ミーラー・バーイー」カテゴリーアーカイブ

愛の苦悩!

世界の主よ! 帰ってきて!
肉体は極度の疲労にあります
どうかこの渇きを癒してください
一晩中叫び続けながら過ごしています
空腹は消滅し、睡眠も訪れなくなった
でもこの罪深き命に死は訪れてくれない
あなたのヴィジョンを与えてください!
そしてこの不幸な人間を幸福にしてください!
ミーラーは別離の激痛の中にいます!
どうか遅れないで!
今すぐ!

ミーラー・バーイー

Valley21

バクティ・ヨーガには、分かたれた愛の十態という、最愛の主と別離にあるバクタに現れる10の状態を表すものがあります。段階的に深まっていくバクティの様子がよくわかります。

愛の始まりは、愛する人に会いたいという切望から始まり、その次はどうやって会えるか、会って愛を勝ち取るかと心を悩ます状態がやってきます。そしてますます愛の感情が高まり、すべての仕事は忘れ去られ、愛する人だけが心にある状態になり、常に愛人の姿や仕草などの特徴を思い起こしては愛の渇望が高まる状態がやってきます。しかし、逢えない状態が続くと、心は揺れ動き、非常な苦痛を味わうようになり、うわ言を言い出すようにもなります。そして、愛人への思いに夢中になり、涙を流して狂乱したかのような状態がやってきて、ついには体は病み心の激痛は最大限になってしまいます。この細密画はちょうどそのような状態を表しているのです。やがて、すべての意識が失われて昏睡状態に陥り、最期には、別離が続きおよそいかなる方法でも合一がもたらされない時、愛の充満の中に死が訪れるのです!

ラージャ・ヨーガでは識別を通して心を空っぽにしていきますが、バクティ・ヨーガはただただ、愛によって進み、愛の中に溶け去り、純粋な愛だけが残されるのです!ミーラー・バーイーはまさにその体現者だったのですね!

サーナンダ


雷雲

雷-001

..

ナンダの息子クリシュナは、私をずっと放っておいている

雲が集まってきた
そこかしこに雷鳴が轟き、電撃が煌く
東の風が吹き、冷たいシャワーをもたらす
蛙、孔雀、雀が鳴き
カッコウが甘くさえずる
ミーラーの主は山を持ち上げる神、ギリダラ
彼女の心は、主の御足から離れることなどない!

ミーラー・バーイー

 

雨の季節、遠く離れた愛する夫の帰りをひたすら待つ女性が描かれている細密画です。暗い雨雲に覆われた空には雷が光っています。その黒い雲を背景に真っ白な鷺が飛翔しています。とても美しいコントラストです!インド細密画でよく描かれるシーンですが、それはまさに青黒い体に白いネックレスをしたクリシュナを表しています。バクタたちはこの構図を見ただけで、ただちに愛するクリシュナを思い浮かべるのです!

宮廷からそのシーンを見つめる夫人の胸には、「あの人は便りも寄越さないけれど何をしているのだろう」「いつあの人は帰ってきて私を抱きしめてくれるのか」「早く帰って来て!」と、愛する夫を想う気持ちだけがあるのでしょうか。屋根にはつがいの孔雀が羨ましくも仲良くいます。召使たちは音楽を奏で、飲み物を用意しています。愛の病に懊悩する夫人を団扇で仰いでいますが、その熱は冷める様子もありません。

湖の対岸の丘には羊の群れや村があり、牧歌的な景観が美しく描かれています。見事な構図です。すべてが彼女の心情を見事に表しているのです。まさにミーラー・バーイーのこの歌の様子が描かれているようです。

サーナンダ

 


ミーラーの愛の詩

Plate10

あなたのせいでわたしはすべての喜びをあきらめてしまった

それなのに なぜ今 私を待たせるのですか

あなたが別離の苦悩をこの胸に植えつけたのです

だからあなただけがそれを取り除くことができます

おお、主よ! 

今やわたしはあなたから離れることができません

微笑みながら 早く私を呼んでください

ミーラーは生まれながらあなたの僕です

あなたのすべての手足で抱きしめて

私と一つになってください

<ミーラー・バーイ>

..

かくも美しき別離の苦悩!その聖なる苦悩にある者は幸いなれ!

sananda


愛の詩 雨の夕暮れ

..

雨雲が見える

黒い雲 黄色い雲 すべてが混ざり合い 雨が降り出す

水! 水! 私がどこに行こうとも 至る所に水がある!

乾いた大地は緑におおわれている

愛しいお方は遠く離れた土地に住む

私は独り 雨の中にびしょ濡れになる

あぁ 雨雲色の肌をした 永遠なる主よ

わが愛を満たしてください

ミーラー・バーイー

imageある日の琵琶湖の雨の夕暮れ。いろんな色の雲が混ざり合い雨が降る。日没時、その雲々は太陽に照らされ、鮮やかな彩りの見事な様相を顕す。

..

詩は、バクタのハートから零れ落ちた愛の言葉です。人それぞれで感じ取ればいいと思うのですが、この詩を読むと、いつも私のハートは甘美な愛に酔いしれ、思考と呼吸は停止し、偉大なバクタ、ミーラー・バーイのハートに浸るのです。

サーナンダ

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愛の詩

KrishnaRadha

何者かが 私の眼を奪い去った!
あなたの身体 青黒い体中の産毛
その全てに恋い焦がれる
私が家にいると あなたがふと立ち寄る
あなたの顔は 月のように美しく輝き
その愛らしい笑顔に 私は釘付けになる
家族は低い声で「二度と彼に会うな!」という
しかし この眼はもはやあなたのものであり
愚かな世間を笑い飛ばす
世間の人が何を言おうとも
私はすべての重荷に耐えよう

ミーラーはいう
山を持ち上げる力なしに
この命がどうして生きながらえようか!

ミーラー・バーイーはどれほどの豊かな表現で主の美しさを讃えるのでしょうか?!
眼を奪い去られるほどのクリシュナの美しい御姿!

ラージャ・ヨーギーが生涯をかけた弛まぬ努力で獲得するその集中力を、
バクタは主の魅力ひとつで獲得します。
眼は主の御姿に釘付けになり、離れることはありません!

まことに恐るべきは、バクタの愛!

サーナンダ

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愛の詩(2)

The Beautiful Legend of God 2

私の眼の中に住んで!
おぉ ナンダの息子よ!
御身は我が心を奪う
曇色の肌
大きな眼
孔雀の羽飾り
クロコダイルのような耳飾り
臙脂色の額印
愛らしい唇で笛の音を奏で
ネクタルのような音楽を授ける
胸の前にはマーラーが輝く
腰には小さな鐘のついた帯が光を放ち
足首の鈴が甘く響く

恋の最中は不思議なことに、誰であっても愛する人の姿は魅力を放つようになります。
ではもし…神を愛したなら、その御姿はどれほどの魅力なのでしょうか!?

ミーラー・バーイにとって、愛人クリシュナは単なる空想ではなく、実際にその光り輝く美しい姿が見えていたに違いありません!
まるで強烈な光で感光したフィルムのように、彼女のハート(眼)というフィルムには、決して消えないクリシュナの美しい御姿が焼き付いたのでしょう!

だからミーラーの眼は、愛するクリシュナだけを見ることしかできなくなってしまった!

私たちの眼は、日々何を見ているのだろう?

サーナンダ


愛の詩

ヨーガには、バクティ・ヨーガがあります。
神を愛するヨーガです。
その神への愛を歌った詩が古くから伝わって来ています。

今日 山を持ち上げる主に出会った
美しい彼の身体
彼は愛の神の輝きを放つ!
彼の鋭い一瞥!
彼は木陰で竹笛を吹き
牛飼い娘たちとリズムをとって踊る
その甘美な姿はハートに焼き付き
寝ても覚めてもなくならない!
魅惑的なその姿に
彷徨う私のハートを捧げ
私はそれを見つめ
世俗の慎ましさを棄てる!

中世の聖女ミーラー・バーイーの物語と詩を機関誌『パラマハンサ』で紹介してきましたが、彼女の詩の中で一つの特徴は、愛するクリシュナ神の御姿を見て眼を盗まれた、ハートを虜にされたという表現です。
神の虜になるとはどういう状態なのでしょう!?

寝ても覚めても愛だけがある!

サーナンダ