新型コロナウイルス感染症への対応について(2020.3.26 現在)


3月25日、東京都知事より東京都での今週末の不要不急の外出の自粛要請がありました。
これ以上の感染拡大の防止と皆様の健康と安全を考慮した結果、下記の通り対応することにいたしました。
ご理解のほど何卒よろしくお願いいたします。

①土曜日午後・吉祥寺クラス
3/28(土) 休講
4月以降 未定。クラスの再開につきましては、状況をみて改めてお知らせ致します。

②水曜日夜・新宿クラス
4月、5月 休講
・新型コロナウイルス感染拡大の状況次第ではありますが、6月からノアスタジオ代々木クラス(水曜夜)を新規開講予定です。決まり次第、改めてご案内させていただきます。

③4回カードの有効期限について
− 4回カードの使用が有効期限内に難しい方は、期限延長をさせていただきますのでお申し出ください。

今後も日々変わっていく状況を鑑みて対応に努めていきますので、ご理解とご協力くださいますようお願い申し上げます。
安心して過ごせる日々が一日でも早く訪れますように。


新型コロナウイルス感染症に対する対応について(2020.3.11現在)


今現在、流行拡大が心配されております新型コロナウイルス感染症について、健康と安全を考慮した結果、下記の通り対応することにいたしました。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

水曜夜・新宿クラス
−ノアスタジオ新宿はスタジオが狭く、若者含め不特定多数の出入りがかなり多いこと等から、今後の開催はすべてキャンセルします。
−コロナウィルス感染拡大の状況次第ではありますが、5月からノアスタジオ代々木クラス(水曜夜)を新規開講予定です。決まり次第、改めてご案内させていただきます。

 

土曜日午後・吉祥寺クラス
−昨日政府から発表されました、イベント自粛延長要請期間後の21日(土)から予約制(一人当たりのスペースを確保するため、参加人数の制限あり)で再開します。
−参加を希望される方は、MYM東京ホームページ ヨーガ瞑想クラス「受講のお申し込み」、または「お問い合わせ、お申し込み」からご予約をお願いいたします。

−会場の換気・除菌対応を行いますが、クラス前後の手洗いなど参加されるみなさまのご協力をよろしくお願いいたします。

−なお、37度以上の微熱がある方・咳が出る方など体調がすぐれない方は、参加をご遠慮いただけますようお願いいたします。

−また、今後のコロナウィルス感染拡大の状況次第で、急遽休講となる場合もありますこと、予めご了承ください。
 休講となる場合は、ご予約いただいた方にはメールでご連絡、またHPでもご案内いたします。

※4月から土曜日吉祥寺クラスの担当はシャルミニーに変わります。

 

③4回カードの有効期限について
− 4回カードの使用が有効期限内に難しい方は、期限延長をさせていただきますのでお申し出ください。

 

瞑想会
−3月30日(月)に予定されていた瞑想会は、会場の「神田さくら館」が新型コロナウイルス感染拡大防止のため施設利用停止となるため、休講とさせていただきます。

 

今後も日々変わっていく状況を鑑みて対応に努めていきますので、ご理解とご協力くださいますようお願い申し上げます。
安心して過ごせる日々が一日でも早く訪れますように。


バクティ・サンガム~キールタン─クリシュナの物語を歌う⑤ クリシュナからのメッセージ(最終回)


今期シリーズ第5回目となった2/16(日)、今回はクリシュナが立派な青年へと成長し、師の下で学びを終えた後、マトゥラの生みの両親の元へと戻った時の物語、第6章と第7章をご紹介しました。
第6章では、あの!悪の権化、暴君カンサ王をクリシュナが予言通りに倒し、両親を牢獄から解放したことが語られます。そして、人々に御自身へと至る方法を自らが示すために師のもとで学び、すべての修行を終えられたクリシュナが、その御礼に師の亡くなった息子の命を戻されたことが語られています。
 
 
第7章 「クリシュナ、愛のメッセージとともにウッダヴァをゴクラに送られる」
マトゥラの両親の元に戻ったクリシュナでしたが、クリシュナの心はいつもゴクラの育ての親や親しい友である牛飼いの少年少女たちと結びついていたため、親友でもある弟子のウッダヴァに愛のメッセージをゴクラに届けて欲しいと頼みました。
ゴクラに着いたウッダヴァは、クリシュナを心から愛してやまないゴクラの人々がどれほど幸せで祝福されているかを大いなる歓びの中で称えました。そして、クリシュナからのメッセージを皆に伝えました。
『私は、決してあなた方から離れていない。なぜなら、私はあなた方の自己、すべての生き物たちの内なる自己だからである。私はいつも、あなた方とともにいることを悟らなければならない。』また、『私と離れているのはあなた方が私を瞑想し、ハートのうち私を見いだし、私の存在へと至るためである』
愛するクリシュナからのメッセージはすべての村人たちをたいへん喜ばせました。
 
バクティ・ヨーガを学ぼうとする時、まず初めに「神のイメージがわかない。神への愛ってなに?どうやって神を愛すればいいの?」という戸惑いや疑問を感じる人が多いのではないでしょうか。
以前、師に「どうすればもっと神に近づくことができますか?」と質問した時、師は「焦ったり、もどかしい気持ちもどんな思いもすべて神に向けて下さい」と言われました。
クリシュナの物語にはたくさんの人物が登場します。暴君や生みの親と育ての親、幼なじみの牛飼いの少年少女、妻や恋人、親友、師や弟子、神々、動物たち等々。それぞれが心からクリシュナを想い愛して(憎んで?)います。神への近づき方は一つだけではないのですね。
〝すべての者のハートを盗む愛の神〟クリシュナの物語に触れて、皆さんもぜひ一緒にシュリー・クリシュナにハートを盗まれてみてくださいね!そして、親しみをもってどんどん神に近づいてきましょう~!!!
 

初参加の方お二人も一緒にクリシュナのキールタンを歌いましたー!

シャルミニー

※3/15(日)に予定していましたバクティ・サンガムは、新型コロナウィルス感染症の拡大が懸念される為、慎重に検討した結果、開催を見合わせることにいたしました。ご理解のほどよろしくお願いいたします。


新型コロナウイルス感染症の流行に対するお知らせ (2020.3.4現在)


新型コロナウイルスの感染は世界的に拡大しつつあり、国内では市中感染の広がりが心配されています。
このため、マハーヨーギー・ミッション東京では慎重に検討した結果、現時点では以下に示すものについて開催を見合わせることにいたしました。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。

● ヨーガ・瞑想クラス
2月29日(土)吉祥寺ガレージスタジオ 休講
3月4日(水)ノアスタジオ新宿    休講
3月7日(土)吉祥寺ガレージスタジオ 休講
3月11日(水)ノアスタジオ新宿    休講
3月14日(土)吉祥寺ガレージスタジオ 休講

 *以降の開催につきましても、休講となる可能性があります。
 *休講となる場合は、各クラスとも一週間前までにはWEBサイトにてお知らせします。
  しばらくの間は、クラス開催有無を
  スケジュール(http://www.mahayogi.org/tokyo/schedule/) にてご確認ください。
● バクティ・サンガム
 3月15日(日)江戸川印度文化センター 中止
● 瞑想会
 3月2日(月)神田さくら館 中止

3/4(水)〜3/15(日)までの新宿/吉祥寺ヨーガ・瞑想クラス、バクティ・サンガムが休講となります。

これ以上感染が拡大しないことを祈るばかりです。
皆さまもどうぞ十分にご注意ください。クラスでお会いできる日が一日も早くきますように。


バクティ・サンガム~キールタン─クリシュナの物語を歌う④クリシュナと牛飼いの少女たち


今期バクティ・サンガムでは聖典『シュリーマッド・バーガヴァタム』より、クリシュナの生涯の物語第10部をシリーズでご紹介し、物語に想いを馳せながらクリシュナのキールタンを歌ってきました。第4回目は第5章のお話とともに、クリシュナと牛飼いの少女たちの間に交わされた純粋で甘美な愛の交歓の物語とその物語が伝える真の意味について、皆で考えてみました。

 

そこで、今日は初めに〝バクティ・ヨーガの5つの態度〟について少しご紹介したいと思います。
バクティ・ヨーガは信愛のヨーガといわれ、人の根源にある愛の力によって神=私たちの本質と一つになるヨーガです。そして神を愛する態度には5つあるといわれています。
静かで平安と歓びに満ちた心の持ち方で、誰もが目指すべき態度。
自分自身を神の道具または召使いとみなして、神の顕れであるこの世界の中で行為し、神に奉仕する態度。
神と対等になんでも話し合える親しい親友のような態度。
神を自分の子どもとみなし、我が子を無条件に愛し可愛がり世話をする母親のような態度。
そして、マドゥラと呼ばれる愛人の態度というものがあります。この世の中で、人の心を狂わせ一切を忘れさせる忘我の愛というべき恋人同士、あるいは愛人同士の関係。愛する人のためなら命ですら捧げてしまうような強烈な愛の姿です。「バクティ・ヨーガの五つの態度

 

第5章「クリシュナと牛飼いの少女たち」では、美しいヴリンダーヴァンの森で繰り広げられるクリシュナと牛飼いの少女(ゴーピー)たちとの物語、『ギータ・ゴーヴィンダ』に描かれたマドゥラと呼ばれるような、いくつもある愛の物語の中の一場面が語られています。

 

クリシュナがフルートを吹くとゴーピーたちはすべてを忘れ、肉体の意識さえも失くし、クリシュナの大いなる愛に惹かれて駆けつけました。クリシュナはご自身をゴーピーたちと同じ数に分け、彼女たちとともに踊り戯れました。一人一人がクリシュナの聖なる愛を感じ、自分が一番祝福されていると感じました。ゴーピーたちのクリシュナに対する愛はとても強かったので、自分たちがクリシュナと一つ、クリシュナ自身であると悟りました。

 

 

 

この日のキールタンは、クリシュナとゴーピーたちがヴリンダーヴァンの森で踊り戯れた〝ラーサ・リーラーの踊り〟を歌った幻想的な雰囲気の『Murali Krsna/ムラリー クリシュナ』、そしてクリシュナが愛人ラーダーに愛おしく呼びかけているような『Radhe Radhe Govinda Radhe/ラーデー ラーデー ゴーヴィンダ ラーデー』の2曲を歌いました。

 

 

親子や夫婦、恋人や愛人!?や友人…。私たちが誰かを愛する時、それが心からの愛だったとしても、気付かないうちにどこかで見返りを期待してしまうようなことがあるのではないでしょうか?(えっ私だけ!?)

師はこう教えて下さいます。
「バクティにおける愛はプレーマと呼ばれ、純粋な至上の愛と言われています。誰もがそのプレーマの純粋な愛を備えています」

ゴーピーたちのように一切の見返りを求めず、ただ愛ゆえに愛する境地にとても憧れます。昨日よりも今日、今日よりも明日…もっともっとバクティが深まっていきますように!

 

シャルミニー


新型コロナウイルス感染症の流行に対するお知らせ


新型コロナウイルスの感染は世界的に拡大しつつあり、国内では市中感染の広がりが心配されています。
このため、マハーヨーギー・ミッション東京では慎重に検討した結果、現時点では以下に示すものについて開催を見合わせることにいたしました。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

● ヨーガ・瞑想クラス
2月29日(土)吉祥寺ガレージスタジオ 休講
3月7日(土)吉祥寺ガレージスタジオ 休講
3月4日(水)ノアスタジオ新宿    休講
 

 *以降の開催につきましても、休講となる可能性があります。
 *休講となる場合は、各クラスとも一週間前までにはWEBサイトにてお知らせします。
  しばらくの間は、クラス開催有無を
  スケジュール(http://www.mahayogi.org/tokyo/schedule/)    にてご確認ください。

● バクティ・サンガム
 3月15日(日)江戸川印度文化センター 中止

● 瞑想会
 3月2日(月)神田さくら館 中止

 

感染が拡大しないことを祈るばかりです。
皆さまもどうぞ十分にご注意ください。クラスでお会いできる日が一日も早くきますように。


置かれた場所で真剣に生きる


昨年春頃に購入した観葉植物。

室内で育てる予定でしたが、数週間経つと土の表面にカビが生えてきたのに気付きました。お花屋さんから寒さに弱い品種なので冬が来るまでは屋外に置いた方が良いと教わり、ベランダに移動。それからはカビが生えることもなく夏の暑さにも負けずすくすくと育ちました。

そして冬の気配が色濃くなってきた頃、室内に戻しました。

植物は土に根を張り生きていくので、環境の変化にはとても弱いのだとお花屋さんから常々聞いていた通り、室内に移動した翌日からどんどん落葉し始めました。再度相談したら、環境に対応するためにある程度葉が落ちたら自然に止まるので、何もせずもう少し待ってみるようにとのこと。

しばらく観察しているとほとんど葉が落ちなくなり、「もう大丈夫」と植物が全身で伝えてくれているような気がしました。

 

 

 

ふと、『ラーマクリシュナの福音』の中の話を思い出しました。

“風の中の落葉のようにこの世に生きなさい。そのような葉はあるときは家の中に、ごみの山に吹きやられる。木の葉は風の吹くままに飛んで行く…ときには良い場所に、ときには悪い場所に。いまや神がお前をこの世におおきになったのだ。けっこうなことだ。ここにいなさい。また、彼がお前を持ち上げてもっと良い場所に置いてくださったら、今度はどうしようかそのときに考えても十分に間に合うことだ。

神がお前をこの世に置いてくださったのだ。そのことについてお前に何ができるのだ。彼にすべてをお任せしなさい。彼の足下に自分をささげきりなさい。そうすればもう困ることはない。そうしたらいっさいのことを行うのは神だ、と悟るだろう。”

 

置かれた場所で生きる。自分はなぜこんな状況にあるのだろうと葛藤していた頃、この言葉を自身に言い聞かせていました。感情的にならないようにただ淡々と目の前にあることを行うよう意識していたら、いつしか葛藤は消えていきました。それから随分経った今、かつての葛藤が完全に消えていないこと、その原因として根強く残っている執着があることに気付きました。置かれた場所で生きる、ということを今一度考える状況になりました。

この言葉に対するかつての私のイメージは消極的なもので、置かれた場所で生きるしかない、と思っていました。それは間違いで、本当はただそこに自分が在る、という事実があるだけ。そこに一切の思いは関係ありません。

神にすべてをお任せして自らを捧げるというのは、とてもシンプルで力強いことです。少しでも消極的な思いがあったらできません。私に何ができるのだろうかとつい考えてしまうのは、すべてを神に任せられていないということでもあり、神を信用できていないとも言えると思います。

どんな状況でも環境でも真理は実現できる。なぜならすでにそれは私たちの中にあるから。それだけを信じて置かれた場所で真剣に生きたい。切にそう願います。

ハルシャニー


今年初!ヨーガの料理クラス「さまらさの台所」


1月26日(日)、今年初めてのヨーガの料理クラス「さまらさの台所」が牟尼草庵にておこなわれました!
今回のメニュー は毎回大好評の本格インドスパイスを使ったほうれん草カレーとポテトマサラ、パニール(インドの手作りチーズ)でした。

 

調理に入る前に講師のジャヤデーヴィーさんが「さまらさの台所」の“さまらさ“の意味をお話ししてくれました。
インドの言葉・サンスクリット語の「さまらさ」とは、日本語では「等味」「至福の味わい」とも訳されます。さま=平等、等しい、英語の“same“と同様の意味があります。そして、らさ=本来ヨーガの瞑想の中で味わう至福の歓び、を意味します。
いただく食べものの命も、そして私たちの命も等しく大切にし、作る人も食する人もともに歓びを味わえる、そんな意味が込められた「さまらさの台所」みんなで楽しく協力しながら作っていきましょう!

 

色も香りもさまざまなスパイスが融合していきます

今回初めて参加された中国北西部出身のSさん。とても流暢に日本語を話されるのでうかがってみると、それもそのばずもう二十年近く日本に住んでいらっしゃるとのこと!数年前からご自宅の近くのヨーガクラスに通われていて、昨年はインドのリシケシにも行かれたそうです。偶然立ち寄られたお店で「さまらさの台所」のチラシを見て、ヨーガにもご興味があり、インドで買ってきたスパイスを上手く使いたいと思って参加されたそうです。とても、手際よく調理されていらっしゃいました〜!

 

 

じゃがいもを茹でるところ。中国出身のSさんはこんな風にじゃがいもをカットされました〜。

調理の時は、調理に集中。ジャヤデーヴィーさんから、スパイスを使う時のポイントや、シンプルかつ食材を生かすためのちょっとした工夫などの説明があり、各自必要なことをメモに取り質問をしながら、順番に調理したり、使った調理器具を洗ったり、食器の準備から後片付けまで…。自分の作業をしながらも、全体を見てその時に必要なことを見つけてそれぞれが動く。会話あり笑いあり、まるで前から一つのチームだったかのような!? 牟尼草庵のキッチン全体が生き生きとした一つのプラーナに包まれているように感じました。

 

野菜、ナッツ、スパイス・・・それぞれの香り、色、食感、風味が美味しさを引き立たせます。

 

「さまらさの台所」の料理はヨーガの考え方がベースになっています。
現代を生きるヨーギー、ヨーギニーたちが忙しい毎日の中でサーダナ(修練)のための時間を作り出すことは実際的で大切なことです。そして、ヨーガを実現するために心と体を浄化し、軽やかに強く維持するためにも毎日の食事は欠かせません。
“いただく食材の命も私たちの命も、ともに等しく愛で、作る人も食する人も、ともに歓びを味わえる…“
私自身も、日々忙しくバタバタと家族の食事の準備をすることが多い一人ですが「さまらさ」の意味を忘れないように、また今年一年、毎日楽しくお料理したいなぁと改めて感じました!

 

手作りラッシーとサラダを添えて。いただきます〜

「さまらさの台所」の過去のメニューや詳細はこちら

シャルミニー


バクティ・サンガム~キールタン─クリシュナの物語を歌う③神の遊戯と英雄クリシュナ


先月12月15日(日)、バクティ・サンガム今期シリーズ第3回目が開催されました!
引き続き、聖典『シュリーマッド・バーガヴァタム』より、シュリー・クリシュナの生涯の物語第10部の第4章、少年に成長したクリシュナのリーラー(神の遊戯)の物語を中心にご紹介しました。また、悪魔を倒したり、神の御技で友人たちや村人たちを守るかっこいいヒーロー!としての英雄伝もいくつかお話ししました。
今回も簡単に内容をまとめてご紹介しますね。

第4章 「クリシュナ、ブラフマーに神通力を現される」

立派な少年へと成長したクリシュナは、同じ年頃の牛飼いの少年たちと毎日ヴリンダーヴァナ近くの牧場に行き、家畜の仔牛たちの世話をしたり、少年たちとともに遊んだりして暮らしていました。
ある日のお昼、皆でお弁当を食べようとしたところ、突然、仔牛たちが皆いなくなっていることに気が付きました。クリシュナは少年たちに食事を続けるように伝えると、自分は仔牛たちを探しに行きました。ところが、不思議なことに仔牛たちはどこを探しても見つからずがっかりして戻ってくると、今度は少年たちの姿まで消えていたのです!
実は、これはすべてブラフマー神の仕業。ブラフマー神は、宇宙の創造神ヴィシュヌの化身であるといわれているクリシュナの神力を試そうとしたのです。仔牛たちも少年たちもブラフマー神の保護の内に山の洞窟の中で眠らされていました。まさに神隠しですね!
すぐにそのことを悟ったクリシュナは、ご自身の内からそれぞれまったく同じ姿と性格の少年と家畜たちを創造し、いつもと変わらぬ様子で村に戻りました。家に帰ると誰も何の変化にも気が付きませんでした。けれども、母親たち(母牛たちも!)は知らず知らずにハートの奥で主の神性を感じ、これまで以上に自分たち子どもを愛し、ただ子どもたちを見ているだけで無常の喜びを覚えるのでした。
このクリシュナのお遊びは一年間続きました。神の世界での一年はこの世では一瞬だといわれています。ブラフマー神は自分のいたずらがどうなったのか確かめに来ました。するとどうしたことでしょう!彼は自分が隠したはずの少年たちと家畜がまったく変わらない様子でそこにいるのを見て仰天しました。その時、すべてをご存知のクリシュナはブラフマー神に真実の姿をお見せになりました。──彼はそこに少年も家畜も自分自身もすべてがクリシュナであるのを見ました。そして、すべての生物のうちにも無生物のうちにもクリシュナが存在するのを見ました。クリシュナこそが光の中の光、全宇宙の顕示者であり、この世界すべてがクリシュナであることを知ったのでした。ブラフマー神は、全宇宙の主であるクリシュナに祈りを捧げ、栄光を讃えるとすぐに少年たちと家畜を戻して自らの天界へと戻りました。そして、クリシュナはまた少年たちと遊びの続きを始めました。

 

ヤムナー河の岸辺にて牛飼いの子らと遊び戯れるクリシュナ

ヨーガでは一切万物は神の顕れであると教えられます。私たちは我が子だから、夫、妻だからという理由で誰かを愛するのではなく、まさに相手の中にある神性=クリシュナゆえに愛するのだといわれます。
この物語からは神自身がこの世界すべてのものに姿を変え、自分自身の中で遊び戯れる(リーラー)イメージがよく伝わってきます。

 

笛を手にカーリア蛇の多頭の上で踊るクリシュナ。カーリア蛇の妻たちの願いも叶えます。

その他にも、あの!悪王カンサ(※カンサ王についてのブログはこちら)がクリシュナを殺そうとさし向けた大鷺に変身する悪魔をやっつけたり、川の淵に住む大きな毒蛇と戦い、川から追い出して村人のために川を取り戻したり、七日七晩続く大雨から村人を守るためにゴーヴァルダナ山を引き抜き小指一本で支え続けた英雄クリシュナの物語も皆で楽しみながらご紹介しました!
この日のキールタンは、そんな英雄クリシュナの栄光を讃える気持ちで『Gopala…Hare Krsna/ゴパーラ…ハレ クリシュナ 』『Sri Krsna Govinda /シュリー クリシュナ ゴーヴィンダ』を歌いました!!!

神の御技はいつも人知をはるかに超えるものですが、こんな風にのどかな人々の暮らしの中に登場する物語に触れると、楽しくて、神をとても身近に感じることができますね。

次回のバクティ・サンガムは1月19日(日)です。愛の神と呼ばれるクリシュナと牛飼いの少女ゴーピーたちとの甘美な真実の愛の物語をご紹介したいと思います!
どなたでもご参加いただけますので、ぜひこのダイナミックなバクティ・ヨーガを体験してみて下さい!!!詳細、お申込はこちら

 

シャルミニー


2020年 新年のご挨拶!


皆さま、あけましておめでとうございます!

今年は、令和になって初めてのお正月。皆さま、どんなお正月を過ごされましたか?
あっという間にお正月休みも終わり、昨日から仕事始めの方も多かったのではないでしょうか?
今日1月7日は七草がゆ。わが家でも、今朝七草がゆをいただきました😊

 

 

さあ!MYM東京も本格的に活動開始です!
今年も、アーサナを中心におこなう「ヨーガ・瞑想クラス」、バクティ・ヨーガを学ぶ「バクティ・サンガム(キールタン)」、ヨーガの料理教室「さまらさの台所」、そして瞑想を深める「瞑想会」などの通常クラスをはじめ、イベントやワークショップなどなど、誰でも楽しくヨーガを学べる企画を随時開催したいと思っています!
各クラスのスケジュールはこちら

 

———ヨーガとは「真実=本当の自分に目覚めること」
今年も全力で、皆さまとともにヨーガの学びを深め、日々の生活の中でヨーガを実践していきたいと思っています!!!
熱い想いを胸に✨今年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

シャルミニー

 

*Twitterでも、MYMの各地の活動や毎日の暮らしの中で役立てていただける、ヨーガの学び満載の情報を毎日発信していますので、よろしければフォローをお願いします! → マハーヨーギー・ミッション(牟尼草庵)@MahayogiMission


年の瀬という機会に


寒風吹きすさぶ冬本番となりました。
年を重ねるごとに時間の経過が早く感じられるようになり、今年もあとわずか。この一年を振り返るといろいろな出来事がありました。
年号が変わり、消費税も上がり、個人的には引っ越しもありました。

 

その中でも印象的だったのは、今年も、と言わなければならないのが悲しいのですが、大きな災害が起きたことです。 今なお不自由な生活を送っている方がいらっしゃり、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

 

自然の猛威は容赦なく降りかかり、今まで当たり前のようにあったもの、大切なもの、すべてを一瞬のうちに破壊してしまいました。それでも命がある限り、この世を生きていかなければなりません。そんなとき、心の支えとするものは何なのか、何かのために、誰かのために生きていくのでしょうか。
もちろん、物質的な助け、そして精神的な助けも必要かもしれません。けれどもっと大きな生きる意味、目的を明確にすることが大事なことだと感じます。

 

ヨーガでは、常に変化する肉体や心は本当の自分ではない、本当の自分は永遠に変わることのない、自らの内に在る魂、真実だと教えてくれています。
この真理を信じ、求めていくことで、何が起きても影響を受けることなく生きていける、そう思います。

 

慌しい年の瀬ですが、とても大切なことを考える機会になりました。 皆さんと共に希望に満ちた年を過ごせますように。
来年もよろしくお願いいたします。

 

シヴァ神とそのファミリー。ねずみもいますね。子年にちなんで🐁

 

マイトリー 


聖なる夜に想いを馳せて


『真理は汝を自由にする』

これは聖書の言葉です。

ヨーガ・瞑想クラスを担当されているジャヤデーヴィーさんが、とあるキリスト教系の学び舎だった建物でこの言葉と出会ったと、クラスの最後にお話してくれました。

はっとして、その通りだと思うとともに、そうだった、真理は私たちを自由にするものなんだ、と改めて感じ入りました。

さまざまな宗教があり、それぞれに信仰の対象があります。

名前や形の違いはあれど、本質は全く同じ。

どの宗教も、永遠に変わらない真理を説いています。それが時を経るにつれ、各時代でさまざまな解釈がなされるようになり、その数はどんどん膨れ上がり、現代ではその本質が見えづらくなってしまっているのかもしれません。

 

イエス・キリストは数多くの教えを残されていると思いますが、その中の一つにこの『真理は汝を自由にする』という言葉があるそうです。

真理とは、永遠に変わることのない普遍的なもの。それは誰もの中にすでにあって、誰もにとって等しく真実としてあり続けるもの。

この理を知り、体感することで、私たちは自由になることができる。真理のみが、私たちを苦しみや囚われから解放し、自由にさせてくれる。

イエス、ブッダ、ラーマクリシュナ。いつの時代も覚者は、彼らとともに時代を生きた人たちだけではなく、後に生まれてくる人たちにも真理の教えが繋がっていくよう、行為されました。私たちがそこから受け取るものはあまりに大きい。それがどれだけ尊いものなのかは、真理に沿って生きていくことで実感できるのだと思います。

 

私は聖書をきちんと読んだことがありませんが、イエスの残した言葉には心惹かれるものがあります。

12月25日はイエス・キリストが御降誕された日。

かつてこの世であらゆる人々に真理を説かれたイエス。イエスに直接出会い救われた人。姿形は見えなくても、残された言葉に救われた人。

イエスに想いを馳せて、クリスマスの夜を過ごしました。

ハルシャニー


バクティ・サンガム~キールタン─クリシュナの物語を歌う② ベイビークリシュナ


今シリーズは聖典『シュリーマッド・バーガヴァタム』より、クリシュナの生涯の物語をご紹介しながら、皆でクリシュナのキールタンを歌っています!
第2回目の先月は、ゴクラで養父母ナンダとヤショダの下、すくすくと成長するベイビー`・クリシュナの物語が描かれた第二章と第三章を中心にご紹介しました。
では、今回も簡単に物語をご紹介しましょう!

 

第二章 ヤショダ、幼児クリシュナの口に全宇宙を観る

ある日、クリシュナと一緒に遊んでいた少年たちはクリシュナが土を食べているのを見て、養母ヤショダに知らせに行きました。慌ててやってきたヤショダがクリシュナに口を開けるように言うと、おお、なんと不思議なことか!我が子クリシュナの口の中にじつに全宇宙──地球、天界、星々、太陽、月、そして無数の生き物たち──を観たのでした。 クリシュナが全宇宙の主御自身だと知ったヤショダは愛の主に祈りを捧げました。次の瞬間、クリシュナはいつものように愛らしく笑っていました。そして、彼女は再びクリシュナを私の可愛い坊やのクリシュナと見ていました。そして、幼い我が子を胸に抱きよせてキスをし、言いようもない喜びと幸福に満たされました。 

第三章 クリシュナ、縛られることをお許しになられる

ある日、クリシュナのいたずらに手を焼いたヤショダはおしおきとして、クリシュナをロープで木うすに縛りつけることにしました。ところが驚いたことに、ロープは長さが十分あるはずなのに短すぎて縛れません。家中のロープを全部使ってもやはり短いのです。不思議がるヤショダをクリシュナは心の中で笑っていましたが、彼女がまったく疲れて当惑しきっているのを見ると、黙って縛られることを許されました。無限で全能である御方が、ただ母への大いなる愛ゆえに縛られることを許されたのです。宇宙すべてを支配する神は御自身を愛する者たちには支配されることを許されるのです。主クリシュナは苦行によっても、禁欲によっても、また経典の研究によっても達することはできません。しかし、一途な信仰をもって純粋に主を愛する者には、クリシュナは容易に見いだされるのです。

  

ベイビークリシュナはバターだけでなく、みんなのハートも盗んでしまうのです♡

 

序章にあったように、主クリシュナは私たちの目を覆っている無知のベールを取り除き、御自身へと至る道をもう一度示すために、“人として“御降誕されることを望まれました。
昔から、人々は人知の及ばない“神“という存在(概念)に、畏怖の念や崇め奉るような感情を持つことが多かったのではないでしょうか。ですが、そのような態度はかえって私たちから神を遠いものにしてしまいます。クリシュナは人として生まれることで、日々の暮らしの中で人々がもっと身近に、我が子のように、御自身を愛されることを望まれたのです。
幼い頃のクリシュナは上の写真のように、手づかみでバターを食べている絵や像であらわされることが多いのですが、クリシュナはバターが大好物なんです。自分の家ばかりか、友達を引連れて!?あちこちの家のバターも盗んで勝手に食べちゃうんです。かわいい泥棒ですね!笑
でも、やはりこのお話にも深い意味があります。
真っ白で純粋さの象徴である牛乳。牛乳を手間暇かけて攪拌すると、もっとも栄養価が高く美味しい部分だけが凝縮されたバターとなります。カルマ・ヨーガでは、他者のために無私の行為をおこない、その行為の結果を全て神に捧げなさいといわれます。
バターは純粋さが凝縮されたものであり、また純粋に行為された結果の象徴であり、そのようなバターがクリシュナは大好きなのです。

 

母の腕に抱かれる幼子クリシュナ ナンダ ラー ラー♪

 

そして、クリシュナの物語に想いを馳せながら皆でキールタンを歌いました。まずは今シリーズの初めに相応しく、クリシュナの御名だけをただただ讃える「Hare Krsna/ハレー クリシュナ」。そして、子守唄のようなメロディーの「Nanda La La/ナンダ ラーラー」。このキールタンにはデヴァキーとヴァースデーヴァの息子、ナンダの息子、そしてバターを盗むゴーパーラ(クリシュナの幼少期の呼名)というクリシュナの別名がたくさんでてきます。ラーラーとは子どもに向かって愛情を込めた挨拶。まるで、幼いクリシュナにゆったりと皆で子守りを歌っているかのようでした。「Gopala…Hare Krsna /ゴーパーラ…ハレー クリシュナ」には養母ヤショダの名前も歌われています。物語にまつわるキールタンを歌うことで、より深くクリシュナの中に入っていくような気がしました。

次回バクティ・サンガムは12/15(日)13:00~、葛西の江戸川印度文化センターにて開催します!今年最後のクラスとなりますので、ぜひご参加下さいね!!!
お申込、お問合せはこちら

シャルミニー

 

今年一年の締めくくり。一緒にキールタンを歌いましょう!


バクティ・サンガム〜キールタン ———クリシュナの物語を歌う ①


10月からバクティ・サンガムの新シリーズ「クリシュナの物語を歌う」(全6回)が始まっています!
今シリーズでは『シュリーマッド・バーガヴァタム〜シュリー・クリシュナの神遊びと賢者たち』という聖典の中で、クリシュナの生涯が語られている第10部を中心にご紹介しながら、毎回物語にまつわるキールタンをみんなで歌っていきます!

インドで今もなおたくさんの人々の篤い信仰をあつめているとても人気が高いクリシュナ神。有名な聖典『バガヴァッド・ギーター』にも登場しますね。
この『シュリーマッド〜』第10部はクリシュナ神のご降誕から、愛らしいベイビークリシュナ、牛飼いの少年少女たちとともに過ごした牧童時代、そして青年へと成長していくクリシュナの愛と神の御業が表された驚きに満ちた物語が綴られています。クラスの様子と一緒に毎回その物語をブログでご紹介していく予定です!

 

 

 

さぁ!クリシュナの生涯の物語─第10部は次の序章から始まります。

師なるシュリー・クリシュナは、なんと素晴らしい御方、
彼の行為は、驚きに満ちている。
クリシュナの聖なる御名を口にしただけでも、
それを言った者も聞いた者も清められる。

地上に悪がはびこり、真理が忘れ去られ、人々にとって生きることが罪に満ちた重荷となっていたときに、主に人類の救済者としての御降臨を願う、一つの祈りが捧げられました。全智で遍在の主は、人々の苦悩を知っておられました。そこで、子供たちに対する熱く激しく燃えるような大きな愛から、彼らの眼を覆っている無知のベールを取り除き、御自身へと至る道をもう一度示すために、人として御降誕されることを望まれました。

 

「第一章 クリシュナの御降誕」は、クリシュナ誕生のお話です。残念ながら、ここで全部はお伝え出来ないので簡単なあらすじをご紹介しますね。

悪名高い暴君カンサ王は妹の婚礼の日に虚空から「この夫婦の8番目の子どもがお前を殺すだろう」という声を聞きます。恐れ慄いたカンサ王は妹デヴァキーと夫のヴァースデーヴァに子どもが生まれるやいなや次々に殺していきました。悲嘆にくれる二人は、ただ唯一の慰めである全能でまったき愛の神に心から祈り続けました。そして、8番目の子どもの誕生が近づくとカンサ王は二人を地下牢に閉じ込めてしまいました。主クリシュナは二人の深い祈りと信仰心の前に、牢獄の中で御降誕されたのでした。
ちょうど時を同じくして、ヴァースデーヴァの良き友人であるゴクラのナンダ王と妻ヤショーダにも女の子が生まれていました。クリシュナは神の御業によって、ご自身とナンダ王の子どもを交換するように万事全てを取り計らいました。ナンダ王夫婦はクリシュナを我が子と信じ、クリシュナはゴクラで大切に育てられることとなりました。交換された女の子はカンサ王の目の前で美しい“聖なる母“に御姿を変え、「クリシュナは生きており全能の神の御意志から逃げられる者は誰一人いない」ことを告げ消え去ります。そして、カンサ王は再び恐怖に慄くことになりました。

 

 

雷雨の中、ヴァースデーヴァはクリシュナを頭に乗せて河を渡ります。ヴィシュヌの乗り物シェーシャ竜が傘になって守ってくれてますね。

 

このストーリーの中には、実はいくつもの教えや暗示が含まれています。子どものすり替えやどうしてクリシュナが牢獄で生まれたのか、等。そして、この物語には私の好きな別のエピソードもあります!
カンサ王は妹夫婦の8番目の子ども(クリシュナ)が自分を殺すと言う声を聞いてからというもの、恐怖と憎悪のあまりそのことが四六時中頭を離れず、何年もの間、毎日毎日寝ても覚めても神を恐れ憎み続けました。するとある日突然、カンサ王の目に映るすべてのものが美しく光り輝く神の姿となって見えたのです!カンサ王、驚愕!!
バクティ・ヨーガでは「常に神を思い、全ての思いを神へ向けなさい」といわれます。このお話を知った時、私は「どんな時も神を思うとはこういうことか!」と目から鱗が落ちた気がしました。愛の反対は憎しみではなく無関心と聞いたことがありますが、ご自身を憎み続けている無慈悲な暴君にさえ、この世界の真実の姿を垣間見せるなんて…!神の懐深過ぎです!!

次回は、ゴクラの地で育ての親の下、皆から愛されながらすくすくと育つ、とてもいたずらっ子で愛らしいベイビークリシュナのお話です。お楽しみに!

 

シャルミニー


「さまらさ の台所」で楽しく年の瀬を迎えましょう!


師走の初日、先週日曜日に「さまらさの台所」がありました。今回のメニューは、令和初のお正月を手作りおせちで迎えよう!ということで、精進昆布巻きをメインとし、ねぎのかき揚げ年越しそば・お出汁用の鰹節を活用したのり巻きでした。

 

一年の締めくくりにねぎのかき揚げをのせた温かい年越しそばはいかがでしょう。

水・土曜日のアーサナクラスに熱心に参加されているSさんは、ヨーガの料理ってどんなもの?と関心を持たれ初参加!そして、私と同じ会社でYOGA部(現在休止中)の副部長かつ、この1年は「さまらさ皆勤賞」のYさんと一緒に、ワイワイと楽しく進んでいきました。

 

実は私とYさん、昆布巻きも海苔巻きも作るのは初めて。。。(汗)
ジャヤデーヴィーさんから巻き巻きする時のコツを教えてもらい、「昆布がぬるぬるする~」とか言いながらも、上手に巻くことができました!(海苔巻きは、もう少し練習が必要かも~)
Yさん、上手に巻けたとドヤ顔です。笑

 

昆布巻きは「よろこぶ」にちなんだ縁起物、お節料理です。どやっ

Sさんは、お海苔にねぎを乗せるかき揚げ天ぷらに興味津々。夏はトウモロコシで作ると美味しいです!とお伝えすると、それは美味しそう!と再び興味津々の様子でした。お出汁に鰹節をたっぷり使った天ぷらそば、初めてつくった昆布巻きと海苔巻き、どれも想像以上に簡単シンプルなのに、とても美味しかったです~!!

 

そしてお食事をしながら、ヨーガに興味を持ったきっかけなど、いろいろな話をしました。そこで、さまらさ皆勤賞のYさんに「なぜさまらさが好きなの?」と聞いてみると、「難しい質問しますね。。。」の言葉の後にすぐ、「だって楽しいから!」と。そうですね、今日もお料理をしている時から一緒にお食事している時まで、ずっとずっと楽しかった!!

 

今回はごぼうを巻いた精進昆布巻き。昆布の幅にごぼうを切って、手早く巻きます。

目の前の食材に余計な思いを持ち込まず(習っているので真剣そのもの、まさに集中しています)みんなで楽しくお料理をする。そうして作ったお食事は、美味しいだけでなく良いプラーナで満たされています。さまらさの原点を、Yさんは体感されているんだなーと嬉しく思いました。

 

次回は新年1月26日(日)、旬のほうれん草を使ったインドカレーです。ポテトマサラとパニール(インドの手作りチーズ)も一緒に作ります。いつも大人気のインドカレー、是非ご参加ください。申し込みはこちら

 

お節もいいけどカレーもね。お待ちしてまーす。

 

ターリカー

 


サットグル・ジャヤンティーが開催されました!


11月23日(土)京都は前日までの曇り空から一転、朝から太陽が輝く素晴らしい秋晴れとなったこの日、私たちの最愛の師、シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの御聖誕祭(ジャヤンティー)が開催されました!!!
日本各地、そして台湾からもたくさんの弟子が集い、ニューヨークともインターネットで中継されました!当日の様子がたくさんの写真とともにこちらのブログで紹介されていますので、ぜひ読んでみて下さい。

 

 

東京から、初めて参加された男性お二人の感想が届いていますので、ご紹介させていただきます!

今年の春、長年務められた職場を退職されて、瞑想専科やヨーガ・瞑想クラス、バクティ・サンガムにも熱心に通われているKさん。

 

「初めて参加する御聖誕祭の日が近づくにつれて、不思議と日常の雑念が薄くなり吉祥の日に向けて喜びだけが高まっていきました。式典で語られた祝辞の数々を聞きながら、真実はひとつだけれどそれに至る道は人の数だけあることを再認識しました。そして真実の顕れであるヨギさんへのバクティを、自分ももっと高めていきたいと強く思いました。
また、御聖誕祭の後の交流会ではヨギさんとご同席のもと、はじめは喜びと緊張が入り混じり胸がいっぱいでしたが、ヨギさんがこんなに近くで慈愛に満ちた眼差しを私に向けて下さり、和やかで愉快な時間が過ぎるうち、私の心はすっかり寛ぎ、「ヨギさんの傍を離れたくない!東京に帰りたくない(笑)!」という気持ちでいっぱいになりました。このようなかけがえのない機会を与えて下さったヨギさんとグルバイの方々に心から感謝申し上げます」

 

 

そして、東京と大阪のクラスやバクティ·サンガムにも参加されているSさんは、これまでパラマハンサやホームページなど文字で読んでいたものと実際に参加するのとではまったく違う、ダイレクトに感じるものがあった、と話されていました。
また、ジャヤンティーの始まりから終わりまで、すべてにおいて気持ちの入った運営を間近にみて、聖典の言葉を理解したそうです。

“行為のひとつひとつを礼拝の行為となさい。することなすこと尽くは母への供物として行い、
出来る限り、完全に行うようにしなさい“

 

その他にも印象に残ったことを忘れないようにメモに残しておられ、その中のいくつかをビジネスマンらしく(?)箇条書きで感想を送って下さいました!

・聖劇の中で、先輩グルバイが自分という殻を壊して演技されている姿がキラキラしていて格好良かった。
・祝辞においては、決意した覚悟を表明する勇気に心を射抜かれた感じがした。
ミッションワークスを通じて、自然とリーダーシップが養われていると感じました。
・聖者の下で、所作ふるまいを見ることにより内省し、決意をあらたにできたことは望外の喜びでした。

 

初参加のお二人、そして皆の歓びに溢れた輝くような笑顔!!!師への感謝と愛を捧げ、一人一人がヨーガの実現に向けて決意を新たにする、弟子にとって一年の始まりともいえるジャヤンティー。今年もこのような歓びに満ちた機会を与えてくださった師シュリー・マハーヨーギーに心から感謝いたします!本当にありがとうございました!
どうぞ、どんな時も片時も離れずあなたと共にありますように!!!

 

師への感謝とともにヨーガへの決意を表す祝辞が捧げられました

 

シャルミニー


真理へと続く道を歩む


ヨーガでは、たった1つの真実というゴールを目指します。

真実は真理とも真我とも神とも言い表されます。それは私たちの中にすでにある、永遠に変わら

ない純粋な存在のことでもあります。

この数ヶ月、私はヨーガの道をどう歩んでいったらいいのか分からなくなっていました。

師であるヨギさんに出会い、教わったことを実践し、これまで背負っていた荷物を下ろして身軽になれました。今度はまだ荷物を降ろせていない誰かのために、他者のためだけに行為して行きたいと自然に思うようになりました。

最高のお手本であり理想であるヨギさん、そしてヨギさんに習い他者のために行為するグルバイのように早くなりたいと、日々努めていましたが、そう簡単には行かず。次こそはと取り組み続けましたが、何かしようとすればするほど何をしたら良いのか分からなくなってしまいました。他者のための行為とは真逆、自分のことばかり考えて行為している状態に気付いてもどうすることもできない。深い水の底で何も掴むものがなくて、浮上したくてもがいてもまた沈んでいくようでした。

「真理は捨てたくても捨てられない」

以前サット・サンガでヨギさんがきっぱりとおっしゃったこの言葉が、何も考えられなくなった頭の中に度々浮かんできました。とにかくこの言葉だけは信じたい、とすがりつくような思いでした。

 

そして先日、ようやく水の底から浮上しました。

久しぶりに登山に行った日のこと。

この状況を打破するきっかけになるかもしれないと、淡い期待を抱いて登り始めました。程なくして頭重感とともに呼吸が苦しくなりましたが、途中で諦めたくなくて、とにかく行けるところまで進んでみることにしました。ひたすら足元を見て確実に一歩一歩足を踏み出すことを繰り返していると、次第に呼吸が楽になり、頭重感もなくなっていきました。ふと顔をあげると、木々の隙間から朝日が差し込んでいる光景が目の前にありました。

 

ただただ美しくて見惚れていたその時、私の中のヨギさんの存在をありありと感じました。

この急峻な坂道の先に山頂があるように、私が今歩んでいるヨーガの道の先には間違いなくヨギさんがいらっしゃる。まるで実際に掴み取れる物体のように、確実な感覚でした。私はそれを掴んだことで浮上できたのだと思います。

 

ここしばらくの私は、山頂へと続く道の先ばかりを見て今踏み出そうとする足元をまったく見ていなかったため、道を踏み外しそうになったり闇雲に進んで足を取られたりするような状態でした。今私がやるべきことは、理想に向かって進もうとしている足元をしっかり見て、一歩一歩確実に足を運ぶこと。それは今この瞬間を生きるいうことでもあります。

真理は、神はすでに自分の中にあるから、私が意識しようがしまいがあるから、それは捨てたくても捨てられないものなのだから、けしてなくならない。私はヨギさんによって照らし出されたこの道を、確実に丁寧に進んで行くだけ。この道の先には、たった1つの真実というゴールがあり、道先案内人であるヨギさんの存在によって、必ず到達できる。

ゴールである真理に留まり、いついかなる時も私たちを導き続けてくださっている師、シュリー・マハーヨーギ・パラマハンサ。言葉に尽くせない感謝を込めて、すべてを捧げられますように。

 

ハルシャニー


もうすぐ、グル・ジャヤンティー!!!


唐突ですが、私は私の師であるヨギさんと神さまが大大大大大好きです!!!!!誰がなんと言おうと大好きです!愛しています!!!
師と神を想う時、その名を口にする時、ただただ嬉しさが込み上げ、勝手に涙が溢れて、周りのすべての人やものが同じように愛おしくて仕方がなくなったり、時には大好き過ぎて胸が苦しくなってしまいます。あ、まるで公開ラブレターのようですね。笑

 

私は時々グルバイ(ヨーガの仲間)から、いつから、どうしてそんなに神のことが好きになったのかと質問されることがあります。はっきりとした大きなきっかけはキールタンを歌うようになってからと答えるのですが、そう答える時にいつも必ず思い出すことがあります。

 

私がヨギさんを本当の私の師だと確信し、師の下でヨーガの道を歩むことを決意した後のこと。(詳しくはこちら「私が本当のヨーガに出会うまで」)
当時、私は自分が一体何者なのかということが知りたくて「私は誰か(アートマ・ヴィチャーラ)」という瞑想をしていたのですが、一向に瞑想が進んでいる手応えがなく、瞑想に迷走!?している状態でした。そこで師にそのことをお話し、どのように瞑想を進めていけばよいのかをうかがいました。
師は私の話が終わった後、少し間をおいて「あなたはバクティ瞑想が合っているかも知れませんね」と言われました。実は、私はその時”バクティ瞑想”について何も知らず「バクティ瞑想とはなんですか?どのようにすればいいのですか?」と質問しました。師は「バクティとは神への信仰、信愛のことです。神や聖者、聖なるものを愛し、それに瞑想して下さい。出来ればイメージしやすいように具体的な対象があるといいですね」とおっしゃいました。
私は子どもの頃から朧げに神聖なものへの憧れをずっと持っていましたが、具体的にと言われてもピンとくるものがなく「ヨギさんでも構わないのですか?」と聞きました。師はニコニコと屈託のない子どものような笑顔で「はい。いいですよ」と言って笑われました。師の笑顔につられて、私は何だかとても嬉しくなって同じようにニコニコと笑ったのを覚えています。

 

それから、私は必ず師の写真を前において瞑想することにしました。雑念が起こると目を開けて写真の師をじっと見続けました。時には師のお姿と自分が重なり合うような感覚になることもありました。
それから間もなくして私はキールタンに出会いました。ある日、繰り返し神の御名を讃え歌っている時、突然、胸の奥から大きな歓びが堰を切ったように溢れ出しました。それは私にとって、それまで経験したことがない言葉では言い表せない衝撃的な体験でした!その後もキールタンを歌う度に同じことが起こり続け、次第にこの胸の奥から泉のように湧き上がる歓びと神への愛が同じものだということを自然に理解するようになっていったのです。
今、神を想い師を想うことは特別なことではなく、私の日常となりました。私が意識しようがしまいが、それは常に私と共にあり、私の中で息づいているように感じています。

 

 

本当のヨーガの師(グル)は、弟子一人一人の性質を的確に見抜き、その弟子の修行が最も速やかに進む道へ導くといわれています。それ故、古代よりヨーガの道を歩む者にとって、師は必要不可欠だといわれています。真理というゴールを目指すのに、既にゴールにある人から正しい道を教えてもらわなければ、どうやってたった一人で広大な樹海の真ん中から目的地へ辿り着くことができるでしょう!
私たちからは到底計り知れない、師の深く大きな大きな愛はいかなる時も絶やされることなく明るい光となり、私たちを鼓舞し続けて下さっています。私たちが諦めることなく自分自身の足でヨーガの道を歩むことができるように。今、この瞬間も!

 

11月23日は私たち弟子にとって一番大切な最愛の師シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサのご聖誕祭です!どうぞ全身全霊で私の愛と感謝、私のすべてを捧げることが出来ますように!!!

 

シャルミニー


サリーで歌おう!秋のキールタン・ワークショップを終えて。


先日、キールタンのワークショップが開催されました。今回のワークショップは、いろんな方にキールタンを知ってもらいたいということと、サリーやパンジャビドレスを持っていてもなかなか着る機会がないので、みんなで一緒に着て歌ってみたいね、という発案がきっかけでした。

台風の影響もあったものの、初めての方も参加され、女性はみんなサリーとパンジャビドレス、男性はクルターというとても華やかな会になりました。

 

初参加のAさんは、「『Sri Krisna Govinda(シュリー クリシュナ ゴーヴィンダ)』 を歌ったとき、初めて歌ったのに胸がいっぱいになって、何かこみ上げてくるものがあり、涙が止まらなかった。嬉しいとか楽しいとか、喜怒哀楽ではない、表現しようのない気持ち」と話されていました。

また、合唱のようにみんなで声を揃えているわけではないのに自然と声が揃っていて、心地よく響いてきたそうです。

 

キールタンにも歌詞はありますが、その意味を理解できなくても、ひたすら神の御名を唱えるだけでそれぞれの人の中にある真実(神)が呼び覚まされるような体験をすることがあります。神への想いの自覚のある無しに関わらず、何か込み上げてきたり、胸に響くような感覚があったりするのは、私たちは自分たちの中にすでに純粋な存在=「神」があることを本当は知っているから。

 

 

歌うみなさんの表情を見ていて、このワークショップにおいても、それぞれが体験されたものがあったのではないかと思いました。

真実は1つ。ただ、ヨーガではそこに至る道はいくつかあるといわれています。これでなければいけない、といった決まりごとはありません。アーサナや瞑想を実践をしていくことも、バクティ・ヨーガでキールタンを歌い、日々の生活の中で神に親しみを感じることもそれぞれが道となり、私たちをゴールである真実に確実に導いてくれます。

 

ハルシャニー


『バクティ・サンガム』新シリーズ〜クリシュナの物語を歌う〜始まります!


この度の台風19号で亡くなられた方へ心よりお悔やみを申し上げるとともに、被害にあわれた方へ心よりお見舞い申し上げます。一日も早く、皆さまに穏やかな日常が戻ることをお祈り致します。

先月のバクティ・サンガムは「女神を讃える」シリーズ最終回でした。最終回にふさわしく、皆でたくさんのキールタンを歌い、大きな歓びとともに女神に捧げることができました!
今期はプージャー(礼拝の儀式)などで唱えられる少し長いマントラ『TANTROKTAṂ DEVISŪKTAM/タントローキタム デーヴィースークタム(女神への讃歌)』を暗唱できるようになろう!ということを目標に、毎回クラスの初めに唱え(もちろん、家でも!)、それぞれに取り組んできました。今回はその総仕上げということで、皆真剣に心を込めて女神のマントラを唱えることができたのではないかと思います!
ヨーガのアーサナ(ポーズ)もそうですが、「覚える=身に付く」ことでより一層集中して、本来の目的そのものに向かうことができるのだなぁと、改めて実感しました。

キールタンがシンプルな言葉で、神の御名を繰り返すように作られているのは、誰でもキールタンを歌うことですぐに神の御名に集中し、神そのものへ向かうことができるからなんですね!

 

キールタンワークショップより

キールタンワークショップより

 

今シリーズでは、さまざまな女神と聖者を取り上げ、女神の持つ多様な現れを楽しく学ぶ中で、毎回、一言では言い表せない女神の大いなる力をひしひしと感じました。
女神はタントラという思想において、不動であるシヴァ(男性原理、宇宙の絶対真理)に対し、シャクティ(女性原理、宇宙の根理)と呼ばれます。すべてを破壊し、そこからまた新しい命を生み出す力。そこでは人間をこの世界に縛り付ける執着を作り出す一方で、そこから目覚めさせ、救済する力もその働きの中にあるといわれます。シヴァとシャクティ、この二つの原理が縦糸と横糸となり織りなされることで、この宇宙全体が展開している…!!
女神のエネルギーそのものをとても身近に感じると同時に、気が遠くなるほどの壮大な宇宙観に圧倒されっぱなしの今期シリーズでした!講師のジャヤデーヴィーさん、どうもありがとうございました。

 

キールタン バクティ・サンガム開催!

 

そして、今月からまた新シリーズが始まります!
テーマは「クリシュナの物語を歌う」です。クリシュナ神はインドでシヴァ神と並ぶとても人気のある神様です。なぜ人気があるかと言うと…それは始まってからのお楽しみです〜!笑
英雄と称えられ、誰ものハートを惑わし魅了してしまうクリシュナの物語に親しみながら、クリシュナのキールタンをたくさん歌っていきたいと思います!
バクティ・サンガムはどなたでも参加できますので、ご興味のある方はどうぞお気軽にご参加くださいね!

次回の「バクティ・サンガム」は10月20日(日)13:00~、江戸川区葛西の江戸川印度文化センターにて開催します。お問合せ・お申込みは→こちら

 

シャルミニー 


吉祥寺クラスの会場変更のお知らせ


9月から、吉祥寺クラス(土曜日 13:45~15:15/90分)の会場が変わりました。
*時間も
13:45~15:15(開場13:30〜)に変更になりましたのでお間違えないように。

新しい会場は『吉祥寺 レンタルスタジオ ダンス ガレージ』最寄り駅はこれまでと同じ、JR線・京王井の頭線/吉祥寺駅から徒歩7分。井の頭公園方面の出口、南改札(公園口)を出て階段を降りて左へ。LABI吉祥寺(ヤマダ電機)横の「末広通り」をそのまままっすぐ歩くと右手にあります。

 

少しクッション性のあるフロアで、落ち着いたオシャレな空間になっています。いつも賑やかな吉祥寺にありながらとても静かで、集中してアーサナや瞑想を行うことができます。

 

 

皆さん、場所が変わってもいつもと同じように熱心にアーサナに取り組まれていますね!

 

現代社会、特に都会の生活は本当に慌ただしく、忙しさに流されているうちに、気がつけばあっという間に毎日が過ぎ去っていきます。誰も代わることができない、一人一人の人にとってかけがえのないこの人生。私たちはどうしてこの世に生を授かり生まれてきたのでしょう?

「この人生が一体何のためにあるのか」
「自分とって何が本当に大切なことなのか」
「私は何のために生きているのか」

ヨーガとは “真実=本当の自分を知る” こと。そしてそのための道であり、実践です。

継続は力なり!これまでよりさらに落ち着いた集中できる空間で、ヨーガを楽しく!一緒に実践していきましょうー!

 

 

マハーヨーギー・ミッション東京のヨーガ・瞑想クラスの詳細、お申込はこちら
※10/5(土) は都合のためクラスはお休みです。

 

シャルミニー


秋のキールタン・ワークショップのお知らせ


 

秋虫の鳴き声が聞こえるようになってきましたね。
インドで秋は、プージャー(神を祝うお祭り)シーズンです。そして、クリシュナが牧場の少女・ゴーピーたちに「やがて来たる秋の夜、僕はあなたたちとともに踊り、遊び戯れるでしょう」と約束をした「ラーサ・リーラー(ラーサの遊戯)」が繰り広げられたのも、秋のジャスミンの花開く、満月の日でした。

というわけで、10月の満月前日(10/14の朝6時が満月なので、ほぼ満月!)である10/13(日)、インド服(サリーやパンジャビ・ドレス)を着てみんなでキールタンを歌おう!というワークショップを開催することになりました。今回は、クリシュナ神とシヴァ神のキールタンをご紹介します。

サリーを持っているけれど着方が分からない、という方には着付けもお手伝いします。サリーやパンジャビ・ドレスの貸出もあります。もちろん、普通のお洋服でのご参加もOKです!

サリーを着てみたい方、キールタンを歌ってみたい方などなど、ぜひお気軽にお問い合わせください。

みんなでサリーやパンジャビ・ドレスを着て華やかに、クリシュナの登場を待ちわびながら、一緒にキールタンを歌いましょう!きっとクリシュナが私たちの一人一人のハートに来てくださるはず!!です。ご参加お待ちしています。

 

日 時: 10月13日(日) 15:00〜16:00  (入場14:45~)
会 場: 吉祥寺 アムリタ食堂 3 階 木の扉のお部屋 (東京都武蔵野市吉祥寺本町 2-17-12、3 階)
参加費: 2,000 円 (税込)
     インド服(サリーまたはパンジャビ) レンタル +300 円、サリー着付け +200 円
     ご自身でインド服着用/ご参加の方 100 円引き
    ※インド服のレンタル/着付け可能(要予約)、着付け後希望の方は14:30にお越しください。定 員: 15 名
内 容: キールタンについてお話した後、ハルモニウム(インド のオルガン)や太鼓や鈴などの楽器とともに、美しいメロディーに合わせて、シンプルな歌詞をリードと 参加者全員で繰り返し歌います。
お申し込みはバクティ・サンガムページより→こちら

 

 


瞑想に最適な季節


日本には中国から伝わった「気」という概念があり、「元気」「やる気」「気力」「気合い」など、「気」が使用されている言葉がいくつもあります。「気」によって人間や動物など命が維持され、建物や地面などの物質の形が保たれると考えられています。またこの「気」には「陰」と「陽」の2種類があり、夜は陰、昼は陽の気が支配するとされています。この2つの気のバランスが最も調っているのが、昼と夜の長さが同じになる、春分の日と秋分の日です。

 

インドではこの「気」のことを「プラーナ」といいます。「プラーナ」は「気」と同じく、目に見えるものも見えないものも、すべての存在の元であると考えられています。陰陽の区別はありませんが、グナといわれる3つの性質があります。

・サットヴァ・・・清浄な性質

・ラジャス・・・活動的な性質

・タマス・・・鈍重な性質

この3つのうち、「サットヴァ」が多ければ多いほど心身ともに軽やかで快活な状態であるということになります

1日のうち、この「サットヴァ」に支配されるのが、日の出・日の入りの時間帯とされており、瞑想するのにも適しています。

瞑想とは、対象に意識を途切れなく集中させ続けている状態をいいます。

ここでいう対象とは、永遠に変わらない存在のことで、ヨーガでは「真理」「真我(本当の自分)」「神」の3つをさします。

瞑想は、油を1つの器から別の器に注ぎ込む様に例えられます。心の思いという容器から、普遍的な対象という容器へと、集中力が途切れることなく、油のように注ぎ込まれる、ということ。

湖面が波立たず凪いでいる状態では、空に浮かぶ月がそのままの形で映し出されます。瞑想によって心が鎮まれば、対象そのものが心に反映されます。

秋分の日を迎えるこの時期の日の出・日の入りの時間帯は、1年のうちで最も瞑想に適しているといえます。

少し早起きするか夕方に時間をとって、普段以上に深く瞑想してみたいと思います。

 

現在神田にて瞑想会を開催しています。次回は9月30日。(スケジュールはこちら

都心にありながら、会場の神田さくら館の和室は静かな空間です。瞑想は1人でもできますが、同じ目的を持った人が集まって座ると、1人の時以上に集中できたりします。瞑想を始める前か後には、瞑想に関する話もしています。いきなり瞑想するのって難しそう、と思っている方も、ぜひ一度ご参加ください。

 

ハルシャニー


バクティ・サンガム〜至福に浸る聖母アーナンダマイー・マーのキールタン


8月のバクティ・サンガム「女神を讃える」シリーズの第5回目は、インドの聖女シュリー・アーナンダマイー・マーを取り上げました。今回も講師のジャヤデーヴィーさんがとても興味深いお話をして下さいましたので、少しご紹介したいと思います。

アーナンダマイー・マー(1896~1982)は、東ベンガルに生まれました。まるで少女のような本当に愛らしく美しいお姿が写真でいくつも残されています。パラマハンサ・ヨガナンダ著『あるヨギの自叙伝』の第四十五章「ベンガルの〝至福に浸る聖女〟」にはヨガナンダと出会った時の祝福に満ちた様子が書かれているので、ご興味のある方はぜひ読んでみて下さいね!!

 

アーナンダマイー・マーはバラモンの家に生まれましたが生活は決して裕福とは言い難く、七人の弟妹がいたため学校教育を受けられたのは約二年程だったそうです。
しかし、彼女は大覚者シュリー・ラーマクリシュナと同様、無学でありながら子どもの頃から驚くほど聡明でした。後にアーナンダマイー・マーの存在が世間に知れ渡り、たくさんの信奉者が常に彼女のもとへ訪れるようになりましたが、その中には実業家、芸術家、学者やジャーナリスト、政治指導者、王や王妃までもが含まれていたそうです。
インド哲学やヨーガの聖典などと聞くと、とてつもなく難解でとっつき難いものように感じてしまいがちですが、シュリー・ラーマクリシュナやアーナンダマイー・マーのように無学でありながら神の叡智を実際に体現された聖者のお話に触れるたびに、真理を悟ることと学識の有無は本当に関係がないのだなぁと、改めて教えられます。

 

ジャヤデーヴィーさんのお話の中で、今回一番印象深かったのは、アーナンダマイー・マーが詠唱されているキールタンを聴いた時、その声に釘付けになり、心の底から感動を覚えたと声を詰まらせて話されていたことです。(YouTubeで調べると聴くことができます)
そのキールタンは、ただ〝He Bhagavan(おお、主よ)〟と、バガヴァン(真実なる者、神)への呼びかけだけがずっと繰り返されるものなのですが、アーナンダマイー・マーが見ているもの、彼女の魂にある神が、御名を持ち、声となり、歌となって、響きわたっていく、そこにはただ〝神〟それだけしかない…。
お話を聞きながら、いつか私もそんな境地でキールタンを歌えるようになりたい!と心からそう思いました。

 

バクティ・ヨーガは、誰もの中にある愛の力を使って神なる者、純粋なる者、自分の本質と一つに結ばれていくヨーガの道です。そして、その方法の一つがキールタンです。バクティ・ヨーガ、そしてキールタンの醍醐味を一緒に味わいましょう!
次回のバクティ・サンガムは9/15(日)13:00〜、江戸川印度文化センターにて開催します。今期最終回となりますので、たくさんキールタンを歌いたいと思います!ぜひ、ご参加下さいね。

参加申込、お問い合わせはこちら

 

シャルミニー


継けることで必ず変容は起こる


治療院に来てくれている患者さん向けのクラスに、1年半ほど通ってくれているOさん。

数ヶ月前からシールシャ・アーサナの練習をするようになっていました。練習の度に私には無理と言っていましたが、練習は順調に進み、ここひと月ほどは足を伸ばす状態に挑戦していました。

クラスでお会いする印象では、Oさんは心身ともに良い状態に見えていたのですが、先日しばらくの間気持ちが塞ぎ込んでどうにもならない状態に陥ってしまったそうです。苦しくて何もする気になれず、家族にも当たってしまう。そんな自分に苛立ちさらに落ち込むという悪循環。それを断ち切りたくて、藁をもすがる思いでアーサナを始めたところ、シールシャ・アーサナで足が真っすぐに伸ばせて、しばらく保持できたとのこと。嬉しくてこの喜びを誰かに伝えたい、と真っ先にご主人に報告したら、良かったね、と一緒に喜んでくれたそうです。家族との関係も、練習し続けていたシールシャ・アーサナも、いろいろ一気に解決してすごくスッキリしました、と満面の笑みで話してくれました。

この方の場合、厳しい状況を打破したいという真剣な必死な思いが一点集中の状態を生み、シールシャ・アーサナの成功に繋がったのではないかと思います。

 

同じクラスに3年ほど通い続けてくれているSさん。

Sさんはクラスでしかアーサナできないのが課題でした。きつい形はすぐに戻してしまうことも多く、毎日実践すること、少しずつでも自分の限界を超えることの大切さを話してはみましたが、ご本人がやろうという気にならないとどうにもならないもの。とにかくクラスではリラックスして楽しんでもらおうと、ご自分のペースで無理のないように実践してもらっていました。

先日治療院に来られた際に、夜中何度も目が覚めてしまうと訴えられました。治療することで対応はできるけれど自分ですぐに対応できた方がいいから、1個だけでもアーサナをやってみてはどうかと提案しました。すると、寝る前にやろうとしたけれど、寝落ちしてしまうのが心配でできなかったとのこと。アーサナは1日のうちいつ行っても効果は同じだから、気が向いたら昼間のちょっとした時間にやってみてください、と伝えました。

そして次のクラスでお会いしたら、嬉ししそうに駆け寄って来られました。

あの後、私が伝えたことを気になりつつもなかなかやる気が起きず。でもやれてないことがどんどん気になってきて、昼間にアーサナしてみたのだそうです。結果、その夜は一度も目覚めることなくぐっすり眠れたそうで、家で自分でアーサナしても効果があるんだと驚かれていました。

ご自身と向き合って得られた今回の体験は、何よりも大きな気づきがあったと思います。

 

 

 

 

 








アーサナの目的は堅固で快適な身体を作ること。その目標に向かって進む課程で、心も変容していきます。

このお2人のクラスでの体験談は、それをしっかり物語っています。
いつどんなタイミングかは分かりませんが、続けて実践して行くことで必ずその変容は起こります。

これまで以上に素敵な笑顔になったお2人から溢れる歓びで、私もすっかり満たされました。

ハルシャニー


一点集中!シールシャ・アーサナ 頭立ちの形


シールシャ・アーサナ(頭立ちの形)は、頭と両肘の3点で逆立ちする形です。

 

 

①手を組み、ひじをついて頭頂を床につける。

②足を真っすぐに伸ばす。

集中ポイントはサハスラーラ・チャクラ。頭頂の部位です。

 

 

こうして文章で説明すると非常にシンプルな形ですが、実際に行うには基本的なアーサナをしっかり行った上で少しずつ練習していきます。

①の体勢から上半身と下半身を折りたたむように近づけていきますが、この際、身体を前屈させるパシチモーッターナ・アーサナ(背伸の形)の要素が必要になります。十分に膝の辺りを胸に引き寄せたら、膝を曲げて頭と背骨が真っすぐの状態になるまで膝を上げていきます。

②に移行するには上半身の柔軟性が必要になります。特に肩甲骨周辺が硬いと、①の体勢を正しく作っても②へ移行する間に肘が浮いてしまうこともあります。そのために、ブジャンガ・アーサナ(コブラの形)で背骨の柔軟性を高めることも必要です。

これはシールシャ・アーサナに限ったことではありませんが、1つのアーサナを完成させるためには、その形だけを練習するよりも他のアーサナもバランス良く行っていくことで、より速やかに完成に近づくことができます。

シールシャ・アーサナは頭頂と両肘の3点で全体重を支えるため、首に負担がかかります。練習は無理しすぎず、焦らず気長に行うようにしましょう。

 

私は練習し始めた頃、後ろに倒れそうになる感覚が怖くて身体全体を真っすぐに保つことがなかなかできませんでした。

当時のクラスで、「身体全体が真っすぐになるポイントでは、ふわっと軽くなる感じがする。手のひらに棒を乗せてバランスをとってピタッと立たせるような状態」と教わり、その感覚をイメージしながら練習を重ねました。

そしてある日、身体がふわっと軽くなる感覚が突然やってきました。これか!と思ったのもつかの間、気付いたらマットの上に転んでいました。怖くて転ぶことすらできなかったのですが、初転びを経験して転ぶことが怖くなくなり、以前よりも積極的に練習に臨めるようになりました。次第にふわっと感じる状態を長く保てるようになり、頭頂の部位にしっかりと刺激を感じるようになりました。

 

 

効果としては、身体が逆さになることで、通常重力に従って下垂しがちな内臓が重力に逆らって上に上がる状態になり、消化器官の働きが活性化されます。

また形を保持するために集中力がかなり必要になるので、一点集中の訓練にもなります。


正しい形で身体が安定すると呼吸も安定します。形を保持し続けるには集中状態に持続が必須で、次第にバランスを取ることすら意識しなくなり、頭頂の部位一点にのみ刺激がくるようになります。慣れてくるといつまでもその状態でいられるような感覚になります。

アーサナにおいても身・口・意の一致が不可欠となりますが、このシールシャ・アーサナはそれを強く体感できる形だと思います。

完成させるまでに時間がかかる場合もありますが、地道に練習することで完成に近づくことができます。

途切れることのない一点集中状態を、シールシャ・アーサナで体感してみてください。

 

ハルシャニー


バクティ・サンガム~カーリー女神を讃えるキールタン


女神を讃えるシリーズ4回目の先月のバクティ・サンガムはカーリー女神にまつわるお話とキールタンを歌いました。

カーリー女神はとてもインパクト(!?)があるので、ご存知の方も多いかも知れませんね。
“カーリー”とは”黒い”という意味があり、その名の通り黒い肌をしています。そして、生首または髑髏のネックレスに切り取った腕の腰巻き、手には大きな刀剣と血が滴る生首を持っています。血走った目を見開き、口から真っ赤な舌を出して、夫であるシヴァ神を踏みつけている姿で現されます。な、なんだかインドの女神さま、スゴイですね…(汗)

カーリーの様相にみんな歓喜しました!

カーリー女神も前回ご紹介した聖典『デーヴィー・マーハートミャ(女神の素晴らしさという意味)』に登場します。ドゥルガー女神同様、悪魔アスラ族の軍勢(人間の煩悩や無知の象徴)と壮絶な闘いを繰り広げます。実はカーリー女神は闘いの最中、敵に激怒したドゥルガー女神の額からぬっと出てきたんですよ!!だから、カーリーはドゥルガーの化身でもあります。カーリー女神については以前のブログでも紹介しているので、是非こちらも読んでみて下さいね。

そんな何だか恐ろしげな女神さまですがインドではポピュラーな女神で、特にベンガル地方では信仰が厚く、カルカッタには有名なカーリー寺院があります。かの大覚者シュリー・ラーマ・クリシュナはカーリー女神をいつも「マー(母さん)」と呼び、まるで生きているかのように心から慕い愛し、その深い信仰心についには彼の前にカーリー女神が姿を顕したといわれています。

今回のキールタンはカーリー女神とドゥルガー女神を讃える『Jai Ma/ジャイ マー(女神に勝利あれ)』を歌いました。 この日は初参加の方もおられたのですが、とても興味深そうにお話を聞かれ質問をされたりしていました。キールタンは初体験だったそうですが「とても楽しかったです!」と声を弾ませて感想をお話して下さいました。

たくさんの人と一緒にキールタンを歌うと一人一人の声が響き合い、神の御名がどこまでもどこまでも広がって、それだけがこの世界すべて、そして私自身を満たしているように感じます。胸の奥から歓びが自然と溢れ出して、本当は歓びを得るための何かを自分の外に探す必要は何一つないのだということに気が付きます。なぜなら、私たち誰もの本質は”歓びそのもの”であり、唯一必要なのは”それに気付く”ことだけなのです。少しでも多くの人とこの歓びを分かち合えるといいなぁと思います!

歓喜の中で 主よ 歓喜とともに〜♪

次回のバクティ・サンガムは今週日曜日8/18 13:00~です。どなたでもご参加いただけます!
詳細、お申込はこちら

シャルミニー


畑仕事で足りたるを知る


今年も、夏の初めに丹波にあるヨーガ仲間のご実家にお邪魔して、微力ながら畑仕事のお手伝いをしました。私自身は、畑や作物を育てることについて詳しいわけではなく、土いじりをしていると何となく心が落ち着くなあと感じていて、緑豊かな丹波に時々行きたくなるのです。
今回は、初めて丹波に伺う仲間と一緒です。

この日は曇り、少し風もあって、外で作業するにはちょうど良いお天気です。畑では、よく手入れされた作物が元気に育っていました。聞こえてくるのは、会話しているように鳴いている鳥の声と、遠くの方で農作業をしている車のエンジン音だけ、とても静かです。普段は土に触れる機会がない私たちは、早速草引きのやり方を教えてもらい、作業開始です。

元気に育つ作物と一緒に作業中

始めてからしばらくは、草の根っこまできれいに抜けると気分が良くて、「あ~、私の煩悩もこんなふうに根こそぎ取り除くことができたら、どんなにすっきりするだろう」などと都合のいいことを考えたりしていましたが、やがてそんな思いも浮かばなくなり、目の前にあるやるべきこと、草引き作業を淡々と進めていくだけになりました。

淡々と作業中
淡々と作業中

気が付くと、畑もすっかりきれいになり、私の心の中の不要な思いもなくなっています。抜かれた草は風雨にさらされて、肥やしになったり虫の住みかとなったりします。あらためて、この世に生まれたもので無駄なものはひとつもない、動物も植物も、すべてのものが過不足なく存在しているなあと感じられ、感謝の気持ちが湧いてくるのでした。食事のとき、大切に育てられた野菜を丁寧に調理してみんなで美味しくいただいていると、この当たり前のことが、とても贅沢に感じられました。日常の喧騒を離れて、大自然の中で自分に素直になれたような気がします。

共に作業をした仲間は帰宅してから、お料理本「さまらさの台所」を見直し、このとき感じた思いにぴったりの言葉があったことを教えてくれました。
「知足 -大いなる祝福に感謝する」
いつもの生活に戻っても、自然の恵みのありがたさを忘れずにいたいと思います。

採れたての野菜

マイトリー


さまらさの台所 〜とうもろこしいろいろ〜


今年の関東地方は梅雨が長く、ほとんど晴れ間がない天候続きでしたが、ようやく太陽がしっかりと姿を見せてくれるようになりました。

7月28日(日)に開催された「さまらさの台所」の当日は台風の影響が心配されましたが、強烈な真夏の日差しが降り注ぐ1日となりました。

参加者は12名、うち初めての方が5名という賑やかでフレッシュな顔ぶれ。

 

今回のメニューは、そんなとうもろこしを使った3品。

・とうもろこしと枝豆のかき揚げ

・コーンポタージュ

・焼きとうもろこしご飯

 

夏野菜といえばトマトやピーマンや茄子などがイメージされますが、とうもろこしも夏を代表する野菜の1つ。近年は白い品種を見かけることも増えましたが、定番の黄色い品種は見るだけでも元気になれる鮮やかさです。

 

近所の八百屋さんで用意していただいたとうもろこしと枝豆

2班に分かれて調理に取り掛かりました。

みんなで手分けして作業中、奥ではとうもろこしの皮を使って小舟(お皿)を作ってます。
中学の同級生やお友達同士で参加してくださいました。

焼きとうもろこしご飯はまずコンロでとうもろこしを炙る作業から始めました。

会場の調理室の火力が業務用並みで、ドキドキしながらもみんな楽しそうでした!

とうもろこしをこんがり焼いてご飯と一緒に炊いていきます。
気分は屋台の焼きとうもろこし〜

水につけて置いたお米と合わせて、後は炊くだけ。シンプルなレシピなので、気温の高い真夏にも作りやすい献立だと思います。

芯を一緒に入れて炊くことで旨味が増します。

コーンポタージュも作り方は簡単。

とうもろこしの実と芯をひたひたの水で茹でて、茹で汁と牛乳を合わせてミキサーにかけるだけ。こちらは冷やしても温かくしてもおいしくいただけます。

とうもろこしの色が黄色く鮮やかになるまで茹でます。…もう少しかな。

とうもろこしと枝豆のかき揚げは、海苔に乗せて揚げていきます。

少しドキドキしながら揚げものにもチャレンジ!みんな見守ってます。

かき揚げを調理中にご飯が炊き上がり。炊きたての状態でバターを混ぜました。

バターの香りが食欲を刺激します

盛り付けも完了、みんなでいただきます!

とうもろこしメニューに加えて、ちょうど前日に届いたヨーガの仲間が丹波「さまらさファーム」で作っている元気な夏野菜も一緒にいただきました。

グルバイが作ってきてくれた、なすの梅煮と伏見とうがらしの揚げ浸しを添えて。

アーサナ・瞑想クラスに通われていて、さまらさは初参加のOさんは、食事の身体への影響を考えて今回参加されたそうです。普段自炊する機会が少ないとのことでしたが、積極的に調理に参加されていました。ご飯とスープは自宅でも作ってみたいとのことでした。

また、とうもろこし好きのご主人のために、夏は毎日のようにとうもろこしを茹でている、と笑って話しておられた方も、「茹でる」「蒸す」以外のレパートリーが増えたことや、調味料の少なさ、塩少々だけでこんなに美味しい!ことに喜んでおられました。

今回はとうもろこしを、実も、芯も、ヒゲまで(!)いただいたのですが、みなさんそのことに目からうろこだったようです。いつも捨ててしまっている芯を、ご飯と一緒に炊いたり、スープで一緒に茹でることで出汁を取ることができたり、甘みが増すことや、ヒゲをカリカリに炒ってお塩で味付けして、ご飯に載せたら、香ばしくて美味しかったりと、驚きの声がいろいろ出ていました。

「さまらさの台所」はヨーガの料理教室、一般的な料理教室のように、こだわったレシピや技術をお伝えしているわけではありません。

「さまらさ」とは、「等味」「至福の味わい」といわれます。食材も私たちの命も等しい存在で、作る人も食べる人もともに歓びを味わえるように、という意味が込められています。

旬の食材を使うのは、自然の恩恵を受けて生き抜いた作物が成長して、最も生き生きしている状態だから。旬の食材を食することで、単に舌や胃袋を満足させるだけでなく、作物が持つ生命力が私たちの身体を滋養する薬のような役割もあり、身体と心を元気にしつつ浄化してくれます。

私たちの本質は純粋な意識そのもの。その乗り物である身体を滋養して快適に保つことで、心が清らかで軽快な状態となります。それを維持して身体がしっかり浄化され、心がすっかり純粋になったとき、本来の自分の姿が自ずと現れます。

これからしばらくは蒸し暑さが続くと思われますが、手っ取り早く冷たいジュースやアイスなどで身体を冷やすのではなく、夏野菜が持つ身体から熱を取り去る効果をうまく活用して、この暑さを軽やかに乗り切りたいものです。

ハルシャニー


夏の1dayヨーガ合宿@相模湖たねまめ 2019


先週末の7月14日(日)、神奈川県相模原市にある『古家カフェ+ギャラリー たねまめ』さんで、「夏の1dayヨーガ合宿」が開催されました!

朝8:30にJR中央線の相模湖駅に集合。時折小雨の降る天候で、緑がよりみずみずしく感じられる風景の中、車でたねまめさんに向かいました。

今年で3回目となる合宿には、12名が参加。相模湖、新宿、吉祥寺のクラスに通っている人たちが一堂に会するのはこの合宿だけ。今回初参加の人もいたので、それぞれ簡単な自己紹介をしました。

自己紹介の後は、まず最初のプログラムであるヨーガ・瞑想クラス。

朝早めの時間はまだ身体が硬い状態だと思いますが、みなさん真剣にアーサナに取り組んでいました。

初めてシールシャ・アーサナや浄化法に挑戦した人もいて、写真撮影していても集中感がどんどん増していくのを感じました。

アーサナと浄化法をしっかり行った後の瞑想

続いては、キールタン。
『Jaya Bolo Sītā Rāma』と『Śrī Kṛṣṇa Govinda』の2曲を歌いました。
『Jaya Bolo Sītā Rāma』は昨年師の御誕祭で捧げるために練習を重ねた歌でもあるので、久しぶりに大勢で一緒に歌えてただただ幸せでした。
『Śrī Kṛṣṇa Govinda』は賛美歌のような荘厳な雰囲気がある歌。途中からみんなで声を合わせて何度も繰り返しクリシュナの御名を唱えていくうちに、みなさんより一層良い表情に。

キールタンが初めての人も何度も歌っている人も一体となり、歓びが溢れ出てくるようなひと時でした。

そして、お待ちかねのランチタイム!
通常営業の時のたねまめさんのランチでは食べられない、マハーヨーギー・ミッション特製ランチです!!

今回も野菜たっぷりのメニューの数々!バイキング形式で各自お皿に取り分けていきます

たねまめさんのお食事は見た目の美しさはもちろん、いろんな味を楽しめるように工夫してくださっていて本当に素晴らしいです。
食べている間中、「おいしい!」が飛び交っていました。

ビーツのスープ、大豆ミートの肉味噌、ナスと車麩の甘酢あん、インゲンとパプリカのスパイス炒め、八角とメープルシロップを使ったゴボウ炒め、トマトのコンポート

食後はお庭を散策したり、少しお昼寝をしたり、しばし休憩。

一息ついた後は、円座になってヨーガのお話をしました。
ヨーガの目的は、真実・本当の自分を知りそれを実現すること。
ヨーガを実践することで、少しずつ自分が変化していることを実感しているという話や、人生の目的がヨーガにあると気づけたことが良かったという話。ともにヨーガの道を学ぶ人たちの経験談はとても励みになります。

瞑想は30分間。瞑想の対象として、「真理」「本当の自分」「神」の3つが挙げられます。対象が特に決まっていない人は、今回は「本当の自分」を対象として、年齢や職業等の何らかの条件をすべて取り払った、そのものの自分に集中していく方法に取り組みました。

たねまめさんの空間の持つプラーナのおかげか、いつも以上に集中しやすかった、あっという間に感じた、などという感想がありました。

最後は作務の時間。
ヨーガといえばアーサナや瞑想をイメージする方が少なくないと思いますが、日常に置ける働きそのものもヨーガの1つとされており、カルマ・ヨーガ(=働きのヨーガ)と呼ばれています。このカルマ・ヨーガは目の前のことに集中して淡々と行うことが大切。
本来はお庭の草取りをする予定でしたが、雨天のため使わせていただいたお部屋をみんなで掃除しました。
掃除が終わった後の室内はより一層静まった雰囲気になったような気がしました。

掃除が終わる頃にきなこちゃん登場
見事なマールジャーラ・アーサナです

1日かけて様々なヨーガの味わいを楽しめるのも合宿の醍醐味。

始まる前はいろいろと盛りだくさんだから最後までしっかり集中しようと臨みましたが、始まってしまえばそんなことはすっかり吹き飛んで、みなさんと楽しく過ごすうちにあっという間に終わりの時間が来てしまいました。

                                        

初めて合宿に参加されたOさんからいただいた感想を紹介します。
「アクティブなみなさんと1日を過ごしてとても楽しかったです。
キールタンがすごく楽しくて、先生の伸びやかな声が素敵で心が解放されて幸せだなーと感じました。声を出すって気持ちがいいですね。突然の参加なのに、温かく迎えいれてもらってありがとうございました」

3年連続参加のHさんは、今回初めて雨が降る天候だったけれど、晴れている時にはないしっとりとした空気の中で過ごすのが心地良かったそうです。

そしてこちらも3年連続で、今回は京都から参加来られたCさんの感想です。
「気持ちの良い、満たされたひと時を過ごせました。みんなと静かな澄んだ空間でアーサナや瞑想を深めることができました。まさに夏休みの(楽しい)特訓ですね!ありがとうございました。ジリジリとほふく前進のように少しずつですが、「気づき」を目指して進んでいくぞ!!と決意を新たな新幹線の中でした」

最後にたねまめさんのオーナーSさんからは、こんな言葉をいただきました。
「雨の中しっとりとヨーガに浸った1日。
何よりお出しするお食事を美味しいと言って召し上がっていただけることが嬉しく、また来年も頑張ろうと思うのでした。ご参加の皆さまありがとうございました。作務で綺麗にしていただいて、この家も喜んでいるようです。また来年も楽しみにしています」
そんな風に感じていただけて私たちもとても嬉しいです。

1人で黙々とヨーガに取り組む時間はもちろん大切ですが、こんな風にたくさんの人たちと一緒に過ごしながらヨーガを深めていく場では、1人だけではけして経験できない学びが散りばめられています。

このような機会を持てたこと、参加できたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。

ハルシャニー


雲の上に見たもの——真理は永遠に輝く太陽



梅雨空が続きますね。どんよりしたした日が続くと気分まで沈んでしまいがちですよね。だんだん太陽が恋しくなってきました☀

雨の日や雲が立ち込めている日に、いつも思い出す光景があります。
学生の頃、初めての海外旅行で飛行機に乗った時のことです。飛行機は雲を突き抜けて、とても高い高度を飛んでいました。眼下には一面に広がる真っ白な雲。生まれて初めて目にしたその光景は、この世のものとは思えないような美しさでした。本当に神様や天使がその辺りを歩いているんじゃないかと、思わず本気で探しそうになってしまいました。笑
何時間も同じ景色を見ているうちに、雲の上はずっと晴れている!ということにはたと気がつきました。もちろん知識としては知っていましたが、それを実際に自分の目で見たのは初めてだったので「やっぱり、本当にそうなんだー!」と感動して得心したのでした。

 

雲がない場所では、怖いくらい遥か下に青い海やどこかの国が見えました。今この真下の地上は晴れているんだなとか、この雲の下は曇りだったり雨が降っているんだろうな…などと、ぼんやり考えていると、ふと「人の心の中にも雲があるのかもしれないな…」という思いが浮かびました。そして〝雲の上はいつも晴れている〟ということに、その時なぜか不思議な安心感を覚えたのです。

今、私はお天気が悪い日にいつもこの日のことを思い出しながらこう思います。
「この雲はまるで私たちの心を曇らせている”無知”の象徴のようだな。どんな嵐の日でも雲の上では太陽がいつも明るく輝いているように、”真理”は日々容易く変化する私たちの心の動きとはまったく関係なく、常にそれだけが在り、永遠に光輝き続けているんだな」と。

そして、初めて雲の上の景色を見た日のように、やっぱりそれを絶対に自分で確かめたいと思うのです。

シャルミニー


今年もやります!1dayヨーガ合宿@相模湖たねまめ



今日から7月!沖縄は梅雨明けしたようですね☀️もう、あっという間に夏がやってきますね!
さぁ!MYM東京は今年も「1dayヨーガ合宿」を開催します!!!
時は7/14(日) 、場所は昨年一昨日と同じ、神奈川県相模原市にある湖と豊かな緑に囲まれたとっても素敵な場所にある『古家カフェ+ギャラリーたねまめ』さんです!

 

縁側fに佇むあずきときなこ(猫さん)。お待ちしております。

 

アーサナ(ポーズ)や浄化法、呼吸法、インドで古くから伝わる歌キールタン。また、お庭の草とりやお掃除など、汗をかいて動いてみると意外と心も体もすっきりとする!と好評だった作務(働きのヨーガ)。そして途中で少し休憩をとりながら・・・
最後にはせっかくの合宿なのでみんなでじっくりとヨーガのお話や少し長めの瞑想にもチャレンジしてみたいと思います!今年も、たねまめのオーナーさんが作る100%植物性オーガニック食材のみを使用したとっても美味しいと大好評のランチ付きです。楽しみ! 昨年の合宿の様子は→こちら

合宿のスケジュールと詳細はこちらです。

 

雑多な都会での生活や慌ただしく過ぎていく日常から少し離れて、静かな緑の中でヨーガに浸る一日を一緒に過ごしましょう!
どなたでもご参加いただたけます。お問合せ、お申込みはこちらまで。※申し訳ありませんが、定員になり次第締め切らせていただきます。

 

合宿お待ちしてまーす!(相模湖メンバーの方の畑で大豆の種まきしました)

メンバーの方の畑で大豆の種まきしました。合宿お待ちしてまーす!

 

シャルミニー


バクティ・サンガム〜インドの女神に親しもう!



4月から始まった「バクティ・サンガム」女神を讃えるシリーズですが、インドの神さまや女神の名前は聞いたことがあるけれど詳しいことはよく知らないな、という方も多いのではないでしょうか。今日はこれまでのキールタンに登場した女神について、講師のジャヤデーヴィーさんがいろんなお話をして下さったので、少しご紹介したいと思います!

『Jai Durga Lakshmi Saraswati / ジャイ ドゥルガー ラクシュミー サラスワティー』
このキールタンには3人の女神の御名がでてきます。シヴァの配偶神のドゥルガー、ヴィシュヌの配偶神ラクシュミー、ブラフマーの配偶神サラスワティーです。
※ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァはトリムルティー(三神一体)といわれ、それぞれにブラフマー=創造、ヴィシュヌ=維持、シヴァ=破壊/再生を司る神です。

ドゥルガーという名前は〝近寄りがたい者〟という意味があり、戦いの女神、勝利の女神と呼ばれています。トラやライオンに乗り、10本の腕それぞれに神受の武器を持つ勇ましい姿であらわされます。そんなにたくさんの武器を持ってドゥルガーが戦っている相手とはアスラ族の悪魔の軍勢!悪魔の軍勢は倒しても倒してもどんどん増え、壮絶な戦いが繰り広げられます。これは聖典『デーヴィー・マーハートミャ(女神の素晴らしさという意味)』に書かれている物語なのですが、その一場面である水牛の姿をしたマヒシャという悪魔を討ち取った姿がミニアチュール(細密画)などにも描かれています。優美でありながら恐ろしい女神として、今も多くの信仰をあつめるインドでは有名な女神です。

 

 

水牛の姿となったアスラ(悪魔)と闘うドゥルガー

 

ラクシュミーは美と豊穣・富の女神です。蓮華の上に立ち、四本の腕のうち二本には蓮の花を持ち、一本の腕の手からは豊かさの象徴としての黄金が流れ出していて、二頭の白象をともなって光輝くような美しい姿であらわされます。日本では吉祥天として知られています。

サラスワティーも四本の腕がありヴィーナという弦楽器と数珠、ヴェーダ(聖典)を持って蓮華の上もしくは白鳥に乗っている姿であらわされます。聖なる河とされるサラスワティー河の化身ともいわれており、才色兼備で芸術や学問を守護する女神だそうです。日本には弁財天として伝わっています。サラスワティーの夫ブラフマー神はどこにいても美しい妻を見ていたくて、前後左右頭頂に5つの顔を作り出したという逸話もあるそうですよ😄

 

 

インドの神さまは仏教とともに日本にも伝わっているので、実は日本ととてもご縁が深いのです!ちなみに日本ではブラフマーは梵天、ヴィシュヌは仏陀、シヴァは大黒天です。面白いですね!

 

キールタンは神の御名を繰り返し歌い讃えます。神そのものであるといわれる神の御名には、たとえ私たちがそれを知らずに口にしたとしても大いなる何かを感じさせる計り知れない力があります。ですが、それぞれの神に親しむことでイメージが膨らみ、そしてその御名を讃えることでもっと神を近くに感じることができるようになります。
「私たちが神に一歩近づけば、神は喜んで十歩私たちに近づいて下さる」と師から教わったことがあります。私たちの拙いよちよち歩きの一歩を神は純粋に喜ばれて、まるで母親が我が子にそうせざるを得ないように、十倍も私たちに近寄ってきて下さるというのです!私はこの教えが大好きです!
皆で一緒に神を想い、キールタンを歌って百歩も千歩もどんどん神に近づいていきましょうー!!!

次回のバクティ・サンガムは7/21日(日)です!
詳細、お申込みは→こちら

 

トリルティー(三神一体)とその女神トリデーヴィー(三人の女神)

シャルミニー 


永遠の記憶〜真理は棄てようと思っても棄てられないもの



先日の瞑想会でのこと。
瞑想前の話では、今回は直前に開催されたサット・サンガのことが話題に上りました。
今回のサット・サンガの中で、ヨギさんは「記憶を使っている」という表現をされました。
ヨギさんはどんな質問に対しても、的確にお答えになります。質問に答える際には、頭の中にある真理についての記憶の中からふさわしいものを選ばれているそうです。
私たちは同じような質問を繰り返してしまうことが多々ありますが、その瞬間瞬間、質問を集中して聞くことに徹しているので、また同じことを言っている、などとは思わない、という風にもおっしゃっていました。

 

そもそも記憶とは?
調べると、辞典では以下のような説明がされていました。
①過去の経験を頭の中に残しておき、時に応じてそれらを思い起こしたり使用したりする過程。
②感覚、感情、思考、印象、その他の精神的なことを思い出すことのできる能力。

ヨギさんの場合は、①の意味で適切に「記憶を使っている」状態と考えられます。
しかし私たちの場合は、本来ただ使うべきである「記憶」に②の意味が加わり、その時々で移ろう心の様によって振り回されたり執らわれたりしている状態です。

ヨギさんのように記憶を使えるようになるには、過去の印象等に執らわれないよう識別をすること。普段から徹底して識別を行うことが大切だと思いますが、一番大切なのは人の話を集中して聞く訓練をすることなのかな、と思いました。

 

 

瞑想会に参加していたKさんは、以前サット・サンガに参加した際に、最後にヨギさんおっしゃった言葉が特に印象に残っていると話されました。
それは、「真理はみんなの中にある」ということ。ぐっとくるものがあり、涙腺が緩んだそうです。

 

今回のサット・サンガでは、ヨギさんはこうもおっしゃいました。
「棄てようと思っても棄てられないもの、それが真理」

真理は誰もの中にあり、それは棄てようと思っても棄てられないもの。
過去の記憶も、未来への不安も、真理以外はすべて棄てられるもの。ヨギさんがよくおっしゃるように、とるに足らないもの。
永遠に変わることのない真理。
最初は雲をつかむような感じで真理が何なのか分からなかったけれど、次第にそれは確かにあると思えるようになりました。
そして今回、真理は棄てようと思っても棄てられないものであると聞きました。これ以上ない励ましで、大きな力をいただきました。

 

瞑想は真理を体感できる実践です。
いただいた力を原動力にして、さらに瞑想を深めていきたいと思います。

 

 

 

瞑想会は、毎月第1.3月曜日に神田さくら館にて開催中です。今月は6月17日(月)
スケジュールこちらの記事もご参照ください。)
瞑想は一人でも行えますが、同じ道を志す仲間とともに瞑想すると、より深い集中状態が得られることがあります。
瞑想に興味のある方、ぜひご参加くださいね。

※初めて参加される方はお申し込みフォームからご予約ください。


私の神



“Tvameva mata ca pita tvameva
tvameva bandhus ca sakha tvameva
Tvameva vidya dravinan tvameva
tvameva sarvan mama deva deva

貴方こそが母であり そして貴方こそが父であり
貴方こそが親族であり 友である
貴方こそが智慧であり 貴方こそが富(財産)であり
貴方こそがすべてである 私の神よ 神よ”

このマントラが好きな方はたくさんいると思います。
私もこのマントラが大好きです。

 

私は、新興宗教の熱心な信者である父と、その宗教を嫌い信仰を否定する母との間で育ちました。
父は母と私に信仰を強制しました。父の信じる神を信仰しようと努めた時期もありましたが、父はうまくいかないことがあると私たち家族の信仰が足りないからだと言ったりするので、信仰すること自体を信じられないようになりました。信仰を持つことに対して、そして神という存在に対して嫌悪感を持つようにもなっていきました。

成長するに連れて両親から互いへの悪口を聞く日が増え、両親への嫌悪感も強まりました。
父からは母のようになってはいけないと、母からは父のようになってはいけないと言われ、反抗的な態度をとると、父からは母にそっくりだと、母からは父に似てしまった、と言われました。私は両親を信じることができなくなりました。

父とは何か。母とは何か。そもそも家族とは何なのか。私はどうしてこの2人の子として生まれてきてしまったのか。
生きる意味が分からなくなって死のうとしたけれど、抵抗するかのように心臓は激しく脈打ちました。私は死ぬことすらできない臆病者で、死にたいと思いながらもやっぱり生きてたい卑しい人間なんだと思いました。
とりあえず命が続く限り生きるしかないのだと観念して生き続けていたら、ヨーガに、ヨギさんに出会うことができました。

ヨギさんからこれまで感じたことのない安心感を与えていただき、強張っていた心は少しずつ緩んでいきました。
ヨギさんは私にとって救世主であり、強烈な憧れの対象となりました。

そんな時に、このマントラを、その意味を知りました。私にとってのヨギさんを完璧に言い表したものだと思いました。
唱えようとすると込み上げて来るものがあり、最初の頃は最後まで唱えることができませんでした。
この込み上げて来るものの正体は何なのだろうか?心臓のあたりがぎゅっとなり、表現しようのない想いが溢れて来るのは何なのか?

これが信仰というものなのかもしれない。
これが愛というものなのかもしれない。

 

私にとってヨギさんは父であり母であり、私にとってのすべてです。
私の神であるヨギさん。貴方への憧れの想いをもっともっと高めて、貴方に没入していけますように。

ハルシャニー


バクティ・サンガム~女神を讃えるキールタン



4月から「バクティ・サンガム」の新シリーズが始まりました!
今シリーズのテーマは「女神」です!
皆さんは”女神”と聞くとどんなイメージが浮かびますか?ギリシャ神話やローマ神話のアフロディーテやヴィーナスに代表される見目麗しい愛と美の象徴ようなイメージでしょうか?それとも聖母マリアのような深い慈愛に満ちたイメージでしょうか?ギリシャ神話やローマ神話にもたくさんの個性的な女神が登場しますが、インドの女神も強烈な個性を放つ(!?)パワフルな女神さま揃いです!

今シリーズでは、そんな個性豊かなインドの女神たちの物語に親しみながら、女神の御名をキールタンでたくさん讃え、歌っていきたいと思っています!
そして、毎回クラスの初めに『TANTROKTAṂ DEVISŪKTAM/タントローキタム デーヴィースークタム(女神への讃歌)』を練習していく予定です。これはキールタンとは違い、プージャー(礼拝の儀式)などで唱えられるマントラです。日本に伝わっている仏教のお経の源流ともいえるもので、歌うようなとても綺麗な韻律で作られています。少し長いのですが、最終回にはみんなで歌詞カードを見ずに唱えられることを目標!?に頑張って練習したいと思っています!
その「女神への讃歌」の冒頭部分を少しだけご紹介しますね。

 

Namo Devyai Mahādevyai Śivāyai Satataṃ Namaḥ
Namaḥ Prakṛtyai Bhadrāyai Niyatāḥ Praṇatāḥ Sma Tāṃ

礼拝いたします、女神に、偉大なる女神に。吉祥なる女神に、永遠に礼拝いたします。
礼拝いたします、万物を生み出す根源の力、吉祥なる女神に。全身全霊で慎ましく、ああ!あのお方に頭を垂れます。

Raudrāyai Namo Nityāyai Gauryai Dhātryai Namo Namaḥ
Jyotsnāyai Cendurūpiṇyai Sukhāyai Satataṃ Namaḥ

恐るべき女神に礼拝いたします。永遠であり、白く光り輝く、この世界を支える女神に礼拝いたします。
月の光であり、月の甘露のしずくという姿を持つ、幸福そのものであるお方に、永遠に礼拝いたします。

 

美しいマントラですね。一つ一つの単語にはさまざまな意味や背景が含まれていて、表面に表れている言葉の向こうにはとても奥深い世界が広がっています。

 

Mahisyasura Mardini(マヒシャ・アスラの殺し屋)より

 

4月はシリーズ第一回目ということで、講師のジャヤデーヴィーさんから、このマントラで讃えられている女神についてのお話がありました。(ジャヤデーヴィーとは“勝利の女神”という意味があります。今回のテーマにぴったりですね!)

 

このマントラが歌われた物語の中では、「女神」をシヴァ神のお妃というような男性神の配偶者としての型にはめて特徴づけてはいません。女神それ自体が力(シャクティ)であり、宇宙の一切を生み出す根源的なエネルギーそのもの。生死を問わずあらゆるものが彼女によって作り出されていきます。
喜びや苦しみ、この世界に縛り付ける執着をも生みだす一方で、そこから目覚めさせ、救済する力もまた女神の働きによるもの。

では女神が命をかけて戦い、殺戮するアスラ(悪魔)とは何なのでしょうか?
自尊心や所有欲、力、悦びを求めた結果としての執着…、そんな人間の自我(エゴ)という悪魔と対峙することで、私たちに真の自己、存在とは何かを気づかせているのかもしれません。

 

お話を聞きながら、何だかこの宇宙全体を動かしている壮大なエネルギーのうねりの様なものを感じました。
女神パワーがどんな風に展開していくのか、とっても楽しみです!!

 

女神の力(シャクティ)が溢れるキールタンを歌いましょう!

 

次回の「バクティ・サンガム」は5月19日(日)13:00~、江戸川区葛西の江戸川印度文化センターにて開催します。どなたでも参加できます。ダイナミックなバクティ・ヨーガを是非体験しにきて下さいね!
お申込みは→こちら

シャルミニー 


善悪ではなく本質をみる



先日、とあるドラマを夫と2人で観ていたときのこと。
主人公はやむを得ない事情により他人に怪我を負わせてしまいます。周りの誰もが主人公を悪者とみなし、主人公は窮地に追いやられますが、たった一人、主人公に寄り添い温かい言葉をかける人物がいました。
夫が、「この人は人の本質を見ているんだね」とつぶやきました。
私ははっとして、「そうだね」と言葉を返しました。しばらくの間「本質を見ている」という言葉が頭から離れず、何か大切なことに気付けそうで気付けないもどかしさのようなものを感じていました。

 

その数日後のこと。
10年ほど前までよく顔を合わせていた仲間たちと再会し、互いの近況報告や思い出話に花を咲かせていました。
その中で、1年ほど前にかつての仲間の1人が罪を犯し、逮捕された話題が出ました。
それは同情の余地もない犯罪でした。第一報を耳にした時は本当にショックで、なぜそんなことをしたのかと怒りと悲しみでいっぱいになり、現実をどう受け止めてよいか分からなくなりました。時が経つにつれて落ち着きはしましたが、彼自身のこと、被害者の方のこと、彼の家族のこと、 仕方のないことと分かりつつも時折思い出しては考えてしまっていました。

その後彼がどう裁かれたのか、今どうしているのかを具体的に知る人はいませんでしたが、仲間たちの表情からも複雑な思いを見て取れました。犯罪者になる前の彼が悪人だったかとういうと決してそうではなく、少々やんちゃなところがあったものの、どこか憎めない愛される性質の持ち主でもあったからです。

 

この世には完全な善人も悪人もいません。人はカルマによって生まれた以上、少なからず他者を傷付けたりした過去を持ちます。過去のカルマを昇華させるために今生があり、今生で生まれたカルマは来世に持ち越されます。ヨーガにおいては今生でのカルマを増やさないようにするためにまず物事の正しい見方を学びます。正しい見方は正しい思いを生み、正しい言葉を発するようになり、それに応じて正しい行為ができるようになります。

またヨーガはカルマにゼロをかけるともいわれ、今後発動するはずのカルマを消滅させることができます。(師はそもそもカルマなんて存在しない、存在するのはただ一つの本質のみと教えてくださいます)

善か悪か。それは心が作り出したものであり、何を善とし何を悪とするかの基準はあってないようなものです。同じ人でもその時の印象や見方によって、基準は変わります。

そんな不確かな物差しで判断することには意味がない。

 

 

かつてブッダが大量殺人の罪を犯したアングリマーラーを弟子とし、彼を悟りへと導いたことは、ブッダが彼の本質のみを見ており、それ以外は大したことではなかったからなのだと思います。

「本質をみる」ことだけが大切で尊く、あらゆる存在はその「本質」のみであることを知り、理解し、自分も「本質」のみになれるよう努めていくことが、今私が彼のためにできる確かなことだと思えるようになりました。

 

ハルシャニー


吉祥寺ヨーガ・瞑想クラスのスタジオが移行しました!



皆さま、こんにちは!とうとうGWに突入しましたね😊
平成から令和へ元号が変わるのを目前に、4/27(土)より毎週土曜日お昼の吉祥寺ヨーガ・瞑想クラスの会場が、スタジオアムリタ・WEST(ウェスト)からスタジオアムリタ・NORTH(ノース)へ移りました!そこで、さっそく新しいスタジオでのクラスの様子をご紹介したいと思います!

スタジオアムリタ・ノースはJR線・京王井之頭線吉祥寺北口から徒歩7分、吉祥寺通りを真っすぐ北に進み、東急百貨店と第一ホテルを通り過ぎたところ、近くには武蔵野八番宮があります。

 

スタジオのあるビルの入り口、地下1階になります。

この日は久しぶりに参加された方や初めて参加された方がお二人いらっしゃいました。

ずっと通われている方は、場所が変わってもいつも通り熱心に集中してアーサナや瞑想に取り組んでいましたよ。さすが!

 

クラスの始まり、立ち木のポーズです。

〝三日坊主〟という言葉もあるくらい、一つのことをずっと続けるというのは、確かに口で言うほど簡単なことではありません。誰の目に触れることもなく、誰かから褒めれることもなく、ただ黙々と何年も何十年も生涯のライフワークとして一人一人が地道に行う日々のサーダナ(ヨーガの修練)。時には心が弱くなって真っ直ぐにヨーガに向かえない時もあります。そんな時、クラスに参加してヨーガの仲間と一緒にアーサナや瞑想を行い、ヨーガの教え、そしてその場のプラーナに触れることで、不思議といろんなものがリセットされ、再びヨーガへ向かう情熱や歓びが湧いてきます。
「ヨーガを学びたい」という真剣な思いを持って皆が集まって来るクラスには、そんな目には見えない大きな力があるのだと思います。継続は力なり!これからも皆さんと一緒にヨーガを学んでいきたいと思います!
ぜひ、クラスに参加して下さいね!

シャルミニー

 

【吉祥寺 ヨーガ・瞑想クラス】
●場所
スタジオアムリタ ノース B1スタジオ http://studioamrita.com/
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-5-10 いちご吉祥寺ビルB1 (JR/京王井の頭線 吉祥寺駅より徒歩7分)

●日時
毎週土曜日 13:30~15:00 (開場 13:20/90分クラス)※日程は変更になることがありますのでご確認ください

●料金
2,160円(税込)/1回 、7,560円(税込)/4回カード(有効期限2カ月)