瞑想専科 ブレない自分の本質に瞑想する

こんにちは、サティヤーです。毎週木曜日、ウイングス京都での瞑想専科に参加しています。先々週から瞑想の対象は「真我」、三週かけて一つの対象の瞑想方法を学びます。真我の瞑想は「私は誰か」という問いかけをもって瞑想をしていきます。「本当の私」って興味ありますか?ある人もいるでしょうが、私は正直よく分からないなぁと思っていました。「私は誰?って、私は私だよ」という感じ。これじゃあ全然瞑想になりそうにないですよね……。

ですが、せっかく瞑想専科に通うんだからと今までの「よく分からない」という感想は置いておいて先週の講義の後から一週間一所懸命「私は誰か」の瞑想を試みていました。一週間経った感想は……うーんやっぱり手応えはないなぁという感じ。

そして今回、真我の瞑想2回目の講義に参加しました。本当の私というのは、「第四の意識」と言われ、起きているときの意識、夢見の意識、熟眠の意識をただ知っている、見ている純粋な意識。瞑想中はそこに留まるようにと言われました。

瞑想を始めました。

「第四の意識ってどこにあるんだろう?」

「っていうかこの第四の意識を探しているのは誰なの?」

「この第四の意識を探している意識がまず本当の私ではないってこと?」

初めはこんな感じで、「???」という状態からスタートしたのですが、あるとき、上手く言えないのですが、本と本の間のような微妙な隙間にすーっと入っていくような感覚がありました。

しばらくして集中が途切れかけたとき「あ!身体や心には私のものという感覚があるけれど、意識(第四の意識)には私のものというようなものはないのだな」という感触がありました。けれど、それに気がついた心の方には「それではない!」と目を向けず、また浮上するように、見ている意識の方に集中してみました。初めて、ほんのちょっとですが真我の瞑想の一端に触れたような気がしました。

その後の講義で、第四の意識は別名「神」と言われている……ということは、本当の私は「神」なの!!!と参加者みんなで目を白黒させて驚きました。神は、どこかの雲の上にいる訳ではなく、私たちの本性、だとすれば何だかとても嬉しくなります。

瞑想によって知ることができる内なる世界は外にあるものとは格段の違いがあり、奥深く、興味深いです。瞑想専科のおかげで、少しずつ瞑想が楽しくなってきています!!あー今週も楽しみだ。

瞑想専科 京都


東京ヨーガ体験特別クラス2days! 無事終了〜!

東京に行ってきました〜〜!

IMG_0006

おっと、失礼いたしました。ご挨拶が遅れました。こんにちは! ミラバイです。
7/12(土)〜13(日)、東京にてラージャ・ヨーガとバクティ・ヨーガを体験できる特別クラス2daysを行なってきました。行く前に私たちのヨーガの師からは、「もちろん新幹線はサリーで行くんやな〜!」とにっこりと笑顔で言われ、いつもながらの師の大胆な発想に思わず、えぇっ〜〜???と思いましたが、それもそうや、せっかく行くなら着ていこう〜ということになりました。(お上りさん気分でハイ、記念撮影)

東京駅に到着すると、ヨーガの仲間たちがホームまで出迎えてくださいました(ありがとうございます!)。さらに電車に乗って、まずは井の頭公園でキールタン。この日の東京は快晴で本当にいいお天気! じっとしていても汗が噴き出すほどでした。

IMG_0267IMG_0287

公園にはちらほらとマーケットが出ていたりして、ご家族連れの方やお散歩中の方がいらっしゃいます。少し場所を見つけて座り、キールタンを歌っているとソロリ〜ッとちらしを取っていってくださる方や、少し離れてじーっと聞いてくださっている方、また側に来て一緒にキールタンに挑戦してくださる方たちもいらっしゃいました。今回の東京2daysには参加できないけれども、キールタンだけでも聞いてみたいという方が来られたりして、10名くらいで汗を流しながら?キールタンを歌いました。

さて、その後はごろっと雰囲気を変えまして、いよいよアーサナ・瞑想クラスです! 会場は高井戸区民センタ−。

?ISO-2022-JP?B?Ny0xNyA5LjIxLjUwLnBuZw=

普段からアーサナを実践されているメンバーや、またヨーガを始めて間もない方など12人の方が来てくださいました。クラスの途中からみんなの集中感がグンっと高まっていくのが肌で感じられました。アーサナではタパスという熱を生じさせることがとても大切だといわれています。最初はポーズの形を覚えるのにも必死で、呼吸すらできないこともよくあるのですが、少しずつポーズに慣れてくると自分の限界までさらに追い込んで行なっていくことになります。その時には苦痛を感じたり、内的な熱が生じたりするのですが、その熱によって不純物を焼き尽くしていくことが大切なのです。そのタパスが皆さんの中で起こっていたのでしょうね。会場の中が熱気を帯びていました。

?ISO-2022-JP?B?Ny0xNyA5LjIwLjQ4LnBuZw=
?ISO-2022-JP?B?Ny0xNyA5LjIxLjMwLnBuZw=
IMG_0234

アーサナが終わった後は皆さんピタっと止まったかのようにとても集中して瞑想をされていました。
最後に円になって話をした時には、ご自身でもそれを感じられた方がおられたようで、毎日このように集中してアーサナをしていきたいと改めて思ったという感想も聞かれました。また一つ一つのポーズと呼吸を丁寧にすることによって、心が落ち着いていくのを感じられた方もおられたようです。退出時間ぎりぎりまでみんなでいろいろ話しました。
そして会場を出ると、わあっ!光り輝く満月! なんだかこの日はひときわ大きく見えます。

IMG_0299

しばしの間みんなで佇み、美しいお月さまを鑑賞したのでした。

*******************

さて、2日目! キールタンの日です! 昨日行なった高井戸のお隣の駅にある久我山会館にてWSです。

IMG_0307IMG_0318

この日は17名の方がご参加くださいました。キールタン初体験の方や、キールタン大好きな方などいろんな方がいらっしゃいます。もともと今回、東京で2daysをすることになったきっかけは、東京でぜひキールタンをしたい!という、一人のヨーガ仲間の熱い願いから始まりました。ヨーガを行なっていく中では、さまざまな体感をすることがあります。アーサナや瞑想では自分の体の不調和が改善されたり、心がとても穏やかになっていったりしますし、また日常生活でもそれまで抱えていた悩みがなくなり、軽やかに生きていけるようになります。そしてキールタンにおいては、これまで自分が経験してきたようなこの人生の中における喜びとは別格の、とても深い歓喜を味わうことがあります。神の御名を繰り返すというキールタンでは、その神に直接呼びかけ、語りかけることになるのですから、そこではその神との交流が生まれ、神ご自身の属性でもある歓びを体感していくことになるのです。それをぜひ東京のみんなにも味わってほしい! 少しでも多くの人に体験してほしい! そんな彼女の強い願いがこの企画を推し進めていました。それはもちろん私たちも願っていたことでもあります。

最初は緊張気味だった皆さんも会の終盤には少しずつほどけ、笑みがこぼれ始めるのが見えました。みんなで何度も何度も長い間御名を唱え続け、少しずつ大きな合唱になっていきました。私はこの企画を熱心に進めてきた彼女が涙を流して歌っているのを見て、とても感動しました。その瞬間、私は自分が歌っているのか、誰が歌っているのかが、分からなくなってしまいました。たった一つの神の御名の下に、すべてが溶け去っていくかのようでした。
参加された方は、とても楽しかった、もっと歌いたかった、瞑想的だったなど、いくつかご感想をいただきました。後日、参加された方から嬉しいメールをいただいたので、ここに紹介させてください。

「東京でキールタンという夢が叶い、私も本当に楽しい1日を過ごさせていただきました。思い切り歌わせていただき、終わってしまうのが悲しいくらいでした。
歓喜というのは神様なんですね! なんてすてきなことでしょう。もっと神様の懐に飛び込もうと思いました。キールタンを歌っていらっしゃるお二人の歓びに満ちたお顔を見て、私もきっとそうなりたいと思っています。私は、リーラーという言葉(神の遊び戯れの意味)が分からない、分からないと言っていたのですが、今回少しだけ分かった(だとよいのですが)ような気がします」

「2日目のキールタンの日は帰ってからなんだか体がとても軽く、家の用事がスイスイはかどってビックリしました! 神様の御名で体が軽く感じられたりするのでしょうか…?! 不思議です。
キールタンはとても楽しくて、教えていただいた歌を毎日ノリノリで歌っています」

 

IMG_0360

……ねぇ! 本当に良かったです!!

2日間を終えた最後の日には、みんなで交流会〜〜〜〜! まぁ、なんとも健全に、お水でかんぱーい!

IMG_0367
もちろん、ヨーガ談義で3時間もわいわい盛り上がりました!(貸し切りなので大丈夫!)
本当に充実した2日間でした。今回は東京2daysに向けていろいろと準備をするにあたり、東京の仲間たちが努力を惜しまず、本当に走り回ってくださいました。多くの人の力をお借りしたと思います。皆さまのおかげで無事終えることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

また、しようね!!

 


PROJECT SAHASRARA

マハーヨーギー・ヨーガ・ミッションにはニューヨークにも拠点があるのを存知でしたか?
そちらでは『PROJECT SAHASRARA   “I” Exist Here and Now.  Where are you?』なるプロジェクトがスタートし、先日そのフォトダイヤリーのWEBサイトが立ち上がりました!

PROJECT SAHASRARA
http://mahayogi.org/sahasrara/
さて、どんなプロジェクトなのか? こちらをご覧ください。

サハスラーラ・チャクラのモティーフは、京都ミッションの発足時に、私たちの師が「ヨーガのシンボルになるようなものを」とデザインを考案されたもの。それをもとにニューヨークのアーナンダマーリーやヤショーダーたちが新たにシンボルを制作しました。彼女たちはデモンストレーションの前日、エンパイヤー・ステートビルの一室で完徹し、その直前まで作業をしたそうです。
思わず引き込まれるインパクトがあります!

ワシントン・スクエア公園(グリニッジ・ヴィレッジ地区・NYU/ニューヨーク大学隣接)の雑踏の中。これらの写真の中で集中感のあるアーサナ・瞑想を行なっているのは、3年ほど前にニューヨーク・ミッションにやってきたサーディヤーとナンディーシュワラの二人。
初回には、ベンチに座って二人の様子をスケッチする人の姿もあったとか。

“I” Exist Here and Now.  Where are you?
このメッセージには、いくつかの意味がひっかけてあるそうです。
(英語力と感じる力が問われるような…..)

インスピレーションによって生まれたというこの『PROJECT SAHASRARA』。
どんな展開になっていくのでしょうか?!
印象的な写真がこれからもアップされていくと思いますので、時々のぞいてみてくださいね。
(注:英語ですけれど)

WEB担当マードゥリーでした。


ヨーガの実践、「苦手意識をなくす」

皆さん、こんにちは、下鴨ラージャ・ヨーガクラスを担当しているダルミニーです。

ラージャ・ヨーガクラスでは、この身体を使って、呼吸を静め、心を静め、本質としての自分を取り戻すということを目的にヨーガを行なっています。

呼吸と心は表裏一体、深呼吸をすれば心が落ち着くのは、みなさんもよーくご存じのことですよね。ヨーガはその呼吸に着目し、呼吸を変えることによって、心も変えられるということを発見したのです。心が変るってすごくないですか?こんな私、あんな私、いいところも悪いところも一生のお付き合いと諦めていませんか。ヨーガと出会って、そしてヨーガの師と出会って、心を変えることができると知って、すごく驚き、そして嬉しかったことを思い出します。

心はいつも外界の刺激にさらされて波だっています。ヨーガを行じることによって、心は不動の状態を取り戻し、本当の自分、存在としての自分を浮かび上がらせていくというのです。それをぜひぜひ実現したい、その一心でヨーガを実践しています。

みなさんはご存じでしょうか?人はみんな狭い狭い自分の経験した、自分だけの小さな心の世界に住んでいることを。そしてその世界に住んでいることは苦しいこともあるけれど、慣れ親しんだ楽な世界でもあるのです。私たちはそんな限定されたものではないと、ヨーガの師は教えてくれます。限定された狭い世界に住み続けたままでいいのですか?ヨーガによってもっと広大な自分の中の宇宙を感じてみたいと思われませんか?私はこのままの狭い世界に住んでいる自分が、本当にいやになってしまったのです。

この心が作った狭い世界から脱出するためには、あえて「苦手なことをする」ことが、そのきっかけになると師は教えてくださいました。苦手なことしたくないですよね。心はすごく嫌がるんだものね。だって苦手なんだもの。かくいう私は、今まさに苦手なことに挑戦しています。それにはすごく勇気がいります。その勇気はどこからくるのでしょうか。私は自分を変えたい、そして本当の自分に戻りたいと、強く、強く、それだけを願っているのです。

みなさんも苦手なこと、やってみてください。もっと、もっと自分の可能性を信じることができるはずです。私は苦手なことに挑戦し、その成果をお伝えしたいと思っています。

ダルミニー


あるヨギの自叙伝

こんにちは〜、サティヤーです。今、何年ぶりかに『あるヨギの自叙伝』を読んでいます。

あるヨギの自叙伝

読んだのは3回目ですが、不思議と初めて読むような、何度読んでも新たな発見があります!みなさま読まれたことはありますか〜!?

あるヨギというのは、インドの聖者スワミ・ヨガナンダのことで、この本は彼の自叙伝です。彼は11歳で母親を亡くし、そのころからヒマラヤにいる聖者(ヨギ)に会いたいという思いが高まります。何度も家を飛び出しては、霊的探求を導いてくれるグル(師)を探し求め、多くの聖者の元を訪れました。インドでは、生涯をかけてグルを探すと言われるほど悟りを得るためにグルの存在は絶対に必要なのです。

17歳の頃、彼はベナレスの市場の狭い路地でキリストのような一人の聖者に出会います。彼こそが、ヨガナンダが長年探し求めていたグルである、スリ・ユクテスワだったのです。

(出会いの場面から)

スリ・ユクテスワ「お前に私の無条件の愛を贈ろう。お前も私を無条件に愛してくれるかね」彼は子供のような信頼のまなざしでヨガナンダを見つめます。

ヨガナンダ「先生!私は永遠に先生を愛します」

スリ・ユクテスワ「世の常の愛は、我欲や自己満足に根ざした利己的な愛だ。しかし、神は無条件で限りがなくいつまでも変わらない。この(神への)純粋な愛に徹したとき、人の心は初めて波乱や動揺から解放される」

グルと弟子の出会いのシーンは感動的!さてさて、まだまだお話は続くのですが、これを読んでいて、グルへの無条件の愛って何だろう……と考えました。

この対話の後に、スリ・ユクテスワはヨガナンダに実家に帰るように命じますが、家を出て修行をしたいヨガナンダは師の言うことを聞かず、自分の考えを通して帰らないと言い張ります。そこを読んでいてはっとしました!ヨガナンダは先ほど「先生!私は永遠に先生を愛します」といっているのです。でも、さっそく言われたことに聞く耳をもっていません。なんだか矛盾しているような……。

その対話を通じてグルを無条件に愛するということは、グルの言うことを素直に聞くということなんだと気づかされました。

「私はおまえの進歩だけを期待している」別のシーンでスリ・ユクテスワはヨガナンダに告げています。グルは弟子の進歩だけを考えくださっているのです。だからこそグルの言うことは素直に従うことが大切です。(この出来事の後から、ヨガナンダは師の言うことを素直にきくようになりますよ!)

私自身、グルからいただいている言葉があります。その言葉を大切に、誠実に実践していくことが、グルへの無条件の愛につながるんだなと感じました。そうだとしたら、どこにいても、いつでも愛することができるということなのです。

私が言われていることは、「神を愛すること」日常の中で、仕事の中で、瞑想の中で、常に神を愛していこうと思いました。

まだまだヨガナンダの自叙伝には続きがあります。それはまた今度、ご紹介できればと思います。


さまらさの台所・夏だ!インドカレーだ!

こんにちは。サラニーです(^^)/
ジャヤデーヴィー、東京での『ヨーガ体験特別クラス2days!!』のお知らせありがとうございます!楽しみですね!!
7月になりました。七夕祭り、祇園祭り、夏休み。。。そうです。夏がやってきます!カレーが食べたくなる季節ですね。ね!ね!そこで、さまらさの台所、7月は、インドカレーをします!

メニューはひよこ豆のカレー(チャナマサラ)と夏野菜を使ったサブジ(カレー炒め)。

メイン講師は、普段から美味しいインドカレーを作って、みんなを元気にしてくれる、サティヤー。わたしも、サティヤーに手ほどきを受けながら、本番に向かって、インドカレーを作っています(*^_^*)

インドカレーと言えば、「スパイス」! スパイスがぴりっと効いたカレーを食べると、よっしっ!と一気に元気になります。その元気の素、スパイスはお料理に風味をつけるだけでなく、身体の調子を整える薬の働きをすることをご存じですか?例えば、身近なところでは、黒胡椒があります。これは、強い香りが生臭さを取り、食欲を増進させ、消化を促す作用があります。また、カレーを鮮やかに色づけている黄色いスパイス、ターメリックは、消化作用、抗菌作用があるので、薬として使われます。日本では「うこん」の名前でも知られています。

先日、スパイスを使って、カレーを作っていてふと、思ったことがあります。インドにも、日本にも、どこの国にも、人々は植物の薬効を知り、食物として、薬として、怪我の治療薬として、植物を用いてきた長い歴史があります。それらは、知恵と経験と努力の上に今に引き継がれてきたことでしょう。毒草を間違って食べて、命を落とし、そのことで学んだこともあるでしょう、そのような計り知れない、歴史と命のおかげで、私たちは今、安全に食物を摂る事ができています。私たちは健やかに過ごすことができています。食材に、それを育てた自然や人々に、目の前の食事に食事を作ってくれた方に感謝するのはもちろんですが、こうして脈々と受け継がれてきた先人の知恵と歴史への感謝を忘れてはいけないと思いました。丁寧に毎日、毎食のお料理を作っていこうと思います。

インドには数十種類ものスパイスがあるそうです。さまらさでは日本で手に入りやすいスパイスをつかって、シンプルで美味しいカレーをつくります。スパイスの基本的な使い方を学んだら、すぐにお家でもインドカレーが作れます!!是非ご参加くださいね
さまらさの台所の詳しくはMYMのWEB SITEをごらん下さい。 http://www.mahayogi.org/samarasa/index.html

ひよこ豆のカレー(チャナマサラ)、夏野菜を使ったサブジ(カレー炒め)、チャパティ

ひよこ豆のカレー(チャナマサラ)、夏野菜を使ったサブジ(カレー炒め)、チャパティ

写真

スタッフのサティヤーと森岡さん。撮影はサラニー。笑顔でご参加をおまちしています(^_^)v

 


さまらさの台所・6月

先週の日曜日にさまらさの台所がありました。
今回のメニューは「なす料理いろいろ」ということで3種類のなす料理を作り、
みんなで一緒に食事をしました。

なすの揚げ浸し、なすの田楽、なすのナムル

なすの揚げ浸し、なすの田楽、なすのナムル

スーパーに並んでいるなすが日に日に大きくなり、いきいきとしています!旬ってこういうことなんだな〜と改めて感じますね。はじめになすを含め、これからの時期買うことが多い、夏野菜の選び方や保存方法をみんな学びました。

どの野菜にも共通していますが、色が濃くて、表面にハリとツヤがあることが大切。鮮度はへたを見て、みずみずしいものを選ぶと良いでしょう。同じ大きさならずっしりと重たいものを選びます。(水分が多い証拠)暑い夏に旬を迎える野菜は寒さに弱いので、保存するときは、野菜室か冷暗所に入れて3−4日で食べきる方が良いようです。

参加者がいつもより少なかったこともあり、食事の後はみんなでゆっくりと話ができました。さまらさの台所に通いだして半年ほどの参加者は、毎回参加するたびに驚きと学びがあると言われていました。今まで当たり前のようにしていた調理法は、「なぜそうしているの?」と聞かれると理由は分からず、していることがたくさんあったようです。さまらさに参加することで、「そうするものだ」と思っていたことが単なる思い込みだったのだと気が付くことがたくさんあったようです。小さなことですが、自分の勝手な思い込みに気がつくことで、思いに執われずにすみ、結果として少しずつ自由になっていくのだと思います。それは調理を通じて日常のあらゆることに応用ができると思います。

私自身も、「観念」という言葉を初めに理解したのはさまらさの台所を通じてでしたので、参加者からこのような言葉をいただいてとても嬉しかったです。

さまらさの台所6月

次回のご案内
メニュー:インドカレー
ひよこ豆のカレー(チャナマサラ)夏野菜のサブジ(カレー炒め)

日時:7月11日(金)19:00〜21:00頃
場所:大阪クレオ中央館
日時:7月27日(日)11:00〜14:00頃
場所:京都ヨーガ・ヴィハーラ
参加費:3,000円
要予約(開催日の3日前まで)
mym.samarasa@mahayogi.org
075-802-3799


文明的東京、でも本当の文明は…。

先日、行ってきました、東京。久しぶりの都会。前の日からドキドキして落ち着かず…。京都に住んでいた時は、東京が大都会のように思えたのに、福島の田舎に来て一年も経ったら、東京も京都も今の私にとっては同じようにしか見えなくなっていました(あらら…)。

今回は看護の勉強会に参加するために東京へ行ったのですが、夜はグルバイが集まってくれて、オシャレかつシャンティーな雰囲気のイタリアンレストランで食事しながら、皆でワイワイ賑やかに色々な話をしました。サプライズゲストもあり、初めてお会いするグルバイもいて、単調な田舎の生活に慣れていた私は、この日やや興奮ぎみでした。

東京のグルバイはみんな生き生きしていて、とてもエネルギッシュ。色々な問題にぶつかりながらもヨーガの教えに沿って生きようとする前向きな姿が印象的で、私もとても刺激を受けました。みんながシッダマールガで京都や大阪に行っては与えられる課題に真剣に向き合い、瞑想している成果なんだということがひしひしと感じられました。

その日は一人のグルバイの面白くて不思議なお家に宿泊し、遅くまでヨーガ話に花が咲きました。彼女の気遣いはとてもさりげなくて、自然に触れるような心地良さがあります。翌日はまた別のグルバイと待ち合わせ。連れて行ってもらったのは、なんとっ!オシャレなかふぇっ☕ カフェ、なんて素敵な響きでしょう!!私の住むところには喫茶店はあるけどカフェはありません(あるのか知らないけど、見たことありません)。せっかくカフェに来たのだから、普通のコーヒーは注文しません。私が頼んだのは、都会でしか飲めない(と勝手に私が思っている)手の込んだ飲み物、キャラメルマキアートです。ソワソワしながらも、グルバイの真剣な話に引き込まれていきました。

彼女は鍼灸師をしており、ある患者さんと向き合ってきたこと、その中で難しかったこと、発見したことや疑問に感じたことなどを話してくれました。医学は多くの症例を経験してそこから知り得たことが正しいとされますが、一つの症例からでも本質を探れるようになることが必要なのだと気づいている人はたくさんいます。みんなが彼女のように誰か一人の人との関わりの中で、命や人の存在というものを深く探究していけば、医学はもっと計り知れない可能性を秘めた素晴らしいものになるんだろうなと思いました。

 

福島に帰る新幹線の中で、建ち並ぶビルや忙しそうに歩く人を見ながら、1981年、マザーテレサが初めて東京に来た時の映像を思い浮かべていました。高度経済成長が終わり、物質経済優先が当たり前になった時期の日本にマザーはやって来ました。滞在中に開かれた記者会見で、「あなたにとって現代社会の文明とは何でしょうか」という質問に彼女はこう答えています。

「現代の文明とは、み旨のようにお互いが愛し合うこと、それが偉大な文明です。それこそが神の言う福音です。みな愛に結ばれた兄弟姉妹であること。理解は難しいかも知れませんが、神を愛したいなら実行できるでしょう。私の答えは他の方とは違うかも知れません。聖なることが真の文明です」

今回東京のグルバイと触れ合うことで、それぞれが聖なる者に心を向かわせそこに繋がる道を真剣に探究していることを知りました。どんな環境にあっても、それぞれがひたすら弛まずその道を探究していくことが、マザーの言う真の文明を自己の内に築いていくことなんだなあと感じ、そのことに改めて気づかせてくれた東京のグルバイに深く感謝しながら、現代文明が作り上げた?洗練された美味しい駅弁に感動する私でした。

DSC00811DSC00811web東京グルバイ東京のグルバイ東京のグルバイ

                                  ユクティー


今日のキールタンは弥次喜多像前にて!

こんにちは! またまたミラバイです。
今日の夕暮れ時、ふと家の窓から外を見ると、周りの建物が赤く染まっているのが見えました。あっ!これはきっと!と思って外に出てみると、……やっぱり!
とっても美しい夕焼け空が目の前に広がっています。

2014-06-15 夕焼け
クリシュナの肌のようなブルーの深い空に、ラーダーを思わせるような情熱的な赤い雲が重なっています。その色合いや雲の形は刻一刻と変わり、その神秘とダイナミックさに思わず見とれ、ベランダで一人、しばらくの間佇んでしまいました(たくさん蚊にさされた……)。
私たちは屋根のあるお家に暮らしているし、時間に追われるような生活をしているので、なかなかこうして空を見上げたり、月の満ち欠けを味わったりすることも少なくなってきたのかもしれませんが、昔の方はきっとこうして自然の中に身をおきながら、その美しさや偉大さ、そしてこれらの背後にある何か大きな力や存在に思いを馳せていたのかなぁと思います。

さて、今日は梅雨の合間の晴れ間。久しぶりにいいお天気だったので、……と、ここまで書くともうお察しくださる方もきっといらっしゃることでしょう。
そうです! またまたジャヤデーヴィーと一緒に、外にキールタンを歌いに行きました。今日は三条大橋のたもと、弥次喜多像前です!

2014-06-15 やじきた前

お昼過ぎということもあって日差しがかなり強く、今日は暑いくらいでした。キールタンって一般的な歌とはちょっと違い、歌詞のほとんどが神の御名で、自分の心の思いを吐露するような詩はないし、誰かの興味をひくためにアピールすることもありません。そういうこともきっとあるのでしょうね、街ゆく人で興味をもたれる方も、実際のところはとても少ないです。そんな中でも、今日は立ち止まって聞いてくださる初老のご夫婦の方もいらっしゃいました。こんにちは〜とご挨拶をしに行くと……

「何語の歌や?」
「インドの歌です。ヨーガをしているんです」
「やっぱりそうか! あんたインド人か?」
「(えぇっ? 日本語で会話してますけど…)日本人です!」
「どうりで日本語上手やと思ったわ! インドに行ったことがあるんか?」

そのご夫婦も昔にインドに行かれたことがあるようで、とても懐かしく思い出されたということでした。私も昔インドに行ったことがあること、でも日本に帰ってからブッダの教えを学び始めたこと、そしてその中に生きていく本当の答えがあるということを思わず立ち話してしまいました。しばらくの沈黙の後、ご夫婦は何を感じられたのか、
「多くの人々を救ってください」
と合掌して立ち去られていきました(笑)。ちょっと真意がどのような感じだったのかよく分からなかったのですが、予想外の展開にあまりにも驚いて、なんと返事したらいいのか言葉が出ませんでした。でもこうしてオレンジ色のサリーを着て出ているとなぜか拝まれることがあって、本当にびっくりしてしまいます……。いよいよ私、大仏さんみたいなお顔になってきたのかしら(不安)。
ちなみにオレンジ色は、インドなどでは僧侶が身につける色とされているんですよ。

その後何人かの方とお話ししたり、写真を撮ってもらったり(上記掲載。ありがとうございました)、あっという間に時間が過ぎていきました。またどこかでご縁がつながっていくといいなぁ〜と思います。

ミラバイ


神は愛である

20140606プリヤメーラDSC08592
こんにちは! ミラバイです! 本日2回目のバクティ・サンガムが終了しました。今回のタイトルは「神を愛することとは? 私の神に出会ってはじめて本当の愛を知る」。さて、それはどういうことなのでしょうか…。ということで、今回は私たち二人の体験談を織り交ぜながら、このテーマに迫っていくことにしました。

では少しジャヤデーヴィーのお話をご紹介〜。彼女は昔からずっと、愛というものにとても興味があったそうです。しかし少しずつ大人になっていくうちに、愛というのはいつか終わりを迎えたり、誰かを傷つけたり自分が傷ついたりしてしまうものであるということに気付き、本当の愛というのはあるのかと思い始めたようです。
そんな中ヨーガに出会い、そこでさらにまた運命の方に出会うことになります。それが私たちのヨーガの先生、ヨギさんでした。ヨギさんに接し、また時間を共に過ごす中で、彼女は何かは分からないけれども、とても大きなものを与えられ続けていることに気付き始めます。とにかく自分の中がそれだけではち切れそうなほどぱんぱんになるくらいになったある日のこと、教会の前を通りかかり、そこで目にしたキリストの言葉に圧倒されたそうです。その言葉は、「神は愛である」。
そうしてジャヤデーヴィーは、自分が今までずっと与えられてきたものが愛であったことにようやく気付きました。それまで彼女が理解していた愛というのは、誰かが誰かを愛する、というような二元的な、また条件付きのものだったのですが、師から与えられていたのは無条件の愛、ただ与えるだけの愛でした。その姿はそれまで自分が理解していた愛というものとは全く異なり、だからこそそれが一体何なのかが分からなかったのだといいます。しかし、その完全な愛の姿を示すことができるのが神という存在であること、またそれを理解してはじめて、神がずっとしてきてくださったように、自分も同じように捧げるという行為をしていきたいと思ったということを力強く話してくれました。(ちょっと要約しています)

ジャヤデーヴィーの、愛というものから神を理解したということを聞いてとても興味深いなぁと思いました。彼女の中では、神と愛というものが、完全に一致しているということでした。

今日ご参加くださった方たちに理想の神は?ということをお聞きしたところ、それがまだ漠然としていてよく分からないという声もいくつか聞かれました。でもキールタンこそが、実際に神に近づき、また神を愛していく行為そのものでもあります! 瞬間瞬間、心を神のみに向け、神の御名のみで満たしていくことで、神に通じる道が必ず開いてくるはずです。だからとにかくもっともっと熱心になって、このキールタンを続けていってほしいなぁと思いました。

最後にいただいた感想をご紹介します。

「私の神を求め、本当の愛を知り、そして私も神に愛を捧げたい。お二人が求め、そして愛を知った体験がとても素敵でした。私もそうなりたいです。そうなれるよう祈りつつ、一曲ずつキールタンを愛を捧げて歌っていきます」

「”神はいる”と思います。しかし、会ったことがあるか、わかりませんというのが現状です。ですが……。
確かにいらっしゃるというのは、わかります。心の中で”神に触れたい!”という想念を発しながら歌うことを続けていければ、どこかのタイミングで神を感じることができるのでは?と思います」

「神について思ったり考えたりしているつもりでも、自分の心を見ているばっかりだったのだなと思いました。神はそんなごちゃごちゃした思いとは無縁の、単純でシンプルな存在なのかもしれないと感じました。ありがとうございました!」

「毎回心に響くのが、バクティによって神に集中して自分(エゴ)を押しだし、それ(愛)でいっぱいにするということです。”神は愛である”ーー心の鐘が響きました。大事にします。愛は捧げることーー何を捧げられるのか、瞑想を深めていく上でのテーマをもらいました。他人に答えを聞かずに心の内面に聞いていきます」

*********************************

それでは、次回第3回目のご案内です。

7/27(日) 14時から16時 京都 ギャラリーju:彩
8/1(金) 19時から21時 大阪 プリヤメーラ
「Manasa bhajare」ーーどうすれば神だけで心を満たせるの? 我を忘れて、神の御名に没入する

御名に没入したいあなた! 奮ってご参加ください! お待ち致しております〜。