Episode18:真理の悟りと慈悲の行い——菩薩アーリヤデーヴァ


アーリヤデーヴァは南インドの人である。空(くう)の教えを説く高名な仏教僧ナーガールジュナ(龍樹)の弟子であった。博識にして洞察深く、弁舌の才能も抜群で、その名をインド中にとどろかせていた。

当時南インドの王は仏教以外の道を信奉しており、国では一人の仏教僧も見かけることがなかった。これを憂えたアーリヤデーヴァは、その心をひるがえそうと、衛兵になりすまし、王に会える機会をうかがっていた。

働きは抜群ながら一銭も受け取ろうとしない衛兵がいると聞きつけ、興味を引かれた王は、彼を御前に召し出した。話をするうちに、その類いまれなる智慧の力に驚かされた王は、そのまま仏教に帰依し、そのために王宮のバラモンたちもこぞって頭を剃り、仏教の戒律を受けることになったのだった。

そのまま王都にとどまったアーリヤデーヴァはこう説き始めた。

「ブッダはすべての聖者のなかで最も優れた人であり、その教えはあらゆる教えに勝る。そして仏教修行者の集いは誰よりもよく人を救う。
もし誰かこの言葉をくつがえせる人があれば、私は自分の頭を切り落として、その人に謝ろう。何かを説きながらそれが確かでないというのでは、まったく愚かで無知な頭しかもっていないことになる。そんな頭は私の望むものではない。それを切り落として、自分が間違っていたと謝るのに、何のためらいがあるだろうか」

これを聞きつけた世の論客たちは、次々とアーリヤデーヴァの元に馳せ参じ、誓いを立ててこう言った。

「あなたと対論して、もし我らの説くことが論破されたなら、同じように頭を切り落とすがいい。我らとて愚かな頭など惜しむべくもない」

アーリヤデーヴァは応えて言った。

「私が信奉する仏法は、愛によって万物を生かすものである。それだからあなた方には髪を剃って弟子となることを望もう。首を切る必要はない」

こうして誓いを立てたのち、各々が論を立ててアーリヤデーヴァに挑んだ。だが浅知恵で短気な者たちは、一言にして敗れ去り、また智慧深く忍耐強い者であっても、2日ともつ者はなかった。来(きた)れる者ことごとく皆髪を下ろし、かくして仏門にくだった者は3カ月で100万人以上にものぼった。

そうしてアーリヤデーヴァに破れた者の弟子の一人に、凶暴頑迷にして無知なる者がいた。自らの師が敗れ去ったことを恥じ、皆に従うようなふりをしながらも、心には怨念を抱き、日頃より刀を帯びてアーリヤデーヴァを殺す機会をうかがっていた。

一方、アーリヤデーヴァは、諸方の論師たちが皆尽き果てたのを見て、都を出て静かな森に入って暮らしていた。ある日のこと、アーリヤデーヴァと弟子たちは、それぞれが樹下に座り、瞑想にふけっていた。瞑想から醒めたアーリヤデーヴァが歩いていると、まさにあの怨念に燃えた一弟子が彼の元に駆け寄ってきた。

「おまえは口をもって我が師を破った。もしこの刀でおまえの腹を破ったならどうする!」

刀を取り出した弟子は、アーリヤデーヴァに襲いかかり、その腹を切り裂いた。内臓は地にこぼれ落ちたが、まだ息のあるなか、アーリヤデーヴァはこの愚かな暴徒を憐れみながら言った。

「私の座っていたところに、僧の衣と鉢がある。おまえはそれをまとい、急いで山のほうに逃げなさい。決して平地に戻ってはいけない。私の弟子たちのなかで、まだ真理によって耐え忍ぶことを学べていない者たちが、きっとおまえを捕えるだろうから。
おまえはまだ真理を悟っていないから、こうして自分の身を惜しみ、感情に振り回されて、名誉を追いかけるのだ。身(形態)と名(名称)は、一切の苦しみの根本である。真理を悟っていない者は心に惑わされ、執着を起こして、『我あり、人あり、苦あり、楽あり』と妄想するのだ。執着がなければ、苦も楽もありはしない」

この教えを聞き終えると、哀れな弟子は山へと逃げ去った。そして師の声を聞きつけた弟子たちが、木々の間から集まり始めた。師のあまりにも凄惨(せいさん)な姿に、いまだ耐え忍ぶことを得ていない弟子たちは、胸をなで地を叩いて、大声を挙げて泣き叫んだ。

「ぬれぎぬだ! 酷すぎるではないか! 誰が師をこんな目に合わせたのか!」

犯人を捕まえようと、血眼になって捜索を始めた弟子たちに、アーリヤデーヴァは諭すように言った。

「真理に照らし合わせてみて、何が冤罪であり、何が酷いのか。誰が裂き、誰がそれを受けるのか。実に真理から見れば、被害者もなければ、加害者もない。誰が味方で、誰が敵か。誰が賊で、誰が害だというのか。
おまえたちは無知のために欺かれ、妄想に対して執着した見方を生じている。泣き叫んでは不善の種を植えている。
あの者が害したのは、自分自身に降りかかるべき業報を害したのであって、私を害したのではない。おまえたちもそれを思い、慎んで、狂気をもって狂気を追い、哀れな者のために悲哀することはやめなさい」

言葉を言い終えると、アーリヤデーヴァは、悲しむこともなく、肉体を去ったのだった。

*インド建国の父といわれるマハートマー・ガンディーも、アーリヤデーヴァと同じような最期を迎えました。ヒンドゥー教徒が多数を占めるインドと、イスラム教の国パキスタンが1947年に分離独立した後も、ガンディーは両者の融和を目指して活動していました。独立の翌年、狂信的な同胞ヒンドゥー教徒の青年に暗殺されたとき、額に手を当てるイスラム教の挨拶のしぐさを見せて、彼はその青年を許す思いを示したそうです。