たくさんヨーガができるようになります

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10年前の過去も、1秒前の過去も、同じ過去であり、

くよくよと思い煩ったり、気にしたりする価値はありません。

常に今、善くあれ、善くせよ。

サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ

 

本当に心って過ぎ去った出来事をクヨクヨと思い悩んだり、さらに発展して妄想の世界に行ってしまったりしませんか〜えっ、一日の大半をそうしている!?過去のことばっかり考えているとそれが習慣化してしまって、ついには性格にまでなってしまうそうです。

この教えを初めて聞いたとき、本当にその通りだと思い、目から鱗が落ちた気分でした。そして何だか心が軽やかになって、ただ今に生きればいいんだと思ってやってみました。ところが、できないんです。一枚や二枚目から鱗(ウロコ)が落ちても、まだ何枚もついているみたいです。ふと気がついたら心は昨日の出来事を気にしたりしています。

たった三行の短い教えですが、真実の言葉は奥が深いと思います。ちょっとばかし気分がよくなっても、まだまだ教えの真意までたどり着けていません。

私はわりと七面倒くさい性格のところもあって、いちいち言葉の意味を考えたりします。

  • 過去って何なんだろう
  • なんで思い煩ったり、気にしたりするんだろう
  • 価値はないってどういう意味なんだろう
  • 価値があることってなんだろう
  • 今って何なんだろう
  • 善いとはどういうことなんだろう

結構人間って、言葉の意味を曖昧に捉えているように思います。だから、真実の言葉に触れても、すごく表面的に、感覚的にしか理解できていないことに気付かされます。だから私は、言葉の深意を確かめようとじっくり考えることがあります。そうしていくと不思議なことに、例えば、過去というものを自分はどう捉えているのか、感じているのかがわかってくるし、それとともに、ヨーガの教えはどういっているのかをあてがうことで、自分の捉え方が真実に沿っているのかどうか、どのように捉えるのが正しいのかが、単なる知識ではなく具体的にわかってくると思います。

ポイントは、単に自分の感覚や経験だけで進めるのではなく、ヨーガの教えをあてがって具体的に自分がどう感じているのかを確認しながら進めていくことです。その時に、どうしてもわからないことや確認が必要なことが出てくるはずです。私は「今」を考えていった時に、どうしても「今」を捉えることができなくて、「心は今この瞬間を捉えることが果たしてできるのだろうか?」ということがわかりませんでした。考えてもわからなかったら、師に質問すればいいと思います。

そうしていけば教えが少しずつ心に浸透し、根を張っていくようになります。

次に大事なことは日常での実践です。ちょっとやそっと教えの理解が育まれても、上司に叱られたら一瞬で吹き飛んでしまいます。悶々と失敗を気にして思い煩い、ほとほと疲れ切るまで続くわけです。その時こそ最大のチャンスです。自分が熟考してきた教えを実践してみるのです。そうすれば、まだ自分が出来ない原因が見えてきます。

悶々と思い煩う方が心はむしろ楽なのですが、そこで思考ループを断ち切って、もう一度日頃理解を深めてきた真実の教えをその状況にあてがって、原因を突き止めていくわけです。それほどのしんどい状況なんだけれど、だからこそ集中感が生まれ、成功するのだと思います。でも日頃やっていないとその力は生まれません。

今はネットで何でも手軽に情報が手に入りますが、ヨーガの教えは、自分自身でしっかりと考え、実行していかない限り、ちっとも心は変わりません。でもやっていけばいつの間にか心は過去を彷徨い歩かなくなっているんだろうなと思います。

もし心が過去を彷徨い歩かなくなると、どれだけ楽になるのだろうと思いませんか。多分心はすることがなくなって、すごく時間が余ってくると思います。そしたら、たくさんヨーガができるようになって、ヨーギーになれると思います。

ヨーギニー
ヨーガに没頭するヨーギニー。1660年頃。何か凄みを感じる。

サーナンダ


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