投稿者「MYMメンバー」のアーカイブ

第1回「ヨーガを生きる秘訣」を開催しました!!

松山のヨーガ・サーラ・スタジオで、MYM50周年、ヨーガ・サーラ・スタジオ20周年の企画として「ヨーガを生きる秘訣」第1回を開催しました。
この講座は、今回の12月の冬から始まって、春、夏、秋と年4回の開催予定です。旬のお野菜を使ったお料理作りを通して日常の行為や心のあり方を学ぶ「ヨーガの料理」と、毎回5つのアーサナを取り上げて、そのアーサナのいわれやアーサナを作るときのポイントを丁寧に学んで実践していく「アーサナの秘義」の2つの講座で構成されています。
講師は、私たちの師ヨギさんに初期の頃から直接ヨーガを学び、ヨーギーの食事を長年作ってこられたシャーンティマイーさんです。

12月13日(土)は「アーサナの秘義」を行ない、午前クラス11名、午後クラス18名の方の参加がありました。

最初にラージャ・ヨーガにおけるアーサナの位置付け、日常生活のあり方、自らの行為に対して責任を持つこと、心と呼吸の関係など、アーサナを学んでいく上での大切なことが話されました。それはシャーンティマイーさんご自身が長年に渡って真剣に実践し体得してこられたからこそ、寛容で力強い言葉となって発せられていました。それを聞く参加者の方々も真剣に耳を傾け、聞き入っておられるようでした。その中でも、シャーンティマイーさんが紹介してくださったヨギさんのお言葉『私の教えているアーサナは肉体だけではなく、プラーナの制御まで確実に影響します。プラーナの制御がなされれば心の変化も速やかです』は、私たちに深く染み入り、励まされ希望となりました。

そして、「ブリクシャ・アーサナ」「マルジャーラ・アーサナ」「シャヴァ・アーサナ
」「ハラ・アーサナ」「パシチモーッタナ・アーサナ」の5つのアーサナについて学びました。

見本を示していただきながら、ポーズのポイントや留意点などを学んでいきます。

学んだ後は即実践です。よりアーサナが深められるよう直接ご指導いただきました。

ご参加くださった方からは
「まるで初めてしたポーズに思えるくらい新鮮な感覚がありました。身体がすみずみまで心地よかったです」
「アーサナの向き合い方が理解できた。ひとつひとつの動作の意味が根拠から分かり、大切に行なうようにしようと心に決めました」
「普段のアーサナをなんとなくやっていたことに気付かされた。意識すべきところを学べた」
「5つのポーズしかしなかったけれど、とても集中した。普段一通りするアーサナよりも集中していた。ひとつひとつを丁寧に向き合ってやっていこうと思う。体の中で熱を生じるのを感じた」
との感想がありました。講座中の皆さんの真剣なプラーナが会場全体を満たしていました。講座が終わり、一人一人の輝いた表情がとても印象的でした。

12月14日(日)は番町公民館の調理室にて「ヨーガの料理」を行ない、10名の参加がありました。
メニューは、黒豆ごはん、高野豆腐の卯の花、れんこんボールのお吸い物、大根の梅和えの4品です。

参加の皆さんも調理に加わり、和気藹々と楽しく講座は進みました。
シャーンティマイーさんの食材を大切にされる行為や観念にとらわれない自由な発想で楽しく軽やかに料理に向かわれる姿に接し、それぞれに新たな発見と喜びがありました。また、目の前のことに集中しながらも、周りへの配慮も自然にされているお姿から、ヨーガ行者のあり方を学びました。
出来上がったお料理をみんなでいただき、「ヨーガの料理」にまつわるさまざまな話題に花が咲きました。

ご参加くださった方からは
「シンプルに、ほとんど調味料を使わず、素材の味を生かしたお料理が、こんなに美味しいんだと感動しました。優しさが体に広がっていくようでした」
「素材の味がとっても生きていて、身体が喜んでいる感じのお料理でした」
「“こうあらねば”という思い込みが、いい意味でないことに驚きました。もっと気軽に毎日の料理を楽しもうと思いました」
との感想があり、「楽しかった!」「美味しかった!」「また参加したい!」と輝く笑顔で講座を後にされました。

私たちにとって学び多い2日間となりました。この学びをそれぞれが実践し、体得していくことができますように。
また、スタジオでは講座受講者を対象に「アーサナの秘義・フォロークラス」を次回の3月の講座まで、毎週土曜日に行ない、みんなで実践を続けていけたらと思っています。ぜひ、ご参加ください!

試食・交流会のお部屋のしつらえ
(松山市内の太陽市でシャーンティマイーさんに選んで生けていただいたサザンカとヘリコニア) 

アミティ


ヨーガとインド神話~ビシュヌ神のアヴァターラ「クリシュナ神」

クリシュナ神は前回ご紹介したシヴァ神と並び、ヒンドゥー教の三大神の一柱であり、現代でもとても人気がある神様です。そしてまた、シヴァと同様にヨーガととても深い関わりがある存在なのです。
例えば、ヨーガの聖典として有名な『バガヴァッド・ギーター(神の詩)』の中で、アルジュナにヨーガの教えを説くのがクリシュナ神です。

クリシュナ(左)とアルジュナ(右)が戦場で対話する場面。クリシュナが戦車の上で教えを説く場面が描かれています。1830年ごろの作品。

さて、ヒンドゥー教の三大神とは、宇宙を創造するブラフマー神、維持を司るヴィシュヌ神、破壊(再生)するシヴァ神を指します。この三柱を総称してトリムルティ(三神一体)と呼ばれています。
「おや、クリシュナ神はどこに!?」ですよね。
クリシュナ神話を理解しやすくするために、ヒンドゥー教の重要な概念をひとつ押さえておくと分かりやすいと思います。

ヒンドゥー教の神がこの世界に姿を変えて現れることを「アヴァターラ(化身)」と呼びます。(インターネットなどで使われる「アバター」の語源にもなっています)
特にビシュヌ神においては10~20のアヴァターラがあるともいわれ、クリシュナ神はその第八の化身であるとされています。
ちなみに、古代インド叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公ラーマは第七の化身です。
ビシュヌの系統の神は額にUの字が描かれていることが多く、これが特徴的な印となっています。

クリシュナ神も、長い歴史のなかでバラモン教が各地域の土着神を取り込みつつヒンドゥー教へと発展していく過程で、姿を変えていきました。
現在に伝わるクリシュナ像は、モデルとなった英雄的人物(ヤーダヴァ族の英雄)や地域の土着神(ヴァスデーヴァ、パンドゥランガ・ヴィッタル、ジャガンナート)など、複数の要素が融合したものともいわれているそうです。

『シュリーマッド・バーガヴァタ厶』(日本ヴェーダーンタ協会発行)の表紙絵のクリシュナ神。 頭にはクジャクの羽根飾り、黄色の腰巻を着て、片足を曲げ横笛を持っている姿で描かれることが多い。

古代から人々は神への信仰を持っていますが、時代によって人々が神に求めるものが変化し、信仰の対象である神の役割や物語も変化していっています。
一見すると、人々の思惑や時代の波に神さえも翻弄されているように見えますが、この宇宙の一切万物の創造主が、私たちの理解に合わせて真理の表現を変えている──という見方もできるのでないでしょうか。いつの時代も、宇宙の主は大いなる愛と慈悲によって、姿かたちを変えながら私たちに真理を示し続けているように思えます。

クリシュナ神が描かれている主な文献としては、
・叙事詩『マハーバーラタ』(聖典『バガヴァッド・ギーター』)
・聖典(神話・伝説)『バーガヴァタ・プラーナ』(聖典『シュリー・マッド・バーガヴァタム』)
・抒情詩『ギータ・ゴーヴィンダ』
があります。

次回は、聖典『バーガヴァタ・プラーナ』からクリシュナ神とバクティ・ヨーガ(信愛のヨーガ)について取り上げてみたいと思います!

シャルミニー


2025年御聖誕祭!!!

11月23日に「マハーヨーギー・ミッション設立50周年記念 サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサ御聖誕77周年祭」が執り行なわれました。

今年の御聖誕祭からMYM設立50周年記念イヤーとなる大切な一日が、新しいリーラー・ヨーガ・スタジオで開催されたことも、感慨深いものがあります。スタジオの温かな空間は祝福に満ちた素晴らしい雰囲気で、会場に集えなかったグルバイ(兄弟姉妹弟子)とも心を一つにして師への感謝を捧げる時間になりました。

今年のテーマは「師の存在への感謝—-MYMの原点に触れる」です。今回はマハーヨーギー・アーシュラマ(修道場)開設から約20年間の足跡をじっくりと振り返りました。最初に50周年の幕開けにふさわしい師の映像が紹介され、その中で師はマハーヨーギー・アーシュラマ開設の思いについて次のように話されました。「私の当時の思いは、ヨーガの教師になるためではなく、ヨーギーであることでした」。このお言葉は私たちにとって大事なキーワードとなり、会の最後にもう一度、紹介されることになります。


今回、師がどのようにしてアーシュラマに来られる方々を迎えて来られたか師の貴重な手書きの資料がサルヴァーニーさんによって紹介され、「ヨギさんがどれほど通われている方のことを思ってヨーガの話をする機会を作ってくださったか。今度は私たちが見倣い、行為していく番だと思います」と力強く話されました。会の後半に、師がアーシュラマでアーサナのクラスをされていた時の映像が公開されました。師の真剣な表情に会場から「かっこいい!!!」とため息交じりの声が上がりました。その方がジャヤンティー後に「指導する時のあの鋭く真剣な眼差しに、あなたは真剣かを突きつけられました」とコメントをくださいました。


そして祝祭の締めくくりに、師が残してくださった尊い教えの映像が映し出されました。

「誕生日を祝うとはどういうことなのか、体があることを祝うのか、肉体がなくなってしまえば、もう祝えないのか。つまり死ぬということと生まれるということがどういうことなのか、ぜひ考える機会になってもらったら」と命の意味の本質を教えてくださいました。


会の最後に、司会のミラバイさんが師のお言葉を紹介し、問い掛けました。「最初の師の映像のお言葉には続きがあります。『私が自らにヨーガの教師になるのではなく、ヨーギーであることを欲したように、みんなにも同じことを希望しますし、その上で楽しめるものだと思います』。それでは、私たちはどのようにあることが、「ヨーギーであること」なのでしょうか」。

私たちが師のお言葉の真意をどう理解して、どう行為に繋げていくか、これからの一瞬一瞬が問われるように感じています。師の生き様をしっかり受け継いでいきたいです。本物のヨーギー、ヨーギニーは、たとえ語らなくても、その姿から柔和さが醸し出されるんだと思います。どうか謙虚に学び続け、師に近づけるよう純粋な行為を捧げていけますように。そして、もっともっと多くの方と楽しめますように!!!

※その他、師の映像など詳細はWebパラマハンサにてご紹介します。(12月25日配信予定)

アーナンディー


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ⑤

宗教会議で一躍有名になったヴィヴェーカーナンダは、アメリカの東部や中西部の大都市を駆け巡り、週に12回から14回の講演を行ないました。何百何千という人々が押し寄せましたが、そこには教養豊かな人たちや真理探究者に混じって、人を欺く人や興味本位の人やならず者もいて、どこででも厚遇されたわけではありませんでした。

ヴィヴェーカーナンダの目的は、永遠の真理を説いて誠実な人々の霊的生活が深まるように手助けすることでしたが、無知、迷信、宗教一般、特にヒンドゥー教についての誤解を取り除くという仕事は大変に困難なものでした。

あらゆる類の障害や反対や脅しに対してのヴィヴェーカーナンダの答えはただ一言でした。

「私は真理のために闘います。真理が偽りと手を結ぶことは絶対にありません。たとえ全世界を敵に回そうとも、真理は最後には勝利するに違いありません」  

(『ヴィヴェーカーナンダの生涯』より)

次第に裕福な特権階級の人々を離れて、霊性の生活に熱心な学生の訓練に専念し、静かに個人の人格形成をすることに熱意を抱くようになりました。ニューヨーク滞在中にブルックリンで定期クラスが開かれることになったのをきっかけにして、貧しくも熱心な数人の学生がニューヨーク市内の貧困地域に部屋をいくつか借りました。ヴィヴェーカーナンダはその一部屋に暮らし、貸家の二階にある普通の部屋で講義と授業を行ないました。講義中のヴィヴェーカーナンダは床に座りましたが、数多い受講者はタンスやソファの肘掛けや部屋の隅にある洗面台までも利用して座りました。扉は開け放たれたままで、あふれた人々は廊下や階段をも埋め尽くしました。真理に関する理解を深めるために、数人の選ばれた弟子にギャーナ・ヨーガを教え始め、自己制御、集中、瞑想の科学を教えるためにラージャ・ヨーガも指導し始めました。

ヴィヴェーカーナンダは西洋で働いていた間も、インドのことを忘れることはありませんでした。講演で稼いだ金銭を、宗教、教育その他慈善活動のために送り、彼の熱烈な手紙がインドの兄弟弟子たちを奮い立たせました。「自分の足で立つのだ!」と繰り返して、自立するように励ましました。

ヴィヴェーカーナンダは、どれだけ想像しても及ばないほど、全てを注ぎ込んで働かれたのだろうと思います。それはひとえに人々を真実へと導くためでした。

ヴィヴェーカーナンダが西洋に真理を伝えてくださったことで、現代の日本でもその教えを知ることができます。ヴィヴェーカーナンダが残した言葉は私にも届き、励まし、奮い立たせます。真理が真理であるからその真理のために闘うという、ただそれだけが在るということを突きつけられ、心に光が差して、それだけを求めて歩もうと背中を押されるのです。

サルヴァーニー


ヨーガとインド神話~シヴァ神

インドの神様といえば、「シヴァ神」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

8月にこのブログで、聖典『デーヴィー・マハートミャ(女神の素晴らしさ)』に登場する女神ドゥルガー(カーリー)をご紹介しましたが、その夫がシヴァ神です。
シヴァは破壊と再生を司る神であり、ヒンドゥー教の三大神の一柱として、ヒンドゥー教の国々で現在でもとても人気があるそうです。

瞑想をするシヴァ神

シヴァ神はとても古い神で、そのルーツは暴風雨の神「ルドラ神」まで遡り、数千年の歴史の中でさまざまな地域の土着神や信仰が融合して、今日の「シヴァ神」として伝わっているようです。

実はヨーガの実践者にとっても、シヴァ神は非常に重要な存在です。
なぜなら、シヴァはヨーガを最初に人間に伝えた“ヨーガの祖”であることが、いくつかの聖典に記されているからです。
確かに、シヴァ神の絵には修行者の姿で坐し、半眼で瞑想している様子がよく描かれています。

パシュパティの印章(PashupaiSeal)。ヨーガ行者の姿をした人物を刻んだインダス文明の印章。シヴァにパシュパティという別名があることから、シヴァの原型と関連付けられることも…。

そのような古い歴史をもつシヴァ神には、体系化されていない数多くの神話が各地域に伝えられていて、その中にはシヴァから人間にヨーガが伝わった経緯に関する伝承もあるようです。
例えば、ある日、川のほとりでシヴァが妻パールヴァティーに深遠なヨーガの奥義を語っていたところ、一匹の魚が熱心にその教えを聴き取り、奥義を理解して人間の姿に変わり、最初の弟子マッチェーンドラナートとなってヨーガを広めたというお話や、シヴァがヨーガの奥義をまとめた聖典を作ったが、普通の人間には危険だと考えてそれを川に投げ捨てたところ、一匹の魚がその聖典を呑み込み、漁師がその魚を捕らえて魚の中から聖典を発見し、その聖典を学んでマッチェーンドラナートになったというお話など。これ以外にも諸説あるようです。面白いですね。
ヨーガのアーサナ(ポーズ)の中に「マッチェーンドラ・アーサナ(ねじるポーズ)」や「マッチャ・アーサナ(魚のポーズ)」があるのも、興味深いことだと思います。

左/マッチェーンドラ・アーサナ(東京・国分寺クラス) 右/マッチャ・アーサナ(東京・中野クラス)

私自身のシヴァの体験は、以前バクティ・サンガムでシヴァ神のキールタンを繰り返し歌った後、無性にシヴァに瞑想したくなり、そのまま瞑想に入りました。
そのとき感じたのは、山のように雄大などっしりとした不動の存在感。いつも瞑想していたクリシュナ神とはまったく異なる感触で、とても驚いたのを覚えています。

このブログ「ヨーガを生きる」でも、シヴァ神について何度も取り上げられています。ヨーガとシヴァ神の関わりが詳しく書かれていて、とても面白いので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

シャルミニー


上映会と弟子たちのサットサンガ(真理の集い)

朝夕の涼しさも増し、秋の深まりを感じられる季節になりました。久しぶりに東京や松山、そして台湾からも弟子たちが集まり、9月27日(土)にリーラー・ヨーガ・スタジオで上映会と弟子のサットサンガ(真理の集い)が開催されました。

今回は2019年5月18日に開催された松山でのサットサンガの映像です。久しぶりの再会に喜び合い、スタジオはとてもにぎやかな雰囲気でしたが、上映会が始まると一転、師のお姿に皆の集中感は高まり、あっという間に映像の中に引き込まれていきました。そして静かな緊張感ある雰囲気へと変わっていきました。


サットサンガからは、質問者が師からお答えを頂くと、「ありがとうございます!」「あー! 分かりました!」と言って、表情や声がぱっと明るくなって安堵されている様子が伝わってきました。質問の内容は様々ですが、師は優しく丁寧に教えてくださいます。

そんな中、ある男性が「昨年、師から人から良く見られたいというこだわりの取り除き方を教わったものの、教えられたことができずに苦しい毎日が続いている」と、吐露されました。「どうすれば本当に自分自身が真剣に向き合っていくことができるのか知りたい。また、愚痴や言い訳をやめていく意義を教えてほしい」と続けて質問されました。
師は、その方へのお答えで少し口調を強められ、

「埒が明かないのであれば、最も核心的な問題ですけれども、自分自身に自分は誰かを問いなさい」

さらに力強く、

「これは、最も自分自身に対する問いかけです。だから誰もがこの問題に真剣に取り組んでほしい。本当の自分を知ること。あらゆる悩みや苦しみというのは、偽りの自分と心が作り出したものなのです」

と仰いました。師の真剣な眼差しと気迫の込もった言葉は、私たちの苦しみや悩みを一掃する力を与えてくださいます。上映会に参加した弟子たちにも深い感動を与えてくださり、スタジオは歓喜に包まれました。

そして、師の口から語られた真実の言葉ーー

「本当の自分を知ること」
「それだけがある。それを知り、それを実現し、それを生きる自分はそれなんだから」

この言葉が耳に入ってきた時、「聞きたかったことを聞くことができた!」と、とても嬉しい気持ちになりました。

上映会を通して、師から直接、教えを聞くことができることは、どんなに有難いことかを感じていました。真実の存在からの言葉は真実そのものです。師から語られる言葉はどれも力強く純粋で、私たちの心の内奥に染み渡っていきます。誰もの本質は尊くそれだけで満ち足りているものだと思い出されます。そして弟子として、それを実現していこうという決意が一層固くなっていくのです。

後半の弟子のサットサンガでは、活動報告と50周年に向けて予定している企画についてのお話がありました。いよいよ来月の師のご聖誕日からMYM50周年yearが始まります。50周年を祝うことができることに感謝をし、ますます精進していきたいです。

桜井晃己桜井みき


『マハーヨーギーの真理のことば』~瞑想─基本編

ひと昔前に比べて、瞑想に興味を持つ方が増えてきたように感じます。瞑想に関する情報も多くなりましたが、その一方で、「瞑想をしてみたいけれど、どんな方法がいいのか分からない」といった声を、私の周りでも耳にすることがあります。

私自身も、師に出会うまでは、瞑想を基礎から学んだことがなく、ほんの少し習った知識で見よう見まねで行なっていました。確かに、心が落ち着いたり、何かひらめいたような感覚を得ることもありましたが、どこか茫洋としていて、「これでいいのかな…」と何度も考えることがありました。

シュリー・マハーヨーギーの下で、瞑想を一から教えていただくようになり、私はそれまでかかっていた心の靄(もや)がサーッと晴れていくように感じました。

『マハーヨーギーの真理のことば』第十三章「瞑想─基本編」には、これから瞑想を始める方や、始めて間もない方でも共感できる問答が数多く載っています。
例えば――

─良い瞑想とはどういう状態ですか。
─瞑想の効果がいちばん現れる時間というのはあるのでしょうか。
─アーサナの後に瞑想すると、直ぐ眠くなってしまうのですが、何か良いアドヴァイスがあれば教えて下さい。
─集中がすごく難しくて、いつも雑念ばかりになってしまいます。どういうふうにしたら集中しやすいのかを教えていただけますか。

ここで、特に大切な「瞑想の対象」についての問答を一つご紹介します!

─考えたいことがある時に瞑想しようとするのですが、一点に集中というよりは、考えてしまうのです。まだ瞑想がどういうものなのか全然分かっていないのですが、瞑想の具体的な対象について教えていただけますか。

瞑想の内容は大きく分けて三つある。一つは私は誰か、アートマンという本当の自己を探求する、それだけに集中する。これは私という言葉と概念がその入り口になります。もう一つは、神もしくは神的存在、理想の神の姿を思い浮かべる。そしてもう一つは、真理という抽象的なものについての集中。何か他の様々な考えはこの三番目のものに該当する。どういう考えが起こっていようと、それが真理かどうか、真実かどうかということを瞑想で悟っていく。
だから、この三つの柱のどれかには纏めないといけない、どれかにしないといけないということね。これが混乱していると集中感がなかなか掴めないと思う。

─その三つのうちから自分でどれかを選ぶということですか。

そうです。

─自分には何がしやすいかということでしょうか。

何を求めているかです。しやすさの問題ではなくて、何を本気で真剣に求めているかということ。それによってこの三つのどれがいちばん身近に感じるかというのが自然に繋がってくると思う。

─行き着くところは全部一緒なのですか。

そうです。
真実の幾つかの面というか現れとして、その違いがあるわけです。自己を探求するのがギャーナ・ヨーガ、神的存在に瞑想するのがバクティ、そして真理、真実を確かめていくのはラージャ・ヨーガ。そういうふうにその集中対象と内容に応じて呼び名は違いますけれど、行き着くところは同じだし、またギャーナ・ヨーガでもバクティ・ヨーガでも純度を高めるためには識別を必要とします。識別というのは心の中にまだ残っているかもしれない煩悩性のものを取り除く作業です。これは真実と突き合わすことによって放棄されていく。だからそれらをしっかり覚えておいて、そして最も切実に求める対象を選ぶ。

─対象は一つだけにするものなのですか。

いえ、そういうわけではないです。その三つを、一時にではないけれども、一人の修行者が行なっていくことは普通です。
( 『マハーヨーギーの真理のことば』第十三章「瞑想─基本編」第一節 瞑想の基礎/瞑想の対象を選ぶ)

私は、バクティ・ヨーガの瞑想を何年も続けていましたが、今はアートマンへの瞑想に変わりました。
それは、神を求めなくなったからではなく、むしろ神を求めて瞑想を続けるうちに自然とアートマンという真我への瞑想に繋がっていったという感覚です。
瞑想の進み方やその様相は一人一人それぞれに違うものだと思いますが、行き着くところは同じ一なる真実。私の中にあるその真実を実現するまで、これからも真剣に瞑想を続けていこうと思います。

シャルミニー


ヨーガ・サーラ・スタジオ20周年記念企画 アーサナクラス/瞑想特別クラス 基礎編

8月23日(土)愛媛県松山市では、ヨーガ・サーラ・スタジオ20周年記念企画の一環として、京都のマードゥリーさんをお招きして、特別クラスが開催されました。
午前中は、近くの公民館をお借りしてアーサナクラスがあり、最初に30分ほどの講座もありました。

講座の様子。細密画やチャクラ図を使って目に見えないプラーナ(気)やチャクラ、土、水、火、風、空という五大の物質との関わりについて分かりやすく教えてくださいました。

体操とは違って、大いなる哲学を土台に持つことを学んだ後に行なうアーサナ。会場全体がしんとした神聖な空気に包まれました。

午後からの瞑想特別クラスでは、識別の瞑想についてお話と実践がありました。真理を学び、考え、瞑想する。識別の大事なポイントを教わりました。
識別というのは、自分の心を真理と照らし合わせて、不要な思いなどをバサバサと心の中から切り捨てていくことです。真理とは、完全、純粋、永遠、不動のものです。真理ではないものは、必ず変化していきますので、心がそういうものに執らわれていると、それがどんなに魅力的なものであったとしても、必ず苦しみに終わるのです。苦しみを取り除いて、軽やかに生きていくためにも、真理ではないものを心から切り離して捨てていくのです。

「何のために生きるのか」ーーマードゥリさんご自身がじっくり向き合った体験談を交えて識別について話してくださいました。

30分間、静かに瞑想。

当日、マードゥリーさんが選んでくださった7つの真理の言葉の中から各自、好きな言葉を選んでしおりに書き写して、持ち帰りました。

真剣に選ぶ参加者の皆さん。15分以上考えこむ方もおられました。

しおり作成チームのスタッフが喜びをもって美しいしおりを用意してくださいました。好きなしおりを選んで真理を書き込みました。

朝から夕方まで、盛りだくさんの1日でしたが、参加者のみなさんはとても充実されたようで、喜びの声がたくさん届いています。

(参加者のみなさんのご感想)

・今日の講座を聞いて強く感じたことは、「何のために生きるのか」という問いをあやふやにしてしまっている自分です。マードゥリーさんもはっきりおっしゃったようにあやふやにせず、真理を軸に徹底して追求し、検証すること。アーサナを1つ1つ大切に行なうように、命の様々なシーンに対しても、情熱をもって集中していけるようになりたい。

・30分じっくり座って、自分の心の奥深くまで潜っていく感覚がありました。普段ふわっとした理解で満足しているところを感じ、無意識に執着している対象があることに気付かされました。「もっと知りたい」という知識欲も煩悩の一つだと再確認しました。心の習性はしぶといものだと、また学びました。また、こういう機会があれば参加したいです。

・マードゥリーさんの力強いメッセージが明確に入ってきたことで、聖典を読む時に自分なりに漫然と読んでいることに気が付きました。不要なものに時間を割いていることを再自覚しました。

松山に来てくださったマードゥリーさんは、蓮の花のように優しくきれいな人でした。同時に、何事にも動じない堂々とした佇まいで、未来を切り拓いていくような力強さを感じました。マードゥリーさんと少しばかりの時間を共有したことによって、その力強さが少し、私にも乗り移ったのかもしれません。美しい真理のしおりを抱きながら、元気な足取りで帰路に就く、最高の一日でした。

笹沼朋子


『マハーヨーギーの真理のことば』第一章「愛の真理」

アーサナ中に体験した忘れられない出来事があります。
アーサナを始めて何年か経ち、少しずつ真理の教えにも触れていっていたある日、いつものように自宅でアーサナを行なっていました。すると、「このままではだめだ!!」という思いが突然やってきて、私はアーサナを中断して立ち上がりました。

その頃、我が家では、イチゴという名前の白い犬を飼っていました。私は、彼女の自由にできる場所をリビングだけに制限していました。理由は、部屋が汚れることがとにかく嫌だったからです。今となっては、とてもエゴ的で傲慢な行為だったと思いますが、本当にあの瞬間までは、それが間違っているとは思いもよらず、考えることすらありませんでした。
けれどその時、私はアーサナを中断して、部屋を行き来できないように置いていた柵を取っ払って、彼女が家の中を自由に行き来し、過ごせるようにしました。そして、当たり前のことなのですが、汚れたら綺麗にすればいいと素直に思えたのです。その瞬間、憑き物が取れたかのように、私自身も自由になれたような清々しい感覚と救われたような気持ちを味わいました。そして、彼女以外の家族にも窮屈な思いをさせていただろうことにも気付きました。

それ以来、彼女の毛並みはツヤツヤとして、元の白さを取り戻していったように見えました。そして以前よりも生き生きとして、元気に走り回っているように見えました。私はその姿を見て深く安堵しました。

部屋を清潔にしておくことや整えておくことは、もちろん悪いことではありません。できるだけそのようにしておく方が、私だけでなく、きっと家族も心地良く過ごすことができるだろうと思います。けれど、心の思いは、完全に純粋なものではなく、「私」と「私のもの」への執着が入り混じり、時に、それはエゴ的で傲慢な行為となり、他者を苦しめたり、気付かないうちに傷つけてしまうこともあることを知りました。

天国と地獄は人の心の中にあります。あなたが「私」と「私のもの」を突っ張ればそこは地獄になり、「あなた」と「あなたのもの」に自らを捧げるなら天国になるのです。心は迷いやすく間違いを犯すかもしれないが、自らの苦しみを避けるためには他者を苦しめてはならない。自らの幸いを招くためには他者の喜びに奉仕することです。それは愛です。

『マハーヨーギーの真理のことば』第一章64頁

彼女が旅立った時、自分のしていたことを本当に申し訳なく思い、彼女が生きている間に大切なことに気付かせてもらえたことを改めて深く感謝しました。
そして、また同じような間違いを犯さないように、この教えを大切に心に留めています。

サットサンガで、あの日の出来事についてお聞きした時、ヨギさんは、良い気付きだったこと。そして、アーサナによって集中状態が生まれ、心が静まり、瞑想のような状況が訪れたことを教えてくださいました。

ヨーガを正しく学び、実践していくことは、誰もにとってより良く生きるためのたしかな拠り所となり、道標になってくれると思います。
一人でも多くの人がヨーガと出会えますように。真実を求めて、真摯に学びと実践を続けていきたいです。

藤原里美


『ヴィヴェーカーナンダの生涯』イラストシリーズ④

1893年5月31日、インドのボンベイから出港したヴィヴェーカーナンダは、コロンボ・シンガポール・広東・大阪・京都・東京などに途中寄港した後、横浜から太平洋を渡ってバンクーバーに到着し、そこから宗教会議の開催地であるシカゴへ汽車で向かいました。
7月終わりにシカゴに到着し、宗教会議について問い合わせをすると、開催が9月まで延期されたことや、然るべき団体からの信任状がなければ代表として認められず、また代表として登録するには遅すぎることを知らされます。なんと宗教会議を勧め、アメリカ行きを手配してくれたインドの誰一人として、宗教会議の詳細については問い合わせしておらず、会議の日時や参加条件について知らなかったのです。
思いもよらない状況に直面し、異国の地で頼れる人もいませんでしたが、ヴィヴェーカーナンダが信仰を失うことはありませんでした。なぜならインド放浪時代に優しい神の摂理が加護して下さらなかったことはなかったからです。
ヴィヴェーカーナンダはこの頃、友人に書いた手紙の中でこう述べていますーー「私は聖母マリアの息子の子供達の中にいる。主イエスがお助けくださるだろう」。

9月までシカゴに滞在する所持金のなかったヴィヴェーカーナンダは、生活費の安いボストンに移ります。汽車で移動する途中、裕福な婦人と出会い、客人として招かれました。婦人は極東からの珍客を友達に見せびらかしますが、その内の一人が宗教会議の代表選考委員会の議長の友人であり、ヴィヴェーカーナンダの類い稀なる博識を認め、議長にヴィヴェーカーナンダを紹介する手紙を書きます。その後シカゴに戻りますが、不幸にも代表者委員会の住所を忘れてしまいます。人々に道を尋ねながら、空腹と疲労で歩道に座り込んだ時、窓からその様子に気付いた婦人が食事と休息を与えます。なんと彼女は宗教会議の議長と友人であり、ヴィヴェーカーナンダを紹介して、ようやく参加が決まるのです。
度重なる困難が訪れましたが、手を差し伸べる人々と出会い、主の導きの確信を深めたヴィヴェーカーナンダは、その思し召しに値する道具にならんことを絶え間なく祈りました。

9月11日、宗教会議が開催されました。会場は7000人で埋め尽くされ、特定の宗派ではなくヴェーダの普遍宗教を代表したヴィヴェーカーナンダは、その華やかな衣、黄色のターバン、そして美しい容姿によって、壇上でも際立って人目を引きつけました。
31番目にスピーチをする順番でしたが、ヴィヴェーカーナンダは原稿を用意しておらず、大舞台での講演も初めてで緊張のあまり何度も順番を遅らせました。ついに順番が回ってきて演壇に上り、形式的な言葉をかなぐり捨てて、同胞としての素直な暖かさをもって語りかけました。

「様々な場所に源を持つ異なった川も、すべて海で溶け合って一つになる。主よ、同様に様々な性質によって人々が歩む異なった道も、曲がったり、まっすぐだったり、様々に見えながら、すべてあなたへと導かれる道なのです」

聴衆は深く心を動かされ、たちまち数千の人々が立ち上がって拍手が沸き起こりました。全ての聴衆がこの宗教の調和のメッセージを辛抱強く待っていたかのようでした。
インドの名もなき若き僧侶は、一晩にして著名人になりました。シカゴの街には等身大の肖像画が貼られ、新聞にスピーチが掲載されました。またインドの雑誌や新聞にもその活躍が紹介され、祖国の人々の心を誇りで満たしました。

誰一人知り合いがいない異国の地で、目的である宗教会議の参加の見通しが立たず、所持金も足りない八方塞がりの中で、ヴィヴェーカーナンダが頼れるものは本当に神だけだったと思います。その信仰を胸に行動し続ける中で導きがあり、宗教会議への参加が叶うことになりました。この信仰と行動力は、目的に向かって歩むときの理想的な姿を示してくださっていると思いました。ヴィヴェーカーナンダほどの大きな仕事や困難な状況ではなくても、あらゆる状況の中で模範にできるものだと思います。

引用・参考文献:『スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの生涯』

サルヴァーニー