さまらさの台所8月

今日は月に一度のさまらさの台所の日でした!今年は日本全国どこでも暑ーーーーい。こんな時は食欲も落ちるかもしれませんが、そんな時期にとっておきの一品をご紹介しました。それは”冷や汁”です!!宮崎県の郷土料理で、農民食だそうです。暑い夏に畑仕事はきっと大変。体力のいるお仕事ですから、簡単に作れて、体の火照りを冷まし、栄養満点な冷や汁が好まれたようです。また、その昔、陣中食としても好まれたようですよ!いざ出陣!ってヨーガ行者は何と戦うのでしょうか?己の心でしょうか……。

冷や汁に戻ります。その土地土地によって使う材料はいろいろのようですが、さまらさ風の冷や汁はごまをたっぷりと使います。

簡単な冷や汁の最大のポイントであり、唯一時間がかかるのがこのごま擦り。
あら?どちらのお坊さん?!と思ったかしら、彼はごまをするのがとっても得意!!ごまを擦っている途中に他の人からごまを擦られていました。(意味分かります?)
ごますり
疲れてきたみんなからバトンタッチ、最後にはスーパー主婦のお二人が、ごまから油が出るまで擦ってくれました。さすがの手際!はやーい!
ごますり2

油が出るまで擦ったごまにお味噌と出汁を加えて。このお味噌もさまらさで作ったお味噌ですよ。
みそ
冷や汁を冷やしている間に、付け合わせのだし巻きを作ります。みんなでわいわい!
だし巻き卵
今回、冷や汁はいりこで出汁を取りましたが、その出し殻をオリーブオイル、お醤油でいただきます!すべてをいただけますね。
出し殻でもう一品
出来上がり〜。冷たくて、薬味が利いていて、体がシャキッとします。とても美味しかった

冷や汁
最後に、サラニーさんがヨーガで教わったお釈迦様のお話を紹介してくれました。

お釈迦様が苦行をされ、長い断食をされたのちに、瞑想で「健康を害しての修行は修行にあらず。健全な肉体に健全な精神が宿る」と悟られ、スジャータという名の娘さんが差し出された乳粥をいただかれた事は有名なお話です。修行をしている道中では、目的と方法が入れ替わってしまい、方法だけに執着してしまう落とし穴があります。修行が何のためなのか、という問いかけをして道を歩くことが大事であり、常に目的をしっかりと見据えていくことの重要性が説かれています。

サラニーさんはこれを聞いて次のように感じたそうです。
「この教えからさまらさの台所をしている中で、食事を学びながらも、自身が何のために食事づくりをしているのかを思い起こすことが大事だときづかされます。私達は、さまらさの台所で、健やかな心身のために日々の食事を調えていくことの大事さを学んでいます。その目的は、本当の自分を悟るために、心と身体を調えていくこと、清浄に近づけていくことです。美味しいお料理を覚えることの、本来の目的を見失わないように、そして身体の滋養となってくれる食事に感謝して歩んでいきたいです」

次回は9月13日(日)「きのこいろいろ」をご紹介します!これは本当におすすめです。きのこの美味しい季節に美味し食べ方をご紹介します。ぜひご参加くださいね。


京の七夕2 2015

昨日も京の七夕に行ってきました。お昼はとても暑かったですが、夕方から夜にかけて、鴨川は風が気持ちよく、とても涼しかったです
今回は松山から来ていたグルバイにもデモンストレーションをしてもらいました〜!
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アーサナの後はキールタン!!久しぶりに鴨川で歌ったな〜

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突然の参加者はオーストラリアから旅行に来ている男性!嬉しいですね。その後ろにいる男の子は恥ずかしそうにしていて、輪の中には入って来なかったけれど、嬉しそうにずっと歌ってくれました。かわいいですね〜。IMG_1983

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京の七夕2015

8月1日から京の七夕というイベントが行われていますが、今年もイベントでにぎわう三条河原でアーサナのデモンストレーションを行ってきました。
河原には竹籠のライト(風鈴灯)が置かれています。毎年そうなんですが、ここでデモンストレーションをすると、その空間にバッチリととけ込み、まるで自分たちのためにセッティングされた舞台であるかのように感じます。通りすがりの人たちもこのデモンストレーションがイベントの一環であると勘違いしている人も多いのです
今回は早速、マハーヨーギーオリジナルTシャツをそろえて着てやりました!
では、ご覧ください。

壮大な夕焼け空をバックにスタート
デモ8月5日1
デモ8月5日2
人だかりができてきました
デモ8月5日3

幻想的ですね〜。
デモ8月5日4
デモ8月5日5
デモ8月5日6

対岸には、天の川をモチーフとしたライトアップ
デモ8月5日7デモ8月5日8

気迫のあるアーサナに吸い寄せられるように人が集まって見ていました。
次回は8日(土)の夕方に行く予定をしています。


瞑想を深める!

瞑想サンガに行ってきました〜!

昨年、サナータナが大阪で瞑想専科クラスをしていましたが、サナータナが東京に移住する際、瞑想専科に通われていた女性二人が、「もう少し瞑想を続けていきたい〜」という熱心な思いをもって、自分たちが幹事を務めて始まったのが瞑想サンガだそうです。瞑想専科に通われていた受講生で構成されているクローズドの自習の会です。
幹事をされているTさんとKさんのお二人のお誘いを受けて行ってきました。前日にサナータナとも話をして快諾を得ました。会場はバクティ・サンガムでもお世話になっているプリヤメーラ(下の写真)です。
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お二人にお会いするのも初めてだったので、どんな方なんだろうかとワクワクしていました。

7人ほどが集まり、瞑想についての問答になりました。
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いやぁ〜本当にたくさんの問答があり、あっという間に90分が過ぎ、終わったのは120分を過ぎた頃でした。濃厚で充実していましたね〜!すごく楽しかったです!
瞑想していくといろんな疑問が出てきますが、本で読んでもなかなか解決しないし、どう進めていけばいいのかわからなくなりますものね。皆さんの本当に熱心なご様子が印象的でした。
特に印象に残った三つの問答がありました。


バクティの対象の決め方について色々話がありました。インドラ神やラクシュミー女神なども登場し、神や神々、そしてカーリー神やシャクティー、クンダリニーの話もして楽しかったです。バクティは、ただ神を好きになって愛するという、恋にセオリーがないように、単純に進めていくのが一番。ぜひ自分のイシュタ(理想神)を見つけて、好きになって近づいていってください!インドの細密画もいいですよ〜。またインスタでアップしますね。

自分らしさの話もありました。自分らしさを追求するのはとてもいいことだと思います。自分らしさって何でしょうね。理想の自分と言い換えてもいいのかもしれません。冷静に考えてみれば、仕事やライフスタイルなど外側の状況が変わることによって自分自身がよくなったり、悪くなったりするのもおかしな話ですし、自分のやりたいことや興味も変わっていきますから、自分らしさも結構曖昧で捉えどころがないようにも感じます。でも私はこの素朴な疑問はとっても大事だと思います。なかなか答えが見つからないかもしれないけれど、適当に誤摩化さずに、瞑想で自分の心をじっと見つめていけば、自分が本当に何を求めているのかが見えてくるかもしれませんね。ぜひ本当の自分らしさ=最高の理想を追求してみてください!そういう時に、ヨーガの教えは頼りになると思います。そして「らしさ」から、さらにダイレクトに本当の自分を追求すればいいと思います。

信じるということは大切なことですね。二つのアプローチがあるかもしれません。まずは教えられたことを素直に信じて実行して体得していくということですね。もう一つは、教えられたことを妄信せず、徹底的に本当かどうかを自分で答えが出るまで考え抜くことです。最終的には同じところに行き着くと思います。いずれにしても、確かで間違いのないものを信じる必要があります。自分の好みというより、誰にとっても、いつの時代でも同じ確かで間違いのないものです。それはきっと自分の中にもある筈だし、自分の中にそれがあるなら誰もの中にあるはずです。その普遍的な真理を信じ、それについて瞑想し、また日常の中で行為していくことで、その真理が心に根付いていくと思います。そのためには、まず自分の言葉や行ないを自分が信じられるものにしていくことから始めたらいいと思います。


会が終わってからTさんにお話ししましたが、最近記憶に残った出来事で、京都でヨーガをやっている男性二人が、1年前くらいから毎週月曜日に2時間瞑想に座っているというお話をしました。自習の会ですが、特に話をするわけでもなく、二人で集まって2時間座って解散する内容です。でもそれを続けていくことによって、二人は見違えるように変わっていったと思います。ちょっと極端ですが、瞑想サンガもそんなふうに育っていけばいいですね!

瞑想を深めていく際のポイントは、会でも話が出ましたが、アーサナ学び理想だと思います。この三つについて具体的にどう実践しているのかなどを瞑想サンガの中で話しながら、瞑想に生かしていけばいいのかもしれませんね。

楽しく有意義なひと時を本当にありがとうございました。o(*⌒─⌒*)o

またお気軽にお誘いください。 (^o^)v

サーナンダ

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素直さ

暑ーーーーい 😯 !!!いったい私はどこにいるんだ……熱帯の国?!と思ってしまうほど暑いですね。みなさん、熱中症などお気をつけください!!
さて、今日は月に一回のシッダ・マールガの日でした。毎回3人の方が憧れる聖者を紹介してくれます。今日は、ヨーガナンダ、マザーテレサ、サーラダーデーヴィーでした。

生きた時代や国は違っても、聖者の本質は同じだと言われます。今日3人の話を聞いていて共通しているなと思ったのは「素直」ということ。真理や神を求める素直さです。

素直と聞くと、ひねくれたところのない、おとなしいいわゆる良い子を想像するかもしれませんが、そういったものとは少し違うと思います。求めるものには命すら差し出すことができる潔さ、人からなんと言われようと、自分もしくは神を信じる強さ、そして信じたことを行動に移す強大な力、そういったものを感じます。

素直さについて、イエスキリストの言葉に
「貧しきものは幸いなり、彼は神を見るだろう」
という言葉があります。この貧しきものというのは、心の中に余計なものが入っていない単純な心のことを言うそうです。

私たちは子供の頃からたくさんの言葉や知識を身につけ、常識と言われることを疑うことなく行ないます。詰め込んだものが多ければ多いほど、単純になることは難しいかもしれません。でもイエスキリストは、単純な心を持つものが神を見るというのです。
素直になるためにはでいつの間にか身に付けてきたことにとらわれず、空っぽにしていくことが大切なんだと思います。
でも元々は、だれもが単純でシンプルなのだから、空っぽでシンプル、素直そのものの聖者を見習っていくことで、きっとキリストの言う貧しきものになる日が来るのだと思います。

ヨーガナンダを紹介するヨーガダンダ

ヨーガナンダを紹介するヨーガダンダ

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   ジャイ!グル・プールニマ 7/31

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グルの言葉は何と偉大だろう!

心の不安を取り除き、喜びへと導く。

幾百万人の意見よりも、

グルの一言の方が完全なる安心を心にもたらす!

その言葉は何ということは無いかもしれない。

しかし、

グルとともにあるひと時の中で授けられた言葉は、

息吹となって肉体と心に活きる力を与える!

ヨーギーの命は、

食物によって養われるのではなく、

グルの言葉によって養われるのである!

永きに渡る困苦も、

グルの一言で霧消する!

ジャイ!サットグル!

ジャイ!グル・プールニマ!!!

※毎年7月の満月の日はグル・プールニマと呼ばれ、満月がサットグル(真実の師)の完全円満な悟りの境地を表わしていることから、インドでは満月祭が行なわれるそうです。サットグルの存在を讃え、感謝を捧げる吉祥な日となります。プールは“完全な”、ニマは“月”という意味です。元々は聖者ヴィヤーサの誕生を祝うことから、ヴィヤーサ・プールニマとも呼ばれます。満月が2回ある月は後の満月をブルームーンと呼ぶようですが、今年の7月は満月が2回あり、そのブルームーンの明日7月31日にグル・プールニマが行なわれるようです!

最愛の師の存在に思いを馳せ、心からその御足下に感謝を捧げるとともに、自らのヨーガの成就を誓う日となりますように!

サーナンダ

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あれ!?なくなってる?

最近、まじまじと自分の足を見て驚いたことがありました。外反母趾がなくなっていたのです。中学生のころから外反母趾になり、靴もそこだけがポッコリ出ていたのですが……本当に不思議なことです。

あまりに嬉しくて、ヨーガの先生に報告してしまいました。外反母趾って足の親指の力が弱いとなるようです。ヨーガのアーサナでは、立ち木のポーズというものがあります。片足で木のようにまっすぐに立つポーズですが、軸足の親指に体重をかけるようにと教えられます。そういえば、習った頃は親指より小指側に重心があり、片足で立つことが難しく、ふらふらしていました。何年かやっている内に立てるようになっていたと思います。親指にしっかりと体重が乗るように意識していたら、身体の重心の位置が変わっていったのかなぁ〜と思います。

立ち木のポーズだけではなく、アーサナ全体を通して、身体は正しい位置に矯正されますが、まじまじと自分の足を見て、こういうことか〜と腑に落ちました

私たちの身体には足の親指から、アキレス腱、足首と足の裏側を通って大切な筋が通っていると言われます。特に前屈のポーズや鋤のポーズは、その大切な筋を伸ばして強化してくれます。
以前、昔の人は雪駄や下駄を履いていて、いつも親指に力が入っていたから、健康だったと教えてもらいました。それを聞いてからは私も毎年暖かくなるとゴム草履を履いています。

身体の位置が正されることで、腰痛や肩こりもなくなり、身体は疲れにくくなります。そして、まっすぐな姿勢でいることで呼吸数も少なく、落ち着いてくるようです。日々の積み重ねで、変わるものですね。アーサナってすごいです!!

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アッシジの聖フランチェスコ

この記事を書いている今日は、7月5日です。この日に、どうしてもある聖者のことを書きたかった。アッシジの聖フランチェスコ。今日は、彼の御聖誕日なのです。
フランチェスコ

私がフランチェスコに関心を持ったのは、マザー・テレサが彼の生き方の影響を大きく受けていたからです。マザーは12歳の時にフランチェスコの伝記を読み、胸が震えるほど感動したといいます。そして生涯その感動を胸に留め、彼を敬愛し、自身の修道生活の手本としました。彼が作ったものではないですが、彼の精神を表したとされる「フランチェスコの平和の祈り」。「主よ、私をあなたの平和の道具にしてください。憎しみあるところに愛を。疑いあるところに信仰を………」という祈祷文、マザーは大好きでミサの後に唱えていたといいます。

フランチェスコといえば、鳥に説教したとか、人食いオオカミと人を和解させたとか、動物の守護聖人としても有名ですが、彼の生き方の軸となるのは、清貧。マザーの創設した修道院「神の愛の宣教者会」のシスターたちは、私たちの想像を遥かに越える、徹底された清貧の生活を送っています。マザーは理想を思いの中だけに留めるのではなく、それを現実に生きたことが今も証明されているのです。

では、どうしてフランチェスコは清貧に生きたのでしょうか。マザーが彼を模範としたように、フランチェスコはイエス・キリストを模範としました。彼は裕福な織物商人の息子として生まれましたが、不思議なことに母ピカは、彼をイエスと同様に家の馬小屋で出産したと伝えられています。青年時代は、散財家で仲間たちと享楽的な生活を送っていましたが、彼に精神的な変革が起こったのは19歳の時。功名心にかられ軍に志願し戦闘に参加した際に、病気になって軍から取り残され、病床で神の声を聞いたのがきっかけだといわれています。それにしても、聖者たちはよく神の声を聞いているのですね。

神は彼に尋ねます。「あなたにもっと恵みを与えるのは主人か、召使いか」「主よ、私に何をさせようとお思いなのですか」と彼が聞くと「家に帰りなさい。そこで何をすべきか教えよう」と神は答えました。アッシジに帰ったフランチェスコは、以前のように自然の美しさを楽しめず、友人との放埓な生活にも虚しさを覚えるようになり、時折籠って瞑想や祈りをするようになったといいます。

そして24歳の時、十字架の前で祈っていると再び神が語りかけてきます。「私の教会を建て直しなさい」。フランチェスコは朽ち果てた教会の修復作業に奔走するようになりますが、父親は息子の行動が理解できず、公衆の面前で勘当を言い渡します。ところが、フランチェスコはその場で着ている服を脱ぎ「すべてをお返しします」と言って父親に差し出し、自分の父は「天の父」だけだとして親子の縁を切ったといいます。その後彼は一人で托鉢をしながら教会の修復とハンセン氏病患者の看護など貧しい人々への奉仕に励みました。また、彼は街頭や広場に立ってキリストの教えを説き始めます。

このように彼が清貧に生きることを決意させたのは、イエス・キリストが12人の弟子たちを宣教に派遣する際に清貧を説いた「マタイによる福音書10章」の説教を聞いたことが転機になったといわれています。イエスはその中でこう教えています。「行って『神の国が近づいた』と伝えなさい。あなた方がただで受け取ったものはただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も入れて行ってはならない。旅のための袋も替えの衣も履物も杖も、持って行ってはならない」と。ただちにフランチェスコは履物を脱いで裸足となり、革のベルトを捨てて縄を腰に巻きました。次第に彼に共感した人々が彼の元に集まり、彼らは「小さき兄弟団」として活動していくようになります。

フランチェスコは福音書でイエスが命じていることをそのまま実行し、イエスの生活を完全に模倣しようとしました。まさに「裸のキリストに裸で従った」のです。今、私たちは、彼があのような生き方を実践できたのは、あの時代だったからだと言うかもしれない。でも、本当にあの時代あの生き方が実践しやすい世の中だったかと言えば、決してそうではありません。

フランチェスコが生きた時代、聖職者や修道士が托鉢をしたり、司祭職の権限を持たない者が説教を行うことは禁止されていました。そして実際に、周りは彼を色物扱いしていました。フランチェスコが教皇に活動の許可を求めるためローマを訪れた時も、一切を所有しないという清貧や托鉢、宣教活動は異端として危険視され、実践困難だと枢機卿(すうききょう:カトリック教会で、ローマ教皇に次ぐ高位聖職者)たちは認可に難色を示したといいます。しかし、ある一人の枢機卿が言った一言ですべてが覆ります。「そのような理由ではねつけたなら、福音が実践不可能であるということになります。そうなれば、福音をお与えになったキリストを冒涜することにもなるのではないでしょうか」と。

イエス、ブッダ、ラーマクリシュナ、神の化身はただ夢や理想を語っているのではない。私たちに現実に教えを生きよと語りかけているのです。そしてその教えをそのままに生きようとした聖者の一人がフランチェスコなのです。聖職者たちが困惑するほど、彼は素直にイエスの生きたままを生きようとしていたのです。

この素直さ、ヨーガの聖者ナーグ・マハシャヤとかアドブターナンダとかにも通じるものがある…。ヨギさんも、弟子は素直、単純であることが大切だと言われます。ただイエスを愛しイエスになろうとしたフランチェスコ。彼のひたむきさ、素直さと一つになりたい。

ユクティー


ヨーガの実践 「ラーマーヤナ」

皆さん、こんにちは ダルミニーです。

今回は久しぶりに「ラーマーヤナ」の「ハヌマーン、ランカーの都城でシーターを探索する」の章をご紹介します。

森に追放されたラーマたち一行は、森の中に住む聖仙たちを悩ませるたくさんの羅刹(ルビ:らせつ)たちを殺し、聖仙たちを助けますが、ある日、ラーマとラクシュマナが留守をした隙にシーターは誘拐されてしまいます。(詳しい事情はちょっと割愛させていただいて)

ラーヴァナという羅刹王にシーターが誘拐されたことを突き止めたハヌマーンは、海をひとっ飛びして、ラーヴァナの住むランカー都城へシーターを探しに行きます。

そこでハヌマーンは日が沈み、夜になるのを待って、身体を小さい猫ほどの大きさに縮め、侵入していきます。ハヌマーンは、まずラーヴァナの宮殿の周囲に住む羅刹たちの邸宅を探索し、そしてとうとう羅刹王の宮殿にやってきました。

その宮殿は、あたかも財宝主クペーラ神の宮殿のように心を楽しませる広大なものであった。足首飾りの音や帯の鈴の音や、また小鼓の面を打つ音や、その他の楽器の音が響いていた。大宮殿には多くの高楼が連なり、宝石のような女官が群れをなし、とても美しい垣を巡らしてあった。その大宮殿にハヌマーンは忍び込んだ。

宝石がちりばめられた階段、黄金の格子窓、水晶でできたテラス、象牙、真珠、ダイヤモンド、珊瑚、銀、黄金でできた柱、豪華な宮殿の中でラーヴァナと美しい妻たちは時を忘れ、酒や歌舞、遊びに興じ、疲れて眠りこんでいる者もいます。これらすべての娘たちは、王仙の娘、再生族の娘、神々の娘、ガンダルヴァの娘たちなのですが、ラーヴァナが戦いの末、力ずくで奪ってきた王女たちなのでした。王女たちは最上の装飾と衣装に飾られ、連れてこられたことも忘れ、今やラーヴァナに愛情を注いでいるほどです。ラーヴァナは、とても高価な光り輝く黄金の飾りによって輝き、宝石をちりばめた王冠は素晴らしい光を放っていました。ハヌマーンは思います。

「ああ、なんと姿の美しいことか、ああ、なんと心の堅固なことか、ああ、勇気の素晴らしいことよ。この剛勇、この輝かしさ、ああこの羅刹王にはすべての吉祥の相が備わっている。もしこの羅刹王が法を犯しさえしなければ、真に強力な勇士であろうに」

ハヌマーンは、そこから少し離れた美しい寝台でひときわ美しい夫人が寝ているのを見つけます。それは実はラーヴァナの王女マンドーダリーなのですが、ハヌマーンは「若さと美しさを具えたこの女性こそシーターに相違ない」と推測し、大喜びします。そうなのです。ハヌマーンはシーターを見たことがなく、ラーマが告げた装飾品のことしか聞いていなかったのでした。しかしここでハヌマーンは考えます。

「ラーマから離れたら、あの優しい女性は眠ることなどできない。食べることも化粧することも、酒を飲むこともできないはずだ。彼女はラーマより他の人にかしずくことはできない。神々の世界にさえもラーマに匹敵する者はいない。この女性はシーターではない」と確信し、再び探し回ります。しかしなかなかシーターを見つけることができまず、まさかシーターは殺されたのではないかと不安になったりもします。でもハヌマーンは決して諦めず、ラーマやラクシュマナ、神々に成功を祈り、瞑想ののち、やっとのことでアショーカの森でシーターを見つけ出すのです。

シーターは、衣装も泥にまみれ、飢えにやつれて、哀れな様子で何度も溜息をついています。愛するラーマと離ればなれになり苦悩に涙しています。そこへ深く彼女へ恋情を抱いたラーヴァナが装飾品で身を飾り、優美な装いでシーターに会いに来ます。ラーヴァナは優しい態度でシーターを誘惑し、ランカーの女王となるように懇願します。

「私に望みのものを言うがよい。今日はそなたの最上の装飾をせよ。思いのままに、あらゆる娯楽を楽しむがよい。飲むがよい。そして愉快に過すがよい。そなたは私の寵愛を頼りにして楽しく遊び、そなたの友人も遊び戯れるがよい。わたしの繁栄と幸福を見よ。幸運な女よ。そなたは樹皮を着たラーマごときをどうしようというのだ。ラーマは勝利への道を捨てた。そのため栄光を失い、森に生活し、誓戒に専念し、いつも大地に横になる。ラーマは決してわたしの手からそなたを取り戻すことはできない。そなたはわたしと一緒に望みのまま楽しむがよい。そなたに財宝の蔵と全地球を与えよう」

シーターは悲しみに打ちのめされ、苦悩に苦しみ震えながら、ゆっくりと答えます。

「権力によっても、財宝によっても、わたくしを誘惑することはできません。太陽の光は太陽だけのものであるように、わたくしはラーマ様だけのものなのです。他の誰の者でもありません。わたくしは世界の主であるあの方の美しい腕を枕にしたのに、どうして他の者の腕を枕とすることができましょうか。わたくしはまさしくあの大地の王ラーマ様の妻たるにふさわしい女なのです。あなたがダシャラタ王の王子によって命を奪われることは確かです。あたかも巨木が雷によって破壊されるように」

何を言っても誘惑に負けず、頑として譲らないシーターに対して、ラーヴァナは二ヶ月の猶予を与え、それでも言うことを聞かなければ、切り刻んで食べてしまうぞと、ぞっとするような言葉を残して去って行くのでした。

もうお気づきのように、ここでは多くの役者たちが登場します。

欲望や快楽の誘惑に負け、美しい装飾品で身を飾り、ご馳走を食べ、遊びに興じている王女たち。

主人の命を忠実に守り、目的を果たすまで決して諦めず努力するハヌマーン。

身も心もラーマに捧げ、ただラーマだけを恋い慕い、どんな誘惑にも決して負けないシーター。

そして残忍で無慈悲、エゴと無知に支配され、自分を三界の王であると見誤っているラーヴァナ。

「人生は舞台」ともいわれ、この世の中では、さまざまな役割の人がいて、さまざまな物語が展開していっています。私たちも子供の役、学生の役、父の役や母の役、いろいろな役柄をこなしていっていても、年を重ねていっても、常に変わらない自分という本体を意識し、知っていると思います。

私はこの世界で、常により良く、誠実で、勇気のある役を演じたいと思っています。

さてあなたはこの世界でどんな役を演じたいですか?
Sita_at_ashokavana

 ダルミニー


さまらさの台所7月

今日は京都でのさまらさの台所!夏野菜を使って初の試み、メキシカン!
チリビーンズ、メキシカンサラダ、トルティーヤを作りました。
見てください〜。夏野菜が元気いっぱいです!
夏野菜
チリビーンズにはたっぷりのトマト、パプリカ、ピーマン、キドニービーンズを使い煮込みます。
同じ野菜で作るメキシカンサラダは生のお野菜をスパイスとレモンで和えていただきます。

2階の部屋に人がいっぱい!今日はたくさんの参加者がありました。暑い中ご参加いただきありがとうございます!
さまらさ7月

とにかくひたすら野菜を切ります。
さまらさサラニー
野菜を炒めているだけで「美味しそう〜!このまま食べたい」という声も
さまらさ7月2
トルティーヤは小麦粉で作りました。簡単にできることにビックリ!!
柔らかくてとっても美味しかったですね。
トルティーヤ
できたーーー!色合いがキレイ〜。
チリビーンズ

食事の後は食材について、具体的に何を食べると良いのかをクイズで学びました。
突然ですが、クイズです!!
食材は3つの性質に分けられます。清浄な性質をサットヴァ性、活性化させる性質のものをラジャス性、心身を重くする性質をタマス性といいます。さまらさでは、サットヴァ性の食材を中心にしてラジャス性の食材を少々加え、タマス性は避けるようにとおすすめしていますでは、

「牛乳はサットヴァ性?ラジャス性?タマス性?どーれだ!」

「野菜はサットヴァ性になりますが、野菜の中でもラジャス性のものが2つあります、それはなーんだ!」

「タマス性の食材、お肉やインスタント食品などありますが、もう一つ隠れているものは何だと思います?」
写真の下に答えがあるので見ないで〜!

さまらさの学び
答えの前に……。
みなさん、今日のメニューはぜひ家で作ってみたい!と言っておられました。お土産にスパイスをお渡ししたので、それを使って作ってください〜。メキシコ料理と聞くと、お肉のイメージがありますが、お肉なしでもとっても美味しく作れますし、優しい味わいが身体に染みわたりましたね。

さて、答えです。
牛乳はサットヴァ性。野菜の中でラジャス性のものは玉ねぎとねぎ。タマス性のものはアルコールでした!当たってましたか?

おまけ。
トマトパスタ

今晩の夕食。台所の食材の残りでーートマトソースパスタにはパプリカを入れて、試作で作ったメキシカンサラダの残りに、台所で残ったキドニービーンズを混ぜて、たくさん汗をかいたので、フライドポテトを付けました。(私が作ったんじゃないけど……)疲れが吹っ飛びました〜!