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木陰の下で〜グルとサンガ〜

私は介護の仕事で車椅子の方と外出する時、休憩する小さな公園があります。暑くなり始めた先週、その公園の蔦が絡まる木陰のベンチに座ると、その場所がとても涼しく、一瞬にして癒されました。その瞬間、野口美香さんのブログで「木陰は涼しい」と書かれていたのが思い出されました。隣の車椅子の方もその涼しさに癒されたのか、笑顔で嬉しそうでした🍀


さて、そんな5月の終わり、名古屋近郊からはるばる京都のアーサナ・瞑想クラスに一人の女性の方(以下:Yさん)が見学に来られました。Yさんは私たちのブログ『ヨーガを生きる』を1年半ほどずっと読んでくださっていたようで、なんと2週間前、まだ会ったことのない私たちにブログ内でコメントを寄せてくれたのです!それがきっかけとなり、「ぜひ、お会いしてお話しましょう!!!」ということになり、コメントをくださってから1週間後、すごいスピードで交流が実現しました。
クラスの見学も含め、その前後でもたくさんのお話ができ、とっても楽しく素晴らしいひとときでした!!!

5/28(土)京都アスニーのアーサナ・瞑想クラス

Yさんはインドにグルがおられ、その教えを日本で毎日欠かすことなく一人で実践されています。
1年半ほど前にYさんは、私たちの師シュリー・マハーヨーギーのYouTubeを見つけ、そこで紹介されている教え「ヨーガの瞑想は、一生涯のその結果に留まらず、何百、何千生涯を通過するぐらいの威力をもってなされなければならない」に触れてとても感じるところがあり、それがきっかけで私たちのブログを読み始めたそうです。【師のYouTubeはこちら💁‍♂️『サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ:現代に生きる真正のヨーギー』】彼女はグルも仲間もいない日本でたった一人で実践し続けることが本当に苦しかったそうですが、ブログを通して、自分と同じようにグルへの思いをもったマハーヨーギー・ミッションの修行者の存在やその情熱に励まされながら実践を続けていたと話してくださいました。

今回の交流中、1秒たりとも真理・神以外の話をされなかったYさん。そんな大変熱心で信仰心の厚い彼女と交流して、私たちもとてもインスパイアされました!!!そして、グル(師)とサンガ(仲間)が修行者にとってどれだけ大きくかけがけのない存在なのか、改めてその有り難さを教えていただいたように思いました。本当にグルとサンガは、この世界における木陰のような避難所です!!!


私自身、木陰の一枚の葉っぱになれるようにと願い、これからその木陰の下に多くの人が集い、休足し、語らい、そして遊び戯れることを心から願った今回のYさんとの出会いでした。
Yさん、この度はご縁をいただき、たくさんのお話ができたこと、本当にありがとうございました🙏🙏🙏ぜひぜひ、また京都にいらしてください!!!一同、心よりお待ちしております😇

ゴーパーラ


『あるヨギの自叙伝』を読んで(11)ーースリ・ユクテスワ

本日5月10日は、ヨーガーナンダのグル(師)のスリ・ユクテスワ(1855ー1936)の御聖誕日です。
今回のブログでは、彼について少し触れてみたいと思います。


THE 教師とでも言いましょうか、とても威厳に満ちた面構え……もし彼と街ですれ違って目が合ったら、「すっ、すいません!」と私は思わず言ってしまいそうです……😅
実際、彼は相当厳しい人だったようで、若きの日のヨーガーナンダは始終叱られっぱなしで、ユクテスワの「自我を打ち砕く鉄槌」は本当に耐え難いものだったと語っています。

少し話は変わりますが、私は幼い頃、祖父母と過ごしている時、ふとある疑問が湧きました。
「祖父母は僕にとても優しいのに、なぜ父母は厳しいのか?」
その理由を母に尋ねると、「親は子供を育てる責任があるから」と言われ、妙に納得したのを覚えています。
ユクテスワがヨーガーナンダに厳しかったのも、霊性の息子であるヨーガーナンダを育てる責任があったからだと思います。事実、ユクテスワはババジから来たる将来、西洋にヨーガを普及させる人間(ヨーガーナンダ)を仕込むことを命じられていました。このババジから与えられた使命は、相当な重責だったと察します。しかしユクテスワにはヨーガーナンダへの無上の愛があり、それはヨーガーナンダを育て、そして今や『あるヨギの自叙伝』を通してその愛は世界中に伝播しています!
私は『あるヨギの自叙伝』の中でいちばん好きなのは、「ムクンダ(ヨーガーナンダの出家前の名)」「先生!」という呼び合いです。この名前の呼び合いから私は、叱っても叱られてもそこに絶えずあったグルと弟子との愛と尊敬を感じずにはいられないのです。

1935年冬至祭の行進における2人。中央に掲げられたプラカードのサンスクリットは、上段が「偉大な先達に従え」、下段がシャンカラの言葉で「少しでも聖者と交われば、救いを受けることができる」ーー『あるヨギの自叙伝』より引用

私は今回、スリ・ユクテスワの名前を心の中で唱えながら彼に瞑想すると、『ヨーガ・スートラ』の一文が浮かび上がってきました。

イーシュワラは時の限定を受けないから、古代のグルたちさえものグルである。

彼のあらわれた言葉は、オームである。

名が体を表すように、ユクテスワ(イーシュワラと一致せる者)はグル(師)の中のグルーー
そして、そこから聴こえてきたオームの響きは、フルートのような優しい音色でした。

スリ・ユクテスワーー外見はコワモテですが、内面はとても優しいバクタであったと感じます。
もし今、彼と街ですれ違っても、私はビビることはないでしょう!(たぶん😅)

1998年5月のマハーヨーギー・ミッションのカレンダー。すごい迫力!!!

✳︎スリ・ユクテスワ(1855年5月10日ー1936年3月9日) 大師ラーヒリー・マハーシャヤの高弟で、パラマハンサ・ヨーガーナンダの師。ヴェーダとキリスト教との同一真義を見い出し、ヨーガーナンダをして西洋にヨーガを布教せしめた。

ゴーパーラ


『あるヨギの自叙伝』を読んで(10)ーーアーナンダマイー・マー

今回のブログは、ベンガルの“至福に浸る聖女”アーナンダマイー・マーをご紹介します。

中央がアーナンダマイー・マー。向かって左が夫のボーラナート。

ある意味、『あるヨギの自叙伝』の中でもっともインパクトのある写真だと思います(笑)。アーナンダマイー・マーはヨーガーナンダを見るなり、「まぁ、パパ様! ようこそおいでくださいました」といかにも懐かしそうにそう言ってヨーガーナンダに密着し、その突然の行動に彼女の信者たちも驚愕したそうです。この写真はその初対面の時に撮られたもの……
こんなに自由で愛らしい彼女とは、いったいどんな御方だったのでしょうか?

アーナンダマイー・マー(1896−1982)は東ベンガル(現バングラデシュ)の小さな村の出身。両親はヴィシュヌ派の熱心な信仰者でしたが裕福な家庭状況ではなく、彼女は小学校に2年も満たないほどしか通えませんでした。しかしながらそこに暗い影はなく、ハーシ・マー(微笑みの母)、クシール・マー(幸せの母)と近所の人から呼ばれるほど彼女は朗らかで愛らしい気質でした。ただ、幼い頃からしばしば恍惚の状態になっているのを目撃されています。
当時の習慣に従い、13歳に満たない年で結婚します。その5年後に夫と初めて会い、後に夫はアーナンダマイー・マーの弟子になります。
彼女御自身にはグルはおらず、内なる導きのまま毎夜激しいアーサナをし、マントラを数時間唱え、また自らで自らをイニシエーション(師が弟子の入門を許可するときの儀式。秘法の伝授)するなど、通常では考えられない霊性の歩みをしています。彼女のこうした内なる導きは「ケヤーラ」という自然発生的行動、また神の御意志と言われているものです。ヨーガーナンダと初めて会った時の無為自然な振る舞いも、このケヤーラということですね。

その後、アーナンダマイー・マーの存在は世間に知られるようになり、カーストや宗教、国籍を越えて多くの人々を至福へと導き、霊的祝福を与え続けました。
政治的なことをはじめ、自身の肉体的なことなど全く意に介さなかった超俗性の持ち主ですが、それが単なる浮世離れではないことは彼女の残された教えから明らかです。その教えに触れると、「人としてどう生きるべきなのか?」という人間のもっとも根本的なことに立ち還る必要性に気付かされるのです。

「多くの人々が、新しいよりよい世界をつくることをいろいろ考えています。しかしあなた方は、そういう現象的なことよりも、もっと根本的なものに目を向けなさい。それを瞑想するほうが、完全な平和を期待することができます。神や真理を求めることこそ、人間の義務です」
『あるヨギの自叙伝』P474

義務を意味するサンスクリット語「ダルマ」には正義、徳がありますが、「真理」という意味もあります。社会や国という環境下において義務や正義、善行を果たすことはもちろん大切ですが、そういった枠組みを外したありのままの人としての義務ーー「普遍の真理(神)の探求・実践」こそ、恵みに満ちた神の御足下(地上)に生まれ生かされている人間の根源的義務であると彼女は教えてくれます。そして、その義務を行為していくことは決して堅苦しいものではなく、何より人に完全な平和ーー「永遠の至福」をもたらしてくれることを彼女の微笑みが物語っています。

『あるヨギの自叙伝』の中でヨーガーナンダは、アーナンダマイー・マーの目が片時も神から離れていないことに驚いたと述べています。そして今なお、彼女の甘美な声がありありと聞こえてくると述懐しています。

「ほら、永遠なるおかたといっしょの私は、いつも同じでございます」

4月30日はアーナンダマイー・マーの御聖誕日です。至福の母であり女神であられる彼女に思いを馳せたいと思います。

*参考資料 『シュリ・アーナンダマイー・マーの生涯と教え』アレクサンダー・リプスキ著

ゴーパーラ


もうすぐ春の祝祭

「ヨーガでいちばん大切なものは何だと思いますか? それはグル(師)です」

ある方がヨーガを始めた時、師シュリー・マハーヨーギーはそうおっしゃられたそうです。

重力の法則が発見されているいないにかかわらず、その法則が地球上で働いているように、永遠の真理「サナータナ・ダルマ」はこの宇宙万物の本質として存在しています。
それは太陽の如く燦然と輝いている存在ーー

しかし、一時的な欲望や快楽によって多くの人々の心は曇り、その永遠の真理を知ることができない。
それが無知と言われるものです。
そのような無知が蔓延る時、真理そのものである「アヴァターラ(神の化身)」たちは顕現し、永遠の真理が存在することを自らの行為でもって人々に知らせてきました。
クリシュナ、キリスト、ブッダ、シュリー・ラーマクリシュナ、ラマナ・マハリシなど、まさにこの世界を照らした太陽のような存在です。
そのアヴァターラたち、すなわち「真正のグル」たちがこの世界に人として顕現したからこそ、私たちは自らの内に真理が在ることを知り、その道を歩むことができるのです。

永遠の真理「サナータナ・ダルマ」とそれが顕現した神の化身「アヴァターラ」に感謝と誓願を捧げるマハーヨーギー・ミッションの春の祝祭ーー「サナータナ・ダルマ アヴァターラ メーラー ―神性示現大祭―」が4月3日に開催されます。

2017年から始まった春の祝祭の受付ボード。中央(2017年)、ブッダ(2018年)、ラーマクリシュナ(2019年)

私、クンバメーラー(ヒンドゥの一大祭典)には行ったことはないですが、この祝祭はそれよりもさらにスケールの大きいものだと感じています。
なぜなら、アヴァターラのメーラー(集まり)だからです!!!
そして毎回、その場は歓喜の渦になり、喜びに満ち溢れるのです!!!

昨年に引き続きオンライン開催ですが、アヴァターラたちも参集して祝福してくださると信じています。
この祝祭を発起された師シュリー・マハーヨーギー、並びに歴代のグルの御方々、そしてサナータナ・ダルマに思いを馳せ、その恩恵に浴しましょう!!!

3月30日、京都嵐山の桜は満開です🌸

ゴーパーラ

 


スワーミー・ブラフマーナンダ 純潔の教え

スワーミー・ブラフマーナンダはヒマラヤの僧院に行く弟子に向けて次の言葉を送ったそうです。

「心をあの山々のように高く保て」

若き日のブラフマーナンダはサマーディを自然のものとするため、8年間の修行を行ないました。
従者のスボダーナンダは、ブラフマーナンダが肉体を離れてしまうほどのサマーディへの没入を何度も、また何日も目の当たりにしたそうです。
最高境地に向かってその心は高く高く飛翔したブラフマーナンダですが、その過程において「ブラフマチャリヤ(純潔・禁欲)」の徹底した実践を行なっています。
以下、後の弟子たちに説いたその教えを紹介します。

「君たちはいっさいのものを放棄し、自分の生涯を神に担保として差し上げた。しかし、覚えていたまえ、純粋で汚れのない生活をすることはたいそう難しいのだ。君たちはたやすいと思っているかもしれないが、しかし、言っておこう、それはかみそりの刃を渡るほどのことなのだよ。
完全なる禁欲が、霊的生活における成功の唯一の条件である。しかし、神への愛と信仰なしには、完全な純潔を守ることは困難、というよりむしろ不可能である」

「私は自分自身の経験から君たちに言って上げることができるのだが、純潔を守っていなければ、正しく瞑想することは不可能である。……禁欲によって、頭脳に特別な力が蓄えられる。もし人が禁欲の生活にしかと定住するようになれば、彼は、至る所に神の現れを見はじめるであろう」

「霊性の修行とはなんであろうか。常に誠実であれ。自制心を持て。言葉に気をつけよ。人を羨むな。人を憎むな。嫉妬するな。純潔を守れ。もし一二年間純潔を守るなら、その人は最高境地に達する」

ーー『永遠の伴侶』改訂版より引用ーー

ブラフマチャリヤはヨーガの土台となるヤマ(禁戒)の一つの教えです。
ブラフマチャリヤの実践なくして霊性の目覚めはあり得ず、愛と信仰なくしてブラフマチャリヤを守ることは困難だということーー
この基礎の教えをブラフマーナンダ自身、常に気を付け、そして徹底して実践していたことが彼の言葉からひしひしと伝わってきます。

最後に、兄弟弟子のラージャ(王)であり、リーダーであった霊性の指揮官の如きブラフマーナンダの力強い言葉を紹介させていただきます。

「実践せよ、実践せよ、霊性の修行を実践することによって、ハートは浄められ、新しい世界が開けるのだ。神のみが実在で他のすべては非実在である、ということがわかるだろう。しかし、ジャパと瞑想によって少しばかり眼が開いたときに、目標に達した、などと夢想してはいけない。光だ! もっと大きな光だ! 前進だ! 前進だ! 神に達せよ! 『彼』のお姿を見よ! 『彼』に語りかけよ!」

ーー『永遠の伴侶』改訂版より引用ーー

道がどんなに困難で苦しくても、最高境地に向かって前進するのみです!!!

Standing left to light: アドプターナンダ、ヨーガーナンダ、アベダーナンダ、トリグナティターナンダ、トゥリヤーナンダ、ニルマラーナンダ、ニランジャナーナンダ  Sitting left to light: スボダーナンダ、ブラフマーナンダ、アカンダーナンダ

ゴーパーラ


スワーミー・ブラフマーナンダ 御聖誕日

「マハーラージはシュリー・ラーマクリシュナの霊の息子であり、生きた権化でもあられるのだ。彼からお慈悲と祝福を頂いたら、それは師から直接来たものだと思ってよろしい。このことを固く信ぜよ」
    ーースワーミー・プレーマーナンダ

「これ(捧げ物)をマハーラージに献げることはシュリー・ラーマクリシュナに献げるのとまったく同様の善事である」
    ーースワーミー・ラーマクリシュナナンダ

「神は愛だ。マハーラージは神を悟っておられる。それだから、彼は愛に満ちておられるのだ」
    ーースワーミー・スボダーナンダ

「彼は王者に値する鋭い知性を持っている。彼が望みさえしたなら一国を治めることもできただろう」
    ーーシュリー・ラーマクリシュナ

兄弟弟子から師シュリー・ラーマクリシュナと同じ存在として尊敬され、彼らのラージャ(王)であったマハーラージこと、スワーミー・ブラフマーナンダ。

彼は生まれながらにして純粋な魂であり、師シュリー・ラーマクリシュナと出会い、その神性は瞬く間に開花し、サマーディを体験した。
師亡き後、ブラフマーナンダは苦行に身を投じるが、従者のスボダーナンダは、師の恩寵によってサマーディを体験してもなお厳しい修行を続ける彼を見て、「なぜまだ、乞食のように座って主の恩寵を乞わなければならないのですか」と問う。
ブラフマーナンダは次のように答えた。

「師はわれわれのためにあらゆることをして下さった。しかしなお、私は内に欠けたものを感じるのだ。このことは、われわれがサマーディの状態を自分にとって自然な、そして日常のものとするには、修行をくり返さなければいけない、ということを示している。知っての通りウッダヴァはシュリー・クリシュナの献身的な弟子であり友でもあり、彼の恩寵によって神を悟ったのだ。それでもなお、シュリー・クリシュナは彼をヒマラヤ山中に送り、独居と黙想の生活をさせたではないか」

彼は8年間の修行の末、サマーディを自然のものとし、その後はラーマクリシュナ・ミッションの初代僧院長となり、人類への奉仕にその生涯を捧げた。

1月21日はブラフマーナンダの御聖誕日ーー
その大いなる存在と、修行者としての直向(ルビ:ひたむ)きな姿勢に思いを馳せたい。

ゴーパーラ


2021年 締め括りのご挨拶

今年も残すところあと3日ですね。
寒さも厳しいですが、皆様はこの年末をいかがお過ごしでしょうか?

京都御室 プレーマ・アーシュラマからの景色。薄っすらと雪化粧❄️

2021年は、マハーヨーギー・アーシュラマ開設45周年の記念すべき年でした。
しかしながらこの1年もコロナ禍が続き、サットサンガ(真理の集い)ができない厳しく苦しい状況でした。
そんな中、4月に春の祝祭・11月に師の御聖誕祭がオンラインで開催され、弟子一同、国や地域を越えて師シュリー・マーハーヨーギーの御前に集い、この記念すべき年の祝福と歓びを分かち合うことができました。
スクリーンに映し出された師の不動で柔和なお姿と発せられたお言葉、またそこで語られた弟子たちの力強い真理への誓願がこの1年、私たちのハートの灯火を絶やすことなく燃やし続けた大きな力となりました。

また発刊から24年の機関紙『パラマハンサ』は今年5月に紙媒体からWEBに変わり、スマホがあればどこでも真理の教えにアクセスできるものとなりました。

コロナ禍で気軽に人と会えない状況も重なり、インターネットが私たちの生活のツールとしてさらに普及し、時代の変化をより感じる年でもありました。
しかし時代や状況は変われど、変わらないものーー
それがサナータナ・ダルマ(永遠の真理)であり、アヴァターラ(神の化身)の存在です。
そして、それそのものであるグル(師)の存在は、私たちの生きる希望であり、歓びであります!!
45年の長きに渡り、どんな時もヨーギーとして在り続け、私たちをいつも陰ながら支え導いてくださっている師シュリー・マハーヨーギーに、この場を借りて改めて心より感謝を申し上げます。

そして来年も、私たちはどんな状況下でも決して諦めることなくヨーガを弛まず励んでいきたい次第であります!

最後になりましたが、今年1年ブログをお読みいただいた皆さま、本当にありがとうございました。
今年はなかなか会うことができない遠方のグルバイの声を届けることや、ブログ数を多く発信することを心掛けて行なっていきました。
来年は新しい企画やテーマなどを考えていますので、どうか来年もブログ「ヨーガを生きる」をお読みいただけたら幸いです。
それでは皆さま、どうか良いお年をお迎えください。

ジャイ!!!

ゴーパーラ


成道会

12月8日はお釈迦様が悟りを啓かれた日、成道会(じょうどうえ)です。
生老病死や八正道の教えなど、日頃頼りにされている方も多いのではないかと思います。2500年の時を超えて伝わるお釈迦様の教えの原点がこの日にあるのかと思うと、しみじみと、お釈迦様が悟られて良かったと思いますし、感謝の想いが溢れてきます。
私はヨーガを知り、師匠のヨギさんとお会いするまで、悟りという言葉の意味をよく知りませんでした。しかし、ヨギさんから、悟りとは瞑想の中で体験する心が完全に静まった境地であり、それは確かにあることを教えて頂きました。約2年前にヨギさんと10日間ニューヨークのケーヴで生活を共にする希有な機会を頂きましたが、これ程までに静寂に包まれた方にはお会いしたことがありませんでした。

ニューヨーク修行の時に師匠に選んで頂いた仏陀像。「これを見ながら瞑想したらいいよ」と教えてもらいました。

この2年間ヨギさんの下でヨーガを学び、アーサナと瞑想を繰り返すことで、私の心も少しずつ静まっているのを感じます。そういった経験を通して、私は今、心が完全に静まった状態というのは存在するだろうと考えています。しかし、そのためには、そこに向かう情熱と努力が必要であり、簡単ではありません。
お釈迦様が悟りを啓かれた時、そこに梵天様が現れ、教えを人々に説くことを勧めたそうです。その後亡くなる最後の最後までインド中を旅し、教えを説き続けました。それが世界中に広がり、時代を超えて私達まで伝わってきているのです。
この教えには反対する者もいたのではないかと思います。執着をなくし、煩悩を消し去れという教えは、煩悩のままに生きる者には疎ましいものであったはずです。また他の考え方を持つ者も多くいたでしょう。そのような困難にも負けず、教えを広めるのは決死の覚悟であったと思います。身をなげうってまで真理の教えを伝えて頂き、本当にありがたいことです。

私には共に暮らす家族がおり、ヨーガの実践において、家族との間に摩擦が生じることが多くありました。例えば、生きとし生けるものは皆幸せを求めて生きているのだから、生き物を傷つけるのを少なくしようという意味でアヒムサー(非暴力)の教えが腑に落ち、肉食を減らそうと思いましたが、家族にそれを受け入れてもらうのに長く時間がかかりました。この経験で学んだのは、言葉の説明以上に自分がそれ相応の人間である必要があるということです。非暴力を実践したいと言っているのに、それによって家族を悩ますのは矛盾になってしまいます。このような意味で、お釈迦様が人々に、苦を取り除くために煩悩を消しなさいと説かれた時、質問は当然お釈迦様自身にも及んだはずですが、結局人々はお釈迦様の人柄を見て納得したのではないかと思います。そのお言葉は慈悲に満ちていたのでしょうし、愛に溢れたやさしいお方だったからこそ人々は納得したのではないでしょうか。
それが伺える私も大好きなエピソードがあります。お釈迦様は晩年故郷に向けて旅をしながら、人々に教えを説いていたそうです。その際、途中で泊まった町において、弟子のチュンダから供養された際、食べ物が何かの誤りで腐っており、食中毒にかかりました。そしてそれが直接の原因となって亡くなっています。その際、チュンダのことを気遣い、彼が悩まぬよう、「私はこの供養により、悟りを実現し、涅槃に入ることができたのだからそれは最高の功徳であったと伝えてほしい」と他の弟子に伝えたそうです(中村元著『ブッダ伝』)。食中毒にかかり瀕死の状態であるにも関わらず弟子のことを気にかけておられます。身をもって慈悲の心を示されています。
今日は成道会、お釈迦様が悟られて本当によかったです。

島本 廉


ブラゴパーラvol.8 「中観音堂・羽島円空資料館」編

約2年ぶりのブラゴパーラです。
今回は中観音堂(有宝寺)・羽島円空資料館に行ってきました〜

ここは岐阜ですが、京都から新幹線で40分弱で行くことができ、日帰りで訪れました🚅
なぜ今回この地を訪れたかというと、数年前から私は円空という修行僧に関心を持っていて、この岐阜羽島は円空の生誕地とされているからです(諸説あり)。

「円空って誰👀?」と思う方も多いと思いますので、簡単に紹介させていただきます。

◾️江戸時代前期(1632-1695)の修行僧。
◾️若くして出家し、美濃(岐阜)を拠点に富士山や伊吹山、大峰山など修験道の聖地で修行を重ねる。
◾️12万体の造仏を誓願したと言われ、全国を遊行行脚し、寺社仏閣のみならず、民衆のために仏像造りを行なっていた。
◾️独特の彫りは円空仏(えんくうぶつ)と言われ、北は北海道、南は奈良、西は愛媛までその所在は及ぶ。

私はインターネットで円空仏を偶然発見した時、胸の奥深いところをドンッと叩かれるような衝撃を受けました。
運慶・快慶一派の仏像は精巧かつ立派で本当に素晴らしいのですが、かたやこの円空仏は「これが仏像⁉️」と思ったほど、とても素朴ーー
それ故に土偶や縄文土器のような、人間の原始・根源に訴えかけてくるような感覚を覚えたのです。

道中で出会った円空仏(複製)。

それで2年前の夏、隣県滋賀の三井寺に円空仏があると知り、拝観しました。
小さい円空仏でしたが、それらを背面から観た時、背中がスパッと割れていて、その一太刀の鋭さ・大胆さからは澄み切ったもの感じました。
また、合掌の形が指や腕などを描かずに角度を付けて彫っているだけで表現されているシンプルさにも驚かされました。

三井寺の善女竜王像。円熟期の五十五歳頃の作品のようです。

そして今回、羽島の地では新しく17体の円空仏と出会いました。
ここは三井寺にあったような荒彫りになる前の初期円空仏も安置されていました。
中観音堂のご本尊は十一面観音菩薩です。

この柔和な表情の観音様は手足が美しく繊細に彫られ、像全体がとても滑らか!
若き日の円空が仏様を大切に表そうとする真摯な思いが伝わってくるかのようで、私はとても嬉しい気持ちになりました。

現在、5000体以上の円空仏が全国で発見されています。
12万体の造仏をしたと伝えられる円空の偉業を私ヨーガ行者の観点から申しますと、アーサナ(ヨーガのポーズ・形)を12年間12ポーズ怠らずしても5万ポーズ、24年続けても10万ポーズ。
まだ円空には届きません。。😅

羽島円空資料館の小さな円空仏。 左から神像、金剛童子、稲荷大明神。「修行は厳しいよ〜」と嘲笑っているかのよう(特に金剛童子から)。

円空は仏師でもありますが、やはり根本は修行者です。
修験道を修しており、雨を降らせることもできたそうです。
造仏を中心にその並々ならぬエネルギーや霊的情熱を出世や名声のためではなく、民衆の救済に使った方だと強く感じます。
そして何より、その笑みを浮かべる円空仏からは、人が本来持っている仏性ーー根源の歓びを喚起させてくれます。
どの像も愛らしく、クスッと笑え、神仏をとても身近に感じられるのです。

機会があれば、また円空ゆかりの地を訪れたいと思います😎

中観音堂の鬼子母神と不動明王。カーリー&シヴァ!

そして可愛らしい聖徳太子像👶

ゴーパーラ


いちばん大切なもの

「それ」さえあれば、生きていける。

胸の奥にそれがあると知った時、どんな宝石もいらないと思った。
もうすでに永遠のダイヤモンドが胸に埋め込まれていた。
心がそれを忘れそうになると、私のハートをつかみ、いつも思い出させてくれる存在ーー
そのお方は我がグル!!

Gururadiranadisca guruh paramadaivatam
Guroh paratanam nasti tasmai srigurave namah
Om shanti shanti shanti

グルは始原であり無始(無限)の存在。グルは最高の神格。
グルより優れたものはない。その聖なるグルに礼拝いたします。
オーム、平安あれ、平安あれ、平安あれ。

11月23日のサットグル・ジャヤンティで唱えられるマントラーー

どうかハヌマーンの態度でグルに礼拝できるようにと切に願います。

ゴーパーラ