さまらさ納涼女子会

先日、長岡京ヨーガ・瞑想クラスのさまらさ納涼女子会をしました。長岡京近隣在住の方が多いので、同じ長岡京市民である私の家に会場を設えて行ないました。もちろん料理は手作りです。

納涼会

全員で9名が参加し、さまらさパーティ・メニューを堪能しながら、ヨーガの話を楽しみました。クラスに通われている方もそんなにお互いのことはよく知らないので、自己紹介から始まったのですが、その一人一人の自己紹介からたくさんの日常でのヨーガの取り組みを伺うことができ、そしてヨーガの教えを話し合うことができて、本当に楽しかったです!

なぜヨーガのクラスに通い始めたのか・・・みんなそれぞれのその時の理由(動機)があり、それは個人的なことでもあるし、なかなか人前で積極的に話す機会もないものですが、その日はクラスでは顔なじみになってきたこともあってか、その時の自分の思いを話してくださいました。そして、今どのように仕事や生活に向き合い、その中でどのようにヨーガを取り組んでいるのかを垣間見ることができました。

私が印象的だったのは、それぞれ具体的な状況は違いますが、「この状況や苦しさを何とかしたい!」というところに共通的な動機があって、不思議な縁でヨーガ(チラシ?)に巡り会って、一筋の光明を見いだしたのだと感じました。

そして、皆さんの生活の中にヨーガの実践が根付いてきている様子を伺うことができたのが、とても嬉しかったです。特に仕事上の人間関係のトラブルの話が多かったですけど、それにどのようにヨーガの教えをもって向き合っているか、実体験を話し合って、互いにヒントになったのではないかと思います。来年からの講座でカルマ・ヨーガをやってほしいと強い要望があったことも嬉しい驚きでした!

そんなこんなで話が盛り上がり、自己紹介が終わる頃には、予定時間を大幅に過ぎていましたのでお開きになりましたが、皆さん後片付けも手伝ってくださり、あっという間に片付け終わりました。

納涼会が終わってから、何人かの方から、みんなそれぞれ違う日常を送りながら、同じように悩んだり迷ったり色々あるんだ、その中でヨーガの教えを実践していっているんだということがわかって、とてもよかったという感想をくださいました。

話に夢中になって残念ながら皆さんの写真を撮るのを忘れてしまいましたが、納涼会が始まる前の調理の様子を撮影していたので、今回はさまらさ納涼会なので、さまらさの調理の様子と完成品を掲載したいと思います。さまらさメンバーでもあるマードゥリーとサラニーが調理し、あっという間に出来上がりました。さすがさまらさという感じでした。本当に手作り感満載のさまらさらしい納涼会でした。ありがとうございました!

 

次は、男子会をやりたいなあと思いました。

サーナンダ

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バクティサンガム(キールタン)8月

昨日は京都でバクティサンガム(キールタン)がありました。20人近い方が参加され、みんなでキールタンを歌い、神へ恋する思いを高めました。大いに盛り上がりましたね〜!昨日習ったのは、「Radhe Radhe Govinda Radhe」というキールタン。ゴーヴィンダ(クリシュナ神)がヤムナー側の岸辺で、ヴリンダーヴァンの小道で、ラーダー(女神)を讃えるという内容です。まずは歌声をお聞きください。

会の中では先生のミラバイさんにより聖女ミラバイ(ミーラー・バーイ)の生きざまが紹介されます。(同じ名前なのでややこしいですね〜 😯 )ミラバイは今から500年ほど前のインドの聖女で、クリシュナ神を愛し、神とともに生きた偉大なバクタ(神を親愛するもの)です。彼女の生きざまに触れることで、どのように神を思い、神に語りかけ、神に触れてきたのか、その手がかりを知ることができます。

今回紹介してくださったのは、ミラバイ(ミーラー・バーイ)が嫁いでからのお話で、全てを神の思し召しとして、どんな状況にも動じない姿を話して聞かせてくれました。
(詳しい内容が知りたい方はhttp://sakti.jpの偉大な詩人たちをご覧ください。)

お話って文字で見るより、語ってもらうことで心にダイレクトに入ってきます。ミラバイさん(現代の方)がまるで古のミラバイ(ミーラー・バーイ)と重なり合います。(名前も同じだし)最後には詩を紹介してくれました 😀

次回は10月2日(金)大阪、京都25日(日)に開催されます。ぜひお越し下さい!


その環境に適した人間に生まれ変わる

仕事の帰り、オッチャンに道を聞かれた。オッチャンの一言二言で、その人が関西人であることが分かり、「ごめんなさい。私も関西人なんで分からないです」と言った。オッチャンはまるで相方を見つけたように嬉しそうに目を輝かせて話し始めた。「そうか、関西から来たんか。ここら辺の人はどうや?」と聞いてくるので、「皆いい人ですよ」と答えた。

それを聞いたオッチャンは、「ふーん」と何か言いたげな様子だった。除染の仕事のためにやって来て、浪江は線量が高くて半袖を着られないとか、色んな状況を説明してくれた。そしてその後、「でももう再来月くらいで帰ろうかと思ってる」と力なく言った。「何か問題がありました?」と聞くと、「人間関係や」との返事。オッチャンは東北の人の仕事のやり方が粗くて嫌なのだそうだ。仕事のやり方が合わないと相手の人間性まで否定したくなる。

人間関係。人は、いつでもどこでもこの問題に悩まされる。この地域の看護師の仕事のやり方が雑で合わないとか、看護のレベルが低いと言って怒っていた人、そう言って帰って行った支援の人を私は一体何人見てきただろう。人はどんなに大きな志をもってやって来ても、こんなちっぽけなことで挫折する。ちっぽけだけれど、かなり手ごわい。むしろ情熱が大きければ大きいほど思い通りに行かなかった時の怒りは大きいのかもしれない。私自身も当初はこの地域の人の仕事のやり方や独特の性質に戸惑ったしよく悩んだ。(たぶん外から京都に来た人も京都人の独特の気質に困ってるんだろうなと時々考えるようになった)でも、そのことは今ではほとんど問題ではなくなり、仕事をする上で障害にはなっていない。オッチャンには「地域性もあるかも知れないです。でも、時間が経てば慣れますよ」とたいした助言もできなかった。

ここに私が来た時、最初はただじっと耐えた。毎日言いたいことも怒りたいこともいっぱいあった。でも、きっと周りも私に対して色々思うことはあったはずだ。実際によく周りは私のやり方をじっと見ていたと思う。でも、人間って時間が経てば慣れてくる。ああ、ここはこういう所なんだと知ると受け入れられるようになってくる。もしかしたら、これができるようになったのもヨーガの効果なのかも知れない。執念深かった私は、そういう風に周りをすんなり受け入れることのできる人間ではなかったから。そして慣れると言っても、全くそこに染まって同じようにするわけではない。ただ、正しいからこうしよう、そう思うことがあっても、周りの状況に合わせながら進めていくことが大切なのだとここで学んだ。今こういう状況で自分がどういう立場を求められているのかをいつも考えるようになった。それにしても沈黙と忍耐、私はもっともっとこれが欲しい。

一昨年、私がここに来てから数か月後、ヴィハーラのブログを見てSさんと言う人が連絡をくれた。Sさんも近くの病院に支援看護師としてやってきていた。初めてSさんを見た時、なんて暗そうな人だろうと驚いた(Sさん、ごめんなさい!)。でも話しているうちに、彼女は行動力があってとても頭のいい、自分の意見をしっかり持った人なのだと分かった。そして彼女が直面していたある問題が彼女の精神を疲弊させていたことを知った。外から来た看護師と中の看護師の関係がうまくいかない、外の人間が集まればここの悪口になり、辛いと打ち明けてくれた。そして「違う空気が吸いたかった」と私に連絡をくれた理由を語ってくれた。

一か月後彼女はまた連絡をくれた。「あなたが言ったように、周囲の状況は変わっていくものだと最近思います」そうメールに書かれていた。そんなことを私は言ったのか。食事に誘ってくれて、しばらくぶりに会った時、彼女の表情は変わっていた。

Sさんはその病院のスタッフからはあまり好まれない部署に置かれていたが(優秀な人しか働けない部署ですが)その病院でそれまでで一番長く支援看護師として勤め、期限が来て帰って行った。そして今年から救急医療体制の充実を図ろうとしている福島県内のいわき市にある病院を支援するために就職した。原発近辺の地域は人が流出したが、逆に仙台やいわきなど周りの地区は人口が急増。しかし救急患者を受け入れるいわきの中核病院では医師や看護師の数は減ったため、人口増加に見合う病院の機能が整っていないのだ。「これからの人生を考えると、いわきの病院に行くとしたら、骨を埋める覚悟で行かないといけない」と言って彼女は悩んでいたが、結果的に行くことを決心したようだった。

そういえば、観葉植物界のエキスパートが言っていた。「植物は環境の変化にとても弱いけれど、半年間枯れないで葉を出し続けるとその場の環境に適した植物に生まれ変わる」と。

人間も同じなのだと思った。Sさんは今また新しく生まれ変わろうとしている。あのオッチャンにも是非頑張ってほしいと思う。

ユクティー
SI Exif

 

 

 

 

 

 


私って何だろう!?

長岡京市でヨーガ・瞑想クラスをしているのですが、今年はラージャ・ヨーガを基礎から学ぶ10回コース(←クリック)をしています。

8月は6回目で日常を変える〟をテーマに、人との関わり方や自分の律し方について、ラージャ・ヨーガのヤマ、ニヤマの教えに学びました。

その中に不盗(アステーヤ)という教えがあります。

他人のものを盗まないという教えなのですが、この教えについて考えているときに、単に他人の物質的な物を盗むだけでなくて、他人の言葉や知識、アイデアや情報を、さも自分のもののように口にすることも、盗んでいることになると思いました。

そう考えていくと、一体何が自分のものなんだろう?と思いました。

この体も心も自分のもののように取り扱っているけれど、よく考えてみたら、体も自分が産み出したわけでもないし、心臓も毎日自分で動かしているわけでもなく、勝手に動いてくれているし、心も物心ついたときから知らないうちにあるし、自分のものとは言えないのではと思いました。

それで、そういうことを講座で話したのですが、クラス終了後、最近来始めた方に講座の感想を聞いてみました。すると、アステーヤのところで、この体も心も自分のものだろうか!?と言われて、「確かにそうかも!」と思ったそうです。そして、「えっ、じゃあ体も心も自分のものではないのなら、自分って一体何なんだろうと思ったんですけど・・・!???」ととても素朴に疑問を口にされました。

そのことを聞いて、何だかとても嬉しくなりました。

なぜなら、ヨーガはそこから始まったからです。「自分って何だろう?」という素朴な問いかけから始まり、それを瞑想で探求し解き明かしていったわけです。

そういう話をそのときしたら、面白そうですね!と言われました。

そういうような素朴な気づきを、少しずつ育んでいかれればいいなと思いました。

「ヤマ、ニヤマ」については、10項目すべてを話す時間がクラスではなかなかないので、この際しっかり学んでみようと思い、テキストを工夫して印象深く作成し、それを一緒に見ながら一つ一つ丁寧に勉強してみました。

少しでも印象に残って、日常で思い起こして実践してもらえれば嬉しいです!

それにしても、不貪(アパリグラハ)に関する質問が多かったですね。贈り物の習慣が割とあるからかもしれませんね。

次回は、9月16日「働きの秘訣」です。

サーナンダ

第6回レジュメ最終

第6回レジュメ最終2


二元性を超える

二元性ってなんでしょう? この言葉、私はヨーガをして初めて聞きました。調べてみると「一つのものが二つの原理によって構成されていること」とあります。これでもなんのこっちゃ?と私は思います。ヨーガでは、二局対立したもの、例えば「好きと嫌い」「暑い寒い」など教えてもらいました。例があるとちょっと分かりやすいですね。
ヨーガはその二元性を超えると言われます。じゃあ超えるってどういうこと、それらがなくなるということでしょうか?

今年の夏は暑かったですね。(まだ続いていますが)今年「ヨーガはやっているけど、私は決して二元性は超えられない……」と思ったのです。この暑さを超えるなんて絶対に無理!!

前回のクラスで、二元性を超えるのに一番効果的なポーズは前屈(パシュチモーッターナ・アーサナ)だと教えてもらいました。前屈のポーズ、知っていますか?
前屈する時は足を前に伸ばして座り、つま先は天井に向け、膝はしっかりと伸ばします。
前屈1
背骨をまっすぐに伸ばしたまま足の親指を持ちます。この時、もう一度しっかり腰を伸ばし、吐く息とともにお腹を太ももに近づけるようにして前屈します。
前屈2
お腹が太ももに近づいて来ると、だんだん体が2つに折れているのでお腹の辺りは圧迫され、呼吸が窮屈になります。お腹の辺りに熱を感じて暑い!顔が足に近づくと吐いた息が顔に跳ね返ってまたまた暑い!ここでゆっくりと呼吸を繰り返すのですが、なんて窮屈なポーズでしょう!?でもこの窮屈さに耐える!?受け入れることで二元性を超えていけるのだと言われたのです。
前屈3
(写真の私、ちょっと力んでますね。そして、足の先見てください、少し逃げています。難しいな〜)

二元性を超えるというのは「暑くない、寒くない」というふうに無感覚や鈍感になるのではなく、感じるけれど心がそれに振り回されないことだと教わりました。

「なーんだ!暑いとは感じてもいいんだ!」と喜んだのもつかの間、それに心が振り回されないと言われ、うーん 🙄 、私の場合は振り回されまくりだな〜と思いました。

写真の前屈の形、なかなかきついですが、それを行うときにはただ呼吸に集中して行います(「痛い!とか、もうやめたい!とか思ってもすぐにストップ! 呼吸、特に吐く息に集中します」)それによって耐える力、ただ耐えるだけでなく、心が不動になる力を養ってくれるということです。日常では、一つの思いが浮かぶと、それに関連して連想ゲームのように思いがつながります。「暑いな→汗だくで気持ちが悪いな→涼しいところにいたいな→仕事に行くのが嫌だな→アイスでも食べようかな……」でもアーサナをしていくことで新しい回路ができると言われました。それは、感じるけれどそれによって余計な思いは出ないという回路です。「今日も暑い!以上!(夏だから当たり前的な?)」こんな感じでしょうか。

もちろん、前屈の形だけでなく、それはアーサナ全体を通してできるようになるのだと思います。今年のような暑いときにも、まったく暑さに翻弄されなくなったとしたら、それはたいしたものだな〜と思います。来年の夏のためにも、がんばってアーサナしておこう !


ステップアップのための特別クラス

毎週火曜日、京都六角スタジオでは、6月から全8回の体験コースをしていました。それは先週で終了、9月1日からは、また新しい体験コース「ヨーガ+瞑想を始めよう!」が始まります。それまでの2回のクラス(8月18日、25日)では、一つずつデモンストレーションを見て基本ポーズの作り方から完成ポーズでの保持、戻し方まで丁寧に学ぶ特別クラスを行っています。昨日は1回目が行われました。
チャクラ図
このチャクラ図を見ながら、自分たちの身体のどの辺りにチャクラがあるかを確認し、そのチャクラに集中することで、どのような効果があるかをおさらいしました。

それを踏まえた上で、デモンストレーションを見て、正しい形を目で確認します。習い初めのころは、デモンストレーションを見ながらアーサナを行いますが、慣れてくると人のアーサナってなかなか見る機会がありません。たまにデモンストレーションをみると、「なるほど!ここを伸ばすから、ここに刺激が行くんだな〜」などと客観的にとらえることができます。そして、自分のアーサナを作る時もそのイメージをもって新たな気持ちですることができます。

慣れてくるとどうしても、自分の癖が出たり、いつの間にか自分のやりやすいように動いていることってあるんですよね。でも自分流だと、せっかくアーサナを行っていても効果って薄いと思うのです。恐らく自分流というのは、無意識の場合が多いと思うのですが、自分の動かしやすいようにポーズの形が変わっていると思うのです、だから刺激が減ると思います。

何年か前に、もう一度ひとつひとつのポーズを一から正しく、言われた通りに作ろうと試みたことがあります。そうしたら、いつもやっているアーサナがとてもキツかった!!!でもその代わり、チャクラに熱を感じたり、背骨全体が熱くなったりしました。それは内的な効果が高まった証拠だと思います。とても良い経験でした。せっかくアーサナをするのなら、効果を逃したくはないですよね。来週8月25日(火)19時〜も特別クラスがあります。ぜひご参加ください!!


サマリアの女

京都は暑そうですね~。私の方はと言うと…夜勤明けで、仕事中は急変もあって疲れ果て、帰宅してシャワーを浴びて夕方から翌朝までひたすら眠っていたのですが、朝方眠い目をこすりながら疲れた体を何とか起こして、どうしても我慢できなかったので、ある物を取りに行ったのです。私が取りに行ったもの、それは、なんと、毛布!!毛布ですよ!京都の皆さん。半袖短パンで寝ていた私は、寒くて我慢できなかったのです。寒い…???今夏ですけど。そうなんです、京都人の私にとって、ここの夏は涼しいんです。周りの人は暑くてヒーヒー言ってるんですけど。だからちょっと涼しくなると、私にとっては寒いんです。だからね、今日の晩御飯はアツアツのお好み焼きでした。美味しそうでしょう?えっ?いらんのっ?
お好み焼き
それでは、暑い京都の夏をお過ごしの皆様のために、今日は涼しいお水の話をしたいと思います。聖書に出てくる有名なお話、「サマリアの女」

イエスはシカルと呼ばれるサマリアの町に到着します。ヤコブ(旧約聖書の創世記に登場するヘブライ人の族長)がその子ヨセフに与えた土地の近くにあって、そこにはヤコブの井戸があります。イエスは長旅で疲れ、その井戸のほとりに座って休んでいました。昼頃のことでした。そこに一人の女が水を汲みに来ます。(普通井戸汲みというのは朝と夕の二回、涼しい時間にするのが習わしであり、真昼の最中、井戸汲みにやってきたというのは、彼女は人目を避けてやってきたということ。彼女は過去において五人も夫を替え、現在も正式に結婚していない男性と同棲していた。そのため、人々は彼女を白い目で見ていた)。

「私に水を飲ませてください」とイエスは女に声をかけます。「なんですって!ユダヤ人であるあなたが、サマリアの女である私に水を飲ませてほしいと頼むのですか?」と女は尋ねます。(サマリア人は、イスラエル人とアッシリアから来た移民との間に生まれた人々とその子孫であり、彼等はユダヤ人にイスラエル人の血を汚した者といわれ迫害を受けていた)。

イエスは答えます。

「もしあなたが神の賜物を知っており、また『水を飲ませてください』と言ったのが誰であるか知っていたなら、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えるでしょう」

女は言います。「あなたは汲む物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手に入れるのですか?あなたは私たちの父ヤコブよりも偉いのですか?ヤコブがこの井戸を私たちに与え、彼自身もその子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」

するとイエスは言いました。

「この水を飲む者は誰でもまた渇く。しかし私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る」。

女は言います。「主よ、渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもいいように、その水を私にください」

これは、師と弟子の出会いの場面です。あるいは、人が弟子となる瞬間を描いたものです。イエスが彼女に「水をください」と言った時、彼女は困惑し拒否します。でも、徐々に彼女の内面は変化していくのです。最後には「その水を私にください」と懇願しています。イエスは言葉によって、眼差しによって、存在すべてによって彼女の中に入り、彼女に祝福を与え、彼女の心を変えてしまわれたのです。彼女はイエスとの出会いによって、イエスが誰で、彼が何を与えるかを悟り、自分が何を必要としていたのかを知ったのです。そして自分から求めたのです。「あなたの愛をください」と。

イエスは弟子たちに言いました。「求めよ」と。そしてこの場面でも言っています。「あなたの方からその人に頼み、その人は与えるでしょう」と。だからまず弟子が求めなければならないということです。そうでないと、神の愛は無駄に流されていくだけなのです。神はそれが耐えられないのです。なぜなら、神は私たちを愛しすぎているからです。この場面はいつも私に問いかけます。

あなたはイエスが待っているその人になりますか?

 

                               ユクティー


さまらさの台所8月

今日は月に一度のさまらさの台所の日でした!今年は日本全国どこでも暑ーーーーい。こんな時は食欲も落ちるかもしれませんが、そんな時期にとっておきの一品をご紹介しました。それは”冷や汁”です!!宮崎県の郷土料理で、農民食だそうです。暑い夏に畑仕事はきっと大変。体力のいるお仕事ですから、簡単に作れて、体の火照りを冷まし、栄養満点な冷や汁が好まれたようです。また、その昔、陣中食としても好まれたようですよ!いざ出陣!ってヨーガ行者は何と戦うのでしょうか?己の心でしょうか……。

冷や汁に戻ります。その土地土地によって使う材料はいろいろのようですが、さまらさ風の冷や汁はごまをたっぷりと使います。

簡単な冷や汁の最大のポイントであり、唯一時間がかかるのがこのごま擦り。
あら?どちらのお坊さん?!と思ったかしら、彼はごまをするのがとっても得意!!ごまを擦っている途中に他の人からごまを擦られていました。(意味分かります?)
ごますり
疲れてきたみんなからバトンタッチ、最後にはスーパー主婦のお二人が、ごまから油が出るまで擦ってくれました。さすがの手際!はやーい!
ごますり2

油が出るまで擦ったごまにお味噌と出汁を加えて。このお味噌もさまらさで作ったお味噌ですよ。
みそ
冷や汁を冷やしている間に、付け合わせのだし巻きを作ります。みんなでわいわい!
だし巻き卵
今回、冷や汁はいりこで出汁を取りましたが、その出し殻をオリーブオイル、お醤油でいただきます!すべてをいただけますね。
出し殻でもう一品
出来上がり〜。冷たくて、薬味が利いていて、体がシャキッとします。とても美味しかった

冷や汁
最後に、サラニーさんがヨーガで教わったお釈迦様のお話を紹介してくれました。

お釈迦様が苦行をされ、長い断食をされたのちに、瞑想で「健康を害しての修行は修行にあらず。健全な肉体に健全な精神が宿る」と悟られ、スジャータという名の娘さんが差し出された乳粥をいただかれた事は有名なお話です。修行をしている道中では、目的と方法が入れ替わってしまい、方法だけに執着してしまう落とし穴があります。修行が何のためなのか、という問いかけをして道を歩くことが大事であり、常に目的をしっかりと見据えていくことの重要性が説かれています。

サラニーさんはこれを聞いて次のように感じたそうです。
「この教えからさまらさの台所をしている中で、食事を学びながらも、自身が何のために食事づくりをしているのかを思い起こすことが大事だときづかされます。私達は、さまらさの台所で、健やかな心身のために日々の食事を調えていくことの大事さを学んでいます。その目的は、本当の自分を悟るために、心と身体を調えていくこと、清浄に近づけていくことです。美味しいお料理を覚えることの、本来の目的を見失わないように、そして身体の滋養となってくれる食事に感謝して歩んでいきたいです」

次回は9月13日(日)「きのこいろいろ」をご紹介します!これは本当におすすめです。きのこの美味しい季節に美味し食べ方をご紹介します。ぜひご参加くださいね。


京の七夕2 2015

昨日も京の七夕に行ってきました。お昼はとても暑かったですが、夕方から夜にかけて、鴨川は風が気持ちよく、とても涼しかったです
今回は松山から来ていたグルバイにもデモンストレーションをしてもらいました〜!
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アーサナの後はキールタン!!久しぶりに鴨川で歌ったな〜

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突然の参加者はオーストラリアから旅行に来ている男性!嬉しいですね。その後ろにいる男の子は恥ずかしそうにしていて、輪の中には入って来なかったけれど、嬉しそうにずっと歌ってくれました。かわいいですね〜。IMG_1983

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京の七夕2015

8月1日から京の七夕というイベントが行われていますが、今年もイベントでにぎわう三条河原でアーサナのデモンストレーションを行ってきました。
河原には竹籠のライト(風鈴灯)が置かれています。毎年そうなんですが、ここでデモンストレーションをすると、その空間にバッチリととけ込み、まるで自分たちのためにセッティングされた舞台であるかのように感じます。通りすがりの人たちもこのデモンストレーションがイベントの一環であると勘違いしている人も多いのです
今回は早速、マハーヨーギーオリジナルTシャツをそろえて着てやりました!
では、ご覧ください。

壮大な夕焼け空をバックにスタート
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人だかりができてきました
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幻想的ですね〜。
デモ8月5日4
デモ8月5日5
デモ8月5日6

対岸には、天の川をモチーフとしたライトアップ
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気迫のあるアーサナに吸い寄せられるように人が集まって見ていました。
次回は8日(土)の夕方に行く予定をしています。