神が置いた場所でヨーガを生きる!


新年、あけましておめでとうございます!

毎年、我が家の年末年始は大阪に帰省するのが定例なのですが、今年は次女が忙しかったこともあり、私と次女だけ東京に残り二人で年末年始を過ごすことになりました。次女と二人、こんなに静かで穏やかなお正月は初めてでした。
東京は元旦から雲一つない眩しいほどの快晴。時間が止まっているかのようにゆったりと流れていきます…。
「そうだ!」私は大好きなシュリー・ラーマクリシュナの本が読みたくなり『不滅の言葉(コタムリト)』を手に取りました。どこから開いても、そのページから夢中になって読んでしまうのですが、特に好きな箇所のいくつかに付箋をつけてあります。

モヒマチョロン「あの御方(神)のところに心がすっかり行ってしまっても、なお、この世の中に住んでいなければならないのですか?」

聖ラーマ・クリシュナ「どうしてさ?世の中に住まないで、じゃ、どこへ行くんだい?わたしはどこに住んでいても、そこがラーマ(神)の都アヨーディヤだと思っている。この世界、この世はラーマの都アヨーディヤだよ。」

そこで、ラーマクリシュナはモヒマチョロンにラーマ王子の話を語って聞かせます。
ラーマ王子は師のもとで智識を得た後〝私は世を捨てる〟と言った。心配した父王が賢者ヴァシシュタに王子を説得するように頼んだ。ラーマ王子に激しい離欲を見てとった賢者ヴァシシュタは王子にこう話した。「ラーマよ、私と一緒によく考えてみよう。それから世を捨てても遅くない。─この世は、神の外にあるのかい?もしそうなら、サッサと捨てたらいいだろう」その時ラーマは心の底から悟った。─神ご自身が、人間やこの世界全てのものになっておられることを。そして、神が実在するからこそ、この世のすべてのものは本当にあるように感じられるのだ、ということを。

聖ラーマ・クリシュナ「風の中の枯葉のような気持ちでこの世に住んでいなさい。風は枯葉を家の中に運んでいったり、ゴミの山に運んで行ったりする。風の吹くまま、どこにでもとんでゆく。結構な場所だったり、ひどい場所だったり!神様は、今はお前を世間と言う場所に置いた。結構じゃないか。今はそこに住んでいなさい。─またそこからもっと良い場所に運んで落して下すったら、その時はまたその時のようににすればいい。(中略)あの御方がここに置きなすったのだ、しょうがなかろう。もういっそ、何もかもあの御方に任せきれ。あの御方に、素直になって自分を任せきっておしまい。そうすりゃ、何の心配も面倒もない。そうしたら、すべてはあの御方がやっていなさるんだということがわかってくる。”すべてはラーマの思し召し”と言うことがね」

 

私はこのラーマ王子のお話を読むと、いつも孫悟空を思い出します。お釈迦さまに反抗し大暴れをして、觔斗雲に乗って宇宙の果てまで飛んでいったと思ったら、実はお釈迦さまの手のひらの上だったというお話です。ご自分の手のひらの上で、得意げに暴れ回る孫悟空を見ながら、お釈迦さまはきっと目を細めて面白がっていたに違いないと思うのです。
そして、ラーマ・クリシュナがいわれるようにこの世界のすべてが神の現れであり、神のうちにあるというのであれば、私が心から愛する神が「さあ、あなたはこの場所ですよ」と置かれたこの場所で、いったい何を恐れることがあるでしょう?
神が私のために選んで下さったこの場所で、笑ったり、泣いたり、楽しんだり、悩んだり、歓びで溢れ返ったり、私が思うこと、感じること、やることなすこと私のすべてが、愛する神に、そして敬愛してやまない師に喜んでもらえるよう、お腹を抱えて面白がっていただけるように生きていきたい!と思った一年の始まりでした。

今年のキャッチコピーは「觔斗雲に乗ったヨーギニー!」にしようかな!? 皆さま、どうぞ今年も変わらず、お釈迦さまのような気持ちで見守っていただけるととっても嬉しいです!
真新しい一年、本年もどうぞよろしくお願いいたします!!!

 

この大輪のダリアのように、今年も真っ赤な情熱を胸に精進してきたいと思います!

シャルミニー 


1件のコメント

  1. 私もこのお話が大好きです!!
    筋斗雲を乗っているシャルミニーさんの姿、面白そうーー見てみたいです。笑

  2. コメントありがとうございます!!
    そのうち、觔斗雲に乗って台湾のみんなの所にひとっ飛び出来るといいなあ~。笑
    また、お会いする日をとっても楽しみにしていますね!

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