Episode13:永遠の伴侶——真実の愛に生きた聖女ミーラー・バーイー


今からおよそ500年前、ミーラー・バーイーはインドの西、ラージャスターンの王家に生まれた。両親はヴィシュヌ神への信仰厚く、宮殿では多くの聖人や修行者たちがもてなされていた。

ある日、1人の修行者が美しい小さなクリシュナの像を持って宮殿を訪れた。まだ幼子であったミーラーはすっかりこの神像が好きになってしまい、母親は行者に頼んで少しの間それを借り受けることにした。喜んだミーラーはこの小さな神様を片時も離さず、ご飯を食べさせたり、いっしょに踊ったりと、無邪気に小さなクリシュナと遊び戯れていた。

さて持ち主の修行者が宮殿を立ち去る日がやって来た。大好きなクリシュナとの別れにミーラーは泣き叫んだが、その甲斐もなく行者は神像とともに立ち去ってしまった。だが数日後、彼は再び宮殿に戻ってきてこう語った、「昨日の晩クリシュナ神が私の夢に現れて、この子に神像を返すようにと言われたのです」

ミーラーが4歳になったとき、宮殿の側で結婚式が催された。ちょうど美しく着飾った花婿が出てきたのを見てミーラーは母親にこう尋ねた。

「ねえ、お母さん、私のお婿さんはだれなの?」

母は、冗談半分そして半分真剣にこう答えた。

「ミーラー、あのクリシュナがあなたのお婿さんよ」

18歳になったミーラーに結婚の話が舞い込んだ。相手はメーワール国の王子である。これは願ってもない話だった。メーワール国はラージャスターンきっての名家である。近年ますます激しさを増してきたイスラム教徒の侵入に対しても、ラージプート族の盟主として軍を束ねる存在である。そのプリンセスに、という縁談に親戚一同大喜びでこれに応じた。国と国との政略結婚、それが王族の娘に生まれた彼女の定めだった。「男は勇猛、女は従順」——ラージプートにとってこれに勝る価値はない。盛大な結婚式が行われ、ミーラーはすべての人の祝福を受けて夫の城へと赴いた。

ラージプートの名家のプリンセスとして、ミーラーは様々な要求に応えることを期待されていた。戦に命を懸ける男たちを送りだし、留守中の城を守る女たちの義務は、忍耐とひた向きな努力であった。

しかしミーラーはいっこうにそれに従う様子がない。それどころか日々クリシュナの像に礼拝しては、笑ったり歌ったり話しかけたり、まるで子供の振る舞いだ。さらには夜な夜な宮殿を抜け出しては、神の信者たちと讃歌を歌ったり踊ったりと、考えられない行動で、この新妻は婚家で大変な不興を買ってしまった。義理の姉妹たちが何かと忠告するのだが、彼女はまったく聞き入れず、次期王妃の自覚もないままに、クリシュナへの礼拝に没頭し恍惚の中に暮らしているのだ。

彼女にとってクリシュナだけが唯一の、そして永遠の夫であった。外面的な結婚には何の関心もなかった。王子が嫌いなわけではない。ただクリシュナを愛しているのである。ひとときとてクリシュナのことを考えずにはいられない。クリシュナに向かい合い、皆とともにクリシュナと遊び戯れる——そう、ちょうどヴリンダーヴァンのクリシュナと牛飼いの娘たちのように。

しかし外面的な結婚生活もたった3年で終わりを迎える。王子が戦死したのである。未亡人となった彼女には不幸しか残されていなかった。夫の遺体を焼く火の中に妻が飛び込み殉死するサティーの習慣は、古くからヒンドゥー女性の美徳として称えられてきた。偉大な王子が若くして名誉の死を得たのである。当然妻も名誉の死を選ばなくてはならない。この無言の圧力の中、しかしミーラーはこれを拒絶した。ますます彼女への迫害は厳しくなり、ついに毒殺されそうになる。実の父も戦死し、この世に対する関心の一切を失ってしまった彼女は、ある日宮殿を抜け出した。二度と戻らぬ旅立ちであった。

自由の原野で彼女はクリシュナへの愛を歌った。奏でるシタールの響きに、神への一筋の想いを乗せて。その美しく穏やかなメロディー、そして時に激しい熱情の言葉に、魅了されない人はいなかった。戯れの地ヴリンダーヴァンで彼女は歌う。そしてクリシュナが後半生を過ごしたドワーラカーへと向かった。

クリシュナへの愛のうちに浸るある日、親族の一人が彼女を尋ねてきた。ラージャスターンの王族はその多くがイスラム軍との戦いの中で戦死し、国を支える者がいないという。使者は、高貴な王族の血を引くミーラーに国へと戻ってもらうよう懇願した。だが彼女にもうこの世への関心はない。説得しかねた使者は断食を始め、彼女が応じなければ自分は死ぬと宣言した。彼女は板挟みとなり、最愛の夫クリシュナに祈った。

次の日、ミーラーの部屋から彼女の姿が消えた。ただ彼女のサリーだけがクリシュナの神像に巻き付き残されていただけであった。神は彼女の祈りを受け入れた——彼女は永遠にクリシュナと一つになったのである。ミーラーは心だけでなく、身体もすべて愛するクリシュナの中に飲み込まれ、永遠に離れることのない合一へと溶け込んでいったのである。