グルバイ(ヨーガ仲間)」カテゴリーアーカイブ

シャーンティ庵、嵐山に引越し

ご存知の方も多いかと思いますが、先月末に8年間住んだ上京区のシャーンティ庵を引越ししました❗️

新しいシャーンティ庵の場所は、嵐山です‼️

新居1階の部屋。

渡月橋。

よくテレビなどで映る渡月橋にも歩いて行けて、周りは自然が多く静かで、サーダナ(霊的修行)をするのにはとてもよい環境です。

今回引越しをしたのは、コロナウィルスの影響で遠方のグルバイの方たちがシャーンティ庵を利用できなくなったことと家の更新年が重なったこともあり、シャーンティ庵をコンパクトにしようと思い物件を探したところ、職場のある嵐山に良い物件が見つかったからです。
上京区の旧居は5部屋でしたが、嵐山の新居も3部屋あり、3人前後は泊まっていただけます。
古い家ですが、リフォームもされていて良い家ですよ〜
車も購入予定なので、また遠方のグルバイの皆さんとお会いできる時には車で送迎もできるようにしたいと思っています。
京都のグルバイの方もぜひお越しください!

今後もシャーンティ庵の方、どうぞよろしくお願い致します‼️

ゴーパーラ


弟子たちのサットサンガ ― 聖なる思いは共鳴していく!

アーシュラマの玄関を飾る生け花

2月1日(土)、40名ほどの弟子がマハーヨーギー・アーシュラマに集い、弟子のサットサンガが開催されました!

玄関には春の訪れを感じる満開の梅の花やストックが生けられ、静謐な空間には芳しいお香が漂います。師がいつもお座りになられているムートンを囲み、サットサンガが始まりました。聖音オームが朗唱され、アーシュラマの聖なる空間を満たします。

最初に、現在ニューヨークに滞在されている師シュリー・マハーヨーギーの下で1月中旬に10日ほどヨーガを学んできた大森さんから、報告がありました。彼女はまだ師に数回しか会っていないにもかかわらず、情熱に衝き動かされて師の下へ飛び込んでいきました!ニューヨークに行く前の大森さんは、切実に真理を求め、サットサンガでは命についての真剣な質問をする姿が印象に残っていましたが、帰国して初めて会うこの日、驚いたことに、大森さんはとてつもない大きな安心感に満たされているように見えました!そしてそれが真理への信念、強さに繋がったように感じました。その変容ぶりを見て、師の存在と導きがどれほど大きいかということを思わずにはいられませんでした。

ニューヨークでの体験と学びをしっかりと話してくれた大森さん

大森さんは、ニューヨークで師にすべてをさらけ出し心は丸裸になり、ありのままの自分になれたと、何かが剥がれ落ちたように潔く、あまりにも屈託なく爽やかに笑っているので、まるで生まれたての無垢な子供を見ているような気持ちになりました。
師の強烈な光によって覆いがなくなり、彼女のありのままの命の輝きがそう思わせたのかもしれません。落ち着いて淡々とニューヨークでの経験や学びを話す大森さんを見ていると、まるで師が目の前におられるのかとさえ思えるようでした。

昨年の春の祝祭の写真スライド上映会の様子

続いて、昨年の春の祝祭「サナータナ・ダルマ アヴァターラ メーラー」の写真スライドの上映がありました。
その中で、師のお姿が映し出されたその瞬間、一気に皆の熱が上昇しました。師が春の風とともに、ふわりと会場であるプレーマ・アーシュラマの玄関にご到着されたお姿――、その佇まいは、なんと優しく穏やかで慎み深く、慈悲深きお姿でしょう。弟子たちの元へと向かわれるため会場にお入りになる前の師のお姿に心が奪われ感動しました。このようにして師はいつの時もずっとずっと弟子たちの元へと来てくださっているのだと思いました。

みんな食い入るように見ていました。

 弟子たちを愛深い眼差しで見つめておられるお姿、満面の笑みのお姿。師の表情、座られ方、姿勢、佇まい、髪の毛一本、お顔の魅力的な皺一つに至るまで、どれもこれもが愛おしい師のお姿ばかり。何を見るよりも嬉しい、楽しい、もうそれしかないような時間でした。かのラーマクリシュナは、きっとこのようなお姿であったに違いないと思いました。
春の祝祭の会場であるプレーマ・アーシュラマは日本家屋であるのに、映像を見ているとなぜか古代インドを彷彿とさせるような感覚に陥りました。ラーマクリシュナは小さなお部屋の寝台の上にお座りになり、集まる弟子たちにお話をされたと『ラーマクリシュナの福音』にも度々そのシーンが出てきます。きっと皆はこんなふうに師の下に集い、師はそこでおおらかに高らかに真理のお話をしてくださったに違いない、それが今も繰り返されている。ヨギさんのお姿を見ているのに、ラーマクリシュナのお姿をも見ているような気がしてなりませんでした。

そして上映後、歓喜の余韻の中、今年4月5日に開催される春の祝祭に向けて弟子たちが思いを話しました。
その中で私が特に印象に残ったのは、昨年の祝祭で映像撮影を担当していた長岡さんが「撮影する時、何を撮るのかを明確にしておく必要があった」と言ったことです。「サナータナ・ダルマとは何か?を先輩に聞いたことが大きかった」と彼女は言いました。何を撮るのか? すなわち目には見えないサナータナ・ダルマということでしょうか? 人が何かに惹きつけられたり、魅了される時、その背後にあるものの根源はアートマン・神・真我であるといいます。

身振りも豊かに力のこもる長岡さん

もしもその人がその本質だけを見ているならば、その人が撮った映像を見た人にもその本質が伝わると私は思います。きっと長岡さんは撮影を通して、永遠の真理に迫っていったのだと思いました。なぜなら長岡さんの至福の笑顔がその時、皆にも伝染していったからです。
百聞は一見に如かず!真理は頭で考えるものではなく感じるものだと師から教わりました。まさに映像とその場の皆の空気がそれを物語っていました。

思いが迸るように話すサティヤー

また、これまで春の祝祭で毎回祝辞を奉納してきたサティヤーの言葉には胸が震えました。彼女は、「真理は在り続けるという自分の確信がある、そして自分の気持ち一つでそれと一(ひとつ)になっていくことができると思って来た!」と力強く話しました。その時、その思いに皆の魂が共鳴していくようでした。彼女の確固たる思い、信仰心、それらが声、表情、振動となり、その場の誰もが志を同じくして思いを高めたと思います。一人の人の思いの強さによって、何かが一瞬にして変わることもある、永遠の真理は人から人へと伝わっていくものでもある、どんな時も本当に一人一人の思いが大切なんだ!!と強く思わずにはいられませんでした!

野口美香


朱に交われば赤くなる!

ヨーガを深めるにはどうすればいいか? 深めたいと思っても、なかなか思い通りには深まらないものです。でも、時期が来れば草木も蕾をつけて花開いてくるように、ヨーガをきちんと実践していれば、やがて実っていくものです。

今回、熱心にサットサンガや様々なクラスに参加されている吉岡さんが、地道な実践の様子と自らの変化について寄稿してくださいましたので、ご紹介したいと思います。


4年前にふとしたきっかけでヨーガに出逢った頃は、とても生きるのが苦しくて辛い時だった。それでも最初は、仕事も忙しくてクラスにはあまり行けず、真理の教えももっともだけれども、それができたら誰も苦労しないと思っていた。
でも2年前、「このままじゃいけない!」と思ってサットサンガやクラスに真面目に行き始めた。とにかく、できるだけクラスに行って、朱に交わって赤くしてもらうほかない!と思って通ってきた。そして、生きていることの苦しさから逃れるには、「できないし無理」と思っていた真理の教えを実践していくしかないのだ、といつからか思うようになった。それはたぶん、休み休みでも行っていたクラスで、その教えを生きている先輩グルバイ(兄弟姉妹弟子)を見ていて感じていったのだと思う。
そして今は、正に朱の原液がヨギさんなのだと思い、サットサンガに通っている。

バクティ・サンガムのクラスでは、最初は違和感しかなかったが、「現実に生きている人のように神を愛せたら、どんなに幸せだろう!バクティをわかりたい!」と思って再びクラスに参加した時には最初の違和感はなくなっていた。人間の力を越えた神のような存在がいるとずっと思っていたけれど、私が思っていた神とバクティ・サンガムで歌われている神と、結局同じものなのだなと感じるようになった。

鴨川でのバクティ・サンガム

そして、神を悟るには瞑想が不可欠だか、最初私は座ることすらままならなかった。シッダ・アーサナ(達人坐)で座ると足にも背中にも力が入り、心を静かにするどころではなかった。とにかく瞑想ができるようになりたいと思って瞑想専科に通い始めた。でも毎週は通えなかったり、行けてもクラスが終わったらすぐに現実の忙しさに引き戻されるという状態が長く続いた。
それでも、少しずつ少しずつ、教えが私の中に染み込んでいったのだと思う。8年前に両親が亡くなり支えを失った私が、代わりの支えとしてずっと握りしめていたもの、それを昨年「それは真理ではないからいらない!」と思えるようになったのだ。そしてそれを手放したことで、自分の時間が格段に増えた。それまでは寝る前にアーサナと瞑想をしていたので座るとすぐに眠くなってしまった。だけど時間が確保できたことで、仕事が休みの日はとにかく昼間に1時間座ろうと決めた。1時間は長かった。骨が折れるんじゃないかと思うくらい足が痛かったし、心もいろんなことを喋り始めたけれど、「それでもいい!座ってなんぼや!」と思って座った。しばらくそれを続けて次は1時間半座った。それはそれは長かった。いろんなことが頭に浮かび出すのだけれど、少しの間だけど心が静かにしている時があった。私の場合それは長く座ってみたからこそ得られた感触なのだと思う。今もまだまだ瞑想というにはほど遠いけれど、今の私ができることを積み重ねていくしかないのだと思っている。

毎週木曜日の京都瞑想専科(キャンパスプラザ京都)

アーサナは、私は頸椎の異常で首から肩にかけて痺れがあり、特にシールシャ・アーサナ(逆立ちのポーズ)の練習で嫌な違和感があった。ヨギさんは、暖かくなったら練習を始めたら良いと先輩グルバイを通じてアドバイスをくださった。整形外科の先生は、他のところのアーサナで身体を痛めた人が大勢整形外科に来るからという理由でヨーガを全否定された。でも私は整形のリハビリには通わずにアーサナ・クラスに行き続けた。結果、いつの間にか違和感も痺れもなくなり、シールシャ・アーサナもできるようになった。
それから去年、睡眠時無呼吸症候群と診断されたが、アーサナと瞑想をしっかりやって心穏やかに眠りについた時は明らかに無呼吸の回数が減り(症状が改善)、アーサナが集中できていなかったり気になることを抱えていたりすると、無呼吸の回数が増えた。こうしたことから、アーサナの力を信じざるを得なくなり、たとえ時間は短くても集中してやるように心がけるようになった。

手前が吉岡さん。スタジオサンゴッホ(京都)のクラスにて。

さまらさは、先輩グルバイに誘っていただいて軽い気持ちで参加したのが最初だった。私は料理が嫌いだったし、全くしなかった。自分一人の為に料理なんかする時間がもったいないと思っていた。さまらさでは調理の他に食にまつわるお話もされるのだが、その時のふとした会話の中で、自分の料理嫌いの原因がわかり、そうしたら、それから料理が嫌いではなくなってしまった。休日は時間を忘れて料理に没頭することもあるようになった。おまけに、今までは捨てていた例えばカボチャの種なども、レシピを調べて無駄にしなくなった。なにより、そういったことを面倒くさいと思わなくなった。どうしてなのかなと考えると、食べ物はすべて命だから、その命をいただく過程を面倒くさいなんて思ったらその命に失礼だと思うようになったのかな?と思う。それは、さまらさだから感じられた学びだと思う。簡単で美味しいのは今やネットのレシピにも溢れているけど、それだけじゃない、生きていく上で大事なことをじわじわと身に染み込ませてくれるのがさまらさだと感じる。レシピだけではなく、いつも何かの気付きを持って帰ることができるのだ。

ヨーガ・ヴィハーラでのさまらさの台所。右端が吉岡さん。

掃除について。祝祭でアーシュラマのお掃除をさせてもらった時、掃除するのが嬉しかった。家の掃除は面倒くさいと思っているのに何が違うんだろうと思った。私は神様に会いたいと思っているのに、だったらアーシュラマだけでなく、自分の家も(自分の心も)綺麗にしておかないと神様は来て下さらないだろう、と思った。そうしたら大嫌いだった掃除が嫌いでなくなった。今まで面倒くさくて嫌なことだった家事全般が、服を着ることのように当たり前のことに感じるようになった。

今こうして振り返ってみると、マハーヨーギー・ミッションに出逢えたのも、掴んでいたものを手放せたのも、いつも、いつも、グルバイの助けがあった。本当にありがたいことだと感謝している。
ヨーガは体得しなければ意味がない。私はまだまだ全然だ。あ~あ(ため息)、と思うこともあるけど、ヨギさんは「感想はいらない」とおっしゃっていた。今生の時間が足りるか足りないかわからないけど、もうヨーガ以外の道がないことだけはわかってる。この身体がある間、神だけを見つめて少しでも近付けるように、生きていきます!

吉岡恭子


弟子のサットサンガ〜新春の集い〜

2020年最初の集いは、1月11日(土)17時から、マハーヨーギー・アーシュラマで弟子のサットサンガが行われました。現在師は、ニューヨークご訪問中で京都にはご不在ですが、いつものように東京、愛媛、大阪、京都からたくさんの弟子が集まりました。松、梅、葉牡丹、南天、千両のお正月のお花が玄関や部屋に生けられ、壁には、カレンダーと年賀状の原画や24年前に師が達磨をモチーフに書かれた「寿」の文字が飾られており、いつも師がお座りになられていた場所には、同じようにムートンが敷かれ、姿はないけれど、まるで師がそこにいらっしゃるかのように感じられました。ここアーシュラマに来ると、心が清々しく、穏やかになり、なんともいえない安心感に満たされます。

アーシュラマの玄関を飾る正月のお花

2階のサットサンガ会場に飾られた、師直筆の寿の書とカレンダー原画。

最初に先輩方数名でマントラを唱え、プージャ(礼拝)が行われました。そして、アーシュラマが開かれて、今年で45年目に入り、その間、この場所で絶えず真理に導いて下さったかけがえのない師の存在と導きを感じ、全員で師への感謝を捧げました。アーシュラマ開設初期に通われていた数名の方とこの年末年始にかけ交流があったことの報告に合わせ、当時の新年最初の集いの様子など聞き、思いを馳せました。また、カレンダーのモチーフとなった、師が「オームカーラアーサナ」をしている貴重な写真の話になりました。師がアーサナをなさっていた当時の写真はほとんどないとのことでしたが、この写真は師が20代の頃インドにご訪問された折、現地の人によって撮影されたものだそうです。このアーサナは、完成した形がオームの文字になっていると聞き、驚きました。師の姿が本当にそうなっていたからです。なんと美しい!きっと現地の人も、あまりの美しさに思わずシャッターを押したに違いないと思います。

ニューヨークでの体験を語る船勢さん。

そして、昨年の12月25日から1月5日まで、師の滞在しているニューヨークを訪れた船勢さんがニューヨークでの体験を話してくれました。何より驚いたのは、師が選んでくださったというカーリーレッドのパーカーを着ている彼女は、それまでとは全くの別人のように生き生きと輝いていました。師から注がれた愛が喜びとなって表情に溢れ出て、それを見ているこちらまで喜びで満たされました。そして、その変化は表情だけでなく、彼女の話し方にまで及んでおり、さらに驚かされました。「ヨーギーさんが、私の師(グル)だと確信しました。これから、何に取り組んでいくべきなのか、明確になりました。これからは、それに取り組んでいきたいと思います。」と力強く、軽快に話す彼女にそこにいた誰もが魅了されました。また、その場にいた兄弟弟子からの様々な質問にわかりやすく的確に答えるその姿勢は美しく感じました。彼女の一連の変化を通して、師の導きを目の当たりにし、そこから、過去に激変して帰国したという先輩方の様々なエピソードを聞き、大いに笑いました。アーシュラマにいる間、ずっと心はニューヨークの師を想っていたように思います。

ミッションオリジナル年賀状ークリシュナとラーダーの原画も飾られていました。

あっという間に予定の時間となり、アーシュラムを出ると、シンとした空気に寒の入りを実感し同時に、月明かりが冴えわたっていることに気づかされました。先輩と一緒に見上げるとそこには満月がありました。あぁ!ヨーギーさん!その月は美しく輝き、ヨーギーさんそのものを現すかのようでした。

オーム タット サット オーム!!

山口正美


紅葉🍁プレーマ・アーシュラマの集い!

12月とは思えないような暖かい日差しの中、1日の日曜日にプレーマ・アーシュラマで四回目となる「アーシュラマの集い」がおこなわれました。

当日は京阪神のグルバイを中心に京都に滞在中のマールラー、マーク、エミリーの台湾グルバイも参加し総勢30名の参加者が集まりました。

最初に仁和寺の山門に集まり二班に分かれて美しい庭園を散策しました。紅葉はベストの見頃からは少し遅れた様子でしたがそれでも御覧ください!

仁和寺紅葉ツアー

二手に分かれて出発!

紅葉をバックに楽しそうなグルバイの顔!

晩秋の京都を満喫した一行はプレーマ・アーシュラマに到着し御茶を頂いて一服。

集いの始めは皆で祭壇に礼拝。オームを奉納しました。
そして話題は自然と、今も喜びの余韻にある先週のサットグル・ジャヤンティーの話に!
なんと当日の写真をスライドショーで観るという嬉しいサプライズが用意されていました。

歓喜のジャヤンティーのスライドショーを楽しみました!

皆んな夢中で見ていました!台湾からのグルバイもとても喜んでいました!

15分程のスライドショーに映し出される写真は、どれも喜びの顔、顔、顔。
当日の感動が参加者の胸に甦ります。
何より師の慈しみ深い、優しく甘い眼差しに皆食い入るようにスクリーンに見入っていました。
式の間には見れなかった師が大いに笑われ、驚かれ、弟子の祝辞や聖劇を心から御喜びになられている様子を初めてアップで観ることができました。

続いて当日にホームページに告知されyoutubeに公開された、「エターナルクエスト」のダイジェスト版映像をいち早く観せてもらいました。
なんとこの映像は構成、デザイン、編集、フォントの選択に至るまで師が手がけられたそうです!!

そこからは、ジャヤンティーの感想を参加者がそれぞれ話してくれました。
初参加の廉くん、藍ちゃんも、先輩グルバイ達の真摯にヨーガに向き合う姿勢が、全ての祝辞に表れていてとても感動した。カッコ良かった。と話されていました。

その中で素晴らしい祝辞を奉納した美香ちゃんが、祝辞をグルに奉納出来るまでの過程を教えてくれました。

楽しくも真剣な皆んなのお話に引き込まれました。

祝辞候補者として初めて集まった7月からジャヤンティーを迎えるまで、担当者のアドバイスに支えられながら、日々の実践とヨーガの成就に向けた情熱に自ら向き合い、
何度も何度も自問自答し、ついに自分の役割を見つけ決意をもって高らかに師への想いを宣言してくれたのでした。

一人の修行者が少なからず通るであろう、己の性質との苦闘の跡がはっきり感じられただけでなく、それを乗り越え勝利した者だけが語れるとても力強い宣言でした。
それを可能にしたのは、グルへのひたむきな信愛と感謝だと私は強く心動かされました。

最後は、皆でキルタンを歌います!ハレ・クリシュナ、マナサ・バジャレイ。
黄金色の西日に照らされた皆の笑顔は、心のなかで師を思いながら歌っているのが手に取るようにわかる最高の瞬間でした!!

皆んなで歓びの中でキールタンを歌いました。

このアーシュラマの集いに参加して、サットグル・ジャヤンティーの意味、その吉祥さをあらためて噛みしめていました。
初めてジャヤンティーに参加された方も、当日は残念ながら参加できなかった方も、皆さんの話からとてもいいものを受け取られた様子でした。

チャイタニヤ


掃除の心得

先日、マハーヨーギー・アーシュラマでサットサンガが開かれ、前回のブログには参加した方の素晴らしい感想が多く寄せられていましたね。
覚者であるシュリー・マハーヨーギーと今生で出会うことが本当に吉祥なことなのだと、皆さんの感想を通して感じられ、たいへん感動しました。
私の職場の方もこのサットサンガに参加し、その後少しだけ話ができたのですが、「あの空間にいれたことが、本当によかった。ヨギさんは質問に対して、とても真剣に考えてきちんと答えてくださり、それに驚きました。どんな方に対しても平等に接せられていると感じました」と嬉しそうに話していました。

ここ数年は、サットサンガの会場が変わったこともあって、マハーヨーギー・アーシュラマに集うことが少なくなったのですが、「もっとアーシュラマを活用していこう!」という思いで、先月の9月1日は京阪神のグルバイが集ってアーシュラマのお掃除をさせていただきました。(その時の様子はこちらのブログにて⇒『アーシュラマの集い』
その際、先輩グルバイのシャーンティマイーさんから「掃除の心得」を教えていただきましたので、ご紹介させていただきます。

「掃除で物を移動させても、物はあるべき所にきちんと戻す。単に清掃するのではなく、場のプラーナ(気)を乱さないということ。自己流ではだめ。そのためには落ち着いて掃除をすること」

シャーンティマイーさんは、アーシュラマで掃除を始めた頃、掃除で物を移動した際、その位置が変わっていて、シュリー・マハーヨーギーは何も言わずに元の位置に戻され、シャーンティマイーさんはそのことを何度か目にし、ハッとさせられたそうです。
私自身もアーシュラマのお掃除をして何度か元の位置や角度とは違う置き方になっていたことがあり、改めてこの掃除の心得を教えていただいて、心を落ち着けて集中して掃除に取り組むように心掛けました。
そのためか2時間の掃除はあっという間に過ぎ、終わった後はとっても清々しい気持ちになっていました。
それは私だけではなく、掃除をした方が一様に言っていました。

もともと私は掃除することは嫌いではなかったのですが、このアーシュラマでのお掃除からは普段の掃除が何だか楽しく、楽に行なえるようになっていて、心身が軽快になっているのに驚きました。

掃除は日常の身近で地味な行為です。
でも心持ち一つで、場もそして人の心も浄化する、奥が深い行為だと感じさせられました。
単純ですが、「掃除って、すごい!」と実感させていただいたアーシュラマでのお掃除とその心得でした〜!

ゴーパーラ


アーシュラマの集い

9月も下旬になり、秋風が心地よい季節になりましたね。
爽秋の候、いかがお過ごしでしょうか?
 
ところで、まだ残暑が続いていた9月1日、京阪神のグルバイ(ヨーガの仲間)がアーシュラマ(僧院)に集いました!この日は、師のニューヨークからのご帰国前に、アーシュラマを掃除してお迎えしたいという思いで、マハーヨーギー・アーシュラマとプレーマ・アーシュラマの二班に分かれて、両アーシュラマのお掃除をさせていただきました。(参加者はマハーヨーギー・アーシュラマは11名、プレーマ・アーシュラマは10名の計21名)
マハーヨーギー・アーシュラマでは、お掃除が初めての方もおられる中、先輩グルバイから場のプラーナを調えるヨーガ的お掃除の心構えなどを教わりながら、一階と二階、玄関やお庭のお掃除に取り組みました。
プレーマ・アーシュラマは礼拝室、玄関周り、縁側・庭の雑草引の他に、土手の清掃・花壇の手入れをしました。
 
 
午前の掃除後は、丹波で農業をしているグルバイのお野菜を使って、料理班が作ったお食事をプラサード(神のお下がり)としていただきました。野菜の味わいが存分に生かされたお料理が本当に美味しく、その流れでヨーガ談義に花が咲きました!最近の瞑想の取り組みや、大切にしている師の教えなどを一人一人が話していき、あっという間の楽しいひと時でした〜
 
 
 
プレーマ・アーシュラマでは、ニューヨークに師と5日間滞在した桜井さんの話を聞きたいとの声が多く、その時の話を聞き、その流れで、師の日常の過ごされ方や教えなど各自が今も強く残っているニューヨーク滞在時の導きを話していき、学びも多く、楽しい会になりました😄
 
 
今回参加したグルバイからは、「掃除の素晴らしさ、アーシュラマを大切に守っていこうという気持ち、グルバイ同士の交流が与えてくれる勇気。師からいただいたそういったさまざまなものの有難さを再確認できた良い1日でした」という感想がありました。
サットサンガやクラス以外の時間でゆっくりと話す機会が意外と少なかった京阪神のグルバイですが、今回の集いを通じて、共同してお掃除をしたり皆でお料理をいただくことで、グルバイ同士の親しみが芽生えたり、より深まったように感じました。
また、このようにアーシュラマの集いができればと思っています!
 
 
ゴーパーラ

一点の光

家族や職場の様々な問題を解決するために、ヨーガに救いを求める人は多いです。ヨーガを実践していくと、不思議なことに、四面楚歌のような状況が打開され、凝り固まった心がいつの間にかほぐされ、一筋の道が見えてくることがあります。

今回、大阪のプレーマ・ヨーガ・サークルで活動されている尾崎さんが、日々のヨーガの実践について寄稿してくださいましたので、ご紹介させていただきます。


昨年の秋、家族が心と体のバランスを崩してしまい家からも出られなくなりました。その時、私は家族にとって何がよいことかを考え実践しようとしましたが、心配事が尽きず、ずっと緊張状態でいたので、疲れ果てる毎日でした。

そんな時、「ヨギさん!」と何度も心の中で繰り返しました。そうするとヨギさんの笑顔が浮かび、呼吸が上手くできていない事に気づくのでした。フーッと深く息を吐くと緊張でガチガチになっていた肩の力が抜けて、途端に安堵感に包まれました。そうしていくうちに、次第にどの様な結果がやってきても気にならなくなっていきました。目の前が真っ暗になってしまった私の狭い世界で、ヨギさんは一点の光でした。その光を見失わないように、必死でヨギさんを思い続けました。

そして、今年の春の祝祭の日、私は参加出来なかったのですが、少しでもお祝いの気持ちを届けたいと、ヨギさんに思いを寄せていました。その時、目に入ってきた日陰で咲いた桜にとても美しい生命力を感じた瞬間、「もっと純粋になりたい!」そんな強烈な思いが湧き上がってきました。それは、家族の為に何ができるのかと、瞑想を続けてきた私へのヨギさんからの答えだと思いました。ヨギさんの祝福はいつも分け隔てなく降り注がれている!それに気づくかどうかは自分次第なのだと改めて教えていただいた気がしました。

家族は上向き調子に良くなってきています。私も、暗闇から抜け出し、相手にとって良き事とは何なのかを深く考えられるようになってきました。私は心配の余り当事者の苦しみを自分の事と感じてしまっていたのです。相手の立場に立って考えるのではなく、相手と同化しようとし、依存していたのでした。家族に対して行なっていたのに「私」が主語になっていたことに気づくことができました。「ヨーガを学んでいる私がどうにかしなければ」と驕っていたのでした。

家族と暮らしながら、家族への執着を放棄することは無理だと思っていました。しかし、それは間違いでした。放棄するのは形ではなく、心の方だったのです。私は私、家族は家族。そこからは識別と放棄の日々が始まりました。見守って、寄り添って、必要な時は手を貸す。そこに私のエゴはないか、本当に相手にとって良き事か行為する前に一呼吸おいて識別し、放棄する。手を貸すことは簡単だからつい手出し口出ししてしまう。それがエゴであっても行為をした満足感を喜びと勘違いすることもある。ほとんどがそんな失敗の繰り返しでしたが、以前よりは相手の気分に振り回されずに行為できるようになってきました。

一時は落ち込んで、疲れ果てて何のサーダナ(修練)もできずにいましたが、ヨギさんという光を見失わずにいられるのは、ずっと私を励まし、光のもとへ引っ張ってくれたグルバイ(兄弟姉妹弟子)の存在があったからです。それもまたヨギさんが与えてくださった祝福なのだと思いました。この降り注がれる祝福に気づく人がもっともっと増え、真理という一点の光を見つけることができるならどんなに素晴らしいでしょう!
「純粋になりたい!」という思いは、身近な家族を超えて、もっともっと広い世界に私を導いてくれるのかもしれないと思いました。

尾崎恭子


ヨーギーさんゆかりの地~福岡探訪~

梅雨入りしてジメジメとした空気が続きますが、心はいつも晴れやかでいたいと思う今日この頃です。

 ところで、ヨーギーさんが幼少時代、福岡市に住まれていたのをご存じでしょうか?

先月の福岡クラスの後、グルバイの綾子さん、岩城さん、わたくしヨーガダンダで、ヨーギーさんがお暮らしになっていた街を探索して参りました!

 この日のヨーガ瞑想クラスは、いつもの会場が使えず千代体育館を使用することになりました。夜勤明けの方や、クラス後に出張で東京に飛ぶ方など、忙しい生活の中で疲れが溜まっておられるようでしたが、アーサナを行なっていくうちにプラーナが蓄えられていって、瞑想時には完全に充電された様子でした。

千代体育館を出ると、辺り一帯は博多祇園山笠の準備で活気に溢れていました。地元民で福岡クラス常連のY子さんが、解説しながら案内してくれました。山大工の方々の話も聞けて、一年に一度のこの祭りにかける意気込みが伝わってきました。

 さて、いよいよヨーギーさん縁の地に向かいます。実は13年前にヨーギーさんが福岡でサットサンガをされたことがあり、その時に同行させていただく機会がありました。畑だった区域は高級住宅街に変貌し、ヨーギーさんの旧住家だった場所には大きなビルが建っていました。今回もその時の記憶を辿りつつ行き着いた先には、13年前と同じ大きなビルが建っていました。

 次にヨーギーさんの母校である高取小学校へ。ヨーギーさんと訪問した折りには、女性の校長先生が応対され、50年ぶりに母校を訪ねられたヨーギーさんに深く感銘を受けたご様子でした。後日、校長先生から送られてきた手紙には、「いじめ、不登校、不祥事・・・・・・と日々の暗い話題の中で、一服の清涼剤のような出来事で、感謝の気持ちで一杯です」、「お話を伺いながら心のやわらかさを感じることができ、徳の高い御方だと確信しました」といった内容が記されていたのです。

さぁ、その校長先生はいるかな??と、おそるおそる職員室を覗くと、「どうされました?!」と若い男性の教員がこわばった表情で尋ねてきました。13年前の出来事を話すと、その若い教員はだんだんと心を開いてこられ、「その年は、私はまだ小学校6年生でしたよ」と笑顔で返してこられました。校長は3~4年の周期で異動するのが通例ということで、ヨーギーさんに感銘を受けた校長先生もすでに高取小学校を異動されていました。

左から、ヨーガダンダ、綾子さん、岩城さん

 もう一人、職員室におられた女性の教員は、「その師匠は本当に愛されている方なんですね!」と、感動した様子。次に、ヨーギーさんが遊ばれていたという紅葉山公園に行くことを伝えると、たまたま自転車で学校を出ようとしている生徒に案内するように頼んでくれ、3人はその子供に連れられた公園へと向かいました。

公園入り口には階段があって、かなりの傾斜を登っていきます。ヨーギーさんの時代にはなかったそうです。

 
頂上はかなり高い位置にあります。小学校低学年の子供にとっては、かなり広大な自然だったことでしょう。


今は舗装されて綺麗に整っていますが、ヨーギーさんが遊んでいた頃はジャングルのように木々が生い茂っていたそうです。

 この広々とした場所に来てみて、子供の頃のヨーギーさんが屈託なく、のびのびと過ごしておられたことを肌で感じました。ヨーギーさんが8才でアートマンの目覚めを体験されるのは、この後京都に引っ越されてからのことです。何の計らいもない、空っぽのような心の状態の時、突然真実の目覚めがやってくると、ヨーギーさんは教えられます。いつでも悟りがやってくるように、子供のような、空っぽの心でいたいとつくづく感じたのでした。

 ヨーガダンダ


神の導き〜マザーハウス訪問〜

4月のブログで、松山の藤田沙織さんがインドのカルカッタにあるドッキネッショル寺院を訪れたことを紹介しました。(その時のブログはこちら☜)
藤田さんはそのインド滞在時、「カルカッタといえばマザーハウスもある」と思い立ち、マザーハウスを訪れたそうです。

マザーハウス入ってすぐの聖母マリア像とマザーテレサ像。

そこにはマザーテレサのお墓のある御聖堂があり、藤田さんはその前で礼拝すると、不思議と込み上げてくるものがあり、涙が溢れたそうです。
彼女の中では「ラーマクリシュナ!」と思ってインドに行き、ドッキネッショル寺院やラーマクリシュナにも感動したけれど、マザーテレサやそこで働いていたシスターにとても惹かれる自分がいて、その突然の衝動に戸惑い、消化できずにいたそうです。
しかし、藤田さんは先月に松山で行なわれた特別サットサンガに参加し、自分が感じたことをヨーギーさんに素直に打ち明けました。
そしてヨーギーさんは次のようにお答えになりました。

ヨーギー「ラーマクリシュナ・ミッションで行なわれていることもマザーテレサのところで行なっていることと、そう違いもない。だけどマザーテレサが生きていたのはついこの間です。みんなも生きている姿を目にしていると思うし、生の声も聞いているでしょう。そういう親しみというか身近さというか、そういう力も多く働いていると思うし、何よりそのマザーテレサが生涯を生きた生き様ーー死を迎える見捨てられた人々を看取っていったという、誰もを見捨てていった人たちを看取るということを今も行なっているという尊い行為ーーそういうものが胸を打つのだと思います。だから決してそれはシュリー・ラーマクリシュナとマザーテレサを天秤にかけるとかいうのではなくて、尊い人として本当に神のごとき行為がそこであったし、今もあるという、それを感じられたということだと思うよ」

藤田「私はマリア様の像だったり、そういうものにすごく親しみというか落ち着くところがあるのですけど、瞑想する時にマリア様の像だったりマザーテレサのお写真やお姿を思い浮かべて瞑想するというのは」

ヨーギー「大いによろしい」

最後にヨーギーさんは、次のように彼女に言われました。

「ヨーガでは理想の神をもてばいい、もつのがいいというにいいます。それはこの神をというふうに言わないです。それぞれが自分で選ぶのです。(笑顔で)自分が自分で恋人を選ぶように。だからそれは何もインドのヨーギーたちだけでなくてもいい。キリスト教であってもどうであれ、理想となる神を思い浮かべて進めていけばいいですよ」

藤田さんはヨーギーさんのお答えをいただくことで、「マザーを思っていいんだ。マザーを思う方がしやすい、よかった」と安心したそうです。

この世に生を受け、自らの理想を見つけ、その希望の光に向かって歩んで生きていけることの何と稀有で吉祥なことでしょう!!!
春の祝祭から始まった藤田さんの旅は、神に導かれていた本当に祝福された素晴らしいものだったのだと改めて感じました😇

ゴーパーラ