ブラヨーヘイ vol.11(最終回)ハン六編

今回のブラヨーヘイは、京都伊勢丹10Fのハンコ店「ハン六」に行ってきました〜😎

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皆さんは普段、ハンコをどのくらいの頻度で使用されていますか?
僕は介護の仕事をしているのですが、仕事の終わりには必ず記録表と実績表というものにハンコを押すこともあって、毎日のように使用しています。
そのため今回、ハン六さんでは、キャップの取り外しのないキャップレスタイプのシャチハタを購入しました😁

個人差はありますが、日常的に使用しているハンコ。
でも、実はすごく重要なものでもありますよね。
一人暮らしを始める時、親からは「絶対に保証人のハンコは押すな」と言われたことを、今でも覚えています。
誰かの保証人になる時や銀行口座の開設、家の購入、婚姻届けなど、ハンコを使用する時というのは人生の大事な場面が多く、サインとはちょっと重みが違います。

ではなぜ、このようにハンコは人生の重要なシーンで使用されるのでしょうか?

以前ヨギさんは、ヨーガの教えるムドラー(印)に関連して、ハンコについて次のようにおっしゃっていました。

「ハタ・ヨーガというタントラの中での中心的な教えは、ムドラーというものがあります。ムドラーというのは印(ルビ:いん)というふうに訳すことがあります。判子の印です。判子というのは中国とか日本なんかでは、その判子そのものがその人を象徴するわけです。だからそれをもっといえば、その人そのものだというふうにいえるわけです。もうそれぐらいにムドラーというのはその本質、あるいは実体と同じものというふうに理解できます。ヨーガにおいては、特にハタ・ヨーガにおいては二十いくつのムドラーが数えられますけれども、それぞれの形は簡単なのです。アーサナよりもむしろもっと簡単。しかし内面におけるプラーナの制御とかそれから心の集中力とか、そういうものをともなっているので、ムドラーが深まれば即サマーディをもたらすと。サマーディをもたらすということは、ヨーガの究極の境地を表すわけですから、その体験に密接な関係をもっているものとして価値が認められているわけです……その他、無数にムドラーがあります。特に日本では密教系の仏像なんかは、みんないろんな手の形をもっています。それらは全部名前が付いているのです。だから仏像の手の仕草というか形は、すべて何らかのムドラーの名前が付けられているはずです。そのように本質を表すものがムドラーだということです」

ムドラー&ハンコ、恐るべし‼️「ムドラーが深まれば即サマーディをもたらす」「判子はその人そのもの」――なぜ、ハンコが人生の重要な場面で使われるのか、理解できました😁

そして最後に、皆様にご報告があります。
今年に入り、師から「ゴパーラ」という法名をいただきました。
ゴパーラとは、主クリシュナの幼少期の名前です。

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師から見たら、僕はこのような感じなのでしょうか😅?

そのため、突然で申し訳ないのですが、ブラヨーヘイは今回で最終回にせさていただくことに決めました。
読者の方々、また撮影に協力してくださった方々、短い間でしたが、ご拝読いただき、本当にありがとうございました。
次の新しい企画が「ブラゴパーラ」になるか、また全く違うものになるかちょっと分かりませんが、楽しいブログになるように検討中です❗️
今後もどうぞよろしくお願い致します🙏

ゴパーラ👶


ブラヨーヘイ vol.11(最終回)ハン六編」への1件のフィードバック

  1. キンカラ

    ゴパーラさん、
    たくさんの愉快でためになるお話、
    ありがとうございました。
    次の連載も楽しみにしていますね!

    返信

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