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聖者を好きになる

今日は月に一度のシッダ・マールガの日でした。3人の方が、聖者について話をしてくれました。(シッダ・マールガは3年以上ヨーガを学んだ人が参加できるクラス。シッダは成就者、マールガは道という意味で、名前のように成就を目指すクラスです!)クラスでは、参加者一人ずつが、好きな聖者について、その生涯を知り、瞑想していく中で生き様を感じ、実践することでその境地に近づいていくという内容です。

さて、今日始めに話をしてくださったのは、シュリー・ラーマクリシュナの弟子、トゥリヤーナンダについてです。
SWAMI TURIYANANDA
ニルヴァーナに憧れていた若き日のトゥリヤーナンダは、徹底したサーダナと努力によってその境地を実現しようとしていました。しかし、師であるシュリー・ラーマクリシュナに「知識も信仰も直接の霊的体験も神の恩寵なしには何ひとつ得られはしないのだよ」と非常に力を込めて言われました。トゥリヤーナンダは自分の努力を強く信じており、自分が欲することは何でも実現させられると考えていたのですが、師の導きによって次のことを理解しました。

「意志は確かにそれなりの役目を持っているが、自力で達せられるところまで連れて行くだけである。もっと高い真理に達するには自分の限られた力の及ぶところではない。これには人力を超えた神の恩寵が必要なのである。」それ以来、トゥリヤーナンダは神の恩寵を信じる信仰者へと変貌していくのです。彼の印象的な言葉をご紹介します。

『行為のひとつひとつを礼拝の行為となさい。することなすこと尽く母への供物として行い、できるかぎり完全に行うようにしなさい』

 『明日せねばならぬことは今日せよ。今日せねばならないことは今せよ』

 『たとえ誰かがあなたに反対しても決して怒ったり反抗したりしてはいけない。注意深く分析してそれが本当であるかどうか調べてみよ。もし相手が正しいのなら、改めよ。もし正しくないなら、それがあなたにとって何だというのだ』

ドキッ!!としません!?この言葉。うーんどれもこれも……。本当に実践的な内容で、今すぐに自分の行為に当てはめることが出来ると思いました。本の中にはその他にもたくさんの実践的な言葉が残されています。ぜひお読みくださーい!一つでも完全に出来れば、トゥリヤーナンダの心境に近づけるのではないかと思うのです。とにかく、今!からトライです(明日じゃダメですよ

2人目に紹介してくれた聖者はブッダの弟子のアングリマーラー、そして3人目の方はアーナンダモイマーでした。好きになる気持ちは直感的ですが、純粋に好きだと思えるからこそ、もっと相手のことを知りたい!もっと相手に近づきたい!あの方ならどのようにされるかな〜?など身近に考え、純粋に行為を真似していくことが出来るのだと思いました。そして、聖者なら誰を好きになっても結局は同じなのです。ヨギさんは言われます。

『真理は一つ。賢者はそれをさまざまな名前で呼ぶ』

 


台湾朋友!

こんにちは。南相馬はやっとコートがいらないくらい暖かくなってきましたよ。でもまだコタツでぬくぬくと温まっていることも多いんです。恐るべし東北の寒さ!

さて今日は、今年の2月まで日本に滞在していた台湾のグルバイ、ルーさんのことについて書きたいと思います。実は私が彼女と会ったのは、一回だけ。たった一回だったのですが、彼女はとっても印象深い。

それは去年の12月。一年ぶりに参加した京都のサットサンガで、初めてルーさんにお会いしました。もともとルーさんがヨーガを始めることになったのは、先にN.YでMYMと出会った彼女の従姉であるリンさんに誘われて、サンガに参加するため京都にやって来たのがきっかけだったそうです。その時すでにルーさんは金沢の大学に留学していて、それからは一か月に一回サンガに参加するために熱心に京都まで足を運ぶようになったといいます。

私が去年12月に京都に行くと決まった時、松山のアーナンディーが連絡をくれたんです。ルーさんもサットサンガに参加する予定なので、その時彼女に会えるでしょうと。

アーナンディーがどうして私に連絡をくれたかというと、私は20年くらい前、1年と少しですが、北京に住んでいたことがあるからなんです。中国語は…自分で言うのもなんですが、なかなかよく話せていたと思います(???)少なくとも10年前くらいまでは…。昔は中国語の教材作りのアルバイトをしたり、中国語圏の留学生たちとも活発に交流して語学磨きに励んでいました。

今回ルーさんに会って、ちょっとくらい気の利いたことを中国語で言えたらと思い、久しぶりに中国語のCDを聞いてみたんですが…、あれ??っていうくらい、分からなくなっていました。結局何の準備もできず、ルーさんにお会いしたのですが、彼女はとても流暢な日本語を話し、それを聞いて私はほおーっと感心するばかりでした。私が中国語で話しかけるとちゃんと分かりやすく返してくれる。頭の回転が速いのが話していてよく分かる。私の方はと言えば、中国語は話しているうちに少しずつ思い出してきましたが、不思議なことに中国語を話しているのに、なんとなく今まで話してきた人たちと彼女は印象が違う。彼女は台湾の人なので、大陸の人と比べるのがおかしいのですけれど、中国語を話している人を見ると、どうしても北京で出会った人たちと比べてしまう。中国の人って、ハッキリしていて、強くて豪快。女の人なんて、こっちがタジタジになるくらい、本当に強い…。昔はそういう自分にはないところに憧れたものでした。

でも、ルーさんに感じたのは、親近感。もしかしたら日本人と台湾人って結構似ているのかも。(同じ島国だし…)傍にいて安心していられる。違いを感じさせない空気を持っている。

サットサンガの翌日アーシュラマを訪れた時、ルーさんの話をしました。私が受けたルーさんの印象をヨギさんに伝えた時、ヨギさんは頷きながら話を聞かれた後、こう言われました。

「そう、そして彼女はとても純粋」

―純粋― 

私たちが神に出会うために必要なもの、純粋さ。そしてヨギさんが見ているところは、そこだけ。人種も性別も地位も何も関係ない。ただひたすら心を純粋にするために、私たちはヨーガをしている。

イエスキリストも弟子たちにこう教えています。

「心の清い人々は幸いである、 その人たちは神を見る」

 「日本で、もしかしたら台湾でまた会いましょう」彼女へのメールにそう書いたように、また近い将来に会える日を楽しみに待っているところです。
ルー、リン、パオ写真
左から、ルーさん、従姉のリンさん、台湾の友人の小 宝(シャオ バオ)さんです。みなさん、去年のジャヤンティーに参加されました~

ユクティー

 

 

 


愛の詩

ヨーガには、バクティ・ヨーガがあります。
神を愛するヨーガです。
その神への愛を歌った詩が古くから伝わって来ています。

今日 山を持ち上げる主に出会った

♡♡美しい彼の身体

♡♡彼は愛の神の輝きを放つ!

♡♡♡彼の鋭い一瞥!

♡♡彼は木陰で竹笛を吹き

牛飼い娘たちとリズムをとって踊る

その甘美な姿はハートに焼き付き

♡♡♡寝ても覚めてもなくならない!

♡♡♡魅惑的なその姿に

♡♡♡彷徨う私のハートを捧げ

私はそれを見つめ

♡♡世俗の慎ましさを棄てる!

 

中世の聖女ミーラー・バーイーの物語と詩を機関誌『パラマハンサ』で紹介してきましたが、彼女の詩の中で一つの特徴は、愛するクリシュナ神の御姿を見て眼を盗まれた、ハートを虜にされたという表現です。
神の虜になるとはどういう状態なのでしょう!?

寝ても覚めても愛だけがある!

サーナンダ


東京!

サナータナさんとジャヤデーヴィーさんが東京に移住してそろそろ半月!!お二人には頻繁に会っていたのでちょっと寂しいですが「東京の拠点としてのお家はどんなのかな〜? 新しい暮らしは? 東京の仲間は? 東京の活動は?」などなど気になることがたくさん。みなさんも聞きたいのでは?!ということで直接聞いてみましょうか。

「ジャヤデーヴィーさーん!!教えてください!」

はーい。
引越早々ご近所の方に「外国の方ですか?」と聞かれたジャヤデーヴィーです。

桜が満開の季節に東京に引っ越して2週間が経ちました。これから近くの井の頭公園は新緑のころを迎えます。東京での新しいお家の名前は『牟尼草庵(むにそうあん)』グルバイの越川純子さんと鈴木さん、そしてサナータナさんと私の4人暮らしです。

『牟尼草庵』と聞くとなんだか修行者の庵、あばら屋を想像してしまいますが、緑に囲まれた多少メルヘンチックな出窓つきの白いお家です。1階には17.5帖の広~いリビングとキッチン、2階にはそれぞれ4部屋、そして3階にはこれまたありえないほど大きなグルニエ(屋根裏部屋)があります。毎日一家4人、この広すぎるリビングで小さな机を囲んで夕ご飯を食べたりしていますが、この環境と空間を活かしてヨーガのクラスや活動をしていけるようにただいま準備中です。

先週はミラバイの著書『真実を求めてーあるヨーギニーの手記』が出版されましたね。
ミラバイ、おめでとう!
ミラバイの本 東京

 牟尼草庵でも東京の仲間たちが集まり、ささやかな出版のお祝い会をしました。新しく生まれた本と一緒に牟尼草庵の誕生も祝福していただきとても嬉しかったです。

ミラバイの本を手にパチリ

ミラバイの本を手にパチリ

カレー&サモサをいただいた後は、集まった人たちが今の自分自身のことや、ヨーガの実践のこと、いろんな質問や話が飛び出し、自然な流れでサットサンガが始まりました。

ヨーガに邁進している友達が眩しくて、私はずっとその周りをぐるぐる回っているような気がする・・・とおっしゃっていたTさん。私もそんな時があったな~と思い出しました。
でもクラスに行ったり、セーヴァー・クティーラやヨーガ・ヴィハーラ(ヨーガの仲間同士が暮らしているお家)で、先輩の話を聞いたり、その姿を見ているうちに、私もこんな風に生きてみたいなと思うようになった気がします。もちろん、ヨギさんの存在とアーシュラマがあることは言うまでもないのですが、その一歩手前でそこに行けば仲間がいて『サンガ』がある、ということが大切なことに気づかせてくれる機会になったのかもしれません。牟尼草庵がそんな場所になっていけばいいなと思います。

来週からここで瞑想会を予定していて、その後クラスやいろんな講座なども開催していけたらと思っています。そしてゴールデンウィーク明けからは、新宿でヨーガ・瞑想クラスが始まります!
牟尼草庵を拠点としながら、外へも飛び出して行きますよ。また報告をお楽しみに。

今はカーテンがないので、東京のグルバイで制作したサハスラーラを吊るしてます。
東京 サハスラーラ旗

ジャヤデーヴィー

ブロッコリーのペンネの思い出

4月のさまらさの台所で紹介するブロッコリーのペンネ、12日に向けて試作を重ねています。
このメニュー、実はとても思い入れ?思い出があります。各月で発刊しているパラマハンサにはさまらさのコーナーがありますが、初めて私がそのコーナーを担当した時のメニューがブロッコリーのペンネでした。そのころは紙面作りのためにメインの担当者+先輩と二人で組み、旬の食材を使ったレシピを考えていました。どのようにしてブロッコリーのペンネに決まったのかは記憶にないのですが、まずは試作してみようという流れから買い物を私が担当したことを覚えています。
ブロッコリーのペンネと言えば……。私が食べたこと、見たことがあるものは、ブロッコリーをゆがいたものにアンチョビを加えたり、ナッツ類をミキサーにかけたり、生クリームを加えたり、他の野菜を加えたり……さまらさではどうするかは分からないけれど、自分の想定している範囲でとりあえず足りなかったらいけないからといろいろ買った記憶があります。

試作の日、結局使ったのは、ブロッコリー、オリーブオイル、塩、鷹の爪、以上!!

私「これだけしか使わないんですか?けっこういろんなレシピを見ているとナッツとか生クリームとか入っていますよ」

先輩「入れなくても美味しいんじゃない?」

私「ミキサーも用意しましたけど」

先輩「ミキサー使わなくてもできるよ」

私「……」

私の想定していたものとまったく違うものが出来上がりましたが一口食べてビックリ!!めちゃくちゃ美味しかったんです。作り方といい、味といい、人って想定していることが裏切られるとこんなにもビックリするものなのですね。とにかくビックリしている間に試作は終了し、先輩達は帰っていかれました。でもこの経験が、いろんな意味で本当に学びになったのです。

まず、執らわれがないということ、そして余計なものを足さない、あるがままの良さをいかすという姿勢。それは料理を通り越し、生き方の「姿勢」を学んだと思います。

「こういうことが観念の破壊っていうんじゃないの!!」(無意識にでも執らわれている観念に縛られていると不自由なので、それを破壊していくこと)

観念ってこういうちょっとしたことにもあるんやなぁと初めて「観念」というものを感じた瞬間でした。その経験から、さまらさってめっちゃ面白い!!と思うようになり、私にとってとても良いヨーガの実践の場に変わっていきました。

そんなことを思い出しながらの試作でした。12日の台所ではその時の驚きが伝わればいいなぁと思っています。

サティヤー


新年度スタート!

今日は4月1日で、新年度のスタートです!
桜ももう満開ですね〜!
桜2

お久しぶりです、サーナンダです。
ユクティーが前回「出会いとお別れ」を書いてくれましたが、新年度の始まりはまさに「出会いとお別れ」の季節ですね。
MYM(マハーヨーギー・ヨーガ・ミッション)でも、京都から東京にサナータナとジャヤデーヴィーが移住し、ちょっとばかしのお別れがありました。といっても、またシッダ・マールガですぐに会えるのですが、少し寂しさもありますね〜。もちろん東京のヨーガの仲間にとっては、新しい活動が始まりますし、新しい出会いもたくさん始まることでしょうね!楽しみです。お互い、頑張りましょう!   \(^o^)/

さて、今日のお話はユクティーです。
毎度このブログにもたくさんの記事をアップしてくれているユクティーですが、MYM機関誌『パラマハンサ』にもマザー・テレサや聖テレーズの連載記事をずっと執筆してくれました。神の愛とは何か!を彼女自身の実践を通して絶え間なく探求し続けた姿に、本当に勇気と喜びをいただきました!マザー・テレサの魂に間近まで迫ることなど、ユクティーを通してでなければなかっただろうなあと思います。ありがとうございました〜!まだ読まれていない方は是非この機会に読んでみてください。
私はパラマハンサ編集部で彼女の記事を担当してきたので、2年半の間彼女の取り組みをちょっと近くで見てきたのです。それで、先月発行された108号の3月号で最終回となり、そういう意味では彼女の記事ともしばしのお別れなので、少し気付いたことを述べたいと思います。

今から16年ほど前の1999年、ユクティーは師であるヨギさんに「なぜ最も貧しい人は神なのですか?」とマザー・テレサの言葉から質問しています。その時彼女はヨギさんに教えを授かっているのですが、ユクティーの今回の連載のすべてが、そのときの自らの質問への答え、すなわち、ヨギさんの教えの実践と体現になっているということに気づきました。
「一念岩をも通す」という諺(ことわざ)がありますが、彼女の記事はとても力強く、実践的で、生き生きとしていますけれど、それは長年のたゆまない理想の探求と実践によって成し遂げられたものなんだなあと、改めて感じ入りました。
16年という歳月をかけて、彼女は師の教えを探求し、具現し、そしてその教えに生きる道を歩んできたのですね!
そして師は、懸命に生きる彼女を変わらず導き続けてこられたのだと思い、師の存在の有り難さとヨーガの道の厳しさとおおらかさ、そして豊かさと確かさを感じたのでした。
このことが私にとってはとっても印象的な出来事でした。

新年度、また一息ついたら、連載書いてね〜ユクティー \(^o^)/

yukti
編集ミーティングが終わってホッと一息?のユクティーと

サーナンダ


出会いとお別れ

卒業・入学シーズンです。南相馬のこの地域では、小学校を最後にすべての卒業式は終わったようです。私の職場にも、辞めていく人、入ってくる人がいます。辞めていく人の方が圧倒的に多いんですけどね。嬉しいことに、今日新しい看護師さんがうちの病棟に来られました。私は夜勤明けだったので、軽く挨拶程度しかできませんでしたが、ずっと別の仕事をされていたそうで、看護師復帰は7年ぶりだとか。また来月からは、以前私が教育担当していた看護師くんが異動でうちの病棟に戻ってきます。これからまた一緒に成長したいです。

そして去って行く人。私がこの病院に面接に来て、初めて話をした人。面接の時は看護部長でしたが、翌年私が入職した時は部長の座を他の人に譲り、全体の運営や教育に関わっておられました。定年後も人不足のため引き続いて働いておられましたが、キリがないと今月で辞めることを決意されたようでした。実は、この地域には同じくらいの規模の病院がもう一つあり、3年前に面接でここに来た時電車から見えるその病院の雰囲気がとても明るくて爽やかで、逆に私の就職した病院はなんだか薄暗くて「病院の選択を誤った!!」と一瞬後悔したことを思い出します。でも、その後看護部長に会った時、原発の危険や遠くに移り住むこと、独特の地域性など私の中にあった全ての不安が消えていったんですね。穏やかでもの静かな、母親のような優しさがにじみ出てる人。この人の前にいると、自分の心の狭さが浮き彫りになり、恥ずかしくなってしまう。この人の下でなら働ける、あの時そう思わせてくださった人ですから、やっぱりそういう特別な思いがある人との別れは本当に悲しいものなのです。

先日「退職されるんですね」と声をかけると、「そうなの…」と言って、しばらく私を見ておられましたが、「一番大変な時に来てくれて…。先に辞めてごめんね」と申し訳なさそうな顔をして言われました。先に辞めてごめんね???私は最初その言葉の意味がよく分からなかった。どうして「ごめんね」なんだろうと頭の中をぐるぐるとその言葉を巡らせていました。でも、後からじわじわとその人の思いやりが感じられて、別れの寂しさがこみ上げてきました。

あの原発事故の後もここに残った人は、一人、また一人と去って行くのをこんな風に見送っていたんだろうなと思いました。事故があってもここに残った人と、それが原因で去って行った人がいる。それぞれの状況があって、それぞれが選んだ道がある。一部では残った人と去って行った人の間の確執が根強く残り、それが帰って来ることの妨げになっているとも伝えられています。私には実際のところは分からないけれど、ここは都会と違って地域住民同士の間に家族のような密接な関わり合いがある。いつの日か、そんな関係性がまた戻ってくればいいなと思います。

夏には病院のある部署が閉鎖されます。これからさらに大きな変革期を迎えます。私もこの先はどうなるか分からない。年度末のこの時期になると、私がここからそろそろ去って行くんじゃないかと、皆が入れ代わり立ち代わり、それとなく偵察してくるのが分かります。これ、結構可笑しい。ここに来て二年経った今も、関西弁しか話せない私を「すっかり原町(この地域の名前)の子になったね」と言って受け入れてくれる寛大な人たちに囲まれながら、今年も色々な役割を与えていただいて、悔いのないように、しっかりその役割を果たしていきたいと思っています。

少し車で走ったところにある癒しの森。近づくともっと眺めがいいんです。

少し車で走ったところにある癒しの森。近づくともっと眺めがいいんです。

ユクティー


ヨーガの実践 「ヨーガ・アーサナ」

皆さん、こんにちは ダルミニーです。
今日、ご紹介するのは「ヴリクシャ・アーサナ」立木のポーズです。簡単なポーズなのですが、ものすごく集中力がいります。何に集中するのか、真っ直ぐに立ち続けるということ、それだけなのですが、結構難しいですよね。

立木のポーズ
大切な要領は二つあります。それは軸足の親指に重心を置き、視線を前方の一点に固定させるということです。この要領と集中によって、手足を移動する際にも真っ直ぐに立ち続けることができます。やってみてください。

視線はどのアーサナにおいても、とても重要です。船でいうところの舵と同じ働きがあって、身体を曲げたり、反ったり、伸ばしたりしますが、その身体を一定の方向に進ませ、深める役割を果たします。

日常の中でも視線は大切ですよね。私たちは視線の先に何を見ているのでしょうか。自分に正直に真っ直ぐ前を向いて、目標を定めてしっかりと生きていきたいものです。

ヨーガは、私たちが何のために生きているのか、そのことを教えてくれます。アーサナも日常も、真剣に、悔いのないよう、やりきりたいものですね。

またクラスでお会いしましょう。

 ダルミニー


次の瞬間に死んでもいいという生き方3

昨日の夜勤で、ある患者さんの家族に伝えました。「主治医も言った通り状態はとても悪く、意識がなくなってきています。今日、もしかしたら夜中にということもあります。何かあれば連絡します」。バッドニュースって、とかく遠回しに伝えがちですが、あまり伝え方に神経質になるときちんと伝わらず、死が近いことを家族が実感しにくくなってしまう。でも、うちの病棟の患者さん家族は、頻繁に足を運ばれる方も結構おられ、本人の様子から気づかれることも多いのです。今日はいつもと違うと。

本人はというと、ほとんど話すこともできないその人は、スタッフが近づくとものすごい苦痛の表情を浮かべていましたが、意識レベルの低下に伴い、それも見られなくなっていきました。一般の病院で入院している人は、とても忙しい。やれ痰の吸引だ、オムツ交換だ、床ずれの処置だ、点滴の針の差し替えだ、とスタッフが代わる代わるやってきてはそれぞれの業務をこなしていきます。その処置の多くが苦痛を伴います。患者さんはただじっと耐えるだけです。ほとんど処置のない人は別ですが、私が患者さんの表情で最もよく思い浮かべるのは苦痛に満ちた表情です。何もできない自分に対する情けなさ、さまざまな苦痛に耐え続けなければならないやり切れなさ、死ぬ事もできない苦悩が、その表情から感じられます。

理想的な死を迎えることは、どう生きるかということと深く関係しているといわれます。つまり、どう生きたかで満足感に包まれて死ねるかどうかが決まるということです。多くの研究で、その生き方に共通する結果が残されています。その一つは他者のために生きるということです。最期をそのように生き抜くことが出来た時、たとえ死が迫りくる中でも、人は生きがいを持てるといいます。では、上に書いたような患者さんはどうしたらいいのか。その人が生き続けること自体、存在そのものが家族のためになるという考えもあります。確かにそうだと思いますが、本人の苦痛を考えれば、特に入院が長期にわたると残酷な気もします。

聖書やコーランなど、多くの宗教書は死後の生命について述べられ、世界各地の埋葬礼儀も、来生を前提として行われるものがたくさんあると聞きます。死んだ後も自分の霊魂は生き続けると信じることは、その人に希望を与え死への不安が軽減されることに繋がるといわれる。でも、そこで論じられているのは、それを信じるかどうかという問題です。なぜなら、それを証明できる人がいないからです。誰も永遠の生命があるかどうかを知らないからです。たとえそれが真実ではなかったとしても、それを信じることによって希望を持ったまま死んでいけるなら、その人に不利益はないわけです。だから、信じるということに懸けるのです。

私たちのヨーガの先生は、それは真実であり、生きながらにして実現できるのだと言われます。本当の自分は滅びゆく体ではなく、移ろいやすい心でもなく、心の奥にある永遠の存在である、そのことを自分で証明することこそ、私たちが生まれた本当の目的であると。そしてヨーガはそれを実現するための方法を教えてくれます。

もし死に近づいている人が、真実を知る人に出会い、残された時間をその実現に向けてひたすら努力することができるなら、その人の最期はどうなるでしょう。もし達成されないままに命が尽きたとしても、たとえ誰にも看取られずにたった一人で死んでいったとしても、他のどんな生き方を選ぶより満足して死んでいくに違いない。もう、満足かどうかなど問題ではなくなるかもしれない。そして死ぬ間際にこう願うはずです。必ず、また次の生も出会えますようにと。

どんなに苦しい時も真実をひたすら求め、心は晴れ渡る青空のようでいたいと思います

どんなに苦しい時も真実をひたすら求め、心は晴れ渡る青空のようでいたいと思います

 そしてさらにつづく


さまらさの台所

今日は月に一度のさまらさの台所でした。

今回のメニューは、サモサ(インドの包み揚げ)とチャイ(インドのミルクティー)です。
レストランで食べたこと(飲んだこと)があっても作ったことがない、また作れると思っていなかったという方が多く、初挑戦のお料理を楽しみに来てくださった方が多かったです!

サモサ作り satya
サモサ作り みんなで

特にサモサの形を作るときは、みなさんとっても真剣に、そして独自の形を追求して!?みんなで和気あいあい、盛り上がっていました。

カレー盛りつけ

食事はサモサと相性抜群!ほうれん草カレーを用意し一緒にいただきました。
これも以前さまらさで紹介しましたね〜。

今回の参加者の方からとても嬉しいお話を聞きしました。
その方は3週間ほど前のヨーガ・瞑想クラスに初参加されました。その時の感想は、仕事帰りだったこともあり、クラス中に身体がとてもしんどく、くたくたになったと言われました。
実は私もそのクラスにいたのですが、とても集中してアーサナをされていたことを覚えています。そして、見本通りの形を作ろうとされているのが伝わりました。クラスの後には「しんどかった・・・」と言われていたので、ちょっときつかったのかな……と心配していました。

しかし!!帰る途中から変化があったのだそうです。背骨がしっかりとのびていき、翌日にはとても元気になったと話してくださいました。その身体の変化は3週間ずっと続いていると言われるのです  😛 たった一回のクラスでこんなにも効果があるなんて本当に驚きだし、これからも続けたい。身体の調子が良いことが精神面にも影響していると生き生きとお話しくださいました。

きっと、正しくアーサナの形を作られていたので、チャクラ(背骨にある7つの気のセンター)が活性化され、身体の隅々にまで気(プラーナ)が行きわたり、元の気の状態「元気」になったのだと思います。お話を聞いて、改めてアーサナのすごさを実感しました。

アーサナと同時に、日々の食生活に気をつけていいただくと、より一層の効果を感じていただけると思います。またさまらさの台所にもみなさまお越し下さい!

サティヤー