投稿者「Harshani」のアーカイブ

ヨーガはどこにいても実践できる

山本悦子さんは青森県に住んでいます。

四川目(よかわめ)岸壁から見える太平洋

ご家族のお仕事の都合で愛媛にいた頃、松山市内にあるヨーガ・サーラ・スタジオのクラスに出会いました。2012年からは京都で開催されるサットサンガにも定期的に参加していましたが、2020年に地元の青森県に帰りました。
悦子さんの1日は、毎朝キールタン(神の御名を繰り返し唱える歌)を歌うことから始まります。次に聖典を朗読、その後アーサナ、浄化法や呼吸法を行い、最後に瞑想をします。

強風によってできた雪紋と太平洋

しかし、厳しい冬の間は毎日の実践にも影響が出ます。

悦子さんが暮らしている青森県の太平洋側は冷え込みが厳しくなることが多く、日中でも0度を超えない日が度々あります。11月になると日が暮れるのが早くなり、16時を過ぎるとすでに夜の雰囲気に。道路も凍るので暗くなってからの外出は危険、明るい内に用事を済ませないといけません。
水道の凍結や吹雪の予報が出たら備えをして、雪が積もったら雪かき。雪かきしなければならない天候が続くと、それだけで体の疲労は限界を迎えて、他のことをする気力体力がなくなることも。

自宅の窓にできたつらら

そんな厳しい冬の寒さは身にこたえますが、時に冷静さを与えてくれるようで、「あれこれ考えても仕方がない、この環境の中で今やれる事をやろう」と気持ちを切り替えることができるそうです。
毎日アーサナができなくて落ち込んだり自分を責めることもあるけれど、オンラインでのクラスや瞑想会などに積極的に参加、日々の実践においては浄化法と呼吸法を特にしっかり行うという新たな習慣もできました。
日常生活においては、家事に加えて、介護施設で使用する紙製品を作るボランティアもされています。
いろいろと工夫をされながら弛まずヨーガを実践されている悦子さんですが、苦しい時期もありました。

 

悦子さんは生まれた場所に居続けるのが当然だという環境で育ちました。どこにいても地元に帰らなければならないと、心が地元に縛り付けられているような感覚が常にあり、苦しさを感じていました。

そんな悦子さんにとって特に大きかったのは、ヨーガを学び、「苦しみの原因は自らの中にあり、ヨーガにはその苦しみを滅する方法がある」と知ったことです。

とはいえ、自らの中にある原因を見つけ、それをなくすのは容易いことではありません。
2016年まではご家族の看病のため松山と青森とを頻繁に行き来する生活が続き、心身ともにギリギリの状態、本当に苦しみをなくすなんてできるのか?と疑う気持ちもありました。そのような状態でも繰り返しヨーガの教えを学ぶうちに、少しずつ理解が進み、自分の心を縛り付けているのは家族ではなく自分自身だと思い至りました。
ご家族との関係も少しずつ改善、最期の日々は、ご家族が和やかで清らかな気持ちで過ごせるように努めました。ご家族を看取った後、縛られているものがなくなったような気がしたけれど、遺品を整理しながら、心は縛られたままであることに気づきました。

「悩みや苦しみを捨て去り、自由になりたい!」

目には見えないけれど、誰もの中に純粋な意識がある。それが本当の私である。私もあなたもそれである。

おいらせ町のネーチャーセンター白鳥の家では、越冬のため飛来した白鳥に会えます

悦子さんは、その憧れの境地をシンプルに表した、“オーム(聖音)”に魅かれていきました。
ちょうどその頃、オンラインの瞑想会で初めてオームを唱えました。最初は慣れなくて、力まないように意識したり、聞こえやすいように大きめの声で唱えられるよう心がけたり、試行錯誤していたそうですが、次第に自分の体から響かせるように唱えたいと思うようになりました。何度も唱えるうちに力みはなくなり、オームを唱えることは自分と向き合うことであり、純粋な意識への通路ができていくような感覚になっていきました。
今は、少しずつでも憧れの境地へと近づけるよう、オームへの瞑想を続けています。

京都から遠く離れていてもヨーガの実践を続けられているのは、共にヨーガを学ぶ仲間の存在があるからで、特に遠方で暮らしている人同士のオンラインでの繋がりが大きな力になっているとのこと。

「ヨーガはどこにいても実践できる」

師が何度も教えてくださっている通りだと、悦子さんは実感しています。

「いつか青森でヨーガを伝えていきたい」

青森も春の気配が日に日に濃くなってくるこの季節、悦子さんは目標に向かってより大きく力強く歩んで行かれるのではないか、お話を聞いてそう感じました。

りんごの収穫のお手伝いをすることもあるそうです。とっても良い笑顔!

 

 

ハルシャニー  

 

 


東京60分クラス新規開講!

東京では昨年から国分寺に加えて中野でのクラスが始まったので、久しぶりにクラスのフライヤーができました。

中野クラス会場「Cafe&Studio Tiny Garden」の雰囲気にぴったりの素敵なデザインです。

そして、春の節句でもある今日3月3日、新たにクラスが始まります!
東京では初めての60分クラス。ヨーガに興味はあるけれどまずはお試しでやってみたい方、お仕事などで忙しい方にも、参加しやすいと思います。

スタジオのお隣のカフェでは、季節のお花と一緒にフライヤーを置いて下さっています。

⚫︎場所:Cafe&Studio Tiny Garden    中野区中野5-47-9 2階 (セブンイレブンの上)
⚫︎日時:毎月第1,3火曜日 18:45~19:45(18:30開場)
⚫︎料金:1回1,800円/4回回数券6,300円
※有効期限4ヶ月

中野では第2,4火曜日は90分クラスも開講中。
2月からは第1日曜日90分クラスも始まりました。(※4,5月は第2日曜日)

3月1日の日曜90分クラスの様子

三寒四温のこの時季は、寒暖差が大きく自律神経も乱れがち。
ヨーガのアーサナ(形)や瞑想を行うと、自律神経のバランスが調い心身ともに軽やかになります。ぜひこの機会に、ヨーガの効果を体感しにきてくださいね。

お問合せ・お申し込みはフライヤーの裏側に掲載してあるQRコードからもできます

ハルシャニー  

 

 


春はヨーガを始めるのに最適な季節

暦の上では春の訪れを告げる「立春」を過ぎ、「雨水」の時期に入りました。

「雨水」とは、雪が雨へと変わり、雪解けが始まる頃のこと。雪解け水が山から流れ出て田畑を潤すことから、農耕を始める時期の目安とされています。

それは私たちの身体にも影響していて、雪解け水が少しずつ田畑を潤していくように、冬の寒さでかたまりがちだった身体が少しずつほぐれて、伸びやかに気が巡るようになっていきます。

ヨーガでは、季節毎に旬の食材を適量食べることで、体が滋養され健やかな状態を保つことができると考えます。
春は大地からの力を受けて山菜が芽吹く時季。山菜は力強いエネルギーに満ちていて、食べることで私たちもそれを取り入れることができます。さらに、山菜が持つ独特のほろ苦さは冬の間に溜まった疲れを排出し、身体を目覚めさせてくれます。

厳しい寒さを乗り越え、地面から力強く芽吹いて咲く福寿草の花

また、アーサナ(ヨーガのポーズ)を行うことで、身体という田畑が柔らかくなり、深い呼吸によって調えられたプラーナ(気)が体の隅々まで行き渡ります。
MYMのヨーガ・瞑想クラスでは、1人1人の体の状態に合わせて行いやすい形をお伝えしていますが、まずは無理なく保持できるところで息を吐き切るようにしていくと、リラックスしやすくなります。そして継続して行うことで心身が癒され、生き生きとした日々を送れるようになります。

マッチェンドラ・アーサナは体の隅々までプラーナを行き渡らせる効果が特に高い形です

少しずつ日が長くなり暖かくなっていく春は、気力が高まりアーサナに取り組みやすい状態になるため、ヨーガを始めるには最適な季節といえます。

ヨーガに興味はあるけれどまだやったことがない方、まずは一度クラスに参加してみませんか?
すでにクラスに通っている方は、この春に形と呼吸をより一層深めていきましょう!

国分寺クラスの後、スタジオの前にある紅梅の花にメジロが来ていました

 

ハルシャニー  

 

 

 


運命を切り開く

新年を迎えると、「運試し」「今年の運勢」など、あちこちで「運」という言葉を目にします。初詣でおみくじを引いて一喜一憂している方々を見かけたことがありますが、私も以前は「運」を気にする1人でした。

子供の頃から逆境が続き、自分は運が悪いのだと思っていました。占いにすがり、手当たり次第本を読みあさったこともありました。「あなたの運命は」「運気を良くするには」などと具体的なことが書かれてあると、自分の進むべき道を示してもらったような気がして、安心して前向きな気持ちになれましたが、それは束の間のこと。逆境から抜け出すことはできず、私は運が悪いまま生きていくしかないのだと悶々としていました。

しかし、ヨーガとの出会いで私の人生は大きく変わりました。

 

運命を切り開く

自分の運命は自分で切り開いていくものです。

心次第で未来はどのようにでもなります。

『マハーヨーギーの真理のことば』第1章より

 

ヨーガでは、呼吸が制御されれば心も制御されると考えます。
私の場合は、まずアーサナをすることで呼吸が少しずつ深く落ち着いたものに変わり、それに伴い心が穏やかに安定した状態になり、冷静に自分を見つめられるようになりました。最初は漠然とした理解にとどまっていたヨーガの教えも、しっかり腑に落とすことができるようになりました。特に大きかったのは、自分を変えることができるのは自分だけだと気づいたことです。

運が悪いと決めつけているのは私自身。そうしたネガティブなことを思うのはやめよう。どう生きていくかは自分で決めることができるのだから。
そう思えたら、濃い霧の中を手探りで歩むような状態だったのが、霧は晴れて視界良好、軽やかに一歩を踏み出せるようになりました。

また、逆境と向き合い乗り越えていく力をつけることができました。

近くの公園では梅の花が咲き始めました

一足飛びにとはいかないけれど、日々実践をしていくことによって、他の誰でもなく自らの力で運命を切り開くことができる。
今、私は確信を持ってそう言えます。

運命を切り開いた人、これから運命を切り開こうとしている人、みんな素晴らしい笑顔で

 

ハルシャニー  


ヨーガ行者の身体

国分寺クラスは2015年10月に開講、今年で丸10年を迎えました。 

昨年4月にMYMのクラスになるまでは、私が鍼灸師として関わっている患者さんを対象としたクラスでした。 
最初の頃から通われている方の1人、70代後半のクラス参加者の方の娘さんが先日来院されました。「母は長く続いたことが1つもなかったのにヨーガは続けられているのがすごい。姿勢もいいし、以前よりも元気に過ごしてくれて安心しています」と話してくださいました。その方は自宅での実践が難しいから、と可能な限りクラスに通ってくださっているのですが、娘さんがおっしゃる通り、通い時始めた頃よりも軽やかに元気になられたと、私も感じています。 

 アーサナは毎日行うことが理想とされていますが、毎日はできなくても、クラスでしっかりとアーサナを行うことで、年齢や柔軟性に関わらず必ず良い変化が訪れます。 
新しくクラスに参加された方が、長年アーサナしている方々の姿を見て驚かれることがあります。クラス後に「どのポーズも必死で、思った以上にきつかった」と初参加の方が呟くと、「私も最初の頃はきつかったし今でもきついと感じることがあるけれど、やるとスッキリして身体に良いと思うから続けています。きっと大丈夫ですよ」とすかさずフォローしてくれる方も。その話を聞いて、初参加の方はほっとした表情で、「ひとまず続けてみます」と言ってくださいました。 
クラスに通い続けておられる皆さん、年齢や体の状態はそれぞれ異なりますが、どなたも少しずつ着実に形や呼吸を深めることができています。クラスが終わった後は皆さん素敵な笑顔で軽やかになっておられるのが、何よりの証です。皆さんのそうした姿が、新たにヨーガを始めようとする方の背中を優しく押してくれているのだと思います。 

師はヨーガを実践している人の身体のことを、こう仰っています。 

 
ヨーガ行者の身体 

 ヨーガ行者の身体というのは、どんな難しいアーサナができるとか、柔軟になったとかいうことではないのです。関係がない。ヨーガなんか何も知らないでも健康な人はいっぱいいるし、身体のもっと柔軟な人はいっぱいいる。でもその人たちはヨーガ行者かといえばそうではない。 

ヨーガ行者の身体というのは、やはりそういう面ともまた違う質を持っている。これはヨーガの実行によってしか獲得できない、変化が訪れないものです。どういう身体かといえば、十のプラーナの働きが制御され、そして静止した状態の身体に生まれ変わるということです。 

それが一般的に言えば、常に快適で健康で、しなやかで快活な状態。健康であるということは、病気や怪我などにもう脅かされることのない、強い健康な状態。しなやかであるということは、柔軟性を意味しているだけではなくて、機敏性という、運動神経といった反射能力なども含めたしなやかさが養われます。それから肌のきめ細やかな質感、艶とか若々しさみたいな、外見上の肌の状態もヨーガ行者の特徴とされています。更には芳しい香りがすると謳っている聖典もあります。 

古い言葉では、金剛身というふうに訳されることもあります。金剛というのはダイヤモンドという意味で、ダイヤモンドはあらゆる物質の中で最も硬度を保っているように、壊れない、傷つかないという意味を示しています。 

『マハーヨーギーの真理のことば 』第6章アーサナの実践 より

プラーナとは気、宇宙の全現象を支えている力のこと。私たち人の体においても、消化したり排泄をしたり、全身を調整したりと、さまざまな働きをしています。ヨーガによってプラーナの働きが調御され、ヨーガ行者の身体へと変化していく。いつしか金剛身、ダイヤモンドのように強い心身になる。 

 師の教えを読んで、改めてヨーガを行うことの素晴らしさを感じました。

 

現在国分寺クラスには、鍼灸院の患者さん以外の方も来られています。広々としたスタジオで和気藹々とした雰囲気の中、毎週木曜日10:15から開講しています。  先日の国分寺クラス。最後にヴァジュラ・アーサナ(正座の形)を行いました。ヴァジュラとは金剛のこと。正座は金剛座とも呼ばれます。


今年10月から始まった中野クラスは、天井が高く心地よい静かなスタジオで第2・4火曜日
18:45から開講中。
  中野クラスでもヴァジュラ・アーサナ。初心者の方でも行いやすい形です。

 中野クラスは来年から新たなクラスを始める予定なので、近くなりましたらこのブログでもお知らせしますね。 

ハルシャニー  

 


アーサナでニュートラルな状態を作る

MYMのヨーガ・瞑想クラスでは、1つアーサナ(形)を行うと、シャヴァ・アーサナ(屍体の形)を行います。 
シャヴァ・アーサナは仰向けに寝るだけのシンプルなアーサナです。 

シャヴァ・アーサナ以外のアーサナは、程よい緊張感と集中感を持って行います。 シャヴァ・アーサナは緊張感も集中感もなく、全身の力を抜いてリラックスした状態で行います。 

 アーサナを始めたばかりだったり、疲れが溜まっていたりすると、どのアーサナをするにもきついと感じますが、シャヴァ・アーサナで一旦体を休めることで、次のアーサナに集中しやすくなります。またアーサナで良い緊張感が生まれれば、シャヴァ・アーサナの時に力が抜けるようになります。疲れた体は癒され、心は穏やかで落ち着いた状態になっていきます。 

 シャヴァ・アーサナを行う上で大切なのは、背骨を中心に左右対称に手足を置くこと。 
手は体から少し離して、手のひらを上向きにしておきます。足は肩幅前後に開きます。仰向けに寝たら、一度顔を起こして確認するといいでしょう。 
デスクワークなどで肩や首にこりがある方は、軽く顎を引くことでより力が抜けやすくなります。 
形ができたら、目を閉じて、口を閉じる力を抜きます。呼吸は他のアーサナ同様鼻で行ってもいいし、口で行ってもかまいません。 

今週の国分寺クラスの様子。皆さんしっかり集中してハラ・アーサナを行なった後、  全身の力を抜いてシャヴァ・アーサナ。ゆったりとした呼吸で休まれていました。

一つ注意したいのは、眠りに陥らないようにすること。 
その理由について、師はこう答えられています。 

 ——シャヴァ・アーサナ(屍体の形)の時に眠ってしまうことがよくあります。眠らない方がいいのは、眠ってしまうことによって心がまた活動してしまうからですか。 

そうです。心の活動の状態というのは覚醒と夢見と熱眠の間を行き来するわけだけれども、アーサナにおいてはその三つの状態から離れた、よく宙吊り状態というけれど、ニュートラルな状態が作られる。だから眠りに落ちてしまうと、瞬間にでも夢を見るかもしれないし、熟眼するかもしれない。そういう心の活動領域に巻き込まれてしまうから、眠らないようにということなのです。 
そしてニュートラルな宙吊り状態が作られると、それを知っているという純粋な意識だけが取り残されてしまうので、それ以上の心の活動が休止した状態になるはずです。これは「ヨーガ・スートラ」の中に煩悩というものを取り上げて、それは弱まったり休息したり、眠ったり——煩悩が眠るという状態もあると説かれている——ちょうどそういった一時的な状態が、アーサナという中において成立している。実際に煩悩を除去する、なくしていくには、やはり識別という瞑想を加えないといけないのは当然です。 

 『マハーヨーギーの真理のことば 第6章アーサナの実践 ニュートラルな状態を作る』 

 
私はアーサナを始めてからしばらくの間、シャヴァ・アーサナで眠ってしまうことが度々ありました。特に苦手なアーサナが終わった後は心身ともに解放されたような感じになり、ふっと意識が薄れて寝落ちしてしまうのです。自宅で寝る前に行っていたら、気付けば朝だったこともありました。せっかくアーサナしているのに、その効果を感じるどころか体が冷えて調子を崩したこともありました。 
当時は、仕事と学業の両立で心身ともに余裕がない中、毎日アーサナしなければと必死でした。それが力みとなり、形を保持している間は緊張し過ぎた状態、横たわるとその反動で心身が緩み過ぎて眠りに陥ってしまい、覚醒・夢見・熟眠という心の活動に巻き込まれていたのだと思います。心身ともに調えたくてアーサナしているのに、本末転倒なことをしていました。 
その後は少しずつ自分に合った働き方に変えたり、食生活を調えたりすることで、気付けばシャヴァ・アーサナで眠らなくなりました。今では自分にとってどういう生活をするのが良いのかを考える、とても良い機会だったと思います。 

初めてクラスに来た方や、ご自宅での実践を続けるのがなかなか難しい方に、「シャヴァ・アーサナもアーサナなので自宅でやってみてくださいね」とお伝えすると、みなさん、それならできそう、と笑顔で頷いてくれます。 
思いついたらすぐにでも行える形ではありますが、他のアーサナも並行して行うことで、力みなく完全にリラックスした、どこにも寄りかかることなく宙吊りのような状態に導かれていきます。 
心の活動に巻き込まれなくなったら、喜怒哀楽の感情を失って日々生きていても楽しくないのでは?と思う方もおられるかもしれません。 (私はヨーガに出会った頃、そう思っていました) 
でもそうではありません。 

何にも寄りかからず、心に巻き込まれることもないニュートラルな状態においてのみ、純粋な意識=本当の自分が確かにあることを実感できるのです。何が起きても揺らぐことなく、常に平安で喜びに満たされた日々を生きることができるのです。 

 少しでも興味が湧いてきた方は、ぜひMYMのヨーガ・瞑想クラスで体験してみてくださいね。

ハルシャニー  

 


東京・中野クラス新規開講!!

中野で新クラスが始まりました!

会場の「Cafe&Studio Tiny Garden 」は、駅近でありながらとっても静かな空間。
Tiny Gardenという名前の通り、アカシアなどいろいろな種類の植物が植えられた小さなお庭があります。

初回10月14日のクラスには6名の方が参加、初めての方もお久しぶりの方も、リラックスした雰囲気でアーサナ・瞑想されていました。

 

参加された方の感想です↓
・何度も中野に来ているけれど、クラス会場はなんだか不思議な感じがして、帰りながら自分はどこに行っていたのだろう?と、いつもと違うのんびりした感覚になりました。
・ポーズの説明が分かりやすくてリラックスできました。心の迷いが少し減ったので、参加して良かったです。
・以前クラスに通っている頃より呼吸が浅くなっていることに気付きました。少しきつかったけれど、終わった後はスッキリ軽くなりました。

ヨーガのポーズを続けていくと、自己治癒力が高まり、体は生命力に満ちてきます。また、ストレスなどで乱れがちな呼吸が落ち着いてくることで、心も動揺することがなくなり、軽やかで平穏な状態が訪れます。

ヨーガや瞑想の効果は実践している時よりも、家庭や仕事など、日常のさまざまな場面で感じられるようになります。
柔軟性はまったく関係ありません。 年齢や性別問わず、未経験の方も安心して基礎から学んでいくことができますので、どうぞお気軽にご参加くださいね!

✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻

⚫︎場所:Cafe&Studio Tiny Garden    中野区中野5-47-9 2階 
⚫︎日時:毎月第2,4火曜日 18:45〜20:15   ※開場は18:30
⚫︎料金:1回2,200円/4回回数券7,700円
※有効期限は中野クラスのみの場合4ヶ月、国分寺クラスと併用の場合は2ヶ月

⭐︎空腹状態が望ましいです。食事は2時間ほど前、水分は1時間ほど前からお控えください。 

お申し込み・お問い合わせはDMもしくはメールでお願いします。
mym-tokyo@mahayogi.org

担当:ハルシャニー

✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻ – ✻

ハルシャニー  

 

 

 


それだけがある

静岡で、長年ヨーガを実践されている森ひとみさん。
京都のクラスやサットサンガだけでなく、東京での特別クラスにも時々参加してくれています。

ひとみさんの自宅の近くにある海

クリシュナ神が大好きで、クリシュナ神のキールタンを嬉しそうに楽しそうに満面の笑みで歌われているのを見ると、こちらまで幸せな気分になります。

 

ひとみさんがヨーガに興味を持ったのは、2001年。当時勤めていた会社で心身の不調に陥り、退職した頃でした。気持ちを安定させる方法を模索していた中で、瞑想の存在を知りました。
これなら自分の心をコントロールできるかもしれないと、近所で開催されていたヨーガ教室に参加。そこにいた先生とクラス参加者の方々が自由に生きているように見えて、ヨーガを学べば自分も自由になれるかも、と通い始めました。

そのヨーガ教室の先生はいつも「自分の心の赴くままに生きていれば、何も問題はない」と言っていましたが、ある時、本当にそれが自由に生きるということなのか疑問を持ちました。その答えを知りたくて、『あるヨギの自叙伝』や『秘められたインド』を読み、真実を実現した存在、グルのことを初めて知りました。
「私もグルに会いたい!」
どうすればグルに会えるのか?インドに行けばいいのか?
調べるうちにMYMのHPに辿り着き、この日本でグルに会うことができると知ってとても嬉しくなったそうです。

そして2007年9月、ひとみさんは初めて師にお会いしました。
サットサンガでは真剣な質疑応答が繰り広げられ、時に笑いが起こり、会場は終始熱気に包まれていました。皆、師を一心に見つめていて、まるで師という花に蜜蜂がむらがっているように見えました。それはこれまで感じたことのない甘美な光景でした。
そのサットサンガの中で、いつも不安感があることについて師に質問しました。

師は「ヨーガを行うと無恐怖(むくふ)になります」と答えられました。初めて聞く言葉でしたが、ひとみさんはこの上なく安心しました。
「ヨギさん(師)のことをグルだと思っていいですか?」
「はい、いいですよ」
そう答えられた師の目元に涙がにじんでいて、そのお姿を見て、ずっと探していたグルにやっと会えたという気持ちになり、胸がいっぱいになりました。

その後はサットサンガに参加する度に背負っていた荷物を下ろしていくことができましたが、未来に対する漠然とした不安と死に対する恐怖は、なかなか消えませんでした。

「それだけがある」
ひとみさんが一番大切にしている教えです。
「それ」とは、神のこと。 

「すべては神である」ということをはっきりと感じているのに、不安や恐怖がこびりついているような感覚があり、その不安や恐怖がどこから来たのか、瞑想で辿っていったことがありました。 
瞑想の中で、その大元には「純粋な意識」と「私という意識」が存在していると感じました。

それからしばらくして、この私という存在がどこから来て、どうやって成り立っているのか、それを辿っていくように瞑想した時に、大好きなクリシュナが自分の命そのものであることと、生も死もクリシュナと共にあるのだということを実感。とてつもなく安心し、それからは死への恐怖が少しずつ薄らいでいきました。

 

ひとみさんは師が描かれた絵の一つ、『アーディーナート』を観ていると、「それだけがある」という教えそのものだと感じるそうです。

『アーディーナート』とクリシュナ神

絵の中の黒い神は師であり、クリシュナでもある。白いのは私という意識。

神の光は圧倒的。自分が囚われていることは取るに足らないこと。

神はあまりにも眩しいから、それに照らされたら光で真っ白になる。

「それだけがある」、絵に描かれている状態になりたい!

そう語るひとみさんからは熱い想いが溢れていて、私の中にも流れ込んでくるようでした。

ひとみさんの純粋な想いをもってすれば、必ずその境地に至れるはず。お話を伺ってそう思いました。

 

ハルシャニー  

 


東京イベント報告 ヨーガに触れる2days

8月2、3日に、東京・中野で、特別クラス「ヨーガに触れる2days」を開催しました。 
京都在住で大阪・西宮北口クラスを長年担当されているシャチーさんを講師にお迎えして、2種類のクラスをしていただきました。 day1は、「呼吸を知る・体と向き合う・心を静める アーサナ・瞑想」のクラス。初めての人にも分かりやすいように、MYMのクラスで行なっているアーサナ(ポーズ)について大切なポイントを聞いた後にアーサナする流れで行なっていきました。 
      アーサナ後の静まった雰囲気の中、しっかり集中されているように感じました。

この日初めてクラスに参加された方に感想を伺うと、楽しかった、気持ち良かった、と笑顔で答えてくれました。  私も参加者の1人としてアーサナしましたが、長年実践している人にとっては、1つ1つの動きを今一度確認し、丁寧に形を作り、吐ききる呼吸を意識して行なうことで、より集中感を高めて瞑想しやすい心身に調えることができたと思います。 

day2は、「カルマ・ヨーガに倣う 働きの秘訣」を学ぶ講座。 
現在、東京で毎月開催している瞑想会ではヴィヴェーカーナンダの『カルマ・ヨーガ』をテキストにして進めていることもあり、カルマ・ヨーガを分かりやすく教えていただきたく、シャチーさんにリクエストして実現しました。 
 
カルマとは、原因とその結果。この世界に対して行なった行為は、必ず自分に帰ってくる。
例えば愚痴を言うとスッキリするように感じるかもしれないけれど、かえって心に愚痴の印象が刻まれて苦しくなる。言葉として外に出さないようにすることで、次第に思いはなくなり、心は真の穏やかさを感じるようになる。
目の前に困っている人がいたら助ける。これは他者を助けているようで実のところ私たち自身を助けていることになる。
日常生活のあらゆる場面で「私がしている」という思いを手放していくことで、目の前の人だけを見てその人が喜ぶことができるようになる。いつもの行為がヨーガとなり、喜びをもって他者に奉仕する、というカルマ・ヨーガの理想に近付いていく。

カルマ・ヨーガという言葉を初めて聞く方もおられましたが、シャチーさんご自身の体験談を元に親しみやすく話してくださったので、皆さん時折笑いながら熱心に聴き入っていました。 
シャチーさんが描かれた細密画。講座の中で描くきっかけになったエピソードも紹介してくれました。

 
初めて参加された方からの感想です。 
・今日のお話は目から鱗で、どれから実践してみようか、楽しみながらトライしてみようかと思っています。 
・講座の中で耳にした「軽やかに生きる」、良い言葉だと思いました。そうなれるように生きていきたいと思います。 
・これまでアーサナをしたり、クラスで聞いたことを実践をしてみて、特に介護をする上でヨーガの効果を感じてはいたけれど、今回のお話を聴いて、自分が感じていたことが一つに繋がったような感じがしました。これからは今日のお話を思い返し、進んでいきたいと思います。 

講座が終わった後、細密画をシャチーさんの解説付きで改めて鑑賞。

特別クラスから1週間ほど経った頃、改めてお2人の方にその後の様子を伺ってみました。 

day1に参加されたIさんは、その日から毎日アーサナを続けるようになったそうです。 これまで毎日やった方がいいと思いつつできずじまいだったけれど、仕事の疲れや悩みを解消して自分を変えるためにも、今度こそ続けていきたいと思いを強くされたようでした。

day2に参加されたMさんは、何かとぶつかりがちだった家族の話を、相槌を打ちながら聞くようにしているとのこと。それは、シャチーさんが語られた、師が目の前の人に常に穏やかに優しく接して、頷きながら真剣に話を聞いていた、というエピソードが印象に残ったからだそうです。

2日間の特別クラスがヨーガの本質に触れる良い機会になったようで、嬉しいです。 

大阪でシャチーさんのクラスを受講していた方も参加してくれました!

ハルシャニー  

 


ダヌル・アーサナで苦手意識を克服する

ダヌル・アーサナ弓の形は、その名の通り弓を模した形です。
横から見ると矢をつがえ弓のように見えます。 

初めてクラスでダヌル・アーサナを行った時、あまりにきつくて息を吸うのも吐くのも大変、この状態で形を保持するなんてとんでもないと思いました。

毎日アーサナすることが習慣になっても自宅ではダヌル・アーサナは短い保持で戻しがちでしたがクラスでは他の参加者の方々の集中力に助けられて、少しずつではありますが、長めに保持することができるように。
ただ、自分としては限界まで足を引き上げたところからクラス担当者のサポートによりさらに足が引き上げられると、「無理無理無理無理!!」と心が悲鳴を上げることもしばしば。せっかく引き上げてもらったのに、段々下がっていく息を吐き切るようにとアドバイスをもらっても、形を保持することに必死で浅いままの呼吸
ダヌル・アーサナ対する苦手意識消えないまま月日が流れていきました。 

しかし、あるを境にその苦手意識がなくなっのです
それは自宅でアーサナしていた時のこと。
次はダヌルかぁ…と毎回気が重くなことにうんざりして、もうこんなのは終わりにしたいと思いました。 

ダヌル・アーサナはきつい苦しいというのは思い込みだから無視する!
他のアーサナで息を吐き切れることもあるのだから、ダヌルの時だってできるはず!
そう決めてから、ダヌル・アーサナへの取り組み方が変わりました。 

しばらく経ったある日。いつも通り形を作り限界まで足を引き上げできる限り息を長く吐き切るようにしていたら「あれ?意外と苦しくないかも?初めて感覚に驚きました。
いつもより高く上げることができてこれまでよりは少し楽にその位置を保つことができて足が上がったことで胸が広がり、深く吐き切れました。れだけでなく、自然に吸う息が入ってくるまでの間、一瞬時が止まったように感じました。深く吐き切るなんて苦しいと思っていたのに、むしろそちらの方が楽に感じることにも気付きました。

これを機にダヌル・アーサナをするのが少し楽しみになり、アーサナ全体を通してより丁寧に吐き切ることが習慣になりました。また、形を取ることで体がきついと感じても、その感覚に囚われずに実践できるようになったと思います。
そして、アーサナだけでなく日々の行為においても避けてしまいがちなことに対してもあれこれ考えずにとりあえずやってみよう、と思えるようになっていきました。 


二元性を超える

この世界は二元性の世界です。生理的に感じる暑い寒いというようなものから、心が思う好き嫌い、得手不得手、全ての事柄が対立的に二元性を持っていると思います。そして心はそれらの二元性の中で振り子のようにいつも動揺して、定まることを知りません。ヨーガを学んでいけば、世界の二元性という現象そのものは認めるのだけれども、結局それによって心が動揺してしまうことは防がなければならない、つまり二元性を克服しなければならないということが見つけられます。暑い寒いや、快適さや不快などもそうですが、やはり心が創り出す好き嫌い、好ましいもの好ましくないもの、そういう偏見を何より無くさなければいけないということになります。
アーサナが落ち着いてくると呼吸が落ち着いてきて、同時に心も落ち着いていきます。それは聖典や真理の言葉を理解する土壌ができていくということを意味します。
心が動いている間は動揺して止みませんが、心が静まってくれば、真理、真実という不動のものを感じる力が出てきます。アーサナは間接的かもしれないけれども、そういう心に与える影響をもって、二元性の克服を目的に挙げています。 

『マハーヨーギーの真理のことば』より 

 

私の苦手意識の克服に大きな影響を与えてくれたダヌル・アーサナ。
私と同じような方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

国分寺クラスに来られている皆さんも、ダヌル・アーサナに真剣に取り組まれています!

ハルシャニー