誰もが実践できるヨーガ」カテゴリーアーカイブ

誰ヨガの夏 ☀︎ ヨーガを歩む!

今年の夏はいろいろありましたけれど、少しずつ季節は移り変わるものですね。いつの間にか朝夕は秋の気配を感じるようになって来ました。

さて、誰もが実践できるヨーガ・夏の特別3回シリーズを、長岡京市で7/1, 8/5, 9/2に行ないました。各回ともに20名前後の方が参加されました。毎回アーサナをして呼吸を調え、講座や実習を行ない、ヨーガの実践的な歩み方を学びました。

  1. 心を知る(7/1)
  2. 理想を育む(8/5)
  3. 確かな道を見つける(9/2)*9/1 補講を実施

今回、1回目と3回目に参加された東京の早川さんが感想を寄せてくださいましたので、ご紹介したいと思います。早川さん、ありがとうございました。       (サーナンダ&シャチー)


この夏、 誰もが実践できるヨーガ・夏の特別3回シリーズ(通称誰ヨガ)を受講しようと思ったきっかけは、以前から伝説のように「誰ヨガで〇〇と言っていた」とか、「誰ヨガでは、、、」とか「あれは本当に良かった」と言う先輩方の話を耳にしていたからです。また、色々なヨーガの本を読むものの、言葉を覚えているだけのような気がしてなかなか実感が伴わずにいました。知識に囚われてしまって、知識に行為を当てはめて納得するような、何とも言えないつまらない苦しい感じがありました。そこで、「誰もが実践できる」と言うタイトルにすがるような思いもありました。

1回目の講座は、講師であるサーナンダさんとシャチーさんのお二人のヨーガの実践体験談を交えながら、ヨーガの教えを学び、実習しました。その中で、どのようにしてこれまでヨーガの道を歩み今日に至ったかを聞くことができ、自分と照らし合わせて考える事ができました。例えば、ヨーガに出会って3ヶ月くらいの時はこうだった、1年半後にはこうなった、と具体的なエピソードを伺うことができ「今の私はこんな感じ」と共感したり、「もう少ししたらそれを体験できるのかな」と期待をもったりしました。

中でも印象に残ったのは、ヨーガを始めてから1年半後のエピソードです。
まだまだ心と闘っていたということ。原因を考えてみると、どうやら「私」を認めてほしい、「私」を愛してほしい、と、エゴなる「私」があることで苦しむのだと気付き、「真理の教えを心に言い聞かせる」作戦をとったそうです。
「この心や肉体は私ではない。ではなぜこの私を認めてもらわないといけないのか。本当の私はすでに喜びに満ち溢れた存在だ」
最初は全く理解しなかった心も、何度も何度も言い聞かせていくことで、ある日「そうかもな」と言い始め、心は少しずつ楽になっていったそうです。
また何年か後には、他者の評価を受け取らないように意識していった、悪い評価はもちろん、良いことも受け取らないようにすることで、心は振り回されることが少なくなっていったとのこと。「ヨーガは自立」という師の教えも紹介されました。今の私はまだ、手放せない観念や頼りにしているものがあり、それらを失うことに不安を感じています。ヨーガの実践は、その頼りにしているものを怖いけれど手放して、立っていられるようになることなんだなと、深くうなづくことができました。

3回目の講座では、4つのヨーガの実際的な歩み方について学びました。実は私は、そのあたりの区別がごっちゃりとしていたのですが、それぞれについての参考図書も紹介され、分かり易く理解できました。
どのヨーガにしても、やったことがないから難しいと思うだけで、実践していけば、誰もが真実を実感できるようになると話されていました。今、目の前で、手の届く人がそう言っているのだから、これは実際のことなんだな、私も実感できるようになれるんだなと思いました。
ただし…バターができるまでヨーグルトを混ぜ続けるような(生クリームとヨーグルトで発酵バターを作る時、バターができるまで根気よく混ぜなければならないという、シュリー・ラーマクリシュナの例えから)、根気と忍耐が必要ですよ、とにこやかに話されていた顔が真剣な鋭い眼差しとなり、じっと眼が合いました。その時、「誰もが実践できる」のだけれど、それには目標をもって、根気良く歩み続ける忍耐が必要なんだと、この誰ヨガの本当の意味を知りました。
すると、ここ最近のもやもやしたつまらなさはすっきりと晴れ、簡単なことだったんだなと思うと同時に、やり続けられる忍耐はあるのかな、いや、続けるしかないだろうと思いました。

初めて参加した誰ヨガは、お笑いもたくさんあり、本当に楽しかったです!

早川千茶


ヨーガはライフワーク

シュリー・マハーヨーギーは昨日台湾からご帰国されました!初めての師の台湾ご訪問でしたが、実にたくさんの道を求める台湾の人々が真実の師に巡り会えたことに歓喜し、師の存在と教えに魅了され、ヨーガの道に一歩足を踏み出そうとしているようです!彼の地に新しいたくさんの仲間が増えることを、心から嬉しく思いますし、これからが本当に楽しみですね!師との吉祥な縁によってヨーガが一層台湾に根付いていくことでしょう!すぐにブログでもご紹介できればと思います。

そして、師は今週末は松山での特別サットサンガに向かわれます。松山ヨーガ・サークルにて、5月20日(土)14:00〜16:00、5月21日(日)14:00〜16:00の2回行なわれます。とても貴重な機会ですので、皆さん、ぜひご参加ください!

さて、その松山に17年前に師と共に初めて訪問した際、師から「ヨーガはライフワークです」と言われたことを鮮明に覚えています。実はその時はよくわからなかったのですが、最近はその意味を実感します。今日はそのことについて書いてみたいと思います。

ライフワークとは、生涯をかけて成し遂げる仕事という意味です。畢生(ひっせい)の事業です。師はヨーガを成そうとすることは大事業だと言われます。

この社会のどんな事業も人の心が欲して成し遂げられ、人々に影響を与えますが、その心そのものを浄化し、人間を完成させるヨーガは、時を越えて多くの人々に恩恵をもたらす大事業になるということです。ブッダが成し遂げられたことは2500年経った今なお人々に恩恵をもたらし続けています。

それに気づいたのは、ナーグ・マハーシャヤというシュリー・ラーマクリシュナの直弟子の生涯を記した伝記『謙虚な心』を読んでいる時でした。ナーグ・マハーシャヤの生涯は、神への信仰とはどういうものなのか、そして謙虚さとはどういうことなのかを、人々に伝えるために捧げられたものだと思いました。神への純粋な信仰に生き切ったナーグ・マハーシャヤの生涯は、不滅の力をもって、私たちに真理を伝える力を持っています。その力は衰えることなく、未来に渡って道を求める多くの人間の魂を呼び起こし、心を変容させる力を持ちます。


ナーグ・マハーシャヤ

誰でもが、神への信仰や謙虚さを語ることはできるし、パートタイム的に行動することもできるけれど、その本当の意味は、生涯をかけて生きることで初めて伝えられることなのだと思いました。思いや言葉、行動の全てが100%それになって初めて、存在そのものが純粋な信仰となり、謙虚さそのものとなり得るのでしょう。それは生涯を捧げることによってしか成し遂げられないことなのだと思いました。それまではどれほど言葉巧みに語ろうと、単なる戯言に過ぎないのかもしれません。

ナーグ・マハーシャヤの生涯は、どこまでも神の僕であり、謙虚さが人の姿をとって顕れた存在だったのです。何の説明がなくとも、人は彼に会っただけでそれを感じざるを得なかったのです。

聖者と呼ばれる方々の生涯は、まさに真理の中に、神の中に生きた生涯であり、その尊い足跡は、永遠に輝き続けるのだろうと思います。ヨーガとはそのようなものであり、ライフワークとして、生涯をかけてやり遂げる理想と志を持つことがとても大切なことだと思いました。

サーナンダ


夏の瞑想合宿ー洋平編

人生で本当に大切なものって何でしょうか?

僕は学生の頃、漠然とだけど、半ば必死にそれを探していました。
旅に出たり、多くの音楽を聴いたり、本を読んだり……

そんな時、僕は「ある人」に出会いました。
その人は何でも答えてくれ、どうしてこんなにいろんなことを知っているのかと思いましたが、「本はほとんど読まない」ということでした。
また、本屋にあるほとんどの本は「ゴミ箱に棄てたらいい」とまで言い切っていました……(笑)
どうやらその人は、「瞑想」によっていろんなことを知ったということが分かりました。
ただ、その人が勧めてくれる本もいくつかあり、それは「聖典」といわれるものでした。
それを読むようになってからは、不思議と今まで好きだった作家の本が全く読めなくなりました。
「おいおい、洋平、影響され過ぎてるんちゃうの? マインドコントロールちゃうの?」
当時、周りの友人からはそのように思われただろうし、誰かにそんなことを言われたような気がします。
でも僕自身、そんなことはあまり気になりませんでした。
なぜなら、真理の言葉やその人の存在の方が、自分の人生で本当に大切なものだという実感があったからです。

ここで、僕の好きな聖典のあるエピソードを紹介したいと思います。

十九世紀インドのカルカッタに、シュリー・ラーマクリシュナという覚者がいました。
彼が住んでいるドッキネッショル寺院に、後に弟子となるニランジャナーナンダという青年が訪ねてきました。
ニランジャナーナンダは少年時代から降神術師のグループと交わっており、ある種の心霊力を発揮するほど優秀な霊媒だったそうですが、シュリー・ラーマクリシュナは彼に次のように尋ねました。

「もしおまえがお化けや幽霊のことを考えるなら、おまえはお化けや幽霊になるのだ。また神のことを考えるなら、おまえの一生は神のようになる。どちらがよいかね?」

「もちろん後者の方です」と答えたニランジャナーナンダは、この日から不思議とシュリー・ラーマクリシュナに魅了されていき、弟子になったそうです。

このエピソードから私が感じたのは、「考える力」って、とても強力だというだということです。
そして、何について考えるか、その「対象」が重要だと感じました。

「真理はまず聞かされ、考えられ、瞑想されなければならない」

という聖典の古くからの言葉があります。
真理についての考えが高じていくと、それは瞑想状態になり、その究極にはそれと一つになっていくそうです。
この人生で何か考えるんだったら、不確かだったり儚いことではなく、真理や神という永遠で絶対の「本当のもの」について考え、自分もそのようになっていきたいですよね。

さて、何度かこのブログでもアナウンスされていますが、この夏、滋賀県の近江神宮の勧学館(←かるたの聖地です)にて瞑想合宿があります。
私も参加するのですが、この合宿で真理や神について共に学び、考えて、そして瞑想してみませんか?
ご関心のある方は、ぜひご参加ください!
すべての方の人生において、きっと素晴らしい学びと経験になると思います!!!

image 近江神宮にて”真理”を瞑想する

瞑想合宿のご案内ー洋平からでした。
(今回から、ブログメンバーに加わらせていただきます。今後ともよろしくお願いします)

飯尾洋平


ヨーギーになりたいんです

..

いつでも、

どんな場所でも、

どんな人に対しても

心は常に真理のもとになければなりません。

サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ

 

ずいぶん昔(1990年頃)に師から授かった教えです。その頃の私は、日誌をつけていました。先日昔の日誌を見ていたら、印象に残った師の教えがいくつか記されていました。それをご紹介したいと思います。
その頃は、サットサンガで心に留まった教えを必死で記憶し、家に帰って書き留めていました。サットサンガ中は師の言葉に集中していたのでメモをとってなくて、サットサンガが終わると必死で教えを頭の中で繰り返して記憶に定着しようとしていたことを思い出しました。

私はこの教えが大好きです。(教えに好き嫌いがあるわけではありませんよ)どこが好きかというと、「いつでも、どんな場所でも、どんな人に対しても」という無条件、無限定なところなんです。限定付きならできるかもしれませんが、無限定という限定解除されているところがヨーギーなのです!

ところが、今回この教えをずっと見ていたら、この教え、とてつもなく深いなあと思いました。ものすごくシンプルなんですけど、今更ながらその無限定の意味を感じてしまい、姿勢を正してしまいました。これができて初めてヨーギーなんだと真剣に考え込んでしまいました。

真理をアートマン(本当の自分)や神、真の愛に言い換えてもいいかもしれませんけれど、心の側から見れば、単純に言えば、私心がなく、平静だということです。自分を振返れば、まだまだまだら模様で無条件、無限定ではないと言わざるを得ません。条件付きです。

これは生活全般、言動全般、思考全般を総点検し、調えていかんと到底無理だと思いました。思い浮かんだのは、師の御姿でした。いつでも、どんな場所でも、どんな人に対しても、無条件の行為と無限定の喜びにある御姿が浮かんできました。

やっていこう!ヨーギーになりたいから!

その昔、記録したのは何か自分の印象に残ったからなんだと思います。短い言葉ですが、私がこの教えの向こうに見たのは、真のヨーギーの御姿でした。

サーナンダ


愛の詩(2)

The Beautiful Legend of God 2

私の眼の中に住んで!
おぉ ナンダの息子よ!
御身は我が心を奪う
曇色の肌
大きな眼
孔雀の羽飾り
クロコダイルのような耳飾り
臙脂色の額印
愛らしい唇で笛の音を奏で
ネクタルのような音楽を授ける
胸の前にはマーラーが輝く
腰には小さな鐘のついた帯が光を放ち
足首の鈴が甘く響く

恋の最中は不思議なことに、誰であっても愛する人の姿は魅力を放つようになります。
ではもし…神を愛したなら、その御姿はどれほどの魅力なのでしょうか!?

ミーラー・バーイにとって、愛人クリシュナは単なる空想ではなく、実際にその光り輝く美しい姿が見えていたに違いありません!
まるで強烈な光で感光したフィルムのように、彼女のハート(眼)というフィルムには、決して消えないクリシュナの美しい御姿が焼き付いたのでしょう!

だからミーラーの眼は、愛するクリシュナだけを見ることしかできなくなってしまった!

私たちの眼は、日々何を見ているのだろう?

サーナンダ


愛の詩

ヨーガには、バクティ・ヨーガがあります。
神を愛するヨーガです。
その神への愛を歌った詩が古くから伝わって来ています。

今日 山を持ち上げる主に出会った
美しい彼の身体
彼は愛の神の輝きを放つ!
彼の鋭い一瞥!
彼は木陰で竹笛を吹き
牛飼い娘たちとリズムをとって踊る
その甘美な姿はハートに焼き付き
寝ても覚めてもなくならない!
魅惑的なその姿に
彷徨う私のハートを捧げ
私はそれを見つめ
世俗の慎ましさを棄てる!

中世の聖女ミーラー・バーイーの物語と詩を機関誌『パラマハンサ』で紹介してきましたが、彼女の詩の中で一つの特徴は、愛するクリシュナ神の御姿を見て眼を盗まれた、ハートを虜にされたという表現です。
神の虜になるとはどういう状態なのでしょう!?

寝ても覚めても愛だけがある!

サーナンダ


誰もが実践できるヨーガ・瞑想専科 合同合宿!

9月20日、21日と誰ヨガ&瞑想専科合同で合宿を開催しました〜
テーマは瞑想。講師は瞑想専科を担当しているサナータナです。

まずは初日、20日の講座は・・・・・・40名以上の参加者が集まりましたよ。合宿1

瞑想って「何も考えないことですか?」「無になることですよね」・・・とよく聞かれますが・・・というお話から始まりましたね。

サナータナはホワイトボードに

瞑想

という文字を書いてこう説明してくれました。

瞑想の文字には「想う(思う)」という文字が入っていますね。
瞑は元々は「冥」という字が使われていたのだけれど、これは「真っ暗」という意味。
・・・「他のことは考えないで(他のことには目をつむって)一つのことだけを想うこと」・・・つまり、思わないことではなく、一点に集中することとなります。
なるほど〜 😀

そして、瞑想の3つの段階を学び、自分がいったい何をのぞんでいるのかを見つめる瞑想をしてみました。
「自分の望み、希望、願望、欲望でもいいですよ。
ただこれを否定せずに、これさえあればもう完全に満足だ!と思える最高地点にまで高めていくようにしてみてください」
欲望を持たない、執着をしないという教えを何度も聞いているから、ついつい「〜したい」を否定してしまいがちですが、これらを否定せずに、永遠で絶対の最高の欲望にしていく。突き詰めていくことで、本当に自分がどう生きたいのか、人生の理想を見つけていくことができるそうです。
そしてそこには、誰もが求めている純粋なものが入っているというのです。

瞑想は対象が大事だといわれています。またそこに向かうには集中力が必要ですが、なかなか最初から集中して瞑想することは難しいもの。そこでサナータナは私たちが楽しんで集中に向かうことができるようにいろいろと考えてくれたのですね。
まずはこんなふうにして瞑想の練習をしましたよ。

さてさて本当に瞑想するのはここからが本番。
皆に寄り添って進めてくれた講座ですが、この後、サナータナはブッダの教えをもとに、そして時にはヨーガ・スートラの教えから、真我の瞑想と識別の瞑想を私たちに分かりやすいように解説してくれました。そしてそれを受けて実際に瞑想を体験、と繰り返し、講座は、2日間で計4時間半ほど。分かりやすく、しかも思わず笑ってしまう場面も多々あったりなど、楽しみながら学んだ、あっという間に過ぎた2日間でした。

本当の内容はブログでは伝えきれません。詳しく知りたい方はぜひサナータナの瞑想専科にお越しください!(大阪10月6日より中央公会堂、京都10月16日よりウィングス京都で開講!)

講座は終わったけれど合宿の醍醐味はまだまだ続きます。
合宿所はマハーヨーギー・アーシュラマの傍に住むヨーガの仲間の家5つ。それぞれにヨーガの名前がついていて、何人かでシェアして住んでいます。これまでも遠方からヨーガを学びに来られている方々の宿泊を受け入れてきました。その五つの菴に分かれての宿泊になります。

各庵に分かれた参加者たちは、ヨーガの仲間の先輩たちとともに、さまらさ料理を作っていただき、またその後は各庵でヨーガの話に花が咲きます。
また今回の合宿は瞑想がテーマだったので、それぞれが30分〜1時間程度の瞑想をしっかり行ない、ぐっすりと眠りました。

ヴィハーラで

庵の一つであるヨーガ・ヴィハーラにて、朝食後の写真です。前の晩にはヨーガの話をいっぱいした後に、自然とキールタンを歌うことになったそうです。皆さんいい顔をされていますね〜

ということで、合宿が終わった後は、勉強になった、とても楽しかった、充実していた、また合宿を計画してほしい、と嬉しい声もいっぱいいただきました。
皆さまありがとうございました〜

 

今回の合宿でとても印象的だったのは、私の家でもあるセーヴァ・クティーラに宿泊した女性の言葉です。
彼女は月1回あった誰ヨガ講座を2年間、ずっと続けて学びにきてくれていたのですが、初めて参加した時、そこに来ている人たちの多くが顔見知りなのだなと感じたというのです。(実際、マハーヨーギー・ヨーガ・ミッションでヨーガを学びに来ている仲間も多く参加していた)
でもそこに参加している人が、1人で参加している彼女に気付いて声をかけてきてくれて、それがとても嬉しかったそうです。そうして少しずつ他の人たちとも仲良くなって、月に一回の講座であっても、たとえ話すことがなくても、ああ来てはるなぁ、嬉しいなあと会えるのを楽しみにしていたと伝えてくださいました。
また、今回の合宿でも各庵に分かれて7〜8人ほどで宿泊しましたが、自分のことや抱えている問題なども、皆、隠さずに話されていたことや、だからこそ自分も素直に話し、聞いてもらえることができること。大人になってこういう人たちと巡り会えたのは、自分にとってもとても貴重なことなのだと話してくださいました。

ヨギさんは、教えを学ぶこととともに、サットサンガやヨーガの仲間との時間を大切にするようにとよくおっしゃいますが、こういう集まりに参加して落ち着いた、心地よく感じているというお声もよく聞きます。自分自身もクラスに参加したり、ヨーガの仲間と会うことで、ぶれない自分でいられたり、もっとがんばろうと思えたりします。
求めるだけではなく、捧げようと思う気持ちがある人たち、そんな仲間の中にいられることを改めて貴重であると感じ、本当にありがたいことだなあと思いました。

またこういう機会をぜひ作っていきたいと思います。その時はまた参加してくださいね!
久しぶりの登場、シャチーでした。


誰もが実践できるヨーガ特別編 in 松山 映像公開!

すっかり涼しくなりましたね。
こんにちは、マーダヴィーです

これから京都では、誰ヨガ・瞑想専科合同ミニ合宿が始まりますね

さてさて、今年の8月に松山で「誰もが実践できるヨーガ特別編」が2日間に渡って開催されました。その時の映像を公開しました

サーナンダさんとミラバイを中心として、アーナンディー、アミティー、松山スタッフと共に行なわれた今回の誰ヨガ特別編。撮影された映像の中から、“バクティ・ヨーガ” に焦点を当てて編集をしました。1日目の講座と、2日目のキールタン・ワークショップから構成されていて、“バクティ” 一色!の内容となっています。サーナンダさんがバクティを語ります!(全国のサーナンダファンの皆さまは必見でございます)

バクティ・ヨーガは、ヨーガの道の一つで、神を愛するヨーガです。

ちなみに私が初めてバクティ(神への愛)と出会ったのは、2004年インドでのこと。当時、私は中国〜インドを旅していて、ネパールのとある村で中古の自転車を買い、自転車で旅していました。

ちょうどその頃インドではドゥルガー・プージャの真っ最中!ドゥルガーは見た目はとっても美しいのですが、実は怖〜い戦いの女神さまなのです。ドゥルガーのお祭りのクレイジーな大熱狂と共に、自転車をこぎこぎ (…マーダヴィーは女神ドゥルガーの別名でもあるそうです…)

チベット〜インドへの道中、私が目にしてきたものは、人々の神に対する純粋な信仰でした。それは大阪で生まれ育った私の宗教観とは全く違っていました。そこには信仰の中に日々の生活がありました。素朴に純粋に神を敬い、愛し、感謝を捧げている人々と出会い共に時を過ごす中で、神の存在と神への信仰そのものが彼らの生命の源なんだとわかってきました。

まず初めに神があり、神への信仰が生きる礎となり、そしてその上に毎日の素朴な生活がある。その様子はとてもシンプルなのに心は満たされていて、本来、人があるべき姿のように感じました。

自転車旅の目的地はシヴァの街!ヴァラナシです。ヴァラナシはインドの中でも最大の聖地!!そこにはシヴァを祀ったヴィシュワナート寺院があります。「ハラ・ハラ・マハーデーヴァ」というキールタンにもその名前は出てきますね。(ご存知ない方は、YouTubeの「Sakti vol.6 – Hara Hara Mahadeva」を見てくださいね♪ 私が撮影したヴァラナシの写真も何枚か入っています♪♪ )

基本的にヒンドゥーの寺院には異教徒は入ることができません。が、なぜだか私はどうしてもどうしても黄金寺院と呼ばれるこのヴィシュワナート寺院に行きたかったのです。警備のインド人数人に止められながらも「私はシヴァを信仰してるのだー!!!」と強引に押し切り、ついにその中へと入ることができたのです。そこで体験したのは一言で言うと『絶対的な神の臨在と、神に狂う』ということ。この瞬間から私は神に飲み込まれてしまったのです。そして、今でもその中に私は生きています。

それは、ひとえにヨーガのお陰です。ヨーガと出会ったから、いつも神を親しく想い、彼の真実に魅了され、その虜となってしまったからです。もしヨーガを学んでいなかったら、とっくの昔にあの経験も忘れ去ってしまっていたでしょう。私たちは色んなことに心が奪われ、本当に大切なことをいとも簡単に忘れてしまうのです。

バクティ、神への愛・・・ その火種は誰もの中にあると言われています。かの地とは歴史や文化の違う場所にいても、この現代の日本においても、神の愛を知り、神は愛であることを知り、愛そのものである神を愛することは可能です。神の存在と神を愛することを忘れてしまうことは、人間の最大の苦しみです。神を想う私の中に神がいて、その神に圧倒される!あの時飲み込まれてしまった神の臨在が今この胸の中に在る。どうして私を残しておく必要があるのでしょう。神は絶対の存在!我を忘れて神に狂喜乱舞!

おっと、、、 しまった。。。
今回は松山映像公開のお知らせなのです。
思わず熱くなり過ぎました冷汗

それではどうぞご覧下さいませ〜。

マーダヴィー


2014松山誰ヨガ 御礼!

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こんにちは! ミラバイです!

8月9日(土)、10日(日)と松山へ行ってきました! MYMはここ何年か毎夏に松山ヨーガ・サークルの方でヨーガのイベントをさせていただいています。今年は「誰もが実践できるヨーガ〜本当の自分を探して〜」と題し、一日目が講座「誰もの中にある真実」、二日目がキールタン「神の愛に触れる!」という、二日間通しての学びと実践を行なってきました。今回はそのご報告をしたいと思います。ちなみにこの二日間は台風がちょうど四国に接近していて、一時はどうなるのかな〜と心配でしたが、松山は本当にマジックにかかったように二日間とも会の間は台風の影響は全くなく、途中晴れ間さえ見えました。あぁ、これぞまさに神業!!

では早速一日目の講座から〜。
実は今回の企画は、今までとは違った点が一つだけありました。それは、松山ヨーガ・サークルのスタッフが、私たち京都のメンバーとともに講座やキールタンの講師として参加した、ということです。実際にしてみて感じたことは、参加される方も普段からクラスで慣れ親しんでいる先生が前で話すことでとても親近感をもたれたようでしたし、また普段は京都と松山とで離れて暮らしているため、時折会って話すだけだった私たちも、一つの企画をともに作り上げていく中で、互いにさまざまな気付きや学びがあったように思います。

一日目の講座は京都のベテランヨーギー・サーナンダさんと、松山ヨーガ・サークルでいつも朗らかに、かつヨーガ道にまっしぐらに邁進しているアーナンディーとの初コンビです!

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私個人的にもどのような掛け合いが生まれるのかなぁ〜と内心わくわくしていました。あまりにもたくさんありすぎて3時間の内容をここで詳細に書くことはできないのですが、講座は最初に心の仕組みやヨーガの全体像を学び、その後に、今回のタイトルともなっている「真実」とはいったい何なのか、それを実現していくためにはどうすればいいのかを一緒に考えていきました。真理の教えを的確に、分かりやすく説いていく頭脳派ヨーギーと、具体的な体験談を交えて親しみやすい話で心をなごませてくれる感覚派ヨーギニーのお話は、とても面白かったです。特に印象に残っているのは、ヨーガの教えの部分というよりも(すみません)、サーナンダさんとアーナンディーの体験談でした。真実という確かなものがこの自分たちの中に、誰もの中にあるということ、それを静かながらも力強く説かれている姿を見て、本当にそれを実感されているということを感じたし、また信仰というものをどのように深めていったのかという具体的な話は、来られていた方にとっても、とても参考になったのではないかなぁと思いました。……とまぁ、私の感想は置いておくとして、来られた方の感想のご紹介をもって、その内容報告に代えさせていただくことにします。

「本当の自分は神、愛であるというお話をお聞きして感動しました。いつの日かそれを実感したいと強く思いました」
「いつもざわざわしている自分の気持ちの落ち着け方が見つかったような気がします。ありがとうございました」
「最近ヨーガができていなかったけど、この講座をきっかけにまた実践していきたい」
「お二人の実践を聞いて胸が熱くなりました。サーナンダさんが確かなもの、アートマンが自分の中にあるということをお話しされていた時は、なんだか胸の奥がじーんとして、どうしてか分からないまま涙が溢れました。この場所にきっとアートマンがあると思って、大事に感じていきたいです」
「神に恋して実践あるのみ! 心を神で満杯にしたいと思いました」

会の後半、座りながらアーサナで少し体をほぐした後、

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ほんの短い間ですが、みんなで瞑想をしました。43名という参加でしたが、その人数の多さを感じさせないほど場はピタッと静まり、皆さまとても集中されていたように思います。

さて、講座を終えてアーナンディーからいただいた言葉を少しご紹介したいと思います。

「この企画は今年で3回目になり、サーナンダさんとミラバイさんには毎年、連続で松山にお越しいただいています。そのおかげでしょうか、チラシができる少し前に、このイベントについてクラスやメールでご案内したところ、皆さんから続々と予約が入りました。皆さんの参加理由は『ヨーガを深く学びたい』『テーマが自分にぴったり』『前回、参加してみて良かったから』などさまざまでしたが、京都からのお二人にお会いしたいという声もたくさん聞くことができました。お二人のヨーガへの純粋な情熱と誠実で優しい人柄にすっかり魅了され、毎年、お会いできることを心待ちにしてくださっていることを感じました。

参加者の方からは、嬉しい声をたくさんいただきました。私個人の感想としては、サーナンダさんとの打ち合わせの時間がとても大きな学びとなりました。私自身は毎回の打ち合わせが楽しみでしたが、いろんな課題をいただいてもなかなか思うようにクリアできない自分がいたのですが、そんな私に対して、サーナンダさんは一度も呆れたり責めたりすることがなく、もっと考えが深められるように丁寧に接してくださいました。その大らかさに何度も励まされました。また、お会いするたびにサーナンダさんがいつも変わらず真理だけを求めて、ヨーガの教えを生きているその真剣さを肌で感じることができ、本当に貴重な機会をいただきました」

 

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さて、二日目はキールタンです!

2014-08-10 14.55.58
2014-08-10 14.44.05

こちらの会は慈愛と知性を併せ持つ看護師ヨーギニー・アミティと、わたくしミラバイとの初コンビで行ないました。今回歌った曲は「ナーラーヤナ」という神を讃える歌です。ナーラーヤナ神は原初の神ともいわれていて、この世界ーー太陽や大空や森や川、また私たち人間を含むすべての生きものを生み出した神ともいわれています。私たちの本質や存在にかかわる神だからなのか、心の奥にもぐっていくような瞑想的な歌でもありました。31名が参加してくださり、会が進んでいくにつれて次第に集中感が生まれていきました。時折目を閉じ、胸に集中しながら歌っておられる方がおられたり、また目に涙を浮かべながら歌われている姿を見て、私の心もとても大きく動きました。
皆さまのそんな様子もすごく印象的でしたが、それと同時に印象に残ったのが一緒に会を行なったアミティです。これまでこの会に向けて練習やミーティングを行なってきましたが、キールタンを実際に歌い続ける中で、アミティ自身にも変化が訪れてきているのが分かりました。キールタンでは神への思いを歌に込めるということが大事ですが、それと同時に調和もまた大切にしていきます。御名という一つのことに集中しながらも、同時に周りの状況をすべて把握していかなければなりません。ここでアミティからいただいた感想を少しご紹介したいと思います。

「約1カ月半、毎週末京都で、会の打ち合わせとキールタンの練習をしてきました。キールタンの練習では、歌声と、鈴やハルモニウムなどの楽器、その音程や音の大きさ、リズム、それらをよく聞き、すべてが一つになるようにしていきました。集中を途切れてしまってもそれには取り合わず、常に一つに集中させていくように。何度も練習を繰り返していく中で、すべてがぴたっと一つになった時、そこには調和が生まれ、歓びがありました。その歓びは、自分だけが歓んでいるというのではなく、私とか他者とかの区別もなく、ただそこには一つの歓びがあるのだというのを感じました。

当日は、最初は緊張気味だった参加者の方も、キールタンを繰り返し歌っていくことで緊張もほぐれ、だんだんと表情がいきいきとしてくる様子が分かりました。一人一人が神の御名を一所懸命に唱える姿は、本当に美しかったです。参加者の方と目が合うと、歓びがさらに湧き上がってくるようでした」

2014-08-10 14.27.35

また、会の中では、キールタンを歌うことによって神の甘美さを体感したという体験談を話してくださいました。何事も同じなのかもしれませんが、キールタンも一度だけではなく、何度も何度も歌い続けることがとっても大事です。神の御名に自分の心が完全に塗り替えられてしまうまで、理屈抜きに繰り返し続けることにが本当に大切。そうしていく中で神への愛も育まれていくことになるし、また神との触れ合いがやがて生まれていくことにつながっていききます。これからぜひ松山にキールタン旋風を巻き起こしてほしい! アミティの体験を聞きながらキールタンの力強さを改めて感じ、そのように思いました。

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さて、いよいよ終盤、キールタンは二部制になっていて、後半はトーク+Q&Aでした。

2014-08-10 15.25.37

最初は私自身がヨーガをしてきた中で気付いたことや、実践してきたことなどの体験談を話しました。Q&Aの時間は1時間ほどでしたが、心の動揺が起きたり人間関係の悩みがある時はどのようにしていけばいいのか、外側に見ている神を自分の内側にどのように見いだすのか、信仰心はどのように育むのかなどなど、いろんな質問が出ました。印象としては、とっても熱心にヨーガをされている方がすごく増えておられるなぁと思いました。質疑の時も真剣な表情で質問をされていて、その熱意に頭が下がる思いでした。

こちらも最後に皆さまからいただいた感想をご紹介します〜。

「自分の中にも人の中にも尊い存在の神が内在しているし、また宇宙神のような存在もあると思う。ヨーガを通していろいろと体験していきたいと思う」
「キールタンのことをよく知らなかったのですが、お話を聞くことができて、キールタンへの思いが変わりました。楽しく歌うことができました」
「言葉を失ってしまうほど、心が動きました。自分の中に神聖なものがあるのだと思って、そこを目指していきたいと思うことができました。とても嬉しかったです」
「キールタンに初めて参加してみて、瞑想と同じ状態になるという話を聞いてびっくりしました。実感は全くなかったのですが、そういう方法もあることが知れてよかったです」
「今年も参加してよかったです。仕事に忙しくて自分の中の真実に気づけない日々ですが、今日からまた少しずつアーサナ、瞑想、聖典の学習をがんばろうと思いました」

ご参加くださったみなさま、本当にありがとうございました。
二日間を通して何か少しでもこれからの生き方のヒントになるようなものを持って帰ってもらえたなら嬉しいなぁと思います。ヨーガって一日とか二日行なっただけでは変化を感じることも難しいかもしれませんが、地道にコツコツと続けていくことによって必ず心は変わっていくし、また必ず真実に近づいていくことができます。昨日よりも今日、より良い思いで心を満たしていくこと。そして勇気をもって少しずつの実践を積み重ねていくこと。そうすればやがて、私たちの人生が歓びに満ちたものに変化していくはず! これからもともにがんばっていきましょう! 皆さまとまたお会いできるのを楽しみにしています〜。

 

 


「誰もが実践できるヨーガ」最終回

新しいブログになって初めての投稿にも関わらず、「誰もが実践できるヨーガ」最終回のご報告です。

一昨年の4月から始まった誰ヨガ。昨年の5月から二期目を迎え、その二期もあっという間に最終回になってしまいました。
毎回、参加してくださった皆様の真摯な学びの姿勢に支えられ、ここまで来れました! 皆様本当にありがとうございます!

さて今回のテーマは「誰もが実践できる正しい日常のヨーガ」でした。
まずは今までに習ったことを振り返り、私たちが何を学んできたか、また学びを続けていくとどんなふうになっていくのかを、サーナンダさんが簡潔に解説してくれました。

2014.3.15誰ヨガ2-0748

2014.3.15誰ヨガ4-0763

誰ヨガでは一年を通して、正しい物事の見方、考え方を学び、日々のあり方も提案をしてきましたが、こうして振り返ってみるとやはり、アーサナや瞑想ももちろん大事だけれど、心の思いや言葉、行為を正しく調えていくこと必要なんだなということが分かりました。

 

最初は何をやっているのか分からなかったり、ちゃんとできているのかなあなんて思ったりすることも多いですが、それでも続けていくこと、次の一歩を踏み出すことが大切だと、サティヤーやシャチーの体験談からお話ししました。

2014.3.15誰ヨガ3-0787

サティヤーは二期からアシスタントとして誰ヨガに加わったメンバーですが、皆さんと同様に学びを深めてきました。その中で漠然としていた思いや、分からないからといってそれには触れずに横に置いてしまっていたことが理解できたこと、また反対にそのことに興味をもってもっと知りたいと思えたことなど、誰ヨガでは学び方を教わったのだと思うと話してくれました。

ヨーガの教えは、今まで聞いたことがないことも多くあったりして、そこに心を沿わしていこうとすると心が不自由に感じたり、苦しかったりしすることもありますが、それでも続けていくことでいつか、以前よりも自由になっていることに気付かされるのです。地道な実践が大事。今いるところから一歩を踏み出すことが大切なんですね。

会の始まりに、何人かの方に今までの感想をお聞きしました。また、事前にアンケートを書いていただいたのですが、皆さんそれぞれが、学びを日常に生かされていることをお聞きでき、とても嬉しかったです。

誰ヨガは一旦終了しますが、ヨーガの学びはこれで終わりではありません。
イレギュラーになりますが、何カ月かに一回は皆で集まれたらいいなあと思っているので、それまで少しずつでも進めていきましょう。

合言葉は、ヨーガはライフワーク! 焦らず、気楽に、気長に、真剣に!

次にお会いできることを楽しみにしています。
そしてその時には、お互いにまた高めあえる時間を共有できればと思っています〜

シャチー

 

おまけ

2014.3.15誰ヨガおまけ2-0819

誰ヨガTシャツを着て最後の会に参加してくださった鶴さん(中央)と松野くん〜

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途中休憩で、満面の笑顔でハイチーズ!

今までの誰ヨガの内容はこちらからご覧いただけます。