台湾瞑想専科を受講して

ヨーガを学ぶにつれ、もっと瞑想ができるようになりたい!と多くの方は思うでしょう。この度、本当に幸運なことに、サーナンダさんが台湾のグルバイのために瞑想専科を行なってくださいました。
6月4日から10月1日までの合計16回のクラスで、瞑想の基礎から、呼吸、心の仕組み、自分の理想、識別やバクティなどを学びました。みんなはヨーガの教えを学ぶことによって、あやふやな概念を明確にしたり、実習によって教えの内容をより深く理解したりしました。
今回、クラスで正しく学ぶことができて、参加者たちは本当に喜んでいて、感謝の気持ちでいっぱいです。その中の二人の感想をご紹介します。

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フェイジュン

以前からヨーガや禅に興味があり、それらに関する書籍をたくさん読んできました。しかし、次第に学びが進まなくなり、もう読みたくないと思うような状態がやってきました。

クラスでは、宇宙にはプラーナが満ちているので、人と人の間がどんなに遠く隔たっていても、繋がって触れることができると、サーナンダさんが話されました。そして瞑想する時、ヨギさんが側におられるように感じたことはありますかと聞かれました。それを聞きながら、心が揺さぶられました。プラーナは常にあり、幸福や愛というさまざまな形で空間に遍満しているように突然感じました。それと同時に、本をたくさん読んでも実感できなかった理由が分かりました。それはグルや先輩、仲間がいなかったからです。

講義ではみんなの質問や先輩の答えを聞くうちに、知識が増えたことはもちろんですが、自分のエネルギーが先輩や他の参加者のエネルギーと繋がったように感じました。教えの内容の真意が分かるようになって、瞑想も実践できるようになりました。仲間と一緒に学ぶことや、グルや先輩の言葉を聞くことが大事だと感じました。それによって、真理は書籍やスクリーンを通してありありと現れてきます。

予想以上の収穫をいただきました。参加できて本当に良かったです。とても感謝しています。

 

プラサーディニー

瞑想でよく眠くなる自分に悩んでいました。いい経験もありましたが、ほとんどが眠気との絶え間ない闘いでした。眠気がなくても、瞑想の深まりや進歩を感じることができませんでした。瞑想専科で、瞑想は努力で達せられるものではなく、信仰が必要になるということを聞いて呆然としました。私は教えに対する信仰が足りないのだろうか? 情熱が足りないのだろうか?

クラスが進んでいくに従い、幸福とは何なのか、自分がどのように生きていきたいのか、アートマン、愛や神についてなど、話が展開していく中で、私は自分の気付きに驚きました。教えを理解していると思っていましたし、至福に憧れを持っていると思っていましたが、よくよく見れば、心の奥にはこの世の幸福を強く掴みたいという思いがありました。何と、自分の中の一部はこの世の楽しみと苦痛を楽しんでいました。そのために、これまでたくさんの無駄な力を使ってきたということも。

一連のクラスは、一つの識別瞑想の過程のようでした。これまでこの世界に求めていた幸福は、もろくて価値がないものだと気付いてきました。自分がヨギさんの教えを信じ切っていなかったことが分かり、自分の内面がヨギさんから離れているということに、大きな苦しみを感じました。

でも、その後瞑想した時、自分の心がヨギさんでいっぱいに満たされたように感じて、自分の信仰はもっと堅固で確実なものになったと感じました。以前は、瞑想を学ぶ時、いつも具体的な方法を知りたがっていました。しかし、大事なのはテクニックではありませんでした。集中ができないのは、信仰が足りないからです。これからもっと信仰を深めて、瞑想も深まるように努力し続けていきたいです。

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