托鉢遊行の旅日記 (前編)


2001年のゴールデンウィーク、僕は4日間の托鉢の旅に出かけました。当時は27歳、もちろんすでに仕事をしていて、普通に休みの日を使って、お金を持たず野宿で、京都から名古屋の西、愛知・岐阜・三重の県境近くにある実家まで歩いて行きました。その時に帰ってきてから書いた文章を、これから3週にわたって掲載しようと思います。(物を持たずに出たので、残念ながらその時の写真はありません😢)


「ブッダやいにしえの修行者たちのように遊行(ゆぎょう)してみたい」monk (source: www.pbs.org)

そう思い立ったのはまだ寒い季節だったか。ブッダやジャイナ教の開祖マハーヴィーラなどの研究を進めるうちに、彼らと同じように自分も歩いてみたいと思い始めたのだ。

「星空を我が屋根とし、樹下に眠る」――それへの憧れは膨らんでいき、5月の連休に愛知の実家へと帰省するのに、お金を待たず、托鉢・野宿をしながら歩いて帰ることにした。

だが100キロ以上もある道のりを歩き通すなどできるものかどうか。それが「できる」とも「できない」とも判断がつかなかった。それからまだ肌寒い季節に、真夏の昼でも20度を切るような鈴鹿の山を越えなくてはいけない。そんなところで眠れるだろうか。そもそも現代の日本で托鉢なんて可能なのだろうか。不確定要素ばかりで全然分からない。

京都の町を歩きながら、いま目の前にある家に「食べ物をください」と入っていく自分を想像すれば、何だか空恐ろしくもなってくる。考えれば考えるほど分からなくなった……ので、考えずに行くことにした。少しの人に相談もしたが、結局「行きたいから行く」それでいいやと。

無一物で行くのが理想だったが、寝袋や上着一枚、水を入れるペットボトルなど、途中でリタイアしないで済むよう最低限のものは持つことにして、4月29日朝7時半、僕は静かに家を出た。

連休で人通りもまばらな見慣れた町を元気に南へと下る。いつも着ているオレンジ色のチベット服に白いパンツ。最大限短く刈り込んだ頭にアウトドア用のバックパックとカジュアルなウォーキングシューズ。いったい何なのか分からない風体だ。

どう見ても仏教僧には見えないが、でもそれらしくもある。自分がどう見られてるのかと少し気にしてみたが、じろじろ見られることもなく、まるで無視されたままで普段と同じだった。思ったほど変でもなかったのか、これは全行程を通じて変わらなかった。

午前中のうちに京都を抜け、滋賀県大津市に入ると雨が降り始めた。琵琶湖畔を歩きながら、そろそろお昼だろうと思う。時計のない僕に時間は分からない。お腹が減ったらそれがお昼……なのだが、「托鉢」である。「そろそろかな」「でもまだお腹空いてないかも」――そう簡単に思い切れるものではない。

近江大橋(source: Wikipedia)

近江大橋

琵琶湖でバーベキューをする人たちの横を通りながら、「目の前にある近江大橋を渡ったら最初の托鉢をしよう」と心に決めた。

橋を渡り終えるとそこは典型的な日本の田舎だった。国道を外れて曲がり、民家のある方へとあぜ道を歩いていく。田植えの季節なので、トラクターで作業しているような人をちらほらと見かける。

傘を差して民家の間を歩く。呼び鈴を鳴らしてではなく、できれば顔を見て面と向かって頼みたかったので、表に出ている人を見つけて話しかけた。

「こんにちは。僕、托鉢をしながら歩いているんですが、もしよかったら何か食べるものを頂けないでしょうか」

最初に声をかけたご婦人は「いやあ今、何もないわ」とのことで断わられた。雨の中さらに進む。次は露骨に怪しまれて沈黙の中を引き返す。

3軒目、庭の花の手入れをしている主婦らしき人に声をかける。ちょっと驚いた様子で「どういう趣旨ですか」と尋ねられた。僕が仏教の研究をしていてブッダに共感を覚えていること、個人的な行為であることを話すと、その人は「こんな子供の食べるようなものしかないけど」と、ビスケットの小袋とリンゴ1個、缶入りトマトジュースを持ってきてくださった。

実は托鉢用の「鉢」(近所のスーパーで200円で購入)を用意していたのだが、「鉢に余りもののご飯と少しのおかずを盛ってもらう」という托鉢のイメージは見事に裏切られた。だがそれは記念すべき最初のお布施であった。それをありがたく頂くと僕は国道に戻り、陸橋の下で雨を避けながらそれを食べた。

もらったものはすぐ食べて、取り置かないのを旨とすると僕は決めていた。ブッダが「堅い食べ物であろうと、柔らかい食べ物であろうと蓄えてはいけない」と言っているからだ。当然お金はもらわない。どう使おうかと案じ、お金があるから安心と、その場限りの托鉢に向ける気迫に欠けると思ったからだ。

しかし食べてしまえばまた元の木阿弥である。次にお腹が空けば声をかける決意からまた始めなくてはいけない。だがお布施をもらった後は最も元気が出る。腹が膨れたとはいえないが、「托鉢をしながら歩いてます」と言うのに応えて食べ物をくれた人のためにも、是非とも最後まで歩き通さねばと思うのだった。

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