呼吸を調律する

呼吸の調律

——アーサナで大切なことは、吐く息を長く、お腹が空っぽになるまで吐き出すと教えていただいてから、一所懸命刺激を与えるより、息を深くすることを大切にしています。それでよろしいですか?

確かにアーサナが作られる形態の深さは、できるだけ自分が作れるところまでもっていきますけれども、そこで必要以上に刺激とか緊張感があるとかえって邪魔になります。だから微妙なところでちょっと戻すぐらいの余裕があった方がいいです。それでアーサナは教えられる理想的な形を作って、あとはできるだけ呼吸を制御していきます。アーサナという窮屈な姿勢の中では、本当は呼吸の出入りがない方が、むしろ呼吸がなくなって身体の中が空っぽになっている方が楽に維持できるのです。でも呼吸が入ってくるからしんどさとか痛みを感じてしまう。これは止むを得ないのですけれども、しかしできるだけ吐く息を完全に吐き出すようにして、長く吐く息の呼吸で調律していくようにします。そうすると慣れてくるにしたがって呼吸の回数が減って、一回ずつの呼吸の作用が非常に深くなるということもあります。それからもう一つは、吐き出された後に直ぐに呼吸が入ってくるということではなく、自然のクンバカ、無呼吸の状態が生まれることになります。本当のアーサナの狙いはここにあると思われます。それだけ呼吸作用が変化してくるのです。だからそのためにも呼吸を長く吐き出すということだけを気を付けていけばいいです。           

『マハーヨーギーの真理のことば』第6章より

『マハーヨーギーの真理のことば』には、今回ご紹介した「呼吸の調律」の他にもたくさんの教えが掲載されています

私は毎日アーサナを行うようになってから、息を長く吐ききれるようになっていきました。一呼吸を長く保持できるようになると、形も深めやすくなり、苦手な形でも息が上がらなくなりました。ただ、クラスで教わっている「息を吐ききった後に無呼吸の状態が生まれる」というのがどういう状態なのかよく分かりませんでした。試しに吐ききった後に息を止めてみたけれど、かえって力が入る感じでなんか違う。とにかくどの形でもさらに長く吐ききれるようにやってみよう、と実践を続けていたある日、初めて無呼吸の状態を体験しました。
ひと通りのアーサナを終えて、最後にヨーガ・ムドラー・アーサナで息を吐ききった後、吸う息が入ってきていないことに気付きました。初めてのことに驚き、その瞬間に苦しい気がしてきて慌てて息を吸ってしまいました。初めての無呼吸状態はあっという間に終わってしまいましたが、その後、他のアーサナをしている時にも吐ききった後にしばらく吸う息が入ってこない状態になりました。何度か繰り返すうちに、無呼吸によって身体の中が空っぽになっている方が形を維持するのが楽になることを実感しました。

東京中野クラス

無呼吸の状態では、アーサナによって伸ばされた筋肉などの痛みが気にならなくなります。体がなくなっていくような感じになることもあります。これは呼吸の停止によって心の働きも停止するからです。
吸う息が入ってくると再び痛みを感じますが、それは呼吸の再開によって心の働きも再開するから。
体の痛みや違和感は脊髄や脳の神経を介しての反応ですが、心の働きが活発だとより強く痛みを感じることがあります。反対に心の働きが落ち着いていると、痛みを感じにくくなることがあります。喜怒哀楽の感情も、心の働き方によって大きく影響を受けます。

できる限り長く吐ききることを繰り返していくことで、無呼吸の状態が長くなると、心の働きが止まる時間も増えます。日々さまざまな出来事が起きても、悩みが生じても、心がそれに囚われる時間が少なくなっていきます。
それは心が透明になっていくような感じで、心身ともに軽やかに過ごせるようになります。
心の状態は日常の行為に反映されるので、自分自身に対しても、周りにいる人たちに対しても、これまで以上に大切に思って穏やかに優しく接することができるようになります。

このように、呼吸の調律をしていくことでさまざまな良い変化が起こりますが、速やかに変化していくにはアーサナをするのが一番近道です。
前回のブログで、アーサナ中に息を吐ききるのが難しい場合は、日常の中で息を吐ききる練習することをおすすめしましたが、もし吐ききる感覚が掴めたなら、今一度アーサナの中で息を吐ききってみましょう。吐くことに慣れるほどに、力みなくアーサナの形を保持できるようになります。アーサナしなくちゃ、ではなく、アーサナしよう、と思えるようになるはずです。
でも自分にはハードルが高い、と思った方、まずは今日、一つでもいいのでやってみてください。千里の道も一歩から。その一歩を繰り返していくことで、誰にも必ず良い変化が訪れます。

京都クラス
呼吸が深く調えられると、瞑想に座りやすくなります

ハルシャニー

 


ヨーガでつながる大きな家族!

5月から6月にかけて約3週間、自宅を離れて旅をしてきました。といっても、大げさなものではありません😄
今年3月末、私が勤めていた小さな保育園が閉園となりました。これを機に、今の私に必要なこと、そしてこれまでずっとやりたいと思いながら先送りにしていたことを実行することにしたのです。
今回の一番の目的は、大阪の実家で一人暮らしをしている高齢の母の今後の暮らしについて、本人と一緒にゆっくり考えること。こうした話には、やはり時間が必要です。
そして、せっかく大阪に滞在するなら京都のヨーガの仲間に会ってゆっくり話をしたい。昨年オープンした「リーラー・ヨーガ・スタジオ」のクラスにもぜひ参加したい。さらに、どうせ東京―大阪間を移動するなら、途中下車して静岡に住むヨーガの仲間のお家にも立ち寄りたい――。
そんな思いから、事前にある程度計画を立てて出発しました。
今日は今回の旅の中で、ヨーガでつながるご縁の深さをあらためて感じた出来事を、たくさんの写真とともにご紹介したいと思います!

●5月15日(木)

シャチーさんとマードゥリーさんに会いにマハーヨーギー・ミッションの「プレーマ・アーシュラマ」へ!
お二人ともお忙しい中、温かく迎えて下さり久しぶりにゆっくりとお話させていただくことができました。そして、すぐ近くの御室仁和寺へ散歩にも誘って下さり、5月の美しい新緑を3人で楽しみました!

プレーマ・アーシュラマ

2階からの景色。アトリエでは何やら制作中…内緒☺︎

そして、夜は念願のリーラー・ヨーガ・スタジオのクラスに参加させていただきました!
とても雰囲気のある夜のスタジオに、担当のサルヴァーニーさんの穏やかな声が心地よく響き、だんだんと呼吸が深くなっていくのを感じました。

“静謐”という言葉がぴったりな金曜の夜の「ヨーガ・瞑想クラス」

遠方から来るグルバイ(ヨーガの仲間)のために、スタジオで宿泊できるようにしてくださっているのですが、私は今回二泊させていただきました。清々しいプラーナに満ちた空間で、一人静寂に包まれる時間――。東京で家族と一緒に暮らす私にとって大変貴重な体験ができました。

●5月16日(土)

スタジオで爽やかな朝を迎えました。クラスが始まる前にスタジオのお掃除をさせていただくことに。その日の空と同じようにスッキリ晴れやかな気持ちになりました!
そして午前中は、とても楽しみにしていた「瞑想クラス」に参加しました。
スタジオができてから瞑想を始めたという方もおられ、とても熱心に瞑想に取り組まれていることが伝わってきました。私も負けじとしっかり瞑想に座りました。

なんて気持ちがいい朝でしょう!

担当のゴーパーラさんがとても分かりやすくお話をしてくださいました。

そして、瞑想クラスの後、長年マハーヨーギー・ミッションのヨーガの料理クラス「さまらさの台所」を担当されているサラニーさんのお家におじゃまさせていただきました。
実は、以前からサラニーさんと一度ゆっくりとお話をさせていただきたいと思っていた私は、今回お願いをしてわざわざ時間を作っていただいたのでした😆
ワクワクしながらお家にうかがうと、そこで私を出迎えてくれたのはなんとサラニーさんお手製のさまらさランチ!感激。
心のこもった美味しいお料理をいただきながら、時間が経つのも忘れるほど楽しい時間を過ごさせていただきました!!

サラニーさんの温かいお心遣いがこもった見た目も美しいお料理。イチゴのデザート付き🍓

この日は、そのままマハーヨーギー・ミッションの庵「ヨーガ・ヴィハーラ」へおじゃましました。ここでも庵主のサティヤーさんが温かく迎えてくださり、時間のない中、美味しい夕食を準備してくださっていました。もう感謝しかありません。夕食をごちそうになりながら、師のお話をうかがって泣いたり笑ったりしているうちにあっという間に時間が過ぎ、名残惜しい気持ちでヨーガ・ヴィハーラを後にしました。

サティヤーさんも「さまらさの台所」を長年担当されているお一人。ひよこ豆がたっぷり入ったカレーは絶品!

●5月17日(日)

この日の午前中はシャチーさんが担当されている「ヨーガ・瞑想クラス」に参加。
シャチーさんがとても丁寧に指導されていて、まだ年数が浅い方から長く続けられている方まで、皆さんとても集中されていました。素晴らしい!

そして、この日の午後からは「リーラー・ヨーガ・スタジオ」の1周年記念イベントがありました!
ご近所の方から遠方の方まで、たくさんの方が訪れ、スタジオは終始にぎやかな雰囲気に包まれていました。
会場には手作りの焼き菓子や飲み物が並ぶカフェコーナーが設けられ、「真理のことばの栞」のワークショップ、お茶を飲みながらヨーガについて語り合う時間、瞑想体験やインドの讃美歌キールタンの体験など、盛りだくさんの内容でした。
私も初めてお会いする方々とお菓子をいただきながらヨーガの話に花を咲かせたり、真剣に栞づくりに取り組んだりと、楽しい時間を過ごしました。
また、さまざまな方のお話をうかがう中で、それぞれがヨーガとの出会いを大切にしながら日々実践を続けておられることが伝わってきて、とても印象深いひとときとなりました。

●5月31日(日)~6月2日(火)

実家での滞在を終え、東京へ戻る前に、静岡県に住むヨーガの仲間のひとみさんのお宅に立ち寄らせていただきました。
ここでも私は、ご夫妻に本当に温かく迎えていただきました。
海が大好きな私のために、夕日が美しい時間に近くの海へ案内してくださったり、静岡の景勝地である日本平や三保の松原にも連れて行ってくださいました。
そして何より驚いたのは、お料理が得意なご主人けんじさんによる手作りのパスタ。その美味しさにすっかり感激してしまいました。
滞在中は一緒に瞑想をしたり、ヨーガの教えについて語り合ったりと、時間がいくらあっても足りないほど楽しく充実した時間を過ごしました。
同じ教えを学ぶ仲間だからこそ分かち合えるものがあり、改めてグルバイのありがたさを感じたひとときでした。

今回の京都と静岡での滞在は、私にとって本当に豊かな時間となりました。
皆さんのおかげで、心から楽しく幸せな時間を過ごすことができただけでなく、大切なことを改めて学ばせていただきました。

他者を大切に思うこと。
相手の喜びを願って行為すること。
「今ここ」に意識を集中すること。

皆さん、公私ともに忙しい日々を送られているにもかかわらず、それを少しも感じさせませんでした。むしろ、目の前の人のために自然に心を配り、惜しみなく時間と労力を注がれていました。その姿に触れるたびに、私は師シュリー・マハーヨーギーのことを思い出していました。師から学んだものが、それぞれの人の中で生きた形となって表れているように感じられたのです。「私もこうありたい!」感謝の思いとともにまたそう強く心に誓いました。
また、京都のスタジオでは、初めてお会いした方々とヨーガを通して自然に語り合い、楽しい時間を過ごすことができたことをとても嬉しく思いました。
ヨーガは人と人を結び、人生を豊かにしてくれるものでもあることを改めて実感しました。
どこにいても、離れていても、ヨーガを通してつながる人がいる。それは私にとって大きな喜びです。
これからも、この温かなつながりがもっともっと広がって、多くの人が共に学び、共に歩むことのできる大きな家族のような輪となっていきますように。
皆さま、本当にありがとうございました!

師シュリー・マハーヨーギーの御生家「マハーヨーギー・ミッション・アーシュラマ」

シャルミニー


第3回「ヨーガを生きる秘訣」が松山で開催されました!

昨年末の12月から始まった「ヨーガを生きる秘訣」の講座ですが、4回シリーズのうちの3回目が、6月13日(土)14日(日)に開催されました。

1日目は「アーサナの秘義」午前・午後とも14名ずつの参加がありました。松山だけでなく、今治や四国中央市、また大阪など、遠方からも参加していただきました。
今回のアーサナは「マッチャ・アーサナ」「マッチェーンドーラ・アーサナ」「バッダコーナ・アーサナ」「ヨーガムドラー・アーサナ」と、それぞれのバリエーションも学んでいきました。
長年ヨギさんの下で直にアーサナを学んでこられたシャーンティマイーさんから直接学べる貴重なこの機会を本当に楽しみに待っていました!みなさんの学ぶ姿勢は真剣そのもの。そして、新しい発見があり、楽しくて軽快で、喜びにあふれた時間でした。

みなさんの感想がとても素晴らしかったので、その一部ですが、ご紹介させていただきます。

・一つのポーズの中で、もう少しもう少し奥へ入る。アーサナが面白くなり、自分自身の奥へ入っていける、可能性がいっぱい!
・いつも同じアーサナをやっているつもりでいたけど、心身の状態などを加味すれば、1つとして同じものはないことを学びました。実際講座を受けると、必ずと言っていいほど新鮮な体感を得ます。普段のアーサナでも惰性を排して、毎回、毎ポーズ、毎呼吸、新たな気持ちで取り組めるよう努めたい。
・少しのアーサナでも十分にアーサナをした充実感があった。(身・口・意の一致という教えがあるが)、アーサナにおいての「身」はポーズ、「口」は呼吸、「意」は心だと思う。これはアーサナの基本であり、それを身につけていくことでアーサナと心は一変すると思った。
・バッダコーナ・アーサナの時に「首の力を抜いて」と指導していただいて、身体の力みをとることができた。今まで気づいていなかったので、本当に嬉しかった。
・自分にはパドマ・アーサナはできないと諦めていたが、シャーンティマイーさんのアドバイスを聞いてなんとか組むことができ、パドマ・アーサナでの姿勢の堅固さに驚いた。
・足の位置を言われた通りのところに置くだけでプラーナが変わったのを感じた。マッチェーンドーラ・アーサナがやりやすくなった。
・質問に対してのお答えはとても理にかなったもので、これまでの迷い疑問がクリアになりました。
・シャーンティマイーさんのお話はとてもわかりやすく、お会いしてお話を聞くだけで活力が湧いてきて、とにかく元気になります。
・今回シャーンティマイーさんのアーサナのお話を聞いて、自分が力ずくでアーサナのポーズをとろうと必死になっていたことに気づきました。それが仕事や日常生活でも力ずくで強引に物事を動かそうとしていたことにも気づき、アーサナと繋がっているのだなあと感じました。力むことなく呼吸と共に身体を動かしていく、改めて呼吸を意識してやっていこうと思いました。

講座の後には、発刊された『ヨーガ・ディピカー』の話題になり、すでに読んだ方からの声も聞くことができました。

「わかりやすい言葉で書かれていて、自分が頭で理解していること、体験していることを整理することができた。自分を振り返ることができ、とても良かった。
先輩たちは、すごい修行をしているんじゃないかと思っていたが、一社会人としてヨーガにご縁がありヨーガを行じておられる。そういうところは自分と変わらないし、共感できることもたくさんあった。また、見習わなきゃ!と思うところもあり、ヨーガへの熱意は見習いたいなと思いました。
そして、すごく感じたのは、自分ができているとか、そう言った思いは本当に必要ないんだ、逆に持ってはいけないかなって思いました」

この冊子には、ヨギさんの教えを生きる弟子たちの等身大の姿があり、とても身近でいて奥の深い内容となっていると感じます。今回の講座とも関連した内容で、この冊子の話題を通して、より学びが深まったと感じています。

さて、2日目の「ヨーガの料理」は14名の参加がありました。
メニューは、「初夏の一膳」として、ひじきご飯、蒸し野菜と冷奴(中華風ドレッシングを添えて)、きゅうりのお漬物、焼き油揚げと季節の野菜のぬた和え、です。
ひじきご飯は、乾燥したままのひじきと少しのお醤油を入れて炊くだけ。「えっ!?それだけでいいの?」いつものことながら新鮮な驚きから始まります。
蒸し野菜は、じゃがいも、キャベツ、もやし。キャベツは芯の部分と葉の部分を切り分けて、葉の部分は蒸し野菜として、芯の部分はぬた和えに。芯の部分も立派な一品になることに目から鱗で、素材を大切にするヨーガの知恵を学びました。
キャベツの葉は、蒸しあがったら、くるクルッと巻いて切り分けるという工夫も教わりました。盛り付けた時に美しく、そして食べやすい。新玉ねぎと身近な調味料で作ることができるドレッシングは、手軽でとても味わい深く、お野菜やお豆腐を引き立てます。
どのお料理も、シンプルな調理法で、素材のおいしさを引き立て、また、丁寧に一つ一つのことに向き合うことは、お料理だけでなく、日常のあらゆる行為にも繋がる学びとなりました。
「ヨーガ行者は地上における最も優しき者ともいわれる。空気や水、土にまでも優しさを持って接する。なぜならそれらも全てがアートマンだから」というヨーギーの生き方を、ヨギさんの言葉から改めて学び、そこに想いを馳せることができ、優しい気持ちや喜び、感謝の気持ちがおのずと湧き上がってくる時間となりました。

参加の方からは、
「素晴らしい行為、お仕事を自然体でなされているお姿に、今回も感嘆いたしました。非常に美味しく、元気をいただきました」
「シャーンティマイーさんの、野菜も人と同じように大切に扱う心が、お料理に現れているように感じました」
「ひとつひとつの動作が気負いなく、なおメリハリのある何気ない行為がとても参考になります」
「食材に対しても心を込めて向きあうことの大切さを、今回も教えていただきました」
「お料理を通して真理を学んでいると心から感じています」
「とても簡単に作れるメニューで嬉しかった。元気になれました!」
「初めての参加でしたが、ずっと和やかで、リラックスして参加することができました。学んだお料理はすぐにでも作りたくなるものでした」
「ちょっとした工夫やタイミングで料理が変わることを学びました。一つひとつ確認しながら、ちょっとした手間やタイミングを意識するのは、アーサナとの共通点もあるなあと思いました」

この講座も次回の9月が最終回となります。
それまで、今回学んだことを各自実践していきましょう!
アーサナの秘義のフォロークラスも毎週土曜日に行なっています。一緒に復習しながら学んでいくクラスです。こちらも是非ご参加ください。

アミティ


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ㉓

今月は、『Paramahamsa』No.130の表紙絵をご紹介します。
絵を描かれたのはMYM台湾のグルバイ、ラーダーさんです。当時のお気持ちとともにお届けします。

「神様からたくさんたくさん恩恵をいただいて、感謝の気持ちで胸がいっぱいです。
自分のすべてを神様に捧げられるように、いつもそう思います。謙虚に敬虔に、神様の足下に礼拝いたします。このような思いをもって描きました」 

パラマハンサ編集部


ヨーガとインド神話~PREMA(真の愛)『ギータ・ゴーヴィンダ』②

前回は『ギータ・ゴーヴィンダ』の背景やバクティ・ヨーガとの関係について、簡単にご紹介しました。
この作品は芸術性が高いとされる一方で難解であるともいわれ、古くからさまざまな解釈がなされてきました。
私たちの師シュリー・マハーヨーギーは、この作品についても多くの示唆に富む教えを残されています。
そこで、『マハーヨーギーの真理のことば』をもとに、その教えをご紹介しながら理解を深めていきたいと思います。

師シュリー・マハーヨーギーが語られた全記録から編纂したヨーガの決定版『マハーヨーギーの真理のことば』

師は物語のあらすじを次のように説明されています。

かいつまんでそれをお話しすると、クリシュナがまだ王になる前―『バガヴァッド・ギーター』は彼が王として後に戦いの中で教えられた説法なのですけれど―少年から青年時代についてのエピソードなのですね。クリシュナは、ヴリンダーヴァンという森の中で牛飼いの仲間たちの中で育つわけです。そこで一人の女性、ラーダーと恋をして、その二人の思いがその詩の中に繰り広げられています。物語はクリシュナとラーダーの出会いから、その恋が急速に発展していって二人は結ばれて、そして至福の時を過ごす。しかしやがてクリシュナが他の女性の元に遊びに行ったり、ラーダーが取り残されるかたちで、ラーダーは悶々とした時を過ごしていきます。その時からラーダーの気持ちというのが、クリシュナと一緒にいた時にも増してクリシュナのことを思うようになり、次第次第に心が張り裂け、気が狂うかの如く衰弱していき、とうとう倒れてしまうというところにまでいきます。そんな様子をラーダーの友人がクリシュナに伝え、そしてクリシュナはラーダーの元に戻り、後はハッピーエンドとなってその詩は終わります。〈第十一章/真の愛 第三節/甘美な愛 「ギータ・ゴーヴィンダ」―愛の詩より抜粋〉

私自身、『ギータ・ゴーヴィンダ』を初めて読んだとき、その意図がよく分からず戸惑いました。そこで、改めて注釈と照らし合わせながら時間をかけて味わうように読み進めました。
そうして読み重ねるうちに詩全体に流れる独特のムード――鮮やかな色彩、濃密な甘い花々の香りと濃厚な蜜の味わい、この上ない美しさと神々しさ――を感じられるようになり、情景が自然と心に浮かぶようになっていきました。そして気がつけば『ギータ・ゴーヴィンダ』の世界に深く引き込まれていたのです。

クリシュナとラーダーと女友達(カングラ派のミニアチュール)。女友達が二人の仲を取りもっています。

『ギータ・ゴーヴィンダ』の魅力の一つは、この作品に触れることで何かを頭で理解するのではなく、体験することだと感じています。師もこの作品を「味わってください」とおっしゃっていました。神の愛そのものであるプレーマは言葉を超えたところにあり、それは真理と同じく体験することしかできない。物語の中でクリシュナとラーダーの愛の揺らぎや高まりに触れていくうちに、その片鱗が言葉を超えて伝わってくるのだと思います。真の愛をまだ理解できなくても、蜜の甘い香りに蜂が群がるように、私たちの魂はそこに惹きつけられるのです。なぜなら、それが人の本質だからです。

そして、師の教えはさらにその先を示してくれました。

ヴリンダーヴァンの森の中で繰り返される官能的な愛の交歓は、クリシュナと牧女ラーダーの愛をこの上なく甘美なものにした。そしてクリシュナの移り気と此細なことから生じたラーダーの戸惑いと行き違い…分かたれた愛の苦しみは狂おしく燃え上がり、ラーダーの体と心を衰弱させる。愛人(ラーダー)は想いに夢中になり、それから起き、彷徨い歩き、到る処に愛する者の顔を見つめ続け、おびただしく泪を流し、笑う。そして愛の充満の中、全ての意識が失われ(心が止滅し)、プレーマ(真の愛)だけが存在する。

神への愛は止め処なく狂おしいまでに昇華していく。神の愛人は愛する一者に自らの全てを捧げることを熱望し、もはや解脱も望まず、それどころか喜んで他者の苦しみを引き受けようとするのである。愛ゆえの献身行為――高貴な真の愛(プレーマ)バクティ・ヨーガと、この上なく尊い自己犠牲カルマ・ヨーガの極致と理想がここに見られる。〈ヨーガ・サーラ(ヨーガの本質)より抜粋〉

※カルマ・ヨーガ/他者への献身奉仕よって至福(神)に至る道。

甘美な神の至福に浸ることに満足し、そこに留まることがゴールではない。他ならぬ愛する神の顕れである他者への「愛ゆえの献身奉仕」という究極の理想を示してくださったのです。

また、師は「愛においてはなんの勉強も修行も要らない。ただ愛することだけ。そしてそれだけがもっともっと大きく大きく育っていけばいい」と言われています。
『ギータ・ゴーヴィンダ』は、その究極の境地を美しい「詩」で表現されたものだと思います。
理想ははるか遠くに感じられるかもしれません。ですが、私はシュリー・マハーヨーギーのお姿にその理想を見ました。
理想に向かって行為することは誰にでもできます。毎日の小さな行為の中で、神への愛はだんだん大きく育っていくのだと思います。そしてその歩みを神が知らないはずはありません。

世界はいつの時代も混沌としています。ですが私たちは一人一人の日常の中で、目の前の他者への行為をバクティとすることができます。その愛がやがて大きく育ちプレーマとなりますように。どんな時もハートが神への愛だけで満たされていますように。

シャルミニー


瞑想専科「真理のことばに瞑想する」を振り返って

今シリーズの瞑想専科が先月終了しました。
毎月1回、全国各地の方(ヨーガと出会って2、3年の方から熟練者の方まで)がオンラインで集っていたのですが、この1年は、『マハーヨーギーの真理のことば』(師と弟子の問答の記録から編集された書籍)の中から、受講される方にご自身がされた質問の答えや、課題とする教えを選んでいただき、熟考・瞑想し、また日々の実践を行ない、体感したことを話していただくという参加型の取り組みを行ないました。
前回(2023年6月〜)と併せると、2年半皆さんとともに学び、師であるヨギさんの教えの本質に迫ってきたことになります。頭での理解を超えて、真理の教えそのものに成れるよう、互いに切磋琢磨し、体験を分かち合う貴重な時間になったと思います。

実践談を担当した方からは、取り組んだ期間、もがきながらも、なんとか掴もうと真剣に向き合う中で、何かしらの心の変化が起こったことが伝わってきました。何年もかけて、直接ヨギさんからいただいた教えの真意に触れられたという方もありました。確かなものを感じ取られた皆さんの言葉はとても力強く、ハートに響きました。
また受講された皆さんからは、真理に立ち返ることができる大切な時間だったこと、仲間たちの情熱に助けられたという声が多く届いています。

ここにお二人の感想を掲載させていただきます。


ヨーガの修行において、教えをどう実践するかがとても重要だと日々感じています。自分一人で行なっていて、道に迷ってしまったように感じたり、自分はできないと思ったりしてしまうことがあります。グルバイ(仲間)の努力の姿勢や実践談はそういった時に大きな励ましとなりました。また、ヨギさんの教えを実践する上で道しるべとなりました。どこにも書いていない、大変貴重な話を聞かせていただいたと感じています。
瞑想は、目を閉じて無言で行なうものであり、個人的な体験だと思います。しかし、共通して得られる経験も多くあるのかなとコースを通して思いました。また、こうして皆で集まって、ヨギさんの教えと実践談を聞き、一緒に瞑想をすることで、いつもより集中して瞑想を行なうことができ、多くを学べたように思います。大変ありがとうございました。


動画受講ができたことで、大変な状況だった時もみんなの言葉や姿を見て、とても力をいただいた。自分に課題があったことは、タイミング的に課題を受けることが困難に感じたが、課題内容そのものが断ったり逃げるのはありえないという内容だったので、ヨギさんからの強烈な厳しさと愛を感じた。それがあったから乗り越えられたと思う。今もそれは続いている。
また、昨年はアーサナや呼吸法が状況的にできない時があったが、瞑想は少しの時間でもできるということや、何もできなくなった時に瞑想が自分を支え、自分の中に拠り所があるということを身をもって感じたことがあった。瞑想専科を通じてヨギさんのお導きを感じていました。本当にありがとうございました。クラスはすべて本当にヨギさんの祝福が降り注いでいるということを感じました。


新しいシリーズは9月頃に開講予定です。より瞑想を深め、真理を体得していけるクラスになるよう、ヨーガダンダさんとともに努めていきたいと思います。
またこれまでのクラスの録画を活用し、新たな配信クラスの企画も考えていますので、追ってWebサイトでご案内させていただきます。

マハーヨーギーの真理のことば

『マハーヨーギーの真理のことば』を通して、常に道に光を照らし続けてくださっているヨギさんに心から感謝を捧げます。

マードゥリー

            

 


復刻版 瑜祇(ヨーギー)Tシャツ 予約受付中!

Tシャツ多くの方から再販の希望が上がった、落款「瑜祇」がモティーフとなったTシャツ。
今回は、MYM40周年の時のシュリー・マハーヨーギーのデザインを復刻し、ロゴは50周年記念の仕様に変更しています。

Tシャツ2種類(スタンダードTシャツと生地が少し薄手のゆったりしたタイプ)とノースリーブ、カラーラインアップはトータル25色以上!!
プリント色はとっても上品なシャンパンゴールド☆をメインに、今回限定のビビットなカラーもご用意しています。

ご予約は6/19(金)まで。
皆さまからのご注文、お待ちしています!

詳しくはこちらをご覧ください。

マハーヨーギー・ミッション


MYM 50周年記念 シュリー・マハーヨーギーの仏画展

6月6日〜7月5日、京都のリーラー・ヨーガ・スタジオで「シュリー・マハーヨーギーの仏画展」を開催します🪷
シュリー・マハーヨーギーは数多くの芸術作品を残しておられますが、今回は「仏画」をテーマにした作品展になります。

仏であるブッダは、瞑想によって悟りを啓かれました。
私たちがその境地に至るには日々の修行や瞑想は必須ですが、神聖なるアート(シンボル)は心を深遠な領域に運んでくれます。
シュリー・マハーヨーギーはシンボルやイメージについて次のようにおっしゃっています。

「想念という、心が通常あれやこれやと考えたり感じたりするという部分は大きいのだけれども、そういった想念がどこから生まれてくるかといえば、それはイメージなのです。イメージというぼんやりしたものが、しかし象徴的でエッセンスのようなものが、次第に具体的に形を作っていく段階に言葉になり、口から発せられたり行為として出ていったりするわけで、イメージやシンボルというものは、もっと言語よりも奥にある力というふうに見なすことができる。だから一旦そのイメージやシンボルを介して、それ(心)を制御していくことは非常に理に適っている」

神聖なイメージがシンボル化されたアートは、心の制御と大きく関わっています。
シュリー・マハーヨーギーの仏画を通して、直観的に感じられる心の静まり、慈悲や歓びを味わいながら、ぜひ作品を鑑賞していただけたらと思います。

左:「寿虎」 中央:「無一物中無尽蔵」 右:「無量寿達磨」

今回の展示では、これまであまり目にすることの少なかった「無量寿達磨」「寿虎」の作品もご覧いただけます。
クラスに参加された方は鑑賞していただけますので、ぜひこの機会にシュリー・マハーヨーギーの聖なるアートを体感してください🪷

【作品一覧】※すべて複製になります

観世音菩薩
1984年

寿虎
1986年

アーディナート(原初の師ーシヴァ)とシャクティ
1989年

無一物中無尽蔵
1993年

無量寿達磨
年代不詳

アーディナート(原初の師ーシヴァ)とシャクティ

ゴーパーラ


「来日特別公演:ニューヨークMYM サーディヤーによるアーサナデモンストレーション、Q&A」in 松山のご報告

5月9日(土)に愛媛・松山にてサーディヤーさんによるアーサナデモンストレーションが開催されました。新緑の眩しいこの季節は、かつて師が毎年松山を訪れてくださった私たちにとってかけがえのない時期です。そんな大切なタイミングで、ついにサーディヤーさんとアーナンダマーリーさんを松山にお呼びすることができました!準備期間中も何度も嬉しさが込み上げてきましたが、当日、参加者の皆さんと素晴らしい時間を共有でき、感謝で満たされています。


前半、サーディヤーさんのアーサナが始まると、会場の空気が一変しました。参加者35名がサーディヤーさんの気迫と集中の凄まじさに釘付けになり、空気までピタリと静止し、見ている私たちの瞬きや呼吸まで、静寂に向かっていくように感じました。サーディヤーさんは周りの参加者の視線は全く気にしていないことが伝わってきました。


後半の質疑応答の時、サーディヤーさんはアーサナ中の真剣な表情とは別人のように、優しく穏やかな表情になられ、皆さん、そのギャップに驚かれていました。
「ほとんど瞬きをしていませんでしたが、何を見ておられるのですか?」「内側への集中とは何でしょうか?」「集中する時、集中しようという思いの力は必要ですか?」など、絶え間なく手が挙がり熱気が充満しました。通訳をしてくださったアーナンダマーリーさんは的確に情報を補足しながら分かりやすく伝えてくださり、アーナンダマーリーさんとサーディヤーさんの途切れることのない愛と奉仕の姿がありました。


(参加者の皆さんのご感想)
・集中力と気迫の凄さに心が震えるほど感動した。
・アーサナを捧げるとは何かを感じることができた。
・今まで自分のアーサナは真剣さも集中力も全く足りてなかった。最初から最後まで途切れない集中力、呼吸や目線の重要性など、言葉で聞いていた以上のものを受け取った。また、神に捧げるということ、神に近づきたいという純粋な想いなど、ヨーガに取り組む姿勢についても学ぶことが多く、私もそうなりたいと強く思った。

私自身はサーディヤーさんが全身全霊でアーサナを捧げる純粋な姿に、これまでの真剣な思いと行為が結晶化し、生き様そのものに触れたように感じ、深く心を打たれました。また質疑応答の中で「信仰とは?」という問いにサーディヤーさんが「とにかく神に近づこうとする時間。自分というものを横に置いておいて、そこに近づこうという時間」と答えられた時、彼女の揺るぎない純粋さと真摯な在り方が真っ直ぐ伝わり涙が止まらなくなりました。

最愛の師の恩寵のもと、このような素晴らしい時間をいただき、心から感謝しております。私たちひとり一人が、今回の学びを今後の実践に生かし、ヨーガを深めていけますように。

アーナンディー


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ㉒

今月は、サルヴァーニーさんが描かれた『Paramahamsa』No.111の表紙絵を、この絵を描いた時のサルヴァーニーさんのお気持ちとともにご紹介します。

「サットサンガの始まり、ヨギさんがいらっしゃる心震えるときを思い出しながら描きました」

パラマハンサ編集部