投稿者「ミラバイ」のアーカイブ

祝!『理想の人間になるためのガイド』 台湾にて販売開始!

この度、師のヨーガの教えや弟子たちの実践の記事を掲載した台湾語の冊子が、初めて完成しました!!!

台湾で活動を行なう弟子たちが、昨年から懸命にこの企画を進めてきました。現在、マハーヨーギー・ミッションから出ているヨーガの教えは主に日本語と英語のものばかりです。一人でも多くの中国語圏の方に師のヨーガを知ってもらえたらと、これまでも台湾のブログでも翻訳したものを掲載してきましたが、クラスなどで紹介をしても、なかなかその反響が見えなかったそうです。そこで、それなら書籍という形にしてみてはというアイデアがあがりました。

内容は、師の教えやサットサンガでの問答のみならず、機関誌『パラマハンサ』に掲載された弟子たちの記事、また京都や東京、台湾のブログからの引用などです。教えだけではなく、仕事や日常生活においてどのようにヨーガを実践していくか、そういった弟子たちの体験談に基づく記事を紹介することによって、もっと身近にヨーガを学んでもらえたらという願いがありました。この冊子は三部作となっていて、今回が第一部目となります。タイトルに「ガイド」という言葉があるため、旅行を連想させることから、前に向かって歩いていくイメージで台湾の弟子の一人、ザォユァンがカバーデザインをしました。ちなみに裏表紙にも言葉が掲載されていて、次のような意味だそうです。

「出発する動機は常にシンプルなのだろう

いつもと違う美しい風景を見るために  一緒に実践し

一歩ずつ自分の理想の人生に向かって歩んでいきましょう」

 

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そして先日火曜日に、無事に印刷が出来上がったそうで、早速台湾のクラスでお披露目と販売会がありました!

手に取られた方からは、表紙がとても可愛い、目を引く、タイトルもいい!などたくさんの歓びの声があったそうです。クラスに参加されている方からも、嬉しい感想が寄せられました。

「ブログも読んでいますが、どれを読んでどれをまだ読んでいないか、はっきり覚えているわけではなく、見落としたものもあるかもしれません。本の形になるとメモもできるし、確実にすべての記事を読めて、とてもいいと思います。思いついたらすぐ開いて読めるし、スマホを見る時間も減るでしょう。もっと自分の生活に集中できると思います。中国語の本ができてとても嬉しいです! みんなの努力に感謝いたします」

今後、さらに多くの方の手元に、師のヨーガとこの冊子が届いていきますように!

ミラバイ

 


インディア・メーラーに参加してきました!

10月7日(日)、神戸メリケンパークで行なわれたインディア・メーラーのサブステージに参加してきました。

快晴! 10月とは思えないほどの暑さとなりましたが、大空の下、潮風を受けながら歌うキールタンはとっても気持ちがよかったです。

少しですが、動画をご紹介〜↓

 

ご参加くださいました皆様、本当にありがとうございました!

ミラバイ

 


バクティ・サンガム始まりました!

こんにちは、ミラバイです。ブログ、久しぶりに書かせていただいています〜。

さて、この4月から京都・大阪でのバクティ・サンガムが始まりました。今年のテーマは、「何度も何度も繰り返し歌い込む!」ということです。

昨年はいろんな聖者の物語を取り上げ、毎月いろんなキールタンを歌ってきました。たくさんのキールタンを歌えることはそれはそれでとてもいいのですが、せっかく覚えたキールタンなのに、歌が十分に深まらないまま次の曲に移行していくのがもったいない。キールタン自体、神の御名を繰り返し唱えていくものですが、その一曲のキールタンをまた何度も繰り返し歌い、その歌に慣れ親しんでいくことによって、私たちはよりそのキールタンの世界に入り込んでいくことができます。キールタンの世界とは、神との戯れの世界そのもの。だから、今年は参加してくださっているみなさまに、もっともっとキールタンを深め、その味わいを存分に味わってもらいたい! そのような思いで、今年はこういったことをテーマに、3カ月ほど同じ曲を歌い込んでいくことにしました。

次回大阪は5月5日(金)、京都は5/28(日)です。第2回目、さて、どのようにしてみんなでともに深めていけるのか、私もとても楽しみにしています〜。

 

 


聖者の生き方に倣う

京都と大阪で春から行なってきたバクティ・サンガム。今シリーズは毎回一人の聖者を取り上げ、その生涯やエピソードを紹介しながら、彼らにまつわるキールタンを歌ってきました。そして、先週の金曜日に行なった会はそのシリーズの最後の会となりました。取り上げた聖者は、中世に実在した神人、シュリー・チャイタニヤ。そう、キールタンを始めた方だといわれています。

小さな頃から聡明で、大人になってからは論理学者になり、学識のある者を見つけては論破することばかり繰り返していたようですが、ある日突然、神への愛に目覚めてしまいます。それ以降、学問には全く興味をもつことができず、「クリシュナ」という神の御名だけに魅了されてしまいました。やがて、神の御名を歌として町を練り歩くようになり、多くの方がそれに付き従ったといわれています。
——シュリー・チャイタニヤはいったい何に触れたのでしょうか。彼はなぜその歓びの中に一人留まらず、人々を導いたのでしょうか。どんな約束が彼とクリシュナとの間で交わされたのでしょうか。そして彼が見ていた世界はどのようなものだったのでしょうか。

会の中では、シュリー・チャイタニヤが残した詩の一部をご紹介しました。私自身これまで何度も読んで知っていたはずなのに、この日、突然とっても心打たれました。

「神の御名を唱えなさい
神の御名を唱えることで 誰もが神に近づくことができる
おお 心よ
一枚の草の葉よりも謙虚で 木のように忍耐強く 逆風に耐えるものであれ
人から名誉を受けることを拒み
すべての人を 心から敬うものであれ」

朗々と、堂々と大勢の人々に囲まれながら主の御名を唱えるその一方で、内面は、神に、真実に、人に、あらゆるものに常にこうべを垂れ続けた彼の謙虚さと姿勢が私の中に突然飛び込んでくるような感触がしました。そして同時に、まさにその境地を生き、私たちに人としてあるべき理想の生き方を示されている最愛の師のお姿が私の胸の中に蘇りました。

今年は、シュリー・チャイタニヤだけでなく、聖女ミーラー・バーイー、シュリー・ラーマクリシュナなど、さまざまな聖者、覚者をご紹介してきました。私たちも今一度聖者たちの残した言葉や生きざまに触れ、それを拠り所にしながら、また自らがその境地を生きていけるよう、見倣っていきたいと思います。

また来年のバクティ・サンガムも春頃から開催したいと思います。決まりましたらウェブでご案内致しますね。どうぞお楽しみに!


ミーラー・バーイーの歌に挑戦!

こんにちは、ミラバイです! 今日は久しぶりにバクティ・サンガムのご報告を致します。

春から京都・大阪で毎月行なっているバクティ・サンガムの今シリーズは、毎回一人ずつ聖者を取り上げ、彼らが愛した神にまつわるキールタンを歌ってきました。今回はインド中世に生きたバクタ(神を愛する人)、ミーラー・バーイーをテーマに、彼女が残したといわれている歌に挑戦しました。

私たちがこれまで歌ってきたキールタンは、神の御名だけを繰り返す簡単なもの。しかし今回の歌は歌詞もどんどん変わり、またメロディーも複雑で、リズムにも変化があります。実はこの歌、私は大好きな曲で、初めてこの曲を聞いた時、彼女の人生は苦難に満ちたものであったけれど、彼女はどんな時も神だけを見つめていたこと、そして神とともに多くの歓びの時間を過ごしたということが強く伝わってきて、歌詞の意味は分からなかったけど、とても感動したことを覚えています。ということで、いつかみんなで歌えたらいいなぁと思っていた曲の一つでもあり、しかもこういったタイプの歌は初めての挑戦だったので、どんな会になるかなぁと、私自身も楽しみでした。さぁ、早速チャレンジしていきます!

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最初はみんな気持ちを込めて歌うどころか、歌詞とにらめっこしながら一所懸命挑戦しておられました。でも、なんのなんの! 驚くほど早く歌が歌えるようになり、聞いていた私の方がとても驚きました。最後はみんなで大合唱になり、笑顔もこぼれ始めてよかったです。

「とても楽しかった」「歌詞に思いを馳せながら歌えました」「ミーラー・バーイーの生きざまや熱が伝わってくるようだった」といった感想もいただきました。また後日、「あの夜、夢の中でクリシュナとラーダーの絵とともに歌のメロディーが聞こえてきて、ずっと心に引っかかっていたものが消えた感触があり、純粋な意識だけが残る体験をしました。素敵なギフトをありがとうございました」という感動も寄せられ、とても嬉しく思いました。バクタ、ミーラー・バーイーのハートに、私たちも少し触れることができたのでしょうか。

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次回は、京都は11月27日(日)、大阪は12月9日(金)に行ないます(詳しくはこちら)。取り上げる聖者は、シュリー・チャイタニア。キールタンを歌いながら民衆の中を練り歩き、「神の御名を唱えるだけで、誰もが神に近づくことができる」と、インドに大きなバクティの波を引き起こした神人です。今シリーズはこれで最後の会となりますので、ぜひご参加くださいね! お待ち致しております。

ミラバイ


バクティ・サンガム始まりました!

こんにちは! ミラバイです! お久しぶりです〜。皆さまお元気にされてますか?

さて、今年のバクティ・サンガムが京都は3月末から、大阪は先週の4月8日から開始しました!早速ご報告させていただきたいと思います〜。

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今年のシリーズは、毎回いろんな聖者を取り上げ、その方にちなんだキールタンを歌っていきます。初回は、ラーマ神を愛した、名もなきある機織りの聖者をご紹介しました。

「彼はとても敬虔な人で、誰からも信用し、愛されていたそうです。いつもは市場で品物を売っていて、人々からの信頼もあつく、お客はすぐにお金を払って彼の売る布を購入していきました。

ある日、機織りが夜更けに礼拝堂に座ってたばこをふかしていると、盗賊たちが前の通りを通りかかりました。盗賊たちは盗品を運ぶ男が欲しかったので、彼を引っ張っていきました。機織りは言われるがまま盗品を頭に乗せて運んでいると、そこに突然警官がやってきたのです! 盗賊たちは逃げ去り、機織りはなんと捕まってしまったのです。

彼は取り調べの際、長官に言いました。『私はラーマの思し召しによって、夜の食事を済ませました。それからラーマの思し召しによって礼拝堂に座っておりました。その時、ラーマの思し召しによって盗賊が通りかかりました。ラーマの思し召しによって、彼らは私の頭の上に盗品を置きました。ちょうどその時ラーマの思し召しによって警官が到着し、ラーマの思し召しによって、私は捕らえられました・・・』

長官は、機織りがとても信心深い男であることを知り、釈放を命じました」

この物語が大好きな人がおられて、ぜひ紹介したい!という声がありました。それがこの方、ヨーガダンダさん。

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いい笑顔ですね〜。今回からバクティ・サンガムを一緒に行なっていくことになりました。(よろしくお願いします 😀 )。ヨーガダンダさんはこの物語を読んで、ラーマ神だけを思い続けるという単純さにとても惹かれたそうです。常に神を思い続けるって、とっても難しい。機織りは素朴な人だけれども、いつも身近に神を感じ、至福に満ちた高い境地におられるということを感じたと話されていました。

常に平安な心境でいること、神に満たされた状態のことをシャーンタというそうです。すべては神の思し召し。いいことがきても、悪いことがきても、何がきても、すべては神からやってきたこと。愚痴を言わず、自分のところにやってきたことすべてを受け入れ、その思いに徹することができれば、全く動揺など起こらず、いつも平安なのでしょうね。また、そのように思うことは、最初は心の訓練のように感じるかもしれませんが、それこそが——すべては神から与えられているということが——この世界の真実の姿なのだなと思いました。

「すべては神の思し召し」

さーて。

私たちも、今一度、自分の心に問いかけてみましょうか。

 

次回はどんな聖者のお話が飛び出すのでしょうか。どうぞ、お楽しみに〜!

 

 


『ラーマーヤナ』御礼

水の上に住む家なく
地の上にも住む家なく
空の中にも住む家なし
霊魂よ けがれなき神の道をすすみ
神の御前に辿りゆけ
永遠の光 神の御前に輝く

(レグルス文庫『ラーマーヤナ』より)

こんにちは。ミラバイです。昨日、大阪での『ラーマーヤナ』の語り芝居&キールタンWSが、おかげさまで無事に終わりました。初めての方やヨーガ・瞑想クラスに来られている方、久しぶりの方なども参加してくださり、年明けにふさわさしく新鮮で楽しい会となりました。

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『ラーマーヤナ』の語り芝居は約3年ぶりです。今回改めて私自身も久しぶりに物語に目を通したのですが、気付くとまた子供のようにわくわくしながら本を読んでしまっていました。初めて物語を読んだ時にいちばん心打たれたのは、ハヌマーンという猿の神様が、主ラーマのために命懸けで海を渡るシーンでした。しかし、聖典は読むたびに違った発見があります。今回ももちろんそのシーンにも引き込まれましたが、実はいちばん印象に残ったのは、敵であった悪魔でさえも、その本性は神なる魂をもっているというくだりでした。

通常の映画や漫画なら、悪魔を倒してそれでハッピーエンドとなるのかもしれません。けれども『ラーマーヤナ』の中では、ラーマたちが敵を倒しても、その死を悼み、葬送を行ないます。そのとき、その魂は悪魔という肉体を捨て去って、この地上の世界から無限なる神の世界へと飛び立っていくのです。その際にどこからともなく聞こえてきたお祈りの歌が、冒頭に紹介した詩でした。

私たちが本当に心の拠り所とすべきは、神の御足下である。
そこにこそ、本当の幸せがある。
そして、その神は私たち誰もの中にあって、誰もが聖なる存在であるーーーいつも師から教わっているヨーガの教えを、また改めて説かれたような気がしました。

 

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さて、その後は、『ラーマーヤナ』の物語を紹介しながら、みんなでキールタンを歌いました。2時間があっという間に終わりました。最後に皆さまからいただいたご感想を紹介します。

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「物語をお話しされている時にすごく思いを込められていて、その姿の後ろに、まさに情景が思い浮かびました。海を渡ったお猿さんや、(シーターを助けるために)一緒に橋を作った動物たちやお月さんのようになれたらと思いました」

「ハヌマーンの心の純粋さに圧倒されました」

「演技力がすばらしく感動した。キールタンは単語が覚えにくかったけれど、繰り返せば慣れるのかなと思いました。仕事終わりに、神話はほっとひと息つけてうれしい。どうしたらあんなにすてきな笑顔で唄えるのだろうか。興味しんしん」

「前回一度見ましたが、今日の語り芝居は全く新鮮でした。変わったりしていませんよね……、私が変わったのかな? 『ラーマーヤナ』を読みたくなってきました。胸がいっぱいです。よい年明けの企画で楽しかったです」

「とてもとてもすばらしかったです。感動しました。いつも最高です」

「ラーマのお話、よかったです。ハヌマーンのラーマを思う気持ちが、人が神を思う気持ちなんですね〜。またよろしくお願いします」

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お越しくださいました皆さま、ありがとうございました! 私たちにもハヌマーンのような純粋な信仰心が芽生えますように〜!

ミラバイ


礼拝

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明けましておめでとうございます。今年のお正月は本当に寒いですね! 各地では元旦から雪が降り積もっていたようでしたが、皆さまはいかがお過ごしですか?

あ、ご挨拶が遅れました。年末に引き続き、またまたミラバイです。私は今日、アーシュラマ(ヨーガの道場)のすぐ近くにある、北野天満宮に初詣に行ってきました。天神さん(北野天満宮のことを、こういうふうに呼ぶんです)はとても近くのため、実はこの三が日にお参りに行ったことはこれまでなかったのですが、今日初めて行って、あまりにもの人の多さに本当にびっくりしました! 本殿から神社の入り口のある今出川通りまでずら〜っと人が並んでて、なかなか前に進めない! ゆっくりゆっくり歩いて、何十分もかかって、ようやく本殿に辿り着きました。お賽銭箱の前に来て、えいっとお賽銭を投げて、パンパンと手を叩いた次の瞬間、いったい何をお願いしたらいいのだろう……と、はたと困ってしまいました。特に、何もお願いすることがなかったからです。そして、ふと昔のことを思い出しました。

ヨーガを始める前は、年末年始の時だけお寺や神社に行ってはお参りをし、一年間の感謝をしたり、またこれから先のことを祈ったりということを普通にしていました。信仰心なんてなかったけれども、お参りは普通のことだと思っていました。でも、ヨーガを始めて数年間、実はお参りに行っても手を合わせることができなくなった時期がありました。神様は本当にここにいるのか、自分は誰に祈りを捧げようとしているのか、私が本当に信じるべきものは何なのか、祈るということはどういうことなのか、そういったことをずっと考えていたのだと思います。
そうしてそれから、はや数年……。今ではそれらの疑問も解消し、以前に抱いていた抵抗感も、もうすっかりなくなってしまいました。神は自らの中にあって、また誰もの中にもある、そして本当に祈るということは、あれが欲しい、これが欲しいと願うということではなく、心をしっかりと神に結び付けて口を閉ざし、黙って行為すること。……なのかな。今はそのように理解しています。皆さまはどうですか〜? きっといろいろ考えておられることと思います。

ともあれ、おかげさまで無事にお参りは済みました!
皆さまにとって、幸多き年になりますように。どうぞ今年もよろしくお願い致します〜。

ミラバイ

 


新春特別企画/語り芝居『ラーマーヤナ』&キールタンWS @大阪

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こんにちは!ミラバイです!
いよいよ今年も後少しとなってきましたね〜。皆さまいかがお過ごしでしょうか?

さて、突然ですが、来年の1月14日(水)に、インド神話『ラーマーヤナ』の語り芝居とキールタンのWSを行なうことになりました! 『ラーマーヤナ』とは、このMYMブログでもダルミニーが連載の記事を書いてくださっていますが、主ラーマの武勇伝などが書かれたインドの古典の物語です。2年前に大阪と松山で公演を行なったことがあるのですが、この1月に急遽再演が決定しました!
私はこの物語の中に出てくる猿の神様、ハヌマーンが大好きです。愛する主ラーマのために自らの命でさえもなげうち、主のために尽くそうとするハヌマーン。その愛の純粋さと強さ、そして彼のひたむきさに、とっても憧れます。
愛と信仰に満ちた心で、来年一年を力強く生きていきたいと願うあなた! 新年の幕開けにぜひハヌマーンのハートに触れに来てください! お待ちしています〜。

〇日時:2015年1月14日(水) 19時から21時(開場18:45)
〇会場:大阪中央公会堂
〇参加費:2700円(税込)
★マットなどの何か敷物をご持参ください。

ミラバイ


マーラー

こんにちは! ミラバイです。昨日からぐんと寒くなりましたね。今日の京都は朝から雪が降り積もっています〜。皆さまお変わりありませんか?
さて、今日はマーラー(数珠)について書こうかなと思います。

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これは私のマーラーなんですが、もう10年以上も前になるけれど、私がヨーガを始めて間もない頃、師からいただいたものです。その時のことはとっても印象的で、今でも私の心の中に強く残っているのですが、それは、ある日のサットサンガ(師から教えを請う問答の場)が終わった時のことでした。呼ばれて師の下に行くと、両手で大切に包み込むように持っておられたものを、私の目の前にすっと差し出されたのです。「ええっ! もしかしてマーラー?!」。当時先輩たちがマーラーを首に掛けているのは目にしていて、それが何を意味しているのかは分からなかったのですが、なんとなくかっこよく見えて、私も欲しいなぁ〜、でもきっと自分にはまだまだなんだろうなぁ〜と思っていたところでした。あまりにも驚きすぎたため、せっかく師が渡そうとしてくださっているのに、私はそれを受け取らないまま、ものすごい勢いで部屋の隅っこまで後ずさりして、そのまま座り込んでしまいました(笑)。
もちろんしばらくして、気持ちが落ち着いた後にいただいたのですが、その時に言われたことは「これは、信仰の印です」ということ。

信仰の印……。

その頃、私は正直、信仰心なんて全くもっていませんでしたし、信仰が何かもよく分かりませんでした。でもこのマーラーが、師と私をつなげるもの、ヨーガと私をつなげるもの、そしてこれから先、自分がヨーガの道を歩んでいく上での希望が込められているような気がして、本当に嬉しかったのを覚えています。その日の夜は首に掛けたまま眠り、次の日からも毎朝会社につけていき、肌身離さず持ち歩いていました。

そんなマーラーですが、実は一度紛失しかけた(笑)ことがあります。
ない! ない! どこを探してもない! 何日も何日も探し回り、歩き回り、いろんな人にも尋ねましたが、全く出てきません。あぁ、どうしよう〜(ToT)
あまりにも「私のマーラー」をなくして落ち込み、食事も喉を通らない様子の私を見て、心配した先輩は、「もしそれが自分のマーラーではなく、誰か他の人のものだったら、それほどにまで動揺するかな?」と、私に識別を促そうとアドヴァイスをくださったこともあります。確かにヨーガの中でよくいわれる「私」と「私のもの」という思いが自分の中にあるのか……。それが苦しみを生んでいる? もしそんな思いがなかったり、やっぱり誰か他の人のものだったらそんなに落ち込まないかも……と思い、瞑想や識別をしようとしてみましたが、そう、ご想像の通り、全くできませんでした。これまでキールタンの活動をしてくる中で、私は必ずマーラーを首に掛けてきましたが、そのときはいつも師が私の傍におられるように感じていました。きっと私はいつの間にかこのマーラーに、師とのつながりや師の存在、また自分自身の信仰の印を見いだそうとしていたのだと思います。何より、師がマーラーを手渡してくださった時、手のひらの中であたためてくださっていたその温もりをずっと感じていたのかもしれません。私の信仰はいったいどこにあるのか。主はどこにおられるのか。猿の神様ハヌマーンが自分の胸を切り裂き、主、ラーマはここにおられる!と叫んだように、私の主は私の胸の内におられるのか。
いつの頃からかはもう忘れましたが、私は自分自身の内側にもっと確かなものを見いだしたいと願うようになったと思います。

結局、マーラーは本当に思いがけない(!)ところから出てきて、おかげさまで一件落着しました(それも神のご加護としか思えない〜〜!)。この一件を通じて、私はマーラーの意味や信仰について改めて考える機会になったなぁと思います。
今は毎日身に着けることは少なくなくなりましたが、大切に部屋の祭壇に置いています。そしてサットサンガに参加する時は、できるだけ身に着けていくようにしています。ここが私の信仰の原点だと感じているのです。

ミラバイ