パラマハンサ」カテゴリーアーカイブ

『Paramahamsa』表紙絵シリーズ19

今月の『Paramahamsa』表紙絵は、No.132の服部直子さんが描かれたイラストをモティーフにしたデザインをご紹介します。


発行は2019年ですが、実際に描かれたのはもっと前のことになります。『Paramahamsa』の裏表紙に服部さんのコメントが掲載されていますのでご紹介します。

2005年の御聖誕祭に奉納させていただきました。ヨギさんは世界の中心におられ、その周りを魚たちが跳びはねて遊んでいます。魚は私たちの魂です。この絵を久しぶりに見て、ヨーガは「その瞬間を生きることだ!」と感じました。世界は変化していくけれど、ヨギさんと、この歓びのリーラーは、変わらない永遠のものです。

パラマハンサ編集部


ヨーガとインド神話 ~バクティ・ヨーガとクリシュナ神話

前回のブログでは、クリシュナ神について簡単にご紹介しました。

そのクリシュナ神の神話が記されているのが、聖典『バーガヴァタ・プラーナ』です。
この聖典はヒンドゥー教ヴィシュヌ派の根本聖典とされ、その第十巻にはヴィシュヌ神の第八の化身とされるクリシュナ神の物語が描かれています。このクリシュナ神話は私にとっても、とても大切で大好きな聖典の一つです。

クリシュナ神話を簡単にまとめると、次のような物語です。
暴君カンサを討つため、ヴィシュヌ神は人の子クリシュナとして地上に顕現します。クリシュナは牛飼いの村ヴリンダーヴァンで、育ての両親や村人、牧童や牧女たちに深く愛されながら、すくすくと成長していきます。子どもらしい悪戯や遊びに満ちた日常を送る一方で、カンサ王が差し向ける数々の悪魔を退け、村人たちをさまざまな危険から救います。そこには、穏やかで牧歌的な人々の日々の営みと、宇宙の絶対神としてのクリシュナの姿が不思議な調和をもって描かれています。
やがて成長したクリシュナはカンサ王を討ち、実の両親のもとへ戻り、王としての役割を果たしていきます。

クリシュナが奏でる笛(ムラリ)の音は全宇宙を魅了する神聖な響きであり、真理そのものであるがゆえにゴーピーも動物たちも抗えない力で引き寄せられるのだと教わりました。

ヨーガの道の一つに、バクティ・ヨーガ(信愛のヨーガ)があります。
バクティ・ヨーガでは、神を全知全能の畏怖の対象として、あるいは概念的に捉えるのではなく、もっと身近で、親しみをもって愛し、慕い、心を向けることのできる存在として捉えます。
クリシュナ神話に描かれるクリシュナは、宇宙を支配する絶対神ヴィシュヌの化身でありながら、同時に人として生き、人と関わり、愛され、愛する存在です。母ヤショーダに叱られ、友人たちと戯れ、ゴーピー(牧女)たちに慕われるその姿は、神と人とが愛によって結ばれる親密な信愛(バクティ)の在り方を具体的に示しています。

そのことが象徴的に語られているかのようなエピソードを、一つご紹介したいと思います。

ある日、幼いクリシュナが土を食べたと聞いた母ヤショーダが、その口を開けさせるとそこには無限の宇宙が広がっていました。ヤショーダは我が子が神であることを悟り、恐れおののきます。しかし次の瞬間、クリシュナの神秘力によってその啓示は覆い隠され、ヤショーダは再びクリシュナを「愛しい我が子」として見るようになります。

幼いクリシュナは、友だちとともに家々に忍び込み、大好物のバターを盗み食いするいたずらをします。母や村人たちは困りながらも、クリシュナを愛さずにはいられません。手間をかけて作られるバターは純粋さのエッセンスであり、神はそれを好み、私たちの行為の結果はすべて神への供物として捧げられるものという教えが含まれているそうです。

私たちは、あまりにも遠く畏怖の念だけを抱かせる存在に対して、心から親しみを持ち近づきたいと感じることは難しいものです。
クリシュナ神話は時代や文化、宗教を超え、今なお魅力的な物語だと思います。それは「真の愛」が普遍であるからにほかなりません。物語を読むことで、私たちはその世界を疑似体験することができます。それが神の物語であるなら一体どんな体験が待っていることでしょう!!
私のバクティを大きく育ててくれたクリシュナ神話。機会があれば、ぜひ一度読んでクリシュナ神話を一緒に体験してみてくださいね。

MYMの機関誌『パラマハンサ』で2015年5月〜2025年3月まで連載されていた「バーガヴァタ・プラーナ細密画シリーズ」に掲載された細密画の一つ。クリシュナが暮らす村の様子が描かれています。敬愛する大先輩が執筆されていたこのシリーズを通して、クリシュナ神話が大好きになりました!

※Web版『パラマハンサ』のサンプル版でこの細密画が詳しく紹介されている「バーガヴァタ・プラーナ細密画シリーズ(1)」がお読みいただけます!

シャルミニー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑱

今回は、『パラマハンサ』No.90の表紙絵をご紹介します。
これは2012年4月から12回シリーズで開講した講座「誰もが実践できるヨーガ」のチラシのイメージに描いたイラストを、ヨギさんが表紙としてデザインしてくださいました。

ヨギさんは「ヨーガは誰でも(どんな人でも)できる」し、「ヨーギーには誰でもなれる」とよくおっしゃっていました。ヨーガとは、本当の私を知ることだと言われますが、それは、今私たちが人生において苦楽を経験しながら右往左往しているのが当たり前だと思っているこの状態は、実は夢の中に生きているようなもので、本当は、もっと自由であり、至福に満ちた状態であるというのです。それを知るための道がヨーガであり、そしてそれは誰でもできること。その道を実践できるようにと願って、この講座のタイトルを決めました。

そしてこのイラストのモティーフとした内容は、この講座のコンセプトにぴったりだと思って選びました。表紙にはウパニシャッドの言葉がデザインされていますが、ヴィヴェーカーナンダが語られた『ギャーナ・ヨーガ』の最後に物語として分かりやすく掲載されていますので、ぜひ読んでみてください。

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑰

今回は、『パラマハンサ』No.23の表紙絵をご紹介します。
この号は、2000年11月23日に行なわれた師の御聖誕祭の内容が掲載されており、師への感謝を込めてこの絵を描きました。
ヨーガとの出会いによって、生きる意味を見出した多くの仲間がいます。それは本当の幸せに向かう道です。そして、その道を示してくださった私たちの師、ヨギさんの御聖誕日は、私たちにとって、もっとも大切で歓びに満ちた日です。
特に今年は、MYM設立50周年を迎える、始まりの御聖誕祭であり、これだけの年月を休むことなくヨーガを人々に話し続けてきてくださったヨギさんに、改めて感謝を捧げたいと思います。

MYMでは、これからの1年をかけて、ヨーガをさらに知っていただくためにいろいろな会を企画していますので、この機会にぜひ京都まで足をお運びいただけたら嬉しいです。

*   *   *

今年の御聖誕祭まであと少しです。
最後に、『パラマハンサ』No.11に掲載しました御聖誕祭に向けての言葉をご紹介します。

深い想いを秘め、ハートは師の御聖誕に震える。
アートマン ブラフマン プレーマ
常に真我に在り、不変の梵に在り、無量の愛に在る、
最愛のサットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの蓮華の足元に、
慎ましく感謝の想いを捧げます。
おお、我は知る、我が深奥の真実の自己があなたであることを。
誰が知ろうこの真実を。
どうか、この真実を覆い隠さず、知らしめてください。この永遠の祝福を。
この聖なる日は、あなたとともに私が生まれた日。
パラマハンサの妙なる風とともに在らんことを。
オーム・タット・サット、オーム!!

シャチー

 


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑯

今回ご紹介する表紙絵は『パラマハンサ』No.22のものです。

ヨーガの奥義は、古より師から弟子へと密かに伝えられてきたといいます。
師の御足下に静かに座り、真理の教えを受ける弟子。真正の師より与えられる恩寵は彼を満たし、その時間は至福そのもの。そんな姿を描いてみました。

グルとは真理そのものです。
すべての経験もまた教師でしょう。
しかしグルがいれば経験の苦労は何千倍も軽減され短縮されるでしょう。
グルは束縛ではなく自由をもたらすのです。

シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ

*パラマハンサの表紙は、毎回、絵とともに師の教えを飾らせていただいていました。

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑮

 

今回は、『Paramahamsa』No.21の表紙絵を紹介させていただきます。

今度はどんなヨギさんを描こうかと考えていた時、雨が降る美しい海が浮かびました。
ヨギさんがお好きだったカングラの細密画には、川や池に咲く蓮がよく描かれていますが、水の流れの描写が本当に美しいなあといつも思っていました。
また、ヨーギーの祖であるシヴァ神は、暴風雨の神として知られています。シヴァの恵みである雨が降る夜の海に浮かぶヨーギー、そんなイメージを持ちつつ描いたのがこの絵です。

この絵は、ヨギさんも気に入ってくださっていたのか、何かしらのデザインをする際にデザイン案として起用されることがあり、それが形として表に出たのが『ヨーガの福音』の表紙です。

『ヨーガの福音』と『プラナヴァ・サーラ』は、ヨギさんがニューヨークに行かれるようになった初期の頃の貴重な教えがまとめられたものですが、編集からデザイン、すべてをヨギさんが監修し、ご尽力くださって出来上がったものです。


*左から)1999年5月30日初版第1刷発行、2001年3月発行、2003年2月発行、2017年4月発行

最初は、家のプリンターを使って1枚ずつ印刷してまとめ、製本屋さんに仕上げていただいていました。初代の『ヨーガの福音』はサイズも大きかったのですが、増刷する際に、持ち運びしていつでも読めるようにと小さいサイズに変更しました。そして、完売したらまた制作するといった流れで出版していたため、表紙もその都度考えて作っていったのです。
No.21の表紙絵が飾られた『ヨーガの福音』は数量限定だったため、このデザインの本を持っている人は少ないと思います。ちょうどミラバイが持っていたので、お借りして撮影しました。

最後に、ヨギさんがシヴァ神についてお話しされた内容を、過去のブログでご紹介しています。
「シヴァと三日月」
とても興味深い内容なので、ぜひもう一度読んでみてください。

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑭

「桜の花がほころぶ頃に来ていただきたい」
一昨年秋に開講した大阪クラスの弟子たちの強い願いを、ヨギさんはお聞き届けになり、大阪でのサットサンガが開催されました。
それは2002年3月31日のこと。
突き抜けるような青空が広がっていました。

大阪に来てくださった師のお姿を前にして、目に涙を浮かべる大阪の弟子たち。
その姿にヨギさんは満面の笑みで応えてくださいました。
弟子たちは、溢れる喜びと最大の感謝の記しに師に花束を捧げ、そして会場までの道のりを談笑しながらゆっくりと進みます。途中、満開の桜の下では写真撮影も行なわれました。

そうして会場に到着。この日の参加者は30名ほどでした。
師の紹介がなされ、サットサンガの質疑が始まろうとしたまさにその直後のこと、先程まで晴れ渡っていた空から突然大粒の雨が降り出し、屋根を叩く激しい音が会場に響きました。まるでスコールのような激しい雨は、屋根の下に居ることへの安堵と、また清々しさを感じさせ、その小さな驚きが緊張ぎみの皆の心を解き放ちました。

そして「今日はちょうど桜も見れましたし」と楽しげなヨギさんのお言葉に笑いが起こります。

これには理由があり、今回のサットサンガの準備を主軸となって進めていた長石さん(アンビカー)には、満開の桜並木を通ってヨギさんを会場へご案内するという計画がありました。しかし、桜だと思っていた並木が実はケヤキだったと、新しい眼鏡を作って(?)気がついたというのです。え〜〜!!!!!! とは、長石さんがいちばん思われたことでしょう。
ただかろうじて2本の桜の木があったそうで、そのことを先週の京都のサットサンガで報告され、楽しい話題となってあがっていたのでした。

今回のパラマハンサNo.31の表紙絵は、この大阪に来てくださったヨギさんのことを描いてみました。
春色の花束を胸に抱かれ、オレンジ色のジャケットとパンツをスマートに着こなされているヨギさんのお姿は本当に美しく、笑顔が輝いていました。
大阪クラスの弟子たちは、日数はまだ長くはないものの、皆、真剣にヨーガを学び、実践を続けていました。そしてクラスは毎回高い集中感の中で行なわれ、皆のヨーガへの情熱は高まり続けている、そんな頃だったのです。
--この情熱こそが、全ての障害を速やかに取り除く、そして、ヨギさんがいつも弟子たちに求められるものではないでしょうか。
師の慈愛に満ちた眼差しが弟子たちに注がれました。

この日のサットサンガの内容は、基本的な3つの瞑想法の伝授から始まり、師の教えと、シュリー・ラーマクリシュナやヴィヴェーカーナンダの教えとの共通性と特異性に関して、という師のミッションに関わる質問がなされました。その中で、短いながらもシュリー・ラーマクリシュナやスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの偉大なる働きについても言及され、濃密な時間となりました。
*このサットサンガの内容は紙面『パラマハンサ』No.31に掲載されているのでぜひお読みいただきたい。

🌸         🌸        🌸

さて、今年の桜の開花はどうでしょうか。
「桜の花が咲く頃に」とヨギさんが企画してくださった、今年の「サナータナ・ダルマ アヴァターラ メーラー」は、もうすぐそこまで来ています。今年の祝祭ではヨギさんが愛されたスワーミー・ヴィヴェーカーナンダがどのようなお姿を見せてくださるのかとても楽しみですね。
願わくば、桜が満開に咲き誇る中、サナータナ・ダルマとアヴァターラへの憧れと敬意を胸に抱き、共に感謝を捧げることができますように。

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑬

今回は、『Paramahamsa』No.82の表紙絵と絵を描いた時のエピソードをご紹介します。

インド3大神の一柱であるシヴァ神は、ヨーガの祖とも言われています。
そのシヴァ神を、ある時描いてみたいと思いました。
私が持っているシヴァ神のイメージは、何にも動じることなく、悠然とどっしり構えている。そして全てを見通して世界を愛しく見つめている。その姿は大きく力強い。
そう考えた時に思い浮かんだのがスワーミー・ヴィヴェーカーナンダでした。私はスワーミー・ヴィヴェーカーナンダを思いながらこの絵を描いていきました。

そんなある日、ヨギさんが突然アトリエ(当時はセーヴァー・クティーラに住んでいた)に来られたことがありました。ちょうど筆をもって絵を描いていた最中で、ヨギさんは自然とその絵をご覧になったのです。
ヨギさんは後ろにお立ちになり、まるで今気付いたよーという感じで、「シャチー、絵、うまいなあ」と、ポロリとおっしゃったのです。そして、気になるところはありませんか?と問いかけた私に「ある」とはっきりと言い切って、崖の壁面を指さされました。その箇所は、確かに他のところに比べて単調で、気持ちが入っていないように感じました。そしてそこに筆を加えると、絵全体がぐっとしまったようになり、ヨギさんにもok をいただくことができました。
言葉にすると何てことのないエピソードなんですが、この絵を見るたびに、その時のヨギさんを思い出し、とても楽しい気持ちになるのです。

神様の絵を描く時、その神様を本当の意味で見て(体得して)描いてみたいとずっと思ってきました。シヴァ神にもスワーミー・ヴィヴェーカーナンダにもまだまだ迫りきれていない中で描いた1枚でしたが、いつか本当の絵を描くことができますように!

シャチー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ⑫

インドの細密画に近いイメージでずっと描いてきた中で、日本画のようなヨギさんを描いてみたい、そう思って描いたうちの1つが今回ご紹介する『Paramahamsa』No.35の表紙絵です。

ヨギさんはインドのものだけではなく、日本や欧州の美術・デザインにも造詣が深くあられました。ヨギさんからはたくさんの方のお名前をお聞きしたように思います。そして、思いついたことなど、何を質問してもお答えいただけるのがいつも驚きでした。

その当時、私はヨギさんに図書館で美術書をよくご覧になっていたとお聞きしたことがあったと記憶していました。
そこで改めてシャーンティマイーさんにお聞きしてみると、図書館から白隠禅師や俵屋宗達、またその他、多くの巨匠の美術書をシャーンティマイーさんがよく借りてきていたそうなのです。ヨギさんはそれをご覧になっていたのですね。
そして、ヨギさんがおっしゃったことを教えていただきました。
本屋に行けば手軽に買える絵画のペーパーブックもあるけれど、そのようなものは色も出ていないし、安易に買ってはダメ。でも美術書なら色目もしっかりと表されている。本物を見ないとダメ。そう教えていただいたそうで、図書館から借りてくるという流れになったということでした。また展覧会などには、お母様とよく足を運び、度々本物に触れて来られたそうです。

これまで、ヨギさんが何かを選ばれるものを数少ないながらも見せていただいて、本当に良いものをご存知だからこそ、いろんなもので埋もれている中から、本物を見つけることができるんだと思ったことがありました。何事もあまり深く物事を探究せず、本物に触れることが少なかった私でも分かるくらい、ヨギさんの物を見る目は特別に感じられました。

私が描いたものは日本画というには申し訳ないほど、程遠いものではありますが、新たなヨギさんに触れていただけたら嬉しいです。

そして、今週土曜日、23日はいよいよ師の御聖誕祭です。きっと多くの人が心待ちにされていることでしょう。当日に参加できる方も、できない方もいらっしゃいますが、ヨギさんへのみんなの愛がいっぱい詰まった祝祭になりそうな予感。とても楽しみです!

シャチー


【京都】11/3 瞑想ワークショップ開催‼️

ようやく秋らしい気候になってきましたが、紅葉が深まり始める11月3日(日)に瞑想ワークショップを開催させていだきます‼️

瞑想ワークショップ
テーマは「芸術に秘められた真理に瞑想する」です。
今回は、師シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの生家でその芸術作品を鑑賞し、瞑想するというたいへん貴重な機会になっております。
シュリー・マハーヨーギーは、ヨーガのみならず芸術にも精通し、その卓越した直観で仏画や書を残されています。

機関紙『パラマハンサ』の表紙を飾った師の作品。 「アーディナート(原初の師ーシヴァ)とシャクティ」(左)・「如意輪観音」(右)。 今回のワークショップで展示される。

以前にシュリー・マハーヨーギーは「本来、仏画は僧侶でないと描いてはいけない」とおっしゃったことがありました。
ブッダの時代やその後の数百年は、ブッダの存在があまりにも尊いので、その姿形が描かれることはありませんでした。
しかし時代が経るにつれ、さまざまな仏や菩薩が絵や像で表現されることになり、文字や言葉だけではなく具体的イメージをもってブッダに思いを馳せることができるようになりました。
仏や菩薩を描くことは神聖な行為であり、純粋な精神でもって為され完成し、見る者の心を浄らかにします。

皆さま、ぜひこの機会に、ヨーガを成就されたシュリー・マハーヨーギーの芸術作品に触れ、静寂や歓喜、真実の存在を味わっていただけたらと思います。
ちょっと固い案内になりましたが(笑)、どなたでもご参加できますので、少しでもご興味がありましたら、どうぞお申し込みください😇

詳細はこちらになります💁「瞑想WS〜芸術に秘められた真理に瞑想する〜」

ゴーパーラ