もうすぐ、グル・ジャヤンティー!!!


唐突ですが、私は私の師であるヨギさんと神さまが大大大大大好きです!!!!!誰がなんと言おうと大好きです!愛しています!!!
師と神を想う時、その名を口にする時、ただただ嬉しさが込み上げ、勝手に涙が溢れて、周りのすべての人やものが同じように愛おしくて仕方がなくなったり、時には大好き過ぎて胸が苦しくなってしまいます。あ、まるで公開ラブレターのようですね。笑

 

私は時々グルバイ(ヨーガの仲間)から、いつから、どうしてそんなに神のことが好きになったのかと質問されることがあります。はっきりとした大きなきっかけはキールタンを歌うようになってからと答えるのですが、そう答える時にいつも必ず思い出すことがあります。

 

私がヨギさんを本当の私の師だと確信し、師の下でヨーガの道を歩むことを決意した後のこと。(詳しくはこちら「私が本当のヨーガに出会うまで」)
当時、私は自分が一体何者なのかということが知りたくて「私は誰か(アートマ・ヴィチャーラ)」という瞑想をしていたのですが、一向に瞑想が進んでいる手応えがなく、瞑想に迷走!?している状態でした。そこで師にそのことをお話し、どのように瞑想を進めていけばよいのかをうかがいました。
師は私の話が終わった後、少し間をおいて「あなたはバクティ瞑想が合っているかも知れませんね」と言われました。実は、私はその時”バクティ瞑想”について何も知らず「バクティ瞑想とはなんですか?どのようにすればいいのですか?」と質問しました。師は「バクティとは神への信仰、信愛のことです。神や聖者、聖なるものを愛し、それに瞑想して下さい。出来ればイメージしやすいように具体的な対象があるといいですね」とおっしゃいました。
私は子どもの頃から朧げに神聖なものへの憧れをずっと持っていましたが、具体的にと言われてもピンとくるものがなく「ヨギさんでも構わないのですか?」と聞きました。師はニコニコと屈託のない子どものような笑顔で「はい。いいですよ」と言って笑われました。師の笑顔につられて、私は何だかとても嬉しくなって同じようにニコニコと笑ったのを覚えています。

 

それから、私は必ず師の写真を前において瞑想することにしました。雑念が起こると目を開けて写真の師をじっと見続けました。時には師のお姿と自分が重なり合うような感覚になることもありました。
それから間もなくして私はキールタンに出会いました。ある日、繰り返し神の御名を讃え歌っている時、突然、胸の奥から大きな歓びが堰を切ったように溢れ出しました。それは私にとって、それまで経験したことがない言葉では言い表せない衝撃的な体験でした!その後もキールタンを歌う度に同じことが起こり続け、次第にこの胸の奥から泉のように湧き上がる歓びと神への愛が同じものだということを自然に理解するようになっていったのです。
今、神を想い師を想うことは特別なことではなく、私の日常となりました。私が意識しようがしまいが、それは常に私と共にあり、私の中で息づいているように感じています。

 

 

本当のヨーガの師(グル)は、弟子一人一人の性質を的確に見抜き、その弟子の修行が最も速やかに進む道へ導くといわれています。それ故、古代よりヨーガの道を歩む者にとって、師は必要不可欠だといわれています。真理というゴールを目指すのに、既にゴールにある人から正しい道を教えてもらわなければ、どうやってたった一人で広大な樹海の真ん中から目的地へ辿り着くことができるでしょう!
私たちからは到底計り知れない、師の深く大きな大きな愛はいかなる時も絶やされることなく明るい光となり、私たちを鼓舞し続けて下さっています。私たちが諦めることなく自分自身の足でヨーガの道を歩むことができるように。今、この瞬間も!

 

11月23日は私たち弟子にとって一番大切な最愛の師シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサのご聖誕祭です!どうぞ全身全霊で私の愛と感謝、私のすべてを捧げることが出来ますように!!!

 

シャルミニー


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