「ブラヨーヘイ」vol.2 松山編

お盆も明けましたが、皆さんはどのように過ごされましたか?
僕は実家の愛媛松山に帰省していました🏃
ということで、今回の『ブラヨーヘイ』は愛媛の松山編です〜😎

道後温泉

松山といえば道後温泉が有名ですが、実は「野球王国」といわれるほど、野球が盛んな地域です⚾️
特に松山商業高校は、甲子園で春夏通じて7度の全国制覇をしている名門で、決勝の舞台では高校野球史に残る伝説の試合をしています。
その一つは、1969年夏の大会での三沢戦。延長18回0ー0の末、高校野球史上初の決勝引き分け再試合になり、翌日の試合で松山商業が優勝をしました。
show_img.phpもう一つは、記憶に新しい1996年夏の大会での熊本工業戦。同点の10回裏、松山商業はワンアウト満塁の絶体絶命のピンチで、ライトに飛距離十分の犠牲フライが飛び、誰もが熊本工業のサヨナラ勝ちを確信した瞬間、代わったばかりのライト矢野選手が「これしかない」というバックホームをしてタッチアウト。そして次の延長11回に松山商業が勝ち越して優勝を決めました。この試合は今でも「奇跡のバックホーム」として語り継がれています。

僕は最近、高校野球好きのA君と、ライト矢野選手が当時を振り返ったインタヴュー映像をYouTubeで見る機会がありました。そのインタビューで矢野選手は、「自分でも考えたらゾッとするような、もう2度とできないプレー」と謙虚に話していましたが、あのバックホームの影にあった「毎日の練習」についても語っていました。その練習とは内野、レフト、センターの守備、そして最後にライトの矢野選手のバックホームが決まったら練習が終了するというものでした。矢野選手は自分のバックホームが決まらないと練習が終わらないので、いつも仲間からのプレッシャーを感じながら練習に取り組んでいたそうです。

夢に見た甲子園の決勝の大舞台、矢野選手は試合に出たくてしょうがなかったそうですが、10回裏ワンアウト満塁の時、沢田監督はライトに矢野選手を投入、その代わった途端の一球目、矢野選手のところに犠牲フライが飛び、バックホームでタッチアウト。そして次の回、先頭打者の矢野選手は初球をヒットし、それがチームの優勝へとつながりました。
たった一球で試合の流れを大きく変えた矢野選手のプレーですが、矢野選手自身は「私がしたプレーではあるんですけれど、みんなと共に練習してきた成果が、あの場面で最高のプレーとなって出たのかなと思います」と当時を振り返っていました。                    松山商業高校のグラウンドのベンチには、「千日の鍛錬 一瞬の業」という言葉が記されています。あの「奇跡のバックホーム」は本当に奇跡的ではあったけれど、チームメイトとの三年間の努力の日々があったからこそのプレーだと知り、感動しました😭

矢野選手

バックホームを決め、大喜びでベンチに戻る矢野選手。

※A君と見た動画とは違うものですが、「奇跡のバックホーム」についての特集番組。44分と長いですが、興味がある人は見てください。⇒https://www.youtube.com/watch?v=jCn2Y-2PtZs

正岡子規

道後温泉近くにある正岡子規の銅像

また、A君と見たこのYouTubeには、1969年の対三沢戦の松山商業のスコアラー大野さんのインタヴューもありました。大野さんは野球の歴史などを勉強するにつれ、「正岡子規さんが愛媛県へいち早く野球をもって帰ってくれたことで、愛媛の野球が進歩したのでは――その伝統の強さで優勝できたと今になって思う」と語っていました。実はこの松山、「野球王国」であるとともに「俳句王国」でもあります。その影響には松山出身の正岡子規の存在があります。正岡子規は明治時代に活躍した俳人で、夏目漱石とも親交の深かった人物。この正岡子規は、当時日本に入ってきて間もない野球をこよなく愛し、「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」など今も使われている野球用語は正岡子規が訳したものだそうです😵

ヨーガも四、五千年の伝統をもっているといわれています。聖典『ヨーガ・スートラ』には、「それ、本当なの!?」というヨーガ行者たちが体験した奇跡の数々が記されているのですが、最終境地に至るには「修習」という繰り返しの実践が必須であると教えられています。ヨーガの目的は「心の働きの止滅」――ニルヴィカルパ・サマーディという悟りの境地に至ることです。ヨーガ行者はその「一瞬の業」にすべてを懸け、千日、一万日、一生と修行を重ねます。悟りと聞くとどこか遠く、夢物語のようで奇跡的な感じもしますが、奇跡のバックホームの背景を知って、その成就には毎日の地道な努力が本当に大切であると改めて思いました。

河野さん

最後になりましたが今回、カメラマンとして同行してくださったのは、愛媛のグルバイ(仲間)の河野さんです。河野さんとは松山の特別瞑想クラスやサットサンガなどで何度かお目にかかっていましたが、お話ししたのは初めてでした。河野さんは大学生の頃からキリスト教の教会に通っていたそうで、ある時から足が遠のき、そのような頃に松山ヨーガ・サークルのヨーガに出会ったそうです。河野さんはクラスに行くと毎回、「心が落ち着き、すべてから解放される」とおっしゃっていました。そして何より印象に残ったのは、松山ヨーガ・サークルのグルバイについて話しをするその表情がとても輝いていたことで、ヨーガの仲間のことが本当に好きなんだなと感じました😁

このお盆の帰省は、ヨーガのチームメイトがいる歓びを改めて実感した有意義なものでした〜😇

◎オマケのコーナー◎
お盆休みで帰省していましたが、ヨーガ行者に休みはありません。アーサナ・瞑想後、母とのやり取りで気付いたことを俳句にしてみました✒️

「『煩(うるさ)いね』 言われて気付く 蝉の声」

どうですか、ヨーガの深まりが感じられる一句ではないでしょうか(笑)?

飯尾洋平


「ブラヨーヘイ」vol.2 松山編」への3件のフィードバック

  1. 國友 司

    “めい想で脳を改善”「新瞑想法」 集中から気づき「マイルドフルネス」と呼ばれています。東洋で生まれて発展してきた瞑想法が今、宗教性を排除して生まれ変わり注目されています。 仕事の効率がアップされると、多くの大企業(グーグル、フォード、ヤフー、他)社内研修に取り入れている。そして、うつ病の治療にも役立つといわれ、英国では医療にも使用されています。脳の前頭葉、dlpfoが変化し遺伝性も変わるそうです。8月21日NHKEテレより。

    返信
  2. キンカラ

    『ブラヨーヘイ』
    どんなふうになるかと思ってましたが、
    面白いです!
    俳句も、さすが子規の国の人ですね。
    次も楽しみにしています

    返信
    1. 飯尾 洋平 投稿作成者

      キンカラさん、嬉しいご感想をお寄せていただき、本当にありがとうございます!
      先ほど、「ブラヨーヘイ」vol.3をアップしました!
      今回から3回にわたって、舞台は四条河原町です。
      楽しんでいただけたら、幸いです

      返信

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