バクティ・サンガム(キールタン)」カテゴリーアーカイブ

初!バクティ・サンガム オンラインクラス!

7月26日、8月2日、バクティ・サンガムの初オンラインクラスに参加させていただきました!
これまでバクティ・サンガムでは、主にインドの神様や聖者の物語に親しんだり、キールタンを歌うことなどを通してバクティ・ヨーガ(信愛のヨーガ)を学んできたのですが、新型コロナウィルス感染防止の為、3月以降休講となっていました。
が、そのような中でもやはり「バクティ・ヨーガを学びたい!」という要望に応え、講師のミラバイさんとヨーガダンダさんがオンラインで何とかクラスができないだろうかと試行錯誤をしながら何度もテストを繰り返して、やっと今回、初めての試みであるオンラインでのバクティ・サンガムが開催されることとなりました!ミラバイさん、ヨーガダンダさん、ありがとうございます!

第一回目の今回は「クリシュナ神の物語1(生誕から少年期)」。
最初に初めての方でも分かりやすいようバクティ・ヨーガについてのお話があり、続いて“バクティ名作劇場”と題し、クリシュナ神話を紹介して下さいました。画面には、ちょうど今回の物語の場面が描かれている美しいミニアチュール(インド細密画)が映し出され、講師のお二人がクリシュナ神の生誕から少年期までの物語を語ってくれました。幼いクリシュナが人の子として村の暮らしの中で両親に愛されながら成長していくお話は、様々な教えを含みながらもとても身近に感じられるお話ばかりです。そして、お二人のプロ顔負け!?の迫真のセリフとナレーションがとても楽しくて、笑ったり感動したりすっかり童心にかえって絵と物語に引き込まれました!

ミニアチュールの美しい色彩や絵の細かい部分まできれいに見えました。講師のお二人はソーシャルディスタンスを保ちながら…熱演です!

そしてキールタンですが、オンラインでは皆で一緒に歌ったり音楽を演奏するとタイムラグが発生して音がずれてしまうため、残念ながらみんなで声を合わせ歌うことが出来ません。歌と演奏をされる講師のお二人のマイクのみをオンにして、参加者はミュートにして歌いました。最初は一体どんな感じになるのだろうと思っていたのですが、実際に歌ってみると他の参加者の方々の歌っている様子や笑顔が画面いっぱいに広がり、共に神の御名を歌う歓びを分かち合っている感じが伝わってきて、とても嬉しくなりました!

また、オンラインクラスならではの嬉しい発見がもう一つありました。全国どこからでも参加できるので、なかなかお会いする機会がない遠方の方や初めてお会いする方と一緒に参加することができて、これは通常クラスではできなかったことだなぁと思いました。

長い間会えていない懐かしいヨーガの仲間たち。初めてお会いする方も。神への想いや歓びは距離や場所なんて関係ない!すべてを軽々と飛び超えて共鳴することができる!そう感じました。

お話の中で、ミラバイさんがクリシュナ神話のエピソードの一つを取り上げて「人は知的に神を理解しようとするけれど、それはできないこと。けれども神を愛する者に対しては、神はその恩寵をもって捉えさせてくれるという教えが含まれている」と説明して下さいました。
バクティ・ヨーガは五感すべてを使って神を愛し近づいていく、とてもダイナミックなヨーガだといわれます。そして神への近づき方は一つではないともいわれます。私は神様の物語が大好きなのですが、「神様ってよく分からない」「神を愛するってどういうこと?」と感じている方も、神を遠い存在としてではなく、クリシュナの物語のようにすぐ身近な存在として、まずは神に親しみを持つことからはじめてみるといいかもしれないなぁと思いました。
オンラインでの新しいバクティ・サンガム。次回はどうなっていくのでしょうか、楽しみです!

シャルミニー


キールタンを歌おう!

4月の上旬、久しぶりにお家で一人でキールタンを歌っていました。新型コロナウィルスの感染が日本でも次第に拡大し始めていた頃です。バクティ・サンガムは2月末からしばらくお休みとなり、日常生活でも、さまざまなことが先の見えない規制の下におかれました。私自身も次第に歌うことから離れていましたが、それでも、こんな時こそ師の教えに従って、どんな時でも同じであれるように頑張ろう!と、日々黙々と、淡々と日常生活を送っている・・・つもりでした。

でも、キールタンを歌い始めた時、一瞬にして神の御名の鮮明な歓びが私の中を駆け抜け、強い感動に震えました。まるで体中の細胞が生き返ったかのようでした。そうだ!この歓びだった! 私の中に、歓びの火種が戻ってきました。私は自分が今までどれほど多くのものをキールタンから与えられ、また自分が支えられてきたのかを思い出しました。そしてキールタンを忘れていたことを、ちょっと反省しました汗。

そのあと、バクティ・サンガムを共に行なっているヨーガダンダさんにご協力をお願いし、まだまだ不慣れではありますが、キールタンのコラボ動画を少しずつですが作り始めました。キールタンを歌うと、歓びの源泉に触れることができます。それは神の本質であり、私たちの本質でもあるそうです。お家にいても、時々は思い出して、いろんな方にキールタンを歌ってほしい。

今回は誰でも歌える、そして多くの方から愛されている、「ハレ・クリシュナ」という簡単な曲にしました。

もし、もっとしっかりと一曲を歌いたい!という方には、フルバージョンもございます!
こちらの  you tube  full version  へ!)

関西では緊急事態宣言は解除されましたが、みんなと一緒に集ってキールタンが歌える日は、まだ少し先かもしれません。でも、また次に集える時には、自分自身が少しでもヨーガが深められているよう、がんばっていきたいと思います。

 


ミラバイ


バクティ・サンガム 〜この一年を振り返って〜

今年も残すところ、あと僅かとなりましたが、先日、バクティ・サンガムも無事に今年の最終日を迎えることができました。
この一年も、三カ月かけてじっくり一つの曲を歌い込みました。どの曲も、三カ月目には神の御名とみんなの思いがひとつになり、会場が割れんばかりに膨らみました! そして嬉しいことに、少しずつですが新しい仲間も増えてきました。

歌の合間には、今年もバクタ(神の信仰者)の生き様や言葉に触れ、思いを高めて、また歌に入りました。
今年は、シュリー・ラーマクリシュナのお弟子さんたちを特集しました。どのお弟子さんも個性的で魅力的! もしも目の前にいらっしゃったら一瞬にして好きになるだろうと思います。知性溢れる聡明な方もいれば、無学文盲で純粋そのものの方、破天荒な芸術家や、家庭の義務を神への礼拝とする女性のお弟子さんまで、バラエティーに富んだ面々でしたが、その根底には神への純粋な信仰があり、私たちはその信仰心に思いを馳せて歌を歌いました。また彼、彼女たちの実践を自らの実践に取り入れて日々精進してきました。目には見えないけれど、きっとこの一年で、一歩、もしくは二歩、神への歩みを進めることができたのではないかと思います。


シュリー・ラーマクリシュナのお弟子さんたち

この一年を振り返るにあたり、人類の宝のようなお弟子さんたち一人一人を育て上げたのは紛れもなく師のシュリー・ラーマクリシュナであり、その存在の量り知れない偉大さに改めて感服させられました。彼のシュリー・ラーマクリシュナは、宇宙の母なる神――カーリーを悟られ、つまり神と一つになられ、その後にヒンドゥー教のみならず、キリスト教やイスラム教などの様々な宗教を実践し、すべての宗教が一なる真理に通じているということを身を以て証明されました。

そして、このような言葉を残されています。

「宇宙の母なる神は、子供たちのお腹に合うように料理を作ってくださる。魚が手に入って、家に5人の子供がいれば、みんなにピラフや油っこいカレーを作ってくれるわけではない。みんなの胃袋の消化力は同じじゃないからね。子供によっては、汁気の多いスープをこしらえてくださる。だが、母さんはどの子も同じように愛していらっしゃるのだよ・・・・・・神さまは、国や時代や人の理解力に応じて、いろいろな宗教をお作りになるのだ」

神のご意志や導き方までも悟得されたシュリー・ラーマクリシュナは、同じように弟子の一人一人の性質を見抜き、最も適した道を通じて導かれたのでしょう。だからこそ、お弟子さんたちはそれぞれがオンリーワンの輝きを放っているのだと思います。
あぁ、それにしても主は、最高の役者たちを使って、何と壮大な聖なる劇を演じられたのでしょう!!

サットサンガでいつも師のヨーギーさんから感じさせられることは、それぞれの胃の消化力に合わせて、味の好みまでも配慮して調理され、言葉にされているということです。だからこそ、教えをしっかりと味わい、咀嚼して消化し、自らの血肉として、教えを生きていきたいと思います! そしていつかはシュリー・ラーマクリシュナのお弟子さんたちのような光り輝く存在になりたい!

さて、2020年の1月は参加者からいただいたリクエスト曲を思う存分歌っていきます。
来年も、神にどっぷりと浸り、神を味わえるバクティ・サンガムにしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ヨーガダンダ


The Eternal Quest Essence ― 永遠の探求 ―!!!

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この宇宙はどこから来たのかー。

私は誰か?

どこから来て、どこに行くのだろう。

ー永遠の探求 The Eternal Questよりー

 

The Eternal Quest Essence ―永遠の探求― が12/4にリリースされました。12/1のダイジェスト版に続いての公開です。

Essence(エッセンス)の名の通り、公演「The Eternal Quest」の真髄を凝縮したディレクターズカット版です!!!

ウパニシャッドの珠玉の言葉、息を呑むほどのアーサナの集中感、キールタンの溢れる神への愛!深淵なるヨーガの真髄が具現した、非常にシャープな映像に引き込まれます!

公演、映像ともにデザインされた、師シュリー・マハーヨーギーの祝福とお力に感服いたしました!心より感謝を申し上げます!

さてー

私は誰か?

その答えを私たちは果たして見出したのでしょうか!?

人生は一瞬のうちに過ぎ去る!

それ以外に知るべきものは何もない!

神に恋い焦がれ、狂い、一つになれ!

古来のヨーギー、ヨーギニーたちの魂の問いかけが、私たちの魂を揺るがせます!

 

今日12月8日は、かの偉大な主ブッダが悟りを啓かれた聖なる日です。

「私は古道を見つけ、それに従った」と主ブッダは言われましたが、この吉祥なる日に、古代より継承される永遠の真理とそれを実現する偉大なる道ーヨーガに思いを馳せながら、その精髄をとくとご覧あれ!

オーム・タット・サット オーム!

サーナンダ


歓びの本質

15日の日曜日、連休の中日、鴨川へキールタンを歌いに行ってきました! 現在は大阪と京都でバクティ・サンガムを行なっていますが、最近は定期的に来てくださる方も少しずつですが増え、まだ外で歌ったことのない方もおられたので、ぜひ鴨川でのキールタンを体験してもらいたい!と思ったからです。

最近の夏は外に出るのも辛いほど暑い日がありましたが、日曜日の夕方は秋を感じる心地良い風が吹いていて、裸足で柔らかい芝生の上に座るととても気持ちよく、すでにそれだけで、みんなと喜びました笑。10名ほどが集まりましたが、昨年イベントで知り合った方や久しぶりの方が来られたり、また歌う曲ごとに近くを歩いていた方が輪の中に入ってくださったりして、気付くと20名ほどの大きな輪になることもありました。

最近キールタンを歌っていてよく感じることは、師がいつもおっしゃっている、人の本質は歓びである、ということです。この日も初めてキールタンに触れた方が、歌詞は十分には分からないけれども顔を紅潮させながら、今にも弾けそうなほどの幸せな表情で歌われていた姿に、私もとても幸せになりました。キールタンは、私たち魂の本来の姿を、自然と引き出してくれるのかもしれません。そして最後には、みんな踊りだしていた〜〜。

終わってから、初めて鴨川で歌われた方の一人は、「何も気にしなくてもよかった、とても楽しかった」と言われていて、本当にそうだなぁと思いました。自分が人からどう見られているか、ちゃんと歌が歌えているかなどはいつの間にかどこかに行ってしまって、神の御名だけを、自分の思いのままに素直に唱えられたのだと思います。

また、みんなで歌いに行きたいと思います!

あ! でも、毎月バクティ・サンガムもしています。今月の京都は22日(日)に行ないますので、そちらの方にもぜひお越しくださいね〜。

今月からまた3カ月間、新曲に挑戦します!

ミラバイ

 


太鼓の導き!

8月に松山で2日間のミラバイさんのバクティ・サンガムがありましたが、私(山口正美)の松山バクティ・サンガムは5月から始まっていました。未経験者でしたが太鼓を担当することになり、月に2回京都に通い、太鼓の叩き方をヨーガダンダさんに一から教わりながら、ミラバイさんと練習するという無謀な挑戦を、ミラバイさんのお役に立ちたい、バクティ・サンガムを盛り上げたい一心でやってきました。

ヨーガ・ヴィハーラでの練習風景。写真右アミティーさん。

練習をはじめて1ヶ月ほどで、教わった叩き方ができるようになってきました。ただただ楽しくて、公園で練習していると、必ず散歩中の人が立ち止まって、「いい音色だね。なんという楽器か、なぜ練習しているのか」と声を掛けられました。

けれども、京都のバクティ・サンガムに参加するとハッとするのです。「ヨーガダンダさんの太鼓は私と違う!私もこんな風に叩きたい!」―ここから太鼓の練習は迷走することになりました。

右手を強く叩くようにすればいいのか?強弱をつければいいのか?叩き方ばかりを考えすぎて、今までできていたこともできなくなってしまいました。次の練習日が近いのにできない!! そこで、ヨーガダンダさんに相談のメールを送りました。その返信は、

「あらゆるものに神の顕れを感じて行為している。日常の行為でもそうするように意識していて、そうすることで自然と目の前の必要とされる行為が生まれてくるように感じている。だから自ずとリズムキープもできるし、その曲の雰囲気にも合う叩き方になる。太鼓であってもヨーガを深めていくことができるし、また日常の行為に繋がっていくものだと思う。」

それは、私の心を大きく揺さぶりました。同時に本当にそうだと感じました。

また、みんなを盛り上げたくて始めた太鼓なのに、神の御名を唱えず太鼓を叩いていることに物足りなさを感じ、神の御名を唱えることで味わう感覚を味わいたい気持ちが曲の中で湧き上がり、それに溺れると太鼓が叩けなくなり、慌てて立て直すことを繰り返し、一曲を通して叩けなくなっていました。

ヨーガダンダさんのアドバイスから、日常生活を見直しはじめた頃、梅雨が明けました。

久しぶりに公園に行き、思いっきり叩きました。何度も何度も繰り返し叩きました。すると、初めは、太鼓が何度も途切れましたが、次第に心が静まり一曲を通して叩けるようになっていました。それは、アーサナをして、ポーズをするごとに集中していく感じとよく似ていました。

太鼓を叩くことを通して、神の御名に集中するその感覚を体感したように感じました。けれども、糸口のようなものは見え始めていましたが、一曲を通して叩くことはなかなかうまくいきませんでした。そんな状態で、本番前日のリハーサルを迎えます。

私はミラバイさんに、「曲の途中で楽しくなってくるとトチってしまいます。どうしたらいいですか」とお聞きしました。すると「役割りに徹することが大切です。あのチャイタニアも外で神の御名を唱えたのは、人の為だったと思います。」と言われ、ハッとしました。ヨーガダンダさんにも同じことをアドバイス頂いていたし、他のことで、別の先輩からも同じことを言われていました。一体、どれだけ、自分のことばっかり優先してるんだろうか、恥かしさが込み上げました。

ヨーガ・サーラ・スタジオでの本番!中央ミラバイさん、写真右アミティさん。

本番1日目。みんなが盛り上がるように、曲の雰囲気に入っていけるように、リズムをしっかりと刻み、音もしっかり出すことに徹しました。無我夢中でした。すると、最後の曲を叩き終わった後で、ミラバイさんの鈴は見てたけど、みんなのことは見てなかったことに気がつき反省しました。

2日目。前日の反省を踏まえて、みんなのことを見ながら、ミラバイさんのことを感じながら叩きました。無我夢中でしたが、同じ曲を3回叩いたところで、誰が叩いているのか?太鼓が自ら鳴っているのか?神の中にいるのか?というような感覚になりました。すると、ミラバイさんがリズムをアップ、ダウンさせたいタイミングも自然とわかるという、まるで、神がすべてをなさっているのを目撃しているようでした。

その曲が終わった瞬間、神の懐の中は無恐怖なんだということが、突然胸に広がり、これまでの全ての取り組みの中に失敗することを恐れる私の小さな小さな心があったことに気づかされました。神だけを見て、他者(あなた)だけを見て行為していけばいいんだという実感がそこにはありました。そうすることが、全ての恐怖を取り除くことになるのだと思いました。

感激する自分の心があり、涙が溢れました。けれども、瞬時に役割と神への集中に戻り、最後までつたないながらではありますが、役割を果たすことが出来ました。すべてが終わった時、師とすべての人々への感謝、そして神への信仰だけがありました。

ミラバイさんが帰られる日に感想をお伝えすると、「ここからが、スタート」と言葉をいただきました。これからは、さらにヨーガ・サーラ・スタジオでのキールタン活動を充実させていけるように精進していきます。本当にありがとうございました。

オーム・タット・サット・オーム!!

山口正美


歓喜に包まれたバクティ・サンガム2days!!

数日前まではまだまだ夏真っ盛りでしたが、すっかり涼しく過ごしやすくなりましたね。

さて、昨年に引き続き8月17日(土)、18日(日)にミラバイさんが松山でバクティ・サンガムをしてくださり、暑さも一瞬で吹きとばす勢いでヨーガ・サーラ・スタジオに神と魂を結ぶ愛の歌、キールタンが力強く響きわたりました! ミラバイさんはこの2日間、バクティ(神への愛)という目に見えないものをキールタン、体験談、サットサンガを通して、その優しい言葉や表情にありったけの思いを込めて全身全霊で伝えてくださいました。誰もがミラバイさんの人柄や優しさに触れ、まるで神への愛が伝染していくように感じました。1日目は33名。2日目は24名が参加され、ミラバイさんの両脇にはハルモニウム担当のアミティさんと太鼓担当の山口さんが座り、会を盛り上げてくれました。

 

ミラバイさんは初心者の方にも親しみやすいよう1日目は基礎編で、2日目はさらに深めていけるように構成してくださいました。初参加の方6名全員が初日に来られ、ミラバイさんの著書『真実を求めて』を読んで興味をもたれた方や、親しい方からの口コミでのご縁で来られた方、「不動になりたい」と1人でヨーガのクラスに熱心に通う高校生の姿もありました。初参加の方からは、心を打たれた、楽しく歌えて心が温かくなった、神に守られて生きていることを少し思い出せたような気がした、というご感想をいただきました。

1日目はキールタンの体験談付きでした。ミラバイさんはその中で「キールタンを歌う時、自分の心を見ずに神に向かう訓練をした時期があった。心がどんな状態だったとしても、キールタンを歌えば神の歓びが確かな印象として心に刻まれた。私たちの本質そのものの歓びに立ち返るようになっていき、気が付いたら自分の心を見るのではなく、神の方を見る習慣へと少しずつ心が変わってきた」と謙虚に話されました。実践に基づいた言葉は説得力があり、私たちの心奥に宝物のように届けられました。参加された方のお一人は、次のような思いを熱く語りました。

「以前はキールタンを歌う気がしませんでしたが、自分の心ではなく神を見るという言葉を聞き、キールタンを歌いたくなりました。この日の帰り道、とても気持ちが軽くなり、帰宅後キールタンを歌いながらお風呂掃除をしました。今日だけではなく、これが続くように実践していきたいです」。

 

2日目は「夏のバクティ名作劇場」と題してミラバイさん、アミティさん、山口さんの3人で臨場感たっぷりにシュリー・ラーマクリシュナの生涯の一部分が紹介されました。どの話も素晴らしかったです! その中でも特に皆の心に残ったのは、シュリー・ラーマクリシュナが弟子に与えた、ある教えでした。ある弟子は、自分は神を感じることができないこと、そしてすぐに神を忘れてしまうということに悩み、師に相談をします。するとシュリー・ラーマクリシュナは、お前は神の信仰者であるはずだと勇気づけますが、弟子は納得せず、自分にはそんなことは分からないと否定しました。すると、師は言われます、

「物事の真実は、それを人が知っているかいないかによって決まるものではない。お前はそれを知っているのかいないのか知らない。しかし、お前は神を愛する者なのだよ」。

私たちも彼と同じように悩み、自分が神が分からないことや神を感じられないことばかりを見てしまいますが、そんなことは関係がないというのです。誰もの中に神への愛がある、ミラバイさんの声(神への愛の熱い振動)が私たちの耳に届いた瞬間、みんなの中に「私は神を愛する者である」という自信と情熱がハートに点火されたように感じ、とても感動しました。その後のみんなの歌声はとても情熱的で、あらゆるものを吹き飛ばすかのように一心に神に向かっていました。

***

バクティ・サンガムが終わって1週間がたちますが、今もなお歓びの声が続いています。

「神様の存在は特別じゃない気がした。私が意識するしないにかかわらず、神は愛してくださっている。何も考えなくていいんだなって素直に思えました」

「ミラバイさんの話の中で、キールタンを歌っている時に皆さんを愛おしく感じてくるという言葉が印象に残った。それを聞いて、これまで自分がいろんな相手に対して思ってきた好き嫌いの感情は、実はどうでもいいことだと感じた。先日、職場での辛い場面で心の中から自然にキールタンが流れてきて、そのとたん元気になった。キールタンの力ってすごいですね!」。(なんとこの方は、今までずっと何年間も「キールタンがよく分からない」と言われていたのです)

ミラバイさんのバクティ・サンガムによって「私は情熱が足りない」とか「バクティが分からない」というみんなの悶々とした思いが、パッと取り払われたように感じました。数年前まではバクティ・サンガムは一過性のイベントのように思っている方が多かったのですが、今は違います。キールタンもアーサナや瞑想と同じように続けることが大事で、キールタンの実践によって心は変わるという信念を抱く方、そして日常でもやってみようと思われる方が少しずつ増えているのです。ミラバイさん本当にありがとうございます!

そして、このような機会を与えていただいたシュリー・マハーヨーギーに、心から感謝いたします!

アーナンディー


不滅なる主ーーキールタンの味わい

バクティ・サンガムでは、今年も3カ月間かけて1曲のキールタンを歌い込んでいくということを行なっています。6月からチャレンジしているのは、「Hara Hara Mahadeva(ハラ ハラ マハーデーヴァ)」というシヴァ神を讃える歌。2007年に新風館で行なったライヴ映像もありますが、私も歌うのはほぼこの時以来で、約12年ぶり(!)でした。

久しぶりに歌ってみて、軽やかで楽しい、とてもいい曲だなあと思いました。でも単純に楽しいだけではない、何かがあるような気もするのですが、それが何かがまだよく分からない。キールタンはもちろんどれもが神を讃えた歌ではあるのですが、この歌の本質は何だろう・・・。それがなんともつかめないまま、一カ月ほど歌っていました。

Hara Hara Mahadeva Sambho   Kasi Visvanatha Gange
Kasi Visvanatha Gange   Kasi Amarnatha Gange・・・

歌詞は、単純にシヴァ神の御名を讃えていきます。その中で、Kasi(カーシー) という言葉が出てきます。意味はベナレス。インドの地名です。

ベナレスは昔から有名な聖地の一つで、シヴァ神の都ともいわれています。多くの聖者が住んだ場所でもあり、また多くの人がそこで人生の最期を迎えることを望み、やってくるところでもあります。なぜなら解脱できるといわれているから。私も20代の頃にベナレスに行ったことがありました。目の前にガンジス川が流れていて、上流には火葬場があり、その下流では沐浴をしたり洗濯をしたりしている。死ぬことも生きることも等しく日常にありました。ベナレスはインドの人々にとって特別な聖なる場所。・・・そんなことを思い巡らせながら歌を練習していた時、破壊と再生を司る主シヴァがこの世界で起こる変化のすべてを大きく受け止め、見守り続けていること、そしてシヴァの祝福が今もなお降り注がれていることが突然胸に飛び込んできて、深く感動しました。長い長いインドの歴史の中で、どれほど多くの人たちがシヴァ神を崇拝し、そこに救いを求め、またベナレスの地を愛してきたことか。

歌詞の中には、 Amarnatha (アマルナータ)という言葉が出てきます。不滅なる神という意味。主シヴァはもちろんのこと、私たちの本質も不滅である。破壊の神のイメージが強いシヴァ神ですが、不滅の神とも呼ばれ慕われてきたその意味と、シヴァ神のもう一つの側面を、ようやく少しだけ体感できたように思いました。私はこの日以来、シヴァ神をグッと身近に感じるようになりました。今でも、シヴァ神の御名から与えられたその振動が胸に鮮やかに残っていて、彼の御名を唱えるたび、喜びに満たされます。

8月まで「Hara Hara Mahadeva」を歌います! ぜひバクティ・サンガムに来て、この歌を一緒に歌ってみてください!

 

 

ミラバイ


キールタン〜鴨川にて

昨日はGW最終日。ここ数日あまりにも天気がよかったので、いつもバクティ・サンガムに来てくださっている方たちに「鴨川でキールタンを歌いませんか?」とお声かけして行ってきました!

久しぶりの鴨川。以前三条通を練り歩きをしていたことがありましたが、それは2010年頃のこと。商店街の様子もすっかり変わり、メンバーの様子も(というか私が?)円熟味が増し(笑)、河川敷もずいぶんきれいに整備されていました。家を出る前、当時のことを思い出し、考えていました。あれから10年、神の御名をどれくらい唱えてきたのか、神の一片を少しは体感しているのか、本当に神を知ったと言えるときがくるのか、変わらないものはどこにあるのか。

鴨川に到着すると、大阪からキールタンに興味をもって来てくださったご家族がおられました。またなんと10年前に鴨川でキールタンを通して知り合った人にも偶然出会い、一緒に歌うことに!

一時間ちょっと、みんなでいっぱい歌いました。天候にも恵まれ、みんな、とっても楽しそうで気持ち良さそうでした。私もそれまで考えていたことはもうすっかり忘れ、ただ単純に御名を歌い、みんなとたくさん笑いました。歌い終わってから、いつも師がおっしゃっている言葉を思い出しましたーーそういったいろんな思い煩いがなくなったときに、神を知るーー、あぁ、そうだ、そうだったのでした😓

家に戻ると、初めて屋外でのキールタンに参加してくださった方から、嬉しいメールが届いていました。

「今日はとっても!!!!!!楽しかったです! 外で歌う方が神様が近い気がしました(笑)。またぜひこんな機会を作ってください。どうもありがとうございました」

ひょっとしてみんな昨日のひとときは、心を解放してシンプルな心でキールタンを歌えたのかもしれません。

こちらこそありがとうございました! そうですね、またぜひこんな機会を!!!

ミラバイ


神だけを見つめて! <ラーマクリシュナの導き>

桜の花が美しく咲き始め、鳥たちが喜びをさえずり、大地が春の喜びを身にまとっています!もうすぐ春の大祭サナータナ・ダルマ アヴァターラ メーラー(4/7)です!

マハーヨーギー・ミッション主催の今年の春の祝祭では、大聖者シュリー・ラーマクリシュナの存在と導きに心から感謝を捧げ、サナータナ・ダルマを歩む吉祥な生を受けたことを喜び、お祝いします。

ラーマクリシュナといえばキールタンを歌われるシーンが『ラーマクリシュナの福音』の中でもたびたび登場しますが、私たちの周りでも日常でキールタンに親しまれている方が増えてきました。今回、松山で熱心にヨーガをされている山口正美さんがご自身の日常の実践について寄稿してくださいましたので、ご紹介したいと思います。


ヨーガを始めた頃のことですが、ヨーガをやっていこうという決意だけはあったのですが、聖典を読んでも意味がわからない、アーサナも瞑想も続かず、空回りを続けていました。そんな私が唯一興味があったのは「神」でした。思い切って師にお聞きしました。

―私は、神だけしかわかりません。それだけで、いいでしょうか。

「それだけでいい」

―聖典も読めません。聖典の勉強はしなくていいでしょうか。

「しなくていい」

―本当にいいんですか。

「あのね。登り口は人それぞれ違って、いっぱいあるんだよ。いつか、それもわかる時が来る」

それから数年が経ち、やっと「もう、私には神しかいない」という思いになってきました。ところが、そうは思いながらも、日常で神を忘れている自分につくづく嫌気がさし、少しでも「神に近づきたい」と歌い始めたのがキールタンです。

最初は、心が世間のことでおしゃべりをはじめたら、強制的に神の御名を唱えて、神に必死でしがみついていました。 それから毎日、いつでもどこでも、心の中で、声に出して、キールタンを歌って生活してきました。いつからか、神の御名は胸の奥から湧き上がるようになり、最近では、自然の中に神を感じてそれを讃えて歌うこともあります。二年近くたった今、あんなに強かった心がどんなに主張してもキールタンを歌えば、瞬く間に退散してしまうほど、神の御名が、私の日常の支えになっています。

私の憧れの聖者シュリー・ラーマクリシュナは、

「神のみが実在、他のすべては非実在である」

と教えられます。それは、師の教え

「真理、神のみが唯一のリアリティー、それ以外は幻」

と合わさって、私にとって片時も忘れられない大切な教えになっています。 幻なんかいらない、リアリティーだけが、神だけが私の求めるものだ!幾多の輪廻転生の中で感じてきたカルマを生きる虚しさから抜け出したい心の叫びかもしれません。また、本当の生きる目的を見つけた喜びかもしれません。それほどの衝動となって、私を神へと向かわせます。

神を、神だけを見て、神だけを求めて、神だけを信じ、愛し、神の道具となっているラーマクリシュナの姿は、私にとってバクティ・ヨーガの教えそのものです。師のサットサンガに通うように、『ラーマクリシュナの福音』を開いてラーマクリシュナのもとに通って、そこにある息吹を感じています。 これからも師とラーマクリシュナのもとに通い、学んでいきたいと思います。

山口さんのキールタンの原点となった細密画。MYMオリジナルカレンダーより。

山口正美