んでくれたそうです。家族との関係も、練習し続けていたシールシャ・アーサナも、いろいろ一気に解決してすごくスッキリしました、と満面の笑みで話してくれました。

この方の場合、厳しい状況を打破したいという真剣な必死な思いが一点集中の状態を生み、シールシャ・アーサナの成功に繋がったのではないかと思います。

 

同じクラスに3年ほど通い続けてくれているSさん。

Sさんはクラスでしかアーサナできないのが課題でした。きつい形はすぐに戻してしまうことも多く、毎日実践すること、少しずつでも自分の限界を超えることの大切さを話してはみましたが、ご本人がやろうという気にならないとどうにもならないもの。とにかくクラスではリラックスして楽しんでもらおうと、ご自分のペースで無理のないように実践してもらっていました。

先日治療院に来られた際に、夜中何度も目が覚めてしまうと訴えられました。治療することで対応はできるけれど自分ですぐに対応できた方がいいから、1個だけでもアーサナをやってみてはどうかと提案しました。すると、寝る前にやろうとしたけれど、寝落ちしてしまうのが心配でできなかったとのこと。アーサナは1日のうちいつ行っても効果は同じだから、気が向いたら昼間のちょっとした時間にやってみてください、と伝えました。

そして次のクラスでお会いしたら、嬉ししそうに駆け寄って来られました。

あの後、私が伝えたことを気になりつつもなかなかやる気が起きず。でもやれてないことがどんどん気になってきて、昼間にアーサナしてみたのだそうです。結果、その夜は一度も目覚めることなくぐっすり眠れたそうで、家で自分でアーサナしても効果があるんだと驚かれていました。

ご自身と向き合って得られた今回の体験は、何よりも大きな気づきがあったと思います。

 

 

 

 

 








アーサナの目的は堅固で快適な身体を作ること。その目標に向かって進む課程で、心も変容していきます。

このお2人のクラスでの体験談は、それをしっかり物語っています。
いつどんなタイミングかは分かりませんが、続けて実践して行くことで必ずその変容は起こります。

これまで以上に素敵な笑顔になったお2人から溢れる歓びで、私もすっかり満たされました。

ハルシャニー