ブログ新企画『ブラヨーヘイ』                              vol.1 「京都みなみ会館」編

皆さん、連日暑い日が続いていますが、夏バテなど体調は大丈夫ですか?
僕はうなぎを食べたためか、とても元気です😁

そんな猛暑の真っ只中ですが、今回からブログ新企画『ブラヨーヘイ』のスタートです。
僕、ヨーヘイがブラッと街に出て、そこで見たことや感じたことをお伝えするユル〜い企画です。
ただ、某番組『ブラタ×リ』のようなヌル〜い感じではなく、ユルさの中にもヨーガ行者の鋭い視点が感じられる内容を目指しています〜😎

『ブラヨーヘイ』記念すべき1回目は、東寺にある映画館「京都みなみ会館」に行ってきました🏃

京都みなみ会館前

鑑賞したのは『永遠のヨギー』という、インドの聖者パラマハンサ・ヨーガナンダの軌跡を辿ったドキュメンタリー映画です。

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この映画は、17歳での師スリ・ユクテスワとの出会いや、瞑想中にアメリカ行きのヴィジョンが啓示され渡米し、SRF(セルフ・リアリゼーション・フェローシップ)を設立したこと、15年間のアメリカでの活動の後、インドに帰国し、師との再会と死別を経て、再びアメリカへ渡り、その後1952年にマハー・サマーディ(ヨーギーの肉体離脱)に入るまで弟子の育成や、自らの生涯を記した『あるヨギの自叙伝』の執筆に尽力したことなど、ヨーガナンダの生涯を写真や映像を散りばめながらダイジェスト的に紹介している内容です。
そのほとんどが『あるヨギの自叙伝』に記されているものでしたが、この映画では本に載っていない事柄――マハトマ・ガンジーを「第二のキリスト」と発言したため、アメリカ政府に迫害的扱いを受け、さらに親友の裏切りがあったりするなど、アメリカでの苦難と葛藤、またそれを乗り越えるヨーガナンダの精神的強さと神の大いなる導きが垣間見れる内容となっています。
また、スリ・ユクテスワやヨーガナンダのマハー・サマーディ、ヨーガナンダがアーサナを指導している貴重な映像も見ることができます。

それとこの映画は、ヨーガナンダの信奉者が数多く出演し、ヨーガナンダから多大なる影響を受けたことについて語っています。
ジョージ・ハリスンをはじめとする欧米の著名人や有識者がそのほとんどでしたが、その中でもひときわ輝いていたのがヨーガナンダの直弟子であるスリ・ダヤマタでした。
彼女はヨーガナンダのアメリカでの活動の初期からのメンバーで、後にSRFの3代目会長になった人物です。
正確な言葉ではありませんが、以下が印象に残ったスリ・ダヤマタが回顧していたヨーガナンダとのエピソードです。

「ヨーガナンダは師スリ・ユクテスワの死後から、『瞑想に没入する私を見たら、オームを唱えてくれ』と言うほど、いつでもサマーディに入ることができる霊的な状態でした。私は今までのように気軽に彼に話しかけることができなくなりました」
「ヨーガナンダは『あるヨギの自叙伝』の執筆を急いでおり、私たちは1日何時間もタイプライターに向かいました。それは弟子の成長のためでもあるようにも感じました。私は彼と共に何時間作業しても疲れなかったのです」

彼の霊性やその変化を肌で感じていたスリ・ダヤマタの回想からはヨーガナンダの息吹が感じられ、何よりヨーガナンダへの愛が溢れ出ていました。

そしてスリ・ダヤマタともう一人、異彩を放っていたのが、名前も肩書きも忘れてしまったのですが、ミュージシャン風の信者でした。
彼はかなりパンチの効いた風貌でしたが、生前のヨーガナンダとのやり取りを次のように語っていました。

「私はヨーガナンダにお酒をやめないといけないかと尋ねた。彼は『いいえ』と答えた。続いてタバコはやめた方がいいかと尋ねると、『いいえ』と答えた。すると彼の方から『異性と交際はしているか?』と聞かれ、『しているならそれもやめなくていい』と言われた。そしてヨーガナンダは次のように言った。『でも、ここ(SRF)に来続けていたら、それらのことに興味がなくなるかもしれない。新しい習慣は新しい回路をつくる。それはレコードの針が落ちる溝のように――そして、その人間の人生を変える』」

このエピソードは、ヨーガナンダの寛大な導きが感じられるものですよね。
今回、カメラマンとして同行してくださったMr.嶋田は、この信者が「自分と重なる」との感想を言っていました。
Mr.嶋田も最愛の師ヨギさんから、「何もやめなくていい。今のままでいい」とお墨付きをいただいたそうです(笑)。

Mr.嶋田

上映前のMr.嶋田。阿部寛ではありません。

※『永遠のヨギー』は京都みなみ会館では8月19日まで、松山のシネマルナティックでは8月14日まで上映されています😃

飯尾洋平


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