Manasa Bhajare

9月27日(火)は、大阪市阿倍野区でクラスを開催しているプレーマヨーガサークルで、「バクティサンガム」がありました!プレーマヨーガサークルで「バクティサンガム」が始まったのは今年の2月からで、今回で3回目になりました。最初は、キールタンに触れるのは初めて!という方も多かったのですが、一度でも参加されると皆ミラバイさんに魅了され、すっかりファンになり、今では毎回ミラバイさんが来てくださるのを、心待ちにしています。
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プレーマヨーガサークルに通ってくださっている方は、スタッフも含めてほとんどが主婦です。仕事をしている人も多いので、一日のほとんどの時間は誰かのペースに合わせて仕事をし、自分のために取れる時間はほんのわずかです。また、特に子供が小さいうちは、瞬時に気持ちを切り替える必要のある場面が多々あり、じっくりと腰を落ち着けて何かを考えるということがほとんどないのが実情です。そんな中で、ヨーガを日々実践していくには、一瞬にして神のもとへと駆けていくことができるキールタンがどうしても必要で、実際私のヨーガの実践はキールタン抜きには考えられません。ですから、皆さんにキールタンを知っていただきたい!ミラバイさんに来ていただきたい!ということは、私たちがプレーマヨーガサークルを始めたときからの強い願いで、それを快く引き受けてくださったミラバイさんには感謝の思いでいっぱいなのです。

さて、そんな3回目の「バクティサンガム」で歌ったキールタンは……♪
「Manasa Bhajare」
「Sri Krishna Govinda」
「Narayana」
「Hare Krishna」
そして歌の間に、シュリークリシュナの幼少期の神話やバクティヨーガについて、また私たちの師であるヨギさんのお話をしてくださいました💖
みんな一心にミラバイさんを見つめ、言葉に聞き入り、泣いて笑って夢中でキールタンを歌いました。
それは、一瞬一瞬がすべてキラキラした特別な時間で、みんなの色々な思いもすべて包み込んで神のもとへ束ねられて一つになっていくようでした。

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Manasa Bhajare Guru Saranam Dustara Bhava Sagara Taranam
心よ信じよ グルの庇護を この超えがたい俗世の大海を渡らせるものを

ヨーガを始める以前は、ミラバイさん自身も〝神なんていない〟と思われていたそうで、そのように、私たちは、本来私たち自身の本質である神を忘れてしまうのだそうです。そして、世の中が神を忘れた人たちでいっぱいになったとき、神は、私たちが思い出せるようご自身が人の姿をとって、私たちの前に顕れてくださると話してくださいました。
ある時、ヨギさんがミラバイさんに言われたそうです(正確な言葉ではないかもしれませんが……)。
私たちがたとえ神を忘れてしまったとしても、神のほうでは決して私たちのことを忘れることがないのだと!!

それを聞いた瞬間私の中で、ヨーガに出会うまでの苦しみとヨギさんにお会いできた喜びが弾けて溢れ出してきました。それは今思えば、まるで真っ暗な海をただ一人泳いでいるような、どこへ向かっていいのかさえわからない心細さでした。何のために泳ぐのか、泳がなければいけないのか、このままわからないとしたら苦しくて息が詰まりそうだと思っていた頃、私はやっとヨギさんにお会いすることができました。それは真っ暗な海に差し込んだまっすぐな光で、そこへ向かいさえすればいいのだと、生まれて初めて感じた完全な安心でした。「Manasa Bhajare」を初めて教えていただいたとき、私が感じたことはこれだったんだ!と感動したことを、そして神を忘れることがどれほど苦しいことなのかということを、まざまざと思い出した瞬間でした。その後、これから私が一瞬でも神を忘れることがありませんように!と祈りながらキールタンを歌いました。
ミラバイさん、今回も本当にありがとうございました!

赤阪充代


「ブラヨーヘイ」vol.6 京都駅編

img_1129今回の「ブラヨーヘイ」は京都駅編――『瞑想専科』のお知らせです〜😎📢
来月の10月20日(木)から京都駅のキャンパスプラザで瞑想専科がスタートします。
昨今、ヨーガといえばいろんなポーズをするアーサナが主流になっていますが、本来は瞑想がメインなんです。

「ふ〜ん、そうなん。でも瞑想って、インドやどこかの山に籠ってせなあかんのちゃうの?」

と思う方もいるかもしれませんが、そんなことはないんです。
どこでも、誰でもできるんです😎☝️

今回、瞑想専科で講師をされるのは、サーナンダさんというヨーガを25年以上されている最古参の先輩グルバイです。
サーナンダさんは、今はお子さんが独り立ちし、企業を早期退職してヨーガの講師をされていますが、以前は大企業に勤めながら20年以上ヨーガを黙々と実践されてきた方です。
この瞑想専科に僕は見倣い&助手として参加させていただくことになり、会場選びから企画まで少しですが携わっていますが、その会場選びの途中、空き時間ができたので、サーナンダさんと京都駅近くの銭湯「白山湯」に行ってきました♨️
入浴後、僕たちは瞑想について話をしたのですが、サーナンダさんは次のように話されました。

「瞑想は人それぞれ、集中しやすい、入りやすい対象がある。それはこの男湯の入り口と女湯の入り口があるようなもの。でも最終的にはみんな服を脱いで裸になる、つまり無になる」

まるで19世紀インドの大覚者シュリー・ラーマクリシュナのように、その場にあるものを巧みに喩えにして分かりやすく瞑想の話をしてくれました。
流石ですね〜✨

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入浴後のサーナンダさん♨️

「どんな人でもどんな環境でも、瞑想はできる」ということをサーナンダさんは身をもって教えてくれています。
サーナンダさんはこの瞑想専科を3年のスパンで計画立てており、少しづつヨーガの歩みを実感できるようにプログラムを考えています。
学生、社会人、主婦、定年退職された方、いろんな方に参加していただきたいと思っています。
瞑想を生活に、そして人生に取り入れていきましょう〜😁👊

日時:10月20日(木)〜毎週木曜日 19:00~20:30(18:45開場)90分クラス
会場:キャンパスプラザ京都2F和室
京都駅烏丸中央口より徒歩5分
※1/12,1/19, 1/26のみ、以下の会場にて行ないます。
ニュー末広ビル7F 京都駅烏丸中央口より徒歩1分

詳細はホームページをご覧いただけたらと思います。

飯尾洋平


ヨーガの醍醐味 ギャーナ・ヨーガ

今月10日に発刊された『パラマハンサ』、みなさんは読まれましたか?久しぶりにヨーガの醍醐味シリーズが再会しましたね。ご存知ない方もおられるかもしれませんが、『パラマハンサ』では2008年〜2009年頃にも連載がありました。私がちょうど『パラマハンサ』を購入し始めたのもこの頃です。
ヨーガには、ラージャ・ヨーガ、ギャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、カルマ・ヨーガと4つの特徴的な道がありますが、それぞれ連載がありました。そのころ私はヨーガの教えの理解が乏しく、4つのヨーガの特徴も理解できておらず、教えがこんがらがっているような所がありました。また、ヨーガの教えを具体的に実践するということがどういうことなのかが分かっていませんでした。
ヨーガの醍醐味を読むと、先輩方の体験とともに、どの教えを元にそれを行ったのかが具体的に書かれてあり、教えを実践するということがとても分かりやすかったのです。自分のヨーガの歩みにとても助けになり、毎回楽しみにしていました。なので、連載がスタートしてとても嬉しいのです〜!!執筆者の方、ハードルが上がったかもしれませんが頑張ってください。楽しみにしています!

さて、今回はギャーナ・ヨーガ(前半)でしたね。ギャーナ・ヨーガと言えば「私は誰か」という問いかけ。私たちが通常「私」だと思っているもの、名前とか、体とか心とか、それを含めた全体とか、そういった常に変化するものは本当の私ではないとヨーガは教えます。そして、永遠不滅の本当の私を探求するのがギャーナ・ヨーガです。でも「私は誰か」って、その質問の意味、分かります?私はまったく分かりませんでした。

でも少し前にとても面白い経験があり、「私は誰か」という問いに対してイメージが変わりました。

あるとき、日常の中で心が動揺していることがあり、その原因を考えていました。いったい何に動揺しているのか、どの点が気になっているのか、何に納得がいっていないのか……。じーっとその時の状況や心の思いに集中し、ただ黙って見ていたのです。すると突然、「このように心を見ているのは誰か!!!!?」という問いが自分の中から突然飛び出してきました!そのとき、漠然と自分が自分と思っているものが自分ではない!!!という直感があり、天と地が逆転するほどビックリし、唖然としました。

自分が何者であるのか分かっていないのに、こんなことをして何になるのか???と思った途端、今まで心に引っかかっていた思いはどうでも良くなり、「私は誰なのか」ということだけに支配されました。

その経験があって初めて「私は誰か」という質問の意味と探求する目的と、ギャーナ・ヨーギーへの憧れを感じました。次回のパラマハンサにはギャーナ・ヨーガ(後半)が掲載されますね。楽しみです!!


「ブラヨーヘイ」vol.5 四条河原町編(3)

今回の「ブラヨーヘイ」四条河原町編(3)は、ROUND1でボウリングです〜😎
最近はボウリングの人気も下火でしょうか、「ニューヨークの大きなボウリング場も潰れていた」と、先日アメリカから帰国された師がおっしゃっていました。

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ボウリングの球の輝きに負けていない、僕の頭…😎✨

ところで皆さん、ボウリングでピンを狙う時、どこをめがけて投げますか? ピンをめがけて投げますか?
僕はピンではなく、手前の「印」をめがけて投げます。

img_1060経験上、遠くのピンを狙うとガーターになることが多く、手前にあるこの印を狙うと、自然と真っ直ぐ投げられるんですね。
ボウリングをした人なら誰でもこのポイントは知っていると思いますが、何かと共通していると思いませんか?
そうです、「神への瞑想」なんです‼️
悟りそのものである神は本来、姿形がない唯一にして絶対の存在ですが、その無形の神が姿形をとった存在がシヴァ神やカーリー神だといわれています。
ボウリングで喩えると、手前ある印がシヴァ神やカーリー神ということになります。
つまりヨーガで教える神への瞑想もボウリングと同じで、いきなりつかみにくい無形の存在を瞑想するよりも、イメージしやすい姿形をもった神に瞑想する方が悟りの境地に至り易いというわけなんですね。

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シヴァ神を踏みつけている聖母カーリー。 イメージしやすいかは人それぞれですが、強烈な印象を心に残します😅

「なるほど〜」と納得されている方もいるかもしれませんが、堅苦しい話はそこそこにしておいて、今からはMr.嶋田とのボウリング対決をレポートしたいと思います‼️
20〜30年振り?!のボウリングというMr.嶋田。

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ボールを置きにいって失敗したMr.嶋田(笑)

結果は……

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どっちがユクテスワで、ヨーガナンダなんでしょうかね〜?
まあMr.嶋田は、「すべて今のままでいい」というお墨付きを師からいただいているだけあって、神にお任せ的なことが上手いなと感じました(笑)。

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僕は後で自分のフォームを写真で見て思いましたが、何か格好悪い……😓
ボウリングもそうですが、どうやら僕は神への瞑想だけではだめなようです。
ちゃんとアーサナや識別、無私の働きを徹底しないと、オール・ストライクという悟りの境地は遠いようです(笑)
でも本当にボウリングを上手くなりたいのなら、フォーム修正や心得を教えてくれるボウリング・マスターに倣うのがいちばん良いように、ヨーガもグルの傍で学ぶことが悟りへのいちばんの近道ですよね😎☝️

飯尾洋平

 


特別サットサンガー大阪編

こんにちは、シャチーです。本日9月17日(土)はヨーガ・ヴィハーラのクラスに行ってきました。
お部屋に入ると彼岸花(別名:曼珠沙華)が一輪、赤くて繊細な花びらを揺らしています。毎年アーシュラマのお庭で咲く彼岸花、シャーンティマイーさんが秋の香りとともに運んできてくださいました。

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さて、ニューヨークより、師であるヨギさんが戻られてまだ1週間と少しですが、大阪では、ヨギさんにお越しいただいて行なわれる特別サットサンガの準備が進められています。初日の5日夜の会には、すでに20数名の方からご予約をいただいており、そのうちの半数以上がヨギさんにお会いするのが初めての方たち。また久しくお会いできていなかった懐かしい顔ぶれもそろいます。
皆さん、ワクワクドキドキ、やっとこの時が来た!と楽しみにされています!
また何度もヨギさんにお教えをいただいている方たちは、いつか大阪に来ていただきたいと願ってはいたけれど、本当に実現するなんて!と感激もひとしおです。

皆さん、通っているクラスはさまざまですが、学び始めて1〜2年という方も多く、真理の話は、分かるけれど、本当には分からない、言葉は理解できるけれど難しい、そんな思いを抱いている方も少なくありません。それでも何とか理解しようと、クラスに毎週参加することを習慣とし、熱心にアーサナを行ない、ヨーガの話になれば真剣にメモを取る、そんなお姿を拝見してきました。だからこそ、今ヨギさんにお会いできるチャンスをいただけたことに感謝です!

ヨーガではグル(師)の存在は欠かせないといわれます。
グルの言葉の意味合いは、闇を照らす光、闇とは心の中に潜んでいる無知や執着のこと。そしてこの無知や煩悩にただ一度も触れたことのない純粋な存在、真のグルこそ、無知に迷う私たちをまっすぐに真実へと導くのです。

ヨギさんに直接お会いすること、直接お言葉をいただくことはとっても大事なことだと思います。私もそうでしたが、その時には分からなくても、心の奥深くに真理の光が届き、きっと何かを感じることができると思うからです。そうして誰もが、今あるところから少しでも前進し、真の目的を見つける事ができたなら、それはそれは素晴らしいことではないでしょうか。ぜひご参加ください!!!!!!!

10月5日(水) 19時〜21時 中央公会堂 2F 第7・8会議室(続き間)
10月25日(火)11時〜13時 プレーマ・ヨーガサークル

*11月6日(日)には14時より京都アーシュラマでも特別サットサンガが開かれます。
詳しくはホームページをご覧ください。


さまらさの台所 9月

先日の日曜日はさまらさの台所でした。今回紹介したのは麻婆豆腐。さまらさの麻婆豆腐はお肉を使わず豆腐となすを使います。秋なすを使って美味しい食べ応えのある麻婆豆腐ができあがりました。麻婆豆腐といえば、豆腐を入れるだけで作れるレトルト!というイメージがあるようです!自分で作ったことがないという方もいましたが、今回のさまらさに出て、意外と簡単なメニューだったんだと驚いておられました。
今回も京都市北青少年活動センターをお借りし、16人の参加者がありました。

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豆腐はしっかり煮ることで、水っぽさがなくなりぷりぷりとした食感になります。
崩さないように丁寧に火を通すのがポイントです。
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食器も中華用のものがありました!まるで中華料理店のよう。
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はじめにも書きましたが、麻婆豆腐といえばレトルト!というイメージがあるようですが、意外と自分で作れるものです。ヨーガにおいて、そういう驚きはとても大切だと思います。私もさまらさを学ぶ中で、こんなに簡単に美味しいものが作れるんだ!と感動したことは何度もあります。そして、それは、料理だけに留まらず、日常の中にあるちょっとしたことにも通じています。「こんなことできない」とか「これは作るものでなく、買うものだ」とか自分で無意識に決めてしまっていることも、もう少し自由にとらえてみたら、「なーんや意外とできるやん!」なんてこともあるのです。自分で勝手に決めているあらゆることを少しずつ「本当かな?」と探っていくことは、自分の固定観念を崩していける一歩になり、自分自身が少しずつ自由になっていくことになると思います。さまらさを通じてそんなことを感じてもらえたらいいな〜と思った一膳でした。


師 ニューヨークより帰国される

ヨーガは、真実に目覚めるための数千年の古代から伝わる霊的な道です。ヨーガを学ぶには、ヨーガを成就したグルが不可欠です。言葉を超えたグルの導きは、道を歩もうとする私たちにとってはかけがえのないものとなります。サットサンガ(真理の集い)とは師を囲んでの神聖な集まりのことであり、師から直接教えを授かる最も大切な学びの場として位置づけられています。

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私たちの師は六月から九月までの三ヶ月間、ニューヨークに滞在され、ヨーガを学ぶ者たちにその教えを説いてこられました。今回はシカゴにも足を伸ばされ、多忙な日々を過されたようです。先日、その滞在を終えられ、日本に帰国後初めてのサットサンガがありました。
同行した弟子たちのニューヨーク滞在の報告の後、師はニューヨークの弟子たちのサンガの意識が深まってきているとご報告になりました。
サンガとは同じ志をもった修行者や仲間たちの集まりのことです。ヨーガにおいては、真実に目覚めるために努力する者たちが、グルの指導のもとお互いに励まし合い、助け合い、修行を深めていく集まりのことになりますが、師はニューヨークのサンガも、理想の人生を共有し、それぞれが積極的な活動を行なっていくことができるようなったと喜ばれました。

今回、何度目かのサットサンガの参加となるMさんは、師の教えに触れ、また先輩グルバイ(弟子)の純粋な眼差しに心を打たれ、ヨーガの道を邁進していこうと決めたとその決意を語ってくれました。これからヨーガを実践するうえで、世の中とどう折り合いを付けていったらいいのかというMさんの質問に対して、師は、真理というのは永遠でリアリティそのものであるが、世の中というのは常に変化して消滅を繰り返すものである。その中に身をおいて暮らしている私たちは、世の中の事は淡々と義務として行ない、それ以上執着をもたないように対処していくことが大切である。ヨーガに身を捧げていくようになると、逆に世の中の方が自分たちについてくるようになるよと、Mさんの決意を後押しされるように、心強いお答えをくださいました。

こうやってまた一人、同じ志をもつ仲間がサンガに加わりました。ニューヨークのサンガのように、個人個人が積極的に行為できるよう、お互いに研鑽し合い、ますます日本のサンガも充実させていきたいと、思いも新たにしたサットサンガでした。

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階段の上に生けられたヤマゴボウの花

ダルミニー


篠山へ行ってきました!

一昨日9/8(木)、初めて篠山(京都府)へ行ってきました〜!
ヨーガ仲間の田原さんが子育て支援をしているグループが篠山や丹波にあるのですが、なんと「さまらさの台所&サットサンガ(ヨーガの学び)」開催の依頼をいただいたんです〜。
どんな方たちとの出会いがあるのかな〜と、とっても楽しみにして向かいました♪

篠山田園風景

田園風景の続く(写真は黒豆畑)とってものどかな道中。

今日のメインメニューはお野菜の南蛮漬け。お家でお野菜を作っているという方がたくさんおられるということで、食材を持ち寄っていただきました。まさにとれたて、プラーナ(生命力)に満ちたなすやピーマンたちが集結☆

お野菜

色鮮やかなお野菜がいーーーっぱい。 お土産もいただいて帰りました。ありがとうございます!

調理から片付けまでとってもスムースに進んでいきました。さすが主婦の方ばかりですもんね。動きが素晴らしい〜。小さなお子様を抱えながらもサッ、サーッと軽やかでした。

今日は常備菜の切り干しのカレー風味もご紹介したので、戻し汁を南蛮酢の昆布だしに加えました(コクと自然の甘みがプラスされました)。ピーマンの種もいただくのにはちょっとした驚きの声が。「捨てるもの、というのは観念だったのですね」とおっしゃっていました。
出来上がった料理はお野菜だけなのにボリュームがあって満足!とみなさん喜んでくださっていましたね。地元の新鮮なお野菜の味わいは格別! 本当に美味しかったです。

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食事のあとはみんなで円になってヨーガの話をしました。その周りでは小さな子供たちがはしゃいで元気に遊び回っていましたが、話が始まった瞬間に、輪の中の空気が変わるのを感じました。
みなさんの真剣な表情に私は惹き付けられました。

サットサンガ

「感情が制御できずだめだと思ってしまう繰り返しをなんとか乗り越えたい」
「心がいつも忙しく落ち着かない、動き回っている心を静めたい」

「人の評価を気にして生きるのではなく、真実を見つけたい」

今の自分をなんとか変えていたい、もっと学びたい、という熱意のこもった声が次々と続きました。子育てを通して日々自分と向き合っておられるからこそ出てくるものだと思いました。
心はなぜざわめくのか、そして思い通りにならない心の方向性を変えるにはどうしたらいいか、どのような自分になりたいかを見つめることなどが話題になりましたが、皆さんが素直に心を開き、積極的に発言されたことで、真剣だけれど楽しく、笑いあり、うるっと涙もあり、あっという間に時間が過ぎました。

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帰宅後、篠山でまとめ役をしてくださった藤原さんから嬉しいメッセ―ジをいただきました。
「今日は本当にありがとうございました。 またかけがえのない出会いと時間を共有させていただけたこと、とてもとても感謝しています。 ヨーガに出会って、教えていただいたこと、感じたこと……また今日改めて再確認できたことも多くありましたし、実践できていなかったことに気づくこともできました。 早速、自宅に帰ってしたことは、今していることに集中すること、そして、心が反応した時、深呼吸することです。 こうして日々続け、積み重ねていこうと思う力をいただきました。 今後このご縁が続きますように……」

市内から離れた自然豊かな小さな町にもヨーガの光が届いていて、素敵な仲間たちがいることに感激しました〜。次回、またみなさんとお会いできるのを楽しみにしています!

シャチー&マードゥリー

シャチー&マードゥリー

*毎月第4日曜日は東大阪の田原さん宅(いるかさん家)でも「さまらさの台所&サットサンガ」を行なっています。どなたでもご参加できます。お子様連れもご相談ください。


秋の特別クラスin京都 ご案内

みなさん こんにちは

朝、夕はずいぶん涼しくなりましたね、いかがお過ごしですか?
毎日のアーサナで体調管理は、ばっちりのはずですよね。

さて、火曜日の六角クラスと日曜日の下鴨クラスでは、九月から十一月までの三ヶ月間、通常クラスの最終週のみに、ヨーガの学びをメインとした特別クラスを設けました。

火曜日の六角クラスは、確かなものを見つける と題して、人生って何だろう、またどんな自分が理想的かということを見つめていきながら、リアルな生き方とは何かを学んでいきます。

日曜日の下鴨クラスは、瞑想したいけど、どうすればいいのか分からない、瞑想って何だろうと思っている方に向けて、この秋 瞑想にすわる と題して瞑想の基本を学ぶコースとなっています。

この秋、ひと味違った自分に変身したいあなた、ぜひご参加ください。待っています。

 六角スタジオ 特別クラス

日時:9/27,10/25, 11/29
火曜日 19:00〜20:30 (18:45開場)
内容:ヨーガ・アーサナ 30分/瞑想 10分〜/ヨーガ・トークス Q&A 30分〜
料金:2,160円/回

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下鴨 特別瞑想クラス

日時:9/25,10/30, 11/27
日曜日 10:00〜11:30 (9:45開場)
内容:ヨーガ・アーサナ   30分〜/ヨーガ・トークス   Q&A 30分〜/瞑想 15分〜
料金:2,160円/回

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「ブラヨーヘイ」vol.4 四条河原町編(2)

「ブラヨーヘイ」四条河原町編(2)は、タワーレコードです😎🎧タワレコ①
最近はiTunesなどネットでダウンロードして音楽を聴く時代になってきていますが、僕はアナログCD世代なもので、ダウンロードはしたことがありません😣
ただ、レコードやCD、ダウンロード配信にと、時代によって音楽を聴くツールはさまざまですが、それらは「音楽が記憶されたメディア(媒体)」と括ることができると思います。そこで今回は「記憶」についてちょっと取り上げてみたいと思います。

人間が記憶という力をもっていることは、誰もが実感していることだと思います。ただその力、つまり記憶力は人それぞれで、程度の差がありますよね。
僕は以前、ヨーガの先輩弟子である京都大学卒のサナータナさんとハワイ大学教授のヴィショーカさんと記憶力について話す機会がありました。サナータナさんは何かを覚えるときは「記憶の引き出し」のようなものを使っているそうで、その力は生まれながらに備わっていて「自分でもズルいと思う」と話していました。ヴィショーカさんは「記憶力というのは筋力のようなもので、トレーニングしたら身に付く」と述べていました。二人は共感するように記憶力について話していましたが、詰め込むだけの勉強しかしてこなかった僕とは次元が違うなと思いました(一応、龍谷大学卒&修士課程修了)😓
この記憶力があるのとないのとでは学歴や職種などにも少なからず影響し、その人の人生が変わるほどの力だと思ってしまいますよね〜😑

虚空蔵菩薩

虚空蔵菩薩坐像 石徹白大師講 平安時代後期(12世紀)頃の作

歴史上においては、日本で高僧といわれている弘法大師空海が20代前半の頃、記憶力を増長させる修行法を行なっていました。それは「虚空蔵求聞持法」という修行法で、智慧の象徴である虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱えたら経典の教えをすべて記憶できるというものでした。空海はこの修行に勤しんだ結果、土佐の室戸岬の洞窟で「谷響きを惜しまず、明星来影す」という神秘体験をします。記憶力増長のために行なっていた修行でしたが、この体験後に空海は、この世の儚さと厭離を感じ、慈悲心が生じるようになったと自らの著書『三教指帰』で語っています。この虚空蔵求聞持法は空海にとって記憶力以上の霊的な変化をもたらしたものだったようですが、天才と呼ばれる空海も記憶力を欲していたことが見て取れるエピソードです。

僕自身、ヨーガをして記憶力が格段に良くなったということはありません。なんせ龍谷大学出身ですから😓ただ何年か前、記憶に関係する瞑想体験がありました。ヴィヴェーカーナンダという聖者に瞑想していると、光のようなものに吸い込まれていき、その途中、何かが見えたので引き返すと、そこには「巨大な壁」がそびえ立っていました。そしてよく見ると、その壁一面には「無数の小箱」が整然と埋まっていました。瞑想から醒めた時、これは「心の記憶構造」ではないかと感じました。つまり、膨大な量の記憶をカテゴライズして所有するという記憶の仕組みではないかと感じたのです。そしてその後、タワーレコードの店内――膨大な量のCDがジャンル別にカテゴリー分けされ、簡単に見つけられる仕組みーーが心に浮かび、タワーレコードが心の記憶構造と類似していると思ったのです👀💡
タワレコ②

約2年前に僕は介護福祉士の国家試験を受けました。その時の勉強法は、以前のようにただやみくもに詰め込むのではなく、ざっくりとですがカテゴリー分けを行ないながら整理して勉強を進めるタワーレコード式勉強法を取り入れてみました。そうすることで勉強がしやすくなり、結果的に試験にも通りました😎✌️といっても、合格率60%の試験でしたが……😅

最後になりますが、師であるヨギさんは記憶について次のように話していました。
「空海は若い頃に虚空蔵求聞持法をしていたということで苦労人だったということが分かる……私は中学生の頃、記憶力が良すぎて何でも覚えてしまうのが嫌だった。それで記憶することをやめようと思った。そう思った瞬間、記憶することをやめれた」
あり得ないような話ですよね……物だけでなく記憶やその力の放棄、また思いと行為の完全なる一致を物語る驚愕のエピソードだといえます……😲‼️

飯尾洋平