ハリの光が私の純粋な内なる神に届く


井の頭公園の近く、緑に囲まれたヨーガの庵・牟尼草庵で、「バクティ・サンガム」に参加しました。
今日は新シリーズの第一回目。今回のチラシには『ヨーガで本当の愛を知る』と書かれていて、
とっても素敵な内容になって始まりました!
サブタイトルは『ヨーガとは結ばれること、一つになること』
(バクティ・ヨーガは愛の力を使って神なるもの、純粋なるもの、自分自身の本質と一つに結ばれていくヨーガの道 です)
というところを、改めてジャヤデーヴィーさんからお話ししていただき、キールタンの内容に入っていきました。

今回のキールタンは『Hari Narayana(ハリ・ナーラーヤナ) 』という歌で、素朴でどこか懐かしい感じのメロディーでした。シンプルな歌詞で、明るい感じの曲調(メジャーコード)です。インドの人々は信仰心が厚く、聖地を家族で巡礼されたりするそうですが、そういうイメージで選ばれたそうです。イメージにピッタリで歌っているととっても楽しくなる歌です。

そしてもう一曲は以前の「バクティ・サンガム」でやったことがある『Tumhi Bhaja Re Mana(トゥミ バジャ レ マナ)』こちらは悲しげな曲調(マイナーコード)ですが、繰り返していると、燃え上がるような歌でした。20177月バクティ・サンガム

ジャヤデーヴィーさんが歌詞の意味を話す中で、前から何となく感じていたけど、今日、はっきり分かった感動がありました。

それは、『Hari (ハリ) 』という言葉について聞いた時でした。『Hari (ハリ) 』の意味はクリシュナという神さまの別名と、以前からバクティ・サンガムで聞いて知っていたのですが、別名というだけでなく、サンスクリット語で「光り輝く太陽の黄金色、あるいは太陽そのものを表す」そうです
その説明をしながら、ジャヤデーヴィーさんが「光(ひかり)って、こう、射すでしょ」と、左手の指に右手の指を差し込むようにし て、太陽の光が射して、物や人を通り抜けすべてに行き渡るような様を、手ぶりを付けて話してくれました。その時、私の中に、「Hari」かな?神さまなのか?大いなるものなのか?何なのかは分からないけれど、そういう助けてくれるような、手伝ってくれるような本当の存在が光として入ってきて、私の中の要らないものを素通りして、純粋なところまで届かせようとしているように感じたのでした。

その後、歌っている中で、聖地に巡礼して、神さまに会える!会ってきたのよ!というような
気持ちになって、踊りだしたい気分で顔は笑っていましたが、泣きながら歌っていました。

20177月バクティ・サンガム2ジャヤデーヴィーさんは、キールタンの歌詞の意味や、神話、神さまのことを話してくれる時、
とても大切そうに話してくれます。
文章としての言葉の意味というよりも、歌詞になっている神さまや、神話や、言葉の持つ意味を
感じながら話してくれていて、その、とても大切そうに話すとき、その声は、低くて、そんなに大きな声ではないけれど、言葉の表面的な意味より、感じられていることが胸に直接伝わるような感じがするのです。

それは、今日感じた私の中の純粋なところに「Hari (ハリ) 」が光になって届いたような感じで、
話してくれてたんだなぁ!と、改めて感動しました。
外からの神から内側にある純粋に、一つになる。
結ばれるって、こういう感じなのかなぁ?(*´▽`*)

ナンディニーナンディニー3


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