パラマハンサ

パラマハンサ・サーラ 表紙

パラマハンサ(MYM会員機関誌)108号が発刊されました!プラナヴァ・サーラには、12月に行われたサットサンガでの師と弟子の質疑応答が載っています。この日のサットサンガのことはとてもよく覚えています。北海道から約一年ぶりに師であるヨギさんに会いに来たグルバイ——彼女はヨギさんの正面に座っていましたが全身から歓びが溢れ出ていました。私はちょうどヨギさんが座っておられる所のすぐ下にいたので、その歓喜する様子、そしてその様子をご覧になりとても喜ばれているヨギさんのお顔を今でも記憶しています。

彼女は瞑想の体験について、ヨギさんに質問されています。それは、ヨギさんに瞑想していくと流れ星の雨が降るような宇宙空間の中にぽっかりと浮遊しているようになることがある、それをさらに深めるためにはどのようにすればいいのかというものでした。(詳しくはパラマハンサNo108号をご覧くださいね)

全身全霊で質問される姿を目の当たりにし、どれほどの思いで日々瞑想されているのだろう……と思わずにはいられませんでした。きっとヨギさんに会えない寂しさや恋しさ、お会いすることを心待ちにする思い、すべての感情でもってヨギさんに瞑想されているのだなと感じました。ヨギさんも彼女の真剣さ、瞑想の様子に感心されていました。彼女を見ていると、グルと弟子との関係は物理的な距離は関係ないのだと思わざるを得ません。

彼女の質問をきっかけにしてこの日は瞑想の質問がたくさん出たと記憶しています。瞑想は対象に向かって集中するところから始まります。その結果として、その対象と一つになる状態をサマーディ(三昧)と言います。サマーディにはいくつもの段階があり、瞑想の深さ、心の純粋度によって体験されるものは異なるようです。……というのも、いったい誰がそのすべてを体験しているのでしょう。私には「…のようです。」と仮定して、もしくは「そのように聞きました」としかお話しすることが出来ません!

しかし、サットサンガの中でヨギさんがサマーディについて話をされるとき、「ヨギさんはすべてを当たり前のことのように話される!」と思うのです。そんな時はいつも「私の知りたいことをすべて知っておられる!」と確信します。そんなときは細胞一つ一つが歓びで生き生きと活動し、まるで電気が走ったかのようになり、興奮するのです。そして子供がまだ行ったことのない世界のお話を聞き、胸いっぱいに思いを膨らませ、話を聞くことをせがむように、いつも「もっともっと話を聞きたい、話が終わらなければいいのに」と思うのです。今回のパラマハンサを読んで、その時の興奮が蘇ってきました。

瞑想は地道に続けるものです。時には「私の瞑想って進んでいっているのかな〜?」と思うほどに何の心の変化もないかのようなときもあります。しかし、時としてこうして生きた瞑想の歓びに触れるたび、また新たな気持ちで続けていこうという気持ちになるのです。質問をしてくださったグルバイに、そして、その時の興奮を思い返すことが出来たパラマハンサに、いつも新鮮な歓びを与えてくださるヨギさんに感謝しています。

サティヤー

 


4年が経ちました

2011年3月11日午後2時46分18秒、死者数約15800人、行方不明者数2590人、大惨事を引き起こした東日本大震災から4年が経ちました。ここ福島では帰還困難区域の整備の遅れ、東電の補償問題、被災地に住む人たちの高齢化の急激な加速、仮設住宅の孤独死、風評被害による企業の経営危機…などなど、色々な問題が山積みですが、それでも少しずつ復興に向けて進んでいることもあります。

今月の1日、常磐道自動車道が全面開通しました、常磐自動車道というのは、埼玉と仙台を結ぶ高速道路です。これによって首都圏と東北の行き来が容易になりました。この道は東日本大震災の原発事故で工事は中断し、三年遅れで計画から約50年をかけてようやく完成となりました。この道路については、人の往来が活発化し地域の活性化につながるという希望的見方がある一方、立ち入りさえ禁止されている帰還困難区域や自由に入れるが住むことができない居住制限区域を通り、最も原発に近い所では、約6キロの場所を通るため、その安全性が疑問視されています。このような区域の料金所には線量をモニタリングする電子ボードがあり、今のところその線量は国が規定する値を下回っているようですが、被爆の危険を心配し安全のためなら遠回りする方がいいという意見もあるようです。また、いずれこの道は、放射性物質に汚染された土の中間貯蔵施設予定地の双葉、大熊両町にも繋げられ、その搬入路としての大切な役割を担うだろうとされています。

私個人としては、結構喜んでいます。なぜなら、ここから東京まで一本道、車で行けるようになるからです。あとは、私の運転能力だけです…。ふふっ。東京も賑わってきたみたいですし、もっと運転頑張ります。

話は当時のことに戻ります。この二年間、一緒に働くスタッフから何度も何度も震災の時の出来事について話を聞いてきました。私はインドにいたので、当時のことはコルカタで見たテレビのニュースで知ったことがほとんどです。スタッフの話の多くは、メディアでは知ることができない個人的なことや病院のこと、この地域周辺のことです。今日はその中のほんの少しですが、ここであった当時の出来事をお伝えしたいと思います。

私の職場は原発から25キロの所にあります。震災後、次々と職員はここを離れていきました。気づけば、それまでの3分の1になっていたといいます。でも、入院患者さんはいるので、残った職員で患者さんの命を守り続けないといけない。いなくなった給食調理人さんの代わりに事務の人たちが残されたレシピを見ながら患者さんの食事を作り、看護師に代わって食事介助をしました。震災後原発事故の影響でここには一か月ほど自衛隊すら来なかったため、食材が手に入らず、日に日に給食の種類も量も減っていったといいます。いつか患者さんは飢えて死ぬんじゃないだろうか、みんなそう思ったそうです。(でも、糖尿病患者さんは逆に病気が良くなったらしい…。やっぱり現代人って食べ過ぎなんだなあ。)

師長の責任を果たすことは、とても厳しい任務を引き受けることでもあります。ある病棟の師長さんは、子どもが津波で流されました。でも、それを悲しむ暇もなく時間を問わず患者さんと病院のために働き続けました。彼女の家族も総出で病院の仕事を手伝ったといいます。

病院は3月19日、患者さんを県外の病院や施設に避難させるためバスで移動させました。それまでに患者さんそれぞれの荷物をまとめ、すぐにバスに積めるよう、少ない職員で夜勤も日勤も関係なく働き続けたそうです。でも、ずっと寝たきり状態だった患者さんが普通のバスに何時間も乗ることには耐えられません。バスの中で急変し亡くなった方もいたそうです。

行政も住民を避難させるために不眠不休で働いたといいます。バスを用意して地域住民を移動させようとしました。ある日、町の放送でこう聞かされたそうです。○月○日最後のバスが出ます。このバスに乗るかどうかは各自で決めてください。もし乗らない場合、個人の責任で避難してもらうことになりますが、その場合補償は出ませんと。でも、最後のバスが出るその日、まだ病院に患者さんはいたのです。職員は悩みました。去るべきか、止まるべきか。3月19日すべての患者さんの移動が終わると、残ったスタッフが集められ、院長から病院を一旦閉めることが伝えられました。再開は保障できないので、他で働いてもいい、でも再開した時には、できたらまた戻って来て欲しいと言われたそうです。このことを話してくれたスタッフは、その後もすぐには避難せずここに住み続けました。他の店も会社も閉まっているので、どこかで働くこともできない。放射線量が高いから外に出るなと言われる。ごみの収集もなかったため、町はゴミだらけだったといいます。

こうして守り続けてくれた人がいるから、今も病院は存続し地域の人が医療を受け続けることができる。そして私の働く場がある。今彼女たちはあの時の地震の揺れさえ笑って話してくれるけれど、多くのストレスを自分で克服してきたことがその様子から感じられます。ここの未来はおそらくまだたくさんの困難が待っているに違いない。でも私が二年ここで過ごして感じることは、たとえ現実が思いのままにいかず重く苦しかったとしても、その現実に踏みとどまり忠実に生きようとする時、それを生き抜く力が与えられるということです。

今日はそれぞれがあの震災に向き合う日です。私は仕事ですが、2時46分には職員みんなで黙とうを捧げます。震災によって犠牲となられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

「ここからいわき方面を走る常磐線は寸断されたままです。開通は2017年だそうです」

「ここからいわき方面を走る常磐線は寸断されたままです。開通は2017年だそうです」

ユクティー

 


さまらさの台所

今日は月に一度のさまらさの台所でした。

今回のメニューは、サモサ(インドの包み揚げ)とチャイ(インドのミルクティー)です。
レストランで食べたこと(飲んだこと)があっても作ったことがない、また作れると思っていなかったという方が多く、初挑戦のお料理を楽しみに来てくださった方が多かったです!

サモサ作り satya
サモサ作り みんなで

特にサモサの形を作るときは、みなさんとっても真剣に、そして独自の形を追求して!?みんなで和気あいあい、盛り上がっていました。

カレー盛りつけ

食事はサモサと相性抜群!ほうれん草カレーを用意し一緒にいただきました。
これも以前さまらさで紹介しましたね〜。

今回の参加者の方からとても嬉しいお話を聞きしました。
その方は3週間ほど前のヨーガ・瞑想クラスに初参加されました。その時の感想は、仕事帰りだったこともあり、クラス中に身体がとてもしんどく、くたくたになったと言われました。
実は私もそのクラスにいたのですが、とても集中してアーサナをされていたことを覚えています。そして、見本通りの形を作ろうとされているのが伝わりました。クラスの後には「しんどかった・・・」と言われていたので、ちょっときつかったのかな……と心配していました。

しかし!!帰る途中から変化があったのだそうです。背骨がしっかりとのびていき、翌日にはとても元気になったと話してくださいました。その身体の変化は3週間ずっと続いていると言われるのです  😛 たった一回のクラスでこんなにも効果があるなんて本当に驚きだし、これからも続けたい。身体の調子が良いことが精神面にも影響していると生き生きとお話しくださいました。

きっと、正しくアーサナの形を作られていたので、チャクラ(背骨にある7つの気のセンター)が活性化され、身体の隅々にまで気(プラーナ)が行きわたり、元の気の状態「元気」になったのだと思います。お話を聞いて、改めてアーサナのすごさを実感しました。

アーサナと同時に、日々の食生活に気をつけていいただくと、より一層の効果を感じていただけると思います。またさまらさの台所にもみなさまお越し下さい!

サティヤー

 


それぞれにとっての宗教

前回書いた東洋文庫ミュージアムのイスラーム展では、ヨーロッパ言語に訳された『コーラン』も展示されています。それを翻訳した東洋学者さんについても説明されていました。1764年英語に訳したジョージ・セイル、1949年フランス語に訳したレギ・ブラシェール、1888年ドイツ語にはテオドール・ネルデケ。それぞれ学術的にとても高い評価を受けているそうです。日本語訳で初めて出版された『コーラン』は1920年で歴史家の坂本健一さんという方が訳されたみたいです。

イスラームを研究したヨーロッパの学者さんたちは、それぞれの宗教を信仰していました。イスラームに造詣が深かったからと言って、イスラーム教にみんな改宗したわけではなかった。イギリスのジョージ・セイルなんかは、イスラームに対する見方はとても厳しく、自分が信じるキリスト教と同価値であるとはみなしていなかったそうです。でも、彼らはイスラームの研究に対する情熱を持ちながら、どうして自らの宗教を変えることはなかったのでしょうか。自分の信じるもの以外にどうしてあれだけの情熱を注ぐことができたのでしょうか。もしかしたら、自分の宗教とイスラーム教が最終的には同じところに辿り着くことを証明したかったのかも知れない。真実は分からないけれど、私は彼らについての説明を読みながら、じっとマザー・テレサのことを考えていました。

マザーの施設の中で最も有名なニルマルヒリダイ(Nirmal Hriday)というホスピスがあります。日本語では「死を待つ人々の家」と訳されていますが、ヒンディー語で「聖母の汚れなき御心」という意味です。路上から瀕死の状態で運ばれてくる人たちは、まず名前と宗教を聞かれます。イスラーム教の信者には臨終の際にシスターがコーランを唱えて聞かせるなど、それぞれの宗教の教義を尊重した看取り方、埋葬の方法を行っています。

マザーはカソリックのシスターなので、きっとキリスト教を普及させたいだろうと思うのが当然かもしれません。でも、彼女は一人の人間にとっての宗教とは、人が関与できる問題ではなく、人知を超えた神とその人との関係であると考えていました。彼女は、自分が神を礼拝するために選んだ宗教はカソリックであり、これは神が自分に与えてくださった最高の贈り物であるけれど、それを誰かに自分が与えられるものではないと、ある手紙に書いています。また、もし人がある宗教を信じるなら、それは疑いなく100%信じられるものでなくてはならない、もし少しでも疑いがあるなら、それはその人に与えられた神に至るための本当の道ではない、また別の道を探さなくてはならないのだとも語っていたそうです。

非常に熱心なキリスト教信者の中には、彼女のこういった態度について、キリスト教の布教と改宗に積極的でないと批判する人もいたそうなんですね。このような批判を聞いてマザーはこう言いました。

「I do convert. I convert you to be better Hindu, a better Catholic , a better Muslim , or Jain or Buddhist . I would like to help you to find God. 」

改宗させましょう。あなたを良いヒンドゥー教徒に、良いカソリック信者に、良いイスラーム教徒に、ジャイナ教徒にも仏教徒にも改宗させましょう。私はあなたが神を見い出すのを助けたいのです。

宗教の違いを超えて誰かを神に近づけることができる人、それが真の信仰者なのだと彼女はいつも教えてくれます。

東洋文庫ミュージアムの一階オリエントホール、東洋文庫さんのブログの写真からお借りしました

東洋文庫ミュージアムの一階オリエントホール、東洋文庫さんのブログの写真からお借りしました

ユクティー


聖地を巡る

パワースポットなるものが人気ですね。
(今でも人気があるのかな? もう下火なのでしょうか?)
われわれ日本人は宗教を毛嫌いしていると自分たちでは思っているのですが、世界でもまれに見る宗教的な民族だと思います。
どうしてパワーがあるのか知らなくても信じることができるわけですから。(感じる能力が精細とも言えるし、ある意味では迷信的とも言える)
それが良いところであり、悪いところでもあると思います。

パワースポットというのは、昔の言葉で言えば「聖地」ということなのだと思います。
聖地はどうして聖地なのか?
そこで聖なることが行われたからです。

そこを訪れる人が皆、聖なる気持ちをもって歩くだけでも、その思いが土地のプラーナ(生命)として蓄積されて、現代的に言えば「パワー」として感じられるのでしょうね。
特に、聖なる人がかつて住んでいた場合には、特別な聖地になります。
聖者の純粋な思いと行為がその地に染みつき、人々にそれを思い出させ、また無意識のうちにもそれに影響されます。
インドにおける聖地というのは、そういうものです。
インドの人はそうした聖地を巡って、かつてそこに生きた聖者たちの思いや息吹を浴び、祝福を受けようとします。

シッダ・マールガでは今、そういう試みをしています。
かつてこの地上を生きた聖者たちの生命(いのち)、息吹を感じ、清純な思いと憧れで、その生命の中に入っていこうとしています。
手がかりは彼らの生きざま、その行為と言葉です。
残された手がかりを頼りに、彼らの思いそしてハートへと入り込んでいきます。
どのような決意をもって彼らは悟りを目指す旅に立ったのか? 日々を淡々と過ごしながらも、その無執着とは対称的な燃える信仰をいかに生きたのか? 彼らの人々を見つめる眼差しはいかなるものだったか?
残された情報は多くはありません。
それでもその行間に彼らの魂を感じることができます。

今週日曜日のシッダ・マールガでは、佐野さんが素晴らしい発表をしてくれました。
近代の覚者シュリー・ラーマクリシュナの直弟子、スワーミー・ラーマクリシュナーナンダについて本を読み、彼の生きざまについてじっくり考えて、瞑想をしてくれました。
じっくりとはいっても、考えて瞑想していたのは実質3日だったそうです。
時間・期間の長さではなく、やはり瞑想は集中の強度が大事だということが改めて分かりました。
インドの地図を買ってきて、スワーミーが歩いた足跡を丹念に辿りながら、まるで聖地を歩むように、彼の魂の足跡を辿っていったようです。
その地を歩き、修行に情熱を傾け、そして人のために働いたスワーミーの短い生涯が、佐野さんの言葉を通して伝わってきました。
特に、師であるシュリー・ラーマクリシュナに捧げられた思いが格別で、それが彼を愛と無恐怖の境地に導いたことが印象的でした。

聖地を巡ってパワーをもらうというのも、その根源の真実を知って、むしろダイレクトにその聖なる生命の源に入っていけば、単なる迷信に終わらない、確かな祝福があると思います。
そういう意味で、聖者たちのハートこそが詣でるべき真実の聖地であり、またその息吹を感じられれば、われわれの心もまた聖地にすることができるのだと思います。

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もっと知りたくなったイスラーム展

今日はこの間の続きではなく、先週東京に行った時のことを書きます。東京には研修で行ったのですが、帰りに近くの東洋文庫ミュージアム(文京区)で開催していた「もっと知りたいイスラーム展」を見に行きました。ここは、アジアの歴史や文化に関する東洋文学の研究図書館(東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館であり、世界5大東洋学研究図書館の一つ)である東洋文庫さんが開設された博物館です。建物はとてもシンプルなんですけど、中に入ると見る人が展示の世界に引き込まれ、そこに静かに浸っていられるような空間を提供してくれます。そして展示の内容も魅力的です。今回は話題のイスラームについて。イスラームの誕生から預言者の意味、歴史や宗派生活規範、イスラーム原理主義にいたるまで、様々なことが書物や絵などを用いながら説明されています。日本との関係も。日本にイスラーム世界の情報が入ってきたのは19世紀以降ですが、西アジアとの交流は600年代の書物からも断片的ではありますが見出せるそうです。室町時代には、相国寺の僧侶が中国から連れてきたアラブ人が京都に住んでいたという記録も残っているとか。

そして何と言っても今回私の心を打ったのは、イスラーム教の聖典『コーラン』です。より正確には「クルアーン」と発音するそうですが、14世紀に現在のシリアで書写されたアラビア語の『コーラン』が展示されていて、それが本当に美しい!!でも、それにも増して美しいのが(私の個人的な印象です)、ペルシャ語の『コーラン』です。ガラスにへばりついて見てしまいます。文字ってあんなに綺麗なものなんですか⁉でも、『コーラン』は預言者ムハンマドに授けられた唯一の神アッラーの言葉(啓示)をまとめたものであり、その預言はアラビア語で授けられたため、神の言葉を置き換えるなどということは許されず、『コーラン』をアラビア語以外に翻訳するということは長らく禁じられていたそうです。今ではできるようになりましたが、それでも「アラビア語以外の言語で書かれたものはコーランとはいえない」という考えは変わらず、他の言語で書かれたものは『コーラン』そのものではなく、「コーランの注釈書」とみなされているようです。『コーラン』とはアラビア語で「誦まれるべきもの」という意味であり、礼拝の時にはアラブ圏以外のイスラーム国の人々も暗記したアラビア語のものを暗誦するそうです。しかし、文字があんなに美しいと感じたのは生まれて初めてでした。きっとアラビア語やペルシャ語の文字が美しいのでしょうが、各節の区切りを示す金色の花や、発音の注意点を書き加えた赤い記号もまた、『コーラン』の美しさをより際立たせているのではないかと思えます。

イスラームとは、神に帰依するという意味のアラビア語だそうです。『コーラン』の中にはどんなことが書かれているかはよく知らないのですが、神を求めた人たちがイスラームによって神に至る道を見い出し、それを守り伝えようとした、そんな彼らのひたむきな思いに触れ、共に神に向かいたいという気持ちが掻き立てられました。

近くに行かれた際には、足を運んでみてくださいね。

イスラム展

ユクティー


アーサナ・瞑想クラス

こんにちは、昨日のアーサナ・瞑想クラスの様子です。

アーサナ瞑想クラス ハラアーサナ

アーサナ瞑想クラス マッチェーンドラ

まだまだ寒い日が続いていますが、時折、日差しに春の気配を感じるようになってきました。
最近、クラスでは体験に来られる方が増えているように感じます。
昨日は初参加の方が2人来られていました。春を間近に、何か新しいことを始めよう!という気持ちになるのかもしれませんね〜。初めて参加された方も、クラスの始めには少し緊張されていたようでしたが、クラスの終わりにはリラックスされ、とても集中してアーサナをされていました。
2時間のクラスの中で、呼吸とともに心がどんどん落ち着いていくのを感じました。

このクラスは、4月から体験コースになります。ぜひこちらにもご参加ください。

サティヤー

 


ヨーガの実践「他者だけのために行為する」

皆さん、こんにちは、ダルミニーです。

先日職場で、上司から注意を受けました。

「もっと相手の立場に立って、仕事をするように」

なんということでしょう。このエゴと無知を無くすためヨーガを実践しているはずなのに、相手の立場に立って仕事をするように心掛けていたはずなのに、この言葉は私の師からいただいた教えのように私の心に響きました。

エゴとは自分中心に物事を考えることです。自分がいちばん心地良いように行為することです。無知とは以前にも言いましたが、この世の中に対する誤った見方です。永遠でないものに永遠を見ること、浄らかでないものに浄を見ること、幸福でないものに幸福を見ること、私でないものに私を見ることです。

私は素直に反省し、今後も気を付けますと伝えました。すると上司は言いました。

「これはとてもいいことなのだ。これを機会に改善できればいいことだし、これはあなただけのことではなくて、みんなの意識がもっと高くなっていってくれれば嬉しい」

なんと、これも私の師から教えられたような気がしました。それから上司は引き続き、

「あんまり相手の言うことを聞きすぎると、大変なことになることもあるから、その点は注意して」

なんとも、そのへんの境界が難しいものです。しかしインドの聖者の方々は、一切の自分というものを無くして、他者だけのために行為されています。本当に高い境地におられるのですね。自分というエゴ意識が全くない状態、それが本来の理想の人間の姿なのでしょう。

『ヨーガ・スートラ』に「心の作用を止滅することがヨーガである」とあります。心はいつも外界の刺激にさらされて、ああでもない、こうでもないと右往左往しています。そしてこの心と身体を私だと思い、その私を満足させるために心を働かせています。心の作用を止滅させるということは、そういった心の動揺を少しずつ静めていって、そうして不動の状態に留めておこうとするものです。

しかしそれは並大抵のことではありません。私たちは本当に大きな仕事に立ち向かっています。この困難な仕事を推し進めるためには、日々の実践と大いなるものへの憧れ、具体的に思い描く理想の姿への憧れが大切なのだと思いました。どうありたいのか、どうなりたいのか、自分の未来の具体的な姿をイメージし、その姿に近づいていけるよう努力することが大切なのだと思いました。

その話のあとには続きがあります。私はその日、上司から注意を受けたのでちょっと元気がありませんでした。しかしその夜、私は大いに人から感謝される夢を見たのです。

師から、「この世の出来事は夢のようなもの、早く夢から覚めなさい」と教えられています。全く真反対のその夢を見た時、本当は何が現実なのだろうと思いました。本当のこと、真実ってどこにあるのだろうと思いました。でもその時に一条の光のように差し込んでくるのが師のお言葉です。

「誰もの中に真実があります。それこそがリアリティです」

師の教え、ヨーガの教えが私の生きる支えです。今日もまたむくむくと勇気がわき起こり、本当の自分、真実のために生きて行こうと元気いっぱいになる私なのでした。

みなさん、日々お仕事大変でしょう。ご苦労様です。日常生活の中にこそ、ヨーガを実践する場所があります。ヨーガの教えにそって日々の生活を送ることこそが、この世間という大海の荒波を渡っていく大切な智慧と力になります。ヨーガという大船に乗って、みんなでこの大海を渡りきりましょう。

またクラスに来てくださいね。待っています。

 ダルミニー


次の瞬間に死んでもいいという生き方

死をなぜ、どのようにして受け入れ始めるのか。私の経験をもとに書いていきたいと思います。それは、症状が進むにつれ、死が近いことを見せつけられるからです。どれほど否定しても、心で誤魔化して死を見ることから目を逸らそうとしても、それが簡単に打ち砕かれるほどの現実を突きつけられるからです。簡単に言えば、症状の悪化を日に日に感じるようになるということであり、それに耐えきれないようになっていくということです。それは、死を自ら受け入れるというよりも、有無をいわせず、手の中に投げ込まれるという感じです。もう、どこにも逃げられない、そう思った時、絶望という鉛のように重く、黒い闇が自分の心を支配するようになります。それとともに、この状況はどんなに近しい、自分を愛してくれる家族や友人であっても、誰も助けることはできないということ、例えたくさんの人に看取られたとしても、現実に死を迎えるのは自分だけであり、孤独の中で死ぬしかないのだということを痛感させられるのです。

だから、死に抵抗しようとする無駄な心は、剥がれ落ちるように離れていきます。諦めですね。完全に諦め切れるということは、無いのかも知れませんが、少しずつ、現実の進行と共に、心もそれに付いていくようになります。まだ、自分にはやり残したことがあり、それが達成できない悔しさがあるかも知れない。自分が去ることで、この世に残していく愛する人を不憫に思う悲しみが死の受け入れを阻むかも知れない。でも、死は、そんなものはいとも簡単に打ち壊してしまいます。

そして神は、死を前にした私たちの内に、熱心な問いかけが生まれるのを待っているのです。なぜ自分がこの世に生まれたのか、なぜこうして死んでいかなければならないのか、という普遍的な問いかけを。この神秘的な、でも人として生まれてきた根本的な問題について、私たちは自分の力だけで本当の答えを見つけ出すことは難しいのです。でも、もしその探求が自分の命を捨てるほどに熱心になされるなら、死という運命すら変えてしまうかも知れない。死を前にして命を捨てるというのも不思議ですが、実は、この人間的探究がもたらす力というものは、私たちの想像をはるかに越えるものがあるのです。

それで、次の瞬間に死んでもいいという生き方ですが、この人間的探究から始まります。本当は、死が差し迫ってからそれを始めても、その生で答えを見つけるために与えられた時間は、とても短いということになります。だから、私たちは、常日頃からその探求に力を注がなければならない。

イエス・キリストはこう言っています。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」。神という言葉が出てきますが、これは、真理を、命を、生きるということの本質を探究することであり、「何よりもまず」というのは、すべてのことにおいて絶対優先ということです。イエスはさらに「もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい」「もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい」とまで言っている。とても極端な例えに思えますが、命を懸けて、まさに与えられた時間と力をすべてこの探究に注ぎ込みなさいと教えているのです。他に長い例え話で説教している場面もあります。彼がどれほどそのことを弟子たちに伝えようとしていたか、よく分かると思います。

そして、もう一つ必要なのは、探究するための方法です。それは、終末期にある人に対しても、死と対峙する恐怖に手を差し伸べてくれるものとなるのです。

 

またまた長くなったので続く

ユクティー


さまらさの台所

今日は2月のさまらさの台所の日です!
今月からは第二日曜日に変更になりましたので1月の台所からあっ!という間でした。

今日のメニューは「豆腐いろいろ」ということで、豆腐を使ったメニューを4品ご紹介しました。
10人分の食事ですが、豆腐がたくさんあります。また旬のお野菜もいただきましたよ。
お野菜はいきいきしています!まさに「旬」ですね。

 さまらさ2月とうふいろいろ

さまらさでは、旬の野菜(食材)を中心に、良質な食材を使って毎日の食事をしていくことを提案しています。それらをいただくことによって身体は清浄に保たれ、同時に心にも良い影響が与えられるのです。今回は具体的に良質な食材とは何か?をみんなで学びました。豆腐のステーキ、白和え、豆腐のサラダ、ひじきの甘酢漬け
豆腐のステーキ、白和え、豆腐のサラダ、ひじきの甘酢漬け

今回のメニューもとっても簡単!すぐにに出来上がるものばかりでした。ぜひ日常のレパートリーに加えていただければと思います。

食後はゆったりとした雰囲気の中、みんなでしばらく談笑をして過ごしました。
とても和やかな時間を過ごせて幸せでした。

今回の参加者から感想をいただいているのでご紹介しますね。

「本当に美味しかったです。レパートリーとしてよく作るようになるのではないかと思います。」

「毎回新しい発見がや驚きがあり新鮮な気持ちにさせてもらっています。
家に帰って料理を作る楽しみもあり、自分の生活を丁寧に送っていくヒントをたくさんいただいているように思います。」

「旬のものを使って手早く作り、余分なものは入らず出来上がる。料理本来の意味を考えさせられました。」

みなさまありがとうございました〜!
次回は3月8日(日)11:00〜、ヨーガ・ヴィハーラで
メニューはサモサ(インドの包み揚げ)とチャイ(インドのミルクティー)です!

サティヤー