永遠の記憶〜真理は棄てようと思っても棄てられないもの


先日の瞑想会でのこと。
瞑想前の話では、今回は直前に開催されたサット・サンガのことが話題に上りました。
今回のサット・サンガの中で、ヨギさんは「記憶を使っている」という表現をされました。
ヨギさんはどんな質問に対しても、的確にお答えになります。質問に答える際には、頭の中にある真理についての記憶の中からふさわしいものを選ばれているそうです。
私たちは同じような質問を繰り返してしまうことが多々ありますが、その瞬間瞬間、質問を集中して聞くことに徹しているので、また同じことを言っている、などとは思わない、という風にもおっしゃっていました。

 

そもそも記憶とは?
調べると、辞典では以下のような説明がされていました。
①過去の経験を頭の中に残しておき、時に応じてそれらを思い起こしたり使用したりする過程。
②感覚、感情、思考、印象、その他の精神的なことを思い出すことのできる能力。

ヨギさんの場合は、①の意味で適切に「記憶を使っている」状態と考えられます。
しかし私たちの場合は、本来ただ使うべきである「記憶」に②の意味が加わり、その時々で移ろう心の様によって振り回されたり執らわれたりしている状態です。

ヨギさんのように記憶を使えるようになるには、過去の印象等に執らわれないよう識別をすること。普段から徹底して識別を行うことが大切だと思いますが、一番大切なのは人の話を集中して聞く訓練をすることなのかな、と思いました。

 

 

瞑想会に参加していたKさんは、以前サット・サンガに参加した際に、最後にヨギさんおっしゃった言葉が特に印象に残っていると話されました。
それは、「真理はみんなの中にある」ということ。ぐっとくるものがあり、涙腺が緩んだそうです。

 

今回のサット・サンガでは、ヨギさんはこうもおっしゃいました。
「棄てようと思っても棄てられないもの、それが真理」

真理は誰もの中にあり、それは棄てようと思っても棄てられないもの。
過去の記憶も、未来への不安も、真理以外はすべて棄てられるもの。ヨギさんがよくおっしゃるように、とるに足らないもの。
永遠に変わることのない真理。
最初は雲をつかむような感じで真理が何なのか分からなかったけれど、次第にそれは確かにあると思えるようになりました。
そして今回、真理は棄てようと思っても棄てられないものであると聞きました。これ以上ない励ましで、大きな力をいただきました。

 

瞑想は真理を体感できる実践です。
いただいた力を原動力にして、さらに瞑想を深めていきたいと思います。

 

 

 

瞑想会は、毎月第1.3月曜日に神田さくら館にて開催中です。今月は6月17日(月)
スケジュールこちらの記事もご参照ください。)
瞑想は一人でも行えますが、同じ道を志す仲間とともに瞑想すると、より深い集中状態が得られることがあります。
瞑想に興味のある方、ぜひご参加くださいね。

※初めて参加される方はお申し込みフォームからご予約ください。


1件のコメント

  1. 楽しく拝見させていただいております。ありがとうございます。
    真理は捨てられないもの。全くその通りですね。全てを捨てて残った一つが全て。何にも影響を受けない広大無辺な叡智。真理以外の全ては利用できるもので、いつか無くなるもの。無くならない「それ」が、真実。

    • コメントをありがとうございます。
      この世は真理でないもので溢れているように感じることもありますが、それら一つ一つの中にも真実の存在があるということを忘れず、その真理のみを見て生きていきたいです。

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