忙しい時こそ時間は作れる


東京の人はみんな歩くのが早くて忙しそう…私が上京した頃に感じた印象です。
普段治療院で患者さんの次回の予約を取る時も、手帳とにらめっこしながら空き時間を見つけている方が多く、いつでもいいと言う方はほとんどいません。
それぞれ生活する環境や状況は異なりますが、忙しさは共通点のようです。

私自身も、地元にいた頃と比べ物にならないほど予定が詰まった日々を送るようになりました。忙しさに慣れるにつれて時間がないからと諦めてしまうことが増え、時間がない、が口癖のようになってしまいました。
時々は何も予定がない休日があるけれど、日頃の疲れのせいか1日中寝たり起きたり。だらだらと1日を終えてしまったことに焦りや苛立ちを感じることも多かったです。

それはアーサナや瞑想の実践にも影響しました。
忙しい時はやっつけ仕事のようにアーサナを済ませたり、たっぷり時間があるはずの日にはぼーっとすることに忙しくて結局何も実践できなかったり。
ヨーガの効果は確かに感じているはずなのに、それとは矛盾する生活に自分自身への苛立ちはますます大きくなり、まずは忙しいことを言い訳にするのをやめようと決めました。
それによって何かできることが増えるかは分からないけれど、とにかく言い訳するのをやめることから始めました。

この小さな決断は、少しずつ生活に良い変化を及ぼします。
最初はつい忙しいと言い訳してしまう度にいちいち落ち込んでいましたが、できた・できなかった、と一喜一憂すること自体を気にしないようにしました。
そして忙しいと思った瞬間にその意識を振り払うようにしていったら、頭の中がクリアになり、1つ1つのことに集中して取り組めるようになりました。
今日は忙しかったから休まなければ、という不安から休憩時間が長くなっていたことを発見したり、忙しいはずの日もやりくり次第で時間ができたり、思っていた以上に時間は作れることに気付きました。
できるできないではなく、やるかやらないか。
そこには忙しさは全く関係ありません。
それは時折先輩方からのアドバイスでも耳にしていたけれど、忙しいという思いと向き合うことで、ようやく自分の中で腑に落とすことができたように思います。

 

忙しいという思いは今でも時々顔を出します。まるでモグラ叩きのモグラのように。
今ではほぼ確実にモグラを仕留められるようになったので、忙しさに振り回されることはほとんどなくなりました。
忙しさに振り回されなくなると、実践する時間は確保できると日々実感しています。

 

もちろん、自分の限界をはるかに超えた忙しさはよくありません。そんな時は一度生活を見直すことも必要です。
過剰な忙しさの真っ只中にいると、自分ではなかなか気付けないもの。周りの誰かに指摘され
ら素直に耳を傾け、身体に不調を感じたら休息が最優先となります。
焦らずしっかり休んだからこそ忙しさを物ともせず活動できるようになる。その減り張りが大切です。

 

仕事でも家事でもヨーガの実践でも、ただ長く時間をかければいいというものではなく、集中力と真剣さがポイントになると思います。
その時自分にできることを毎日実践し続けると、確実に良い変化が訪れるはずです。

ハルシャニー


夢は心の潜在意識から生まれる


睡眠中は必ず夢を見ているそうですが、私は夢を見ていた感覚はあるものの、夢の内容はほぼ覚えていません。
でも以前はいわゆる悪夢を頻繁に見てい​ました。夜中にうなされて目が覚めたり、夢の中で何か叫んでいる時に現実でも叫んでいたようで、その自分の声に驚いて飛び起きたことも度々ありました。

悪夢の中でも印象に残っているの​が、恐ろしいものに囲ま​​れて恐怖におののきながら逃げ回る、という内容なのですが、物心ついた頃から20年以上繰り返し見続けていました。
子供の頃はその夢を見​て飛び起きた後、​​怖すぎて眠れなく​な​って1人で泣いたこともよくありました。大人にな​るに連れて悪夢を見る回数は少しずつ減り、これは夢だから大丈夫、と落ち着いて考えられるようになりましたが、それでも​​年に数回は見ていました。

​その悪夢を見なくなったのは、ヨーガを始めてしばらく経った頃だったと思います。
最近​久しぶりにこのことを思い出し、夢は潜在意識の現れだから、きっといろいろしんどいことがなくなって見なくなったんだなあと、思っていました。

 

そ​の数日後のこと。
先日届いた※『パラマハンサ』に、夢について書かれた部分がありました。

​サット・サンガの中での、記憶のある限り夢を見続けてき​てもう2度と夢を見たくないという質問に対して、師はこう答えられました。
夢は心の潜在意識から生まれます。心というのは昼間に経験したことを、いわばフィルターのように心に記憶していく。その経験の印象の強いもの、弱いもの、それらに応じた心の思いが生まれます。だから歓びにあるときは嬉しい夢を、恐怖にあるときは怖い夢を。そのように夢に一喜一憂したくなければ、心を透明にするのがいいです。心を透明にする作業、それこそがヨーガです。先ほどもいいました真理、真実というのは光のようなものです。それは心に透明のような印象を残して、夢を見ることはないでしょう

質問者は続けて師に問いました。​​​良い夢を見たことがなく​、​辛くて苦しくて時折この世から消えてしまいたいとも思い、どうしたらいいのか本当に分からない、と。
それに対し​師はこう答えられました。​
「​そう、確かに人生は苦しいものです。けれどもそれをまた変えることもできます。苦しみには原因があり、それらは先ほども言ったように無知なのです。だから無知をなくし、真理だけを心が持てば、怖い夢などはもう見ることはない」​

 

これを読んで、かつて見ていた悪夢は、​日々の生活の中で恐怖を感じていた子供の頃からの潜在意識によるもの​​​だったことだと初めて気付きました。そしてヨーガの実践​と師の導きによって心が透明になり、その恐怖がすべて取り払われたのだと。
​もうすっかり恐怖を感じることはなかったのに、悪夢のこと自体忘れていたはずなのに、はっとすると同時に涙が溢れて​出てきました。​子供のようにしばらく泣き続けました。悲しかった訳でなく、嬉しかった訳でもなく、何かが解放されたというか、不思議な感覚でした。
その後は強烈な安心感と喜びがありました。

きっと​この質問をした方も、抱えていたものから少しずつ解放されて、もう大丈夫だと感じられたのではないかと思います。

ヨーガに​よって心が透明になり、真理だけを持てるようになる。そこには苦しみも恐れもない。もちろん悪夢も2度と近寄ってくることはないでしょう。

​​​
ハルシャニー​​

※『パラマハンサ』は、サットサンガ(真理の集い)において質問者のさまざまな疑問に応えるシュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの明解な教えと具体的な導き、ヨーガと古今東西の聖賢たちの教えの真義、現代の修行者たちの歩みとその軌跡などを主な内容とした隔月誌です。

 


Twitter開設のお知らせ


突然ですが、お知らせです!

マハーヨーギー・ミッション東京では、今年の5月にTwitterを開設して、東京のクラスやイベントなどの情報、HPに掲載されている記事や興味深い過去ログなどをお知らせ&紹介しています!
また、マハーヨーギー・ミッションHPの記事や京都、大阪、松山、丹波、ニューヨーク、台湾、その他、各地で行われているクラスや活動の様子などもお伝えしています。

日常生活のことからアーサナ、瞑想、とっても分かりやすい聖典の解説や聖者の物語…などなど、読んで、実践に生かせるヨーガの学びが満載です!ほぼ毎日更新していますので、フォローしていただいて毎日の暮らしの中でぜひ役立ていただけるといいなぁと思っています!どうぞよろしくお願いします!

Twitterのページはこちら


 


〜マハーヨーギー・ミッション東京 HP より

ヨーガは古代からインドで伝えられてきた
真実=本当の自分を知るための実践です。

私たちのクラスでは、
動揺する心身を一つに集中させ、
余計な雑念や悩みをなくし、
生命感に溢れる本来の自分に留まることを目指しています。
とらわれから自由になり、
変わらない確かな本質を見つけるとき、
心は透明になって、
真の強さと優しさを生み出します。
それにより、日常での感情や思い、
他者との関係は、望ましいものに変わっていくでしょう。
―それがヨーガです。

 

MAHAYOGI MISSION TOKYO/牟尼草庵
中の人


苦手意識が消える?!さまらさの台所


さわやかな秋晴れの清々しい日曜日(^-^)
先日9/24(日)は、吉祥寺でヨーガ・瞑想クラスをしていただいてる牟尼草庵で、
ヨーガの料理教室「さまらさの台所(おだいどこ)」に参加しました。

今回のメニューは
・ふんわりとろとろ きのこのオムライス🍄🐣
・かんたん ポテトサラダ
・オニオンとセロリのスープ
・万願寺とうがらしの炒め物

ふわふわ卵とケチャップで覆面マスクのような顔ができあがりました

三歳のお子さんや一才未満の赤ちゃん、妊婦さんも参加され、なごやかに楽しい時間を過ごさせていただきました。

参加された20代の一人暮らしの女性は「わたし、いつもオムライスがうまくできたことがないんです・・・」と始まる前に言われ、ふんわりとろとろのコツを知りたいという感じでした。

実は、私もたまご料理には苦手意識があり、シンプルだけど火加減や盛り付けが難しく、
上手くいかないことが多くて、緊張してしまいます。
でも、今回のオムライスは、ケチャップチャーハンではなく、キノコのバターライスという、
画期的な作り方で、簡単で、手間や材料の無駄を省いたものでした。
さまらさの台所」の本にも載っています🐣
簡単で美味しいし、キノコがほっと夏の疲れを癒してくれるんです(^-^)b

 

玉ねぎの皮をむいたり、キノコをほぐしたり、今回はお父さんの分も作りました!

調理の終盤、印象的な場面がありました。
最後にオムレツを作ってごはんに乗せる場面で、キッチンから一瞬、緊張の空気が漂いました。

誰かがオムレツ作りに挑戦していたときに、「失敗しちゃった・・・」と、というような声のような?気のような?ものが聞こえ(感じ)ました。
その時、すかさず「経験!経験だよ!!(笑)」と、楽しそうに元気に励ます声が聞こえ、笑いが起こり、キッチンの緊張していた空気が、一気になごやかに変わりました。
料理教室を指導してくれるジャヤデーヴィーさんの、楽しそうな声でした。
隣の部屋にいた私も、一緒に笑っていました。

(ヨーガでは気のことをプラーナというんですが、場の空気とか、身体の気、気を使う、元気、
などと、いたるところに使われている「気」は純粋なエネルギーのことだそうです)

その場の「気」が一瞬で変わった感じがしたのです。

 

さまらさの台所で仲良くなった二人

そのとき、あらためて感じたのは、失敗しても笑い飛ばせることができれば、気持ちを切り替え、次に挑戦していこう!という気持ちに変えられるということ。
それから、「経験」を重ねていくことで、失敗を→成功に(理想に)近づいていけるということ。

ヨーガを学んで実践していくことは、料理だけでなく、生活の中の小さなことにも目標を理想的にして、失敗しても次の機会に理想に近づけていく!ということをめげずに繰り返すことで、
知らないうちに、苦手意識が消え、楽しくなっている(^-^)本当に便利で、良いことだと思います。

🐣ジャヤデーヴィーさんの声は元気で、お話しは面白いし、気さくに指導してくれるので、料理が苦手とか、調理に時間がかかると感じている方には、ぜひ「さまらさの台所」に参加されることをお勧めしたいです。

次回は11月26日(日)11:00〜14:00
メニューは飛龍頭(ひりょうず)と春菊のあんかけ、しめじご飯、ごぼうの柚子こしょう漬けです。


手作りの飛龍頭(ひりょうず)美味しそうですね。普段揚げものはしない方やちょっと苦手という方もぜひ一緒に作ってみましょう!

 

ナンディニー


カーリー女神に憧れて〜バクティ・サンガム報告


まるで日本列島上空でナタラージャ(シヴァ神)がダンスをしたかと思うような大きな台風が上陸した9月17日(日)、東京・吉祥寺にある牟尼草庵では今期第4回目の「バクティ・サンガム」と「お泊まり瞑想会」が開催されました!
東京は幸いそれ程台風の影響はなく、いつものように皆でとても楽しいバクティ溢れる時間を過ごすことができました。

この日は、初参加の方がいらっしゃいました。キールタンとカーリー女神に興味がおありだったそうで、マハーヨーギー・ミッションのHPで見つけたカーリー女神がジャケットのキールタンCD(CDについてはこちらを少し前にジャケ買いされていたとのこと!!(ロックな⁉︎カーリー女神がなんともカッコいい私も大好きなジャケットです♪実は師がデザインされているのデス!)

第4回目のテーマは「探究心を養う」。〝あなたが本当に心から愛するものは何ですか?〟〝それだけを探し求め、渇望する心〟について、講師のジャヤデーヴィーさんがお話をして下さいました。
〝愛〟という言葉だけを改めて言ったり聞いたりするとなんだか照れくさい感じがしますが、たとえば多くの人にとって家族や友人への愛はとても身近なものですよね。そして、甘酸っぱい初恋の思い出や男女の恋愛も多かれ少なかれ経験があるのではないでしょうか。今、現在進行形という方もきっといらっしゃることでしょう。また、人間に対してだけではなく動物や自然、形があるもの無いもの、さまざまなものを愛する気持ち…。実は私達は普段からさまざまな〝愛〟を身近に感じながら生活しているのではないでしょうか?
そんな誰もの中にある〝何かを、誰かを愛する〟ことについて、みんなで改めて真剣に考えてみました。自分にとって心の底から本当にそれさえあればもう他には何もいらない程、愛するもの。自分の全てをかけて全身全霊で愛せるもの…。参加した一人一人、それぞれが自分の心に問いかけ探っていきました。

この日のキールタンは「Sri Ram Adi Ram(シュリー ラーム アディ ラーム)」と「Panduranga Vitthale(パーンドゥランガ ヴィッターレー)」の2曲。「Sri Ram Adi Ram」の〝Adi〟というサンスクリット語は〝一番最初、起源〟という意味だそうです。〝Ram〟とはラーマのことです。ラーマ神はインドでとても古くから信仰があった神さまで、素朴な信仰の始まりをイメージするような、神への飾らない愛が伝わってくるようなキールタンです。ゆったりと鷹揚なメロディーの中に跳ねる様なリズムがあり、歌っていると目の前に広大な原始の海が広がっていくような感じかしてとても好きになりました!

この日をとても楽しみにされていたと話されていた初参加のKさんが初めてのキールタンを心から味わうように歌っている姿がとても印象的でした。
Kさんはずっと神とのつながりを求めておられたそうです。縁があってカーリー女神に出会い心惹かれ、そんな中でカーリー女神を愛した覚者シュリー・ラーマクリシュナの存在を知るようになりました。そして『インドの光』や『不滅の言葉(コタムリト)—大聖ラーマクリシュナの福音』などのラーマクリシュナの本を読んでくうちに、この中で歌われている詩・歌はどんなものなのだろう・・・と思い焦がれるように。
今回CDを購入し、最初はジャケットのカーリーに惹かれて、キールタンを聴いているだけだったけれど、「やっぱり歌ってみたい!バクティ・サンガムに参加してみたい!」という気持ちが強くなって参加をしました、とおっしゃっていました。
会が終ってからもみんなでいろんな話をしましたが、Kさんがラーマクリシュナの純粋さ、素朴さ、いろんな喩え話など、目を輝かせて話をしている姿はまるで水を得た魚のよう!
「勇気を出して来て良かった。また参加します」と言って帰られる姿を見ながら、キールタンCDが神を求める方のもとに届き、また「バクティ・サンガム」で出会えて本当に良かった〜と思いました。

次回のマハーヨーギー・ミッション東京のバクティ・サンガムは10月15日(日)13:00〜 14:30 開催です!テーマは「愛ゆえの放棄」〜これさえあればなにもいらない…愛の炎によって焼き尽くされる思い〜

バクティ・ヨーガは私たち誰もの中にある愛の力を使って神なるもの、純粋なるものである自分自身の本質と一つに結ばれていくヨーガの道です。
秋が深まっていく美しい季節…。キールタンとともに私たちの中にある真実の愛もさらに深めていけるといいなと思っています!どなたでも参加いただけますので、どうぞお気軽にいらして下さいね!

 

シャルミニー


毎日コツコツ「パシチモーッターナ・アーサナ(背伸のポーズ)」


パシチモーッターナ・アーサナは、体を前屈させていくだけのシンプルなアーサナです。
日本語では「背伸の形」と訳されます。

・膝の裏側をしっかり伸ばす
・腰を伸ばす
・アキレス腱を伸ばす
この3点に気をつけながら、まっすぐに背筋を伸ばし、お腹を太ももに密着させるように上体を倒していきます。

正しい形でアーサナを行うと、自動的にチャクラに集中が起こります。
(チャクラとは気の集まるツボのようなポイントのことで、全身に7個あります。)
パシチモーッターナ・アーサナはその内の1つのマニプーラ・チャクラが集中ポイントとなります。
マニプーラ・チャクラに集中にすると、おへそを中心に熱が起こります。その熱は消化機能を高め、身体の中に溜まっている余分なものを焼き切るとされています。
身体を浄化していく効果が高いアーサナです。

数あるアーサナの中でも特に強烈な形であり、身体の中にある余分なものを焼き切るだけでなく、煩悩をも焼き尽くすと云われています。
(といってもいきなり煩悩がなくなるわけではありません。このアーサナを行うことで心を制御する力が着き、識別ができるようになり、その結果煩悩が燃やされます。)

私は食べ過ぎた翌日に行った時に、強烈な熱を感じたことがあります。身体の中に溜まっている余分な食べ物の消化が促進されるような感覚がありました。
また、気持ちが落ち込んでいる時に行った時に、身体が硬くて普段以上に痛みを感じたことがあります。心は普段以上に「痛い、辛い、苦しい」と悲鳴をあげます。それでも吐く息に集中して形を深めていくと、ふっと力が抜ける瞬間がやってきて、吐く息が長くなり、思考が止まり、心の悲鳴も止まり、静寂が訪れました。

 

「身体の柔軟性とアーサナの効果は比例しない。吐く息に集中することが大切。」
常々クラスで教わっていますが、パシチモーッターナ・アーサナはこのことをはっきり体感できる形だと思います。
疲労が重なっていたりする時にはよりきつく感じますが、ポイントを押さえた上で吐く息に集中して行くことで、確実に効果が現れます。

見た目は普通の前屈のようですが、見ているのと実際にやってみるのとでは大違い。予想していた以上に身体が倒れないことに気付きます。
(私は初めてのクラスでこの形を行ったとき、なんだ、ただの前屈か、思いつつやってみて、自分の出来なさ具合に愕然としました…)
私の場合は、アーサナを始めて数年、2つの癖がなかなか直りませんでした。
1つは、背筋を曲げてまで倒そうとすること。
もう1つは、背筋をまっすぐに保とうとするがゆえに、本当はもっと倒せるのに余裕のあるところで形を保持してしまうこと。

先ほど書いたように、柔軟性と効果は関係がありません。
前者は、それを知っていてもつい頑張って身体を倒したくなるの心の習性が表れています。
後者は、背筋をまっすぐに保つことを意識しすぎているのと、その状態で身体を倒した時に生じる痛みを知っているために、躊躇する心の働きが影響しています。

毎回同じことを指摘されているなぁと情けなく思うこともありましたが、家でもクラスでも淡々と繰り返し行い続けることで、次第に2つの癖を意識することもなくなりました。呼吸と、より深いところに倒していくことだけに集中できるようになっていきました。
不思議なことに、クラスでは予想以上に深いところまで身体が倒れます。
クラスに参加している人みんなが集中しているから、それによる相乗効果で普段以上のところまでいけるのだと思います。
これはパシチモーッターナアーサナを行う上で大きな助けとなります。

ノアスタジオ新宿クラス

いろいろと書きましたが、とにかくアーサナはやってみて体感するのが一番。
続けて行ううちに効果は自ずとついてくるものです。
毎日アーサナするのを習慣にしづらい方、集中力がなくていつも同じようなことばかり考えている方、食べ過ぎ飲み過ぎ気味の方には、パシチモーッターナ・アーサナをぜひおすすめしたいです。

ハルシャニー


瞑想の力


瞑想に興味がある、という共通の思いをもった人たちと共に、瞑想専科の講座を半年間受けてきました。今期の講座は今まででいちばん多くの人が継続して熱心に参加していたように思います。

人は外見、性格などひとりひとり個性があり、初めて会う人も、この人とこの人は別の人と瞬時に区別できるほど違いがはっきりしています。明らかに違う個性というものをもった私たちは、一緒に瞑想について学び、各々考え、各自の思いについて語り、講師のサナータナさんのアドバイスを聞きます。
特に私がおもしろいなと感じることは、ひとりずつ自分が瞑想したことについて話をするときです。話の内容にとても共感したり、なるほどと感心したりして、話している人のことを否定する気持ちが浮かんでこないのです。悩みや問題があったら、どう解決していけばいいだろうかと、その人と一緒になって考えていて、相手のことをより身近に感じられるようになった気がします。
以前は、名前、職業、経歴などからその人に近づいていこうとしていたかもしれませんが、それらのことは大して知りたいと思わなくなりました。
相手のことをもっと深く知ること、大切に思うことが、瞑想することで、できるようになるから。

少し前の講座で、サナータナさんから「瞑想の力」という言葉が発せられたとき、私の体の心のずっと奥深いところで何かが反応していました。
ちょっとワクワクするような何か、これからさらに、瞑想を深めていきたいと思わせる何か、があります。

 

10月から新しい瞑想専科が始まります。
初心者の方、今まで時々しか来られなかった方、チャンスです。これまで学んできた方にも新たな気づきがきっとあります。
一緒に瞑想しましょう!

牟尼草庵では、9/17、18に秋の夜長の瞑想会を行ないます。
(秋の夜長瞑想会のご案内はこちら)
瞑想に興味のある方、どうぞお気軽にお越しください。

マイトリー


わたしが本当のヨーガに出会うまで—エピローグ


この連載の第一回目に書きましたが、連載を始めるきっかけとなったのは今年の3月、マハーヨーギー・ミッション ニューヨークの私の大好きな憧れのヨーギニーであるアーナンダマーリーさんと偶然お会いした時に、私がヨーガに出会ってからこれまでのことをお話したところ、話した内容をそのままマハーヨーギー・ミッションの機関紙に寄稿してはどうかと勧められたことからでした。(第一回目はこちら

相談をして、せっかくだからよりたくさんの人の目に触れる機会があるHPにブログ掲載しようということになり、それならばと、あまりヨーガのことを知らない人にもわかりやすく、楽しく読んでいただけるように意識して書きました。

実は原稿はほぼ全文を5月のGW中に書き上げて、その後、毎回修正を加えながらの連載になったのですが、それは私にとって予想していた以上に大変な作業でした。一向に文章がまとまらず何度も神に〝ヨーガのことをしっかりとお伝え出来るよう、私に文才を下さい!〟と祈ったり、私自身の内的なことや感覚的なことを表現するのにピッタリの言葉がどうしても見つけられず家の中をウロウロ歩き回ったり、ヨギさんのことを書く時はいつもの事ながら涙が溢れてPCの画面が見えず、書き上げるのにすごく時間がかかったり…。誰か側で見ている人がいたら、きっとずいぶんオモシロイ人になっていたことだと思います。笑。

ですが、これまでのことを振り返りそれを言葉にしていく中で、忘れていた大切なことを思い出したり、決意を新たにしたり、あれ程探し求めてやっと出会えた〝師〟の計り知れない恩寵の大きさに改めて気がついたり…本当に貴重な機会となりました。この様な機会を下さったアーナンダマーリーさんに心から感謝します!!でも、アーナンダマーリーさん、もしかして初めから分かっていらっしゃったのでは…?笑。あの日の別れ際、アーナンダマーリーさんがハグをしてくてれた時に私に下さったもう一つの〝ミッション〟は私の胸の中に大切に大切にしまってあります。

それから書くところがなかったのですが、数年前に私は自分のヨーガクラスを全てクローズして、今現在は会社員として福祉関係のお仕事をしています。そのお話はまた別の機会にでも…☆

皆さま、拙い文章にお付き合いいただき本当にありがとうございました!これからもマハーヨーギー・ミッション東京のいろいろなお知らせや、皆さんと同じように毎日の生活の中で奮闘している、真剣で、でもちょっぴり笑える⁉︎ヨーギニーのリアルな日常をお伝えしていきたいと思いますので、引続きどうぞよろしくお願いいたします♡

シャルミニー


わたしが本当のヨーガに出会うまで—最終回「本当のヨーガの光が届きますように」


実は、私はヨーガの目的である「悟り」や「真理」と言う言葉には、なぜかいつもピンとこない感じがします。その言葉に対する世間一般の有無を言わさない強固な固定観念の様なものを感じ、とても大仰で私には絶対手が届かない、はるか遠い彼方にあるもののような感じがするからだと思います。
私は昔も今もただシンプルに「本当のことが知りたい」だけなのです。生まれてからずっと目の前で展開されている私が生きるこの世界の矛盾や悲しみ、苦しみや喜び、醜さ、美しさ、愛そして生命…。全てが儚く移り変わっていくように見えるこの世界の「本当のこと」が知りたいのです。でも、どうやらそれを日本語では「悟り」だとか「真理」と呼ぶようです。

今、巷では〝YOGA〟は健康的でオシャレなイメージがすっかり定着しましたね。たくさんのYOGAが出来て(⁉︎)「何ヨガをされているんですか?」と当たり前のように聞かれ、返答に戸惑うことも度々あります。私がヨーガを始めた頃はまだマイナーで怪しいイメージすらありました…笑。本当にその時々で世間の価値観なんてあっと言う間に変わるのですねぇ。
この連載に書いた通り、確かに私もエクササイズ的なアーサナ(ポーズ)をして、実際にとても健康になりました。単純にカラダを動かすことで得られるさまざま運動効果や、ゆっくりとした呼吸と動作を行うことでリラクゼーションにもなり、精神的にとても良い効果がみられ自律神経も調います。でも、それが目的になっているヨーガはそこから先へは進みません。正しいアーサナでなければそういった健康効果でさえ半減しているのが現状だと思います。(→第6回をご覧ください)

ヨーガはアーサナをしてリラックスしたり健康になることが目的ではないのです。ヨーガは「本当の自分に目覚めること」であり、その道のことなのです。
でも本当の自分に目覚めるって一体どういうことなのでしょう?〝この私〟ではない本当の自分ってあるのでしょうか?そもそも〝悟り〟って何なのでしょう?
それらはヨーガの聖典や聖者の本に言葉を尽くして書かれています。そして、私の師も何度も何度も繰り返し繰り返し、言葉を尽くして教え話して下さいます。私たちの本性は完全な至福そのものであり、完全な自由であり、生まれたこともなければ死ぬこともない永遠に変わらない存在だと。常にただそれだけが在り、そしてそれは神と呼ばれるものだと。けれどもそれは言葉を超えたものであり、言葉を使って説明することが出来ないそうです。それが本当なのか、どんなものなのかは自分自身で確かめるしかないようです。
そして、一人一人が自分で確かるためには、歩く方向を見失わないように光を灯し道しるべとなってくれる、自らが目的地を知っている本当の師(グル)が不可欠なのです。その師がいなければあまりにも深く広大なマーヤ(幻想)の森から抜け出すことは不可能でしょう。以前の私がそうだったように。師が絶え間なく掲げ続けて下っている明るい光は、真剣に真理を求めている人のところに必ず届きます。だって、私のところにも届いたのですから!

 

 

今、私のように「本当のことが知りたい!」と願いながら生きている人や、自分の人生が何のためにあるのか、何のために生きているのか分からなくなっている人、全てが移ろっていくこの世の中で何を心の拠り所にしたらいいのか見出せないでいる人に、どうぞ本当のヨーガの光が届きますように。ヨーガの中にその答えがあります。一人きりではなく共に学び歩く仲間がいます。そして、ヨーガの道は日々の生活の中にこそあります!
ヨーガは盲目的にただ〝信じなさい〟とは決して言いません。むしろ常に〝自分自身で確かめなさい〟と私たちを鼓舞します。私は「本当のこと」を絶対に自分で確かめたいと思っています。もう皆さんご存知の通り、あきらめが悪い上に自分で確かめなければ納得出来ない私なのですから。

 

神とそして言葉では言い表せない深い慈愛で私たちを導き続けていて下さる、私の最愛なる師サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサに私の永遠の愛を捧げます。
ジャイ!!!!!!

 

シャルミニー (師からいただいたヨーガの名前。意味は〝至福に満ちたもの〟)

 

 

エピローグにつ・づ・く


秋の夜長の瞑想会のお知らせ


この4月から始まった瞑想専科第3期(全20回)も実習編に入り、残りわずかとなってきました。
熱心に続けて通ってこられたみなさんは、講座が始まったころ「瞑想がわからない」と言っていた自分を忘れてしまうほど、瞑想が深まってきているのではないでしょうか。
講座は一区切りつきますが、これからさらに瞑想を続け、深めていけたらいいなと思い、講座の打ち上げも兼ねて、共に学んできたみなさんと時間を気にせず瞑想する、お泊まり瞑想会を行なうことにしました。
普段は忙しくてまとまった時間が取れない、ひとりだと集中が続かないという方、ぜひ一緒に瞑想しましょう!
そして、もっと瞑想について知りたい、自分の瞑想の進め方はこれでいいの?など、この機会に瞑想に関する様々な疑問、質問を講師のサナータナさんや仲間と一緒に話をして、ひとつひとつクリアにしていきましょう。
お話を聞いているだけでも気づくことがきっとあるはずです。

今まで講座や瞑想会に参加していない方や、日帰りなら参加できるという方も、遠慮なくいらしてくださいね。
一緒に瞑想を体験しましょう。

 

 

場所:牟尼草庵
(三鷹市牟礼4-22-16 ハイツムサシノ6号棟 0422-77-3627)

参加費:7000円~(ドネーション制)
どちらか1日のみの参加 3000円~

お申し込み:牟尼草庵まで

スケジュール:
9月17日(日)
18:00 集合
     食事準備~夕食~片付け
     レクチャー
21:00~22:00 瞑想
(一旦、散会)
23:00 就寝

9月18日(月・祝)
      起床 身支度整え
7:30~8:00 瞑想
8:00~9:00 食事準備~朝食~片付け
9:00~   感想、レクチャーなど
10:30~11:00 瞑想
11:00 解散

牟尼草庵の入口、瞑想する牟尼(聖者)が目印です。

みなさまのご参加、お待ちしております。

マイトリー