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ミニアチュールに神を見る

『パラマハンサ』がWeb化されて3号目が9月20日に配信されました。コロナ禍でおうち時間が長くなり、外出先で見るよりは自宅のパソコンで閲覧することが圧倒的に多くなりました。コンテンツも増え、読むのも見るのも楽しい記事ばかりです。

その中でも、時間をかけて隅から隅まで味わうことのできるようになったミニアチュールといわれる細密画が掲載された「バーガヴァタ・プラーナ」は、楽しみな記事の一つです。神様や神話になかなか馴染めなかった私ですが、毎号、サーナンダさんの臨場感に満ちた物語の描写と細密画の見方について読んでいくうち、絵を通してそれらを身近に感じられるようになっています。

『パラマハンサ』№120より、懐かしいモノクロ印刷。当時はこれがカラーだったらどんなに美しいだろうと、もどかしく思っていました。

細密画の特徴として、1枚の絵の中に複数の場面が描かれるということを教えていただいた時、そんな描き方があるのかという新鮮さと同時に、1枚で紙芝居が完結できるとはなんて効率的なのだろうと感心もしました。視線を少し動かすだけで別の場面に入っていけるのです。Web画面は拡大することができるので、細部までじっくり見ていると、こんなところにこんなものがという発見もあって見飽きることがありません。あちこち拡大したり全体を見直したり、気が付くと画面との距離が10cm位になっていたりして。こんなに魅入られてしまう細密画の力はどこからくるのでしょうか。

きっと描き手は一心不乱に描くことだけに集中していたでしょう。描いている間、内面は神のことだけでいっぱいになり溢れるエネルギーに衝き動かされるようにペンを走らせる。誰かに何かを伝えたいという思いすら持っていなかったかもしれません。その神への強烈な思いが、見る者をいつしか描かれた世界に誘う。1枚の細密画の中にある物語の流れのまま、身を任せるように見ていると、それが過去のこととか異国のこととか関係なく、時間と場所を超えて実際に存在しているように感じられるのです。

漆黒の背景に鮮やかな衣装が映える細密画 。細密画を端末画面の壁紙にしている方も多いのではないでしょうか。

細密画には作者名や制作年などの情報はありません。以前の私は、いわゆる芸術作品といわれるものを鑑賞する際、誰が作者で、いつ頃どんな状況の下で作られたのか、必ず確認していました。そうしないと不安でその作品を信用することができなかったからです。初めて細密画を見た時には何の手掛かりもなく確かめることができなくて、落ち着かなかったことを覚えています。でも今は、作品に関する情報がなくても全く気にならなくなりました。
「バーガヴァタ・プラーナ」で、神と彼らのエピソード、細密画について基本的なことを教えていただいています。細密画には描き手の神への純粋な思いが込められている、ただそれを純粋に受け取るだけなのだと思います。そこには神のみが存在しているのだから。

マイトリー


プラーナを調えて穏やかに行為する

クラスに通い始めたばかりの頃、アーサナ(ポーズ)は夜に行なった方が体が柔らかくてやりやすいと聞きやってみたのですが、シャヴァ・アーサナで寝落ちして風邪を引いたこともあり、朝行なうことにしました。体は硬くても吐く息に集中すると次第に呼吸が深まり、体も少しずつしなやかになるのが心地良く、自然と毎日の習慣となりました。

ここ数年は仕事の前か休憩時間にアーサナをしていますが、朝よりは昼の方が体が柔らかくなるかと思いきや、精神的に落ち着かない状態では身体はずっと硬いままで呼吸も深まらず。精神的に安定した状態では力みがなく形を作りしっかりと息を吐き切ることができると気付きました。アーサナ1つをとってもいかに心の状態に影響を受けているかを実感してます。

治療院から少し歩いたところにある栗の木。秋の訪れを感じます。

ところで、今年6月にこのブログで認知症の患者さんのことを書きましたが、その患者さんは8月に熱中症になったことを機に一気に体力が低下して認知症状が進みました。毎週患者に状態を確認する際の電話口の声も、すっかり元気のないものに変わりました。それでも治療を受けたいという意志は変わらず、毎週入っていた予約はそのまま継続。しかし予約を忘れていたり、途中で歩けなくなり家に戻ったと連絡が来たり、実際には来られない状況が続きました。担当のケアマネジャーの方と随時連絡を取り近況を伺ってはいましたが、おそらくもう自力で来院する体力はないとのこと。患者さんご自身の希望を最優先したいけれど、通院自体の危険性が高まってきたため治療を断るか検討し始めました。

そんな状況の中迎えた予約当日、患者さんから電話がありました。以前のような元気な声で、今日は行けそうだけど財布の中にお金がないとのこと。銀行でお金を引き出してから治療に行く方がいいかとの確認でした。既にケアマネジャーからお金を引き出せなくなっていると聞いていたのですが、治療に来る意志は強く、お金を用意してから来てください、何かあったらすぐに電話をください、と伝えて電話を切りました。これまでも何回か同じようなことが起きているのでその患者さんの予約は必ず休憩時間の前に取るようにしていましたが、それでも次の患者さんまでに間に合わない事態も想定して待つことにしました。
食事を摂るかアーサナをするか迷いましたが、何が起きても落ち着いて対応するにはプラーナを調えることが大切、短くても集中してアーサナすることにしました。こういう緊張した状況でアーサナをするのは初めてのこと。体も硬くてやりづらいだろうけど、今だけはアーサナに集中しようとやり始めました。
予想とは異なり、クラスに参加している時のような集中感がありました。ハラ・アーサナ(鋤の形)で背中をしっかりと起こすことができて、そのままサルヴァンガ・アーサナ(肩立ちの形)に移行した時に普段よりも真っ直ぐに体を保持できるような感覚がありました。カチッと集中のスイッチが入ったような感覚があり、アーサナを進めるに連れて、ずっと息を吐き続けられるような体感がありました。吐き切った後に吸う息が入ってくることがなく、完全に静止した状態が何度も訪れました。これまでで一番集中していたかも?と思えるほどでした。
アーサナしていたのは30分足らずでしたが、通常行なう全ての形を行ったわけではないのにそのような体感が起きたことに驚きました。
できればそのまま瞑想をしたかったけれどそれは難しく、休憩時間にやるべきことをやりましたが、呼吸はずっと静まったまま。体は動かしているのに心の動きは止まっていて、不思議な感覚でした。

ヤイトバナ(ヘクソカズラ)。ヤイトとはお灸のこと。赤い色がお灸の痕に見えるのが由来とされています。鍼灸師としてはとても親しみのある花です。

アーサナの余韻でぼーっとしていましたが、ふと時計を見たら電話があってから1時間半ほど経過。以前ならATMに立ち寄ったとしても1時間以内に来られていたので、さすがに心配になってきました。もし歩ける体力がありこの辺りまで来ているとすれば、近くのATMにいるかもしれないと、探しに行きました。ATMには長蛇の例、患者さんが操作している背中が見えました。ひとまずケアマネジャーに電話で報告、その後声をかけようとATMに向かったところ、ちょうど患者さんが私がいる方に歩いてきました。私が電話している間にどなたかが助けてくれたようで、無事現金を引き出せたとのこと。
次の患者さんの予約までそんなに時間がない状態になっており、一瞬できないという思いが浮かびましたが、何とかする!と治療することにしました。
時間的に余裕のない状況だったにも関わらず、いつも通り患者さんに接することができたと思います。
久しぶりに診た患者さんの体は、筋肉が落ち、むくみがひどく、この体でよく歩いて来れたと驚きました。話したい事があるのに言葉が出てこない状態で、会話らしい会話はありませんでしたが、治療が終わる頃には幾分顔色が良くなり、無表情だったのが少し笑顔が見られるようになりました。
帰り際には以前のような力強さはないものの、いつもの「生まれ変わりました」という言葉も出て、一安心。無事にご自宅まで戻られることを祈りつつ見送りました。

今後も厳しい状況が続くと思われますが、今回に関しては最善と思われる対応ができたのではないかと感じています。次回も来院できるのかは分からないし、うちに来ることが本当に患者さんのために良いことなのかも分かりません。
先のことを考えると心配や不安がつきまといますが、とにかく目の前で起きていることに誠実に対応できるようにしていきたいと改めて思いました。
その患者さんのためにできることの一つは、いつでもどんな状況でも動じずに穏やかに接すること。
そのためにも日々のサーダナを大切に実践していきたいと思います。

中秋の名月。雲間から見える優しく光を見ていると、穏やかな気持ちになりました。

ハルシャニー


こうでないといけない、にとらわれず楽しく料理する!

ヨーガを始める前の私は、食べることが好き、というか空腹状態に不安を感じていました。ちょっとお腹が空くと何かを口にする習慣があり、お腹が空いている時間がほぼなかったのではないかと思います。
ヨーガを始めてアーサナ・クラスに通うようになってからは、まず食事に関するヨーガの考え方に衝撃を受けました。
アーサナの前後2時間は食事を摂らない方がよい、というのがそもそも無理で、クラスに通っていても最初の1年ほどは空腹感に耐えられず、クラス後割とすぐに食べていました。
しかしクラスに参加する度にこのままではいけないと思うようになり、次第に後ろめたさを感じるようになりました。
そしてある日のクラスの後、小1時間経ったし仕事の前に軽く食べておこうと思いおにぎりを食べたところ、急に激しい腹痛に見舞われました。もう二度とすぐに食べるのはやめよう!と決意し、同時に何を食べるべきかを意識するようになっていきました。

いざ食事と向き合うとなると、大きな問題が一つ。それは、料理に対する強い苦手意識です。いつも、作らなければという義務感が伴い、ストレスを感じていました。段取りを考えて作業をすることが難しく、特にレシピを見るのが苦手で、一度レシピを意識してしまうと一層手際良く作業することが出来なくなり、途中で料理することを投げ出したくなるほど疲れてしまうこともしばしばでした。
ヨーガの料理教室「さまらさの台所」のことを知っても、クラスに参加すること自体のハードルが高くて尻込みしていました。
それでも共にヨーガを学ぶ仲間が参加して楽しかったと言っているのを聞く度に気になるようになり、少しずつ前向きな気持ちになっていったので、勇気を出して参加するようになりました。
いざ参加してみると、予想通り失敗して迷惑をかけたと思われる状況にもなりましたが、フォローしてもらいながら楽しく調理に参加することができました。作った料理をみんなで食べるのは何より嬉しかったです。
ただ、参加する時は毎回緊張していたし、教わったレシピを家で作ることも気合を入れて臨まないとできない状態が続きました。さまらさのレシピだけがさまらさではないと聞いても、教わった通りにやらなければいけないという思いが常に頭の隅にあって、腰を重くしていたのだと思います。

近所の野川にて。春頃から繁殖期のためいなくなっていたカルガモが、久しぶりに戻ってきていました。

コロナ禍になり、「さまらさの台所」もオンライン受講する形になりました。
動画なので何度でも見ることができ、とても分かりやすく、見ているだけでも楽しくなるので、見る度に元気をもらえました。
食にまつわるお話も興味深いものばかりで、実際のクラスに参加しているのと同じように気付きや学びがあります。
ただ、いつでも動画を見て挑戦しやすくなるはず、と思っていたのに、気付けば「〜しなければ」にとらわれてしまっていました。教わってからしばらくはそのメニューを作るのですが、次第に作らなくなり「作らなければ」と気が重たくなってしまいました。加えて、コロナ禍になってこれまで以上に仕事が忙しくなっていたため、忙しいから動画を見たり作ったりする時間がないと自分で自分に言い訳をしていました。
せっかくのオンライン受講の良さを生かすどころか、このままでは以前よりも良くない状況になってしまうかもしれない…
もう何年も同じところをぐるぐるしていること自体にほとほと疲れてしまい、決心しました。とにかくやる!と。レシピ通りにやらなくていいから適当にやってみる。悟りへの大切な乗り物であるこの身体を良い状態に保つためにも、今度こそ真剣に向き合う。
そうして日々を過ごすようにすると、少しずつですが料理に対する力みがなくなって、適当にできるようになっていきました。
初めて料理と自然な形で向き合えるようになってきた気がしました。

それからしばらく経った今年6月。
「さまらさの台所」はパン作りでした。
レシピを見ると行程がいくつもあるのでこれは難しいかもと気構えていましたが、動画の中で講師のシャチーさんが楽しそうに軽やかな手付きでパン生地をこねているのを見ていたら、すぐにでもやってみたくなりました。
実際に挑戦してみると、これ以上は失敗出来ないだろうというくらい様々なトラブルが起きましたが、諦めず生地を大切に扱うことだけに集中。出来上がったパンは過発酵したこともあり、ちょっと硬くてそんなに膨らまなかったのですが、とにかく焼き上がったパンが可愛くて、嬉しくてたまらない気持ちになりました。

無事焼き上がり、夫に撮ってもらいました。緊張と集中がとけてホッとした顔をしてるなと思います…

苦戦しても最後までやり遂げられたのは、動画の力が大きかったのではないかと感じています。
シャチーさんにこねられている生地はどんどん艶やかに生き生きしてくるように見えてきて、手付きはすぐに真似出来なくてもこの感じをイメージしてやってみようと思えたのです。
2回目の挑戦の際には、動画にとらわれすぎないように自分のリズムで作るようにしました。1回目の時よりも作業自体を楽しむことができて、パンも少しふっくらしたのでほっとしました。

動画の中で、さまらさについての話がありました。始まった頃から関わられているシャチーさんのお話は興味深く、改めて「さまらさの台所」から学べることの多さや、ヨーガを実践していく上での料理の重要さを感じました。
何度も繰り返していくうちにいろいろなものにチャレンジしていけるようになること。繰り返しやることで慣れて身に付いていけるようになること。

お話の最後、「こうでないといけない、ということはない」という言葉には、本当にそうだと強く頷きました。「こうではないといけない」にとらわれたままでは、本当に大切なことを見失ったまま料理することになります。
教わったことだけが「さまらさ」ではなく、ベースはヨーガにある。大切なのは、自分のための料理ではなく、一緒に食べる人のことを考えて料理を作ること。みんなで歓ぶのが「さまらさ」。
何にもとらわれず自由に、食べる人たちのことを思い、食材を大切に作る。この上なくシンプルで、なんて素晴らしいのだろうと思います。

相変わらず仕事が大半の時間を占める日々ですが、以前よりも気楽に台所に立つようになりましたし、料理する楽しさを感じられるようになっています。手際良くとはまだまだいえないし、出来上がりをイメージしても作っても思っていたのとは違う料理になることも多々あります。それでもいちいち落ち込んだりするのがほぼなくなりました。
苦手なこと、できないことが上手くなるのは一筋縄ではいきませんが、その分伸びしろがあるはずと信じて料理を楽しんでいきたいです。

焼き上がったパン。手前が塩パン、奥がバターパンです。

ハルシャニー


晴れの日も雨の日も主クリシュナ ─ミーラー・バジャンによせて

先日とても暑かった日に、家の近くを歩いているとアスファルトの上にゆらゆらと陽炎(かげろう)が立ち上っているのが見えました。真夏の強い日射しの下で私はふと「ミーラー・バーイーが生きたラージャスターンはもっと暑かったのかなぁ…」と、五百年前の遠い異国の地を思い浮かべました。

インドの聖女ミーラー・バーイー(1498~1546)が生まれたインド北西部のラージャスターンは、砂漠や険しい山々が連なった厳しい土地柄で、暑い時期は日中の気温が40℃にもなるそうです。また一年のうち6~7ヶ月間が乾季という、とても乾燥した地域なのだそうです。
現代のようにエアコンなど当然なく、おそらく水道なども整っていなかったであろう五百年前、ミーラーやその土地で暮らす人々はどのような生活を送っていたのでしょう・・・。

別の日、職場から帰宅する途中、急に空が曇ってきたなと思ったら雨が降り始めました。雨はしばらく降ってすぐに止み、その後サァーッと涼しい風が吹いてきました。その日も朝から暑かったので、立ち止まってしばらく爽やかな風を全身で心地よく感じていると、ミーラー・バーイーの詩の一つを思い出しました。

雨がふるふる 楽しきサヴァン
心は サヴァンを待ちわびて

サヴァンに 胸はときめきて
噂を聞きて ハリ来ると
湧いて集まる 黒雲に
下着まで すっかり濡らされて
雨粒が 風に運ばれて
涼しき風も 心地よく
ミーラの神様 ギリダラナーガル
幸せ喜び 歌わんや

          ※サヴァン/雨季
          ※ハリ、ギリダラナーガル/クリシュナ神の異名
          ※下着/サリーの下に着るスカート

          出典/美莉亜訳『ミラバイ訳詩集』

暑い季節が長く続き、乾燥しきったラージャスターンに暮らす人々にとって、雨季の到来はすべてを潤し生命を蘇らせる喜ばしいものだったことでしょう。この詩からは待ちに待った“サヴァン“を喜び迎える心情が伝わってきます。
ですが、ミーラーがこの詩に込めた本当の思い、それは一心に信仰していたクリシュナ神への深いバクティ(信愛)です。
クリシュナ神の肌は青や黒で表されることが多いのですが、クリシュナという名前には「濃い青」「暗い」「黒い」という意味があり、黒雲はクリシュナ神の象徴でもあります。
頭から足の先まで全身をすっかり雨に濡らされたミーラーは、きっと愛するクリシュナに命も魂もすべてが溶け込んでいくような、甘美な歓びに浸されたのではないでしょうか…。

楽しそうな笑い声が聞こえできそうですね。ブランコの勢いで愛するクリシュナ(黒雲)のところまで飛んでいこうとしているのでしょうか?

ちなみに”ハリ”には「太陽の光のような色」という意味もあるそうです。

晴れの日も雨の日も主クリシュナ。
朝の光も夜の闇もすべてが主クリシュナ。
寝ても覚めても神しか見えない。
ミーラー・バーイーのようにそんな日が来るのを私も待ち続けています。

シャルミニー


川の流れのように

昭和歌謡の題名のようになってしまいましたが、私が住むまちは東京都と神奈川県を分ける多摩川に面しています。我が家から河原までは散歩には少し遠いですが、自転車なら一走りで丁度良い感じです。ガンガーのように沐浴こそしませんが(水に入ることは禁じられていないようです)、川の近くに住んでいることはヨーガを学ぶ身としてほんの少し嬉しいものです。働き盛りの頃は仕事で疲れた心を癒しに、週末によく河原に出たものでした。輝く川面やはるか上流の奥多摩や秩父の山々を眺めていると、仕事の懸案やトラブル、職場の人間関係の悩みなどからひととき解放されました。視界を遮るものがない広く高い空、川面を渡る涼風、むせるような草の匂い、たまにどこからか聴こえてくる微笑ましくも発展途上なサックスの音階。のんびりした多摩川の河原はひと頃の私の精神安定剤でした。

ある日の多摩川。ヨーガ行者のような人が川を歩き渡っているのが見えますか?

ヨーガを学び、仕事を定年退職した現在も、以前ほどではありませんが河原に出ることがあります。広々とした両岸の河原に挟まれ、多摩川は相も変わらず悠々と流れています。しかし川を眺めながら、以前とは違うことを思うようになりました。遠くの山並みや向こう岸の街を背景にして、この川はずっと変わらずそこにあります。でも水面をよく見ると小波を立てて、川の水は上流から下流へ止まることなく流れ続けています。私が眺めていた川は一瞬たりとも同じ川ではありませんでした。

私が本当に見ているのは今という一瞬を切り取った川の様相だけ。その一瞬はすぐに過去となり次の一瞬を見せられる。それは映画のフィルムのようにコマ送りされてつながっていくだけ。同じように、私の身体も細胞単位で見れば常に誕生と死を繰り返しているから、昨日と今日の身体は違っているし、細胞がすべて入れ替わるのに必要な時間が過ぎたら、私の身体はまったく別物だ!それでは「私の身体」と言っている「私」は誰? それを突き詰めていけば、それが本当の自分であり、生まれも死にもしない永遠の存在であるというヨーガの教えを学んだ時のワクワク感が忘れられません。「面白い!」と素直に思いました。身体と心と自分(意識)を切り離して生活できたら、生きることが楽になるだろうなと思いました。少しでもそうなれるようにヨーガの訓練に取り組んでいます。

5月に母が亡くなりました。認知症を患い最期は養護施設で迎えました。新型コロナのために最近1年ほどは、車椅子の母が2階のテラスに出てきて、私たちは庭から手を振るだけの面会が続きました。手を握って元気づけてあげることもできず、母は生きようとする心が折れてしまったのか、最期はあっという間に衰えてしまいました。淋しい思いをさせたと後悔は残ります。しかし新型コロナの時代と重なってしまったのもカルマと考えるしかありません。看取りの時期が近づくと他の入居者と隔てられた場所で直接面会をさせていただき、家族で最期を看取ることができました。

母を亡くすことはとても悲しいことでしたし、私を育ててくれた無条件の愛を想うと、感謝してもしきれません。でも私は母の死を想像していたより冷静に受け入れています。それは「無常と永遠」というヨーガの教えを学んでいたことで、母の死を一面では客観的に見つめることができたからかもしれません。人の一生も川の流れのように一瞬たりとも止まることなく、ブラフマンという大海に注ぎ帰っていくのですね。ついさっきまで温もりを感じた手が冷たくなり、綺麗にお化粧をしてもらい、白い骨片だけを残していった母は、「無常と永遠」というヨーガの教えを身をもって私に見せてくれたのだと思います。

ガンガーほどとは言いませんが、夕陽に染められた悠々たる多摩川の流れ。

殺された王子たちを聖水によって天国に送るために、シヴァ神がその頭髪で天上のガンガー女神を受け止め、地上に下ろしたといわれるガンジス河。ヒンドゥー教徒の人たちが家族や身近な人の亡骸をガンガーの流れに還す様子は、必ずしも悲しみに包まれたものではないといいます。それは輪廻転生を信じてなのか、苦悩に満ちたこの世界を離れ永遠の存在に還っていくことへの喜びなのか、私にはわかりません。でも悠久の時を流れるガンガーもまた、太古の昔からこの世界の無常さとともに、その背後にある永遠の真理を人々に教えてきたことには間違いはないと思います。

ランプの炎や川の水と同じように、生き物たちの身体は、見えないときの流れとともに絶えず変化している。したがってある意味では、彼らは絶えず生まれ死んでいるのである。ランプの炎は少し前とまったく同じであろうか。流れている水はいつも同じであろうか。同様に、もし人がこの肉体であるならば、今日の自分と昨日の自分はまったく同じであろうか。
実体としての人には、実は誕生も死もない。人そのものは不死であり、その他のものはすべて幻影である。受胎、胎児の状態、誕生、幼児期、少年期、青年期、中年期、そして死去。これらは肉体のさまざまな状態に過ぎず、実体としての人には影響を及ぼさない。それらの状態はまったく肉体にのみ属し、自己には属していない。
(「シュリーマッド・バーガヴァタム」日本ヴェーダンタ協会刊)

新型コロナの状況が改善したら多摩川の河原でキールタンを歌おうと、東京のグルバイと計画しています。春めく3月に連れ立ってロケハンに行きました。河原に座り川面を眺めながら、ヨーガの話をした時間は至福の時でした。永遠の存在である神の恩寵に感謝し、グルバイと共に河原でキールタンを歌える日が1日も早く来るのを願いつつ、最後に師の教えを心に刻みたいと思います。

人生は一瞬一瞬が分かれ目なのです。
だからあなたは過去でも未来でもなく、
「今」を生きなければならない。
あなたが神に救われたいのなら、
神を求めなければならない。

シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ 

1日も早くここでキールタンを歌える日が来ますように。

小菅貴仁


生きる意味を知り、この命を生きる

先日、祖母が亡くなりました。93歳、大往生と言って良い年齢だと思います。

最後に会ったのは2019年の秋。コロナ禍で会えないまま別れの時が来るかもしれないと覚悟はしていました。しかし、いざその時を迎えてみると、祖母にもう会えない寂しさが溢れてきて、葬儀にも参加して見送ることすらできないという現実を受け入れられない自分がいることに気付きました。

ヨーガで学んだ、「死とは服を着替えるように肉体を脱ぎ捨てていくこと」「死とは心の死滅であり真の自己は決して死なない」という教えを事あるごとに意識し、私なりに理解していたつもりでした。葬儀やお墓といった形式がなくても故人を偲び大切にしていくことはできると思っていました。だから死を嘆き悲しみすぎてはいけないと思っていました。しかし、今回会えないまま祖母が亡くなり、最期のお別れにも立ち会えなかったという事実は、私の心を大きく動揺させました。悲しさと寂しさと虚しさが一気に押し寄せて心を支配しようとしましたが、その勢いを止めてくれたのは記憶の中にある祖母の笑顔でした。
明るくて、雲ひとつない青空のような祖母の笑顔が、私は大好きでした。

祖母の死を受け入れようと、その人生に思いを馳せ、数々の思い出を振り返るうちに気付かされたことがあります。
それは命の偉大さと尊さです。
この世界にはたくさんの命が存在していて、人間だけではなく動物も植物もそれぞれ与えられた役割があり、それを全うするために生きています。祖母はその役割を全うしたから肉体を離れた。私にもいつかその日が来る。私が関わっている人たちにも、関わっていない人たちにも、必ずその日が訪れる。
人は様々な関わりの中で互いに影響を与え合っている訳ですが、具体的に何かしてあげたりしてもらったりということでその影響し合っているのではなく、その命が存在していること自体が大きな力を持つから他の命に影響を与えているのではないか。一つ一つの命が他に代えることのできない尊い存在だから、互いに与え合うのではないか。
そう思い至り、全ての命に対する畏敬の念と、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

今年は近場の蓮を見に行きました。早朝だったため、これから開こうとする状態。生命力を感じました。

私は今生において孫という立場で祖母に出会いました。一緒にいる時間だけではなくて、離れている時間も、祖母が生きていて存在してくれていることがいつも力を与えてくれていました。
その魂が肉体を離れることで、その力はなくなってしまうのか?
答えは否です。
私たちの本質は純粋で尊く、肉体が死を迎えても決して死ぬことがない。それが変わることのない真実だから。今回祖母との別れの辛さに心が支配されそうになっていた時、祖母の笑顔によってその勢いが止まったことも、祖母が私に与えてくれていた力の影響なのではないかと思います。

そんなことを思っていた時、Web版パラマハンサ7月配信の知らせが届きました。
「プラナヴァ・サーラ 本当の生きる意味」で、数年前のサット・サンガでの師のお言葉が、このタイミングで読んだことで、胸に染み入りました。

質問者:『プラナヴァ・サーラ』(書籍)の死に様に関しての内容で、強い信仰を持つということと、神の中で死になさいということがすごく印象的でした。信仰を持つということと神と一緒になるということで死を超えられるという、そこにはそういう意味がありますか。

あります。それからもっと実質的なところにおいては、臨終の間際の思いというものは非常に強いとされているのです。だから通常だとカルマの連続で、ある一定量のカルマによってまた来世という流れになるのですけれども、その臨終の一念発起というかその思いの強さによって、それらのカルマを飛躍的に良くするという、そういう力が生まれるというふうにもいわれています。

祖母が亡くなる前日に親族数人が面会を許可され、声をかけた時、ニコッと笑ったと聞きました。誰の声かは分からなかったかもしれないけれど、最後に祖母の耳を通して何かが伝わり笑ってくれたということは、肉体を去る前に安心して穏やかな気持ちで旅立てたのかもしれない。それが来世に良い形で繋がっていくのかもしれない。そんな風に思えました。

この日のサット・サンガの中で、師はこうも仰っています。

本当は誰もの本性という本体は神聖なもので、エゴとかそんなものは初めから本当はない。無知なんていうのも本当はない。…自分もそうだし、他人も他者も全てのものが同じ本質を持っている。二つとない同じものだから、愛おしい、尊い。そういうふうに他者に対しても優しく尊敬を持つこともできるし、全てのものを愛おしくいたわることもできます。これが生まれてきて、生きる本当の意味になると思います。

「生きる意味」を知ったからには、今生でそれだけを見て生き切ることができるはず。

誰もが真実を実現することができると、それが既に私たちの中にあるということを、師は常々おっしゃってくださっています。それを体現し、ありありと見せてくださっています。
その言葉を信じ、その姿に倣い、最期の瞬間まで諦めることなく生きていきたい!今、私史上最高に強い決意を感じています。

何度挫けそうになっても何度でも立ち上がって、私が与えられた役割を全うしていきたいです。

ハルシャニー


私はあなた

私の鍼灸院に9年前から来院されている80歳の患者さんがいます。
好奇心が旺盛でお話しするのが好きな方です。いつも私の知らない話を聞かせてもらえることが楽しかったのですが、少々気難しいところもあるので、言葉遣いには特に気を付けて接するようにしていました。
出会ってから5年ほど経った頃、それまでの気難しさとは異なった感情の起伏が見られるようになりました。物忘れや勘違いも多くなり、おそらく認知機能が低下し始めたのだろうと、これまで以上に注意して接するようにしていました。
しかし、予約時間を間違えて来院されて本来の予約の患者さんの前で自分が正しいと激昂したり、治療中の会話でも突然怒りだしてしまったり、そのようなやり取りを繰り返すうちに私はその患者さんに接するのに身構えるようになっていきました。
そこから1年以上、互いにストレスを感じるやりとりが増えました。この患者さんは一人暮らしで近くに親族の方もおらず、病院を受診していないので症状からの推測になりますが、おそらく認知症だと思われます。ただ病気によるものだと理解してはいても、面と向かって怒鳴られたりすると怖いという感情が勝ってしまい、腫れ物に触るように恐る恐る接するようになってしまいました。

この6月で開院10周年を迎えました。最初に治療院を構えた建物は、都立殿ヶ谷戸庭園のすぐそば。庭園の外からの眺めも意外に良いので、患者さんに好評でした。

この悪循環から脱したいと試行錯誤しているうちに、「私はあなた」という聖典の中の言葉をよく思い出すようになりました。
「私」も「あなた」も本来は等しく尊い一つの存在。それぞれ異なる肉体を持っているけれど、本質は同じ。

この患者さんは病気によってこれまでできていたことができなくなり、記憶することもできなくなり、不安でいっぱいになっている。これは私に起こっても不思議ではない事態。歳を重ねた私もこうなっているかもしれない。
ここまでの思考には何度も至っていましたが、そこを超えられないのは頭で考えてばかりでこの患者さんのことを真剣に思っていないからだ、と気付きました。
もう考えるのはやめた。この患者さんといる時間は何を言われてもされても、その中に変わらない本質があると信じよう。見えなくてもある。それが真実なのだから。
それからは何度失敗しても気にせずに真実だけを見るように努めました。

そうしてしばらく経ったある日、それまでできていた動作ができなくなって困っていた患者さんのお手伝いをしていた時に、「この人は私だ」と直感的に感じました。そう思おうとしたのではなく、目の前にいる患者さんが私であるとしか感じられなくなったのです。それまで見えていた景色は一変し、不安や恐れは消え去っていました。

その後、常にこの感覚に留まれている、とは言えない状況ですが、肚が据わったというか、何を言われてもほとんど動じなくなりました。
認知症の方は通常の高齢者の方よりも視野が狭いので、その方の視野にしっかりと入るためにお顔の正面からお話する必要があるのですが、それまでは怖さが先に立ってつい目を合わせるのを避けることがありました。この体験以降は、伝えたいことがある場合はしっかりと視線を合わせて話せるようになり、言葉以上に伝わることが増えたように感じています。たとえ患者さんが不穏な感じの時でも、とにかく今この瞬間にだけ集中して丁寧に接するように意識することで、私自身が動揺することはなくなり、患者さんを冷静に観察してその時々に必要なことができるようになりました。

治療院の最寄駅、国分寺駅の駅ビル屋上から見た空。梅雨の晴れ間、雲がゆったりと流れていました。

それから1年が経ち、現在。
患者さんの認知症状はさらに進行し、激昂することは全くなくなりました。表情豊かな方でしたが、ぼんやりしている表情が多くなり、怒ることが減った分、不安そうにされることが増えました。以前は饒舌に話をされていたのに思うように言葉が出なくなり、時系列でお話しされることもできなくなったので話の内容を汲み取れないこともしばしば。電話をかけると私の名前も分からなくなっていることもあります。
この患者さんはもう以前のように自分の伝えたいことを伝えることができません。一時期激昂していたのは、きっと自分に起きている変化に付いていけず強烈な不安を感じていたことも影響していると思います。そのピークは過ぎたといっても、認知機能の低下に伴う不安感がなくなったわけではありません。むしろ表情に出にくくなったことで、これまで以上に注視して行為しなければならないと感じています。
私が接している僅かな時間でさえも困っている姿を目にするということは、日常生活を一人で過ごす中で多くの困難が起きていることが容易に想像できます。
何か私にできることがあればと焦る気持ちが出てくるし、どうにもならない事態に翻弄されそうになるけれど、そんな思いにいちいち惑わされては本当に大切な「私はあなた」であることを忘れてしまう。一緒にいる時間だけはこの患者さんに楽しく過ごしてもらえるよう、私も思い切り楽しもう。この1年で少しずつですがそれを実行できるように心がけてきました。

今思えば、1年前に「この人は私だ」と感じるまでの私の行為は、自分のための行為でした。相手のことを考えているようで自分が苦しまなくて済むような逃げ腰の姿勢で、その場さえ凌げればいいというエゴ丸出しの行為でした。しかしこの患者さんと接する中で直感した「この人は私だ」という感覚は私の胸に存在し続けていて、この患者さんが喜ぶことを一つでもしたいという明確な目標を与えてくれました。患者さんがどう感じられているかは分かりません。ただ、来院された時に不安で強ばったように見えた表情が、お帰りになる時にほっとしたように和らいでいるのを見ると、それが一つの答えなのかなと思います。

治療後帰られる時に、この患者さんがにっこり笑いながら言ってくれる言葉が好きです。

「あー、生まれ変わりました!」

それを聞いた瞬間に何もかもがまっさらになります。
私もあなたもなく、全てが純粋そのもの。言葉には言い表せない歓び。
こんなにも素晴らしい体感を与えて下さってありがとう。ありったけの思いを込めて、私もにっこり笑いながらお見送りしています。

この患者さんは芍薬の花が大好き。他の花を飾っているときよりも長めに眺めてから帰られます。

記憶をなくすということは、その瞬間瞬間に生きているとも言えると思います。
それはヨーガの理想とする境地。
この瞬間に目の前にいる人のために、その人の喜ぶことを行為する。瞬間瞬間に実行することを繰り返していく。
今日も明日も明後日も、いつでもこの瞬間に生きることができますように。

ハルシャニー


WEB版パラマハンサ 配信スタート!!!

5月20日、いよいよWEB版パラマハンサの配信が始まりました!皆さん、もうご覧になられましたか?

Web版パラマハンサ画面のスマホショット

これまで私は郵便で冊子版パラマハンサを受け取っていました。ポストを開けてパラマハンサが届いていることを発見する、封筒を開けて手に取り、まず今号の表紙を堪能、その後ワクワクしながらページをめくる。それは冊子ならではの楽しみでした。手に取る実感、目の前に冊子がある安心感など慣れ親しんだものがなくなる寂しさなどなど、いろいろな思いが皆さんにもあったかもしれません。

慣れないキャッシュレス決済の登録もなんとかクリアし(東京Nさんは生まれて初めてユーザー名を考えるなど、お一人で登録作業をやりきりました!Nさん、すごいです!!)、ログインをしてWEB版パラマハンサの世界に入った方は、冊子がなくなる寂しさも吹き飛んで、スマホやパソコンの画面にくぎ付けになられたのではないでしょうか。
そこには冊子とはまた違う世界が広がっていました!!!どこに何の記事があるのかスッキリとわかりやすい画面レイアウト、カラフルで美しい写真の数々、何より師のお姿そのお声を、いまここ自分の部屋で拝見できるとは、なんて素晴らしいことでしょう!!!!!

そしてご覧になられた皆さんは、もうお気づきのはずです。そう、冊子でもWEB版でもどちらでも、パラマハンサは何も変わっていない、ということを。形は変わりましたが、その本質は何も変わっていない。サットヴァ(純粋)なプラーナ(気)を画面越しに感じ、これまで通り、私たちをインスパイア(時に叱咤激励)し、永遠の真理、師の足下へと私たちを連れていってくれる、とてもとても大切な拠り所であるということを。

師とお会いすることができない、まさに困難に満ちている今の世の中ですが、WEB版ではこの耳を使って師のお声を聴き、師の存在をハートに響かせることができるのです。それをお許しくださった師には、言葉にできぬほどの感謝で胸がいっぱいです。本当にありがとうございます!また、パラマハンサを作り続け、時代や状況に応じて良き在り方を考えてくださる先輩方のワークスには頭が下がる思いです。いつもありがとうございます!

WEB版パラマハンサは素晴らしい!ということはよくわかりました。
でもやっぱり、一日も早く師と直接お会いしたい!!何にも代え難い格別な時間、師とともに過ごす日が一日も早くきますように。そしてその時は、目が覚めてきている!とあのとびっきりの笑顔で言っていただけるよう、その日を楽しみにWEB版パラマハンサを見ながら日々精進しましょう!ハートを師でいっぱいにしておきましょう!!そうすれば、何も怖いものなどありません。その日はすぐやってきます。明けない夜はない!!のですから!!!

お昼休みの散歩コースにて。東京では、本当にオリンピックを開催するかはさておき、会場の準備は進められています。手前の山型屋根の建物が体操会場(木材でできている)、奥にはバレーボール会場の有明アリーナが見えます。

ターリカー


先輩から学ぶカルマ・ヨーガ

ヨーガの深まりは日常に現れる。

師から度々教わっているこの言葉の通り、私たちの日常生活こそがヨーガの教えを実践できているか試される場です。
ヨーガの教えに基づき日常の中で行為することを、カルマ・ヨーガ(働きのヨーガ)といいます。
今回のブログは、一人の先輩グルバイに学んだことを書こうと思います。

以前は月に1回ほど京都に行き、サットサンガ(真理の集い)に参加していましたが、終了時間が夜遅めだったこともあり、京都で暮らすグルバイ(兄弟姉妹弟子)の自宅に宿泊させてもらっていました。
毎回数人で宿泊させてもらっていましたが、ある先輩グルバイの宿泊者一人一人に対する行為に、驚かされることが度々ありました。 部屋の温度がちょうど良いかどうか、お腹は空いていないか、一人一人の様子を見て細々としたことまでさりげなく気を配ってくれるのです。 ちょっと寒いかも、と伝えたらすぐに立ち上がって羽織るものを持ってきてくれたこともありました。 食事に関しては、宿泊しているグルバイの体調や好みを考えて準備をしてくれていました。足りない食材があると話していたら、すっとその場からいなくなり、しばらくするとその食材を調達してくれることも。 気配りだけでなくその行動の速さにはいつも驚かされました。

始めは、その先輩が作り出してくれる心地良い空間にただ浸っていました。ちょうどその頃はヨーガを学ぶことで自分の中にある問題を次々と目の当たりにし、それを解決することもままならない状況だったので、母親に甘える子供のような感覚があったのだと思います。
ここにいるだけでほっとするなあ…
そんな感じですっかり甘えてしまっていたのですが、次第に感じ方が変化していきました。
私たち宿泊者の滞在中、先輩はいついかなる時も自分のことは放っておいて、他の誰かのために行為されていることに気付きました。私にはこんな気配りはできないし行動力もないな…と、実践する前から自分には到底できないと思い込んでいることにも気付きました。

井の頭公園にて。噴水の飛沫が辺りに飛んで、蒸し暑さが和らぐようでした。

なぜヨーガを学び実践するのか。
それは自らの無知をなくし真理に生きるため。自らを他者のために捧げるため。

頭で理解するだけではなく、実際に行為すること。私はその大切さを、知らず知らずのうちに先輩の行為に学び、自分の理想の姿を育んでいたのだと気付きました。
私も他の誰かに心地良いと感じてもらえるように行為したい。
自分というものが微塵も出てこない状態で他者への行為をしたい。
特に仕事をする上でこれを理想とし、無意識のうちに実践をしていたのかもしれない、と、今回文章にすることで気付きました。

きっと先輩は師のお姿に倣われて行為されてきたのだと思います。私の場合は、先輩という身近な存在を通して師の振る舞い方を垣間見ることで、他者のために行為するということがどういうことなのかを、より分かりやすく学べたような気がしています。

自分の理想を持ち、それを育んでいく。

これも繰り返し師が仰っていることですが、その意味するところがようやく実感を伴ったものになってきたように思います。

理想は雲の上にあるような遠いものではなく、ごく身近な存在の中にある。自分が一体何に惹かれているのか、惹かれている対象に気付いたのならそれをしっかり意識してそこに近づくにはどうすれば良いか考えて実行する。具体的に何も思いつかなかったとしても、そこに向かっていこうとすることで、一歩一歩確実に理想に近づくことになるのだと思います。
それはどこに行かずとも、今自分がいるこの場所でできます。

私のカルマ・ヨーガの実践の場でもある、治療院。少しでも心地良い空間になるよう心がけています。

様々な局面で活動を自粛することを求められ続けている今、この状況でいかに学びを深めて実践していくか、まさに踏ん張りどころです。私の場合は、これまで経験したちょっとした出来事の中にも、自分が感じていた以上に学ぶべきことが含まれていて、それを思い返すだけでも新たな気付きがあり、そこから改めて学べることを実感しています。
これからも弛まず日々の行為を丁寧に実践していきたいと思います。

 

ところで、5月20日から、Web会報誌「パラマハンサ」の配信が始まりました!
まだ全部読めていないのですが、カラフルで見やすいデザインが親しみやすさを感じます。そして、内容の濃い充実したコンテンツが盛り沢山で、特にWebならではの映像配信は見どころです!
ちなみに私は春の祝祭の時の師の映像を真っ先に見ました。朝出勤前に見たのですが、再び歓びで胸がいっぱいになって時が止まったように感じ、時間の感覚を取り戻すまでしばらくかかりました…
Web版パラマハンサのおかげでこれまで以上におうち時間が充実したものになりそうです。
これからも大いに学んでいきたいと思います!

草木があっという間に茂ってきました。梅雨の間により一層緑が色濃くなりそうです。

ハルシャニー


サナータナ・ダルマを生きる!

初のオンライン開催となった、春の祝祭「サナータナ・ダルマ・アヴァターラ・メーラー」。
出席された皆さんは、身体に収まり切らないほどの歓びを感じられたことと思います。

祝祭前は、初めてのオンライン開催がどんな風になるのだろうとドキドキしていましたが、いざ始まってみると、画面を通していることも忘れて没頭し、あっという間でした。
時間も空間も超えて出席者全員が共に在るということを強烈に感じました。
祝辞を献上した方々から、サナータナ・ダルマ=永遠の真理だけを見て行為してくのだという決意が伝わってきて、胸が熱くなりました。

祝祭後の土曜クラス終了後に、久しぶりに東京のグルバイ(兄弟姉妹弟子)で話す機会を持ちました。一年以上ぶりに拝見する師のお姿に感極まったのは皆同じだったようで、それぞれの表情や言葉から大きな歓びが感じられました。

東京グルバイのメンバー(後左から小菅さん、シャルミニーさん、前左ハルシャニー、マイトリーさん)

今回祝辞をされたグルバイの1人、小菅(こすげ)さんは、祝辞の文章を考えていく過程でたくさんの気づきと学びがあったと話してくれました。
名前も形もない真理について祝辞を考えるのは難しく、真理に関する知識を書き並べる感じになってしまい、「もっと自分の気持ちを出したい!」と悩んでいると、筆は自然と師であるヨギさんに向かっていました。それからはヨギさんへの想いが高まるばかりで、真理とかそういった知識ではなくバクティでいっぱいの内容になっていったそうです。
その表情からは歓びが溢れ出ていて、その場にいたみんなの歓びも一層大きくなったように感じました。

また、アーサナ・瞑想クラスの参加者のSさんは、まだ一度も師にお会いしたことはないけれど今回の祝祭に参加され、冒頭のヨギさんのプージャを拝見し、画面からでも神聖なエネルギーを感じました。 祝辞を述べられた皆さんの体験談も素晴らしく、それぞれヨギさんへの思いや、ヨギさんの言葉によって、人生に大きな変化があったんだなぁと思いました。」と感想を寄せてくださいました。 師を想い慕う気持ちはたとえお会いしたことがなくても同じなのだと感じ入りました。 

左から、ターリカーさん、マイトリーさん、シャルミニーさん。マスクをしているとわかりにくいですね。笑 いいお天気でした!千駄ヶ谷駅前にて。後ろに見えるのは新しくなった国立競技場です。

師が与えてくださるこの上ない歓び、そして自分の中にも真実があるという想いは、確かに私の胸の中に在ります。
それでも、日常の中で様々な出来事に巻き込まれてそれが覆い隠される状態になり、一人ではなかなかその覆いを取り払えない時もあります。
私はこの3月半ば以降、やむを得ず過密なスケジュールで働き続けてしまい、祝祭前日にはっと我に帰ったような状態になっていました。しかし祝祭当日、歓びしかないひと時を体験し、真理以外のことは全て吹き飛んでしまったように感じられました。そして翌日からは再び働き続ける日々が始まり、もっと余韻に浸っていたいのにともどかしい思いを感じながらも、仕事に集中するよう努めました。
そうしてグルバイで話す日を迎えたのですが、みんなで揃って会うこと自体がとても嬉しくて、慌ただしかった日々のことは一瞬で消え去り、再び歓びいっぱいになりました。1時間ほどではありましたが、交わす言葉以上に祝祭の余韻をみんなといるだけで味わえました。

かつてブッダは、「この世は美しい」とおっしゃったそうです。
私は日々の暮らしの中で、この言葉をよく思い出します。一体この世の何を美しいとおっしゃったのか…それは全ての命は等しく尊い、命そのものが美しいということではないかと思います。

ブッダの生きた時代と今とでは、環境も人々の暮らしも大きく異なりますが、「この世は美しい」ことは変わらない真実です。
人、動物、植物、それぞれの命が織りなすこの世界。その世界の中で、ずっとサナータナ・ダルマ(永遠の真理)は存在し続け、今を生きる私たちへと繋がり、これから先にも繋がっていく。
世の中がどんなに変わっていこうとも、絶対になくならないもの。

そのサナータナ・ダルマを体現してくださっている師の存在と、共にサナータナ・ダルマを生きようとするグルバイの存在がある限り、どんな世の中であろうとも必ずサナータナ・ダルマを実現できる。そう強く感じた祝祭でした。

ハルシャニー