Episode17:あなたは誰なのか?——ミリンダ王の問い


今よりおよそ二千年以上も昔のこと、古代ギリシアの人々は地中海世界を征服し、その勢いはインドの西北、現在のアフガニスタン、パキスタン辺りにまで及んでいた。そこにギリシア人たちは王国を建て、中でも繁栄を極めたバクトリア王国は、インド内部にまでその版図を広げた。

その最盛期に現れたのがメナンドロス王である。メナンドロス——インド名ミリンダ——は実在した王であり、また仏教には、彼に帰せられる『ミリンダ王の問い』なる準聖典が伝えられている。

ギリシア人としての哲学的素養からか、ミリンダ王は征服地であるインドの哲人を訪れたいと考えたようである。当地の仏教サンガ(僧伽・僧団)を率いていた長老ナーガセーナの下を訪ね、挨拶を交わし、型通り相手の名を問うところから彼の問いは始まる。

「あなたは名を何と言われますか」

「大王よ、私はナーガセーナとして知られています。だがこの『ナーガセーナ』という者、単なる呼び名であり、標識、記号、ただの言葉に過ぎませぬ。人格の実体などは存在しないのです」

王は、これは異なこと、と、そこに居合わせた人々に呼びかけた。

「皆々方、私の言うことを聞かれい。これなる人物ナーガセーナは、ここに人格の実体がないとおっしゃる。さてこんなことを認めてもよいものだろうか」

そしてさらに長老に問うた。

「もしあなたの言われる通りなら、あなたに布施をする者、それを受けて修行する者などはいったい何者でしょうか。戒を破り罰を受ける者とは誰なるや。言われる通りなら、善も悪も、それを行う者も行わせる者もないし、あなたを殺す者にも罪なしとはなりませぬか。あなたは『私はナーガセーナと知られている』と言われるが、その『ナーガセーナ』とはいったい何ですか。頭髪か、肌か、爪か、歯か」

「そうではありません」

「では肉か筋か骨か、腎臓か心臓かそれとも脳髄か」

「そうではありません」

「では肉体、感覚、思い、性格、意識のいずれかですか」

「違います」

「ならば、そういったものとは別に『ナーガセーナ』があるのですか」

「そうではありません」

「何と! 私はあなたに問いを重ねながらも、『ナーガセーナ』が何なのか一向に合点まいりませぬ。それは単なる名称に尽きますのか。とはいえ実体なくして名称のみあるはずもない。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。『ナーガセーナは存在せず』などとは」

長老ナーガセーナはこれに対しこう問い返した。

「大王よ、あなたは今日ここに歩いてこられましたか、それとも車に乗られてか」

「車に乗ってです」

「さらば、あなたは車の何たるかをご存知であろう。私にそれが何かを教えて下さい。それは轅(ながえ)ですか」

「いえ、そうではありませぬ」

「車軸が車だろうか。それとも車輪か、車室か、車台がそれか」

「そうではありませぬ」

「では、軛(くびき)か綱か鞭(むち)か」

「違います」

「ならばそれらを寄せ集めれば車になりますか」

「そういうわけでもありませぬ」

「となれば、それ以外に車なるものがありますか」

「いや、さにあらず」

「大王よ、私は車が何なのか一向に合点できませぬ。それは名称に過ぎぬのか。あなたの言われることは無茶苦茶ですぞ。さてや皆の衆、このような嘘偽りを果たして認めてもよいものだろうか」

この問答を聞くや、ギリシア人たちは長老に歓呼し、王を励まして言った。

「さあ大王様、精一杯弁論して下さいよ!」

ミリンダ王は長老ナーガセーナにこう抗弁した。

「私は嘘偽りなど申してはおりませぬ。『車』というは、轅・車軸・車輪・車室・車台に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つものにござる」

ナーガセーナ長老、ここでわが意得たりと、こう言った。

「よくぞ言われた、大王よ。あなたは車の何たるかが分かっておられる。それとまるで同じですぞ。私ナーガセーナとは、頭髪・肌・爪、骨に肉、心臓に脳髄、感覚、思いなど、もろもろに条件的に依存し、呼び名・標識・記号として成り立つ一方、人格の実体ではござりませぬ」

これにはさすがの大王も歓びの声を上げた。

「驚嘆に堪えません、ナーガセーナ殿! まこと鮮やかな問答であります。尊者ブッダがここにおられたなら、さぞお褒めになったでありましょう。ナーガセーナ殿、お見事」

王と長老の問答はこうして始められた。この後も興趣あるやり取りが繰り広げられるのだが、それはまた長いお話なので、今はこれまでに。

 

〜ブッダにまつわる物語〜