投稿者「サティヤー」のアーカイブ

バクティ・サンガム キールタン 

10月から新しいキールタンに挑戦しています。先月までシヴァ神を讃えるキールタンを歌っていましたが、今月からはクリシュナ神、12月まで同じキールタンを歌います。

タイトルは『Murali Krishna』、みなさん、バーガヴァタプラーナ(聖典)の中にあるクリシュナ神とゴーピー(牧女)たちの美しい愛の物語をご存知ですか?このキールタンはその物語の最後に出てくるラーサリーラーを思わせる歌詞と、甘美なメロディーが特徴的なキールタンです。

歌詞の一部を紹介します・

Murali Krishna Mukunda Krishna Mohana Krishuna Krishna Krishna

Murari  横笛を奏でるクリシュナ
Mukunda  解脱を与えるもの(クリシュナの別名)
Mohana  帰依者のハートを魅了するもの(クリシュナの別名)

意味は、クリシュナという神の御名のみ、ただただ、クリシュナと繰り返しているのです。

先日のクラスの中でミラバイさんが言われた印象的な言葉をご紹介します。キールタンを歌うときは「言葉と思いを一致させる」この歌詞の中での言葉とは神の御名のみ、それはイコール神そのものです。そして、「自分の心が神の御名に染まるまで繰り返し歌ってください」と言われました。

私にとって神なる存在はただ一人、私の師であるヨギさんだけです。クリシュナ神のキールタンであっても、シヴァ神のキールタンであっても、神の御名を口にするときはヨギさんだけを思っています。そうして一曲のキールタンを歌うと、ハートはどんどん大きくなり、神のみで満たされ、圧倒される時があります。他のものが入り込む余地はなく、ただ、神との繋がりだけを感じる至福の時となります。

今月はヨギさんのご聖誕をお祝いするジャヤンティが行われます。もっとも大切な日に愛する人と共に過ごすことのできるその日を心待ちにしています。


さまらさの台所 〜丹波秋野菜を使って〜

丹波・篠山のさまらさの台所に続いて、京都でもパラマハンサ向けさまらさの台所を開催しました。 こちらでも丹波お野菜をいただきましたよ!

今回は一風変わったチャレンジングな企画をしました!
いつものさまらさの台所と違い、決まった献立はありません!丹波から送ってもらう野菜を見て、その場で献立を考えて作るというもの、題して

「丹波の採れたてお野菜を使って秋の一膳を考え、いただく」

今回の企画は日常の食生活により近く、実践的なものになります。ポイントは、献立、調理の段取り、調理法の工夫や盛り付けを臨機応変に考え、行為するというところにあります。

それは、誰もが日常で何気なくやっていることと思いますが、もう一度、基本的な献立の立て方や段取り、盛り付けの工夫を見直しました。ただ単に一般的な考えを学ぶのではなく、さまらさならではの旬の食材を生かした一膳の考え方、より自然にやさしく、無駄のない調理法、野菜だけでなく、調理に欠かせない水や火をも無駄にしない段取りの立て方、季節を感じる盛り付けの仕方などを学びました。

前日に丹波から旬の野菜を持ってきてもらいました。何の野菜が届くかは、当日まではっきりと分かりません。それこそが旬野菜の醍醐味ですね。

生き生きした採れたての野菜たち。素材自体が新鮮で良質なので、何を作っても美味しくなる予感がしました。お野菜を育て、届けてくれたヨーガの仲間クリパールに感謝しています。

今回は3班に分かれて会を行ったのですが、各班にはそれぞれテーマがあり、それに沿って進めていくことになります。

・秋の炊き込みごはんの一膳
・秋野菜のパスタの一膳
・さっとできる秋のお弁当

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今回は、「秋野菜のパスタの一膳」の担当者から感想をいただきました。

私は秋野菜のパスタ班だったのですが、まず様々な野菜たちの中でもひと際良い感じで、私を使っておくれ!と言わんばかりにピカピカだったかぶをメインにしたパスタを決めました。そして、次にせっかくなので、丹波の特産物、黒枝豆を使う副菜を考えていきました。

初めての試みでしたので、うまくいくかな〜と当日まで不安がありましたが、いざ始まると皆さんが話し合いから調理、試食までずっと積極的に会に関わり楽しんでおられ、とても良い会になった!と感動しました。中でも参加者同士でより良い料理になるよう、ここはもっとこうした方がいいんじゃない?といった提案をしあっているのが印象的でした。

そして決まった献立は、かぶのペペロンチーノ、枝豆とブロッコリーのポタージュ、野菜チップス。食感や色味などバランスよく献立を決めることができました。

感想にもありましたが、参加者みんなが積極的に取り組めて、学びがある会になったようです。また季節を変えて、やりたいと思っています。今回残念ながら参加できなかった方もぜひ次の機会にご参加ください〜!

サティヤー


瞑想を深めよう 6ヶ月コース 10月19日(木)から始まります!!

 

瞑想専科は楽しい。

このところ巷で、瞑想という言葉をよく見聞きします。チョットしたブームもあるようで、TVや雑誌にも特集が組まれたりしていますね。

瞑想はヨーガの根幹にあたる行法です。一般にヨーガというとアーサナがイメージされますが、そのアーサナも実は瞑想で長く快適に座っていられる身体を作るのが目的なんだそうです。

私が瞑想専科に通い出してから、それまで漠然とした瞑想というイメージがとてもクリアになりました。それこそ、座り方の種類から、姿勢や呼吸についての具体的なやり方を一つ一つ丁寧に教わりました。そして、瞑想の種類や対象、その時に感じる体感や心の状態まで、外からは見えない自分の内側で起こる変化など、一人でやっていてはなかなか確かめようのないことを具体的に確認できました。瞑想状態とはどんなの?識別と考え事の違いとは?瞑想したら何が変わるの?何がおきるの?そんな疑問を次々明らかにしていけました。

また参加者の方たちと体験を共有したり話を聞くことで、自分の進み方の確認やお手本にすることが出来ました。最初は皆、眠気や雑念との戦いがあるのだと知って、自分だけじゃ無かったと安心しました。

そして参加者の皆さんが最も切実に望んでおられる、自分自身の「心の仕組み」を、とても科学的・論理的に、しかもユーモアたっぷりとても分かりやすく学べます。自分の心の癖や、傾向、それによって日常で湧き起こる動揺や不安、苦しみの原因とその発生メカニズム等と直面します。皆さんの心の中から「うぅ~~む・・・!!」という声が聞こえてきそうなくらい、皆真剣に深く頷いておられることが沢山あります。

いつも、90分では全然足りないと思うほど、あっという間に時間は過ぎてしまいます。私が通う京都のクラスでは、熱心な皆さんは終了後も講師のサーナンダさんを捕まえて、会場が閉まる寸前まで質問が続きます。老若男女、全くの他人同士が共に進む同士のように和気藹々とした雰囲気のクラスです。

初めての方がいつから参加されても、一緒に進んでいけるように復習と確認をしつつクラスは進められています。ぜひ瞑想に興味をお持ちの方は参加されてはいかがでしょうか?
おもしろいですよー。

チャイタニヤ


神と魂を結ぶ愛の歌 キールタン

6月から9月まで3ヶ月間バクティ・サンガムでは『Siva Sambho』(シヴァシャンボー)というシヴァ神を讃えるキールタンを歌ってきました。 なかなか好評で、「このキールタンが好きです!」と言われる方が結構いました。歌詞をご紹介します。

Siva Sambho Hara Hara Sambho  
Bhavanasa Kailasa-vilasa 
Parvatipate Pasupatipate 
Gangadhara Siva Gauripate

シヴァよ シャンブよ ハラよ シャンブよ
諸存在を破壊する者よ カイラーシャ山に遊ぶ者よ
パールヴァティーの夫よ パシュパティである主よ
ガンジス川を受け止める者よ シヴァよ ガウリーの夫よ


私はこの歌詞の中で好きなところが2箇所あります。まずはKailasa-vilasa(カイラーシャ ヴィラーシャ) 「カイラーシャ山で遊ぶ者よ」 というところ。カイラーシャ山とはチベットにあるカイラス山のことで、昔からシヴァが住む山と言われ、聖地として崇められています。
今回このキールタンを歌う中、シヴァ神が神話の中の神ではなく、一人のヨーガ行者として私の中で輪郭をもち、それは私のグルであるヨギさんと一体となっていきました。そのきっかけになったのが前回のヨーガダンダさんのブログです。一緒に住んでいるヨーガダンダさんから何度も話を聞く(聞かされる?)ことで、そのように変わっていきました。(ぜひ5つ前のシヴァ神という記事をお読みください)

カイラス山はこの世界の背骨と言われ、この宇宙の中心、そこでシヴァは瞑想しているのではなく遊んでいる!なんとダイナミック!!!遊び方が半端ない!豪快で男らしく、でも繊細で優美で・・・・・それはまさしく私のグルであるヨギさんと一つになりました。

そして、私が一番好きなところ!それはPasupatipate (パシュパティパテ)というところ。Pasuとは世界に縛られた、解脱していない魂たちのこと、それは私たちのことでもあります。patiは主という意味なので、pasuの主という意味になります。

Pasupatipateは解脱していない魂たちの主であるシヴァのことを指していますが、私はそこを「私たちの主!私の主!」という気持ちで讃え歌っています。私の主は偉大で、誰よりもかっこいい!!私の愛おしい主!! 主を讃えることの喜びが歌う中でどんどん広がっていき、その大きさに飲み込まれていきそうになりました。キールタンは神と魂を結ぶ愛の歌と言われます。神の御名を繰り返すことで神を感じ、神に酔い、神と魂を結ぶことができるのだなっと少し感じることができました。今回は参加者みんなでシヴァに酔いしれました。

さて、次回からは新しいキールタンに挑戦します!そちらもぜひお楽しみに。


京都 ヨーガ・瞑想クラス 交流会

京都ヨーガ・瞑想クラスの合同交流会がありました!

プログラムの初めにはアーサナのデモンストレーションがありました。今回はどのクラスでも人気もののゴパーラと土曜日のクラスに通い、最近とても熱心にヨーガと向き合っているMさんがアーサナをしてくれました。気迫に満ちたとても素晴らしいアーサナで、私自身は息を飲むような集中感にとても感動しました。

参加した皆さんも、食い入るようにデモンストレーションを見ておられました。「2人のアーサナを見て、集中間というものはこういうものかと感じた」「自分たちが普段しているアーサナの完成形が分かった」「いいものを見せてもらった」といった感想をいただきました。

その後、さまらさの食事を食べながら、自己紹介を兼ねて、皆さんがヨーガを始めたきっかけや、ヨーガをしてから変わったことなどを話していただきました。

クラスに通うようになって2年になる方が数人おられましたが、皆それぞれに2年前と比べて明らかな変化を感じておられるようでした。

ある方は数年ぶりに会った友人に「人相が良くなった!」と言われたようです。確かに最近の彼女は表情が明るく(昔が暗かったわけではないですが)とても軽やかな印象があります。

毎日アーサナをしていると言われた方は体にしっかりとした軸ができたと言われていました。確かに、最近の彼女からは芯の通った強さを感じます。

またある方は、仕事場でうまくいかなかった同僚と真理を学び瞑想していく中で怒りや不満の感情なく普通に話ができるようになったと言われていました。きっと瞑想によって心が変化し、動揺しなくなっていったからでしょう。

皆さんが日常生活の中で変化を感じながらクラスに通ってくださっていることを知り、とても嬉しかったです。

一方でアーサナの実践にムラがあり、甘いものがやめられない…と話されている方もおられました。それはそこにいる誰もが多かれ少なかれ経験があること、それぞれの体験を話しながら、みんなで自然とアドバイスしあいました。

みなさんの話を聞いていて感じたことは、調子が良い時も、悪い時もあり、状況は色々変わるし、誰もがトントン拍子でうまくいっているわけではないということ。人と比べる必要はなく、それぞれに道があり、コツコツと実践していくことで必ず進歩しているのだということです。
同じヨーガをしている仲間とこのようように話し、励まし、刺激しあえる機会はとても貴重だと思いました。

最後に話をしてくれたSさんは、熱心にクラスに通う中、自分の内に歓びがあることを体感し、自分自身も人に歓びを与えられる存在になりたいと話してくれました。彼女の話している言葉や姿、発しているプラーナ(気)から歓びが溢れ出ているのを感じ、こちらまで歓びが伝わってきました。そんな彼女も、ヨーガをする前は仕事のストレスで体調が調わないことがあったようですが、今ではそのようなことはなくなったと話されました。

改めて、ヨーガって本当にすごい!!一人の人の人生を大きく変化させる、なんとすごい力でしょう!!!!是非またこのような機会が持てたらと思います。


シヴァ神 

この夏、バクティ・サンガムでは、ジメジメとした空気を一掃し、ヒマラヤ山脈の澄み渡る青空を思わせるような爽やかな曲――SHIVA SHAMBHOを歌ってまいりました。
さて、シヴァ神を皆さんご存じでしょうか?

瞑想の姿勢で座り、うっすらと開いた瞳の奥には至福の大海が映っているようです。青い肌を持ち、首には毒蛇を巻きつけ、縮れた髪の毛を伸ばしている・・・・・・どこかしら不思議な印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

数千年昔、人々にとって雷や暴風雨は、人知を超えた偉大なる力でした。特に農耕民族にとってそれらは、田畑に災害をもたらすものであり、一方で雨の恵みを与えてくれるものでもありました。破壊と再生を司る偉大なる力は、ルドラ-神として神格化されます。そのルドラ-神にヨーガ行者の姿が合わさって、現在私たちが知るシヴァ神という神が形作られていったそうです。

またシヴァ神は、ヨーガを最初に教えたグル(師匠)であると聖典は伝えています。 

SHIVA SHAMBHOの歌詞の中に、gangadhara(ガンジス河を受け止める者)というシヴァ神の別名が出てきますが、それにまつわる神話が残されています。天上界を流れていたガンジス河が、ある時地上に降下することになり、地上に洪水が起こることを心配した天界の神々たちが、何とかシヴァ神にお願いし、シヴァ神は大水を頭で受け止め、その流れの一端がガンジス河となったということです。それでシヴァ神の頭頂部にはガンジス河が吹き出している様子が描かれているんですね。

 ガンジス河が氾濫しないことで、人々に恩恵が与えられ、つつがなく生活ができているのと同じように、私たちの生活も、目に見えない力に支えられ、微妙なバランスを保ちながら成り立っています。

私たちが住んでいる地球は太陽の周りを廻っていますが、その距離が少しでもずれてしまったら、もう地球は太陽の周りを廻らなくなり、どこかへ飛んで行ってしまいます。次の日から私たちが見上げる空には太陽は昇らなくなり、すると食物も育たなくなります。

また私たちは自分で意識していないにもかかわらず、勝手に心臓は動いて、呼吸をし、酸素を取り込み二酸化炭素を排出するということを行なっています。この一連の働きが失われたなら、身体を維持することすらできません。

目には見えないし、意識もできませんが、この大宇宙、小宇宙、全てを支え、私たちを存在たらしめている神なる存在が在る――。そんな神と一体となり、悟りを啓いたヨーガ行者が、数千年昔にカイラス山の奥深くにいらっしゃったのではないかと、最近思うようになりました。

そのヨーガ行者は、日照りが続き、人々が不作に喘いでいる時には、雨を降らすこともできたでしょう。またヨーガを教え諭すことで、心の苦悩や、人生の難問から人々を救い出していたことでしょう。

私たちと同じ肉体を持ち、地上を歩き、時に瞑想し、時にヨーガを教えられた。

数千年の時を経て、そのヨーガ行者にまつわるエピソードは神話となり、そのお姿はシンボル化され、青い肌や、さまざまな特徴を身に着けるようになったのではないかと思います。

シヴァもクリシュナも、実際に私たちと同じような肉体を持たれた神の化身であったのだと、私は思うようになりました。

 と、こんな偉そうなことを書いている私も、九州の実家に帰ったときは、「お前は感謝の気持ちが足らん!」と未だに父によく叱られます。十数年前にも、同じように叱られたことがあって、師に「感謝とは何か」と尋ねたことがありました。

その時に、師は、何かをもらったからとか、得をしたから感謝するというのではなく、私たちの存在を支える目に見えない力、また見えるものの中に現れた力、その偉大なる恵みに頭を下げることが感謝の原点であると教えていただきました。そうして次の言葉で締めくくられたのです。

万物の背後にあって偉大なる力となり偉大なる意識となって働いている一者がある。それによって太陽は昇り、月は輝き、万物は呼吸する。その偉大なるものが、この我が胸の内にもあるに違いない・・・・・・。こういうふうに感謝という些細な日常の気持ちからもアートマンへの道、ブラフマンへの道が通じている

シヴァ神、あるいはグルは、この万物の背後にある一者への入り口であると感じています。そうして、その偉大なる一者に思いを馳せていくことが、私にとってはこのエゴを小さくし、自然と頭を垂れることができる唯一の方法だと感じています。

今月のバクティ・サンガムでのシヴァ神のキールタンSHIVA SHAMBHOを歌いますので、ぜひご参加くださいね。

 ヨーガダンダ


完熟トマトのパスタと通のコーヒー さまらさの台所8月

8/13(日)に京都のヨーガ・ヴィハーラにてパラマハンサ会員向けさまらさの台所を開催しました。好評につきたくさんの方にお申し込み頂き、当日は2部制で行ないました。今回のメニューは、旬の夏野菜を使った完熟トマトとナスのパスタ、グリーンサラダ、通のコーヒーでした。

トマトとナスは丹波で取れたお野菜を提供いただきました。夏の太陽を浴びてルビーのようにピカピカのトマト、美しさにハッとします〜

パスタソースはシンプルに塩のみで味付けし、じっくり丁寧に炒め、煮込むことで旨味がぎゅっと詰まっています。見てください!最初は鍋にいっぱいだったトマトたちが煮込むことによってこんなに凝縮され美味しいソースになるんです。

そして食後にはアーシュラマで普段飲まれているコーヒーの淹れ方をデモンストレーションでお伝えしました。みなさん興味津々!釘付けでコーヒーに注目していました。

じっくりとコーヒーと向き合いながら丁寧に淹れると、コクがしっかりとあるのにとてもまろやかで飲みやすく、「あ〜、おいし!」と思わず言ってしまうようなほっとする円満さを感じる味わいになります。

会を通じて「他者の喜ぶ料理」をテーマに担当のラームダースがお話しました。一緒に食事する相手のことを気づかいながら料理をすることでいつもより集中して調理ができ、もっとシンプルに相手の喜びだけを見ることが大切だと気づいたそうです。
また、参加者のみなさんにも宿題として「他者の喜ぶ料理」について考え実践してきて貰った内容を発表してもらいました。みなさんの素直に取り組んでこられた内容と気づきは、こちらまで届き胸が熱くなりました。なんの計らいもなく純粋な思いで作られた料理が、最も「他者が喜ぶ料理」なのではないでしょうか!

参加された方の感想

・味付けが塩だけなのに、ものすごくおいしかったです!この時期にしか味わえない 贅沢でフレッシュなトマトソースでした。コーヒーの淹れ方は、心と日常の充分な落ち着いた時間がまず大切なのだと感じました。

・誰もが1回は作ったことのあるようなシンプルなメニューですが、だからこそ作る側の気持ち調理法がダイレクトにでて奥が深いのだと感じました。料理もヨーガ、瞑想なのだと実感しました。

次回は、10月15日(日)を予定しています。詳しくは、ホームページにてご案内いたしますのでお楽しみに!


バクティ・サンガム 新しいキールタンに挑戦!

6月からのバクティ・サンガムでは、新しい歌(キールタン)に挑戦しています。
タイトルは “Siva Sambho  Hara Hara Sambho” シヴァ神を讃えるキールタンです。

元々は暴風雨や雷の神さまであったルドラー神がヨーガ行者の姿をとってシヴァ神となりました。シヴァ神はアーサナをはじめに教えたグルであり、ヨーガ行者の守護神です。今回のキールタンは、ヨーガ行者の自由闊達さをイメージさせる、爽やかなメロディー、夏にぴったりのキールタンです。

さて、話は変わりますが、先月のバクティ・サンガムのとき、気になった人がいました。何が気になったかというと、毎月熱心に通って来てくれているYさんの表情、一見して先月よりもさらにパワーアップしている。気になって聞いてみると……やはりそこには理由がありました。Yさんがその変化の理由を寄稿してくれました。

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神の御名を唱えなさい
神の御名は神そのもの
神は愛
神の御名を唱えるだけで
誰もが神に近づくことができる

これは、ミラバイさんがバクティ・サンガム中で紹介してくださった言葉で、私はこの言葉が大好きです。けれど今までの私は、気が向いた時に家で歌う程度でした。歌い方も、私の神への想いをキールタンにのせて歌っていましたし「声が出ないなぁ」「この歌好き」など歌いながら、心が動き回っていました。それでも、それなりにキールタンの良さを感じていましたし、そんなものだと思っていました。けれど、自分の気持ちを主にすると、神を求める気持ちが弱くなった時、神が遠くに感じる時は、まったく歌えなくなってしまいます。自分の好きな言葉と自分の現状とのギャップをなんとかしたいという気持ちが、バクティ・サンガムに参加するきっかけでした。

5月のバクティ・サンガムのとき「神が遠いとか近いとか、求める気持ちがあるとかないとか、そんなことは、無視してただ単純に神の御名を唱えればいいんだ。だって神の御名は、神そのものなんだから」という気づきがあり、それから、毎日歌うことにしました。好きなフレーズばかり繰り返し歌う日もあれば、CDと一緒に歌う日もあります。1回歌って終わる日もあれば、1時間熱唱する日もあります。6月のバクティ・サンガムまで、ただ単純に歌いました。

6月のバクティ・サンガムのとき「この感覚を神の御名にのせたらいいんだ」という気づきがありました。キールタンを歌っていた1ヶ月の中で自然に「礼拝する」「讃える」という感覚が芽生えていたことが、そこでわかりました。神の御名は、私の計り知れない力、導きがあり、本当に神そのものなんだと思います。それがこの体験から私が強く感じたことです。

「『単純に神を求め、神を愛し、神の名前を唱える』それだけでいいんだよ」とミラバイさんは、教えてくださいます。これからも、大阪クラスで学びながら、家でも歌って、もっともっと、単純に、純粋に神への愛を歌えるようになりたいです。

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毎日の実践!それが彼女を変化させていたのですね。
神の御名を唱えることで彼女は神に純粋に近づいていかれたのでしょう。
その証拠に、彼女の表情には神の歓びが溢れていましたから。


手前で歌っているのが、Yさん。

さて、キールタンを体験してみたい方、8月6日(日)に500円で参加できるワークショップがありますので、ぜひ体験しに来てください。
日時:8月6日(日)17:30〜19:00
場所;クレオ大阪南3F(大阪市平野区喜連西6-2-33)
参加費:500円
持ち物:ヨーガマット、バスタオル、布などの敷物
http://www.iwf.jp/11osaka/item_2136.html


人を見るとき

 

京都は祇園祭の最中ですが梅雨が終わったかのように毎日猛暑日が続いていますね。
熱中症にご注意を!!さて、クラスの報告が続きましたが、久しぶりに日常(仕事)の中で良い気づきを与えてもらった真理の教えをご紹介します。

(私は介護の仕事をしています)
先日のこと、支援に入っている方(精神障害のある方)は調子が悪かったのですが、ご自身では自覚がなく、出かけたい!と言われるので、お供しました。途中、道端で何度もバッタンバッタンと倒れられました。時々あるので、ゆっくり休みながら行きと帰りをお供しました。家に帰ってからは、精神状態がさらに悪くなったようで、幻覚が見えたり、幻聴によって外に飛び出しそうになったりと、いろいろありました。本人も自分自身の行動が手に負えないようで、時々正気に戻ったように「アーーーしんどい・・・」と言われます。でもまた幻覚や幻聴の方に引き寄せられていく・・・・私もどうしたものかと悩みましたが、とにかく彼女の安全だけは確保しようと努めました。

家に帰って見つけた真理の教えを読み、改めて感じることがありました。

「いろんな人にはいろんな事情や状況があると思いますけれど、そういうことを無視して、ただその人の存在と命だけを見つめるようにすればよろしい」(シュリーマハーヨーギー)

病気と、存在と命とは全く別物だということ。私はそれだけを見つめて仕事に励めばいい。
この世の中には本当にいろんな人がいるけれど、ただその人の命だけを見つめるよにすればいいのだなと思いました。


ヨーガの料理クラス なぜ旬をいただくのか!

6月4日(日)、パラマハンサ会員向けさまらさの台所を開催しました。今回は、担当のゴパーラの「日常の料理にもっと旬を取り入れたい!」という思いから会のテーマを「旬をいただく大切さ」として、2種類の旬野菜を使って彩りも豊かなお弁当を2班に分かれてそれぞれ作りました。

竜田揚げのお弁当(左)…しいたけとかぼちゃの竜田揚げ、ねぎとわかめの卵焼き、モロッコいんげんのかつお和え、きゅうりのきゅーちゃん、みょうがと大葉の混ぜご飯
春巻きのお弁当(右)…アスパラとチーズの春巻き、スナップエンドウと卵のサラダ、焼きパプリカ、大根の梅和え、わかめご飯

おかず作りのポイントやお弁当の詰め方、ライフスタイルに応じた工夫など、明日のお弁当作りからすぐ実践できる内容に参加者のみなさん、興味津々でした。
また、旬野菜の特徴や自然の力によって育った野菜をいただくことによって私たちの身体にどのように影響するのかを学びました。

「なぜ旬をいただくのか?」
担当のゴパーラは、理解を深めるために瞑想し、気付いた内容をクラスで話してくれました。
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旬をいただくとは、どういうことか?私自身、毎日の自炊はしていましたが、料理は作り慣れたメニューでさっと済ませて二の次といった具合で、旬をいただくということが何だか希薄だと感じていました。そこで昨年の冬から、少しずつですが旬を取り入れた料理に取り組んでいきました。そんな中感じたこと、それは、旬の食物は大いなる力を宿していること、つまり「大地のエネルギー」を宿しているということでした。

冬に大根やごぼうをいただくと、それらはとても甘くて身体の芯から温まる感覚があり、春にいただいく空豆やエンドウ豆は、小さな中にもすべてが詰まった濃厚な味わいとエネルギーが感じられました。その旬の大いなる力をいただいていると実感した時、自然と食べ物に対する向き合い方、接し方が根本的に変わっていきました。

何が変わったかというと、「命をいただいている」――単純ですが、そのことが自分の中から湧いてきました。そうすると食物が愛おしく、丁寧に調理する自分がいました。旬をいただくことが希薄だったのは、命をいただくことが希薄だったのだと気付かされました。命の恵み、それをいただいていると感じたら、料理は二の次なんて絶対に思えない。この大地の恵みに支えられて、自分は生かされている。
その気付きがあってからは、料理をすることが楽しく、作られた料理がとても美味しく感じるようになってきました。そして、何度も聞いていたウパニシャッドの一節が思い起こされました。

「アートマンは1人では楽しめなかったので、自らを2つに分けた。そして男と女が生まれ、

動物、食物が生まれ、万物が展開された」

この食物は、どこから来たのか? 誰が作ったのか? そして食べている者は誰か?

すべてはあなたが種を撒き、耕し、太陽を照らし雨を降らせ、そして収穫し、その恵みを私たちにお与えになられている。大宇宙というこの大農園、あなたこそがさまらさファームであり、耕作者、そして地主!!!

何ということ!!!

その不死の甘露をいただくこと、それは最高の歓び!!!

あなたの大いなる御足の地に礼拝し、毎日の食事ができることを願います。

参加者からは、「旬について考える機会をもらって、自分も野菜も共に生かされているのだという喜びがあり、さまらさの本当の意味を学んだと思う」という感想も頂きました。

次回は8月13日(日)を予定しています。詳細は後日WEBにてお知らせしますので、ぜひぜひご参加ください〜

サティー&ゴパーラ