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MYM48周年記念 書籍・物販セール開催!!

マハーヨーギー・ミッション48周年を記念して、
書籍、Tシャツ、ポスターなどを特別限定価格にて販売いたします!! 

しかも期間中は3,000円以上送料無料という、マハーヨーギー・ミッション始まって以来??のとてもお得なキャンペーンになっています! 

2024年2月20日(火)~4月20日(土)まで。

詳細はこちらにて。

少しヨーガの本を読んでみたかったけど、なかなか手が伸びなかった方、素敵なオリジナルポスターをお部屋に飾ってみたい方、さりげなく光り輝くアートマンTシャツを着たい方、この機会にぜひぜひお試しくださいませ!!

MYM京都


今を大事に生きる

ヨーガに出会うまでの僕は過去の出来事に心が引きづられることや、その印象を思い出しては一時的に心を悩ませていました。
人との摩擦や状況や環境に対して憤りを感じることも日常的でした。生きていると「うまくいくこと」「うまくいかないこと」様々な時があって、そのつど、自身の心や感情も右往左往していた記憶があります。
ヨーガに出会えて師の教えに触れる中で大事なことに気づかせていただけました。

『過去のことは思い出す必要はありません。全て忘れることです。大事なことはその時です。今というその瞬間だけです。これによって未来は変わっていくわけですから、過去のマイナスも今を大事に生きることで補えることになります。たとえどんなに成功があろうと失敗があろうと、過去は全く何のこともないです。心はいつも感傷的に過去に縋っています。それが煩悩なのです。過去はこうだった、ああだった、良くも悪くもそれは感傷です。そうしてそれはカルマを生み出すものです。』
(「マハーヨーギーの真理のことば」P69より)

僕は今をより良くしたい、変わりたいとも思いました。
過去の出来事や経験を思い返す必要はなく、大切なことは今をどう生きるかということだと教わりました。
自分の考え方や取り組み方次第で、とくに職場の人や状況が良好に変化していったことを実感しました。
今も歩みの途中ですが、このお言葉をこれからも大事に持ち続けて日々を過ごしていきたいと思います。

マハーヨーギーの真理のことば

金森淳哉


【長岡京クラスより】ヨーガと瞑想 朝のワークショップ開催!

神足ふれあい町家

神足ふれあい町家

まだまだ寒い日も続きますが、今日は節分。明日には立春を迎えると思うと、季節は着実に巡り春に向かっていることを感じます。
長岡京の朝クラスを行なっている神足ふれあい町家は、毎年この時期から1カ月、ひな祭りの展示イベントが行なわれるため、会場をJR長岡京駅に隣接したバンビオへ変更しています。

今年はその期間の中で、2月21日(水)と28日(水)の2日間を「ヨーガと瞑想の朝のワークショップ」と題し、いつものクラスとは少し違った内容で開催します。ヨーガ・アーサナ(ポーズ)のデモンストレーションや瞑想について学べる講座を行なったり、体験談なども交えて、楽しくご参加いただけたらと思っています。

毎週行なっているクラスは、ご近所にお住まいの方が多く参加されています。一年間、ほぼ皆勤賞?!というくらい熱心な方もおられたり、最近は瞑想に関心が出てこられた方も多く、30分近く瞑想しても微動だにせず、「もう少し座っていたかった〜」とおっしゃる方もあったりします。アーサナを続けていくことで、自然と瞑想へと誘われるということを、私自身も実感させていただいています。

神足ふれあい町家

そんなこともあり、この機会に瞑想のことをもう一度基本からお伝えし、さらにヨーガに親しんでいただけたら・・・とワークショップを企画しました。
初めての方もぜひぜひご参加ください。

呼吸を調え、心の静けさを体験してみませんか?

●日時:2024年2月21日・28日 (水)10:30〜12:00
●会場:長岡京市中央生涯学習センター(バンビオ)
21日:3F リハーサルスタジオ1 28日:4F 交流室1
●受講料:2日間 4,400円
*1日のみの参加も可 2,200円

お申し込みはこちらから

長岡京 ヨーガと瞑想のワークショップ

マードゥリー


弟子たちのサットサンガに参加して

1月14日(日)に弟子たちのサットサンガがありました。近隣のグルバイの方々だけでなく、東京や松山などにお住まいのグルバイの方々にもお会いすることができました。40名ほどが集まり、会場は喜びいっぱいの雰囲気に包まれていました。

そして、大きなスクリーンで2016年11月6日(土)に行なわれた特別サットサンガの映像を見ました。実はそのサットサンガで、私は初めてヨギさんにお会いしました。当時、心と体をもっと強くしたいとヨーガを習い始め、真理や師という言葉に触れたこともなく、全く何も知らないまま参加しました。けれどもサットサンガが始まる時間になり、ヨギさんがアーシュラマの階段を1段ずつ上ってこられた時、私の心の中が今まで経験したことがない温かく柔らかいものに包まれ、今まで見ていた景色が変わり、それが次の日まで続いていたことを覚えています。サットサンガでは何を質問していいのかも分からず、ただその場にいるだけだったのですが、純粋で本質そのものであるエネルギーに満ち溢れたヨギさんの存在が、私に忘れられない体験をもたらしてくださいました。

 7年以上の月日が経ち、同じサットサンガの映像を見た今、私は、あの時と全く同じように、ヨギさんのお姿に、ヨギさんから語られた力強く確信に満ち溢れた言葉に感動し、がんばっていこうと鼓舞されています。

 「真実は自分自身の中にある! はっきり言います!」
 「ここに生まれてきた本当の意味があります」

 間違いないと確信をもって言い切られるヨギさんのお姿に、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(ナレーンドラナート)と師であるシュリー・ラーマクリシュナとのエピソードを思い出しました。

***

ナレーンドラナートは師に近付いて、以前から他の指導者に投げかけてきた質問をした。「師よ、あなたは神をご覧になったことがありますか?」 
「あるよ」とシュリー・ラーマクリシュナはお答えになった。「私は、ここでおまえを見ているのとまったく同じように、神を見るのだ。ただし、見え方はずっと強烈だがね。神は実感することができる。人は、私がおまえにしているように、神を見て話しかけることができるのだ。しかし、誰がそんなことをしたいと思うかね? 人々は、自分たちの妻や子供、あるいは富や財産のためには、土砂降りの雨のように涙を流すが、誰が神のためにそんなことをするだろうか? 人が神のために心から涙を流したら、神は間違いなく御姿を現されるよ」
この衝撃的な返事はナレンドラナートの心を瞬時にとらえた。生まれて初めて、彼は神を見たと言える人を見つけ、宗教は実感できる現実であることを悟ったのである。話を聞いているうちに、彼は、シュリー・ラーマクリシュナがその深い悟りの中から話していると、信じないではいられなくなった。
                         『真実の愛と勇気』より引用

***

時間や空間を超え、常に弟子たちを鼓舞し続けてくださるヨギさんに、感謝の気持ちでいっぱいです。真理の教えは変わることなく、師の存在もまた変わらずにいてくださる。そしてこれからも常に私たちをいろいろなかたちで鼓舞し続けてくださいます。これからもヨギさんの弟子であり続けたい。ヨーガの道を邁進していきます!

桜井晃己桜井みき

 


その日の午前中には、京阪神合同のヨーガ・瞑想クラスを開催。遠方の方も含めて20名が参加してくださいました。今回はリードなしの、それぞれが黙々とサーダナを行なうというスタイル。お互いの熱を高め合いながら、気迫に満ちた集中感の高いクラスとなりました。

MYM京都


The 75th SATGURU JAYANTI

マハーヨーギー・アーシュラマ

11月23日、サットグル・ジャヤンティー<シュリー・マハーヨーギー 御聖誕75周年祭>が開催されました。
私たちにとっては最愛の師が旅立たれるという大きな衝撃が走った年でしたが、吉祥なる日に、変わらぬ感謝と誓願を師に捧げられるよう、日本各地、ニューヨーク、台湾より100名を超える弟子たちが集い、歓びと希望に満ちた一日となりました。今回、京都は3会場に別れ、各地もそれぞれ会場に参集しつつ、それをZoomで繋げるというデュアル開催を試みました。

マーラー

師のご生家であり、師が長年にわたり道を求める多くの人々に真理を説き、導いてこられたマハーヨーギー・アーシュラマでのプージャー(礼拝の儀)から祝祭は始まりました。その後、会場から会場へ順々に繋ぎながら、祝辞やキールタン、映像などが奉納されました(一人一人の祝辞や詳細は会員サイト「Web版パラマハンサ」にて後日掲載します)。

キールタン「Panduranga Vitthale」

有志メンバーによるキールタン「Panduranga Vitthale」

台湾から奉納されたヨーガの展覧会の映像

皆の言葉や姿には、師を心から慕う溢れる想いとともに、悟りの実現に向けて、師の教えを自分たちがまさに生き、師に倣っていこうという力強い決意が現れていました。私たちは新しい幕が開けたことを自覚し、一つの方向を見てさらに前へ進むことを改めて確信することができたと思います。

生きとし生けるすべての生類、誰もの本質は尊い、永遠なる真実の存在である――この普遍的な真理を示すために、各地を駆け巡り、惜しみなくすべてを注いでくださった師に、深い感謝を捧げます。
これからの未来にわたって、師が語られた真理の言葉がこの世界に清らかに響き渡っていきますように!`

シュリー・マハーヨーギー

Jai!
Satguru Shri Mahayogi Paramahansa
ki jai!!!

 

マハーヨーギー・ミッション 


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ ⑥

私が絵を描き始めたのは、ヨギさんにインドの細密画について教えていただいてからです。
最初はインドの細密画を模倣するところから始まったのですが、何枚か描いていくうちに、ヨギさんは日本にお生まれになり京都にお住まいなのだから、京都アーシュラマや日本を感じるような風景の絵を描きたいと思うようになりました。

そう思って描いた1枚が、今日ご紹介する『Paramahamsa』No.29の表紙絵で、この号には、2001年のサットグル・ジャヤンティーの模様が掲載されました。

 

そして、今年、2023年のサットグル・ジャヤンティー、師の御聖誕75周年祭はもう目前です。

私たち各国の弟子にとって、今年は大きな節目を迎えた年であり、来たるサットグル・ジャヤンティーは、私たちにとって意味深いものとなると思います。
たとえ師のお姿が見えなくても、師が目の前におられる時と同じようにジャヤンティーを迎えることができますように。

師はおっしゃいました。
アヴァターラがこの世界にお生まれになる日、全世界が祝福されるのだと。
この吉祥な日を、全員で歓びをもって迎えたい。
そして、師に出会えたことを、決して良き思い出として終わらすことなく、一人一人が師の教えを生き、師が示された真実を生き生きと表すことができるように、身口意をもって行為していきたい、そう思います。

シャチー


瞑想入門 〜インド思想を学んで瞑想する〜

11月〜京都・大阪でスタートする「瞑想入門」のクラスのご案内です💁


テーマは「生きるとは何か? 〜インド思想を学んで瞑想する〜」です。
生きることについて、インド思想を通して考え瞑想し、人生の目的を明らかにしていきます。

古よりインドでは、生まれたことの意味やその本質を瞑想によって探求してきました。
それにより、カルマの法則や輪廻転生、また梵我一如の真理が発見されました。
一見すると、それらは難解で現実離れしたもののように思うのですが、実は私たちの人生に直結したものなのです。
例えば、カルマの法則は「自業自得の理」といわれていますが、「何事も他人や状況のせいにしない」という教えであり、それをしっかりと理解・体得できれば、主体的な人生が送れるようになります。
そのようにしてこのクラスでは、インド思想がどのように実生活で適用できるのかを学んで瞑想し、「生きるとは何か?」という大いなるテーマにアプローチしていきます。

今回は全8回で、基本となるインド思想を網羅できますし、瞑想の実習もあり、月2回のペースでじっくりと学ぶことができます。
1回だけの参加や途中の回からの参加も可能ですので、少しでもご関心があれば、お気軽にご参加ください。
詳しくはこちらをご覧ください💁➡️『瞑想入門』

ゴーパーラ


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ ⑤

インドの細密画は、15世紀から19世紀を最盛期としてインド各地で描かれ、文化やその土地によって画法やモチーフが異なり、様々な特徴があるといわれています。
小さなものだと数センチ、大きくても一辺が20cmほどといわれる小さな画面に描くのは、「見る人と絵が一対一で対話をする」という考え方があるからだといいます。またそれは魂を清める行為であるともいわれています。
確かに、細部にわたって繊細に描かれた小さな絵をじっくりと眺めていると、時には心が静まり、時には愛に満ちていくようにと、そこに秘められた物語の真意が、心の奥深くに豊かに広がっていくのを感じます。

さて、今回は『Paramahamsa』No.79の表紙を紹介させていただきます。

この絵は、シャクティ(キールタンを歌うメンバー)が毎週、ヨーガ・ヴィハーラに集まって、キールタンを歌っていた時に感じたことをかたちにしたものです。
当時の思いを、『Paramahamsa』の裏表紙に掲載していましたので、ここで紹介させていただきます。

「Panduranga Vitthale(パーンドゥランガ  ヴィッタレー)」、この曲を歌う時、ヨーギニーがただ一人荒野に座り、神を求め続けるという絵が浮かんできます。曲の高まりとともに、彼女の神への愛、神の御名の叫びは、やがて木々や山、大自然にも神を求める声を上げさせる、そんなイメージです。歌の中に入り込んでいくと、いつも深い瞑想へと導かれるような感じを受けますが、そうして歌っている中で、ある日気付きました。私たちは初めは神に会いたいと願い、探し求めるけれど、本当は大自然のみならず、自身の全細胞までが神そのものだということを。
神を感じ、神とともにある不動のヨーギニー、今回はそんな思いを絵にしてみました。

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ ④

 今回は、『Paramahamsa』No.78の表紙を紹介させていただきます。

アール・ヌーヴォー調のフォントをあしらった表紙は、師であるヨギさんがデザインしてくださったものです。
ヨギさんは、毎回その絵にあうようにとフォントを選ばれますが、いつも何かしら、明確な、具体的なイメージがあり、そのイメージに沿ったものが見つかるまで何度も見返して探されました。
言葉にすると単純な作業ですが、その集中力は並大抵ではなく、また選んでくださったフォントでデザインされたものは、いつも私の想像をはるかに超えた美しさを放っていました。

*実際に発行された『Paramahamsa』はモノクロです

 No.78の裏表紙に、この絵を描いた当時のエピソードを掲載していましたので、ここに紹介させていただきます。

毎週金曜日夜、シャクティたちはヨーガ・ヴィハーラに集い、キールタンを歌い踊っている。いえ、実際には踊っていないのだけれど、まさに踊っているようだと感じたことがありました。
その日、私たちは輪になってシヴァ
を讃える歌を歌っていました。身体を左右に揺らし、満面の笑顔で声高らかに歌うシャクティたち。そこにはヨギさんがおられ、ともに遊び戯れている! そんなふうに感じ、私は深く感動したのでした。そして「あぁ、こういう絵を描きたい」と思ったのです。

このミニアチュールから、神だけを見つめ、神と一緒に遊ぶシャクティたちの歓びが少しでも伝われば嬉しいなぁと思います」

*2023年7月20日配信のWeb版Paramahamsaにて、このイラストを紹介していただきました。

シャチー

 

 


ブッダから届いた宝物

木曜日と土曜日に、京都、大阪で開講されている瞑想入門のクラスでは、講師のゴーパーラさんならではのヨーガ行者としての鋭い視点で、瞑想やこの世界の理、心のしくみについての興味深いお話が聞けて参加者たちの質問も活発です。先日は、ブッダってどういう人だと思う?という投げかけからそれぞれのイメージを共有し合い、ブッダを身近に感じてよりブッダが好きになってしまいました♡ 「入門」というだけに素朴な質問がしやすい雰囲気があり、質疑応答を通じたみんなでの交流も楽しく、また、瞑想の時間はピタッとした静けさと集中があり、メリハリがあります。

そんな瞑想入門クラスに熱心に通われているNさんは、「自分はまだまだ真理やヨーガを信じられていない」と包み隠さず話されます。ある日のクラスで、「真理があるか、ないかを確かめたい」と真剣に言われました。ゴーパーラさんは、ブッダの教えにもある「たとえ古い聖典が出てきてもそれを盲目的に信じる必要はない」という言葉を紹介され、師も同じように仰っていることを話されました。

師は「まずヨーガを進めていくには、それまで経験で培った観念とか概念とかいう心の秤を無視するところから始める、あるいは疑うところから始める。またその聖典とか真理の言葉といわれるものも、鵜呑みにする必要はない。ただし、その両方についてよくよく考え、そして瞑想して、間違いのない答えが出てくるまでそれを探求しなければいけない」と説かれています。

まさに師のこの教えの通り、探求の真っ只中のNさんと私たち。ゴーパーラさんは、瞑想を山登りに例えられ、学生時代に行ったチベットの高度5000メートルの山で、高山病になったことを紹介されたことがありました。どんな山を目指すかは人それぞれ。目指している山が違ってもいいけれど、でもどんな山を目指すにしても頂上に辿り着くためには、やらないといけないことがある。それは土台作り。基礎体力が必要! その基礎作りが瞑想入門のクラスなのです。基礎は何度も繰り返し学び実践することで強固になるなぁと私は感じています。

とっても為になる実践的な瞑想入門クラスなのですが、実は参加人数が少なくて(涙)クラス宣伝のため、チラシ蒔きを兼ねて数人でインドカレーのお店に行く機会がありました。私はそこでNさんと初めてゆっくり話しました。Nさんは、すっごく正直で、真っすぐで、ある意味、師の教えの言葉を地で行く(!)絶対に何も鵜呑みにしない人(笑)なんだなということを感じ、何てヨーガ向きな人なんだ?!と思いました。真理も神ももちろん全く鵜呑みにはせず(笑)、自分自身で確かめながら、着実に道を歩んでこられたんだと分かりました。Nさんは師のサットサンガでも師に、疑心暗鬼になるんです、神という存在についても信じられないです、どうやって信仰する神を選ぶのですか?というような正直な質問をたくさんされていました。私はNさんに対して、疑心暗鬼だと言われながらも、でもこんなにも熱心にサットサンガやクラスに参加し、これだけヨーガを続けられるその理由は何なんだろう??凄いなと密かに思っていました。お話してその謎が解けました、Nさんは師の存在にただただ惹かれている! 好きになってしまっている♡

さて、そんなNさんからあるエピソードを聞きました。Nさんが書いてくださったそのエピソードをここでご紹介したいと思います。(ナリニー)

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「まあ、なんてかわいらしい仏様!」
2019年12月8日、この絵はわたしのもとに届きました。
その1週間前、師の特別サットサンガの日、瞑想の対象を決められずにいたわたしは

師に「神様に来てくださいとお願いしてもいいですか」と尋ねました。
師は「お願いしてもいい。その中で親しみのもてた神を信仰すればいい」と
仰ってくださいました。

それから数日後、知人から「Kさんが、渡したい絵があると言われている」というお電話がありました。Kさんは長年マザーテレサの下で奉仕活動をされている方だったので、わたしは「もしかしたら、キリスト様かマリア様が家に来られるのかなぁ」と思っていました。

そして、12月8日、ブッダが悟りをひらかれたその日、この絵はわたしのもとへ。
以来、ずっと見守ってくださっています。

師のはからいによってもたらされた宝物です。

 

ブッダの版画
N 

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