サナータナ・ダルマを生きる

 先日、京都アスニーで仏陀の聖劇の上映会がありました。キサゴータミーという女性が出てくるのですが、彼女は自分の子どもの死が受け入れられず、悲しみのあまりその亡骸を抱き狂ったように彷徨います。そんな彼女に仏陀は「誰も死人を出したことがない家に行き、芥子の実を分けてもらいなさい」と言われます。彼女は家々をまわり、誰もが死というものを必ず経験することを、身をもって理解し、平安を得て仏陀の中で生きる決意をするのでした。

 キサゴータミーの心の変容をスクリーンで見ながら、私も早くに父親を亡くし、生きるとは何かということについて、ずっと悩み苦しんできたことを思い出しました。ヨギさんと出会った日、世の中の息苦しさから一気に解放され、水を得た魚のように、本当に嬉しい気持ちでした。この世界にこんな方が存在するなんて!信じられない!という喜びと興奮が入り交じり、この感情をどう捉えていいかよく分からなかったことを思い出します。思えばこの時初めて、ヨギさんから発せられたサナータナ・ダルマ(永遠の真理)に魂が触れた瞬間だったのでしょう。

 あれから十数年経ち、ヨギさんのご存在から、そしてグルバイたちを通してヨギさんの教えを学び、少しずつ理解を育み、今、ヨーガの教えを下に仕事をさせて頂き、ヨーガの教えを下に子育てをし、どんな場所でもヨーガが私の指針となっている。ヨギさんによって、サナータナ・ダルマによって私は生かされている。私が、私のもの、と言えるものは何にもないかもしれないな、と思いました。

 キサゴータミーが心の変容を遂げ、「仏陀、あなたの中に私は生きます!」と高らかに宣言したように、私もヨギさんの中で生き、サナータナ・ダルマと一つになれるように命を輝かせていきたい、そう思っています。

 


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