呼吸の調律
——アーサナで大切なことは、吐く息を長く、お腹が空っぽになるまで吐き出すと教えていただいてから、一所懸命刺激を与えるより、息を深くすることを大切にしています。それでよろしいですか?
確かにアーサナが作られる形態の深さは、できるだけ自分が作れるところまでもっていきますけれども、そこで必要以上に刺激とか緊張感があるとかえって邪魔になります。だから微妙なところでちょっと戻すぐらいの余裕があった方がいいです。それでアーサナは教えられる理想的な形を作って、あとはできるだけ呼吸を制御していきます。アーサナという窮屈な姿勢の中では、本当は呼吸の出入りがない方が、むしろ呼吸がなくなって身体の中が空っぽになっている方が楽に維持できるのです。でも呼吸が入ってくるからしんどさとか痛みを感じてしまう。これは止むを得ないのですけれども、しかしできるだけ吐く息を完全に吐き出すようにして、長く吐く息の呼吸で調律していくようにします。そうすると慣れてくるにしたがって呼吸の回数が減って、一回ずつの呼吸の作用が非常に深くなるということもあります。それからもう一つは、吐き出された後に直ぐに呼吸が入ってくるということではなく、自然のクンバカ、無呼吸の状態が生まれることになります。本当のアーサナの狙いはここにあると思われます。それだけ呼吸作用が変化してくるのです。だからそのためにも呼吸を長く吐き出すということだけを気を付けていけばいいです。
『マハーヨーギーの真理のことば』第6章より

『マハーヨーギーの真理のことば』には、今回ご紹介した「呼吸の調律」の他にもたくさんの教えが掲載されています
私は毎日アーサナを行うようになってから、息を長く吐ききれるようになっていきました。一呼吸を長く保持できるようになると、形も深めやすくなり、苦手な形でも息が上がらなくなりました。ただ、クラスで教わっている「息を吐ききった後に無呼吸の状態が生まれる」というのがどういう状態なのかよく分かりませんでした。試しに吐ききった後に息を止めてみたけれど、かえって力が入る感じでなんか違う。とにかくどの形でもさらに長く吐ききれるようにやってみよう、と実践を続けていたある日、初めて無呼吸の状態を体験しました。
ひと通りのアーサナを終えて、最後にヨーガ・ムドラー・アーサナで息を吐ききった後、吸う息が入ってきていないことに気付きました。初めてのことに驚き、その瞬間に苦しい気がしてきて慌てて息を吸ってしまいました。初めての無呼吸状態はあっという間に終わってしまいましたが、その後、他のアーサナをしている時にも吐ききった後にしばらく吸う息が入ってこない状態になりました。何度か繰り返すうちに、無呼吸によって身体の中が空っぽになっている方が形を維持するのが楽になることを実感しました。

東京中野クラス
無呼吸の状態では、アーサナによって伸ばされた筋肉などの痛みが気にならなくなります。体がなくなっていくような感じになることもあります。これは呼吸の停止によって心の働きも停止するからです。
吸う息が入ってくると再び痛みを感じますが、それは呼吸の再開によって心の働きも再開するから。
体の痛みや違和感は脊髄や脳の神経を介しての反応ですが、心の働きが活発だとより強く痛みを感じることがあります。反対に心の働きが落ち着いていると、痛みを感じにくくなることがあります。喜怒哀楽の感情も、心の働き方によって大きく影響を受けます。
できる限り長く吐ききることを繰り返していくことで、無呼吸の状態が長くなると、心の働きが止まる時間も増えます。日々さまざまな出来事が起きても、悩みが生じても、心がそれに囚われる時間が少なくなっていきます。
それは心が透明になっていくような感じで、心身ともに軽やかに過ごせるようになります。
心の状態は日常の行為に反映されるので、自分自身に対しても、周りにいる人たちに対しても、これまで以上に大切に思って穏やかに優しく接することができるようになります。
このように、呼吸の調律をしていくことでさまざまな良い変化が起こりますが、速やかに変化していくにはアーサナをするのが一番近道です。
前回のブログで、アーサナ中に息を吐ききるのが難しい場合は、日常の中で息を吐ききる練習することをおすすめしましたが、もし吐ききる感覚が掴めたなら、今一度アーサナの中で息を吐ききってみましょう。吐くことに慣れるほどに、力みなくアーサナの形を保持できるようになります。アーサナしなくちゃ、ではなく、アーサナしよう、と思えるようになるはずです。
でも自分にはハードルが高い、と思った方、まずは今日、一つでもいいのでやってみてください。千里の道も一歩から。その一歩を繰り返していくことで、誰にも必ず良い変化が訪れます。

京都クラス
呼吸が深く調えられると、瞑想に座りやすくなります
ハルシャニー
