出会いとお別れ

卒業・入学シーズンです。南相馬のこの地域では、小学校を最後にすべての卒業式は終わったようです。私の職場にも、辞めていく人、入ってくる人がいます。辞めていく人の方が圧倒的に多いんですけどね。嬉しいことに、今日新しい看護師さんがうちの病棟に来られました。私は夜勤明けだったので、軽く挨拶程度しかできませんでしたが、ずっと別の仕事をされていたそうで、看護師復帰は7年ぶりだとか。また来月からは、以前私が教育担当していた看護師くんが異動でうちの病棟に戻ってきます。これからまた一緒に成長したいです。

そして去って行く人。私がこの病院に面接に来て、初めて話をした人。面接の時は看護部長でしたが、翌年私が入職した時は部長の座を他の人に譲り、全体の運営や教育に関わっておられました。定年後も人不足のため引き続いて働いておられましたが、キリがないと今月で辞めることを決意されたようでした。実は、この地域には同じくらいの規模の病院がもう一つあり、3年前に面接でここに来た時電車から見えるその病院の雰囲気がとても明るくて爽やかで、逆に私の就職した病院はなんだか薄暗くて「病院の選択を誤った!!」と一瞬後悔したことを思い出します。でも、その後看護部長に会った時、原発の危険や遠くに移り住むこと、独特の地域性など私の中にあった全ての不安が消えていったんですね。穏やかでもの静かな、母親のような優しさがにじみ出てる人。この人の前にいると、自分の心の狭さが浮き彫りになり、恥ずかしくなってしまう。この人の下でなら働ける、あの時そう思わせてくださった人ですから、やっぱりそういう特別な思いがある人との別れは本当に悲しいものなのです。

先日「退職されるんですね」と声をかけると、「そうなの…」と言って、しばらく私を見ておられましたが、「一番大変な時に来てくれて…。先に辞めてごめんね」と申し訳なさそうな顔をして言われました。先に辞めてごめんね???私は最初その言葉の意味がよく分からなかった。どうして「ごめんね」なんだろうと頭の中をぐるぐるとその言葉を巡らせていました。でも、後からじわじわとその人の思いやりが感じられて、別れの寂しさがこみ上げてきました。

あの原発事故の後もここに残った人は、一人、また一人と去って行くのをこんな風に見送っていたんだろうなと思いました。事故があってもここに残った人と、それが原因で去って行った人がいる。それぞれの状況があって、それぞれが選んだ道がある。一部では残った人と去って行った人の間の確執が根強く残り、それが帰って来ることの妨げになっているとも伝えられています。私には実際のところは分からないけれど、ここは都会と違って地域住民同士の間に家族のような密接な関わり合いがある。いつの日か、そんな関係性がまた戻ってくればいいなと思います。

夏には病院のある部署が閉鎖されます。これからさらに大きな変革期を迎えます。私もこの先はどうなるか分からない。年度末のこの時期になると、私がここからそろそろ去って行くんじゃないかと、皆が入れ代わり立ち代わり、それとなく偵察してくるのが分かります。これ、結構可笑しい。ここに来て二年経った今も、関西弁しか話せない私を「すっかり原町(この地域の名前)の子になったね」と言って受け入れてくれる寛大な人たちに囲まれながら、今年も色々な役割を与えていただいて、悔いのないように、しっかりその役割を果たしていきたいと思っています。

少し車で走ったところにある癒しの森。近づくともっと眺めがいいんです。

少し車で走ったところにある癒しの森。近づくともっと眺めがいいんです。

ユクティー


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