Episode10:英知と純真は人々への愛でつながる——ヴィヴェーカーナンダの偉大なるハートと信仰者ギリシュ


1897年のある日、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは一人の弟子を相手に、リグ・ヴェーダ(聖典の名前)の註釈について教えていた。10日間続けられてきた内容はその日、世界の創造とその最初の響きとされる聖音オームの議論に及んだ。

するとそこに偉大な劇作家であるギリシュ・チャンドラ・ゴーシュが姿を現した。師ラーマクリシュナの熱烈な信奉者であり弟子であった彼に丁重な挨拶を施すと、スワーミーは講義に戻り、ヴェーダ(天啓聖典)の言葉と日常の言葉との区別を論じる論理学派の書物に触れた。そして「その議論には明らかに力があるが、難しい用語には頭が痛くなる」と弟子に感想を述べた。

1897年34歳のスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ

1897年 34歳のスワーミー・ヴィヴェーカーナンダ

それからギリシュの方を振り向くと、スワーミーは愛嬌をもって彼に話しかけた。

「ギー・チャーはどう思われます? こういったすべてのことを学ぶ気はないでしょうけど、あれこれの神様を崇めながら日々を過ごしてこられたでしょう?」

クリシュナやヴィシュヌなど、至高の神を題材に舞台を作り上げてきたギリシュは、神への信仰に生きた人だった。そしてその化身である師ラーマクリシュナへの計り知れぬ愛を胸に抱いていた。

「一体私が何を勉強するというんです。そんな時間も理解力も私にはありませんよ。だけど今回はシュリー・ラーマクリシュナの恩寵によって、あなたのヴェーダやヴェーダーンタを越えて、ひとっ飛びに高みに至れるんです! 師があなたに、こういったすべてのことを学ばせたのは、あなたに多くのことを実現させたかったからです。でも私たちには必要ない」

ギリシュ・チャンドラ・ゴーシュ

ギリシュ・チャンドラ・ゴーシュ

ギリシュは分厚いヴェーダの本に幾度となく頭を付けながら、「ヴェーダの具現者ラーマクリシュナに栄光あれ!」と口にした。

ヴィヴェーカーナンダが深く考え込むのを見ると、ギリシュは彼に語りかけた。

「……ちょっと聞いてくれますか。あなたが今までたくさん学んできたヴェーダやヴェーダーンタ、そのどこかに、この国のひどく悲惨な状況から私たちが抜け出す方法を見つけることができましたか。——悲痛に泣き叫ぶ声、飢えの現状、姦通の罪、それに多くの恐ろしい罪悪、こういった惨(むご)いすべてのことから抜け出す道をです」

こう言うと、彼は社会の恐ろしいありさまをくり返し描写して見せた——飢餓に苦しみ今日食べるものすらない人々、厳しい因習のために屈辱を耐え忍ぶ女性、常に到るところで蔓延する病気と苦痛。

スワーミーはまったく黙り込んでしまった。同胞たちの苦悩と悲しみを思ううち、その大きな両目からは涙があふれ出した。悲痛の思いを隠すかのように、彼は突如として立ち上がると、その部屋をあとにした。

ギリシュは弟子に言った。

「見たかね? 何と大きな愛に満ちたハートだろうか! 私がスワーミージーを尊敬するのは、単にヴェーダに通じたパンディット(賢者)だからではない。あの偉大なるハート、人々の悲惨に涙し部屋を出て行かざるをえなかった、あの偉大なるハートを尊敬しているのだ。君たちはいつも師の聡明さを褒め称えてきただろう。だが今は師の偉大なハートを見なさい!」

それから彼はその弟子に、知恵と愛とは究極的には同じものだということを説き示した。

そうするうちにヴィヴェーカーナンダは部屋に戻ってきた。そして別の弟子に向かって、貧しく虐げられた人たち、身寄りのない人たちを宗派や肌の色に関係なく救援するセンターを設けるよう指示した。

そしてギリシュの方に顔を向けると、こう自らの胸の内を語った。

「分かりますか、ギリシュ・バーブ(バーブは「〜さん」)、この世の悲しみを癒すのに千回も生まれ変わらなければならないのだとしても、私は喜んでそれを受けます。そうすることでたった一つの魂がほんの少し悲痛を癒せるだけだったとしても、それでもどうして、私はそうします。自分一人の自由を得たとして、それが何になりますか。すべての人が、その道にいっしょに連れていかれるべきなのです。……こんな感情が真っ先にこの心に浮かぶのはどうしてなのか、それが分かりますか」

ギリシュは感嘆をもって応えた。

「ああ、そうでなかったら、どうしてシュリー・ラーマクリシュナが、他のすべての人にも増してあなたが霊的適性において優れているなどと宣言なさったでしょうか!」

こう言い終わるとギリシュは皆と別れて、その場を離れていった。