ヨーガ・トークス in 東京

先日、東京特別バクティ・サンガムに触れたブログがアップされました。
バクティ・サンガムの後にはヨーガ・トークスも開催されたので、今回はそのことに触れたいと思います。

ヨーガ・トークスには、15名が参加。バクティ・サンガムの講師のミラバイさんを囲み、午前中に開催されたバクティ・サンガムの感想を話すことから会が始まりました。
ミラバイさんと共に座っているだけで、そのプラーナに触れて心が安定するような感じがしました。

ミラバイさんは一人一人の話を真剣に聴かれていました。

発心が揺らぐ場合はどうすればいいのかという質問に対しては、何度も立ち返ることで発心が強くなっていく、と答えられていました。
ヨーガに生きようと覚悟して実践しても、ヨーガではないことをついやってしまう、という悩みに対しては、ヨーガは〇〇をしてはいけない、と制限しているわけではないけれど、それに執着していないかどうかが大切、と話されました。
質問した人はミラバイさんの言葉を聴いてすっきりした表情になったり、笑顔になったり、それは師の元でサットサンガに参加しているのと全く同じでした。ヨーガを学び始めたばかりの人も、久しぶりにヨーガに触れた人にも、それぞれに感じるものがあったかと思います。

私が一番印象に残ったのは、師についてミラバイさんが語られたことです。

グルバイの1人が師のことを話しました。
師がお隠れになった翌月の弟子のサットサンガで、最後にストートラムを歌った時、人の姿をとられたヨギさんにストートラムを捧げることができたことが、いかに吉祥なことであったかを思い知ったと同時に、絶望感、喪失感に苛まれた。

話を聴き終えた後、ミラバイさんはこう仰いました。

師は「存在」という言葉をよく使われた。
存在とは、あったりなかったりするものではない。
目に見えていても見えなくても、確かにあるものを存在という。
師は、真実の存在そのものだった。ということは、師のお姿が見えなくなったから、師は存在しなくなった、とは言えない。
私たちはまだ本当の師を知らないと思う。いつか本当の意味で、師にお会いできるようになりたい。そして私たちが今できることは、師の存在と教えを残して、一人でも多くの方に伝えていくということ、そのために自分ができることを行為していきたい。

一言一言を丁寧に語ってくださる声は、耳から入ってきているのだけれど、直接胸の中に響いてくるようでした。
そしてその目は、真っ直ぐ師を見つめられているように感じられました。
話の内容だけでなく、ミラバイさんの身体全体から力強く伝わってくるものがあり、私もそうありたいと強く憧れる思いが溢れ出てきました。

自分の中にも確かにある真実の存在を信じ、真っ直ぐに師だけを見て、師の教えを生きていきたい、と決意を新たにしました。

 みんな良い笑顔!  

 ハルシャニー  


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