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一切は神

今回は、ラマナ・マハリシの「沈黙の聖者」をご紹介いたします。

インドの聖者であるラマナ・マハリシはその生涯をアルナーチャラという聖なる丘で過ごされました。インドの聖地の中でもアルナーチャラは最も聖なる場所、シヴァ神の秘められた聖なるハートの中心であるとも表現されています。そしてアルナーチャラにはさまざまな動物が住んでいて、この本の中でもたくさん紹介されています。

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いちばん有名なのは雌牛ラクシュミーの逸話です。子牛のラクシュミーは、毎日シュリ・バガヴァン(ラマナ・マハリシ)のところへやってきては足元に頭を垂れていくのでした。また牛小屋の定礎式のときにはたいそう喜んで、シュリ・バガヴァンを迎えに来たりしました。たいへん利口で気の利いたラクシュミーが亡くなった後の墓碑銘には、タミル語で「雌牛ラクシュミー、ヴィシャーカ星座の下で解脱したことをここに記す」とあります。そしてたくさんのお猿さんたちもアルナーチャラには住んでいました。猿たちがシュリ・バガヴァンの前にサマーディの状態で坐り、瞑想の手ほどきを受けている様子も書かれています。また白い孔雀も登場します。このときシュリ・バガヴァンは、これは混じりっけのない純白、グナの混合をもたないスッダ・サットヴァ(純粋の自己)を意味すると言っておられますが、その前を得意そうに通り過ぎる孔雀の写真が載っています。また三日間、同じ枝に止まり続けたカラスの話も出てきます。シュリ・バガヴァンに会いにきたこのカラスは、待ち望んでいたかのように主の手のひらの上で死んでいくのでした。他にも虫や、犬や蛇などたくさんの動物たちがラマナ・マハリシと一緒にアルナーチャラで暮らしていたのでした。その中には高貴な魂の動物たちもたくさんいたのでしょうか。ラマナ・マハリシはすべての動物たちに対して、本当に分け隔てなく接し、共に暮らしておられたのだなと思いました。

師は説かれます。

「ヨーガ行者たちがどのように社会と対処していけばいいのかといえば、すべて平等に接していくのがいい。すべては尊いアートマンなる存在、神なる存在なんだから、その真理を心得た上で丁重に接する、優しく接するということが基本になります」

「結局のところ、実存という、真実在として在るのは真理であるアートマン、あるいは神という存在だけです。形が千差万別あったとしても、そこにあるのは一つの真実だけです」

「ヨーガやあるいは神について学んでいけばいく程に、神は打算がない、そして駆け引きもない、そしてヨーガが教えるところはすべてが神でありアートマンである。単純にその思いだけが心を占めれば、さまざまな出来事の中に自ずと謙虚と感謝が生まれると思います」

 日本にも山を、神がいる場所、神が降臨する場所とみなすような山岳信仰がありますよね。それを思うとラマナ・マハリシがアルナーチャラという丘に住み続けておられたことも、私たち日本人にとっては、なんら驚くべきことではない、素直に受け入れられる出来事なのではないでしょうか。そして京都の町中の至るところにたくさんのお地蔵さんがおられます。日本古来の宗教である神道は「一切は神である」という考えを持っていますが、神々が住むこの日本に、そしてここ京都に、真実を説かれる私たちの師がお生まれになったことも、なんら不思議なことではないのかもしれないと思うのでした。

ダルミニー


ヨーガの料理クラス さまらさの台所

3月12日(日)にパラマハンサ会員向けさまらさの台所がスタートしました!
今回は会を担当してくれたサティーから報告をしていただきます。

今回のメニューは、春野菜のポトフ、マカロニサラダ、プレーンオムレツと旬の春野菜をふんだんに頂ける彩り豊かな一膳です。春野菜のポトフはじっくりコトコト煮込んでいると野菜のうまみが出てコンソメなしでも充分においしくできます。素材の持つおいしさがたくさん詰まったスープの自然な甘みにみなさんビックリされていました。

ポトフ

また今回は台所全体を「素材を生かし切る」というテーマを元に調理やお話を組み立てました。私は日々料理する中で、野菜を使い切れなくて悩んでいました。それを解決したくて、1つの野菜で様々な料理法を学びたいと思い、春キャベツを1つ丸々頂けるメニューを色々試してみました。

私のキャベツのある生活 キャベツとの生活

キャベツといえばこのメニューといったような固定概念があると気づいたとき、同じように日常の仕事でも役割へのこだわりがあり、それを取っ払うことで的確な仕事ができることに気づいたことをお話させてもらいました。

これまでの経験や知識による固定概念に縛られずにアイデアを出して料理していくことの自由さや楽しさを学び、最後までフレッシュに保存しおいしく頂くことで、改めて素材への感謝を感じました。

お話2

参加者にも事前にテーマについて意識して日常の料理に取り組んできて貰いました。

「冷蔵庫の中が整理され、生活において本当に必要な食事の量も分かるようになった」

「とりあえず買っとこうと野菜を買う傾向があることに気づき、料理以外の日常においてもとりあえず置いとこうと放置している物事があることに気づいた」

など、様々な気づきを発表してくれました。料理を通じて気づいたことが、日常の行為も変え、生き方そのものも変えていく。これが正にさまらさの醍醐味なんじゃないだろうか!と感じて嬉しくなった1日でした。

食事
サティー

平和にあるということ

在るのは平和である。
私たちに必要なのはただ静謐(せいひつ)だけだ。
平和が私たちの真の性質なのだ。
                       ラマナ・マハリシ

ヨーガを学び始めた頃、心は、身体のように目に見える物質ではないけれど、微妙な物質であると聞いてびっくりした覚えがあります。物質なのだと思ったとたん、心が自分から少し離れていったように感じました。心はいつも何かを考え、片時も静かにしていません。そのように客観的に「心」を眺めたことは今までにはなかったことでした。

師は心についてこう説かれています。

「心は自立できません。そのために常に何かを所有したがっている。『私は何々である、誰々である』『これを持っている、あれを持っている』『これができる、あれができる』『知恵がある、力がある』。何であれ心はそういうものであってしか成立しないのです」

師は、心は常に何かに依存しているものであると教えてくださいました。そしてそういう一切の依存関係、執着関係を離れた状態に心があるとき、それが静謐というものであり、その静謐を得る方法がヨーガにあると教えてくださっています。

ある時の問答で、この地球上での戦争や環境破壊、さまざまな理不尽なこととどう向き合っていけばいいのかという質問に、師は、人として苦しんでいる人たちにできることをしていくべきだとも教えてくださいましたが、それよりも自分自身をより良くしてくことが先決だと教えてくださいました。

「第一には自分自身の器、心とか身体とか状況とか、そういうものをより良くしていく。これは心が作り出す間違った欲望とか執着をなくしていくということに他ならないと思いますし、そうして普遍的な愛や慈悲あるいは平和を望む心、そういうものを培って、それを具体的な行為に移していくことができればいいと思います。ともあれ、まずすべきは自分自身の中の平和を確立すること、真実を確立すること、それによって外への働きは有意義に行なわれると思います」

自分自身をまずより良くしていくこと、それがこの世界をより良くしていく第一歩となる、この意味はヨーガの教えを学び、実践していくと実に良く分かります。なぜならヨーガを実践していくと家庭や職場の中で、次第に自分と人と人との間に調和というものが生まれてくるのを感じることができるからです。平和が私たちの真の性質であるからこそ、私たちは平和を強く望んでいるのだと思います。
ヨーガを実践し、もともとの性質である平和な自分自身に戻ろうではありませんか。
それが、世界の平和に貢献することになるのですから。

ダルミニー

シュリー ラナマ マハリシ

シュリー ラマナ マハリシ

 


『あるヨギの自叙伝』を読んで(2)――ラヒリ・マハサヤ――

皆さん、こんにちは。
ゴパーラです。
今回は、「ラヒリ・マハサヤ」についてご紹介させていただきます。

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「お前の今生の役割は、市井の中で生活して、家庭人としてのヨギの理想的な模範を人々に示すことにあるのだ」

ヒマラヤの奥地に数千年にわたって現存する神人ババジは、ラヒリ・マハサヤにこのように告げ、秘法クリヤ・ヨガ(特定の行法による神との合一)を伝授しました。
1861年、ラヒリ・マハサヤが33歳の時でした。

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バラナシ郊外にあるラヒリ・マハサヤの家。ここでサットサンガ(真理の集い)が行なわれていたそうです。

「ヒマラヤ奥地に数千年にわたって現存する神人ババジ!?」「何? クリヤ・ヨガって?」
「??」がついた方も多いと思いますし、何だか神話やおとぎ話のようなファンタジーに思えてなりません。
しかしながらこのエピソードがその類いのものではなく、リアリティをもっていることは、ラヒリ・マハサヤの生涯によって明らかです。
イギリス政府の陸軍技術省の会計官であり、家庭をもっていたラヒリ・マハサヤでしたが、終世、バラナシの小さな家に留まり、家庭人の勤めを果たしながらも、霊性の修行と引導を行ない、ヨギ(ヨーガ行者)の最高のお手本となったのです。
パラマハンサ・ヨガナンダは、ヒマラヤで修行する伝統的スタイルのヨギと比較して、ラヒリ・マハサヤを「新型のヨギ」と称しているほど、その存在は革新的だったのです。

このようにラヒリ・マハサヤは、ババジの命に従い、どちらか一方でも容易ではない聖俗両方の仕事を全うした偉大な存在ですが、ヨガナンダのように目立った活動が見受けられなかったためか、私にとってはどこか印象の薄い存在でした。(大変失礼なことを言っています……😅)
『あるヨギの自叙伝』を読めば、ラヒリ・マハサヤの驚くべき奇跡の数々が伺え、普通の存在ではないことは分かります。
盲目の弟子に視力を与えたり、遠く離れたヨガナンダの父の前に光の姿で顕現してその心を一変させるなど、イエス・キリストのような奇跡の数々を残していますが、不思議と私は彼の存在に関心をもっていませんでした。

しかし今回、改めて『あるヨギの自叙伝』を読み返した時、ラヒリ・マハサヤの印象は全く異なり、私の心はその存在に大きく魅了されました。
それは、ラヒリ・マハサヤの「陰の偉業」のようなものが感じられたからです。
『あるヨギの自叙伝』では、マハトマ・ガンジーやラマナ・マハリシといった名立たる聖者と並び、あまり知られていない聖者も紹介されていますが、その多くがラヒリ・マハサヤの直弟子でした。
眠らぬ聖者ラム・ゴパール・ムズンダーのように隠遁していた弟子もいましたが、世俗に留まっていたスワミ・ケバラナンダやスワミ・プラナヴァナンダ(両者は後に出家)、またヨガナンダの父バカバティをはじめ、本当に多くの素晴らしいヨギを育てていました。
教えを広めることには慎重だっというラヒリ・マハサヤ――
地道に、また着実に、真理を一人一人の心に根付かせ、霊性の土壌を耕して、その種子を芽吹かせていたのでした。

このラヒリ・マハサヤの陰の行為があったからこそ、霊性の基盤が築かれ、スリ・ユクテスワ、そしてパラマハンサ・ヨガナンダへと、永遠の真理「サナータナ・ダルマ」が受け継がれたのだと感じました。
(続く)

ゴパーラ👶


シュリーマッド・バーガヴァタム アンバリーシャ王の物語

かのスータ(神話を朗唱したり解説する高徳な吟遊詩人)が、「バーガヴァタム」を語り続けている。

アンバリーシャは全地の王となり、すべての富と快楽を思いのままにしました。しかしそれらは王にとって何の意味もありませんでした。なぜなら彼は主クリシュナを愛していたからです。永遠で至福に満ちた存在であられる神、主クリシュナを愛するようになった者は、この世の空しい欲望に魅了されることはないのです。

アンバリーシャの心は、いつもシュリー・クリシュナに集中していました。
彼の唇は主クリシュナの栄光のみを語り、手はクリシュナへの奉仕のみを行ない、耳は主の御言葉のみを聴いていました。眼は主の神聖な現れを観、触感は主の現存を感じ、臭覚は主の神聖な香りのみを嗅いでいました。味覚は主の取られた食べ物のみを味わい、足は主のおられる場所のみ赴き、頭は主クリシュナの蓮華の御足に触れていました。

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シュリー クリシュナ

ある時彼は、全宇宙の主に、ある誓いを立て、一年間の特別な修行を行なっていました。その最後の断食を解こうとしていた時、聖者ドゥルヴァーシャがやってきました。王はうやうやしく挨拶をし、祝宴の席にその聖者を招いたのでした。その後、ドゥルヴァーシャは沐浴に行ってしまい、断食を解く吉祥な時間になっても帰ってきませんでした。そこでアンバリーシャは誓いを無効にしないために、水だけを飲むことにしました。これは招き客に対しても無礼にはならないことだったのです。

しかしドゥルヴァーシャは戻るなり、王が水を飲んだことに対してひどく立腹しました。自分が軽んじられたと思い、瞬間的な怒りの熱で王に呪いをかけたのです。呪いはデーモンの姿を取って、アンバリーシャに襲いかかろうとしました。しかし、悪魔は王の平静で恐れのない態度に敵意を挫かれ、反対にドゥルヴァーシャの方に向き直り、彼を食い殺そうと襲いかかってきたのでした。自己の呪いから必死に逃げようとするドゥルヴァーシャは、ブラフマーやシヴァのもとへと赴きましたが、誰も彼を助けることができませんでした。最後の手段としてドゥルヴァーシャは主ヴィシュヌのもとへ行きました。主ヴィシュヌはこう告げます。

「私もまたどうすることもできないのだ。なぜならお前は私の帰依者を侮辱したからだ。私は自分の帰依者を愛し、喜んで愛する者たちの奴隷となっている。また彼らは私のためにすべてを喜んで犠牲にし、自らを全く私に捧げきっているのだ。もし誰かがそのような帰依者を呪うなら、その呪いは力を増して、その者自身へと戻ってくる。唯一人だけお前を救える者がいる。呪いによって侮辱した者のところへ行って、彼の許しを請え。それだけがお前を救い得るだろう。さぁ、すぐに行け。成功を祈ろう」

ドゥルヴァーシャは自己の呪いから逃れる術がないことを知り、王のもとへ行き、謙虚に許しを請いました。王は十分な敬意を示して、聖者を快く許し、その魔力からドゥルヴァーシャを救うために、主に祈りを捧げました。

「おお主よ、あなたの無限の御力は、すべてのものの内に存在しております。
日の中にも、太陽の中にも、月や星々の中にも、あなたはおられます。
また水や地の中にも、空や風の中にも、そして、全宇宙の微細なエレメントの中にもおられます。
あなたは全てのものの内の全てです。
どうか、まったき愛の御力によって、ドゥルヴァーシャを守護してくださいませ。
そして、私たちすべてが、あなたの平安を知ることができますように」

ドゥルヴァーシャはハートのうちに平安を見出し、すべての悪から清められたのでした。

この美しい、愛あふれる物語を読んでいるだけで、私の心は深い充足と安心に満たされます。
主ヴィシュヌの愛、そして、その帰依者であるアンバリーシャの愛によって、ドゥルヴァーシャは清められ平安へと導かれていったのでした。

バクティ・ヨーガ(信愛のヨーガ)の中で、愛はこう定義されています。

バクティ・ヨーガは、真の、純粋な主の探求です。愛に始まり、愛でつづき、愛に終わる探求です。たった一瞬の神への愛の狂気は、我々に永遠の自由をもたらします。
「バクティは、神への強烈な愛である」「人がそれを得ると、彼はすべてを愛し、何者をも憎まない。彼は永久に満足してしまう」「この愛は、いかなるこの世の利益の期待にも、格下げされるものではない」

まさにアンバリーシャ王は、この愛の中に生きた人であったのだと思いました。
師はヨーガによって、本当の愛に目覚めることができると教えてくださっています。
私たちすべてが、本当の愛に目覚めることができますように。

ハレ クリシュナ ハレ クリシュナ  クリシュナ クリシュナ ハレ ハレ
ハレ ラーマ ハレ ラーマ      ラーマ ラーマ ハレ ハレ

ダルミニー


ブログ新企画『ゴパーラが行く〜あるヨギのお散歩〜』    vol.1 御金神社編

皆さん、こんにちは。
ゴパーラです。
今回から、ブログ新企画『ゴパーラが行く〜あるヨギのお散歩〜』のスタートです。
第1回目は、京都中京区にある「御金神社」に行ってきました〜😎

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眩しいほどに光る、金色の鳥居と献灯。
この御金神社はおかね神社ではなく「みかね神社」といって、刀や農耕器具の鋤・鍬、金銀銅の貨幣などの御金(みかね)を護る神様をお祀りしている国内唯一の神社とのこと。
「ここ、ご利益ありますよ。仕事帰りに毎日お参りして、給料がアップしました」という方がいるなど、22時近くにもかかわらず、多くの人が参拝していました。

この神社、鳥居をくぐるとすぐ右手に、何やら巨大な物体が👀⁉️
何と驚くことにそれは、お金のご利益を祈願した絵馬の固まり、まさにお金の怪物でした〜😅

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人間のお金に対する願いというか願望に唖然……

しかし、このお金のモンスターを目の前にしても不動の男が……
そう、そのお方は今回のゲスト、チャイタニヤさんです‼️

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「2017年1月14日、Mr.嶋田は死にました」とのことです。

「金、女、煩悩ばっかり、必死で追いかけていた。苦しくて、虚しくて、溜息ばかり。涙ポロポロ、心ズタボロ……ボロ、ボロ、サブミラボロ(讃えよ、讃えよ、皆で讃えよ)、オーム・ナマ・シヴァーヤ!」
と昨年、自らの半生をラップしていたザ・バブル世代のチャイタニヤさん。
お金の酸いも甘いも知っている彼が最近、師であるヨギさんや先輩弟子の質素な暮らしと在り方を見て、「お金の使い方を見直している」とのことで、「お金と布施」についてヨギさんに質問していました。
以下が、その時のヨギさんのお教えです。

「心を蝕んでいるものは、カルマであり、また煩悩であり、無知であるという大枠はだいたい理解していると思う。それらの象徴的なものが、お金であったりするわけです。お金に執着があるということは、他(た)の物欲、煩悩、欲望、さまざまなものへの執着がそこに潜んでいるというふうも見えます。だからその象徴的なものであるお金を、聖なるものに喜捨する。『喜捨』――喜んで、喜びをもって布施する。ということは、自らの心の内の不要な物欲、煩悩、そういうものを減らしていく、無くしていく、そういう働きにもなります。それで、仏教なんかでも布施行というのがあったり、六波羅蜜という波羅蜜行というのがあるんですけれども、六つの段階があって、その最初に布施波羅蜜といって『布施をしなさい』ということが教えられます。それは今言ったように、心を浄化する効果がある。やはり物欲の象徴は、金銭欲、執着ということになりますから。その意味でも、布施というのは正しく実行するのが望ましいと思います」

お金への執着はその裏に煩悩や欲望が潜んでいて、そのお金を聖なるものに布施する行ないは心の浄化に繋がる――
チャイタニヤさんは、「お金について見直すことは、生活を見直すことになった」と話し、実際に外食やお酒、無駄な買い物を避けているそうで、師から「何もやめなくてもいい」とのお墨付きをいただいた彼が、自発的にお金をセーブして布施を実践しようとしている姿勢からは、何か強力なエネルギーを感じ、とてもインスパイヤされました。

お金は衣食住の確保や家族を養うためなど生活において必要な物ですが、だからこそ、この人生においてその大切なお金をどのように理解し、どう使うのか――
「お金のベクトルって、人生のベクトルなのでは👀?」
そのようなことを感じたチャイタニヤさんとの交流でした。

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「新しいアーシュラマが……」とつぶやいていました💫

ゴパーラ👶


実践する

職場で人間関係に悩んでいる人の話を聞きく機会がありました。私自身はヨーガを実践することで人間関係の悩みからはだいぶ解放されたので、私の経験とヨーガの教えを話しました。でも、理論的には分かるけれど、それを実行することは難しすぎる!と言われていました。

確かに、私もヨーガをはじめたころは良くそう思っていました。
例えばヨーガでは「他者に差別を見ない」と教えられますが、初めて聞いた時「それができれば問題ないけれど、目がある限りそれは無理だ」と思いました。また、「人の本質であるアートマンだけを見なさい」と教えられると「見えないものを見ることはできない」と思っていました。

そんなふうに思っていた私でも少しずつですが理解しようと努力はしました。
例えば「他者に差別を見ない」ということについてヨーガではこのように教えています。

 

『目の前にいる人や状況は、必然的にそのようにあるのです。家族であれ、仲間であれ、友人であれ。ですから無差別にそれぞれの人たちにとって良いと思われることを積極的に行為していく。単純に、それができることです』

 

でも、私が良いと思うことが相手にとって本当に良いことかは分かりません。また、無差別に行なった場合「余計なことをして!」と怒られたり、相手が目上の人の場合「なんと生意気な!」と思われたり、より一層人間関係がぎくしゃくすることもあります……そう考えていると、次の教えが頭をよぎります。

 

『そして、その結果に対しても執着をしないこと、自分の行為が上手く働こうが、働くまいが』

 

でも、自分がしたことで人間関係がよりぎくしゃくしたのに、それに執着しないなんてできるのだろうか。それにその結果によって他人に迷惑をかけたらどうなるのだろうか。迷惑かけて私は結果にはとらわれません!なんて言えるのかしら?

これはまだまだ序の口で書くと切りがない程ありとあらゆる想像を膨らませて、もしこうなったらどうなるのか?もしああなったらどうするのか?とずっと考えていました。

ただ、想像が尽きるというか、おいつかなるところがあるのです。そこまで来た時にいつもしばらく黙る瞬間がありました。そしてぽつりと

「で?結局どうすんの?一回ヨーガの教えを試してみるか、それとも私の想像を恐れて何もしないか」という問いかけが来るのです。やめたらいつもと同じこと、やってみたら何かしらの変化はあるかもしれない……そこでいつもほんの少し葛藤があるのですが、ヨーガの教えを試してみようと思い、やっと重い腰を上げて実践してみるのでした。実践に結びつくまでになんと時間のかかること……。
なので冒頭の人にも、この話をしてみました。もちろん実践したからといって魔法のようにすぐに何もかもが解決された訳ではありませんでしたが、少なからず変化はありました。また実践してみたら、私の想像していたような悪いことはほとんど起こらなかったこと、その理由としては、ヨーガを学んでいくと良いと思うことの基準に偏りがなくなってくること、また人に対して誠実に行為するということも同時に学んだからだと話しました。

半信半疑の顔をする彼女に「とりあえずヨーガやった方がいいですよ」と言っておきました。

ヨーガの教えを実践してみて「本当にその通りだ!」と思える体験があると信頼が増すのですが、一度目がとても大変ですよね。特に悩みが多い時は頭の中がこんがらがっているから、なかなかさっと実践できないものです。彼女の気持ちも大いに理解しますが、何もやらなければ変化はないので、ヨーガの力に頼って実践してくれたらな〜と思っています。


『あるヨギの自叙伝』を読んで(1)――バガバティ・チャラン・ゴーシュ――

皆さん、こんにちは。

最近、「無所有」に思いを巡らせているゴパーラです。

「むっ、無所有?! ついに家や財産を放棄して、出家するのか?!」と思う方もいるかもしれませんが(いないかもしれませんが)、元よりそんな🏠💰は持っていません。

ヨーガにおいて無所有とは、単に物を持っていないことではなく、心に何の思い煩いもない「無執着」の境地を意味しています。

私の今年の目標である真実の自己「アートマン」に目覚めるためには、その実現を阻んでいる心の煩悩や執着を無くさないといけないので、今はそれらの原因に識別・瞑想しています。

そんな中、一週間ほど前から、パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』を読み返しています。

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聖典に限らず、小説や映画などを改めて見返すと、「あれ、こんなところ、あったっけ?」といった具合に、感じ方や印象が違うといったことはありますよね。
特にそれが良い作品であればあるほど読む度に、まるで初めて触れたかのような新鮮な発見とそれに伴った喜びがありますよね。
私はこの『あるヨギの自叙伝』を読むのは3度目ですが、今回もありました、その新鮮な発見と喜びが!
それも読み始めた4ページ目で!!!

そこには、鉄道会社に勤めていたヨガナンダの父バガバティ・チャラン・ゴーシュについて書かれていました。

父は、子供たちが小さかった間は、厳格なしつけを施した。そして自分自身は、文字通り謹厳で質実を旨としていた。例えば、劇場へ行ったことは一度もなく、楽しみといえば、霊的な行か、バガヴァッド・ギーターを読むくらいのものであった。
父の退職後、その鉄道会社にイギリス人の会計検査官がやって来て、検査をして驚いた。「この人は三人分の仕事をしているじゃないか」――
未払いのボーナスが支給されるも、父は大して問題にしていなかったので、忘れて家族にも話さなかった。よほどたってから、私の末の弟ヴィシュヌが、銀行からの通知書にこの多額の預金があるのを見つけ、驚いて父に尋ねると、父は言った。
「物質的な利益に、どうしてそんなに有頂天になれるのだ。心の落ち着きを人生の目標にする者は、自分の持ち物が増えたからといって喜び、減ったからといって悲しんだりするものではない。人間は裸でこの世に生まれ、無一文でこの世を去るのだ」

これぞ、物の有無ではない本当に清々しいまでの無執着の境地、また結果に執らわれず自らの義務を淡々と行なうカルマ・ヨーガのお手本であると、とても感銘を受けました‼️
併せて、劇場などの娯楽に一切興味がなかったという心境も、見倣うべきところです。

「さすがはインド人、宗教が生活に根付いている」と一見思ってしまいますが、ヨガナンダの父バガバティも最初からそうではなかったそうです。
彼は霊的な修行をする以前は、鉄道員の同僚がバラナシにいるグル(霊性の師)に会うために1週間の休暇を願い出た際、「君は狂信者になりたいのかね? 出世しようと思ったら、今の仕事に精を出しなさい」と言っていたほど、霊的なものに偏見がありました。
感覚的には、現代の日本人と何ら変わないですよね(笑)。

ではなぜ、そんな彼が180度、人生観が変わることになったのでしょうか?

それは師ラヒリ・マハサヤと出会ったからです。(続く)

 

ゴパーラ👶


ブラヨーヘイ vol.11(最終回)ハン六編

今回のブラヨーヘイは、京都伊勢丹10Fのハンコ店「ハン六」に行ってきました〜😎

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皆さんは普段、ハンコをどのくらいの頻度で使用されていますか?
僕は介護の仕事をしているのですが、仕事の終わりには必ず記録表と実績表というものにハンコを押すこともあって、毎日のように使用しています。
そのため今回、ハン六さんでは、キャップの取り外しのないキャップレスタイプのシャチハタを購入しました😁

個人差はありますが、日常的に使用しているハンコ。
でも、実はすごく重要なものでもありますよね。
一人暮らしを始める時、親からは「絶対に保証人のハンコは押すな」と言われたことを、今でも覚えています。
誰かの保証人になる時や銀行口座の開設、家の購入、婚姻届けなど、ハンコを使用する時というのは人生の大事な場面が多く、サインとはちょっと重みが違います。

ではなぜ、このようにハンコは人生の重要なシーンで使用されるのでしょうか?

以前ヨギさんは、ヨーガの教えるムドラー(印)に関連して、ハンコについて次のようにおっしゃっていました。

「ハタ・ヨーガというタントラの中での中心的な教えは、ムドラーというものがあります。ムドラーというのは印(ルビ:いん)というふうに訳すことがあります。判子の印です。判子というのは中国とか日本なんかでは、その判子そのものがその人を象徴するわけです。だからそれをもっといえば、その人そのものだというふうにいえるわけです。もうそれぐらいにムドラーというのはその本質、あるいは実体と同じものというふうに理解できます。ヨーガにおいては、特にハタ・ヨーガにおいては二十いくつのムドラーが数えられますけれども、それぞれの形は簡単なのです。アーサナよりもむしろもっと簡単。しかし内面におけるプラーナの制御とかそれから心の集中力とか、そういうものをともなっているので、ムドラーが深まれば即サマーディをもたらすと。サマーディをもたらすということは、ヨーガの究極の境地を表すわけですから、その体験に密接な関係をもっているものとして価値が認められているわけです……その他、無数にムドラーがあります。特に日本では密教系の仏像なんかは、みんないろんな手の形をもっています。それらは全部名前が付いているのです。だから仏像の手の仕草というか形は、すべて何らかのムドラーの名前が付けられているはずです。そのように本質を表すものがムドラーだということです」

ムドラー&ハンコ、恐るべし‼️「ムドラーが深まれば即サマーディをもたらす」「判子はその人そのもの」――なぜ、ハンコが人生の重要な場面で使われるのか、理解できました😁

そして最後に、皆様にご報告があります。
今年に入り、師から「ゴパーラ」という法名をいただきました。
ゴパーラとは、主クリシュナの幼少期の名前です。

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師から見たら、僕はこのような感じなのでしょうか😅?

そのため、突然で申し訳ないのですが、ブラヨーヘイは今回で最終回にせさていただくことに決めました。
読者の方々、また撮影に協力してくださった方々、短い間でしたが、ご拝読いただき、本当にありがとうございました。
次の新しい企画が「ブラゴパーラ」になるか、また全く違うものになるかちょっと分かりませんが、楽しいブログになるように検討中です❗️
今後もどうぞよろしくお願い致します🙏

ゴパーラ👶


新しい道のその後

こんにちは ユクティーです。

10カ月ぶりのブログです。前回は病院を辞めて、潰れかけの訪問看護ステーションへ転職!という報告でしたが、残念ながら入職して半年でそこは閉鎖となってしまいました。訪問看護の事業所が潰れるというのは全国的にも珍しいことではありませんが、被災地の医療介護事情はさらに厳しいものがあり、病院から地域に出て自分の肌でそれを感じた半年でした。その後、迷いに迷った結果、私は福島に残ることを決め、12月28日に新しい就職のため、南相馬を出て福島県双葉郡広野町という所に引っ越してきました。就職先は原発から22キロ、現在原発からいちばん近い病院です。働き始めてまだ日は浅いのですが、今日はその病院と院長のことを少し書きたいと思います。

2011年3月、原発事故により避難指示が出され、次々と病院や施設が休止・閉鎖していく中、この病院は唯一休まず入院診療を続けました。今でも双葉郡で入院を受け入れる病院はここだけです。あの時、どこの病院も患者を避難させましたが移動中や移動先での死亡がありました。この病院でも軽症の患者は避難しましたが、重症の患者は移動に耐えられないだろうと院長が判断し、病院を継続させることを決めました。20人ほどの患者が残り、院長は病院に泊まり込み、看護師は数名、夜勤も日勤もなく働き続けたと言います。院長の決断は、本当に勇気と覚悟がいることだったと思います。病院を続けることには以前より批判がありましたが、院長は「医師免許を剥奪されてもいいから」と言って、残ることを決心されました。当時75歳、震災後病院でたった一人の常勤医師として、すごい回数の当直をこなし、ほぼ365日働かれていたようなものだったと聞きます。その院長が去年の年末、自宅の火事で亡くなってしまいました。81歳。病院は管理者が常勤の医師であることと法律で定められているため、このまま院長が見つからないと存続できないことになります。年末からメディアで大きく取り上げられているので、ご存知の方もおられると思います。今は全国からボランティアの先生が来てくださっており、また2月、3月は臨時の院長に就任してくださる先生がいるのですが、その後のことは決まっていません。

今は病院にマスコミの人がいたり、仕事中にカメラが回っていたり、いろんな人が出入りして慌ただしいですが、それでもスタッフは落ち着いて明るく元気に働いています。

私は年末に病院に行った時、一度だけ院長にお会いしたことがあります。病院の廊下の向こうから壁を伝ってヨロヨロと歩いてくる、かなり具合の悪い患者さんだと思っていた高齢男性、それが院長でした。声をかけると注意が逸れて転倒するんじゃないかと思い、挨拶するのを止めました。見てはいけないものを見た気がしました。今は看護師さんから院長が働いていた時の様子を聞くことがありますが、それはもう衝撃的なものです。院長は、生前「どんな時でも自分のできることを粛々と行なう」とよく言われていたそうですが、正直、81歳の医師ができる範囲を超えていたと思います。

院長は精神科医でしたが、もともとは別の仕事をされていて、人間にとても関心があり、精神科医になったそうです。先日、院長が病院を開設した時書かれた「職員心得メモ」が見つかり、
Facebookで公開されていました。有名な哲学者や思想家の言葉が書かれ、文字が多くて途中で読むのを挫折しかけたのですが、何気なく最後の方を見た時、ドキッとしました。「ヴィヴェーカーナンダ」という名前が出てきたからです!

院長のメモには、「印度のビベカーナンダ」とありました。引用されていたのは、ヴィヴェーカーナンダがグルバイに送った手紙の中に書かれていた以下の言葉でした。

「人の欠点を探すことは非常に容易なものだ。しかし聖者の特徴は人の長所を探ろうとするところにある。決してこれを忘れるな」

院長は自分の言葉で続けます。「相手の心に至る第一歩は相手の長所をまず探ろうとすることから始まるのである。このような身近にあることを注意することが、目立たないことであるが、社会につくすことの一つであり、しかも根本的に大事なことであると思うのである」

私は何度も噛みしめるように読み返し、目の前の一人一人を大切にすること、一つ一つの行為を疎かにしないことを心に刻み込みました。私が広野町に引っ越した2日後に院長は他界し、結局あの病院の廊下で会った(見ただけ?)のが最初で最後になってしまいましたが、ヴィヴェーカーナンダによって導かれここにやって来たような気がして、一人で勝手に感動しています。

去年10月に病院と院長のドキュメンタリーがEテレで放送され、すごい反響があったのですが、今日1月21日の23時〜24時に再放送されます。関心がある方はご覧ください。「原発にいちばん近い病院 ある老医師の2000日」
1月28日の午前0時〜1時にも再放送があるようです。

これから病院がどうなるか分かりませんが、今はここで頑張っていきたいと思います。

ユクティー