スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ 御聖誕日

1月12日は、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの御聖誕日ですね。

「自らを信じることができなければ、神を信じることはできない」

これはヴィヴェーカーナンダの言葉です。
この言葉には、盲信や偏狭な宗教・宗派主義はありません。
自らを信じること、それだけです。

人は誰もが、戦争のない平和な世界を願っています。
しかしながら、現実はそうではありません。
人種、宗教間の差別や争いは、絶えず起こっています。
ヴィヴェーカーナンダは幼い頃、「タバコのパイプ」から、その矛盾を感じています。
法律家の父の事務所にはカースト別にタバコのパイプが用意され、イスラーム教徒用のパイプだけ離れたところにありました。
ヴィヴェーカーナンダはすべてのパイプを吸って、次のように父に言ったそうです。

「どこに違いがあるのか分かりません」

このようにヴィヴェーカーナンダのみならず、子供や青年の頃、誰もが感じるであろう世界の矛盾――
ただ、大人になるにつれ、それらは忘れ去られていくことがほとんどです。
しかしながら、ヴィヴェーカーナンダは29歳の時、次の言葉を述べています。

「世界が自分の後をついてくるまで、インドにはもう戻らない」

そしてアメリカに渡り、世界宗教会議で「真理はただ一つ」と宣言したのです。

世界の矛盾と真っ向から対決し、行動に移したヴィヴェーカーナンダ。
では、どうしてヴィヴェーカーナンダはそれができたのでしょうか?

大きな要因の一つはやはり、「自らを信じた」からだと感じます。
アメリカ行きを決める前、彼は2年間のインド遊行遍歴の末、旅の最終地カニャークマリで次の誓願を立てます。

「幾度生まれ変わろうとも、千の不幸に苦しもうとも、自らが信じる唯一の神、あらゆる魂、とりわけ邪悪なる我が神、苦悩する我が神、あらゆる民族の貧しき我が神を礼拝せんことを!」

そしてもう一つ、大きな要因だと感じることは――

ヴィヴェーカーナンダ聖誕150周年の2013年、私はベルルマトを訪れました。
一宗一派を超えて「真理はただ一つ」というヴィヴェーカーナンダの思いは、彼が設計をしたベルルマトに表現されていると感じました。
その外観は見る角度によってヒンドゥー教、イスラーム教、キリスト教、仏教の寺院に見ることができるように作られていました。
そしてその聖堂の中には、彼の最愛の師である「シュリー・ラーマクリシュナ」だけが、存在していたのでした。

ゴーパーラ


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