無私の働き〜読書会『カルマ・ヨーガ』第二回目を終えて


皆さま、こんにちは。
各地で連日、大雨による大きな被害が報道されています。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、被害に遭われた方々、ご家族や関係者の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。これ以上被害が広がらないよう、そして一日も早く日常が戻って来られますことをお祈り致します。

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さて、牟尼草庵では6/30(土)に読書会の新シリーズ『カルマ・ヨーガ』(スワミ・ヴィヴェーカーナンダ講演集)の第二回目が開催されました!『スッタニパータ』に引き続き、また読書会の様子を少しずつでもお伝え出来ればと思っています。

第一回目では、人を〝働き、行為〟させるものはその人が持つ〝動機や性質(性格)〟であり、それこそが〝カルマ〟によって作られているものである。それ故、私たちがみていくべきものは外側に表れる行動ではなく私たち自身の中にある、という内容でした。(第一回目の様子は→こちら)

その続きを皆で読み進んでいきました。
ここではカルマを生む〝働き、行為〟の根っこの部分である〝動機〟について話されています。人が〝働く〟動機には「利己的」なものと「非利己的」なものがあり、自らの利益を求める利己的な動機による働きよりも、非利己的な動機によって無私の態度で働く方が最終的には最高のものが得られるとヴィヴェーカーナンダは言います。そして〝全世界を支配することもできる〟!? その秘密が語れています!

 

 

読書会に参加されているSさんが感想を寄せて下さいましたので、ご紹介させていただきます。

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第1章の後半では、非利己的な動機に基づく働きについて説かれます。

参加者からは、非利己的な動機から行ったつもりでも、相手や周囲の人の反応があった時に、実際には利己的な動機があったということに気が付く、という体験が多く語られました。
利己的な動機といっても、他人を傷つけてまで自分が利益を得ようというような、極端なものではありません。誰かを喜ばせるために何かをするとき、実は相手が喜んでくれることを自分自身が期待していたとか、自分がやるのが当たり前だと分かっていても、内心周囲の人間からの感謝を求めていたとか、おそらく私達の多くが共感できるような動機です。
このような微妙な利己性は、行為の時点では自分自身でも気が付かないため、それを制御するのはとても難しいのではないでしょうか。

しかし、ヴィヴェーカーナンダは「来るにしたがって仕事を引き受け、毎日少しずつ、自分を非利己的にしていかなければなりません。仕事をしつつ、自分をうながしている動機を見いださなければなりません。」と説いています。ですから、行為して、結果を受け取って、利己的な動機に気づき、次からは非利己的な動機で行為する、という作業を繰り返していかなければならないのでしょう。
それを実践していくと、毎日自分と真摯に向き合っていくことになりそうだという予感がします。
ヴィヴェーカーナンダは「われわれはみな、人生の道を歩みつつ努力するうちにいつかは、自分が完全に非利己的になる日が来る、と期待してよろしい。」と私達を励ましてくれています。

前回も感じたことですが、参加者とともに感想や体験談を語り合いながら読み進めることで、一人で読んでいるときは見逃しがちな内容的なつながりがよりよく理解できます。特に今回は、参加者とヴィヴェーカーナンダとの対話が成り立っているように感じました。

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私たちは生まれた瞬間から呼吸という〝行為〟をせざるを得ません。肉体を持って生まれた以上、一瞬たりとも行為をせずには生きていけません。〝生きる〟ということ自体が〝働き、行為をする〟ということなのですね。私たちは本当の理想、真実に向かって、具体的にどのように毎日を生き、行為すれば良いのでしょうか。『カルマ・ヨーガ』の中に、きっとその秘密が書かれていることでしょう!

7月の読書会は21日(土)、28日(土)15:30〜の予定です!どなたでもご参加いただけます😊

 

 

シャルミニー 

 


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