筍づくし つくレポ

こんにちは。
GWも過ぎて新緑の深みも増してきましたね。
私が住んでいる京都府長岡京市は、
筍の産地で有名です。
旬の筍はとっても美味しいです!

ちょうど先日発行された新刊『さまらさの台所』にも
24頁〜27頁に筍料理が掲載されています。

昨日、マハーヨーギー・ヨーガ・ミッションの
シャーンティ庵にお邪魔しました。
素敵な若人二人が住んでいるヨーギーの住処です。

そこで思いもよらない接待を受けました〜!
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まさに本に載っていた筍料理です!!!

本当に美味しくいただきました。
本を見ながら作ったようなのですが、
味、盛りつけ、セッティング共に
すごくよかったです!
本のレシピが抜群にいいし、
料理人もいい腕だったのでしょうね。
春の旬の味を満喫し、
清々しい気分になりました! \(^o^)/
ごちそうさまでした。

二人の立ち振る舞いや会話など、
少し前から見違えるほど
変わって来たような気がします。
流石ヨーギーですね!

またお邪魔させていただきます。

サーナンダ


愛の詩(2)

The Beautiful Legend of God 2

私の眼の中に住んで!

おぉ ナンダの息子よ!

御身は我が心を奪う

曇色の肌 大きな眼 孔雀の羽飾り

クロコダイルのような耳飾り 臙脂色の額印

愛らしい唇で笛の音を奏で

ネクタルのような音楽を授ける

胸の前にはマーラーが輝く

腰には小さな鐘のついた帯が光を放ち

足首の鈴が甘く響く

 

恋の最中は不思議なことに、誰であっても愛する人の姿は魅力を放つようになります。
ではもし…神を愛したなら、その御姿はどれほどの魅力なのでしょうか!?

ミーラー・バーイにとって、愛人クリシュナは単なる空想ではなく、実際にその光り輝く美しい姿が見えていたに違いありません!
まるで強烈な光で感光したフィルムのように、彼女のハート(眼)というフィルムには、決して消えないクリシュナの美しい御姿が焼き付いたのでしょう!

だからミーラーの眼は、愛するクリシュナだけを見ることしかできなくなってしまった!

私たちの眼は、日々何を見ているのだろう?

サーナンダ


聖者を好きになる

今日は月に一度のシッダ・マールガの日でした。3人の方が、聖者について話をしてくれました。(シッダ・マールガは3年以上ヨーガを学んだ人が参加できるクラス。シッダは成就者、マールガは道という意味で、名前のように成就を目指すクラスです!)クラスでは、参加者一人ずつが、好きな聖者について、その生涯を知り、瞑想していく中で生き様を感じ、実践することでその境地に近づいていくという内容です。

さて、今日始めに話をしてくださったのは、シュリー・ラーマクリシュナの弟子、トゥリヤーナンダについてです。
SWAMI TURIYANANDA
ニルヴァーナに憧れていた若き日のトゥリヤーナンダは、徹底したサーダナと努力によってその境地を実現しようとしていました。しかし、師であるシュリー・ラーマクリシュナに「知識も信仰も直接の霊的体験も神の恩寵なしには何ひとつ得られはしないのだよ」と非常に力を込めて言われました。トゥリヤーナンダは自分の努力を強く信じており、自分が欲することは何でも実現させられると考えていたのですが、師の導きによって次のことを理解しました。

「意志は確かにそれなりの役目を持っているが、自力で達せられるところまで連れて行くだけである。もっと高い真理に達するには自分の限られた力の及ぶところではない。これには人力を超えた神の恩寵が必要なのである。」それ以来、トゥリヤーナンダは神の恩寵を信じる信仰者へと変貌していくのです。彼の印象的な言葉をご紹介します。

『行為のひとつひとつを礼拝の行為となさい。することなすこと尽く母への供物として行い、できるかぎり完全に行うようにしなさい』

 『明日せねばならぬことは今日せよ。今日せねばならないことは今せよ』

 『たとえ誰かがあなたに反対しても決して怒ったり反抗したりしてはいけない。注意深く分析してそれが本当であるかどうか調べてみよ。もし相手が正しいのなら、改めよ。もし正しくないなら、それがあなたにとって何だというのだ』

ドキッ!!としません!?この言葉。うーんどれもこれも……。本当に実践的な内容で、今すぐに自分の行為に当てはめることが出来ると思いました。本の中にはその他にもたくさんの実践的な言葉が残されています。ぜひお読みくださーい!一つでも完全に出来れば、トゥリヤーナンダの心境に近づけるのではないかと思うのです。とにかく、今!からトライです(明日じゃダメですよ

2人目に紹介してくれた聖者はブッダの弟子のアングリマーラー、そして3人目の方はアーナンダモイマーでした。好きになる気持ちは直感的ですが、純粋に好きだと思えるからこそ、もっと相手のことを知りたい!もっと相手に近づきたい!あの方ならどのようにされるかな〜?など身近に考え、純粋に行為を真似していくことが出来るのだと思いました。そして、聖者なら誰を好きになっても結局は同じなのです。ヨギさんは言われます。

『真理は一つ。賢者はそれをさまざまな名前で呼ぶ』

 


『さまらさの台所』発行日

5月2日(土)は『さまらさの台所』の出版日!!
出版日を記念して、みんなで集まり、歓びを分かち合いました。
さまらさ本 お披露目
みなさん、本を手にし、ずーーーーっとを見てくれていました。
写真が美しい!美味しそう!!メニューが豊富!!!
などなどたくさんの感想があちこちから聞こえてきました。
さまらさ本 2
料理本ではありますが、この本はヨーガの精神が貫かれた、ヨーガの本です。
身体と心を元気にしていくための食事のあり方、さらに心を制御していくことを学び、ひいては食事を通り越して、どのように生きていくのかという点まで、ヨーガの理想の姿が書かれています。

シャーンティマイーに聞く
このヨーガの食事をずっと作り続けてこられ、それを教えてくださったのはシャーンティマイーさんです。日常の食事作りについて質問がひっきりなしに続きました!誰もが何かを食べて生きていますから、必ずヒントになることが書かれているはずです!ぜひお読みくださいね〜

 

 

 

 

 

 

 

 


『さまらさの台所』発刊!!

c_samarasa
4月8日には『真実を求めてーあるヨーギニーの手記』が発刊されました。みなさまもう読まれましたか〜?そして!!嬉しい新刊報告は続きます。5月2日には、『さまらさの台所』が発刊されます!!!

さまらさの活動が始まってから約10年、この本では、その間にできた美味しい料理のレシピを季節ごとに紹介しています。しかし、それだけではありませんよ!この本には、お料理だけでなくヨーガの教えもしっかりと詰まっているのです。この本は多くの人の協力で出来上がりましたが、その中でも、プロフェッショナルな技術を生かし、印刷会社さんもビックリするようなできに仕上げてくださったのがシャチーさんです。
「シャチーさーーーん!念願の『さまらさの台所』やっとできますね〜。多くの人に見てもらえるように、ぜひPRをお願いします!」

本日、アーシュラマに届きました〜〜〜〜!!

最初に手にした感触は、「ああ、本当に本になったんだな」としみじみ。そして1枚1枚めくってみました。制作者としては実はこれがいちばんドキドキしました。色、きれいに上がってるかな?レイアウトは大丈夫かな?でも、めっちゃ素敵な本に仕上げていただいていました。皆様のお手元に届くのももうすぐです。楽しみにしていてくださいね!

 さて、本のPRということですが……

さまらさスタッフとして、この本に関わらせていただけたことは、本当に歓びですし、不思議な気持ちでもあります。思えばヨーガを始めた頃、料理なんて全くできなかった私が、いつの間にか大きな顔をしてスタッフと名乗っていたのですから……今考えても本当に驚きです。でも、シャーンティマイーさんに教わる料理はどれもとっても簡単で、本の表紙にも書いてある「目からうろこ」な気付きが満載、とっても楽しく、覚えるのも嬉しかった。

 なるほど〜なるほど〜、いやぁほんまや!

 野菜がこんなに生きるのか!! 教わったように作ると本当に美味しいやんか! と何度も驚きました。そして、何よりもおおっと思ったことは! 教わっている過程にはヨーガの教えがふんだんに盛り込まれ、料理って料理するだけではないのね、と気付いたことです。

 こんなふうにして私たちが実際に感じてきたことを、この本にはできるだけ表すようにしてみました。メニューはさまらさスタッフの食卓にもよく登場するものばかりなのでお墨付き、レシピはできるだけシンプルに分かりやすくしてみました。また、一口メモやポイントなども入れ込んだので、実際に作る時の助けになるといいなあと思います。

 私のように何もできない人でも、この本に基づいて作ってみれば、きっと美味しくできます! また、料理は得意よという方にも実際に作って目からうろこな気付きを発見してほしいです。
ぜひ覧くださいね。

シャチー

シャチーさん!ありがとうございました。
本の企画から、レシピ作り、撮影、内容校正、デザインやレイアウトなど、多くの仕事がありましたが、制作中のこぼれ話(苦労話?)なんかもたくさんありますよね〜!それはまたおいおい紹介できればと思います〜。みなさま、ぜひご購入ください。

 

 


台湾朋友!

こんにちは。南相馬はやっとコートがいらないくらい暖かくなってきましたよ。でもまだコタツでぬくぬくと温まっていることも多いんです。恐るべし東北の寒さ!

さて今日は、今年の2月まで日本に滞在していた台湾のグルバイ、ルーさんのことについて書きたいと思います。実は私が彼女と会ったのは、一回だけ。たった一回だったのですが、彼女はとっても印象深い。

それは去年の12月。一年ぶりに参加した京都のサットサンガで、初めてルーさんにお会いしました。もともとルーさんがヨーガを始めることになったのは、先にN.YでMYMと出会った彼女の従姉であるリンさんに誘われて、サンガに参加するため京都にやって来たのがきっかけだったそうです。その時すでにルーさんは金沢の大学に留学していて、それからは一か月に一回サンガに参加するために熱心に京都まで足を運ぶようになったといいます。

私が去年12月に京都に行くと決まった時、松山のアーナンディーが連絡をくれたんです。ルーさんもサットサンガに参加する予定なので、その時彼女に会えるでしょうと。

アーナンディーがどうして私に連絡をくれたかというと、私は20年くらい前、1年と少しですが、北京に住んでいたことがあるからなんです。中国語は…自分で言うのもなんですが、なかなかよく話せていたと思います(???)少なくとも10年前くらいまでは…。昔は中国語の教材作りのアルバイトをしたり、中国語圏の留学生たちとも活発に交流して語学磨きに励んでいました。

今回ルーさんに会って、ちょっとくらい気の利いたことを中国語で言えたらと思い、久しぶりに中国語のCDを聞いてみたんですが…、あれ??っていうくらい、分からなくなっていました。結局何の準備もできず、ルーさんにお会いしたのですが、彼女はとても流暢な日本語を話し、それを聞いて私はほおーっと感心するばかりでした。私が中国語で話しかけるとちゃんと分かりやすく返してくれる。頭の回転が速いのが話していてよく分かる。私の方はと言えば、中国語は話しているうちに少しずつ思い出してきましたが、不思議なことに中国語を話しているのに、なんとなく今まで話してきた人たちと彼女は印象が違う。彼女は台湾の人なので、大陸の人と比べるのがおかしいのですけれど、中国語を話している人を見ると、どうしても北京で出会った人たちと比べてしまう。中国の人って、ハッキリしていて、強くて豪快。女の人なんて、こっちがタジタジになるくらい、本当に強い…。昔はそういう自分にはないところに憧れたものでした。

でも、ルーさんに感じたのは、親近感。もしかしたら日本人と台湾人って結構似ているのかも。(同じ島国だし…)傍にいて安心していられる。違いを感じさせない空気を持っている。

サットサンガの翌日アーシュラマを訪れた時、ルーさんの話をしました。私が受けたルーさんの印象をヨギさんに伝えた時、ヨギさんは頷きながら話を聞かれた後、こう言われました。

「そう、そして彼女はとても純粋」

―純粋― 

私たちが神に出会うために必要なもの、純粋さ。そしてヨギさんが見ているところは、そこだけ。人種も性別も地位も何も関係ない。ただひたすら心を純粋にするために、私たちはヨーガをしている。

イエスキリストも弟子たちにこう教えています。

「心の清い人々は幸いである、 その人たちは神を見る」

 「日本で、もしかしたら台湾でまた会いましょう」彼女へのメールにそう書いたように、また近い将来に会える日を楽しみに待っているところです。
ルー、リン、パオ写真
左から、ルーさん、従姉のリンさん、台湾の友人の小 宝(シャオ バオ)さんです。みなさん、去年のジャヤンティーに参加されました~

ユクティー

 

 

 


ミラバイ台湾に向けて出立!

昨日のバクティ・サンガムはたくさんの方が参加され、素晴らしい内容だったようですね!
サティヤー、レポートありがとう!
『真実を求めて』の著者ミラバイに会いたかったという方もきっと多かったことでしょう!

さて、そのミラバイが今朝9時に台湾に向けて関空から出発しました〜(*^^*)。

空港で2

3週間滞在の予定だそうです。
もちろん、ヨーガの布教に行かれるのです!

まだ薄暗い朝5時に京都を出発したのですが、何だか、19年前を思い出しました。
1996年6月28日早朝、師シュリー・マハーヨーギーはニューヨークに向けてヨーガの布教に出発されました。NY-MYMのアーナンダマーリーらの熱望に応えられての初訪米でした。初めてのことでしたけれど、当日の朝、布教のためにお一人で渡米される師をぜひともお見送りさせていただきたいという強い思いが湧きました。

今回、単身台湾にヨーガの布教に向かうミラバイを見ていると、不思議と師をお見送りした時の気持ちがよみがえってきました。とても嬉しく、誇らしく思いました。

彼女は、元気に旅たちました!
空港で1
台湾でたくさんの新しいグルバイとの出会いをとても楽しみにしていると話していました。
台湾には、ヨーガの仲間ーリンさん、ルーさん、小寳さんたちが待っています。
たくさんの新しい出会いがあることでしょう!
とても楽しみです!

また機関誌『パラマハンサ』やブログで台湾での様子を報告していく予定です。
お楽しみに!

ではミラバイ!いってらっしゃい〜(^o^)/
思う存分楽しんできてください!!!

オーム・タット・サット オーム!

サーナンダ


バクティ・サンガム

今日は、京都では2015年初のバクティ・サンガムの日でした!待ちに待ったキールタンの日ということで、多くの参加者がありました〜!
ミラバイさんから、純粋に神を愛し、神の御名を唱えることで、いつか神の愛に触れる瞬間があるるという話がありました。その心境に憧れ、みんな心から神の御名を歌いました。バクティ・サンガム2 2015.4.26
参加者の方からすてきな感想をいただきましたのでご紹介します。

今日は「バクティ・サンガム」に出席させていただきありがとうございました。教えてもらったキールタンを家に帰って歌っています。

ミラバイが会の始まりにキールタンについて教えて下さった中で、「神を単純に愛するだけ」とさらりと言われました。そのとき「単純に愛する」という言葉がとても新鮮に響きました。

人を愛するとき、最初はただ理由もなく愛します。しかし時間や親密さが増す中で、愛されたいという見返りの気持ちがわいてきて、ただ単純に愛していたところから、複雑になっていくものです。ただ愛する、何の見返りもなしにただ愛することができたら、そしてそれがずっとずっと続いたらどんなに素晴らしいでしょう。

ミラバイは歌っているとき、一言一言を丁寧に神に呼びかけるように、心をこめて歌っていました。そばで見ていて、それがひしひしと伝わってきて、そうして私も一言一言を胸の内で神に呼びかけるように、神の御名を聞き、歌いました。

最後に「ナーラヤナ」を讃えるキールタンを習いました。

「ナーラヤナ、ナーラヤナ、ジャヤゴービンダ、ハレ」

何度も何度も、神ナーラヤナを呼び続けていると、胸の内から喜びがあふれ出てきて、涙がこぼれてきました。その後、会は終わりを迎えたとき、「あー このままナーラーヤナと歌い続けていたい」と思い、そして「単純に」そう思った自分自身に驚きました。

 今、帰ってからフライヤーを読み直してみたら、「キールタンを歌うことによって私たちは歌に秘められた、決して忘れることのできない神の歓びを知ることができるでしょう!」と書いてあったので、「おー書いてあるとおりだ!」とまたもや家に帰って驚いています。

ミラバイ、ありがとうございました!!バクティ・サンガム2015.4.26


愛の詩

ヨーガには、バクティ・ヨーガがあります。
神を愛するヨーガです。
その神への愛を歌った詩が古くから伝わって来ています。

今日 山を持ち上げる主に出会った

♡♡美しい彼の身体

♡♡彼は愛の神の輝きを放つ!

♡♡♡彼の鋭い一瞥!

♡♡彼は木陰で竹笛を吹き

牛飼い娘たちとリズムをとって踊る

その甘美な姿はハートに焼き付き

♡♡♡寝ても覚めてもなくならない!

♡♡♡魅惑的なその姿に

♡♡♡彷徨う私のハートを捧げ

私はそれを見つめ

♡♡世俗の慎ましさを棄てる!

 

中世の聖女ミーラー・バーイーの物語と詩を機関誌『パラマハンサ』で紹介してきましたが、彼女の詩の中で一つの特徴は、愛するクリシュナ神の御姿を見て眼を盗まれた、ハートを虜にされたという表現です。
神の虜になるとはどういう状態なのでしょう!?

寝ても覚めても愛だけがある!

サーナンダ


ヨーガの実践 「一切は神」

春がきましたね。

でも美しい桜ももう散ってしまいました。早いですね。私はすぐに散ってしまう桜に、潔さ(ルビ:いさぎよさ)みたいなものを感じますが、皆さんは何を感じられますか?

うちの近所には桜の名所の平野神社があります。桜の時期には、本当にたくさんの人が詣でてお参りをしています。プラナヴァ・サーラの本の中で、師が神道について述べられているところがあって、日本古来の宗教は神道であるが、そこに哲学はないものの「一切は神である」という考えを持っていると書かれてありました。神社には祀られているものは何もなく、胴でできた大きな鏡だけが上に懸けられています。ある人が質問の中で、「日本人は、鏡に映った自分に手を合わせているのですね」と言った言葉が強く印象に残ったことを覚えています。

私の父は長い間、客船の船長をしていました。父は泳ぎができないので、「船が沈んで、死んだら終わり」といつも言っていました。その父からこんな話を聞いたことがあります。航行をしていると、時々海に浮かんでいる死体と出くわすことがあるそうです。いろんな理由があるのでしょうね……。

それを見つけた船乗りたちは、

「この木にすがれ」

と言いながら、その死体に向かって木や板を投げるのだそうです。
いったい誰がその木にすがるのでしょうか?私は、その話を聞いて涙が出そうになりました。

「お父さんも、死なないものがあること本当は知っているくせに、忘れているだけなんだよね」

と思いました。日本人の美しい魂に触れたような気がしました。

ヨーガではこの心も身体も自分ではない、その奥にある純粋な意識、それこそが本当の自分であると教えられます。純粋な意識とは、真理とか、真実とか、神とか、アートマンとか、いろんな言葉で表現されています。

師は説かれます。

「絶対不滅の存在、純粋意識、それがあなたの真の自己です」

「真実は一つしかありません。それこそがリアリティです。別名、神ともいう」

 この心や身体が私たちであるなら、なんとこの世は不幸で不平等なのでしょう。
この教えは、私にとって本当に生きる支えです。人間はこの真実を本当は知っているのだと思います。ただ忘れているだけなんですよね。

ヨーガは、自分の中にあるいろんな謎を解きながら、真実を明らかにしていく道です。真実を思い出していく道です。懐かしい故郷に帰るようなものですよね。

面白そうでしょう? ぜひ一緒に懐かしい故郷に帰りましょう。

ダルミニー