托鉢遊行の旅日記 (後編)


石榑峠(日登美山荘HPより)

石榑峠(日登美山荘HPより)

3日目はここから鈴鹿の山を越えなくてはいけない。標高1,000メートルほど、ちょうど比叡山ぐらいの高さだ。しかしその山道が30キロ続く。その日のうちに山が越えられればバンザイだ。昨日の昼過ぎにメロンパンを食べて以来何も食べていなかったので、山を越えるにはしっかり食べておかなくてはと思う。何であれいただけるのは非常にありがたかったが、でも米が食べたいなと思う。

山の中で民家は見当たらない。10数キロ先に集落があるとの看板を見つけ、もう絶対にそこで托鉢しようと決める。見つけた1軒目に入った。そこは山荘で、古い木造の感じのいいところだった。

日登美山荘(日登美山荘HPより)

日登美山荘(日登美山荘HPより)

背に腹変えられず呼び鈴を押す。まだ若そうなおかみさんが出てきて、托鉢している旨を話すと、「ちょっとここで待って」と縁側を空けてくれた。「鉢を…」と出す手も遅く、おかみさんは家の中に消える。

またパンだろうか、と思案つつ待つ。すると、山盛りのご飯と味噌汁、魚の煮付けに漬物、卵料理まで乗ったお膳が運ばれてきた。「大盛りにしてきたし、ご飯いっぱい食べてや。お替わりもしてくださいね」。涙が出るというものである。本当においしかった。これは空腹と思いやりと、それから本当実際においしい滋賀のお米が相まってのことだった。

これでもう今日一日何も食べなくても大丈夫だと思いつつ、それまでの小食から、すぐ満腹になってお替わりなど到底できなかった。おかみさんはおにぎりを握ってくれ、ウーロン茶まで持たせてくれた。「これで山を越えるまで何とか行ってくださいね。20キロ先にまた民家が出てきますから」。いやいやこれで明日まで持ちますと思いつつ、本当にありがたくいただく。「蓄えない」が信条だったが、食べたばかりにまたすぐ食べるわけにもいかず、ありがたく持たせていただくことにした。

愛知川(日登美山荘HPより)

愛知川(日登美山荘HPより)

その日は本当に素晴らしかった。空は気持ち良く晴れ渡り、山間の渓流に沿って道は続く。山のきれいな水と空気、そして新緑と鳥のさえずりに囲まれて、体はガタガタながら楽しく歩を進めた。

山頂から三重県へと入り、昔の伊賀越え道のような急坂細道を下っていく。これでもう難関は越えたと思ったのだが、実は上りよりも下りの方がきつかった。

vivekananda3ガクガクの膝にアスファルトの衝撃が響く。ヴィヴェーカーナンダが放浪中の写真で杖を持っていたのを思い出す——あれは要る。歩いても歩いても下り終わらないので、途中で手ごろな木を拾い、杖にして何とか下っていった。

三重県側は曇天でひどく寒かった。田んぼばかりで風を遮るものもない。トラックの風圧とともに、吹き飛ばされそうな状況だ。寝場所とするにふさわしいところも見当たらず、河辺の草むらに寝ころぶ。

雨がぱらついてきて橋の下へと急いで移動。この晩が一番寒く、よく眠れなかった。だが道中、寝不足で辛いということはなかった。朝の6時から夜7時まで13時間とにかく歩き続けて、日が落ちれば寝て夜が明ければ起きる。実家にたどり着いたときに夜8時に眠くなるのがおかしかった。

4日目、ついにあと20キロを残すのみ。もう足を引きずってでも行くぞと、本当に引きずりながら行く。3キロと続けて歩けない。それでも愛知との県境にある揖斐・長良・木曽の三大川に到る。

そこで最後のおにぎりをいただき、堤防で寝転がって休憩した後、最後の歩を進める。愛知に入り道を折れると、家まであと3.5キロ。このままただ真っすぐ行けばいいだけだが、辛くて1キロと歩けない。15分ごとに休憩。小雨が降りだすなか、やっと家にたどり着いた。

「ただいま」と言う僕に母親が言った最初の言葉は「お坊さんみたいだな」。歩いて帰ってきたと言うと、「アホか」とあきれていた。その後、足を引きずる生活が数日続き、水膨れあとが膿んで医者に行った。

「星空をわが屋根とし、樹下に眠る」とばかりはいかず、「修行の本質」なんてものも分からずじまいだったが、なぜ自分の肉体を苦しめる厳しい行を行っていたマハーヴィーラが、同時に不殺生を厳格に守り他者への愛を持ち続けたのか、ああして山の中を歩き眠る中で少し分かったような気もした。

でもそれも自然が好きでキャンプする人とどこが違うのか。僕のこの行為のどのあたりに宗教性があるのか何とも言いようがない。こうして終えた4日ばかりの経験が、「行きたいから行く」に見合う結果だったのかもしれない。

だがいずれにせよ最後に一言——「托鉢に応えてくれた滋賀県の皆さん、本当にどうもありがとう!」

日登美山荘の女将さんと

日登美山荘のおかみさんと

——数年後に、旅の途中でお世話になった山荘に訪れてみました。おかみさんはその時のことを覚えていてくれて、何かの縁だと思って食事を振る舞ってくれたそうです。この文章も手渡してきました。

「日登美山荘」という、ダム湖の中に沈むはずだった築300年の古い建物を移築して行っておられる山荘です。お近くの方はぜひ訪れてみてください。夏場も涼しく、囲炉裏があってちょうどいいくらいです。すごく気持ちのいいところですし、囲炉裏の前で食べるイワナ料理もすごくおいしいので、遠くの方も観光にお勧めします。
日登美山荘ホームページ http://hitomi-sansou.main.jp

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