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『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ④

1893年5月31日、インドのボンベイから出港したヴィヴェーカーナンダは、コロンボ・シンガポール・広東・大阪・京都・東京などに途中寄港した後、横浜から太平洋を渡ってバンクーバーに到着し、そこから宗教会議の開催地であるシカゴへ汽車で向かいました。
7月終わりにシカゴに到着し、宗教会議について問い合わせをすると、開催が9月まで延期されたことや、然るべき団体からの信任状がなければ代表として認められず、また代表として登録するには遅すぎることを知らされます。なんと宗教会議を勧め、アメリカ行きを手配してくれたインドの誰一人として、宗教会議の詳細については問い合わせしておらず、会議の日時や参加条件について知らなかったのです。
思いもよらない状況に直面し、異国の地で頼れる人もいませんでしたが、ヴィヴェーカーナンダが信仰を失うことはありませんでした。なぜならインド放浪時代に優しい神の摂理が加護して下さらなかったことはなかったからです。
ヴィヴェーカーナンダはこの頃、友人に書いた手紙の中でこう述べていますーー「私は聖母マリアの息子の子供達の中にいる。主イエスがお助けくださるだろう」。

9月までシカゴに滞在する所持金のなかったヴィヴェーカーナンダは、生活費の安いボストンに移ります。汽車で移動する途中、裕福な婦人と出会い、客人として招かれました。婦人は極東からの珍客を友達に見せびらかしますが、その内の一人が宗教会議の代表選考委員会の議長の友人であり、ヴィヴェーカーナンダの類い稀なる博識を認め、議長にヴィヴェーカーナンダを紹介する手紙を書きます。その後シカゴに戻りますが、不幸にも代表者委員会の住所を忘れてしまいます。人々に道を尋ねながら、空腹と疲労で歩道に座り込んだ時、窓からその様子に気付いた婦人が食事と休息を与えます。なんと彼女は宗教会議の議長と友人であり、ヴィヴェーカーナンダを紹介して、ようやく参加が決まるのです。
度重なる困難が訪れましたが、手を差し伸べる人々と出会い、主の導きの確信を深めたヴィヴェーカーナンダは、その思し召しに値する道具にならんことを絶え間なく祈りました。

9月11日、宗教会議が開催されました。会場は7000人で埋め尽くされ、特定の宗派ではなくヴェーダの普遍宗教を代表したヴィヴェーカーナンダは、その華やかな衣、黄色のターバン、そして美しい容姿によって、壇上でも際立って人目を引きつけました。
31番目にスピーチをする順番でしたが、ヴィヴェーカーナンダは原稿を用意しておらず、大舞台での講演も初めてで緊張のあまり何度も順番を遅らせました。ついに順番が回ってきて演壇に上り、形式的な言葉をかなぐり捨てて、同胞としての素直な暖かさをもって語りかけました。

「様々な場所に源を持つ異なった川も、すべて海で溶け合って一つになる。主よ、同様に様々な性質によって人々が歩む異なった道も、曲がったり、まっすぐだったり、様々に見えながら、すべてあなたへと導かれる道なのです」

聴衆は深く心を動かされ、たちまち数千の人々が立ち上がって拍手が沸き起こりました。全ての聴衆がこの宗教の調和のメッセージを辛抱強く待っていたかのようでした。
インドの名もなき若き僧侶は、一晩にして著名人になりました。シカゴの街には等身大の肖像画が貼られ、新聞にスピーチが掲載されました。またインドの雑誌や新聞にもその活躍が紹介され、祖国の人々の心を誇りで満たしました。

誰一人知り合いがいない異国の地で、目的である宗教会議の参加の見通しが立たず、所持金も足りない八方塞がりの中で、ヴィヴェーカーナンダが頼れるものは本当に神だけだったと思います。その信仰を胸に行動し続ける中で導きがあり、宗教会議への参加が叶うことになりました。この信仰と行動力は、目的に向かって歩むときの理想的な姿を示してくださっていると思いました。ヴィヴェーカーナンダほどの大きな仕事や困難な状況ではなくても、あらゆる状況の中で模範にできるものだと思います。

引用・参考文献:『スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの生涯』

サルヴァーニー


夏休みブログ🍉🎐〜円空や鬼、ブッダのことばについて〜

残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続きますね☀️
今回は夏休みシーズンということで、ちょっとラフでフリーな感じでブログを書いてみました🏖️🏄
少し長くなったのですが、お付き合いいただけたらと思います🙏

1年半ほど前になりますが、あべのハルカスで開催されていた円空展に行ってきました。
円空は生涯で民衆のために12万体の仏像を彫ったと伝えられている修行僧です。

飛騨千光寺に伝わる金剛力士像。まるで木からそのまま仏が現れたかのような姿です。寺の境内の立ち枯れた木から直にこの像を彫ったとか。

円空の特徴は大胆な荒彫りーー私は初めてその彫りをネットで目にした時、衝撃を受け、私の心にも深い印象を刻み込みました。
そこからというもの、円空に魅了された私は、その仏像が安置されている滋賀や岐阜のお寺に足を運びました。
その時のブログはこちら💁「ブラゴパーラvol.8」

この円空展では、たくさんの作品(円空仏)が展示されていました。
素朴な微笑みを浮かべる数々の円空仏を見ていると、円空が民衆のために12万体の仏像を彫ったという事実が心の中に浸透していきました。
円空のその偉大な行跡はもちろん知ってはいたのですが、実際に円空仏を見ていると、自然と頭が下がる思いになったのです。
ブログを1000書いたとしても円空には遠く及ばないし、アーサナを毎日12ポーズ×12年間やり続けても50000ポーズほどです。
数がいちばん大事ということではないですが、円空仏と対面することで、彼の行動がどれだけ驚異的なことであったのか、また神狂いであったのかと心の奥から感じ、謙虚な気持ちになりました。

そして円空展の目玉は「両面宿儺(りょうめんすくな)」でした。
『呪術廻戦』という人気漫画に登場し、有名になった鬼神です。


歴史上で両面宿儺は朝廷に叛逆した飛騨の豪族だと言われ、異形の鬼の姿で伝えられていますが、地元では武勇に優れた英雄的な人物だったそうです。
その両面宿儺の像を円空が飛騨高山の千光寺に滞在中に製作したようです。

ちょっと話は逸れますが最近、仕事で映画『鬼滅の刃』を観る機会があったのですが、鬼にもいろんな鬼がいて、それがきっかけで「鬼って何なのかな?」って考えることがありました。
それは王権側から見たら叛逆者であり、また人間の心が生み出す嫉妬や怒り、欲望、死への恐怖etcが鬼となって現れているのかな思ったのと、不平不満や嘘、暴言を口にすれば、鬼のように顔が赤くなりツノが生え、その場は修羅・地獄と化します👹
かのブッダは、「人が生まれたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割く」と言って言葉の慎重さを説いていますし、また「時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむ」とおっしゃっています。
以下が、ブッダが私たちを苦しみから脱するように鼓舞した言葉になります。

起(た)てよ、座れ。眠って汝らになんの益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。
起(た)てよ、座れ。平安を得るために、ひたすらに修行せよ。汝らが怠惰でありその〔死王の〕力に服したことを死王が知って、汝らを迷わしめることなかれ。
神々も人間も、ものを欲しがり、執着にとらわれている。この執着を超えよ。わずかの時をも空しく過すことなかれ。時を空しく過した人は地獄に落ちて悲しむからである。
怠りは塵垢である。怠りに従って塵垢がつもる。つとめはげむことによって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。

『ブッダのことば』 第二 小なる章 10、精励

とても力強い言葉です。怠惰になって地獄に落ちないように、瞑想の修行を怠らずに努め励むこと、それが心を平安にするためにすごく大事なことだと分かります。

あと、もし心が波立ったり荒れているな、怠惰になっているなと思ったら、円空仏などの仏像や聖なるシンボルを目にすることも大事なことだと感じています👀
目を通して、心は落ち着き、清涼になると思います👹⇨😊🏝️

ゴーパーラ


ヨーガとインド神話

私は、マハーヨーギー・ミッションのバクティ・ヨーガのクラス「バクティ・サンガム」で、キールタンを歌ったり、インド神話や神々について学んだりする中で、自然とインドの神々に親しみを感じるようになりました。

また、機関紙『パラマハンサ』に長年連載されていた『バーガヴァタ・プラーナ』の記事を読み続けるうちに、「インド神話って本当に面白い!」と強く感じるようになっていきました。

私たち日本人には、古くから「八百万の神」という多神的な感覚が生活に根づいています。多くのユニークな神々が登場するインド神話に、どこか懐かしさや馴染みやすさを感じるのも、そうした文化的背景があるからかもしれません。

ヨーガは特定の宗教に属するものではありませんが、そのルーツはヒンドゥー教と同じく古代インドの叡智にあります。そのため、ヨーガの教えとヒンドゥー教の聖典や神話には、重なり合う部分が多く見られるようです。

こうした背景などを少し知ったうえでヨーガの実践者として神話にふれると、最初は知らない神様に戸惑ったり、荒唐無稽な作り話のように感じられた物語が、次第に知的な理解を超えて、心に深く響いてくるようになりました。

インドの女神信仰の聖典に『デーヴィー・マーハートミャ(女神の素晴らしさ)』というものがあります。

この書籍に『デーヴィー・マーハートミャ』が収録。

この聖典は、女神の誕生からアスラ族(悪魔)との壮絶な戦い、そして女神が完全勝利を収めるまでの大スペクタクルな物語と、女神への賛歌から成っています。
インドの女神は、最も優しく美しい存在でありながら、この宇宙のすべてを生み出しすべてを飲み込むエネルギーそのものであり、宇宙最強で最恐(?!)でもあります!

どれほど最強かというと、宇宙の創造主ヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマー、インドラをはじめとする、あまたの神々から放たれた神の光のエネルギーが一つに集結して誕生したのが女神ドゥルガーなのです。その上、それぞれの神々から、特別な神の武器を贈られ、完全武装した女神となります。その想像を絶する強大な威力を持った女神がひとたび雄叫びをあげると、「全世界が震撼し、海は波立ち、大地は震え、山々が揺れ動いた」と語られるほどのスケールです!

しかし、そんな女神にさえ対抗する力を持っているアスラたちは、倒しても倒しても、しぶとく次々とわいてきます。ついには大憤怒したドゥルガー女神から、より強力なカーリー女神が生まれ、最後にはアスラの王が倒されるのです。

さて、この聖典についての解釈はさまざまあると思いますが、私自身が読み終えた時に、最も印象深く胸に迫ってくるのは、「人間の無知」の象徴とされるアスラの、なんとしつこいことか…ということです。
そして、それをあの手この手で何とか滅ぼそうと戦ってくれる女神や神々の、なんと偉大で慈悲深いことかという思いです。

ヨーガでは、私たち一人ひとりが神の顕れだと教えられています。そう考えると、この壮絶な戦いは、私たち自身の「無知」との心の闘いでもあると思います。

女神とアスラとのあまりにも凄まじい戦いを思うと、気が遠くなりそうですが、物語の最後に描かれているのは「勝利」です!
私にとって『デーヴィー・マハートミャ』は、女神のように猛々しく、そして勝利するまであきらめずに、自分の中の無知と闘い続ける勇気をもらえる、そんな神話であり、聖典です。

それほど長いものではありませんので、もしよければぜひ一度読んでみてください!

(参考文献/平凡社東洋文庫『ヒンドゥー教の聖典 二篇  ギータ・ゴーヴィンダ/デーヴィー・マハートミャ』)

シャルミニー


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ③

1886年、最愛の師シュリー・ラーマクリシュナ御入滅の後、ナレンドラ(後のヴィヴェーカーナンダ)と数人の若い弟子たちは、ボラノゴルに家を借りて共同生活を行ないました。

ある時全員でボラノゴルを離れてアントプルの村で数日を過ごしました。ヒンドゥ教の習わしに従って焚き火を囲んで瞑想をしていた時、頭上には星が瞬き、静寂を破るのははじける薪の音だけでした。ナレンドラは突然目を開くと、師の如き情熱をもって、キリストの生涯を兄弟弟子に語り始めました。「枕する場所」がなかったキリストのように生きることを説き、熱意に燃える彼らは、神と聖なる火を証人として出家を誓いました。

ボラノゴルに戻ると、食事を忘れて、瞑想、礼拝、研究、信仰の歌に没頭しました。各自が2枚の腰布を持っていましたが、他に外出時に必要な着物は皆が交代で着ました。様々な国の歴史や哲学体系を共に学び、議論して、疑問が生じた時には、師の教えという光に照らすことで解決されていきました。

やがて彼らは、神への明け渡し、無執着、内なる沈着を身につけようと、杖と托鉢の椀以外は一切持たないサードゥの生活に焦がれ始めます。ナレンドラもまた、孤独の平安に浸ることを願っていました。他者に自分に頼らないこと教えると同時に、自分の内なる強さを試したいとも思いました。初期の放浪は、仲間に請われると戻らなくてはならなかったため一時的なものでしたが、ついに1890年、杖と椀だけを手にしたナレンドラは、名もなきものとして広大なインドに旅立ちました。

インドを遍歴する中で、ナレンドラはあらゆる人々と交わりました。統治者、地主、神職者、そしてそういった権力者の不徳な気まぐれの犠牲にされている大衆の惨状を知りました。インドの民衆が貧困を極めているのを目の当たりにして、人々の苦しみがナレンドラの繊細な心を痛めました。こうした状況にあって自分の義務とは何か?神と交流すべく隠遁すべきなのか?と何度も自問しました。しかし、その神は人間を通して現れることを確信し、神への奉仕はインドの人々をもって始めなければならないと感じていました。

ボラノゴルから始まり雪を頂いたヒマラヤを経て、インド最南端に至る旅の終わりにコモリン岬に辿り着いたナレンドラは、鮫が生息する海を泳いで小島に渡ると、岩の上に座りました。自分の目で見てきたことを思い出し、自分の義務を自問しました。苦行と自己抑制によって、偉大な霊性の力が蓄えられ、心は東洋と西洋の智慧に溢れていました。今こそこうした力のすべてを人の内なる神への奉仕のために使わねばならない、と結論しました。

しかしどのようになされるべきなのか? 岩の上で一人沈黙の思いに沈んでいたナレンドラにヴィジョンが示されます。それはアメリカの新大陸でした。人々の心が階級という重荷から自由な国、限りない可能性に恵まれた国。感受性の高いアメリカ人に、インド古代の智慧を授け、それと引き換えに科学技術の知識を母国に持ち帰ろう。アメリカでの伝道に成功すれば、インドの国威を西洋に高めるばかりでなく、自国の人々にも新しい自信が養われるだろう、と思いました。

来たるシカゴ宗教会議でインドを代表するように友人から熱心な要請を受けたことを思い出し、渡米を決めます。ボンベイからアメリカへ向けて出港したのは1893年、ヴィヴェーカーナンダは29歳でした。

ヴィヴェーカーナンダが遍歴した路(みち)を辿ってみたいと思い、イラストに描きました。遍歴を通じてインドの現状を目の当たりにし、あらゆる人々と交わることで、ヴィヴェーカーナンダの心はインドと一つになったのだと感じました。インドの苦しみは彼自身の苦しみとなり、この後人々への救済と奉仕に人生を捧げられたのだと思います。

サルヴァーニー


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ②

4月6日に開催された春の祝祭は、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの魂に迫っていく内容でした。ヴィヴェーカーナンダの力強い言葉、人類の救済に全てを捧げた生き様は、兄弟弟子や大勢のヴィヴェーカーナンダの元に集った人々を真理へと導きました。そしてその導きと恩寵は、今も私たちにも注がれていることを感じました。ヴィヴェーカーナンダの衝動によって魂が奮起するような、祝福に満ちた会でした。

さて前回から始まった『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ。
大学生になったナレンドラ(後のヴィヴェーカーナンダ)は、ブラフモ・サマージという社会運動及び宗教運動組織に参加していました。しばらくの間その祈祷会や信仰の歌に心の高揚を感じたものの、霊性の実体験を伴っていないことに気がつきました。そして「神を見た人のもとで教えを乞いたい」という抑えがたい欲求を感じ、その切望のもと、1881年11月、師ラーマクリシュナに出会いました。

ラーマクリシュナから見て、身なりや外見に無頓着なナレンドラは、一緒に寺院を訪れた他の若者たちとはまったく違っていました。いくぶん内に向いた目が印象的で、瞑想的な雰囲気を醸し出していました。ナレンドラは師に尋ねました。

「師よ、神をご覧になったことはありますか?」
師は間髪入れずに答えられました。
「ああ、あるとも。私はここでお前を見ているように神を見るのだよ。しかももっとはっきりと見るのだ」
ナレンドラは、初めて神を見たと言いきる人に対面して驚愕しました。

五年間にわたって師と間近に接したナレンドラは、決して盲信に影響されることなく、常にラーマクリシュナの言動を厳しい理性の試験にかけました。近代精神の象徴の如く、知識欲旺盛で、機敏で、知的な純粋さを持つナレンドラは、どんな結論も合理的な証明なくしては受け入れませんでした。しかし、師がナレンドラに理性を捨てるように求めたことは一度もありませんでした。ナレンドラの理性が究極の神秘を解き明かせなかった時には、師が弟子に必要な洞察力を授けられました。こうして師は限りない忍耐と愛、そして慎重さを持ってナレンドラの反抗的精神をなだめ、霊性の修行へと導かれました。

ヴィヴェーカーナンダが肉体を離れる2年前に、弟子に宛てた手紙にこのように書かれています。

「結局私はドッキネッショルのバンヤンの樹の下でラーマクリシュナの素晴らしい言葉に耳を傾けて心を奪われていた少年に過ぎないのです。それが私の本性なのです。善をなすことなどはすべて付け足しです。今再び師の声を、私の魂を感動で震わせたあの懐かしい声を聞くのです」

『スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの生涯』より

最愛の師の下で、仲間と修行に励んだかけがえのない日々。美しいドッキネッショル寺院、ガンジス川、バンヤンの樹。後に西洋へ渡り、世界中に真理を広めたヴィヴェーカーナンダの胸の内にはいつもこの情景があり、力の源となっていたのではないかと思います。

サルヴァーニー

 


力を与えてくれるヴィヴェーカーナンダの言葉

インドの聖者、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダは、数多くの力強い言葉を残されています。

『立ち上がれ、目覚めよ』は小さな本ですが、ヴィヴェーカーナンダの力強いメッセージが凝縮されていて、私は幾度となくこの本を開いています。

まず自分を、それから神を信じよ”

日々悩みや苦しみに翻弄されている自分に自信が持てず、これでヨーガを実践しているといえるのかモヤモヤしていた時に目に飛び込んできたのが、この言葉でした。
「神」「真理」「真我」と呼ばれる、永遠に変わらない純粋そのものである存在が、誰もの中にある。
そう教わる度に心底安心して、それだけになりたいという思いが湧き起こるのですが、気持ちが落ち込むと、私にはできないという思いの方が勝ってしまう状態でした。
この堂々巡りから抜け出したくて、ネガティブな思いが湧いたらこの言葉を呟くことにしました。最初はただ呟いているだけでしたが、続けているうちに胸の奥の方に意識が集中されて熱を帯びてくるようになり、その体感しているものが、「神」と呼ばれる存在なのかもしれないと思うようになりました。気付けば自分自身を、そして神を、確かにあると信じられるようになっていました。


しかし、実践を続ける中では葛藤することや悩むことが度々起こります。そんな時、勇気を与えてくれるのがこの言葉です。

失敗を気にするな。それは自然なことだ。失敗——それは人生の美だ。失敗のない人生などありえない。もがき苦しむことがなくなれば人生に意味はない。…苦しみや間違いを気に病むな。…これらの失敗や小さな後退を気にするな。千回でも理想を掲げよ。そしてもし千回失敗したら、さらにもう一度チャレンジせよ”

失敗してしまった時にこの言葉を思い出すと、目の前にヴィヴェーカーナンダが現れて、私の手をぐっと引っ張ってくれるように感じるのです。
落ち込んだ気持ちはリセットされて冷静になり、失敗した出来事と真理の教えとを照らし合わせ、何が原因だったのかを見付けて、もう一度やってみようと思えるようになります。
たとえそれでまた失敗したとしても、この言葉の通り、千回でも理想を掲げてまた挑戦すればいい!
私にとって最も気合が入る言葉かもしれません。

先日『立ち上がれ、目覚めよ』を読み返したら、これまであまり気にならなかった言葉が目に留まりました。

愛に失敗はないのだよ、君。今日であろうと、明日であろうと、何十年後であろうと、真実は征服する! 愛は必ず勝つ。君は仲間を愛しているか?”

愛とは純粋に、ただ相手の幸せのために自らを捧げること。
そこには失敗か成功かなどということは一切なく、ただ愛があるだけ。
ハートをギュッと鷲掴みにされたような感覚になりました。 

また、初めは仲間というのは共に真理へと続く道を歩む人たちのことを指していると思っていたけれど、何度も読み返すうちに、仲間とは、全ての共に生きる人たちのことを指しているのではないかと思うようになりました。
目の前にいる人かもしれないし、遠く離れた場所にいる人かもしれない。
それぞれの人にとって大切な人たちを愛し、その幸せを願い行為することで、不可能なことも可能にする力が、きっと生まれる。
ヴィヴェーカーナンダも、そのように人々を愛し、彼に愛された人々も彼を愛し、それが大きなうねりとなり、数々の仕事を成し遂げられたのかもしれない。

今生で出会えた愛おしくて大切な仲間たちと共にいられることがどんなに吉祥なことか。私はこれまで以上にそれを実感しています。
1人でできることには限りがあるけれど、仲間がいることでできることは無限大に広がっていくと信じています。

少しでもヴィヴェーカーナンダに近付けるように、行為していきたいです

 

ハルシャニー  

 


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ①

今年の春の祝祭は、インドの聖者、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダに迫っていく内容になるとのことで、とても楽しみにしています。個人的にもこの機会にヴィヴェーカーナンダにもっと親しみたいと思い、本を読んでいます。今年のブログでは、『ヴィヴェーカーナンダの生涯』から印象に残ったエピソードなどから想像を膨らませてイラストを描いていく予定です。

今回は子供の頃のヴィヴェーカーナンダのいくつかのエピソードをイラストに描きました。可愛く陽気な性格で、エネルギーに溢れていた子供の頃のヴィヴェーカーナンダ。
ペットの牝牛や猿や鳩や孔雀を可愛がっていたそうで、それを聞くと鳥や動物に対する愛情を持ち、命を大切にされていたことを感じます。
またサードゥ(僧)が好きで、サードゥが施しを求めた時には、唯一の持ち物であった新しい腰布を与えてしまうほどでした。
母親から教わったヒンドゥの神々への愛を育み、子供の頃からシヴァの神像の前で瞑想を行なっていました。瞑想の最中にはしばしばこの世に対する意識を失い、ある時は、杖と水椀を携えた澄み切った表情の光り輝く人のヴィジョンが見えました。それはおそらく仏陀のヴィジョンだったと、後に思われたそうです。
この頃は眠りに入ろうとする時に、毎日不思議なヴィジョンを体験しました。目を閉じると、眉間に輝く光の球が色を変えながらゆっくり広がって、最後には全身に白い光を浴びせながら破裂するのです。この光を見つめながら徐々に眠りに落ちていきました。毎日のことなので誰にでも起こる現象だと思っていましたが、友人が、そんなのは見たことがないと言うのを聞いて驚きました。この光は、偉大な霊性の過去と生来の瞑想の習慣を示唆するものでした。

このように子供の頃から神を慕い、神との強い結びつきを感じさせるヴィヴェーカーナンダですが、恐れと迷信には我慢がなりませんでした。ある時ヴィヴェーカーナンダは友人たちと子供の悪戯で、近所にある木に登って花を摘んだりして遊び、その木の持ち主に注意を受けていました。それでも悪戯を止めないので、木の持ち主はこう言いました。「あの木を守っている白い着物の幽霊は、邪魔されると、必ず首をへし折りに来るんだぞ」
それを聞いて友人たちは怖がって木に近づくのを止めました。しかしヴィヴェーカーナンダはいつも通りに木登りを楽しんで、さらに枝を数本折るという悪戯をして、友人たちにこう言いました。
「君たちは何て馬鹿なんだ! ほら、僕の首はまだつながっているじゃないか。あの爺さんの話は真っ赤な嘘だ。自分が本当だと信じない限り、人の言うことを信じるな」

この単純にして大胆な言葉は、ヴィヴェーカーナンダが将来世界に発した次のメッセージを暗示するものでした。
「本で読んだからといって、信じてはならない。誰かが本当だと言ったからといって、鵜呑みにしてはならない。伝統的に崇められている言葉だからといって、信じてはならない。自分で真理を見つけなさい。解明しなさい。それが本当に理解するということだ」

子供の頃から深い洞察力を持ち、真実を見極めようとしていたこと、またそれを大胆に行動に移していたという、ヴィヴェーカーナンダの素晴らしい気質や探究心を知ることができるエピソードで、印象に残りました。

サルヴァーニー

 


聖典に親しむ〜『不滅の言葉(コタムリト)』

インドの大覚者シュリー・ラーマクリシュナの教えや出来事を、弟子であるM(マスター・マハーシャヤ)が書き残した『不滅の言葉(コタムリト)』。今年はブログで3回、この本からの教えやエピソードをご紹介しました。
『不滅の言葉(コタムリト)』は第1巻から第5巻まであります。少しずつ読み進めていましたが、先日最後まで読み終えました。第5巻の最後には、本を出版したMへヴィヴェーカーナンダやホーリーマザーからの手紙が掲載されています。手紙には『不滅の言葉(コタムリト)』を出版したMへの感謝の思いが綴られていますが、私も同じく感謝が溢れ頷きながら読みました。少しご紹介します。

有り難う!十万遍も有り難う、校長先生!あなたは正に、ラーマクリシュナの真実の姿をつかまえた。僅かの人しか、ああ、実にほんの僅かの人しか彼を本当に理解していないのです!私のハートは歓喜のため跳ね上がり、そして今後、この地球上に平和の慈雨を降り注ぐであろう思想の海の真っ只中に、すべての人が乗り出していけることを知ったとき、嬉しさに気が狂わないでいる自分を不思議に思っています。
(ヴィヴェーカーナンダから校長(M)への手紙)

本を読んでいると、まるでその場に同席させて頂いているかのような臨場感があります。ラーマクリシュナがどのようにお話をされて、どのように過ごされていたのか、弟子たちとの交流を目の前で見ているかのように感じることができます。それはMの記録と編集のおかげであることが、次のヴィヴェーカーナンダの手紙からわかります。

言葉使いも、何といって誉めたらよろしいのか――申し分ありません。活き活きとして、鋭く、かつ又すっきりとしてわかりやすい。私がどんなに楽しく読ませていただいたか、いちいち例をあげてここに説明できないのが残念ですが、読んでいると我を忘れてしまうのです。不思議でしょう?
(ヴィヴェーカーナンダから校長(M)への手紙)

この本が、時代を超えて地域を超えて、今日本にいる私の元へ届けられているのはMの偉大な働きのおかげです。ヴィヴェーカーナンダと同じく、十万遍もありがとうございます!という気持ちです。また翻訳をしてくださった田中玉さんにも同じく、十万遍もありがとうございます!という気持ちです。こんなにも素晴らしい本を誰もが手にとって読むことができるとは、何という幸運でしょうか。
そして私にとっては、ラーマクリシュナの優しさは私たちの師であるヨギさんの優しさ、ラーマクリシュナの眼差しはヨギさんの眼差し、ラーマクリシュナの純粋なお姿はヨギさんのお姿と重なります。本を読んでラーマクリシュナを感じることでヨギさんを感じることにもなります。ラーマクリシュナへの敬愛が深まるのと共に、ヨギさんへの敬愛も深まります。
本当に素晴らしい本をありがとうございます。
また最初から読んで、何度でも歓喜を味わいたいと思います。

M(マスター・マハーシャヤ、校長)が『コタムリト』を書いている姿を想像して描きました。

サルヴァーニー


2024年サットグル・ジャヤンティー!!!

今年の11月23日、美しい青空の下、日本各地から弟子たちが5年ぶりに京都に集い、<サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ御聖誕76周年祭 /『マハーヨーギーの真理のことば』出版記念 合同祭>が開催されました。ニューヨークや台湾のグルバイ(兄弟姉妹弟子)、そして京都会場での参加が難しかった国内のグルバイとはオンラインで繋ぎ、同じ時間を喜びと共に共有することができました。

今回のジャヤンティーはなんと初参加の方も会場に足を運んでくださり、本当に嬉しく、新たに大切な家族が増えたような気持ちで当日を迎えました。

誰もが一心に師を思う凛とした空気の中、師がおられる時と同じ熱意と真剣さでプージャー(礼拝の儀)、祝辞やメッセージ、キールタンが奉納されました。師に捧げる姿は本当に美しかったです。また真摯にヨーガを実践して心が変容していく様子が伝わり、確かな師の導きを感じる素晴らしい時間になりました。

特筆すべきは、2022年に発刊された『マハーヨーギーの真理のことば』の出版記念でもあったということ。制作中の師のご様子を見せていただき、師がどれほどの熱意をもって1人でも多くの方に手に取っていただけるようにとご尽力くださったかを改めて感じ、心からの感謝が湧きあがりました。同時に師の熱意に値する実践ができているか自分に問いかけ、気が引き締まりました。

 

祭壇には、2022年に発刊した『マハーヨーギーの真理のことば』、台湾華語版『ヨーガの福音』、
今年ニューヨークより発刊した『WHAT IT IS TO LIVE』が奉納されました。
*『WHAT IT IS TO LIVE』は祝辞者の1人であるユクティーさんの手記(英語版)

 


台湾のグルバイは、台湾華語版『ヨーガの福音』を広めるため、昨年大規模な展覧会を開催しました。
そして今年、その時の様子を綴った本を出版する予定ということで、見本版を紹介してくれました。

ニューヨークではユクティーさんの書籍が大変反響を呼んでいるそうです!

 

濃密な3時間はあっという間に流れ、会の後半には2002年のジャヤンティーの映像がスクリーンに映し出されました。そこには師が弟子たちとの時間を本当に楽しみ、喜んでくださっているお姿がありました。まるで師の愛がスクリーンから溢れ出て、私たちの心を溶かすような甘美な笑顔とお言葉をいただき歓喜に包まれました。


師の映像を微動だにせず見続ける弟子たち

映像の中で師がおっしゃった「誰もの中に真の愛がある」というお言葉が今も私の中で輝き続けています。真の愛があるからこそ師のように他者のための行為ができる! 師を見倣って働きたい!と純粋なパワーが湧いてくるのです。

このジャヤンティーの歓喜を胸に『マハーヨーギーの真理のことば』を初め、師が残してくださった珠玉の教えを私たちは継承し、そして師が願っておられたように、一人でも多くの方に届けていきたいです!

ジャイ! サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ キ・ジャイ!!!

*その他、師の映像、祝辞、キールタンの奉納など、詳細はWebパラマハンサにて紹介します。(12月25日配信予定)

アーナンディー 


聖典に親しむ~『不滅の言葉(コタムリト)』

インドの大覚者シュリー・ラーマクリシュナの教えや出来事を、弟子であるM(マスター・マハーシャヤ)が書き残した『不滅の言葉(コタムリト)』から、在家の弟子の一人、ギリシュ・チャンドラ・ゴーシュとの問答をご紹介します。

ギリシュは詩人・劇作家・俳優でコルカタの社交界では際立った存在でした。師と出会う前の彼は、大酒飲みで放蕩生活を送っていて、また徹底した無神論者でした。しかし師と触れるようになって完全に別人となり、熱烈な信仰者に生まれ変わりました。


1884年12月14日 ラーマクリシュナはこの日、ギリシュの書いた劇を見物なさるために、スター劇場に来ておられます。
芝居が終わった後、ギリシュは自分の部屋に師をご案内しました。

ギリシュ「先生、私は、さして何もしていません。なのにどうしてまだ、こんなに仕事をしなければならないのでしょうか?」
ラーマクリシュナ「仕事をするのはいいことさ。土地が耕してあれば、どんな種を蒔いてもよく育つ。だが仕事は結果を期待しないですることだ。(中略)」
ギリシュ「はい、どうぞ私を祝福してくださいませ!」
ラーマクリシュナ「お前、マー(大実母)の名を信じろ、すべてがうまくいくよ」
ギリシュ「でも、私は罪びと※でございます!」
ラーマクリシュナ「罪だ、罪だと年中言っているバカが、ほんものの罪人になってしまうんだよ!」
ギリシュ「先生、私の座った場所は不浄な場所でございます」
ラーマクリシュナ「何をいうんだか!千年の間、真っ暗闇だった部屋にランプが入れば、少しずつ明るくなると思うかい?ちがう。いっぺんにパーッと明るくなるんだよ」
(※ギリシュは師と出会う以前に放蕩生活を送っていた自分のことを罪びとだと言っています。)


また別の日のことです。
ラーマクリシュナは純粋な少年たちと比較して、世俗の知恵に汚れた者を「ニンニクのつぶしたのを入れておいた器は、千度洗っても匂いがすっかりは消えないだろう?※」と例えられました。(※世俗の汚れがついたら、洗っても完全には消えないという例え)
ギリシュは自分のことを言っておられると少し傷ついていたので、師に質問しました。
ギリシュ「ニンニクの匂いは消える見込みがありましょうか?」
ラーマクリシュナ「消えるだろうさ」
ギリシュ「“消えるだろう”とおっしゃいましたね?」
ラーマクリシュナ「強い火で焼くと匂いはなくなる。ニンニクを入れてあった器だって、火を通せばもう匂わなくなるよ。新しい器に生まれかわるんだよ。自分はだめだと言っている者は、決して成功しない。解脱できると自信を持っている者は、ほんとに解脱する。縛られていると年中気にしている者は、縛られる以外にないよ。自信をもって力強く、「私は解脱できた」と言う人は、解脱しているんだよ!夜も昼も「私は縛られている、私は縛られている」と言い暮らしている人は、縛られる以外にないんだよ!」


ギリシュは自分の罪(過去)を重く受け止め、“罪びとである”と言っています。ですが、ラーマクリシュナが教えてくださるように、自分は罪びとであると思い続けていると、ずっと罪のことを考えてしまい、変わることはできません。罪を見つめるよりも、ラーマクリシュナが教えてくださるように、マー(真実の存在)を思い、それに近づけるよう努力することこそが大切なのだと気付かされます。
そしてラーマクリシュナはギリシュにニンニクの匂いは消えるだろう、とおっしゃっています。その言葉にギリシュはどんなに救われたことでしょうか。ラーマクリシュナの限りない祝福と恩寵を感じる問答です。

ラーマクリシュナが教えてくださるようにマー(真実の存在)を思うとしても、まずはそれを知るところから始まると思います。
11月3日に開催する瞑想ワークショップでは、「芸術に秘められた真理に瞑想する」というテーマで、アートに瞑想をします。神聖なアートを紐解き、真実の存在について知り、感じて頂ける機会になると思います。
どなたでもご参加いただけますので、ぜひお申し込みください。
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サルヴァーニー