投稿者「ゴーパーラ」のアーカイブ

識別とヴィヴェーカーナンダ(8)

九月に入りましたが、この夏は雨がよく降りましたね。
私の職場は景勝地の嵐山ですが、ここは天候や季節でさまざまな表情を見せ、多くのことを語りかけてくれます。
 
八月のある日、私は電車に乗って、ヴィヴェーカーナンダ著『ギャーナ・ヨーガ』を読みながら、通勤しました。
嵐山駅に着くとなぜか突然、自分の内側から「シヴァ」の御名が聴こえてきました。
そのすぐ後、凄まじい大雨に襲われ、かなり濡れました。
ただ、シヴァの御名が心の中でループし続けていたので、雨に濡れても全く気になりませんでした。
仕事中は雷が鳴っていましたが、仕事が終わる頃には雨はやみ、外は静かになっていました。
 
帰り道、いつも通る嵐山の橋を渡ると、聴こえてきたのは川の音でした。
普段は気にならない川の音ですが、大雨のあとだったため、その音はとても大きくてダイナミックで、一瞬にして私の心は奪われました。
その瞬間、川の流れが聖音「オーム」に聴こえました。
 
 
『ギャーナ・ヨーガ』「多様の中の単一」には、次のことが書かれていました。
 
「どのようにして一者(神・真我)を見るのか? この心、これほど迷いが深く、これほど弱く、これほどやすやすと誘惑されるこの心でさえも、強くなることができ、われわれを繰り返し繰り返し死ぬことから救済する知識、その一者を垣間見ることができるのです。
山頂に降る雨がさまざまな流れになって山腹を流れ下るように、あなたがここに見るすべてのエネルギーは、その一者からきます。それがマーヤーの上に落ちて、多数となったのです。多数の後を追いかけてはなりません。一者の方においでなさい。
『彼はすべての動くものの中にいる。彼は宇宙を満たす。彼は犠牲の中にいる。彼は家を訪れる客人である。彼は人の中、水の中、けものの中、真理の中にいる。彼は偉大なる者である』」
 
雨や川、雷は凄まじいエネルギーをもっているように見えますが、それは背後にある一者「偉大なる存在」を根源とし、すべての万物、私自身の中にも「それが在る」というのです。
 
八月の仕事の帰り道、私の心は「シヴァとオーム」で満たされました。
そして常に、「彼」だけで満たされるようにと願います。
多数の後を追いかけずに「一者」だけを見る識別、その実践あるのみです!
 
「オーム タット サット オーム 神は真実在なり」
 
 
 ゴーパーラ

ブラゴパーラvol.7 「化野念仏寺 小野篁」編

残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?
お盆ということで、お墓詣りに行く方もおられるかと思います。
そこで今回のブラゴパーラは、京都嵯峨野の「化野(あだしの)念仏寺」に行ってきました〜😎

八千体を数える石仏・石塔は、あだし野一帯に散乱した無縁仏の石仏を明治中期に地元の人々の協力を得て集められ、極楽浄土で阿弥陀仏の説法を聴く人々になぞらえ配列安置されているとのことです。
古くからこの京都では、北の「蓮台野(れんだいの)」、東の「鳥辺野(とりべの)」、西の「化野(あだしの)」が三大葬地だったそうです。

巨大なストゥーパ(仏塔)もありました。

ところで今回、化野念仏寺を訪れたのはお盆ということもありますが、「ある人物」の存在が浮かび上がってきたからです。
前回のブラゴパーラでは六波羅蜜寺を訪れましたが、そこは東の葬地「鳥辺野」の境に位置していました。
そのすぐ近くに六道珍皇寺というお寺があり、そこは「小野篁(たかむら)」という人物が閻魔大王に仕えるために冥土通いをしたといわれる入口の井戸と、彼が彫ったと伝えられる閻魔像がありました。
そして西の葬地「化野」の境の薬師寺には、その出口の井戸跡と、彼が彫ったと伝えられる地蔵菩薩像(閻魔の化身)がありました。(井戸があった福正寺はなくなり、近くの薬師寺に併合)

冥界への入り口の井戸(六道珍皇寺)

また、ブラゴパーラvol.2で訪れた「千本ゑんま堂(引接寺)」は、北の葬地「蓮台野」の境に位置し、ここは小野篁が閻魔像を彫って本尊としたお寺でした。
このことから、小野篁という人物が京都の三大葬地すべての境界に関係していることが見えてきたのでした。
つまり、京都の地理上での「この世(此岸)」と「あの世(彼岸)」の狭間に、小野篁の所縁の地があるということです。

by saci.

では、小野篁とはどういう人物だったのでしょうか?
小野篁の生没年は平安時代前期の802〜852年。かの有名な弘法大師空海(774〜835)と生きた時代が重なっています。篁は空海とも関わりのあった嵯峨天皇と親交があり、遣唐副使にも任ぜられましたが渡航せず、遣唐使の事業を風刺する漢詩を作り、それを読んだ嵯峨天皇は激怒し、流罪になります。許された後はさまざまな官職を経て参議に至っています。その博識、詩才は世に重んじられ、『令義解』の序文の執筆、『古今和歌集』にも和歌が入集し、百人一首の一人(参議篁)にもなったほどの人物です。
そして伝説では、昼は宮中に赴く官僚、夜は冥府において閻魔大王に仕え、冥界を行き来する神通力をもっていたとされています。ちなみに身長は六尺二寸(188㎝)の巨漢であったそうです。

閻魔大王に教えを請い願う小野篁。

天皇にも反発するほどの気骨と、また優れた文才をもった小野篁ですが、冥土通いをして閻魔大王に仕えていたという伝説を、皆さんはどう思いますか?
後世の人たちの創作もあるように思いますが、この伝説の背後から見えてくるもの、それは「閻魔による救済」であると私は感じます。
いつの時代も国でも、「人は死んだらどうなるのか?」という死の謎、恐怖と不安を取り除くことが大きなテーマであり、それに向き合ったのが宗教です。
一見すると、恐ろしい形相の閻魔は、死や死後の世界の恐怖を喚起する存在のように感じてしまいます。
しかし、閻魔は「死を司り、支配する王」です。
人は死んだらどうなるのかという「輪廻転生の理」を知っている者、つまり「真理」を知っている存在ということです。
葬送の時、この世とあの世の境で閻魔、並びに地蔵菩薩を拝することで、死者やその親族、これから生きていく者は、閻魔の形相や地蔵菩薩の慈悲に引き込まれるようにして真理やその教えに誘われたように感じます。

「野宰相」「野狂」という異名をもつ小野篁ーー大きなお墓を作ったり十分な供養ができなかった民衆の心の救済のために、彼岸への誘いの手助けをした本物のお役人、そして閻魔を見神した隠れた宗教者だったのでは👀と私は感じました。

ゴーパーラ


ブログ「ヨーガを生きる」からのお知らせ

暑中お見舞い申し上げます。
連日猛暑が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

先日、8月1日に私たちの師シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの貴重な映像がYouTubeで配信されました。(映像はこちらから👈)
私はこの映像を見ると、暑さも忘れて師のお姿に見入り、瞑想的なムードに誘われました。
この映像は師のヨーガダンダ・アーサナから始まりますが、私は改めて師の座法のお姿ーーシッダ・アーサナ(達人の形)の美しさと堅固さに驚かされました。
古今東西、歴史を振り返っても、これほどまでのシッダ・アーサナをされる聖者・覚者はいたのだろうかと思うほど、そこに完全さを感じずにはいられませんでした。
師の偉大な存在と導きに、心より感謝致します。

さて、今回はブログ「ヨーガを生きる」からのお知らせです。
このブログは2014年からスタートして、はや5年が経ちました。
その間アップした記事の数、なんと「586」👀‼️
そんな膨大な数になったブログ記事を、今回新たにカテゴリー分けしました。
過去の記事も読み返しやすくなったと思いますので、お盆休みで時間のある方、また仕事の方もその合間に見返してみてください〜📖

ブログ「ヨーガを生きる」は、師シュリー・マハーヨーギーの弟子である私たちが書いていますが、その動機は「師のヨーガの教えを私たちが生き、一人でも多くの方にヨーガを知っていただいきたい」という、その思いに尽きます。
まだまだブログの認知度は低いですが、これからも地道にアップしていきたいと思っています。
目指すは、ブログ記事「1000」😁👆
今後ともどうぞよろしくお願い致します。

京都嵐山

ゴーパーラ


識別とヴィヴェーカーナンダ(7)

「理想」とは何でしょうか?
世界平和、愛、自由、目標の達成、つつがなく人生を送ること……
人それぞれ、思い描く理想の姿や形はさまざまかもしれませんが、そこには共通して「幸せ」を求めるはたらきがあるように思います。
では、ヴィヴェーカーナンダは「理想」というものをどう捉えているのでしょうか?

まず、理想の対義語が何かといえば、それは「現実」です。
ヴィヴェーカーナンダはこの現実のありのままを、いくつもの例を挙げて説明しています。
ーー希望に満ちた若者は明日の老兵になり、知識獲得への欲求はその限界に直面し、物質的繁栄の影には不幸があり、快楽を得れば等量に割り当てられている苦痛を伴い、どんな偉大な王も美女も死という破壊に向かって進んでいる事実ーー
人は生きていくと、誰もが大なり小なり現実の壁、矛盾、二元性に直面し、この世界で自分の思い描く理想に完全に近づけないことを実感します。
2500年前、ブッダは説かれました。

「この肉体と心、世界は無常である」

思い通りにならない世界と、まぬがれることができない老いや病、そして死ーー
幸福を得るやいなや不幸が襲いかかり、この世に生を受ければ必ず死がやってきます。
それでも私たちはこの世界において永続する完全な幸福を求めるです。

では、私たちはどうすればいいのでしょうか?
死を直視することをやめ、理想をもたず、享楽的な人生、または世に迎合する人生を送ればいいのでしょうか?
その突破口としてヴィヴェーカーナンダは、「死を絶滅させるためには、生も絶滅させなければならない」と言うのです。
それは、短絡的にこの人生を諦めよということではありません。

「小さな生命を生きることは死です。小さな幸福、小さな自分を棄てよ」

と言うのです。

「われわれは誰でも、自分たちは非常に幸福であるだろうと考えて、この肉体をいつまでも保っておきたいと思います。しかし人々が過去とか未来とかを思うのをやめるとき、彼らが肉体という観念を棄てるときーー肉体は去来する、限定されたものなのですからーーそのとき、彼らはもっと高い理想にまで登ったのです。肉体は真の人ではありません。心もそうです。心は大きくなったり、小さくなったりするのですから。独り永遠に生きることができるのは、超越した霊です」ーー『ギャーナ・ヨーガ』

誰もが永遠で完全な幸福という理想を求めています。
過去の覚者たちは、それは肉体や感覚、心では得られない、「放棄」によって得られると悟りました。
ブッダは「四諦(苦集滅道)」という放棄によるニルヴァーナ(涅槃)への道を示し、イエス・キリストも「私のために自分の生命を失う者は、それを得るであろう」という諦めの放棄の道を説いているのです。

そしてヴィヴェーカーナンダは、理想はどこかにあるのではなく、最も近いところにあると言います。

「あなたが見た理想は正しかった。しかし、あなたは理想をあなた自身の外にあると見た、それが間違いでした。それをもっともっと近くにもっていらっしゃい。それは常にあなたの内にあったのだ、それはあなた自身の自己であったのだ、ということがあなたに分かるまで」

理想とは、永遠で完全なる幸福、自らの内にある真の自己、その目覚めである悟り、そうでなければ意味がありません。
そして、「最高の理想で頭脳と思いを満たし、朝夕それらを自分の前におきなさい。そこから偉大な働きは生まれるのです」とヴィヴェーカーナンダは力強く説いているのです。

ゴーパーラ


識別とヴィヴェーカーナンダ(6)

人は誰もが、自分や家族、また社会や国の「未来」を想像したり、考えたりしたことがあると思います。
それが夢や希望の明るい未来かもしれませんし、老いや病、戦争などの不安な未来かもしれません。

最近、私はこの「未来」、また「理想」ということについて考えていました。
というのも、
「自分とマハーヨーギー・ミッションの未来ーー5年後、10年後に何をしていきたいのか、その未来の理想を皆の前で話してほしい」
そんな依頼がグルバイ(兄弟姉妹弟子)からあったからです。

ちょうどその頃、友人から「ヨーガでこうしたいとかいう未来のヴィジョンはないの?」といきなり尋ねられて、少しドキッとしました。
その彼は、驚くほど詳細なまでの未来の理想というか妄想のような願望……(笑)をもっていました。
彼があまりにも明瞭にその願望について語っていたので、自分も妄想的でもいいから未来のヴィジョンをもつ方がいいのだろうかと考えさせられました。
また、最近よく目にする「未来ノート」的なものも必要なのかとも考えました。
例えば一流のサッカー選手などは5年後Jリーグ、10年後プレミアリーグ、ワールドカップ優勝など、目標・理想を明確に設定し、そしてそれに向かって努力して成功をおさめています。
そんなことも含めて未来の理想について考えてみたのですが、「将来、自分がこうしたい、あれをしたい」という具体的なヴィジョンというのは出てきませんでした。
ただ、「悟りを実現したい」という思いだけは自分の中に明確にありました。

後日、先輩グルバイに、「サッカー選手のように5年後、10年後といったように未来の目標を設定してヨーガをしていくことはいいのでしょうか?」と質問しました。
先輩は次のように答えました。

「ヨーガは時間を超えていくものだから、それをすると時間に執らわれて、ヨーガとは真逆のことになる」

確かにそうだ。未来の目標や理想というものを時間軸で設定すると、たちまち自分でつくり出した時間に束縛されてしまう。
「未来も過去も存在しない、在るのは今だけ」ということはヨーガを始めてから師からずっと教わっていたことでしたが、過去や未来について思ったり考えていては、「今」という瞬間を生きれなくなります。
では、未来の目標や理想はもたない方がいいのでしょうか?
否、ヴィヴェーカーナンダはこう言うのです、

「理想をもて!」

これは一体、どういうことでしょうか??
次回、ヴィヴェーカーナンダの説く「理想」について見ていきたいと思います。

ゴーパーラ


識別とヴィヴェーカーナンダ(5)

「私ではなく、あなた」、それが宗教ならびに社会の理想であることを、前回のブログ(「識別とヴィヴェーカーナンダ(4)」)で見ていきました。
しかしそれについて、一つの疑問が湧いてくるかと思います。
「それは社会の中で実践できるのか?」という疑問です。
言い換えれば、「実生活の中でエゴをなくして、真理に生きていくことはできるのか?」ということです。

聖典を学び、アーサナと瞑想を行ない、食事を調えて、仕事を一所懸命する。自分自身のヨーガの歩みを振り返ってみて、そういう大きな括りの実践には慣れ、生活そのものは安定してきました。
しかし心は、過去の記憶が蘇ったり、日常の出来事の些細なことに執らわれたりと、いまだに波立ってしまいます。
そんな心の思いにストップをかけ、真理をあてがうーー「それは真の自己、永遠で完全で至福に満ちた実存なのか?」
瞑想をすれば、この移りゆく肉体や世界、心の感情、過去の記憶、その所有者であるエゴが真の自己、実在ではないことを理解し、その波はおさまったかのように思えます。
しかし、その波はまた押し寄せてきます。
幾千、幾万と輪廻して形成された心の傾向やエゴを放棄するのはそう簡単なことではない。
でも、それができない自分には何が足りないのかと感じずにはいられません。
忍耐なのか、それとも真理への情熱なのかーー

私はヴィヴェーカーナンダにその糸口を求めました。そして思ったこと、単純ですがそれは、

「ヴィヴェーカーナンダは大胆だな〜!」

ということでした。

「もし社会で非利己性の高貴な理想を実践することができないなら、人は社会を棄てて森に入った方がましです。それは勇敢な人です。二種類の勇気があります。一つは大砲に直面する勇気、もう一つは霊的確信の勇気です。
断固として真理を信ぜよ。断固として真理を実践せよ。真理、人生に断固としてその真理を示す、死を目の前にしても揺るがぬ、いや、死を歓迎し、人に彼が霊であることを、宇宙間の何ものも彼を殺すことができないということを知らしめる真理、その真理を直視する勇気をもちなさい。そのとき、みなさんは自分の真の魂に直面なさるでしょう」(『ギャーナ・ヨーガ』「人間の本性」)

自分を小さなエゴだと思うやいなや、肉体の快適さを求め、それを守ろうとし、そして死への恐怖がやってきます。
しかしヴィヴェーカーナンダは、「自分を弱くする迷信は追い払いなさい。勇敢になろうではありませんか。真の自己は、生まれもしなければ死にもしない、永遠に生きている、全能、遍在の霊なのです」と鼓舞します。

私は感じました、瞑想の中で真理をあてがうということではない、どんなときも真理に生きるという勇気、真理を高らかに宣言する力強さが必要なのだと。
一瞬一瞬、真理を直視し、高らかに「私ではなく、あなた」と理想を宣言する、そのヴィヴェーカーナンダのような大胆でダイナミックな歩みをしていきたいものです!!!

ゴーパーラ


神の導き〜マザーハウス訪問〜

4月のブログで、松山の藤田沙織さんがインドのカルカッタにあるドッキネッショル寺院を訪れたことを紹介しました。(その時のブログはこちら☜)
藤田さんはそのインド滞在時、「カルカッタといえばマザーハウスもある」と思い立ち、マザーハウスを訪れたそうです。

マザーハウス入ってすぐの聖母マリア像とマザーテレサ像。

そこにはマザーテレサのお墓のある御聖堂があり、藤田さんはその前で礼拝すると、不思議と込み上げてくるものがあり、涙が溢れたそうです。
彼女の中では「ラーマクリシュナ!」と思ってインドに行き、ドッキネッショル寺院やラーマクリシュナにも感動したけれど、マザーテレサやそこで働いていたシスターにとても惹かれる自分がいて、その突然の衝動に戸惑い、消化できずにいたそうです。
しかし、藤田さんは先月に松山で行なわれた特別サットサンガに参加し、自分が感じたことをヨーギーさんに素直に打ち明けました。
そしてヨーギーさんは次のようにお答えになりました。

ヨーギー「ラーマクリシュナ・ミッションで行なわれていることもマザーテレサのところで行なっていることと、そう違いもない。だけどマザーテレサが生きていたのはついこの間です。みんなも生きている姿を目にしていると思うし、生の声も聞いているでしょう。そういう親しみというか身近さというか、そういう力も多く働いていると思うし、何よりそのマザーテレサが生涯を生きた生き様ーー死を迎える見捨てられた人々を看取っていったという、誰もを見捨てていった人たちを看取るということを今も行なっているという尊い行為ーーそういうものが胸を打つのだと思います。だから決してそれはシュリー・ラーマクリシュナとマザーテレサを天秤にかけるとかいうのではなくて、尊い人として本当に神のごとき行為がそこであったし、今もあるという、それを感じられたということだと思うよ」

藤田「私はマリア様の像だったり、そういうものにすごく親しみというか落ち着くところがあるのですけど、瞑想する時にマリア様の像だったりマザーテレサのお写真やお姿を思い浮かべて瞑想するというのは」

ヨーギー「大いによろしい」

最後にヨーギーさんは、次のように彼女に言われました。

「ヨーガでは理想の神をもてばいい、もつのがいいというにいいます。それはこの神をというふうに言わないです。それぞれが自分で選ぶのです。(笑顔で)自分が自分で恋人を選ぶように。だからそれは何もインドのヨーギーたちだけでなくてもいい。キリスト教であってもどうであれ、理想となる神を思い浮かべて進めていけばいいですよ」

藤田さんはヨーギーさんのお答えをいただくことで、「マザーを思っていいんだ。マザーを思う方がしやすい、よかった」と安心したそうです。

この世に生を受け、自らの理想を見つけ、その希望の光に向かって歩んで生きていけることの何と稀有で吉祥なことでしょう!!!
春の祝祭から始まった藤田さんの旅は、神に導かれていた本当に祝福された素晴らしいものだったのだと改めて感じました😇

ゴーパーラ


ブラゴパーラ vol.6「六波羅蜜寺 空也上人」編

皆さま、こんにちは。
約1年半ぶりのブラゴパーラです。
今回は京都東山の「六波羅蜜寺(西光寺)」を訪れました〜

この六波羅蜜寺は951年、踊り念仏の開祖である空也上人により開創されたお寺です。

口から六体の阿弥陀仏が現れたという伝承のままに彫刻された運慶の四男康勝の作(鎌倉時代)

この像、歴史の教科書で見たことある人、多いのでは?
口から仏が出てるって、インパクトありますよね。。(笑)
一体、どういう人物だったのでしょうか?

空也上人は、伝説では醍醐天皇の皇子といわれ、若くして五畿七道を巡り苦修練行、尾張国分寺で出家し、空也と称すようになります。
出家後は名山を訪ね、練行を重ねると共に一切教を紐解き、948年に比叡山座主の延昌より大乗戒を授かり、光勝の法号を受けます。
しかし空也上人は山や寺に籠ることなく、当時疫病が流行っていた京都の町の中に入り、小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、南無阿弥陀仏の念仏を称え歓喜踊躍し、病魔を鎮めたといわれています。

うーん、天皇家の皇子で出家し、日本各地で修行、そして疫病で苦しむ衆生のために市井の中に入っていったということで、この経歴から見ても空也上人はものすごい行動的で、仏教の教えを探求して実践し続けていた人物だったということが分かります。

少し話は変わりますが、私は小学生の時に『平家物語』がなぜか好きでその本や人形劇に触れていて、平家一門が六波羅蜜寺の境域に住んでいたということで、その寺名は知っていました。
この六波羅蜜寺には、空也上人像の隣に平家棟梁の平清盛像も安置されていました。

平清盛座像(鎌倉時代)

『平家物語』では平清盛は傲慢な人物として描かれていますが、経典を手にしているこの像からも分かるように、剃髪をして厳島神社にお経を奉納するなど、仏者としての一面も垣間見れます。
しかし、この平清盛と空也上人をくらべてみると、空也上人の手には経典がありません。
左手に鹿の角の杖、右手に撞木、胸に金鼓を持っています、でもこの空也上人の像を見ていると単純ですが、「何も持っていない『空っぽ』なお方だなぁ〜!」ということを感じました。

仏教では悟りの智慧の境地を「空」と表現しています。
贅沢や肩書き、経典の知識を手放し、金鼓を鳴らし歩くその身体から出てくるのは南無阿弥陀仏の御名だけーー
仏教の教えを行動をもって探求し続け、そして阿弥陀仏に帰依し、苦しむ衆生を阿弥陀仏の住む極楽浄土へと誘い、歓喜踊躍した空也上人の仏者としての生き様が感じられた今回のブラゴパーラでした😎


今回で6回目のブラゴパーラですが、実はこの6回、密かに「六波羅蜜」をテーマに進めてきました。
六波羅蜜とは「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」という仏教で説かれる悟りに至るための6つの修行です。
気付いた方、おられましたか(笑)?
よかったら読み返してみてください〜!

布施…「御金神社編」
持戒…「千本ゑんま堂 引接寺編」
忍辱…「釘抜地蔵 石像寺編」
精進…「千本釈迦堂 大報恩寺編」
禅定…「高山寺 明恵上人編」
智慧…「六波羅蜜寺 空也上人編」

ゴーパーラ


ドッキネッショル寺院を訪問

こんにちは。
ゴーパーラです😃
皆さま、GWはいかがお過ごしでしょうか?
10連休という方もいるのでは?
海外旅行も行けますよね〜✈️
ということで、インドのカルカッタの写真です📷

ここはもしかして……そう❗️あの19世紀インドの大覚者シュリー・ラーマクリシュナが住まわれていたドッキネッショル寺院です‼️

4月23日〜27日まで、松山ヨーガ・サークルの藤田沙織さんがカルカッタを旅行して、その写真を送ってくださいました📷✨

振り返ること、シュリー・ラーマクリシュナにフォーカスされた4月7日春の祝祭の翌日、私はNYから来たアーナンダマーリーさんとプラパッティーさんとガネーシャ庵(ヨーガ仲間の家)を訪れました。
そこに祝祭に初参加されていた藤田沙織さんがおられました。
彼女とはあまり話したことはありませんでしたが、話をすると明日から旅行でベトナムに行くとのこと。
ベトナムの後はラオスとタイに行く3週間のフリープランということで、それを聞いた私は、師ヨーギーさんが昨日の祝祭でドッキネッショル寺院を訪れた時の話をすぐに思い出し、「インドのドッキネッショル寺院に行ったらいいのになぁ。でも彼女の旅行だしなぁ〜」と内心で思っていたら、アーナンダマーリーさんが「インドに行った方がいい!」とストレートに言われました(笑)。
「でもビザないしなぁ…」と言う藤田さん。
しかし調べてみると、近年からインドはアライバルビザという空港で到着時に取得できるビザがあるようで、「インド、ドッキネッショルに行ったらいい!!!」という展開に……😅
そして彼女はベトナムとラオスを旅をし、インドに行きました
その藤田さんから、この旅の感想文をいただきました。

「旅の感想は、真剣に書いたら感想文50枚以上になりそうです…笑
なので、いろいろ省略して言いたいことだけ。
春の祝祭からはじまった私の旅行は本当に祝福されていて、すべてが自然で、最初からそうなるようになっていました。
『すべて神様のお導き』
ということをとても強く感じています。
この素晴らしい旅(の時間)を与えて下さったことに感謝の気持ちでいっぱいです」

「すべては、すべてはシュリー・ラーマクリシュナ(神人)がなされていること」と祝祭の祝辞で私は述べましたが、この藤田さんの旅の急展開、縁と条件の整い様は本当にそれを実感するものでした。
藤田さんは今、タイにおられるようで、明日にご帰国だそうです。
無事にこの旅を終えることを祈っております!

OM TAT SAT OM!!!

藤田さんが困ったなぁと思っている時にドッキネッショル駅でたまたま出くわしたタクシードライバーさんとの2ショット。

ゴーパーラ


ニューヨークの弟子プラパッティーの滞在🇯🇵🌸

満開の桜が咲く中、4月7日の祝祭に合わせてニューヨークからプラパッティーさんが来日されました🌸

プラパッティーさん(右)。アーナンダマーリーさん(左)も同じ日にNYから一緒に来られました。

プラパッティーさんは約1週間の滞在で、私の住まいであるシャーンティ庵に宿泊しました。
彼女はニューヨーク在住のレバノン人。
ヨーガを始めて2年ほどの彼女ですが、ニューヨーク・ミッションがウェブ配信している『Pranavadipa』はすべて読んでおり、ヨーギーさんの教えや日本の弟子の記事の内容についてとってもよく知っています。
特に驚いたことが、北野白梅町のスーパーのイズミヤの前を通った時に、「今は大きなスーパーマーケットだけど、昔は喫茶店があったみたいで、高校時代の師ヨーギーさんはここで識別瞑想をされていたそうだよ」と私が話すと、彼女は即座に「名前はブラック、でも中はホワイト一色の喫茶店!?」と答え、イズミヤの写真を撮り始めたことです……😅

嵐山の角田香勢園さん。お店の方と仲良くなり、お抹茶の手解き🍵

到着初日、私はプラパッティーさんに日本に来た理由を尋ねました。
一つには、日本の弟子がどういう方法でヨーガを実践しているか知りたいということ。
もう一つは、師ヨーギーさんに会いたかったからという理由でした。
私は彼女自身のヨーガの目標はどうなのかと思い、「あなたの理想は何ですか?」と尋ねると、彼女は「まだ理想は分からない」と答えました。
「理想がはっきりすると、より具体的にヨーギーさんや弟子から教えや実践を学び取ることができると思うよ」と私はアドヴァイスしました。
すると次の日から彼女は会う弟子、会う弟子に「あなたの理想は何ですか?」と尋ねていました……😅

すごく素直で、理解も早いプラパッティーさん。
短い滞在期間の中、レバノン料理を2度も作ってくれました😋
レバノンは宗教間の争いが絶えない地域―—レバノンにいた頃の彼女は特定の宗教は信仰していなかったそうですが、「真実は自分の中に在る」ということを感じていたそうで、当時の彼女は難民の人に衣服を与えるボランティアをしていたそうです。
国境を越えて素晴らしいグルバイに出会え、今後彼女がどのように理想を見つけてヨーガを実践していくのか、本当に楽しみです😃‼️

祝祭後、その時の感動を話すプラパッティーさん☺️

ゴーパーラ