キールタンの醍醐味 ②東京にバクティ・サンガムが帰ってきた

晩秋のきりりとした空気の晴れやかな東京の朝。待ちに待った「東京特別バクティ・サンガム」の日がやってきました。バクティ・サンガムとはキールタン(注1)を通じて神について学び、愛を高めていくクラスです。歌好きや音楽好きにはとりわけ楽しいひとときでもあります。今回はヨーガの歩みの中で長くキールタンを歌い続け、多くの方々に神の喜びと信仰を伝えてこられた先輩弟子のミラバイさんを京都からお迎えしてのクラスとなりました。あの?!ミラバイさんが「東京で!目の前で!」歌ってくださるなんて夢のようです。当日は嬉しいことに青森、愛媛、大阪、静岡などの遠方からも含め17名の皆さんが参加されました。ミラバイさんの歌声の威力は絶大です。

コロナ禍を経て久しぶりの実開催のためか、東京という少々気取った土地柄のせいか、着座した皆さんからは期待と同時に微かな緊張が伝わってきました。一番緊張していたのは私かもしれませんが……。
ひとたびミラバイさんの声でキールタンが歌われ、追いかけて皆さんの歌声が聞こえてくると、会場はたちまち神様の愛に満たされたかのように暖かい雰囲気に包まれました。
今回はシヴァとクリシュナを讃える歌を1曲ずつ歌いましたが、クリシュナの歌の時には立ち上がって手を繋ぎ踊る方もいて、まるで東京にラーサ・リーラー(注2)が現れたかのように見えました。

私はハルモニウムを弾かせていただきましたが、演奏しながらこんなイメージを思い浮かべていました。前奏に続いてミラバイさんの声が天から聞こえてくる。さりげなく入ってくるナンディニーさんの太鼓はシヴァ神の足音。はじめは軽やかに、そして次第に力強く! 追いかける参加者の皆さんの声が厚く重なってくる。私も歌う!! やがてそれらがひとつになって昇竜のように空に舞い上がっていく。「演奏冥利に尽きるなあ!!」とずっと感じていました。

クラスの最後に、参加された方が「コロナ禍が終わり、こうして皆さんと直接お会いしてキールタンを歌えることが本当に、本当に嬉しい」と涙ぐみながら感想を話されたことがとても印象に残りました。他の皆さんも同じ気持ちだったことと思います。開催できて良かったと心から思った瞬間でした。

個人的には「バクティ・サンガムでミラバイさんの隣でハルモニウムを弾く!」という、初めてハルモニウムに触れた時からの秘かな夢が実現してしまったわけです。神様への愛の強さについて自問自答すると恥じ入るばかりに未熟な私ですが、このような機会が与えられたのは師の恩寵によるほかありません。東京の先輩グルバイの皆さんが、参加される皆さんのことを一番に考え準備されてきた今回のバクティ・サンガムはひとまず終了しましたが、これに留まることなくヨーガの学びに励んでいきたいと思います。今、師の御声が聴こえてきます。
「これがゴールじゃないで」

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最後に参加者のSさんから寄せられた感想をご紹介します。

「日曜日は大変貴重な体験をさせていただきありがとうございました。初めて触れた生のキールタンがミラバイさんによるものだったことはすごく幸運だったのではないかと思っています。美しいお声やお話やお姿全てに深い信仰を感じました。
始めは皆さんを乱さないようにとおっかなびっくり小声でひっそりと歌っておりましたが、ふと歌詞カードから顔を挙げると目の前で太鼓を叩くナンディニーさんの喜び溢れるお姿が目に飛び込んできて目が離せなくなりました。突然熱いものがこみ上げてきて堪えきれず涙が零れてきたのには我ながらびっくりしました。私というより私の内なる何かが悦んでるような、自分ではコントロールできない感覚を覚えました。その後は何でもいいから自由に歌いたくなって声も大きくなっていました。
そして翌日、いつもは起きたとたんに大好きな常連曲が頭をぐるぐる回っているのですが、その中に昨日聞いたばかりのキールタンが時折顔をのぞかせます。今まで見たことのない景色を見せていただいたような、新たな世界への一歩かもという予感と共にキールタンのパワーの大きさに驚きワクワクしています。素晴らしい会をありがとうございました」

(注1)キールタン:インドの神々の御名を繰り返し唱え賛美する歌
(注2)ラーサ・リーラー:主クリシュナとゴーピーが輪になって踊る遊戯のこと

小菅貴仁


『マハーヨーギーの真理のことば』第十三章 瞑想ーー基礎編

私は10代の頃から「早く落ち着きたい」と口癖のようにしょっちゅう言っていました。自分はただ落ち着きたい願望が強いタイプだと思っていましたが、ヨーガに出会い、「自分の中に真実(神)が在る」という教えを知り、「落ち着きのない心が静まってわだかまりのない心境になることで、自分の中に在る真実(神)が自ずと顕れてくるのか」と妙に納得しました。ずっと感じていた落ち着きたい願望は、「自分の中に在る真実(神)を無意識に求めていたからだ」と気付き、嬉しくなりました。そしてそれを実体験したいと思い、瞑想を始めました。
瞑想における心とその奥に在るものについて、『マハーヨーギーの真理のことば』第十三章 瞑想ーー基礎編に説かれているので引用させていただきます。

瞑想の実際的な面として、座って息を調えて心を落ち着かせる、これも簡単な瞑想の一つになりますけれども、経験すると、少々普段の活動とは違う心地良さが伴ってくると思うのです。その心地良さがどこからくるのか、これは私たちの本質として、心の潜在下、奥の方にはもう既にその心地良さのような状態、平安な状態があって、逆説的ですけれども、普段は心の表面の活動によってその平安な状態が現れないでいる。日常の様々なことや行動、あるいは心の様々な想念によって搔き乱されてしまっている。ですから息を調え、静かにすることによって、その上辺の活動が静まって、本来の静けさが現れてくる。

「自分の中に在る真実(神)」に触れたいと瞑想を始めましたが、集中力のなさ、また座法の不安定さに苦労しました。それでも自分の内面を見つめようと努力することに安らぎを感じ、とにかく毎日瞑想するようにしていると、不思議と日常で自分を見失うことが減っていきました。またやり続けていく中で、座ると自然と心が静まることが増えていきました。

ただ、毎日の瞑想が習慣付いてくると、瞑想を深めていく難しさを感じ、それには根気強くこつこつやり続ける熱意が必要だと感じました。そのような時、師は力強く励ましてくださいます。

サマーディは必ず訪れます。それを聖典の中だけの話だと思わないでください。熱心になることです。それだけが必要です。それを十分に準備するためには真理を学び、それだけを求めなければならない。自分は何者なのか、誰なのか、あるいは完全なる存在としての神、そのどちらかに集中していくなら、心の中にあるそれ以外のものは取り除かれていきます。
覚者の命の言葉をよく学んでください。更には、その覚者たちは私たちと全く同じ体を持っていたということを忘れないでください。その具体的実例が、無知とエゴという名の敵に勝つための私たちの最も強い味方であり、武器です。学び、考え、そして瞑想。そして、あなた方は真理を実現するでしょう。
【注釈:サマーディ 三昧。心が消え、対象のみが意識面にある状態】

師はご自身を通して、サマーディは本当に在ると私たちに見せてくださいました。師のお言葉、行為、1つ1つが真実の現れそのものでした。師が与えてくださった大きな導きは、たとえ師にお会いできなくても、この『マハーヨーギーの真理のことば』を通して感じ取ることができます。そして師の境地への憧れが、瞑想への情熱の支えになります。師が与えてくださった大きな祝福に感謝し、これからも熱心に瞑想を実践していきたいと思います。

 

船勢洋子


ヨーガーナンダから教わった信仰心 -『あるヨギの自叙伝』より-

季節は巡り秋になりましたね。半年前が随分昔のようにも感じますが、今年の春の祝祭のテーマはパラマハンサ・ヨーガーナンダだったので、その期間『あるヨギの自叙伝』を読み込み、関連でブログ(『グルデーヴァ!』(尊い先生!)前編後編番外編)に書くためにも何度もヨーガーナンダに瞑想していました。そのためかそれ以降ヨーガーナンダには特別な親近感があり影響を受けてきました。 そこで今回は、ヨーガーナンダの一体何に自分が影響を受けているのかを考えてみようと思いました。

ヨーガーナンダがアメリカ行きを決意された時の心境について私は、師がおられたのに異国の地に行こうとよくぞ決心されたよなぁと思っていて、師と離れることに迷いや未練はなかったのか凄いなと感じていました。ラーマクリシュナの直弟子たちは、師の没後に布教されていますが、ヨーガーナンダの場合はまだ師がいらっしゃる時でした。

ヨーガーナンダはババジからの命で西洋にヨーガを布教するその使命を果たされた方だと今だから私たちは知っていますが、当時のヨーガーナンダ自身になって考えてみれば、師がいてくださり、またかねてからの夢であった子供たちを正しく教育するためのヨーガの学校を作り、そこで大きな働きをしている真っ最中です。いくらヴィジョンを見たからといって西洋に行くのは今ではなくまだ先だと思わなかったのか?そこで満足することなく、さらに一歩飛び出してアメリカに行こう!と、どうしてそのタイミングで突き進めたのか? 本の中には師と離れる不安はあまり書かれていませんが、とにかく相当な覚悟と決意で渡米されたことがその部分の記述に表れています。まるでブッダが道を求めて出家を決心し、苦行林に入っていかれる時のようなものを私は感じました。何の不自由もない暮らしをしていたのに出家して伝道されたブッダと似ているように思いました。

ヨーガーナンダはアメリカ行きのヴィジョンを与えられ師に相談にいき、師からは「すべてのドアがお前のために開かれている」「今をはずすと、機会は二度と来ない」と言われ決心します。そしてある朝に、神のみ声を聞くまでは、死ぬまでも祈りつづけようという鉄のような決意を固めて祈り始めます。

西洋の近代的実利主義の霧の中に自分を見失うことのないように、神の助けと導きを求めたのである。私の心はアメリカ行きの決心はすでに着いていたが、いま一つ、神の直接の同意と励ましが欲しかったのである。私はむせび上げて来る声を押さえながら、祈りに祈った。だが、何の応えもなかった。私の祈りはしだいに熱烈さを加え、昼ごろにはついに頂点に達した。私の頭は苦悩でぐらぐらしてきた。もし、もう一度激情を爆発させて泣き叫んだら、脳が張り裂けてしまうのではないかと思われた

脳が張り裂けてしまう・・・。その表現だけで、どれほど神を求めておられたかが伝わってきます。そしてそこに、神が応えてくださるという確信、信じる強烈な思いを感じます。必ず応えてくださると信じているからこそ、すべてを懸けて死ぬまでも祈り続けようと決意できると思います。それで応えが与えられないなら本当に死んでもいいと命と引き換えにする並々ならぬ思いです。だから、ババジが姿を現されたのだと思いました。マリーゴールド

そんなふうにヨーガーナンダが、より神を信じ求めるようになっていったエピソードのうちの一つだと私が感じている、とても好きな章『大学の学位を受ける』があります。ヨーガーナンダの大学時代の日課は、朝9時半に自転車に乗って下宿から先生(スリ・ユクテスワ)の所へ行くことから始まったそうです。片手には下宿の庭で切ってきた数本の花を持ち、先生を訪ねます。先生はいつも機嫌よく迎えてくださり、そして昼食に誘ってくださり、ヨーガーナンダは喜んでごちそうになります。それからそのまま学校のことなど忘れてしまって何時間も先生の比類ない英知の言葉に耳を傾け、また時には僧院の仕事を手伝ったりして真夜中近くになり、しかたなく下宿に帰ったそうです。どうにかすると、先生との話に夢中になって、夜を明かしてしまうことさえあったとあります。

ただ先生に会いたくて、先生が喜んでくださる花を持って自転車に乗っていくその姿が浮かび、ヨーガーナンダの思いがすごく分かります。学校のことなんて忘れてしまうくらい先生の話が面白くて、聞き惚れてしまって、気付いたら夜中になっていたということも。あぁ、結局そういうことなんだよな、と思いました。

また、どうしてもヴィヴェーカーナンダの晩年の言葉・・・
私はバンニャンの樹の下で師の素晴らしい言葉に耳を傾けて心を奪われていた少年に過ぎない。それが私の本性なのです」という声と重なってしまって胸が熱くなります。

結局、私たちはそうなのです。師に会いたくて、師の下に集まり、師の言葉に聞き惚れていた少年少女に過ぎない。それは永遠にそうだと思う。誤解を恐れずに言えば、本当はヨーガとか悟りとかそれ以前に、師の人となりに、ひどく惹かれてきたのだと思う。憧れた師が真正なヨーギーだった。師の生きざまがヨーガというものだった。だからヨーガを志した。師のあの声、あの優しい眼差し、あのお姿、笑顔。ただ会いたくて、それだけだったのだと思う。何を聞いても応えてくださる。それもただの答えじゃない。自分の芯の深いところで心底納得ができるものが与えられる。そのような存在と会ったからには、信じずにはいられなくなります。

私は、『あるヨギの自叙伝』を読んで、ヨーガーナンダが何を決めるにも、神、師との対話によって進めていかれたことを感じました。
求めよさらば与えられん」と先輩弟子のサーナンダさんに言われたことがあるのですが、これは本当に真実だと思います。求めれば必ず与えられてきました。もし与えられない時は、自分の求め方、ドアの叩き方の問題(汗)。
そんな時は、ふと「あなたは真剣か?」と師の声が聞こえる気がします。ヨーガーナンダのように真剣に求めること、それを私はヨーガーナンダから教わりました。

私がヨーガーナンダから影響を受けていること、それは信じる心です。ヨーガーナンダに元からあった信仰心、信じる心をさらに強く育てられたのは師スリ・ユクテスワだと思います。神は必ず応えてくださる、そのことをスリ・ユクテスワは何度もヨーガーナンダに実体験を通して導き与えられました。『大学の学位を受ける』という章も、ぜひまたいつか読んでいただければと思います!

秋の空

空は永遠!

グルデーヴァ!!!

 

※参考・引用『あるヨギの自叙伝』

ナリニー


瞑想入門 〜インド思想を学んで瞑想する〜

11月〜京都・大阪でスタートする「瞑想入門」のクラスのご案内です💁


テーマは「生きるとは何か? 〜インド思想を学んで瞑想する〜」です。
生きることについて、インド思想を通して考え瞑想し、人生の目的を明らかにしていきます。

古よりインドでは、生まれたことの意味やその本質を瞑想によって探求してきました。
それにより、カルマの法則や輪廻転生、また梵我一如の真理が発見されました。
一見すると、それらは難解で現実離れしたもののように思うのですが、実は私たちの人生に直結したものなのです。
例えば、カルマの法則は「自業自得の理」といわれていますが、「何事も他人や状況のせいにしない」という教えであり、それをしっかりと理解・体得できれば、主体的な人生が送れるようになります。
そのようにしてこのクラスでは、インド思想がどのように実生活で適用できるのかを学んで瞑想し、「生きるとは何か?」という大いなるテーマにアプローチしていきます。

今回は全8回で、基本となるインド思想を網羅できますし、瞑想の実習もあり、月2回のペースでじっくりと学ぶことができます。
1回だけの参加や途中の回からの参加も可能ですので、少しでもご関心があれば、お気軽にご参加ください。
詳しくはこちらをご覧ください💁➡️『瞑想入門』

ゴーパーラ


世界でいちばん心に響く歌

私はとても理性的だと思います。音楽を聞いたり、ピアノを弾いたりして、美しい音楽を鑑賞することも好きですが、アイドルや音楽家を好きになったことは一度もありませんでした。そして、私は無神論者でした。多くの友人に誘われて様々な宗教の集まりに参加し、自分なりにオープンな態度で神の存在を検証しましたが、どの宗教にも納得できるものはありませんでした。

初めてキールタンに参加したのは、ミラバイさんが台湾で行なわれた特別バクティ・サンガム(2015)です。とても印象深かったです。クラスの間、きれいな歌声に浸りつつも、頭の中には一つの声が浮かび上がってきました――無神論者なのに、神の名前を繰り返し歌う日がくるなんて……。でもその後、突然涙が止まらなくなりました。それは、神の慈悲を突如として感じたからです。以前神は、何人もの使者(友人)を通して私を宗教の集まりに招待されましたが、私の高慢と無知のため、目に見えないものは何も信じませんでした。それでも、神は諦めず様々な方法で私を導いてくれました。それで、キールタンを歌っていたまさにこの時、神の御名が無知を覆しました。私は初めて神の存在を感じたのです!

しかしその後、あまり一人ではキールタンを歌っていませんでした。私にとってキールタンは演奏会で聞く交響曲のようなもので、その場では感動しますが、家で一人で歌うと虚しさしかありませんでした。

最近オンラインで台湾バクティ・サンガムの一回目のオンラインクラスを受けました。ミラバイさんは家でも歌うよう勧めてくれて、期間限定の映像の配信もありました。私は一度やってみようと決めました――同じ曲だとしても、ずっと聞いてずっと歌えば、何か違いがあるのかどうかを知りたかったのです。それで、毎日通勤時間に映像を流して、繰り返し歌いました。

ある日、出張帰りの道のりが長く、車を運転しなから映像のどこから聞き始めるか調整できなかったため、(一回目のテーマであった)聖者シュリー・チャイタニアの物語をもう一度聞きました。

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シュリー・チャイタニアはとても聡明で論弁に秀でた、インドの方です。彼は賢くて常に鋭い言葉を用いて相手を論破してきました。論争においては誰も彼をうち負かすことはできません。しかしある日、彼はあるヨーガ行者に出会い、そのヨーガ行者は、チャイタニアが本当の意味で真理を知らないことを指摘しました。そして真理の根源であるクリシュナ神の御名を伝えました。それまでの探求と努力の方向が間違っていたことに気付いたチャイタニアは、知性を手放して、神に全てを開け放すことと、優しく人に接することを学びます。その後彼が教壇に上がる度に、クリシュナの美しいお姿が現れ、もう二度と世間の知識を追求することができなくなり、ただクリシュナだけを愛しました。

               画:サルヴァーニー
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彼の物語を聞いた後、家に着き、その映像を止めて、夕食の買い物に行くつもりでしたが、二曲目のキールタンが始まったので、私は米を研ぎながら歌っていましたが、気付くと止まらなくなってしまいました。外出をやめて、冷蔵庫から食材を出して作り始めました。料理の途中でもお玉を置いてしまって、キッチンで一人で回転しながら大声で歌っていました。音楽が終わったらもう一回、またもう一回聞く。聞きながら、言葉にできない喜びを感じたのです。その時、私は本当に幸せだと思いました。
一人でキールタンを歌って、このように恋に落ちたような熱い気持ちになったのは初めての経験です。そしてその恋の相手は、この美しい世界です。

食事の後、もう一度映像を見てしまいました。先輩たちの歌声にはハーモニーが加えられたのに気付きました。ハーモニーの音程をよく聞き取れるように、集中して聞きました。そのうちに、歌声に吸い込まれたようになって、先輩たちがお互いを見て楽しく歌っている姿を見ながら、すごく感動しました。その感動はまるでお湯のようにブクブク沸騰して、私の目から溢れ、止まらなくなりました。

以前の私なら、すぐ自分に「なぜ泣いているの」と問い掛けたかもしれませんが、もうどうでもいいやと思いました。理性や限りある言葉を手放して、今、この瞬間をただ楽しみたいのだ。

今まで、どんな歌にもこれほどの幸せを感じたことはありませんでした。もし今誰かがここにいたら、私は狂っていると思われるかもしれません。でもこの世界には、芸術のために寝ることも食べることも忘れる人もいる、お金のために、何を食べても味を感じられないくらい没頭する人もいる、愛のために自分を失う人もいる、そして憎しみのために理性を失う人もいます。そして多くの人は、決して未来に持ち越すことのできないもののために、自分の生涯をかけています。そのような行為も、狂人ではないでしょうか。

ヨーガに感謝したいです。たとえ私が狂っても、本当の幸せに狂っているのですから!

(文章:MYM台湾ブログより引用)

MYM台湾:シンユンMYM Taiwan


スワーミー・アベダーナンダ

シュリー・ラーマクリシュナの弟子、スワーミー・アベダーナンダは1866年10月2日カルカッタに生まれ、カーリープラサードと名付けられました。

カーリーは幼い頃から良い成績で、18歳の時には数々の難解な書物を読破し、インドの有名な詩人たちの偉大な作品も読み終えるような知性の持ち主でした。また、その知的関心は学問に留まらず、すべての宗教に対しても向きました。ある時ヒンドゥ哲学者のインド六派哲学に関する講演に感銘を受け、ヨーガを実践したいという強い願望を持ちました。そしてヨーガの師を求めていたところ、友人の一人がシュリー・ラーマクリシュナのことを教えて会いに行くように勧めました。

21歳の時、やっとダックシネシュワルにシュリー・ラーマクリシュナを訪ねることができました。師にお会いすると少しもためらわずに、サマーディの最高境地に到達できるよう、師からヨーガを学びたい、という自らの願望を述べました。師はひと目で若者の魂の深さを見抜かれ、彼の内に潜む広大な霊的可能性にお気づきになって、たいそう喜ばれました。この日以降、カーリーは師の愛情のこもった導きのもと、真剣に霊性向上のための修行を始め、師の恩寵によってさまざまな霊的体験に恵まれました。

師の没後、出家してスワーミー・アベダーナンダの僧名でサンニャーシンとなり、出家道の正統派の伝統にしたがって放浪の生活を送るという傾向に逆らえなくなり、裸足で各地を遍歴し、あらゆる種類の欠乏と困難に耐え、あらゆる苦行を行いました。彼は一般的なヒンドゥの理念に沿って、できるだけ世俗を超越しつつ、厳しい修行と瞑想によって自らの解脱と至高のアートマンの悟りに至るために力を尽くすことを理想としていました。しかし、その頃アメリカにいたスワーミー・ヴィヴェーカーナンダは書簡を送り、彼の人生の使命は、他者に奉仕し、人に生命を与える師の思想を全世界に広めるために、喜んで一生を捧げる僧たちの新しい教団をインドに設立することである、という事実を兄弟僧たちに痛切に感じさせます。ヴィヴェーカーナンダの言葉は師の言葉であると確信して、アベダーナンダは他の兄弟僧たちとともに、彼の信念を受け入れました。

1896年、ロンドンでヴェーダーンタを説いていたヴィヴェーカーナンダの招きに応じて、かの地に赴きます。ヴィヴェーカーナンダは、「インドから到着したばかりの学識ある兄弟僧が、ロンドンのキリスト教神智学協会の次の集まりで、アドヴァイタ・ヴェーダーンタに関する講演を行う」と発表しました。しかし、そのことについてアベダーナンダは事前に相談を受けていなかったので、非常に驚き、ひどく当惑し、極端に神経質になりました。彼はそれまで、英語でもインドのどの言語でも、演壇に立って演説したことはなかったのです。彼はこの件について強く抗議しましたが、ヴィヴェーカーナンダは「私の人生のあらゆる苦難の時に、いつも強さと勇気をお与え下さった、あのお方にお任せしたまえ」と勇気をふるい起こさせる言葉で彼を励ましました。この言葉は彼を安心させ、師の限りない恩寵に頼り、講演を行い、素晴らしい成功をおさめました。このことをヴィヴェーカーナンダは手放しで喜びました。

その後、アベダーナンダはアメリカ、アラスカ、メキシコ、日本、中国、フィリピン、シンガポール、マレーシアなど各地で、師の教えを広めました。彼の魂は休むことを知らず、エネルギーの最後の一滴まで、彼と接することになった人々に霊的恩恵をもたらすために使いました。

ロンドンで一度も経験のない講演を急に行うことになった際の苦難は計り知れません。しかし師の限りない恩寵に頼り講演を成功されました。師にすべてを任せる、ゆるぎない信仰を感じさせて頂けるエピソードです。その信仰はどのようにして育むことができるでしょうか。アベダーナンダの教えを紹介します。

主に対して確固たる、ゆるぎない信仰と強い信仰心を持つことを望むのであれば、あなたはタパッスヤーつまり厳しい苦行も習慣にすべきだ。タパッスヤーとは、当てもなくあちこちをさまよい歩くことではない。その言葉が実際に意味しているのは、規則正しく変わることなくジャパや瞑想を実践し、自制心を養うことである。

強い信仰心と信念を得るために、切なる思いで主に祈れば、神はその祈りを叶えられる。だから次のように祈ることだ。「おお、主よ、喜んで私に不動の強い信仰心とゆるぎない信仰をお授けください。願わくば、私の心とハート(感じる心)は永遠にあなたの蓮華の御足に引きつけられたままでありますように、願わくば、そこから他の方角に迷い出ることのありませんように」と。

『真実の愛と勇気』P244

絵:ロンドンで講演を行うアベダーナンダとそれを見守るヴィヴェーカーナンダを想像して描きました。

サルヴァーニー


『マハーヨーギーの真理のことば』第十二章 信仰

「本当に信仰というものはね、そんなに簡単に手に入るものでもないし、お金で買えるものでもない。それは心の足掻きというか、葛藤、そういうものの代償に残されていく、勝ち取られていくものです」

〜『マハーヨーギーの真理のことば』第十二章  

足掻いて、もがいて、それでも掴んでいたいものはありますか?

私はどんなに不器用でカッコ悪くても、真理だけは掴んでいたい。

それが激流の人生を渡る私の命綱です。

真理だけを思って、真理だけを見て、真理を行為していきたいです。

 

ゴーパーラ


『Paramahamsa』表紙絵シリーズ ⑤

インドの細密画は、15世紀から19世紀を最盛期としてインド各地で描かれ、文化やその土地によって画法やモチーフが異なり、様々な特徴があるといわれています。
小さなものだと数センチ、大きくても一辺が20cmほどといわれる小さな画面に描くのは、「見る人と絵が一対一で対話をする」という考え方があるからだといいます。またそれは魂を清める行為であるともいわれています。
確かに、細部にわたって繊細に描かれた小さな絵をじっくりと眺めていると、時には心が静まり、時には愛に満ちていくようにと、そこに秘められた物語の真意が、心の奥深くに豊かに広がっていくのを感じます。

さて、今回は『Paramahamsa』No.79の表紙を紹介させていただきます。

この絵は、シャクティ(キールタンを歌うメンバー)が毎週、ヨーガ・ヴィハーラに集まって、キールタンを歌っていた時に感じたことをかたちにしたものです。
当時の思いを、『Paramahamsa』の裏表紙に掲載していましたので、ここで紹介させていただきます。

「Panduranga Vitthale(パーンドゥランガ  ヴィッタレー)」、この曲を歌う時、ヨーギニーがただ一人荒野に座り、神を求め続けるという絵が浮かんできます。曲の高まりとともに、彼女の神への愛、神の御名の叫びは、やがて木々や山、大自然にも神を求める声を上げさせる、そんなイメージです。歌の中に入り込んでいくと、いつも深い瞑想へと導かれるような感じを受けますが、そうして歌っている中で、ある日気付きました。私たちは初めは神に会いたいと願い、探し求めるけれど、本当は大自然のみならず、自身の全細胞までが神そのものだということを。
神を感じ、神とともにある不動のヨーギニー、今回はそんな思いを絵にしてみました。

シャチー


今やるべきこと

人は歳を重ねるにつれて、それまで普通にできていたことができなくなっていきます。
関節が動き辛くなったり、筋力や視力が低下したり、記憶力が落ちたり、老化現象として少しずつ現れることもあれば、病気を発症して、一気に大きな変化が起きることもあります。
また、認知症など脳に関する病気の場合、別人格になってしまったのではと思うほど、言動に変化が起きる場合もあります。

私の鍼灸院に来ている患者さんにも変化の時を迎えている人や、そのような状態の家族を介護している人がいます。
自らに起きている変化を受け入れられず、なんでこうなってしまうのだろうと落ち込む人。
病気によって自分が知っている家族がいなくなっていくような感じがして戸惑う人。

肉体が変化し、なくなったとしても、その人の中にある真実の存在は永遠に変わらず存在し続ける。
私はヨーガに出会い、それこそが真実だと思えるようになりました。

しかしそれを知らない人にとっては、そう聞かされても、そうですか、とすぐに納得することは難しいと思います。
そう考えると、落ち込んだり戸惑っている人に対して言うべき言葉が見つからないことがあります。

このような時、具体的な実践の手掛かりを掴むために、マザー・テレサが残した言葉を読み返します。
先日読み返したときは、この言葉が特に印象に残りました。

私たちの言葉などはどうでもいいのです。大切なのは、私たちを通して神が魂に語りかけられることだけなのです”

この言葉を私自身に当てはめると、神は師であるヨギさん、魂は誰もの中にある真実の存在、となります。
1人でも多くの人に、私を通してヨギさんに語りかけて頂けるよう、私自身が誰もの中にある真実を揺るぎなく信じ、ヨギさんへの想いでいっぱいに満たしておくこと。

それが今やるべきことなのだと、この言葉を読んで確信しました。

この写真のマザー・テレサの表情が大好きです。

 

   ハルシャニー  


スワーミー・プレーマーナンダの強さ

スワーミー・プレーマーナンダ(1861〜1918)という聖者をご存知でしょうか?

師であるシュリー・ラーマクリシュナに「骨の髄まで浄らかで、不純な思いが心身を横切ることがない」と言われるほど、生まれながらにして純粋な魂であり、兄弟弟子のヴィヴェーカーナンダと共にラーマクリシュナ・ミッションの礎を築いた聖者の一人です。
その生涯はヴィヴェーカーナンダのように表舞台に出ることはありませんでしたが、僧院の管理者としての責務を担い、信者を神と見てその奉仕に身を捧げました。

そんなプレーマーナンダの生涯に触れると、特に二つの打撃を乗り越えて、元来の純粋さに加えて「強さ」が備わっていったことが感じられました。
一つは師シュリー・ラーマクリシュナとの別れ、もう一つはヴィヴェーカーナンダとの別れでした。
その時、プレーマーナンダは考えました、自らの為すべきことをーー

一つ目の打撃の時、プレーマーナンダは「師の導きに従うこと、神を見ること、真理の実現」を覚悟し、二つ目の打撃の時は「ヴィヴェーカーナンダの仕事を力の限りを尽くして続けていくこと」を覚悟し、それらを誠実に徹底してやり通したのでした。

これらの詳しい内容は、『真実の愛と勇気』(日本ヴェーダーンタ協会)、Web版『パラマハンサ』(マハーヨーギー・ミッション)に載っています。

人は打撃を受けた時、どうすればいいのか?
今、何を為すべきか?
プレーマーナンダの生き様に、そのヒントがあると思います。

最後に、私が感銘を受けたプレーマーナンダの力強い教えを紹介させていただきます。

信仰を呼び覚ませーーグルの言葉への信仰、聖人の教えへの信仰、聖典への信仰である。それで初めて結果が得られるのだ。単なる感傷的な態度は何の役にも立たないだろう。あなたはこのような力強い決意を持つべきであるーー「私は、この人生において何としても成功を収めなくてはならない。執着を離れ、まさにこの肉体から自由にならなくてはならない。私に不可能なことがあるはずがない」と。あらゆる恐れと不安を投げ捨てよ。「私たちは神の子である」と考えよ。そうすれば、弱さはつけ込むすきを見出せないであろう。

ーーー『真実の愛と勇気』p132

 

ゴーパーラ