ブッダの根本的教え

師は、ブッダは偉大なヨーギーであった、また彼の教えとラージャ・ヨーガはとてもよく似ていると教えてくださっています。今日は「ヨーガの福音」の中のその教えをご紹介しましょう。

大いなる悟りを啓かれた主ブッダの最初の教えは次の通りです。

一切は苦である。病むこと、老いること、死ぬこと、その原因である生まれること、これは誰もが避けることのできない大きな四つの苦しみである。この他に四つの苦しみがある。求めるものが得られない苦しみ、愛する人と別れる苦しみ、憎む人と一緒にいる苦しみ、この肉体と心が不浄である苦しみ。 

これらの原因は欲望であり、その原因はエゴと無知である。

それらに対し一切の苦悩を離れた真実の境地、ニルヴァーナがある。 

そしてそれに至る道が八正道である。正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。

ブッダはこのように非常に具体的な方法を教えました。誰もが真剣にそれを行なえば、必ずニルヴァーナは実現します。

最初の正見(しょうけん)というのは、この教えの全体像を正しく理解するということです。この世の中は「一切は苦である」という言葉を最初に聞いた時は衝撃を受けましたが、本当に今までもそうであったと納得しました。それは全く厭世的な考え方ではありません。そういうふうに理解することによって、苦しみは悲観的なものではなく、人間界においては当然あるべきものとして、すんなりと受け入れることができるようになりました。最初に「一切は苦である」と言い切ったブッダはすごい方ですね。この世の有り様をそれこそ正しく見ていたのだなと思いました。最後の正定(しょうじょう)は瞑想のことです。思いも言葉も行為も生活も正しく調えていくことによって精度の高い瞑想ができるようになる、そのようにこの尊い八つの道を真剣に歩めば、必ず真実の境地を実現することができると教えてくださっています。

この尊い教えに出会い、ブッダに帰依した人は、その当時千人以上もいたといわれています。そのように具体的な道を分かりやすく説いた方は、その頃にはいなかったんでしょうね。噂が噂を呼んで、道を求める人たち、苦しみから解放されたい人たちが、花に蜜を求めて蜂が集まるように、清らかなブッダのもとにたくさん押し寄せていったことが想像できます。ブッダと巡り会い、心の迷いを取り除かれた人たちのなんと幸いなるかな。

二千五百年の時を超えて、私たちも主ブッダと巡り会いました。この尊い教えを聞き、実践できることを本当に幸せに思い、感謝し、ますます精進していきたいと思います。

ダルミニー

主ブッダ

主ブッダ

 


新しい道

みなさん、こんにちは。ユクティーです。東北はやっと寒さが和らいで春の気配が感じられるようになりました。私が南相馬に移り住んで3年。今も3年前と同じ病院で看護師として働いています。

この3年間の私の功績??と言えば…この地域の人たちにちょっとだけ関西弁を広めることができたことくらいですかね。なんせ、仙台の人にしても福島の人にしても、私と接して初めて実際に関西弁を聞いたという人ばかりでしたから。福島に来る前は、関西人と東北人は正反対の性質だから合わないとか、嫌がられるから関西弁は絶対しゃべらない方がいいとか、さんざん色々言われましたけど、実際来てみたら…、何でしょう、この歓迎ムード。耳に心地いいとか、わざわざ聞きに来る人もいましたよ。それだから私も周りの期待に応えるべく関西弁を話し続け、結果私は今もこの地域の方言が全く話せません。

たしかマザーテレサは、奉仕活動していたコルカタの人たちが話すベンガル語をすぐにマスターしてとてもうまかったことから、ベンガリーシスターとも呼ばれていたそうです。すごいなあ。

私が働いている所はベッド数100床くらいの小さな病院で、職員さんも全員知っているし、職場ではもう私がここにいるのは当たり前になっています。でも私事ですが、その職場を来月いっぱいで退職することになりました。…と言っても、京都に帰るわけではないですよ。この地域には住み続けるのですが、5月からは知り合いが3年前に立ち上げた訪問看護ステーションでお世話になります。病院から追い出されるわけでも私が嫌になって辞めるわけでもないですよ。

これには被災地ならではの、そして日本の看護界ならではの事情があるんです。早く言えば看護師不足で(法律上訪問看護ステーションは2.5人の看護師がいないと開設できない)その知人の訪問看護ステーションは今閉鎖の危機に直面しています。もともと訪問看護を希望する看護師は多くないし、日本は病院に看護師を確保することが優先される傾向にあるので、全国的にも看護師が定員に満たず閉鎖していく訪問看護ステーションが少なくありません。知人のステーションが閉鎖の危機ということで所長さんも娘さんも関係者の方たちも私も必死に看護師を探したけど、なかなか見つからない。そんな中である時ふと思ったんですね。「そういえば、私がいたなあ」と。でも、今の病院だってどんどん看護師はいなくなって、ぎりぎりの人数でやっているし、私が抜けたら夜勤だって誰かが代わらなくてはいけない。それに震災後病院を辞める人が後を絶たないので、ここの人たちはもう人を送り出すことが辛くて仕方ないんです。だから、本当はあまり出て行くと言いたくなかった。でも、病院は私がいなくても今すぐ潰れるわけではない。知人の訪問看護ステーションは早ければ5月に閉鎖。この決断には京都から南相馬に来る時とは比べ物にならないくらい勇気とエネルギーが必要でした。まあ実際は2日間で決めたんですけど。

そして病院側にも何とか分かってもらい、私は知人のステーションを手伝いに行くことが決まったんですけれど、次は私の住む家がなくなるんですね。今この地域は除染や建設で多くの業者が入ってきていて、次々とその人たちが住むためのアパートが作られています。家賃も倍近くに高騰しています。いくらアパートが増えても追いつかない現状があり、吹いたら飛んでいきそうな小さな事業所には回ってこないんです。今私が住むアパートも私が南相馬に行ったその日に建った復興支援者用のものですが、病院が借りてくれていて、小さいけれど地元で力のある病院だったからこそ確保できたし、それでも一部屋借りるのも大変だったと聞いています。訪問看護の事業所から、「まず仮設住宅に移ってください」と言われました。仮設住宅は南相馬市ではなくて福島県の持ち物で、県が医療再建のための医療者用に一部確保する方針を取っています。でも、仮設は来年春から解体予定で、結局はアパートを探さないといけない。私としては当分は仮設でも良かったし、まあ何とかなるだろうくらいな感じでいたのですが、所長の娘さんは「何としてでも探します!!」と意気込んで言われ、人の信念って本当に実現させるんですね。先日アパートが見つかったそうで、私は4月下旬にそこに移ることになりました。あぁ、この1,2週間は本当に色んなことがあって、ここでは書ききれない。でもこういうことがなかったら、私は被災地の深い多岐にわたる様々な問題を知ることはなかったと思います。

…ということで、もうすぐ私は病院という囲いの中から外に飛び出して行きます。どんな人と出会うんだろう。まさか南相馬の地を自分が車を運転して仕事をするとは思いもしなかった。あー、こわ(-_-;)でもきっとこの道も、私が辿り着くべき所につながっているに違いない。

ユクティー

ユクティー


大阪ー中央公会堂クラス

毎月第4水曜日は120分クラス、アーサナを1時間ほど行なった後は、ヨーガの知恵を学ぶ時間です。今週がちょうどその日でした。
お話はヨギさんから教わった教えを紹介するところから始めました。

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ヨーガの目的は、この私たちの本性は「吉祥で自由な存在」だと知ることなのですよね。

自由、それは私も長年追い求めてきたことです。
かつて、この人ってなんて自由なんだ!と、とてもうらやましく思った人がいました。心に正直で、いいことはいい、嫌なことは嫌、求めるものにはまっしぐらに向かい、躊躇なく言葉を話す。それでいて人への気遣いもできる素敵な人でもありました。が、時には周りとの間に不調和を生むこともありました。

今思うと、彼女は振る舞いこそ自由であったかもしれない。けれど実際には自由でなかったのだと思います。
もしかしたら、行為に移さない方がよかったのかもしれない、そんな時にでも、やはり何かを言ってしまう、行為してしまう。思いが強すぎて思いに引っ張られていたのだと思いました。

私もそんな感情に振り回されることがずっと以前にありました。感情が高ぶってすぐに行為に移すと、たいていはロクなことにはなりませんよね。周りも嫌な思いになるだろうけれど、自分だって相当嫌な思いになります。

だからこそ、行為に移す前には、ひと呼吸おいて、行為に移すことを減らしていきました。それは相当苦しいですよ。心は表にだせー!!!と号令をかけてるわけですしね。それでもぐっと耐え忍び、心に言い聞かせたのです。出してしまうと結局苦しむのは自分。そんなすぐに感情が高ぶる自分でいいのか、もっと穏やかな人になりたいでしょ、と。またその後も心が揺れる度に何度もこれこそが自分を苦しめているもの、理想の自分になりたいならその思いを捨てなさいと言い聞かせました。そうしていくうちに、すぐに感情が出てくることが少しずつですが減っていったのです。

それまでは、思ったように心を爆発させていたので、心が揺れる習慣がついていたのですね。忍耐をもって感情を制御していくごとに、自分のキャパシティも広がって楽になっていきました。

こうなふうにヨーガを学んできたわけですが、こうしてがんばれたのも、本当の自由な方に出会えたからなのでした。

お会いした頃、その方は持っている物は本当に少なかった。いつも同じ服を着られていました。またたとえば、3カ月ほどの海外滞在に持っていったものは、小さな手かばん一つでした。
ご自身については、こんなことができるとか、あんなことができるとか、何ひとつ語られませんでしたが、なぜか人を包み込むような大きさを感じていました。何も持っていないようで、すべてを持っているように見えます。
それが私たちの師匠、ヨギさんです。
ヨギさんは、楽しむ時はこの上なく真剣に楽しまれ、仕事は完全に終わるまで集中が途切れません。それでいて終わった後はすべてを忘れられるようです。思いに支配されていないのだと思いました。

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すべてのことには必ず原因がある。行為に移す前に、思いもより良く調えていこう・・・

そんなお話をしながら、参加してくれた皆さんも、自分のことに置き換えていろいろと質問もしてくださいました。人の話を聞くと、また自分を振返り、クラスで学ぶとみんなの声が聞けるから、より理解も深まるように思います。真剣に、理想の自分を見つめて、向かっていけるよう、みんなとともにがんばっていきたい!と思えるような皆さんとの会になりました。

来週は第5水曜日、特別企画クラスです。
「The Eternal Quest」の映像を見て、その後ミラバイとともにキールタンを歌います。
ぜひご参加ください。
シャチー


[OSAKA]4月スタート新クラス♪

瞑想のトピックスで賑わっていますが、そうなんです!サーナンダさんがご紹介して下さったように、瞑想のクラスが大阪で4月から新たに始まるんですよ~!

ということで、今日は大阪で始まる二つのクラスのご紹介です。

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☆瞑想クラス(月曜日夜・南船場)
初回の4月4日は、瞑想が初めての方のための瞑想ワークショップです!嬉しいことに、もうご予約してくださっている方もおられます。気軽にご参加いただけるこの機会、ぜひお越し下さい~。
※クラススケジュールが少し不規則なので、ご確認お願いしますね。
http://www.mahayogi.org/class/osaka_meisou.html

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☆ヨーガ・瞑想クラス(日曜日朝・本町)
大阪初、週末朝のクラスが実現!都会のオアシス・靭公園のすぐ近くにあるスタジオが会場です。これからますます緑豊かな季節になりますし、これは間違いなく清々しいひとときになると思います!ちなみに、毎月第3日曜日は瞑想の学びも取り入れたクラスです。ヨーガ・瞑想の魅力を大いに体感しましょう!
http://www.mahayogi.org/class/osaka_utsubo.html

 


今回、わたくしマーダヴィーがクラスを担当させていただくことになったのですが、私とヨーガの出会いについてちょびっとお話したいと思います。

こんな私でも、10数年前に〝自分が生きる道〟というものを、必死のパッチで探していた時期がありまして、とうとう仕事も辞めてしまい、その〝自分が生きる道〟と〝それを教えてくれる先生〟を探す旅に出ました。(+プラス なんで人は生まれてきて、死んだらどうなってしまうのかという答えも探さないといけなかった!!)

ヨーガと自分とは深ぁ〜い縁があるだろうなぁ~となんとなくは感じていたので、ヨーガのクラスをネパールとインドで受けてみました。きっと自分に合った「これだ!」と直感するヨーガがあるだろうと思っていたからです。自分の直感にも自信があったので、これだと感じたなら自分ならすぐわかるとも思ってもいました。

旅に出る前に、マハーヨーギー・ヨーガ・ミッション(MYM)のクラスは受けたことがあったので、アーサナの形は共通するものがありました。でも、MYMのクラスでアーサナや瞑想をしていた中で感じていたものが、なぜだかそこでは全く感じとれなかったのです。「あれ???今までのヨーガにあったものがここにはない・・・」 たまたま私が体験した場所がそうだったのかもしれませんが、MYMのクラスではアーサナをするだけでも心の深いところにまで響くようなものを感じていたのですが、そこでは本当に大切なものがなくて形だけの表面的な感じがしたのです。本場と言われる地だけに、すごくびっくりしました。

「あれ?今まで気が付いていなかったけど、もしかしたら自分がやりたいヨーガというものには既に出会っていたのかもしれない」

という思いがその時生まれて、それが次第次第に大きくなって、終には弾けるように確信に変わった瞬間がありました。(ものすごく端折って書いているので、興味がある方はクラスでお話しますね!)

すごーーーーーく、すごーーーーーーーーーーーーく嬉しかったです。だって、あれだけ猛烈に探していたものが見つかったんですもんね!まさにリアル「求めよ、さらば与えられん」です!
やったーーーーーーーーーーー!人生の目的地とガイドして下さる師とがいれば、後はレッツ・ゴーーーー!!!〝自分が生きる道〟を探す旅は終わりを迎え、ヨーガを生きる人生が始まりました!(そしてそれを生きることは歓びです!)

自分で確かめたから、分かります。ここMYMには、真の師と、真実と、人生の目的とそれを実現するための道があります。その道、具体的な方法がヨーガ・アーサナや瞑想です。そしてそのクラスが、この春満開の桜を連れて新しく始まります。ご参加くださいね~!

マーダヴィー

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3月21日靭公園、桜が開花しました!クラスが始まる頃に満開ですね!


四の五の言わずにやってみる!

瞑想を始めた頃は、ほんの5分間でも座るのが難しく感じるものです。座って眼を閉じた途端に心がざわめきだし、体はそわそわしだします。不思議なことです。ただ座って眼を閉じて、心を集中させるだけなのに、そんな単純なことができないなんて!

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長岡京クラスー神足ふれあい町家にて

心と体は動くことが仕事だから、何もせず静かに座ることには耐えられないのですね。だから瞑想は闘いになります。じっと座っていたら体はあちらこちらが痛くなり、「もうやめようよ」と不平を言い出します。心は雑念の嵐か睡魔に襲われ、「今日は調子が悪いからもう止めて、明日頑張ろう」と言い訳を始めます。

そんな体と心が黙るには少しばかり時間がかかるかもしれません。しかし思い出してください。何のために瞑想しようと思ったのか!それはこの心の動揺や不安、苦悩を無くしたいからに違いありません。そしてヨーガの境地を味わいたいからでしょう。

ずーーーーっとほったらかしにしてきた体と心が、毎日淡々と黙々と瞑想を続けていくと、次第に静まっていきます。何だか生活に役立ちそうなヨーガの教えを学んでも、頭だけの知識では一時の気休めにしかなりませんが、瞑想はその知識が指し示すところの境地ー空っぽで自由な境地に導いてくれます。それを加速させてくれるのがヤマ・ニヤマやアーサナになります。全部つながっていて、本当にヨーガは科学的なのですが、その通りやれば深まっていくことに気付くのはずいぶん経ってからかもしれません。

前回の記事でサティヤーがヨーガ・ヴィハーラでの2時間瞑想のことを書いてくれました。2時間座るのはまさに闘いですけれど、習慣になれば喜びに変わっていきます。静かな瞑想の流れが心にしっかりと刻み込まれることでしょう。もし「やってみたいな!」「すごいなあ!」と思うなら、「自分にはまだ早い」「しんどそう」など、四の五の言わず自分もやってみたらいいと思います。やってみないことには始まりませんから。週1回やるだけでも心が定まってくるなら、毎日やればもっといいに違いありません。

ヨーガを始めた頃「時間は自分でつくり出すものだ」と教わりました。長い時間座ればいいものではありませんけれど、しっかりと瞑想するなら、やっぱり1時間、できれば2時間くらい座るといいと思います。座法が瞑想に導いてくれます。過去の聖者たちの伝記を読むと、日々8時間や16時間瞑想していたと記されていて、「え〜〜!」と絶句した記憶がありますが、古のヨーギーたちは凄いものですね。でも、彼らにできて我らにできないはずはありません。5分が10分になり、10分が30分になり、さらに1時間、2時間・・・と心はもはや時間を忘れて瞑想の流れの中で自分自身に深く深く潜っていくことになるのでしょう。

MYMでは、4月から大阪で瞑想クラスが新たに始まり、東京でも瞑想専科が始まります。瞑想はヨーガの主たる修練ですから、ぜひ深めていってください。

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春から始まる大阪瞑想クラス

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東京で始まる瞑想専科

明日は春分!悟りの彼岸を象徴する日です!心機一転するにはとってもよい季節ですね。

サーナンダ


毎週月曜日 ヨーガ・ヴィハーラでの瞑想会

みなさん、毎週月曜日の夜18時半〜20時半まで、京都のヨーガ・ヴィハーラで瞑想会をしているのをご存知でしょうか?瞑想会はクラスではなく、瞑想したい人が自主的に集まり、2時間黙々と瞑想をする会です。

ヨーガ・ヴィハーラの扉、この扉を開けが2階で瞑想会は行われています。

ヨーガ・ヴィハーラの扉、この扉を開けが2階で瞑想会は行われています。

この会は2人のヨーギーの熱い気持ちによって2013年の夏から始まりました。

でも実はこの2時間の瞑想会、さかのぼること16年前の2000年から存在していました。その後、瞑想会は2008年頃から形を変えていきます。1時間の瞑想の後、参加者でヨーガの学びを深めるサットサンガをしたり、2012年頃にはヨーガ・ヴィハーラを飛び出し、外の会場を借りて瞑想を学ぶクラスが出来ていきました。黙々と2時間瞑想をする「瞑想会」というものは6年間存在していなかったのです。

2013年のある日、一緒に食事をしていたYさんとKさん、この二人は2000年から瞑想会に通っていた2人なのですが「最近、瞑想できてる?」という会話から2時間の瞑想会を懐かしむようになったようです。そして、再び2人で瞑想会を復活させることを計画しました。誰も参加しなくても構わない!2人だけでも続けていく!それはとても強い情熱でした。

Kさんは6年ぶりに2時間の瞑想会に参加した感想を「うれしくて、うれしくてたまらなかった!」と話してくれました。

瞑想会を始めた2人ヨーギーYさんとKさん

瞑想会を始めた2人ヨーギーYさんとKさん

そんなKさんに2時間瞑想の醍醐味を聞いてみました。
はじめは、一人だと5分も座ることができなかったKさん、瞑想会に参加し、先輩の中で見よう見まねで座っていたと言います。アーサナクラスと一緒で会の間は勝手に途中でやめることはできないし、みんなが一所懸命瞑想していることが励みになり、少しずつ集中できるようになったと話してくれました。今は2時間座ることに苦痛はないと言います。「座る」ということはできたけれど、瞑想は内容が大切!!毎週通うことで瞑想の流れができ、自分の軸ができてきたと言います。
そして、瞑想ができるようになりたい人はとにかく一度参加してみてくださいと話してくれました。

瞑想に興味がある方、よかったら一度参加してみませんか〜?


松山瞑想特別クラス+上映会!

先週末3月12日、13日の土日に松山に行ってきました。

1日目は、昨年から6回続いた瞑想特別クラスの特別編を行ないました。参加された方を対象に、学んで来たことをもとに、実際的にどのように瞑想を進めていけばいいのか、三つの瞑想対象の選び方など、次の3つのことを丁寧に学んでいきました。

■座り慣れる・・・心を静かに保つ習慣をつける!
■真理の教えを学び瞑想する・・・心を調える!
■神/真我/真理にダイレクトに瞑想する・・・理想を育む!

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瞑想はテクニックではないし、ちょっとやってすぐにできるようなものではありません。準備が大事です。座法と真理の教えを学ぶことです。真っすぐに座り、毎日座り慣れていくことが大事です。淡々と黙々とした実践がなければ瞑想の成功はおぼつかないでしょう。何事もそうですものね。
そして自分にとって心地よい教えだけを取り入れるのでは、自分の心の領域から出られませんから、間違いのない教えを学んで、心と行動を調えていくことがすごく大事ですね。教えも知的に学ぶだけでなく、しっかりと瞑想し行動していくことが大事です。
急がば回れ!座法と教えの学びを実践していけば、次第に心は静まってきて、集中力がついてくることでしょう!そうすれば次第に自分の瞑想対象を捉えられるようになり、集中していくことができます。

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次のようないろんな感想をいただいて、日頃から瞑想を実践されている様子が伺え、とても嬉しく思いました。

  • 瞑想の感覚がつかめたように思います。
  • やってみるということが大事だということがわかりました。
  • 毎日コツコツと実践が一番大事!
  • 時間を作るためには生活を調えていかなければと思いました。
  • 「学ぶ」の必要性がよくわかりました。
  • 本当の事が知りたいと思うようになってきました。
  • 瞑想の対象と自分の理想は同じだと教わって驚きました。
  • 糸口が見えたような気がします。
  • 瞑想して体や心が消える感じがしました。
  • いつか本当の自分を知りたいと思います。
  • 1時間、2時間の瞑想に挑戦したいです。

2日目は、昨年11月3日に上演した「The Eternal Quest〜永遠の探求」の映像上映会を行い、その後サットサンガがありました。

アーサナ

キールタン

皆さん、ヨーギー・ヨーギーニーの呼吸が止まったかのようなアーサナの集中に感嘆し、キールタンの美しいバクタの姿と声に感動されていました。映像でも当日のプラーナが伝わって来た気がしました。大画面で観ると迫力もあります!今後も、各地で上映会を開催しますので、ぜひご覧下さい!

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上映会に続いてのサットサンガでは熱心な問答がありました。今回は特にキールタンの映像に触れたためか、バクティの質問、神へどのようにして近づいていけばいいのかという質問が印象的でした。確かにそうですよね!神って何かもわかりませんから!でも、聖者の物語を読んだり、神さまの物語を読んだりしながら少しずつ親しんでいけばいいし、何より神を愛するバクタに接すること、そしてグルと交流することが何よりハートの奥にあるバクティを目覚めさせてくれることでしょう!

そういうわけで、来月4月16日は、現代のバクタ―ミラバイを松山に迎えて、バクティ・サンガムとサットサンガが開催されます。何と、バクティ・サンガムでは先日のシッダ・マールガで上演した紙芝居がグレードアップして行なわれる予定ですよ〜!ぜひご参加ください。

4月16日(土)松山ヨーガ・サークル
13:30〜15:00 バクティ・サンガム(ミラバイ)
15:30〜17:00 サットサンガ(ミラバイ)

4月17日(日)松山ヨーガ・サークル
14:00〜15:30 瞑想特別クラス 実践編(サーナンダ)

サーナンダ

 

 


さまらさの台所 3月

今日は月に一度のさまらさの台所でした!メニューは、ホタルイカご飯、菜の花とホタルイカの天ぷら、わけぎと油揚げの酢みそ和え、三つ葉と卵のおすまし、ラディッシュのお漬けもの。いきいきした旬の食材を使いました。
使った食材
菜の花の天ぷら
菜の花の天ぷらのこだわりは衣にあります。葉物の天ぷらって油の中で水気が飛んだり、少し火が強いと焦げてしまったり、またパリッと仕上げるのが難しかったりしませんか?今回はそのすべてが上手くできるように、衣の配合を考えてみました。揚げてからしばらくしてもパリパリが長続きしてとても美味しかったです!

ホタルイカご飯
でも、今回の一押しはこちらのホタルイカご飯、調味料はほとんど使っていないのにとてもコクのあるお味です。あまりに簡単にできたので、みなさん驚かれていました。

毎回さまらさの台所では、旬の野菜を中心にした献立を紹介しているので、今回の「ホタルイカ」に驚かれている方もいるかもしれませんね。

さまらさでは、サットヴァ(清浄)を性質とする食材(野菜、穀物類、果物、木の実、海藻、はちみつ、豆乳、乳製品)を主にとりながらラジャス(刺激)を性質とする食材(ねぎ、たまねぎ、香辛料、卵、魚介類、コーヒー、紅茶、チョコレート)を適度に加えて食事をすることをすすめています。そして魚介類なら一つのものを丸ごといただく「全体食」をすすめています。全体食とはたとえば頭からしっぽまでいただく煮干しやめざしなどの小魚、そして今回ご紹介したホタルイカもこれに該当します。

食事は毎日のことですし、身体と心に影響を与えるのも事実。ヨーガによって心を清らかにしていくためには食事に気をつけることは大切です。ただ「これは食べてはいけない」「これを食べないといけない」というような厳しいルールがある訳ではありません。

わたしたちは他の生命をいただくことでこの体を維持しています。他の生命とは動物だけでなく、野菜、果物そして、水もそうです。すべて表れがちがうだけで、生命ある存在としては平等です。肉体がある限り、他の生命をいただくことによって、体を維持することができるということを忘れず、何をた食べるにしても感謝していただくことが一番大切だと思います。

食卓

 


シッダ・マールガ最終回 !

最近はすっかり春めいてきましたね。ダルミニーです。

先日3月6日(日)に、3年間続いたシッダ・マールガの最終回がありました。

シッダ・マールガ(成就への道)とはシュリー・マハーヨーギーを師と仰ぎ、ヨーガを真剣に志し、ヨーガの成就(シッダ)を望むヨーギーたちの集いで、約40名のヨーギー、ヨーギニーたちが切磋琢磨してきました。

最終回の様子です。

最終回の様子です。

最初は、一人一人が自分の理想を明確にしていくところから始まりました。何をするにも高い目標を掲げることはとても大切なことですよね。自分がこうありたいと願う理想の姿をしっかりと心に植え付け、揺るぎなくしていくこと、それがヨーガに情熱を傾け、道を歩む力になるのだと思いました。そこから理想とする聖者の姿に瞑想し、シッダであり続けた彼らの内面を感じとり、それを具体的に実践して生きるということを学んでいきました。

 

最終回は、クリシュナ神を愛しバクティを深めた中世のミラバイという聖女のお話を、現代のミラバイさんが紙芝居で紹介してくれました。

紙芝居「The  Story  of  MIRA's  LOVE  (ミーラーの愛の物語)」始まり始まりー!

「The Story of MIRA’s LOVE (ミーラーの愛の物語)」始まり始まりー!

中世のミラバイは、クリシュナ神を愛するがゆえに、それを理解できない人たちからさまざまな迫害を受けます。でもその困難を耐え忍び、すべてを受けいれ、それさえも純粋な愛に昇華させていった人でした。その愛は本当に切なく、狂おしいものでした。

みんな童心にかえって(?)熱心に紙芝居に集中しています。

みんな童心にかえって(?)熱心に紙芝居に集中しています。

ミラバイを理想として実践を続けてきた現代のミラバイさんは、ある時彼女の息吹を感じたといいます。聖者のハートを知り近づくためには、その聖者と共鳴しなければならない、そのためには自分の心をより純粋にし、ハートの振動を高めていくことが大切であることを知ったと教えてくれました。そして神とミラバイとの間には特別の約束があって、ミラバイはその約束を果たすためだけに生きた人であったと思う、わたしたちも自分の理想神との関係をより深め、愛し、それを実現していくべきだと力強く話してくれました。

現代のミラバイ

現代のミラバイ

 

この3年間、参加したヨーギー、ヨーギニーたちは、ある時は自分の心を見るのが怖くて逃げ出したくなったり、自分の心のあり方をずばりと指摘され恥ずかしかったり、知らない自分の心の中を垣間見て驚いたり、また他者の心に共感し涙を流したり、笑ったりしました。そうやって自分の心と向き合い、さらには清らかな聖者のハートに瞑想することによって、あるべき理想の姿に少しずつ目覚めていったのだと思います。シッダを目指す道の途中で起こることは、すべて霊的な成長を促し、心をより純粋にしてくれるものなのだということも、みんなの変化を見て分かるようになりました。

ある時、師はおっしゃいました。

永遠の存在の本質である本当の愛を、全ての行為を通して発散させていってください。

私は本当に師がおっしゃったとおりのことが起こりつつあるのだと思っています。それは大いなる導きによって、みんなが心の限定枠から飛び出して、理想に向かって自分の可能性を試し始めたからです。この3年の間に本当にヨーギー、ヨーギニーたちの間でさまざまな出来事が起こりました。予期していたのか、いなかったのか、起こるべくして起こったのか、それはさまざまな活動を通して発散されていったのでした。これからも高い志をもって、ヨーガの成就への道をみんなと共に歩んでいけますようにと願います。

最後に、常に私たちを見守り導いてくださった師と、すべてのものに神を見て、献身奉仕する大切さを、身をもって私たちに示してくださったヨーギーの皆様方に感謝を捧げます。

ありがとうございました。

ダルミニー


純粋であること

先週の土曜日はサットサンガ(真理の集い)がありました。東京や松山からたくさんのグルバイ(ヨーガの仲間)が集まりました。その中には久しぶりにヨギさんに会う人、初めてヨギさんに会う人もいました。ヨーガの実践について途切れることなく質問は続き、あっという間の2時間半でした。

初めてサットサンガに参加した方の質問で「純粋であることとはどういうことですか」というものがありました。

ヨーガとは心を純粋にしていくことです。そのためには完全で純粋であるものに近づき一つになることが求められます。

 

純粋であることとは、誠実であること、素直であること、計らいがないこと。真理や神は純粋な存在であるから、それに向かうことで純粋さを増すことができる」

 

サットサンガでは無努力の瞑想ができると言われます。ヨギさんの答えを聞き、理解しようとすることで、純粋である真理や神に自然に心を奪われ染められていきます。ハートに刻まれたその印象を大切に、日常で瞑想を続けようと思いました。