人それぞれが自分の置かれた場所にあって偉大である〜『カルマ・ヨーガ』第三回 読書会


7月21日(土)、第三回『カルマ・ヨーガ』の読書会が開催されました!

今回は第二章「人それぞれが、自分の置かれた場所にあって偉大である」を読みました。
皆さんはこれまで何かに対して〝不公平だ〟とか〝不条理だ〟または〝それは非常識だ〟〝不道徳だ〟と感じたことはありますか?私はもちろんあります!しかし、これら各人の判断の基となる価値基準は、時代や国、場所、個人によってさまざまに変化する〝なんら拠りどころのない揺らぐものに頼ったものである〟ということを私たちは前シリーズの読書会「ブッダの教え・スッタニパータを読もう!」で学びました

では、私たちはそんな〝拠りどころのない揺らぐもの〟でできた世の中で、具体的にどのように考え、行為すればよいのでしょうか。
この章でスワミ・ヴィヴェーカーナンダは次のように話されています。

の社会でも、すべての男女が同じ心、同じ能力を持ち、物事をするための同等の力を持っているわけではありません。彼らはさまざまの理想を抱いているに違いなく、われわれは、いかなる理想をも冷笑する権利は持っていないのです。人それぞれが、自らの理想実現のためにできる限りのことをするがよい。私があなたの標準で評価されることも正しくなければ、あなたが私の標準で評価されることも正しくありません。

ヴィヴェーカーナンダは分かりやすく、いくつかの例をあげています。例えば、大人は歩ける距離でも幼い子どもにとっては生死に関わるような過酷な距離かも知れません。王から玉座を取りあげ、掃除人の仕事をさせたらどうなるでしょうか?反対に掃除人が国を治めることができるでしょうか?また、世を捨てた人が世間に住む人より偉い、などと言うのは無意味であり、世間に暮らしつつ神を礼拝する方がずっと難しい、とも言っています。
全ての人を同じ基準で測り、良し悪しが決められる…これは実際に社会で起きていることではないでしょうか。

そういうやり方は不自然な努力を余儀なくさせ、その結果は人が自分を憎みはじめて、宗教的にも善良になりにくくなるでしょう。我々の務めは、誰もが彼自身の最高の理想に従って生きるように人びとを励まし、同時にその理想をできる限り真理に近いものにするよう、努力することです。

とヴィヴェーカーナンダは説いています。

 

そして、一章に引き続きもっとも大切な内的動機の重要性についても語られています。ブッダは王位を棄て真の放棄を行いました。それは生きとし生きるものすべてに対する慈悲から起こった行為でした。もともと何も持っていない身の上の人の場合、放棄の問題は起こりようがありません。また別の例として、一見何もしていない様に見える二人がいたとします。一方は怠け者でただ無活動になっているだけ、もう一方は完全な静寂の境地に達しているため非常に静かで穏やかな状態にあるのでその様に見える。ヴィヴェーカーナンダは、これらは極端な例だが私たちは最高の境地に達するまでは偽善に陥らないよう常に注意深く考えながら、それぞれが置かれた場所で自分に与えられた義務を誠実に果たし、そして理想に向かって活動しなければならいない、と言っています。

今回も参加された方の感想をご紹介させていただきます!

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第二章は「人それぞれが、自分の置かれた場所にあって偉大である」
もう、このタイトルを読むだけで自分の存在をまるごと受け入れてもらえたという安心感に包まれ、ヴィヴェーカーナンダ、ありがとう!という気持ちでいっぱいです。
いつものように、一段落ずつ音読し、分かりにくいところをみんなで考えていきます。内容のこととは別に、私が自身に対して感じたことは、必要以上にひとつの言葉にこだわり、章全体で何が大切なことなのか、伝えたいことは何かという、自分から読み取ろうという意欲が欠けているということでした。以前、この本を読んだときの「理解できなかった」というネガティブな印象を持ち続けていたからかもしれません。けれど、仲間と一緒に気持ちも改め読んでみると、意外に内容がすっと入ってきたり、大切なことは冒頭に書いてあった!と気付いたり。
今回、読み進めていく中で、みんなで考えてもどうしても意味が分からない箇所がありました。そのときサナータナさんが英訳本を持し出して同じ箇所を読み返し、しばしの熟考の後、ひとつの言葉を別の言葉に置き換えました。すると、みんなが頭を抱えて悩んでいたことがうそのようにすんなりと理解できてしまったのです。サナータナさん曰く、文法的に正しく訳されていても、書き手が意図するところを理解していないと内容が正しく伝わらないと。その言葉選びに、参加者一同、大きく頷くのみでした。
自分だけで本を読んでいたら、何も気付かず読み飛ばしていたか、意味不明で悶々と悩み続けていたでしょう。今まで、このような形で本を読んだことがなかったのですが、毎回発見や驚きがあり、みんなで「カルマ・ヨーガ」を学んでいるのだけれど、それだけではない「何か」を共有しているような気がします。次回も楽しみです。
マイトリー

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今回、参加メンバーが前回とはまた違う、面白い反応をすることを発見しました!唸ったり、苦笑いしたり、大きく頷いたり、突然希望に満ちたキラキラした目になったり…笑。かの有名なシカゴでの世界宗教会議で満場を魅了したと言われるスワミ・ヴィヴェーカーナンダのマジックでしょうか ⁉︎ 毎回のことですが、ここで全部をお伝えし切れないのが本当に残念です!

次回の読書会は、8/25(土)15:30〜牟尼草庵にて。第三章「働きの秘訣」を読みます!私たちは生きているあいだ、どんな小さなことでも無行為ではいられません。そんな行為(働き)の〝秘訣〟とは一体何でしょう ⁉︎ 楽しみです♪どなたでもご参加いただけますので、私たちと一緒にキラキラした目になりに来て下さい!

シャルミニー 


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